朝食が終わりに近づいたころだった。
器の底に残った湯気が朝の空気に溶けていく。
皿には骨片すら残っていない。
ジャックは最後に水を一口含むと、
ゆっくりとカナヲと炭治郎を見た。
その視線は試すものでも威圧するものでもない。
低く、しかしはっきりとした声。
「お嬢さん、」
「小僧。」
「一つ教えてくれ。」
二人は自然と背筋を伸ばす。
「お前らはな…」
「倒れる程(ほど)頑張る……か?」
「それとも――」
「倒れる迄(まで)頑張る……か?」
空気が、わずかに重くなる。
ジャックは自分の胸を指で叩いた。
「俺はな……」
「倒れる迄だ」
淡々とした口調だった。
誇示も自慢もない。
それが、彼の日常だからだ。
「細胞が悲鳴を上げる。」
「筋繊維が千切れる。」
「失禁しても気づかねえ。」
炭治郎の喉が、ひくりと鳴った。
「脳みそがな……」
「これ以上は危険だと判断して、」
「肉体行動を強制停止させる。」
「失神。」
「そこで初めて、」
「俺のトレーニングは "終了" だ」
沈黙。
「薬物も摂った、」
「死の淵までだ」
「一日三十時間と言われる常軌を逸した鍛錬を」
「日常的に続けた」
「それでも――」
ジャックは、わずかに唇を歪めた。
「まだ足りねえ!」
「もっと大きくなりたかった!」
唐突に彼は語調を変えた。
「ある医者に頼んだ、」
「骨延長だ。」
カナヲの瞳が、
わずかに見開かれる。
「そいつは言ったよ!」
『たった一ミリ伸ばすだけで、」
「激痛で眠れなくなる。』
『精神も肉体も壊れる可能性が高い。』
「両腕両脚の同時延長!」
『やめておけ』ってな」
「……だが」
ジャックの声は、揺れない。
「俺は」
「腕と脚の骨延長手術を――」
「二度、受けた。」
「激痛と引き換えに!」
「五十センチ!」
炭治郎は彼の巨躯を見上げた。
ただの体格差ではない。
そこには、人為的な歪みがあった。
「俺はな」
ジャックは指を一本ずつ折りたたむ。
「地位」
「名誉」
「金」
「美酒」
「美女」
「一切の途(みち)を閉ざした!」
「たった一つあればいい!」
「たった一つの為の人生でいい!」
低く、噛みしめるように告げた。
「――強きこと!!!」
「俺の生命活動のすべてはな……」
「呼吸も、」
「睡眠も、」
「食事も、」
「鍛錬も、」
「薬物も、」
「全部!」
「強さの獲得、この一点だけだ!」
言い切りだった。
それ以上の言葉はなかった。
カナヲと炭治郎は理解できずにいた。
薬物だけではない。
筋肉でも骨でもない。
――覚悟。
そこには引き返すという概念が
存在しなかった。
生きるために強くなるのではない。
強くなるために、生きている。
二人の胸に、
言いようのない違和感が残る。
(……同じ人間なのに)
(……同じ戦場に立っているのに)
ジャックという存在は、
人の形をした、"方向性の化け物" だった。
しのぶは、
黙ってその光景を見つめていた。
何も言わない。
止めもしない。
彼女だけが理解していた。
――この男は壊れたのではない。
――最初から、こうなる道を選び続けただけだ。
その朝、カナヲと炭治郎は初めて知った。
「努力」という言葉の遥か先に、
「破滅」と紙一重で繋がった世界があることを。
そして――
そこに笑って立つ人間がいることを。