ジャックは二人の沈黙を眺め肩をすくめた。
その仕草は軽い。
だが、口からこぼれる言葉は、あまりにも重かった。
「そんな難しく考えるな。」
低い声が卓上の静寂を割る。
「単純なもんだ。」
彼は指を一本立てた。
「強いのはどっち?」
「それだけだ。」
炭治郎とカナヲの視線が無意識に彼へ集まる。
「人間だろうが鬼だろうが関係ねえ。」
「戦って、生き残ったほうが――強者だ!」
ジャックは思い返すように目を細めた。
「俺の周りにいた連中もな、みんなこのゲームに憑りつかれた。」
「このシンプルすぎる問いにだ!」
「『強いのはどっち?』」
「だが、いちばん残酷で、最も誤魔化しが利かねえ。」
彼は鼻で笑った。
「老いも若きも誰一人降りようとしねえ。」
「郭海皇とかいうジジィなんざ、百四十を超えてもまだ降りねえ。」
「笑えるだろ?……だが、それが現実だ。」
ジャックは指先で自分の胸を叩いた。
「俺は打撃、」
「噛みつき、」
「ドーピング。」
視線を炭次郎とカナヲへ移す。
「お前らは、」
「呼吸、」
「集中、」
「型、」
「そして、空手、」
「柔術、」
「合気道、」
「居合、」
「中国拳法、」
「ボクシング……」
「違いは手段だけだ。」
一拍置き、はっきりと言い切る。
「それにな……」
「正しい方が勝つんじゃねえ!」
「――勝った方が正しいんだ!」
空気が凍りついた。
「正義も、」
「理想も、」
「覚悟も、」
「全部…」
「勝った後にしか意味を持たねえ。」
再び、あの言葉。
「強いのはどっち?」
沈黙が落ちた。
音のない衝撃が床を伝って広がっていく。
炭治郎は強く拳を握った。
この男の言葉を否定したかった。
――人は想いで繋がっている。
――正義は、決して折れない。
そう叫びたかった。
だが、喉の奥で言葉が凍りつく。
鬼殺の現場。
刃を振るい、血を浴び、仲間が倒れ、
鬼が嗤う場所。
勝てなければ死ぬ。
それは理念ではなく、"事実" だった。
どれほど正しくとも負けた瞬間に終わる。
炭治郎は唇を噛んだ。
否定したいのに否定できない。
その現実が胸を締め付ける。
カナヲは静かに目を伏せた。
胸の奥底に冷たい雫が一滴、落ちていくのを感じていた。
理解できてしまう。
勝たなければ守れない。
勝たなければ選ぶことすら許されない。
その、あまりにも純粋な真理。
ジャックの語るそれを自分の一部が、確かに理解してしまっている。
――それが、何よりも恐ろしかった。
しのぶは、紅茶のカップを静かに置いた。
音は小さかったが、その場の全員の意識を引き戻すには十分だった。
彼女は何も言わない。
否定もしない。肯定もしない。
ただ、蝶のような微笑を浮かべたまま、二人を見ていた。
その沈黙が答えだった。
この卓にいる二人――
胡蝶しのぶ と ジャック・ハンマー。
彼らは善悪の外にいる。正義の先にいる。
勝つために、全てを切り捨てる覚悟を知っている者たちだ。
その朝、炭治郎とカナヲは理解した。
鬼と戦うとは単に命を懸けることではない。
そして、その最果てに立つ者の眼は、
人のものとは、あまりにも違っているということを。