蝶屋敷の朝は本来ならば静かで穏やかで、
湯気の立つ味噌汁と白米の匂いが人を
生き返らせる時間である。
――本来ならば……
伊之助との立合いを終了後の朝、
蝶屋敷には異様な面々が揃っていた。
しのぶ。カナヲ。
炭治郎と伊之助。
そして、場違いという言葉そのもののような大男、
――ジャック・ハンマー。
さらに世話役の神崎あおい。
運命の悪戯で参加させられた、
寺内きよ、中原すみ、高田なほ。
あおいと三人娘は、
何故、自分たちがここに座らされているのか、
理解できなかった。
否――理解したくなかった。
(……神様……)
(……何故……ここに……?)
(……私達、)
(今迄、……)
(何か悪いことしました……?)
着席した瞬間、四人は悟った。
これは朝食会ではない。
試練だ。
卓の上には、いつも通り料理が並んでいる。
和食。洋食。捕食。
食生活を分断する目には見えない分布境界線。
その食生活範囲を隔てる、ここ蝶屋敷の朝餉!
そのテーブルの中央には
――明確に"境界線"が存在していた。
そして、その境界線の越境した先には、
「背骨」
「背骨の持ち主だったであろう、大量のステーキ」
「子豚の丸焼き」
東洋、西洋、野生。
三つの文化圏を力尽くで捏ね合わせたような光景が、
そこには露骨に横たわっていた。
周囲の困惑をよそに、ジャックは普段通りである。
背骨を手に取り、
「サクッ、サクッ」と果物のように噛み切る。
口に入れば、
「ポリッ、ポリッ、コリッ、コリッ」
煎餅のように砕き、
髄が露出するば、それを啜り満足そうに喉を鳴らす。
喉が渇けば目の前の椰子の実に噛みつき、
複雑に絡み合った繊維など意にも介さず、
「シャクッ」と軽い音を立て側面に穴を開け、
中のココナッツミルクをグラスに注ぎ飲み干す。
その一連の動作はあまりにも自然で円滑。
まるで――それが文明よりも古い、
捕食という本能の儀式であるかのように。
皆がほんの一瞬、目を離し再び視線を戻したとき!
ジャックの目の前にあった子豚の丸焼きは
まるで魔術のように消えていた。
それはあまりにも人間離れしていた。
伊之助は黙ってそれを見ていたが、
やがて我慢できず背骨を手に取った。
「お、俺だって……!」
しゃぶる。噛む。
だが――砕けない。歯が負けている。
伊之助は気づいた。
山の掟と、太古の掟。
その隔たりは、あまりにも大きかった。
自分はジャックの足元どころか、
同じ世界にすら立っていない。
炭治郎が慰めるように声をかける。
「い、伊之助……」
「まだ、立会い直後だし……」
「俺も、あの攻撃の後は、暫く身体が痛かったから……」
「無理しないで……」
だが、その気遣いは伊之助の傷口を抉った。
「うるせえ!!」
伊之助は今にも飛びかからんばかりの形相でジャックを睨み据えた。
「"次"は!」
「"次"はぜってぇ負けねえからな!!」
宣戦布告。
だが、返ってきたのは悪意に満ちた"天然"だった。
「おお、そうだ!」
ジャックが骨を噛み砕きながら頷く。
「俺としたことがウリ坊を捌こうとしてたのを忘れてた!」
一同、凍りつく。
「下処理は大事だからな!」
伊之助の拳が震える。
怒りで全身が痙攣しそうだった。
ジャックは満足げに笑う。
「俺も"次"はウリ坊が持ってきた刀で、」
「吊って、捌いて、血抜き」
「熟成させても悪くねぇ!」
止めの一撃だった。
「この国じゃなんて言うんだ?」
「鴨がネギを背負って来る、だっけ?」
伊之助を獲物として品定めするように見下ろす。
「だったら準備がいいな、」
「ウリ坊!」
「"肉" を 捌く "刃" を」
「自分で用意してくれんだからな!」
――ジャックは堪えきれずに笑った。
伊之助は怒りで全身が震える。
今にも飛びかかりたかったが、
本能がそれを許さない。
その一方で、
あおいは箸を持つ手が震え、
きよ、すみ、なほの三人は顔面蒼白。
涙がとめどなく流れる。
味など、もう分からない。
噛むたびに寿命が削られる音がする。
(……お願いだから……)
(……食事の時くらい……)
(……和気あいあいで……)
あおいと三人娘は鬼殺隊が命を賭けていることを理解している。
だが――
朝食に早贄の話題は重すぎた。
その日、四人は学んだ。
「寿命が縮まる」という言葉は、
比喩ではない。
実感を伴って骨の髄まで理解する言葉なのだと。