Fate/Divine Brush──桜花浄界──   作:一般ガス会社社員

24 / 24
A Line to Save

 

 戦いは、次の一線で決まる。

 

 そんな予感が、士郎の胸に重く沈んでいた。

 

 柳洞寺の境内は、すでに前の姿を失いかけている。

 

 石畳には輝玉(爆弾)の爆ぜた跡が残り、灯籠の影は歪み、本堂へ続く空気にはキャスターの赤い糸が張り巡らされている。ライダーの神気によって工房の一部は削られていたが、それでもキャスターは崩れない。むしろ、追い詰められたからこそ、残った術式をより複雑に編み直していた。

 

 赤い糸が、本堂の奥へ伸びている。

 

 その先に、慎二がいる。

 

 外側にはキャスターの呪い。

 

 内側には慎二自身の魔力の流れ。

 

 その二つが、嫌になるほど複雑に絡み合っていた。

 

 凛が宝石を握りしめる。

 

「士郎、見えてる?」

 

「ああ」

 

 士郎は目を細めた。

 

 凛の補助で、赤い糸の流れが見える。だが、見えるからといって簡単に切れるわけではない。むしろ、見えるからこそ分かってしまう。

 

 下手に切れば、慎二まで壊れる。

 

 ライダーの一閃は強すぎる。

 

 輝玉はもっと駄目だ。工房の結び目を吹き飛ばすには有効でも、慎二の体や精神に食い込んだ糸へ使えば、救出ではなく破壊になる。

 

 キャスターはそこを分かっていた。

 

 分かった上で、慎二を盾にしている。

 

「どうしたの?」

 

 キャスターが薄く笑う。

 

「さっきまでの勢いはどこへ行ったのかしら。白い荒神の光なら、私の糸など一瞬で消せるのでしょう?」

 

 ライダーが低く唸った。

 

 神鏡が淡く光る。

 

 だが、前へ出ない。

 

 出られない。

 

 その先には慎二がいる。

 

 士郎は拳を握った。

 

 キャスターの挑発に乗れば終わる。

 

 今までの自分なら、たぶん走っていた。慎二が苦しんでいるのを見て、考えるより先に体が動いていた。

 

 だが、今は違う。

 

 助けるために、走らない。

 

 助けるために、止まる。

 

「遠坂」

 

「分かってる」

 

 凛は短く答えた。

 

「士郎、あなたは流れを見る。慎二くん本人の魔力と、キャスターの糸を見分けて。私は結び目を解析する。ライダーは、私たちが指定した外側だけを祓う」

 

さっきのやつ(筆しらべ)でか?」

 

「……それが一番だと思ってた」

 

 凛の声に、わずかな迷いが混じった。

 

「でも、キャスターが糸を編み直してる。さっきよりずっと複雑よ。筆でなぞってほどくには、工房の抵抗が強すぎる。無理に固定すれば、慎二くん側の流れまで巻き込む可能性がある」

 

 つまり、筆しらべでも危険。

 

 士郎はライダーを見る。

 

 白い神狼は、慎二へ続く赤い糸をじっと見ていた。

 

 その目には怒りがある。

 

 だが、それ以上に、慎重な光があった。

 

 壊すための力では救えない。

 

 ライダーも、それを分かっている。

 

 その時、葛木宗一郎が動いた。

 

 足音はなく、気配もない。

 

 ただ、次の瞬間には、凛の間合いへ入り込んでいる。

 

 アーチャーが前へ出た。

 

 干将・莫耶が交差し、葛木の拳を受ける。

 

 衝撃。

 

 アーチャーの腕が沈んだ。

 

 キャスターが葛木への強化を濃くしている。紫の線が葛木の腕と脚に絡みつき、人間の拳とは思えない重さを生んでいた。

 

「アーチャー!」

 

「構うな!」

 

 アーチャーは歯を食いしばるように言った。

 

「こちらは押さえる。お前たちは糸を見ろ」

 

 セイバーも影の兵の群れへ踏み込んでいた。

 

 不可視の剣が一閃するたび、黒い影が散る。だが、影の兵は工房の残った魔力から次々に湧き上がる。数で足を止め、士郎たちの集中を乱すための配置だった。

 

 キャスターは逃げていない。

 

 守っている。

 

 慎二を縛る糸を。

 

 そして、葛木を。

 

 凛が舌打ちした。

 

「時間がない」

 

「見えてる。けど、切れる場所が少なすぎる」

 

 士郎は慎二へ伸びる赤い糸を追う。

 

 外側の糸を一本剥がせば、内側が締まる。右を切れば左が慎二に食い込む。まるで、助けようとする行為そのものを罠に変えるような構造だった。

 

 キャスターが笑う。

 

「救いたいなら、丁寧に扱うしかない。けれど、丁寧に扱う時間を、私が与えると思う?」

 

 赤い糸が震える。

 

 本堂の奥で、慎二が苦しげに呻いた。

 

「慎二!」

 

 士郎が叫ぶ。

 

 返事はない。

 

 だが、声は届いているはずだった。

 

 前よりも、確かに慎二の意識は戻りかけている。

 

 だからこそ、キャスターは今、慎二を奥へ下げずに、あえて見せている。

 

 人質として。

 

 餌として。

 

 そして、士郎たちの判断を鈍らせる鎖として。

 

 ライダーの神鏡が強く光った。

 

 士郎は一瞬、筆しらべが来ると思った。

 

 だが、違った。

 

 鏡の光が、広がらない。

 

 むしろ、収束していく。

 

 背にある神鏡の輝きが、白い毛並みの上で細く、鋭く、一本の線へ変わっていく。これまで桜を守り、敵の攻撃を受け、穢れを祓ってきた鏡の光が、形を変え始めた。

 

 凛が目を見開く。

 

「何……?」

 

 アーチャーも葛木を受け止めながら、わずかに視線を向けた。

 

「神器を、切り替えたか」

 

「切り替えた?」

 

 士郎が聞き返す。

 

「鏡は守り、祓うためのものだった。だが今、前に出たのは別の力だ」

 

 白い光が、刃になる。

 

 ライダーの背に、一振りの剣が現れていた。

 

 剣、と呼ぶには異様だった。

 

 人が手に持つには大きすぎる。

 

 だが、獣の背に宿るには、あまりにも神々しい。

 

 深い海のような蒼を湛えた刃。

 

 鍔元には太陽の光を固めたような黄金の装飾が、雲を纏うように渦巻いている。

 

 その刀身には、炎ではなく、静謐な力による冷たい輝きが走っている。

 

 鏡が退き、剣が表へ出る。

 

 守るための神威ではなく、断つための神威。

 

 だが、ただ敵を斬るための剣ではない。

 

 士郎には、なぜか分かった。

 

 これは、斬るべきものを選ぶための剣だ。

 

 ライダーが、一歩踏み出した。

 

 キャスターの表情が変わる。

 

「今度は剣……? まだ隠していたというの」

 

 ライダーは答えない。

 

 ただ、背の剣が静かに光った。

 

 赤い糸がライダーへ向かって伸びる。

 

 先ほどより複雑に編まれた糸。筆しらべで世界を絵に固定することすら邪魔しようとする、キャスターの対策。

 

 ライダーはそれに向かって走った。

 

 筆は現れない。

 

 世界も止まらない。

 

 白い神狼が、現実の中を駆ける。

 

 背の剣が光を引く。

 

 その一閃が、赤い糸の外側だけを斬った。

 

 糸が落ちる。

 

 慎二へ繋がる内側の流れには触れていない。

 

 凛が息を呑んだ。

 

「切り分けた……!」

 

 キャスターの目が鋭くなる。

 

 赤い糸をさらに編み直そうとする。

 

 だが、ライダーの剣は早い。

 

 筆しらべのように世界を固定してから干渉するのではない。現実の時間の中で、神域の刃が、不要な縁だけを断っていく。

 

 アーチャーが葛木の拳を弾きながら言った。

 

「なるほど。ライダーの能力では危険なほど複雑な対象を、刃で直接選別しているのか」

 

 凛が頷く。

 

「たぶん、そう。あの剣は慎二くんを斬ってない。キャスターの糸だけを、慎二から切り離してる」

 

 士郎は赤い糸を見た。

 

 確かに変わっている。

 

 慎二へ食い込んでいた赤い糸の外側が、少しずつ剥がれている。切られているのではない。慎二から離されている。

 

 剣が、慎二とキャスターの境目を作っている。

 

「いける……!」

 

 士郎が言う。

 

 だが、キャスターは笑った。

 

「本当に、そう思う?」

 

 キャスターの声が低くなる。

 

「なら、思い出させてあげるわ。彼が何を望んで、何を憎んでいたのか」

 

 赤い糸が、慎二の胸元で強く光った。

 

 慎二の体がびくりと震える。

 

 キャスターの言葉が、糸を通じて慎二へ入り込む。

 

「あなたは奪われたのでしょう。家の中での立場も、魔術師としての誇りも、妹に見せる顔も。何も知らない少年が、あなたの前に立ち、あなたが守れなかったものを守った」

 

「やめろ、キャスター!」

 

 士郎が叫ぶ。

 

 キャスターは止まらない。

 

「悔しかったのでしょう。憎かったのでしょう。自分には何もないと知りながら、それでも誰かの上に立ちたかった。だから、私の糸に手を伸ばした」

 

 慎二の周囲の赤い糸が濃くなる。

 

 さっきライダーが切り離したはずの糸が、慎二の内側から再び絡みつこうとしていた。

 

 凛が顔を歪める。

 

「まずい……! 外から切っても戻ってる。慎二くん本人の感情を燃料にして、糸が内側へ食い込んでる!」

 

「じゃあ、どうすれば」

 

「慎二くん本人が拒まないと駄目。外から全部切っても、本人がそれを自分の力だと思っている限り、また繋がる!」

 

 士郎は慎二を見た。

 

 慎二は苦しそうに俯いている。

 

 顔色は悪い。

 

 体は赤い糸に支えられるように宙に浮き、意識も不安定だ。

 

 だが、さっきよりも声は届くはずだった。

 

「慎二!」

 

 士郎は叫んだ。

 

「聞こえてるんだろ!」

 

 慎二の指がわずかに動いた。

 

「うる、さい……」

 

 かすれた声。

 

 けれど、慎二本人の声だった。

 

「何度も……呼ぶなよ……」

 

「呼ぶ。聞こえてるなら、何度でも呼ぶ」

 

「気持ち悪いんだよ……お前……」

 

「知ってる」

 

 士郎は即答した。

 

 凛が一瞬だけ目を丸くする。

 

 慎二も、わずかに顔を上げた。

 

「俺は、お前を許すとか、許さないとか、今は分からない」

 

 士郎は言った。

 

「お前が桜にしたことも、今までのことも、俺は全部分かってるわけじゃない。たぶん、分かってないことの方が多い」

 

 慎二の口元が歪む。

 

「だったら……黙ってろよ……」

 

「でも、このままキャスターに使われて終わるのは違うだろ」

 

 慎二の目が揺れた。

 

 キャスターの表情が冷える。

 

「余計なことを」

 

 赤い糸が士郎へ伸びる。

 

 ライダーが割り込んだ。

 

 背の剣が一閃し、糸を断つ。

 

 士郎は続けた。

 

「桜を傷つけるための力なんか、お前のものじゃない」

 

「……っ」

 

「お前がどれだけ桜に腹を立ててても、遠坂に劣等感を持ってても、俺を嫌ってても、それはお前のものだ。でも、今お前を動かしてるその糸は違う」

 

 慎二の呼吸が荒くなる。

 

 赤い糸が揺れる。

 

「慎二。そんなものを、自分の力だって言うな」

 

 士郎は一歩踏み出した。

 

「今ここで、あいつの糸を選ぶな」

 

 柳洞寺の境内が静まり返った。

 

 戦いの音は続いている。

 

 セイバーが影の兵を斬り、アーチャーが葛木の拳を受け、凛が宝石を構えている。

 

 それでも、その一瞬だけ、士郎には慎二の息遣いしか聞こえなかった。

 

 慎二の顔が歪む。

 

 怒り。

 

 悔しさ。

 

 惨めさ。

 

 恐怖。

 

 そして、ほんのわずかな拒絶。

 

「……こんなの」

 

 慎二が呟いた。

 

 赤い糸が震える。

 

「こんなの……僕の力じゃ、ない……」

 

 その瞬間、慎二の内側に食い込んでいた赤い糸が緩んだ。

 

 凛が叫ぶ。

 

「今!」

 

 ライダーが駆けた。

 

 背の剣が、太陽の光を帯びる。

 

 キャスターが咄嗟に糸を締め直そうとする。

 

 だが遅い。

 

 慎二本人が拒んだ。

 

 ほんの一瞬でも、糸を自分のものではないと認めた。

 

 その隙間を、ライダーの剣が逃さなかった。

 

 白い神狼が跳ぶ。

 

 背の剣が弧を描く。

 

 斬撃は慎二へ向かっているように見えた。

 

 だが、士郎には見えた。

 

 剣が狙っているのは慎二ではない。

 

 慎二とキャスターの間にある赤い線。

 

 慎二の魔力に偽装して絡みついていた、最後の支配線。

 

「断って、ライダー!」

 

 凛が叫ぶ。

 

 剣が走った。

 

 一線。

 

 それは、筆しらべの一閃とは違う。

 

 世界に線を引くのではなく、現実に絡みついた縁を断つ刃。

 

 赤い糸が、音もなく切れた。

 

 慎二の体を縛っていた糸が、一斉に力を失う。

 

 赤い光がほどけ、紫の魔力が霧のように散る。

 

 慎二の体が落ちた。

 

「慎二!」

 

 士郎が駆け出す。

 

 今度は、ライダーは止めなかった。

 

 士郎は慎二を受け止めるように膝をついた。

 

 慎二は軽かった。

 

 驚くほど軽い。

 

 顔色は悪く、呼吸も荒い。だが、赤い糸はもう慎二の中に深く食い込んでいない。

 

 凛がすぐに駆け寄り、慎二の腕に触れる。

 

「まだ残滓はある。でも、支配線は切れてる。大丈夫、命に別状はないわ」

 

 士郎は息を吐いた。

 

 慎二が薄く目を開ける。

 

「……何で」

 

「慎二?」

 

「何で……助けるんだよ……」

 

 その声には、怒りがあった。

 

 でも、力はなかった。

 

 士郎は少しだけ黙った。

 

「俺にも、うまく説明できない」

 

「は……?」

 

「でも、桜が止めてほしいって言った。お前をキャスターに使わせたくないって思った。それに……」

 

 士郎は慎二を見る。

 

「お前がこのまま終わるのは、違うと思った」

 

 慎二は、ひどく嫌そうに顔を歪めた。

 

「……気持ち悪いんだよ、お前」

 

「ああ」

 

「ほんと……昔から……」

 

 慎二はそこで目を閉じた。

 

 意識を失ったのだろう。

 

 士郎は慎二の呼吸を確認し、ほっと息を吐いた。

 

 その直後、柳洞寺の工房が大きく軋んだ。

 

 慎二を失ったことで、キャスターの術式が一気に崩れ始めている。

 

 赤い糸が次々に切れ、影の兵が形を保てず消えていく。工房の一部はライダーの神気で削られ、輝玉で節を吹き飛ばされ、さらに慎二への支配線まで失った。もう、前と同じ形では維持できない。

 

 キャスターは歯を食いしばっていた。

 

「私の工房を……ここまで……!」

 

 ライダーが前へ出る。

 

 背の剣が光る。

 

 キャスターは後ろへ下がらない。

 

 だが、その前に葛木が立った。

 

 足音もなく。

 

 気配もなく。

 

 いつの間にか、キャスターとライダーの間にいた。

 

「宗一郎様……」

 

 キャスターの声がわずかに揺れた。

 

 葛木は表情を変えない。

 

「退くぞ」

 

「ですが」

 

「ここで続ける意味は薄い」

 

 葛木は淡々と言った。

 

「人質は失った。工房も崩れている。今戦えば、こちらの損害が大きい」

 

 キャスターは唇を噛む。

 

 悔しさと怒りが、その顔に浮かんでいた。

 

 だが、葛木を見る目だけは違った。

 

 慎二を見る目とは違う。

 

 道具を見る目ではない。

 

 キャスターはしばらく黙り、それから小さく頷いた。

 

「……宗一郎様が、そう仰るなら」

 

 凛が宝石を構える。

 

「逃がすと思う?」

 

 アーチャーも双剣を構え直した。

 

 セイバーが士郎と慎二の前に立つ。

 

 ライダーは剣を背負ったまま、葛木を見据えている。

 

 だが、葛木は動じない。

 

 キャスターが手を上げた。

 

 崩れかけの工房から、最後の赤い糸が吹き上がる。

 

 攻撃ではない。

 

 煙幕。

 

 紫の霧が境内を包んだ。

 

 凛が叫ぶ。

 

「アーチャー!」

 

「撃てん。視界だけではない、空間ごとずらしている」

 

 霧が晴れた時、キャスターと葛木の姿は消えていた。

 

 残ったのは、崩れた術式の残滓と、赤い糸の切れ端だけだった。

 

 凛は悔しそうに息を吐いた。

 

「逃げられた」

 

「でも、慎二は助けた」

 

 士郎は言った。

 

 腕の中で、慎二はぐったりしている。

 

 セイバーが静かに頷く。

 

「はい。今はそれが最優先です」

 

 アーチャーも周囲を見渡す。

 

「キャスターは工房を失ったわけではないが、かなり削られた。次に同じ規模で仕掛けるには時間がかかるだろう」

 

 ライダーの背の剣が、ゆっくりと光を弱める。

 

 剣は白い粒子となって薄れ、再び神鏡の輝きが背に戻った。

 

 守りの鏡。

 

 祓いの神気。

 

 だが、士郎は今見た剣の光を忘れられなかった。

 

 ただ斬るためではない。

 

 救うために断つ剣。

 

 その一線が、慎二をキャスターから切り離した。

 

 凛が慎二の状態を確認しながら言う。

 

「急いで帰るわ。ここに長居する理由はない」

 

「うちに連れていくのか」

 

 士郎が聞く。

 

 凛は一瞬だけ黙った。

 

「……桜がいる」

 

「ああ」

 

「慎二くんをいきなり会わせるのは危険よ。桜にも、慎二くんにも」

 

「分かってる」

 

「でも、他に安全な場所もない。私の家に運ぶ手もあるけど、キャスターの残滓を落とすにはライダーの神気がある衛宮邸の方がいい」

 

 凛は士郎を見た。

 

「ただし、会うかどうかは桜が決める。私たちが押しつけることじゃない」

 

「分かってる」

 

 士郎は慎二を背負った。

 

 慎二は意識を失ったままだった。

 

 軽い。

 

 それが、士郎の胸に妙に重く残った。

 

 ◇

 

 衛宮邸へ戻る頃には、夜は深くなっていた。

 

 庭には、ライダーが残していった神気がまだ満ちている。凛の結界も反応していない。桜は無事だ。

 

 士郎は門をくぐる前に、少しだけ足を止めた。

 

 背中には慎二がいる。

 

 家の中には桜がいる。

 

 この二人を会わせることが、正しいのかどうか。

 

 士郎には分からなかった。

 

 でも、隠しておくことも違う。

 

 縁側の明かりがついている。

 

 桜は起きていた。

 

 茶の間から出てきた桜は、士郎たちの姿を見て、最初はほっとした顔をした。

 

 だが、次の瞬間、動きを止めた。

 

 士郎の背にいる人物に気づいたのだ。

 

「……兄さん」

 

 声が震えた。

 

 ライダーが桜の前へ出た。

 

 守るように。

 

 だが、桜はライダーの背に隠れなかった。

 

 ただ、慎二を見ていた。

 

 士郎は慎二を座敷の端へ慎重に下ろす。凛がすぐに状態を確認し、残った呪いの気配が広がらないように簡単な処置を施した。

 

「桜」

 

 士郎は静かに言った。

 

「慎二は助けた。キャスターの支配線は切った。でも、まだ弱ってる。目が覚めても、すぐに話せるかは分からない」

 

 桜は何も言わない。

 

 ただ、慎二を見ている。

 

「会うかどうかは、桜が決めていい」

 

 士郎は続けた。

 

「無理に会わなくていい。今は顔も見たくないなら、それでいい。誰も責めない」

 

 凛も頷く。

 

「そうよ。これはあなたが決めること」

 

 桜の手が震えていた。

 

 怖いのだろう。

 

 当然だ。

 

 兄。

 

 加害者。

 

 家族。

 

 被害者。

 

 そのどれか一つの言葉では片づけられない相手が、目の前で眠っている。

 

 ライダーが静かに桜を見る。

 

 白い神狼の神鏡が、柔らかく光った。

 

 桜はその光を見て、小さく息を吸った。

 

 そして、一歩だけ前に出た。

 

 逃げるような足ではなかった。

 

 けれど、迷いのない足でもない。

 

 震えながら、それでも自分で選んだ一歩だった。

 

 桜は慎二の前で立ち止まる。

 

 しばらく、何も言わなかった。

 

 士郎も、凛も、セイバーも、アーチャーも、何も言わない。

 

 ライダーだけが、桜のすぐそばにいた。

 

 やがて、桜は小さく口を開いた。

 

「……兄さん」

 

 その声は、夜の衛宮邸に静かに落ちた。

 





慎二救出!

皆様の感想をお待ちしております!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(必須:10文字~500文字)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

Fate/hollow adaptation――異戒の華は冬木に咲く​(作者:りー037)(原作:Fate/)

十年前の冬木。第四次聖杯戦争の裏側で、大聖杯のシステムすら想定し得なかった「致命的なバグ」が産声を上げた。▼魔術師たちの野望と妄執が渦巻く中、地獄のような環境から一人の少女が解放される。▼間桐桜。彼女の足元に広がる「虚数」の影は、マスターを失い世界から消滅するはずだった理外の怪物――あらゆる事象に適応し破壊する『異戒の神将』と奇跡的な融合を果たしていた。


総合評価:3335/評価:8.72/連載:25話/更新日時:2026年06月13日(土) 00:16 小説情報

Fate/stay night [Alter Ego of Calamity] ――理外の双貌 (作者:りー037)(原作:Fate/stay night)

冬木市で行われる魔術師たちの殺し合い『第五次聖杯戦争』。▼必勝を期して最強の剣士(セイバー)を召喚したはずの遠坂凛の前に現れたのは、万能の杯すら鼻で嗤う「呪いの王」両面宿儺だった。▼伏黒恵の肉体(全盛期の力)と、一度敗北を知り丸くなった(?)精神。▼二つの極致を併せ持つアルターエゴにとって、この命懸けの儀式は単なる「暇つぶし」でしかない。▼機嫌を損ねれば即・…


総合評価:3773/評価:8.48/完結:52話/更新日時:2026年06月05日(金) 22:51 小説情報

いつか何処かの戦場にいた誰かの記録(作者:防水工)(原作:Fate/)

神話や伝説に描かれる英雄、偉人、勇士、豪傑の、煌びやかで荘厳な物語。▼世界各地に散らばる英雄譚は数しれず…。▼しかし思い出して欲しい。▼英雄譚の裏には、血と汚泥に塗れ、愛する者の元へ帰りたいと願った、“名もなき兵士達や戦士達”がいた事を。▼こんなサーヴァントがいたっていいじゃない、と思い投稿▼そこそこ評価されたら続き書き〼▼生成AIで作ったソルジャーさんのセ…


総合評価:2330/評価:9.1/連載:17話/更新日時:2026年04月26日(日) 12:39 小説情報

Metalnova(作者:アグナ)(原作:Fate/Zero)

もう何番煎じか分からないFate/Zeroのハッピーエンドを目指すオリ主の話。なお何を以てハッピーエンドとするかは人による模様。


総合評価:3368/評価:8.5/連載:21話/更新日時:2026年06月07日(日) 17:52 小説情報

キングダムハーツ オラリオ ミィス(作者:小説好きー)(原作:ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか)

キングダムハーツとダンまちのクロスオーバー


総合評価:2156/評価:9.1/連載:50話/更新日時:2026年06月10日(水) 12:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>