Fate/Divine Brush──桜花浄界──   作:一般ガス会社社員

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 ROUND2
  FIGHT!



Swords at the Gate

 

 山門の上に、影が立っていた。

 

 月を背にしたその姿は、最初、人間というより一本の刀のように見えた。

 

 長い髪。

 

 細い体。

 

 和装。

 

 そして、手には異様に長い刀。

 

 夜の柳洞寺に吹く風が、その男の袖を揺らしている。だが、男自身は微動だにしない。殺気を撒き散らしているわけではなかった。怒りも、焦りも、こちらを威圧しようとする気配もない。

 

 ただ、そこにいる。

 

 それだけで、石段の先が塞がれていた。

 

 士郎は息を呑んだ。

 

 山全体を包む濃い霊気の圧迫感。ただでさえ息苦しいのに、その男がいることで、空気がさらに鋭くなったように感じる。

 

 セイバーが士郎の前に立つ。

 

 不可視の剣を構えた彼女の周囲で、風の結界が微かに軋んでいた。柳洞寺の大結界が、サーヴァントであるセイバーの力を抑え込もうとしているのだ。

 

 それでも、セイバーの背筋は揺らがない。

 

「何者です」

 

 セイバーが問う。

 

 山門の上の男は、ゆっくりとこちらを見下ろした。

 

 その目は、静かだった。

 

「問われたならば、名乗るが礼か」

 

 男は薄く笑った。

 

「サーヴァント、アサシン。佐々木小次郎」

 

「アサシン……?」

 

 凛が低く呟く。

 

 その声音には、驚きだけでなく違和感が混じっていた。

 

「おかしいわ。アサシンが堂々と門番をしてるなんて、聞いたことがない」

 

 空気の中から、アーチャーの声が響く。

 

「本来のアサシンではない、ということだろう。だが、あの剣気は本物だ」

 

 士郎には、剣気というものが分かるわけではない。

 

 だが、それでも感じるものはあった。

 

 あの男は危険だ。

 

 バーサーカーのような圧倒的な暴力ではない。ランサーの槍のような鋭い殺気とも違う。もっと静かで、もっと研ぎ澄まされたもの。

 

 ただ、一歩踏み込めば斬られる。

 

 そう思わせる何かがあった。

 

 アサシンは山門からふわりと降りた。

 

 音もなく、石段の上に立つ。

 

 長刀の切っ先が、月明かりを受けて細く光った。

 

「この門を通りたくば、私を越えていけ」

 

「そこを退く気はない、ということですね」

 

 セイバーが言う。

 

「残念ながらな。私はこの門に縛られている。役目は、ここを通ろうとする者を斬ることだ」

 

「縛られている?」

 

 士郎は思わず口にした。

 

 アサシンは士郎を一瞥する。

 

「そういう身の上でな。だが、嘆くほどのことでもない。今宵は退屈せずに済みそうだ」

 

 アサシンの視線が、セイバーへ向く。

 

「その剣気、尋常ではない。名のある騎士と見た」

 

 セイバーは剣を構え直した。

 

「道を塞ぐなら、斬り開きます」

 

「よい」

 

 アサシンは長刀を構えた。

 

「ならば、剣で語るとしよう」

 

 次の瞬間、セイバーが踏み込んだ。

 

 石段を蹴る音が夜に響く。

 

 柳洞寺の結界で動きが重くなっているはずなのに、その速度は士郎の目では追いきれない。不可視の剣が振るわれ、アサシンの胴を狙う。

 

 だが、アサシンは動いた。

 

 長刀の柄がわずかに下がり、刃が斜めに走る。

 

 見えないはずの剣を、受けた。

 

 金属音が山門に響く。

 

 士郎は息を呑んだ。

 

「見えてるのか……?」

 

「見えてはいない」

 

 アーチャーが言った。

 

「だが、読んでいる。足運び、肩の動き、踏み込み、風の流れ。不可視であることを、あの男は致命的な不利として受け取っていない」

 

 セイバーの剣が連続で振るわれる。

 

 縦、横、斜め。

 

 見えない刃が空気を裂く。

 

 アサシンはその全てを受け、流し、時には半歩だけ身を引いてかわした。

 

 長刀がしなるように動く。

 

 間合いが長い。

 

 セイバーが踏み込もうとするたび、アサシンの刃がその前に置かれる。近づかせないための剣。だが、守りだけではない。わずかでもセイバーの踏み込みが乱れれば、喉元へ刃が伸びる。

 

 石段に火花が散った。

 

 セイバーの不可視の剣とアサシンの長刀がぶつかるたび、空気が震える。

 

 セイバーは力で押し込もうとする。

 

 だが、柳洞寺の大結界がその動きをわずかに鈍らせていた。普段なら踏み切れる一歩が重い。魔力の巡りも鈍い。山そのものがセイバーの肩に手を置き、押さえつけているようだった。

 

「くっ……!」

 

 セイバーの足が石段を削る。

 

 アサシンは静かに笑った。

 

「重そうだな、騎士王」

 

 セイバーの目が細くなる。

 

「……その呼び方、どこで」

 

「剣を見れば、おおよそ分かる。いや、剣は見えぬがな」

 

 アサシンは軽く長刀を振った。

 

「見えぬ剣。だが、振るう者の格は隠せまい」

 

 セイバーは返事をしなかった。

 

 再び踏み込む。

 

 今度は低い姿勢から、アサシンの足元を狙う軌道。

 

 アサシンは長刀の石突きで石段を叩き、体を半回転させるようにかわした。そのまま刃が横薙ぎに走る。

 

 セイバーは剣で受ける。

 

 衝撃が走った。

 

 士郎の目の前で、二人の剣戟が続く。

 

 近づけない。

 

 割り込めない。

 

 ただ見ているしかない。

 

 それが、どうしようもなく苦しかった。

 

「遠坂」

 

 士郎は低く言った。

 

「このままだと、セイバーが」

 

「分かってる」

 

 凛は山門の方を見たまま答えた。

 

「でも、ここで全員止まったらキャスターの思うつぼよ。あいつの役割は足止め。なら、私たちは足止めされちゃいけない」

 

「でも」

 

「衛宮くん」

 

 凛の声が鋭くなる。

 

「あなた、慎二くんを助けるんでしょ」

 

 士郎は言葉を失った。

 

 慎二を助ける。

 

 そのためにここへ来た。

 

 だが、目の前でセイバーが戦っている。

 

 置いていけるわけがない。

 

 そう思う士郎の前で、セイバーがアサシンの一撃を弾き返した。

 

 一瞬、アサシンの体勢が崩れる。

 

 セイバーはその隙を逃さず、士郎たちへ叫んだ。

 

「マスター、行ってください!」

 

「セイバー!」

 

「ここは私が引き受けます!」

 

 アサシンが笑う。

 

「余所見とは、随分と余裕だな」

 

 長刀がセイバーの肩を狙う。

 

 セイバーは身を捻り、刃を受け流した。

 

 風の結界が激しく揺れる。

 

 それでも、彼女は士郎へ背を向けたまま言った。

 

「あなたが慎二を助けたいと言ったのでしょう。ならば、進んでください。ここは私の戦場です」

 

 士郎は拳を握った。

 

 行きたくない。

 

 セイバーを置いて行きたくない。

 

 でも、それは信じていないということなのかもしれない。

 

 セイバーが自分を守ると言った。

 

 ここを任せろと言った。

 

 なら、自分がすべきことは、彼女の戦いを無駄にしないことだ。

 

「……死ぬなよ、セイバー」

 

 士郎は絞り出すように言った。

 

 セイバーは一瞬だけ振り返った。

 

 その表情は、凛としていた。

 

「もちろんです。私はあなたの剣です」

 

 凛が士郎の腕を掴む。

 

「行くわよ!」

 

「ああ!」

 

 その瞬間、セイバーが大きく踏み込んだ。

 

 不可視の剣が真正面からアサシンの長刀を打つ。

 

 力任せの一撃ではない。

 

 アサシンの刃の軌道を読み、その位置をずらし、山門の中央に一瞬だけ空白を作るための斬撃。

 

 アサシンの長刀がわずかに外へ弾かれる。

 

 道が開いた。

 

 凛が走る。

 

 士郎も続く。

 

 アーチャーの気配が頭上を抜けた。

 

 アサシンの視線がこちらへ向く。

 

「通すと思うか」

 

 長刀の切っ先が、士郎たちを狙った。

 

 だが、その前にセイバーが立ち塞がる。

 

「あなたの相手は私です」

 

 不可視の剣が振るわれる。

 

 アサシンはそれを受けざるを得なかった。

 

 士郎たちは、山門を突破した。

 

 背後で剣戟の音が響く。

 

 金属音。

 

 石を削る音。

 

 風が裂ける音。

 

 士郎は振り返りそうになった。

 

 だが、凛が叫ぶ。

 

「振り返らない!」

 

 士郎は歯を食いしばり、前を向いた。

 

 寺の境内へ入った瞬間、空気はさらに重くなった。

 

 山門の外とは違う。

 

 ここは、完全に敵の腹の中だった。

 

 石畳、灯籠、柱、木々の影。

 

 その全てに魔力の気配がある。

 

 士郎にははっきりとは見えない。だが、足元に何かが張り巡らされている感覚はあった。学校の赤い糸ほど露骨ではない。もっと細く、もっと複雑で、気づいた時には絡め取られているような魔術。

 

 凛が小声で言う。

 

「完全に工房化してる」

 

「これ全部か」

 

「ええ。寺の霊地を利用して、何重にも術式を重ねてる。下手に踏めば何が起きるか分からない」

 

 アーチャーが霊体化を解いて、少し前に現れた。

 

 赤い外套が夜風に揺れる。

 

「足元に注意しろ。右前方、灯籠の影。そこに踏み込むな」

 

 士郎は言われた場所を見た。

 

 何も見えない。

 

 凛が士郎の目元に軽く指を当てる。

 

「少しだけ視界を補助するわ。無理に見ようとしないで」

 

 次の瞬間、世界の色が変わった。

 

 石畳の上に、薄い紫の線が浮かび上がる。

 

 赤い線もある。

 

 黒い染みのようなものも見えた。

 

 それらが境内のあちこちに張り巡らされ、触れた者を感知し、縛り、魔力を奪うように配置されている。

 

「……なんだよ、これ」

 

「キャスターの工房よ」

 

 凛は苦々しく言った。

 

「学校結界なんかより、ずっと密度が高い。あれは広く浅く吸い上げるもの。こっちは狭い範囲に殺意が詰まってる」

 

 士郎は喉を鳴らした。

 

 ここに慎二がいる。

 

 この奥に。

 

 そう思った瞬間、境内の奥から声がした。

 

「衛宮……」

 

 慎二の声だった。

 

 士郎の体が反射的に動きかける。

 

 だが、凛が腕を掴んだ。

 

「罠」

 

 短い一言。

 

 士郎は足を止めた。

 

 心臓が強く鳴っている。

 

 声はまだ聞こえる。

 

「衛宮……助け……」

 

 苦しそうな声。

 

 慎二の声。

 

 本物かもしれない。

 

 でも、本物だからこそ罠に使われている可能性もある。

 

 凛から何度も念を押された忠告を思い出す。

 

 慎二の声が聞こえても、姿が見えても、すぐに飛び込まないこと。

 

 士郎は拳を握りしめた。

 

「……分かってる」

 

 凛の手が、士郎の腕から離れる。

 

「よし」

 

 凛は前を見据えた。

 

「慎二くんの声を術式に乗せてる。本人が近くにいるかもしれないけど、誘導も混ざってるわ」

 

 アーチャーが弓を構える。

 

「奥に気配がある。だが、複数だ。慎二だけではない」

 

「キャスターか」

 

「可能性は高い」

 

 士郎たちは慎重に進んだ。

 

 石畳の線を避け、凛が小さな宝石で罠を一つずつ潰していく。派手な爆発は起こさない。光を抑え、音を殺し、最低限の魔力で術式だけを切る。

 

 その間も、背後からはセイバーとアサシンの剣戟が聞こえていた。

 

 まだ戦っている。

 

 まだセイバーは持ちこたえている。

 

 信じろ。

 

 士郎は自分に言い聞かせる。

 

 奥へ進むほど、空気が冷たくなった。

 

 いや、冷たいだけではない。

 

 湿っている。

 

 学校の赤い糸とは違う、もっと濃く、もっと粘つく魔力が本堂の方から流れてくる。

 

 凛が立ち止まった。

 

「来る」

 

 その言葉と同時に、境内の奥の闇が揺れた。

 

 ローブをまとった女が現れる。

 

 顔は影に隠れている。

 

 だが、その声は、学校で聞いたものと同じだった。

 

「よく来たわね、遠坂の娘。セイバーのマスター」

 

 キャスター。

 

 士郎はその存在を理解した。

 

 女は静かに笑っている。

 

 山門のアサシンとは違う。バーサーカーとも違う。目の前の女は、剣を振るわずとも、この場所全てを武器にできる。

 

 そんな気配があった。

 

 凛が宝石を構える。

 

「慎二くんを返しなさい」

 

「返す?」

 

 キャスターはおかしそうに笑った。

 

「あの少年は、自分の意思でここにいるのよ」

 

「嘘をつくな」

 

 士郎の声が低くなる。

 

 キャスターは士郎を見る。

 

「嘘ではないわ。人は、自分に都合のいい鎖を選ぶものよ。あの少年は、見下されないための力を望んだ。なら、私はそれを与えただけ」

 

「利用してるだけだろ」

 

「利用されるだけの望みが、彼の中にあったのよ」

 

 士郎は拳を握った。

 

 凛が横目で士郎を見る。

 

 怒るな。

 

 乗るな。

 

 その視線だけで伝わった。

 

 士郎は一歩だけ下がる。

 

 キャスターの目が、少しだけ細くなった。

 

「あら。思ったより聞き分けがいいのね」

 

「あなたの挑発に乗るほど馬鹿じゃないのよ」

 

 凛が言った。

 

 キャスターは、凛へ視線を移す。

 

「そう。なら、別のものを見せてあげる」

 

 キャスターが指を動かした。

 

 本堂の奥に、薄い光が灯る。

 

 闇の中に浮かび上がったのは、人影だった。

 

 慎二。

 

 床に座り込んでいる。手には赤い糸が絡みつき、足元には魔術陣のようなものが広がっていた。意識があるのか、ないのか分からない。顔は俯き、肩が小さく上下している。

 

「慎二!」

 

 士郎は叫んだ。

 

 慎二が、わずかに顔を上げる。

 

 だが、その目は焦点が合っていない。

 

 キャスターは笑った。

 

「近づきたい?」

 

 士郎は動かなかった。

 

 動きたかった。

 

 走りたかった。

 

 けれど、床が見えている。

 

 凛が見せてくれた魔力の視界の中で、慎二の周囲には何重もの線が張られていた。踏み込めば発動する。慎二を人質にして、こちらを絡め取るための罠。

 

 士郎は奥歯を噛んだ。

 

「……近づかない」

 

 凛が小さく頷く。

 

 キャスターはつまらなそうに首を傾げた。

 

「少しは学んだのね」

 

「慎二を返せ」

 

「返してほしければ、力ずくで来なさい」

 

 キャスターの足元から、紫の魔力が広がった。

 

 境内の灯籠が一斉に淡く光る。石畳に刻まれていた術式が浮かび上がり、寺全体が呼吸するように軋んだ。

 

 凛が宝石を握る。

 

 アーチャーが弓を引く。

 

 士郎は息を吸った。

 

 セイバーはいない。

 

 山門でアサシンと戦っている。

 

 なら、この場でただ守られるだけではいられない。

 

 だが、前に出るだけでは駄目だ。

 

 何をすればいい。

 

 自分に何ができる。

 

 その答えを探すより早く、キャスターの術式が動いた。

 

 石畳の黒い染みが膨らむ。

 

 そこから、薄い影のようなものが立ち上がった。人の形をしているが、人ではない。学校で見た竜牙兵とは違う。もっと不安定で、もっと陰湿なもの。寺の霊気とキャスターの魔力が混ざり、仮の形を与えられた影の兵だった。

 

「来るわよ!」

 

 凛が宝石を投げる。

 

 光が弾け、先頭の影が吹き飛んだ。

 

 だが、影は完全には消えない。石畳に溶けるように崩れ、また別の場所から湧き上がる。

 

「面倒な……!」

 

 凛が舌打ちする。

 

 アーチャーの矢が走った。

 

 黒い影の中心を正確に射抜く。影は霧のように散り、今度は再形成しなかった。

 

「核を射抜けば消える」

 

「分かった!」

 

 凛は即座に次の宝石を構える。

 

 キャスターは余裕のある声で言った。

 

「さすがね。けれど、ここは私の工房よ。いくつ射抜けるかしら」

 

 石畳に新たな術式が走る。

 

 足元から紫の鎖が伸びた。

 

 凛が飛び退く。

 

 アーチャーが士郎の襟首を掴み、無理やり後ろへ引いた。

 

 直後、士郎が立っていた場所に鎖が絡みつく。

 

「ぼさっとするな」

 

「悪い!」

 

「謝る暇があるなら見ろ。見えているなら避けられる」

 

 士郎は歯を食いしばる。

 

 凛に補助された視界の中で、足元の線が蠢いていた。

 

 紫の線。

 

 赤い線。

 

 黒い染み。

 

 全部が罠だ。

 

 全部が敵の手だ。

 

 けれど、見えるなら避けられる。

 

 士郎は一歩下がり、凛の横へ移動する。

 

 キャスターが士郎を見た。

 

「ただの素人にしては、ずいぶんしぶといのね」

 

「褒められても嬉しくない」

 

「あら、褒めてはいないわ」

 

 キャスターの指が動く。

 

 慎二の足元の魔術陣が赤く光った。

 

「っ……!」

 

 慎二が苦しそうに身をよじる。

 

 士郎の体が反射的に前へ出そうになった。

 

 だが、凛の声が飛ぶ。

 

「士郎!」

 

 士郎は止まった。

 

 踏みとどまった。

 

 キャスターの笑みが、わずかに冷える。

 

「本当に、学んだのね」

 

「……慎二を使って俺を動かそうとするな」

 

「使いやすいものを使っているだけよ。あなたたちは、弱いところが分かりやすい」

 

 キャスターは、今度は凛へ向いた。

 

「遠坂の娘。あなたもそう。魔術師でありながら、随分と情が深い」

 

「それが悪い?」

 

「悪くはないわ。利用しやすいだけ」

 

 凛は宝石を握り直した。

 

「あなた、ほんとに最悪ね」

 

「よく言われたわ」

 

 キャスターが手を広げる。

 

 その瞬間、本堂の柱に刻まれていた術式が一斉に光った。

 

 紫の光が境内を走る。

 

 アーチャーが矢を放つ。

 

 凛が宝石で打ち消す。

 

 魔力と魔力がぶつかり、夜の境内に鈍い衝撃が広がった。

 

 士郎はその中で、慎二を見た。

 

 赤い糸に繋がれた慎二。

 

 キャスターの術式の中心に置かれた人質。

 

 そして、燃料。

 

 このままでは助けられない。

 

 力任せでは届かない。

 

 なら、何を切ればいい。

 

 士郎の視界に、赤い糸が映る。

 

 慎二の周囲に絡みつく糸。

 

 その中の一本が、他よりも太い。

 

 慎二の体ではなく、足元の魔術陣へ繋がっている。

 

 あれが中心か。

 

 士郎は無意識に、その線を見つめていた。

 

「遠坂」

 

「何!」

 

「あの赤い糸、一本だけ太い。慎二の足元から、後ろの柱に繋がってる」

 

 凛の目が動く。

 

「……見えてるの?」

 

「見えてる。たぶん、あれが」

 

「燃料の主線ね」

 

 凛の表情が変わった。

 

「アーチャー!」

 

「聞こえている」

 

 アーチャーが弓を引く。

 

 しかし、キャスターがそれより早く動いた。

 

「あら。余計なものが見えるのね」

 

 士郎の足元の線が跳ね上がる。

 

 紫の鎖が士郎を狙った。

 

 アーチャーの矢がそれを撃ち落とす。

 

 凛が宝石を放ち、キャスターの足元に光を叩きつけた。

 

 爆発ではない。

 

 術式を乱すための一撃。

 

 キャスターのローブが揺れる。

 

「今!」

 

 凛が叫ぶ。

 

 アーチャーの矢が放たれた。

 

 空気を裂く白い軌跡。

 

 矢は慎二ではなく、その背後の柱へ向かう。

 

 だが、直前で紫の壁が現れた。

 

 キャスターの防御。

 

 矢は壁を穿つが、完全には抜けない。

 

「惜しいわね」

 

 キャスターが笑う。

 

 だが、凛も笑った。

 

「十分よ」

 

 矢が止まった場所で、魔力が爆ぜた。

 

 防御壁にひびが入る。

 

 凛の宝石がそこへ飛び込む。

 

 光が重なった。

 

 柱に繋がっていた赤い糸の一本が、半ばまで裂ける。

 

 慎二の体ががくりと揺れた。

 

 キャスターの顔から笑みが消える。

 

「……遠坂」

 

「慎二くんは、あなたの道具じゃない」

 

 凛が言った。

 

「完全には切れなかったけど、少しは流れを乱せたはずよ」

 

 慎二の呼吸が、わずかに変わる。

 

 浅く、苦しげだったものが、少しだけ深くなる。

 

 士郎はそれを見逃さなかった。

 

「慎二!」

 

 慎二の指が、ぴくりと動いた。

 

 キャスターが舌打ちした。

 

「なるほど。ここまで踏み込むだけのことはあるというわけね」

 

 キャスターの周囲に魔力が集まる。

 

 空気がさらに重くなった。

 

 凛が身構える。

 

 アーチャーが士郎の前に立つ。

 

「下がれ。ここからは遊びでは済まん」

 

「今までは遊びだったっていうのかよ」

 

「キャスターにとってはな」

 

 その言葉に、士郎の背筋が冷える。

 

 その時だった。

 

 背後、山門の方から、剣戟の音が止んだ。

 

 一瞬だけ。

 

 あまりにも不自然な静寂。

 

 セイバーとアサシンの戦いが止まったのではない。

 

 何かが変わった。

 

 空気が張り詰める。

 

 山門では、セイバーが息を整えながらアサシンと向かい合っていた。

 

 柳洞寺の結界は重い。

 

 魔力の巡りが鈍い。

 

 それでも、セイバーは一歩ずつアサシンを押していた。

 

 だが、アサシンの表情に焦りはなかった。

 

 むしろ、楽しそうですらあった。

 

「見事だ。結界に縛られ、地の利を奪われ、それでもなおこの剣筋か」

 

「あなたも、ただの門番ではありませんね」

 

 セイバーは剣を構える。

 

「この技量、尋常ではない」

 

「ありがたい評価だ」

 

 アサシンは長刀を静かに下げた。

 

 構えが変わる。

 

 その瞬間、セイバーの背筋に冷たいものが走った。

 

 来る。

 

 ただの斬撃ではない。

 

 アサシンの全てが、一点に収束していく。

 

 月明かりの下、長刀の刃が静かに光る。

 

 セイバーは不可視の剣を構え直した。

 

 山門の空気が止まる。

 

 アサシンが口を開く。

 

「秘剣──」

 

 同じ頃、寺の奥で、キャスターが微笑んだ。

 

「ようこそ。魔女の工房へ」

 

 紫の術式が、境内全体を覆うように広がっていく。

 

 山門では、剣士の秘剣が放たれようとしている。

 

 寺の奥では、魔女の術式が士郎たちを絡め取ろうとしている。

 

 二つの戦場が、同時に牙を剥いた。





アーチャーが弓を使っている……!

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