蝶屋敷はその日ばかりは、どこか重みを帯びていた。
――柱合会議、招集。
しのぶの名に続き、
もう一つ、鎹烏から異質な伝令。
「下弦の伍討伐者・ジャック・ハンマー同席」
しのぶは薄く笑った。
(……ついに、ですね)
柱合会議の場は静寂に満ちていた。
だが、それは平穏の静けさではない。
猛獣が檻の中で互いの呼吸を測るような、
張り詰めた沈黙だった。
柱たちが庭に直線を描くように並ぶ中、
"端" に異物がいた。
異様の体躯。筋肉の塊のような巨躯。鋭く獣じみた眼光。
ジャックは畏まるでもなく、
両手を空に挙げ、大欠伸をし、涙を浮かべ、
暇そうに、ただ立っていた。
まるで――
「呼ばれたから来た」
それだけだと言わんばかりに。
産屋敷耀哉が静かに口を開く。
「しのぶ……説明を」
しのぶは一歩前に出た。
その表情は、いつもの穏やかな微笑だが、
声には一切の冗談がなかった。
「はい」
「この者――ジャックは、」
「私が研究している薬物を投与した被験体です」
ざわり、と空気が揺れる。
「一般隊士に使用すれば重度な障害が発症、」
「最悪の場合は死亡、」
「柱であっても耐えられるかどうか不明なレベルの」
「増強剤、劇薬をすでに複数種類、投与済みです」
柱たちの視線が一斉にジャックへ突き刺さる。
「その結果――」
「下弦の伍を一方的に圧倒、蹂躙し倒しました」
沈黙。
「危険視されるのは当然です」
「この時代に下弦の鬼を圧殺する戦闘力を持つ、」
「"人間"など鬼殺隊以外は皆無ですから」
しのぶは、言葉を選ばなかった。
「ですが――」
「柱以外の切り札として、」
「これ以上に有能な存在がいますか?」
一瞬の静寂の後、低く粘つくような声が割り込んだ。
「……クドイ」
"蛇柱・伊黒小芭内"
「ネチネチ説明されなくても分かる」
「力があるかどうか確かめればいいだけだ!」
その目は最初から獲物を見る目だった。
「言葉はいらない。力で示せ!」
しのぶは、微笑んだまま一歩引いた。
(……ええ。)
(そう来ると思っていました)
その瞬間だった。
「決まりだな!」
低く愉悦を孕んだ声。
ジャックが金属歯を見せて笑った。
「兄ちゃん!やろうか!」
そして蛇柱を見下ろし何でもないことのように付け加える。
「兄ちゃんよ――」
「その蛇のマフラー……」
伊黒の首元で白蛇がとぐろを巻く。
「大事なもんなんだろ」
「置いていくか、誰かに持たせろ!」
場が凍りつく。
「お前の首を噛むのに邪魔だ!」
笑顔で完全な挑発。
伊黒の眼が蛇のように細くなった。
「……デカブツが……」
殺気が露骨に立ち上る。
だがジャックは一歩も退かない。
むしろ楽しそうだった。
(……ああ!いいぞ!)
(……この蛇は分かっている!)
しのぶは内心で確信した。
これは "立会い" ではない。
――"死合い" だ。
そして同時に柱たちも理解していた。
この異人の大男は、味方か、
それとも――鬼より厄介な災厄か。
その答えは言葉ではなく、血と骨で示されることになる。