毒蝶と巨躯   作:kamiomiya

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10話 勝者の定義

 

ジャックは二人の沈黙を眺め肩をすくめた。

その仕草は軽い。

だが、口からこぼれる言葉は、あまりにも重かった。

 

「そんな難しく考えるな。」

 

低い声が卓上の静寂を割る。

 

「単純なもんだ。」

 

彼は指を一本立てた。

 

「強いのはどっち?」

「それだけだ。」

 

炭治郎とカナヲの視線が無意識に彼へ集まる。

 

「人間だろうが鬼だろうが関係ねえ。」

「戦って、生き残ったほうが――強者だ!」

 

ジャックは思い返すように目を細めた。

「俺の周りにいた連中もな、みんなこのゲームに憑りつかれた。」

「このシンプルすぎる問いにだ!」

 

「『強いのはどっち?』」

 

「だが、いちばん残酷で、最も誤魔化しが利かねえ。」

 

彼は鼻で笑った。

 

「老いも若きも誰一人降りようとしねえ。」

「郭海皇とかいうジジィなんざ、百四十を超えてもまだ降りねえ。」

「笑えるだろ?……だが、それが現実だ。」

 

ジャックは指先で自分の胸を叩いた。

 

「俺は打撃、」

「噛みつき、」

「ドーピング。」

 

視線を炭次郎とカナヲへ移す。

 

「お前らは、」

「呼吸、」

「集中、」

「型、」

「そして、空手、」

「柔術、」

「合気道、」

「居合、」

「中国拳法、」

「ボクシング……」

「違いは手段だけだ。」

 

一拍置き、はっきりと言い切る。

 

「それにな……」

「正しい方が勝つんじゃねえ!」

「――勝った方が正しいんだ!」

 

空気が凍りついた。

 

「正義も、」

「理想も、」

「覚悟も、」

「全部…」

「勝った後にしか意味を持たねえ。」

 

再び、あの言葉。

 

「強いのはどっち?」

 

沈黙が落ちた。

音のない衝撃が床を伝って広がっていく。

 

炭治郎は強く拳を握った。

この男の言葉を否定したかった。

 

――人は想いで繋がっている。

――正義は、決して折れない。

 

そう叫びたかった。

だが、喉の奥で言葉が凍りつく。

 

鬼殺の現場。

刃を振るい、血を浴び、仲間が倒れ、

鬼が嗤う場所。

 

勝てなければ死ぬ。

それは理念ではなく、"事実" だった。

 

どれほど正しくとも負けた瞬間に終わる。

 

炭治郎は唇を噛んだ。

否定したいのに否定できない。

その現実が胸を締め付ける。

 

カナヲは静かに目を伏せた。

 

胸の奥底に冷たい雫が一滴、落ちていくのを感じていた。

理解できてしまう。

勝たなければ守れない。

勝たなければ選ぶことすら許されない。

 

その、あまりにも純粋な真理。

 

ジャックの語るそれを自分の一部が、確かに理解してしまっている。

 

――それが、何よりも恐ろしかった。

 

しのぶは、紅茶のカップを静かに置いた。

音は小さかったが、その場の全員の意識を引き戻すには十分だった。

 

彼女は何も言わない。

否定もしない。肯定もしない。

 

ただ、蝶のような微笑を浮かべたまま、二人を見ていた。

その沈黙が答えだった。

 

この卓にいる二人――

胡蝶しのぶ と ジャック・ハンマー。

 

彼らは善悪の外にいる。正義の先にいる。

 

勝つために、全てを切り捨てる覚悟を知っている者たちだ。

 

その朝、炭治郎とカナヲは理解した。

 

鬼と戦うとは単に命を懸けることではない。

 

そして、その最果てに立つ者の眼は、

人のものとは、あまりにも違っているということを。

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