毒蝶と巨躯   作:kamiomiya

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21話 無限列車

無限列車――

 

鉄と蒸気の塊は夜を裂いて走っていた。

 

産屋敷邸で血の立会いから幾何(いくばく)かが過ぎ

巷では不穏な噂が囁かれていた。

 

無限列車に乗った者が戻らない。

 

四十人を超える一般人、

そして調査に向かった鬼殺隊の剣士達すら、

次々と消息を絶った。

 

"異常事態"

 

この任務に選ばれたのは、

 

炎柱・煉獄杏寿郎、

蟲柱・胡蝶しのぶ、

加えて、

竈門炭治郎、

竈門禰豆子。

嘴平伊之助、

我妻善逸、

栗花落カナヲ。

そして異物――ジャック・ハンマー。

 

夜気を切り裂く列車の中、

異様な存在感を放つジャックは一言も発さず座席に身を沈めていた。

 

筋肉の塊のような身体は静止しているが、

内側では何かが常に蠢いているようだった。

やがて、列車全体を覆う甘美な匂いが忍び寄る。

 

――眠り。

 

魘夢の血鬼術が発動し乗客も隊士も抗う間もなく

意識を沈めていった。

 

その中で一人の一般乗客が選ばれる。

魘夢の手先として"核を壊す役目"を与えられた男だ。

 

彼の標的は――ジャック。

 

眠る男の胸に触れた瞬間、

意識は精神の世界へ引きずり込まれる。

 

幸福な夢。

叶わぬ未練。

優しい追憶。

 

それらが通常はあるはずだが、

男は即座に違和感を感じた。

 

(……違う)

 

空気が重い。

匂いは血と鉄。

景色は歪み赤黒く脈打っている。

 

次の瞬間、全身を引き裂く衝撃が走った。

 

血流が――速すぎる。

心臓が狂ったように鼓動する。

限界を超えた圧で血液を送り出し、

臓腑は悲鳴を上げる。

肺が、血管が、

全てが破裂寸前だった。

骨という骨が軋みを上げる。

筋繊維は裂け神経は焼ける。

 

それでも――止まらない。

 

死の淵まで薬物を摂取し肉体を強化。

日に30時間と揶揄される鍛錬の日常。

 

男が叫ぶ。

「やめろ」

「壊れる」

「死ぬ」

 

限界を越えた肉体がさらに限界を越えた"地獄"

 

男は膝をつき、

夢の中だという理屈は既に崩壊していた。

 

願望ではない。

逃避でもない。

 

――この狂人の日常だ。

 

やっと終わった……と錯覚した瞬間。

視界が暗転し次に目を覚ますと――

ベッドの上にいた。

 

両腕、両脚に禍々しい器具が固定されている。

拷問具のような骨延長装置。

 

医者が説明を終え、

ジャックが頷いた瞬間!

両腕、両脚!

骨が軋み引き延ばされる。

緩慢な延長。

 

五十センチ。

 

痛みという概念が意味を失うほどの激痛。

死んだ方が楽だと理解できる痛みが永遠のように続く。

 

絶叫…声が出ない。

涙も、涎も、失禁も、

全てが"反応"として処理されなくなり、

意志が砕け、

思考が崩れ、

人間としての形が静かに崩壊していった。

 

男は全てを理解した。

自分は夢に侵入したのではない。

精神に触れたのでもない。

 

――生き方に踏み込んでしまったのだ。

 

この地獄こそが彼の呼吸だった。

 

苦痛は彼にとっての酸素。

極限は彼にとっての平常。

死の縁は生きるための最低条件。

 

そして、男の精神の核は音も無く完全に崩壊した。

 

現実世界。

 

ジャックは何事もなかったかのように眠っている。

 

穏やかな寝顔。

苦悶はない。

歯を食いしばることもない。

悪夢にうなされることもない。

 

まるで深い呼吸の中にいるように。

魘夢の支配は、そこだけ、完全に届いていなかった。

 

夢を壊したのではない。

夢など最初から存在しなかったのだ。

 

そこにあったのは――

 

ただ一つ。

 

"強さ"のために全てを捧げる男の

 

"現実と日常"

 

無限列車は、なおも夜を裂いて走り続けていた。

 

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