毒蝶と巨躯   作:kamiomiya

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19話 人鬼共同研究

柱合会議が解散した夜。

産屋敷邸には昼間の殺気が嘘のような静寂が戻っていた。

蝋燭の炎が音もなく揺れ、

産屋敷はしばし黙したまま静かに息を置いた。

 

「――しのぶ」

 

その名を呼ぶ声は相変わらず穏やかだった。

だが、そこに含まれる重みを、しのぶは聞き逃さない。

何を告げられるのかは分からない――

ただ、自分だけが残された意味は理解していた。

 

「はい。お館様。」

 

静かに鎮座する産屋敷耀哉は穏やかに、

そして、重い口を開いた。

 

「これは柱であり薬学に精通する、あなたにのみ託します」

 

僅かに間を置き――

 

「ある薬学者と共同研究を行ってください」

 

しのぶの瞳が僅かに細まる。

知らぬ名を思い浮かべることもなく――

 

「……お名前を伺っても?」

 

産屋敷は僅かに目を伏せ…静かに口にする。

 

「珠世…」

 

知らぬ名だった。

 

産屋敷は決して他には漏らせぬことを語るように――

 

「無惨の拘束から逃れ、」

「自らの意思で"鬼であること"に抗い続けている存在です」

 

"鬼"

 

それでも――敵ではない。

 

産屋敷は目を伏せ一瞬の沈黙し言葉を繋ぐ。

 

「彼女は無惨を倒すための薬を研究しています」

「私は……密かに連絡を取り合ってきました」

 

人の英知だけでは届かぬ領域。

鬼の薬学をもって鬼を制する――

しのぶは、その意図を悟り静かに息を吐いた。

 

「なるほど……」

 

産屋敷は再びしのぶを見据えた。

 

「あなたには下弦から採取した血を、」

「その場所へ秘密裏に持参していただきたい」

「――珠世の研究所です」

 

蝋燭の炎だけが静かに揺れた。

 

「そして…」

 

僅かな間。

 

「その血だけではありません」

 

その先を、しのぶは察した。

 

「……ジャックの血ですね」

 

産屋敷は僅かに頷いた。

 

「ええ」

 

そのまま言葉を継ぐ。

 

「下弦の伍――累の血」

「そして、それを討伐した"人間"の血」

 

その組み合わせの異常性を産屋敷は誰よりも理解していた。

 

産屋敷の視線が再びしのぶへ向く。

 

「しのぶ」

 

その声に、しのぶの表情から微かな笑みが消え、

瞳の奥に薬学者としての光が宿る。

 

「はい」

 

産屋敷は一度だけ静かに息を置き、

しのぶへ重い言葉を託す。

 

「あなたと珠世には、この二つの血を用い、」

「"新たな薬"を生成してもらいます」

 

産屋敷の声が静かに落ちる。

 

「目標はただ一つ」

「――上弦の鬼に対抗可能な薬です」

 

しのぶの指が無意識に袖を握り締める。

 

"上弦"

 

それは柱をも容易く屠る存在。

今までの毒では致命傷にすら届かない領域。

その領域へ届かせるなら、こちらも常識を捨てるしかない。

 

「……随分と無茶を仰いますね」

 

微笑みながらも声は震えていなかった。

 

産屋敷の瞳の奥に静かな狂気が滲む。

 

「はい」

 

産屋敷は可能性を信じるように瞳が僅かに細まり

僅かな笑みが浮かぶ。

 

「ですが、あなたなら出来ます」

「そして、珠世ならば――」

「"鬼の理"を凌駕する薬を生み出せる!」

 

産屋敷の瞳に確かな光が宿った。

 

しのぶは目を閉じ深く頭を下げた。

 

「お引き受けします」

「身命を懸けて!」

 

その声は、凛としていた。

 

数日後。

夜の闇に紛れ、しのぶは小さな木箱を抱えていた。

中には、下弦の伍・累の血液。

そして――

あの異形の男、ジャック・ハンマーの血。

二つの血は同じ赤でありながら、まるで"質"が違っていた。

 

(……人でありながら鬼よりも鬼)

 

ふと、昼間の光景が脳裏をよぎる。

柱を投げ飛ばし、血を礼として刻む、あの狂気。

 

(この血が……)

("人"を、どこまで強くするのか)

 

辿り着いた先は血鬼術で人目を避けた洋館。

 

結界の先で、

淡い紫の瞳を持つ女が静かに出迎えた。

 

「……あなたが、胡蝶しのぶさんね…」

 

"珠世"

 

人であり鬼であり、

そして――無惨に反旗を翻した女。

 

「初めまして」

 

しのぶの口元が僅かに緩む。

 

「あなたとなら、とても――危険で、」

「素敵な研究が出来そうです」

 

珠世の瞳に柔らかな光が宿る。

 

「ええ」

 

机の上に置かれる二つの血。

 

珠世の視線が、しのぶを射抜く。

 

「これは、無惨にとって"猛毒"になり、」

「同時に――人類にとっても未知」

 

しのぶの瞳が珠世の視線を真っ直ぐに受け止める。

 

「……覚悟は?」

 

間髪入れず声が返る。。

 

「もちろん!」

 

その瞳に戦う者の覚悟が宿る。

 

「私達は"鬼を倒す"のではなく――」

「"鬼の理を壊す" のですから」

 

蝋燭の炎が強く揺れた。

 

その夜。

人と鬼、二人の薬学者は運命を歪める研究を開始した。

それが上弦すら脅かす、

"禁忌の薬"の最初の一滴になるとも知らずに。

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