毒蝶と巨躯   作:kamiomiya

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23話 羅針

魘夢が討たれ無限列車は止まった。

夜明け前の闇の中、

鉄の塊は軋みながら静止し炎と蒸気の匂いだけが残る。

 

犠牲は――

精神を砕かれ廃人となった一般乗客、ただ一人。

それ以外の乗客は守られた。

 

だが、その静寂を――

踏み潰すような圧が闇の奥から滲み出てきた。

 

空気が重い。

皮膚が粟立つ。

呼吸が僅かに遅れる。

 

現れたのは一体の鬼。

笑っていた。

愉悦に満ちた闘争者の笑み。

 

「――はは……」

 

上弦の参"猗窩座"

 

「柱が二人か」

 

炎柱・煉獄杏寿郎。

蟲柱・胡蝶しのぶ。

その背後に炭治郎、

禰豆子、

伊之助、

善逸、

カナヲ。

 

猗窩座の口元が吊り上がる。

 

「運がいい……一度に柱を二人も葬れるとは!」

 

その瞬間――轟音。

無限列車の扉が内側から爆ぜ飛んだ鉄が

歪み破片が夜空に舞う。

蹴り飛ばした張本人が欠伸をしながら降りてきた。

 

"ジャック・ハンマー"

 

「……俺のサイズだとよ」

「この列車、狭すぎて寝た気がしねェな!」

 

首を鳴らし辺りを見回す。

 

「ん?」

「新しい鬼か?」

 

視線が猗窩座を捉える。

 

「しのぶ!こいつは鬼か?」

 

しのぶは一瞬だけ猗窩座を見て即座に答えた。

 

「……恐らく、上弦!」

「しかも、かなり上位です」

 

その言葉を聞いた瞬間――

ジャックの口元が、ゆっくりと裂け金属歯が覗く。

 

「へぇ……」

「この前は下弦だったが、」

「今回は上弦!」

 

拳を握る。

骨が鳴る。

 

「……ならば期待できそうだな」

 

一歩、前に出る。

 

「鬼の兄ちゃん!名は?」

 

猗窩座の眉が僅かに動いた。

この大男の態度――

自分を"格下"と見るその視線が致命的に癪に障った。

 

「猗窩座だ……」

 

牙を剥くように笑う。

 

「どうせ貴様は肉片(ミンチ)だ」

「覚える必要はないがな…」

「あの世で困るだろう?」

「三途の川の渡し賃に、猗窩座に殺されたと、」

「俺の名を、"奪衣婆"と"懸衣翁"に告げろ!」

「そうすりゃ、あの世までタダで送ってくれるぞ!」

 

完全な挑発。

 

ジャックは鼻で笑った。

 

「しのぶ!」

「例の"新薬"だが…」

「投与するぞ!」

 

一瞬の躊躇もなく首に注射針が刺さる。

 

"鬼喰いの血清"

 

範馬の血と混ざり合い、

細胞を限界の外側へと押し広げる禁断の薬。

血が、肉が、体内で狂乱している。

 

「猗窩座…だったか?」

「まあいい…」

「お互い、口喧嘩しに来たわけじゃねェんだ!」

 

一歩、また一歩。

地面が僅かに沈む。

 

「単純明快に行こうぜ」

「強いのはどっち?」

「その答えを――」

「出そうじゃねェか」

 

これ以上ない笑顔で言い放つ。

 

その瞬間――

猗窩座が消えた。

否、踏み込んだ。

音を置き去りにする拳。

視認不能の速度。

 

だが――拳は届かなかった。

 

何かに弾け飛ぶかの如く猗窩座の身体が吹き飛び、

地面を抉り瓦礫を撒き散らし数十メートル先で止まる。

 

沈黙。

 

炭治郎たちが理解できずに固まる。

 

「な、……なにが起きた?」

 

答えは単純だった。

 

ジャックは、

伸び切った猗窩座の腕と拳に――

自分の手の平を軽く合わせただけ。

 

ただ、"それだけ"

 

「名乗りが遅れたな」

「ジャック・ハンマーというもんだ!」

「猗窩座よ!」

「お互い、挨拶は終わりでいいな!」

 

ジャックの巨躯が猗窩座へゆっくりと歩み寄る。

 

「上弦としての力…」

「全部、出し尽くせ!!」

「俺も――」

「グラップラーとして全力で行く!!」

 

金属歯が覗き、拳が低く鳴る。

 

「出し惜しみは無しだ!」

「ちょうど薬も効いてきた!」

 

ジャックの眼が猗窩座を射抜く。

 

「――死合いだよ!」

「準備はいいか?」

「俺は、いつでもいいぜ!」

 

拳を握る。

怒りを噛み殺すように猗窩座の口元が上がった。

 

「……いい」

 

骨が鳴り肉が軋む。

 

「実に、いい……そういうのが――」

「俺は大好きだ」

 

両足を踏みしめ腕を大きく広げ低く宣告する。

 

「――術式展開」

「破壊殺・羅針」

 

夜気が震える。

 

人と鬼。

 

生存競争の最終形。

無限列車の残骸の前で――

人外同士の死闘が

今、始まろうとしていた。

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