毒蝶と巨躯   作:kamiomiya

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18話 狂人厄災

産屋敷邸に満ちていた殺気は刃のように鋭かった。

 

柱たちの視線は一様に、

血に濡れ、両手を大きく広げ笑みを浮かべる異邦の大男、

――ジャックへと突き刺さっている。

 

その姿は、まるで血塗られたタキシードを着て、

オペラを歌い切った歌手の様である。

 

ただし、喝采の代わりに降り注ぐのは、

柱たちの冷たい殺意だけだった。

 

その中心で産屋敷耀哉は、

静かに息を整え柔らかな声で言った。

 

「――皆、落ち着いてください」

 

その声は弱々しい。

だが不思議と逆らえぬ重さを帯びていた。

 

張り詰めた殺気が、

なおも柱たちの間に渦巻いている。

 

それをなだめるように、

産屋敷は静かに口を開いた。

 

「柱の皆が警戒するのは当然です」

「正体も素性も分からぬ者が突然現れ、」

「下弦の鬼。それも伍を圧倒した」

「しかも人でありながら柱を倒す力を持つ――」

 

柱たちの張り詰めていた殺意が僅かに緩む。

 

その時、ジャックが一歩前に出た。

全身から滴る血を気にも留めずに低く笑う。

 

「分かってるぜ…」

 

声音は挑発ではない。妙に現実的で冷めていた。

 

「身内の"胡蝶しのぶ"からよ、」

「下弦を討伐しました」

「ですので今日から鬼殺隊の仲間です」

「仲良くして下さい」

「なんて言われてよ…」

 

疑われて当然だ。

ジャックは柱たちを見渡す。

 

「はいそうですか、解りました――」

「よろしく――」

「そんな訳…ねェよな!」

 

柱たちは押し黙った。

正論である。

ジャックは間を置かない。

 

「逆に俺が疑われねえ方が組織としては終わってる!」

 

ジャックの眼差しが、柱たちを射抜く。

 

「ポッと出の正体不明が下弦を倒しました」

「下弦を捨て駒にした、」

「自作自演、内通、罠、情報漏洩、」

「無惨の策略――」

「そう疑うのが"守る側"としての正解だ」

 

柱たちの間に僅かな沈黙が落ちる。

 

「だからよ…」

 

ジャックの眼が、

一人、また一人と柱たちを捉えていく。

 

「疑惑容疑の異物である俺を排除しようとするのは、」

「組織として、生物として、自然な反応だ」

「俺から、どんな申し開きをしようと容疑は晴れねえよな!」

「……ならば、だ。」

 

僅かな間。

 

ジャックの声音が鋼になる。

 

「排除の方法は、どうする?」

 

倒れ伏した伊黒が掠れた声を絞り出す。

 

「――言葉より、力だ」

 

蒼白な顔でありながら瞳だけは鋭く燃えている。

 

ジャックの口元が、ゆっくりと吊り上がった。

 

「全くその通りだ!」

 

ジャックの眼に獣じみた光が宿る。

 

「お互い戦士だ」

「言葉で理解だ、説明ができねえならば――」

「立合えば済む」

 

言葉が尽きれば残るのは力だけだった。

 

「"強いのはどっち"」

「ただそれだけだ」

「俺は常時、絶命しても構わねェ!」

「一切、気にしねェよ!」

「それは、単純に俺が"弱え"からだ」

 

柱たちの間に、

言葉では測れぬ異様な覚悟が漂った。

 

その空気を裂くように――

 

「――ふふ」

 

胡蝶しのぶの、いつもの柔らかな微笑。

だが、その奥に潜むのは刃の冷たさ。

 

「お館様」

 

一歩、前へ。

 

「私から言うのも何ですが……」

 

しのぶは、はっきりと言い切った。

 

「ジャックは "強さの獲得"――」

「たった、この一点の為に生命を捧げてきた狂人です」

 

ざわり、と空気が動く。

 

「ですが!」

 

目を細める。

 

「この通り、」

「常識も理解も持ち合わせております」

 

そして、静かに。

 

「この私、胡蝶しのぶが責任を持って、」

「ジャックと行動を共にし監視いたします」

 

産屋敷へ深く一礼。

 

「ご心配なさらず下さい」

 

声が鋭利になる。

 

「もし、鬼側につく――」

「あるいはジャックが鬼になった場合!」

 

微笑は消えた。

 

「私が必ず、その首を斬ります!!」

 

一切の迷いがない断言。

だが続く言葉は、さらに重かった。

 

「ですが!」

「ジャックが鬼につくことは、ありません!」

「命を削り、消耗させ"強さ"を獲得してきた、」

「彼が安易に無惨の血を受け入れることは――」

 

視線がジャックへ向く。

 

「それは、彼自身が歩んできた人生を、」

「自分で否定することと同義ですから!」

 

沈黙。

 

産屋敷は、しばし考え――

そして、ゆっくりと頷いた。

 

「……分かりました」

 

顔をジャックへ向ける。

 

「ジャックさん…」

「鬼殺隊にご協力、宜しくお願い致します」

 

その言葉は受け入れであり、

同時に――監視と試練の宣告でもあった。

ジャックは、にやりと笑った。

 

「あいよ」

 

血の匂いと殺意と覚悟が混じる中。

一人の異物が正式に迎え入れられた。

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