ザ・ダイハード・マスターピース   作:EXTERMINATION

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第14話 境壊

校門前の外周路に張りつめた白いサーチライトの光は、

それまで赤い非常灯と火花と夜の闇に覆われていた学校の戦場へ、

あまりにも遅れて到着した現実そのもののように鋭く差し込む。

鉄柵のこちら側に立つ綾小路と堀北の輪郭を容赦なく照らし出す。

その背後からなお追い縋ってくる龍園と宝泉と坂柳たちの存在まで

一度に停止させるほどの力は持たず、むしろ校内と校外、秩序と狂気、

保護と追跡、その相容れない二つの論理がついに同じ地平に露出してしまったことを、

そこにいた全員へ残酷なほど明確に告げていた。

 

『全員、その場で止まれ!武器を捨てろ!』

 

拡声器越しの警官の声は明瞭で、

正しく、疑いなくこの場で最も正当な命令だった。

この夜にここまで引きずられてきた人間たちにとって、

その正しさはもはや行動を止める理由にはなりきらず、

むしろ残された時間がほとんどないことを突きつける終幕の合図のように響いた。

 

綾小路は一歩だけ前へ出て両手を見える位置へ上げかけたが、

その動作は完全な降伏でも安堵でもなく、

あくまでも警官隊の意識を自分と堀北へ確実に向けるための最小限の動きであり、

同時に背後の校内側で何かが起きた時にすぐに反応できるだけの余裕を残した、

不安定な中間姿勢でもあった。

 

堀北もまた隣で息を整えながら、完全に気を抜いてはいなかった。

 

彼女の視線は前方の警官隊だけに固定されず、

ライトの届かない校門内側の陰と、植え込みの奥と、

特別棟から外周路へ抜けてくる追手の導線とを短い周期で往復しており、

その落ち着いた瞳の奥では、ようやく助かるかもしれないという希望と、

まだ何一つ終わっていないという現実が激しくぶつかり合っているのが分かった。

 

だが次の瞬間、その微妙な均衡を最初に踏み越えたのは、やはり宝泉和臣だった。

 

「そこで終わりだと思うなよ!」

 

低く唸るような声とともに、宝泉は校門内側の植え込みを

半ば踏み潰すように突っ切って前へ出てきて、

そのままライトの中へ躊躇なく身を晒しながらも、

警官隊の制止にも銃口にもほとんど意識を向けず、

ただ綾小路ひとりだけを見据えて一直線に距離を詰めてくる。

 

「止まれ!止まらないと制圧する!」

 

警官の怒声が飛ぶ。

 

だが宝泉は止まらない。

 

それどころか、ここへ来て本当に終わりを拒絶する獣のような圧をむき出しにし、

これまで何度も繰り返してきた突進よりさらに深く、さらに速く、

今この一回で全部を決めるつもりの踏み込みで前へ出た。

 

綾小路はその動きを見た瞬間、

もう警官隊の論理だけに委ねて終わる局面ではないと理解する。

 

ここで宝泉が警官隊に真正面から突っ込み、警官隊が強制制圧へ移れば、

龍園や坂柳まで含めた全員が一斉に散開し、

まだ校内に取り残された人間たちの救助動線も、事情説明も、

月城まで辿るための線も、一気に潰れる可能性がある。

 

「宝泉、止まれ!」

 

綾小路が鋭く言う。

 

その声に宝泉の目が一瞬だけ細まり、言われたこと自体への反発か、

それとも綾小路から命令の形で言葉を投げられたことそのものへの怒りか、

判別しづらい熱がその表情に走るが、それでもほんの一拍だけ、動きが鈍る。

 

その一拍へ七瀬が飛び込んだ。

 

「もうやめて!」

 

七瀬は正面から組み止めるような無茶はせず、

宝泉の進路へ身体を斜めに差し込み、

真正面の加速ではなく横方向へのズレを強制することで、

綾小路と警官隊の直線からほんの数10センチだけ宝泉の軌道を逸らす。

 

その数10センチこそが決定的だった。

 

宝泉の足がわずかに外へ流れ、その瞬間、警官隊の先頭が一気に前へ出る。

 

盾を構える者、ライトで視界を焼く者、

制圧姿勢へ入る者、その全部が一瞬で連動し、

校外の秩序がようやく実体として校門内側へ踏み込み始める。

 

だがそれを見た龍園は、今度は真正面から出るのではなく、

校門脇の花壇広場へ沿って横方向へ切り込み、

警官隊の主視線が宝泉へ向いているその外側から、

綾小路の逃げ道と戻り道の両方を同時に切る位置へ回り込もうとした。

 

「面倒なことになったな」

 

龍園は舌打ち混じりに笑う。

 

「だったら、面倒のまま終わらせるだけだろ」

 

その声の直後、龍園側の生徒が校門内側の陰から短い連射を入れた。

 

それは綾小路や警官隊へ直接当てるためではなく、

校門前の地面とバリケード脇のフェンスへ弾を散らし、

火花と跳弾の音でそこを通れない場所に変えるための、

きわめて龍園らしい粗暴な射撃だった。

 

乾いた連続音が夜気を破り、鉄柵へ当たった弾が甲高い金属音を返し、

地面を削った破片が白いライトの中で散って、

警官隊の一部が即座に身を低くしながら散開を余儀なくされる。

 

「撃つな!武器を捨てろ!」

 

怒号はさらに強くなるが、もう校門前は命令が通用する段階を過ぎていた。

 

坂柳はそうした龍園の雑な崩しを見ながら、

わずかに目を細めるだけで感情を表に出さなかったが、

彼女の左右にいた橋本と神室はすでに別方向へ開き始めていた。

 

坂柳は最初から、警官隊と龍園と宝泉が

真正面で衝突した瞬間こそが最も危険であり、

同時に最も動かしやすい局面だと読んでいたのだろう。

 

「橋本くん、右へ。神室さん、左の死角を見てください」

 

静かな指示。

だがその内容は鋭い。

 

警官隊の主視線が校門前へ集まるなら、その外側、

つまり校舎外周とフェンス沿いの細い通路こそが次の導線になる。

 

綾小路がそこを選ぶと、坂柳は疑っていない。

その意味で、彼女はやはりこの場で最も厄介だった。

 

天沢一夏は、そのすべてを本当に楽しそうに見ていた。

 

「うわ、最悪の全部盛りだ」

 

笑う。

 

だがその笑いの奥には冷静な観察があった。

 

「警官隊、龍園先輩、坂柳先輩、宝泉くん、

みんなそれぞれ違う方向向いてるのに、ちゃんとぶつかってるの面白い~」

 

軽い言葉だが、残酷なほど本質を突いている。

 

同じ綾小路を追ってここまで来たはずなのに、龍園は奪うことを、

宝泉は正面から叩き潰すことを、坂柳は最後まで盤面を握ることを、

七瀬は任務と被害の両方を最小化することを、

そして天沢は全部が壊れていく瞬間を見ることを優先している。

 

だから誰も完全には連携しない。

だからこそ綾小路にはまだ道があった。

だがその道も、警官隊の本格介入が始まれば数十秒で消える。

 

綾小路は堀北へ低く言う。

 

「まだ終わってない」

 

堀北は前を見たまま短く返す。

 

「分かってる」

「今から一度だけ、中へ戻る」

 

その言葉に堀北の瞳が揺れる。

 

ようやく外へ出られた。

 

警官隊もいる。

 

普通なら、ここで救助されて終わるべきだ。

 

だが教室棟側ではまだ騒ぎが続いている。

 

軽井沢、一之瀬、平田、ひよりは列を離れたが、

全員が完全に保護されたわけではない。

 

さらに校内には月城と月城側の意図がまだ残っている。

 

ここで終われないと、綾小路は判断している。

 

「本気なの」

 

堀北が問う。

 

「ああ」

「ここまで来て?」

「ここまで来たからだ」

 

堀北は一瞬だけ目を閉じた。

 

それは迷いというより、腹を括るための短い沈黙だった。

 

「……なら、私も行く」

「来るなとは言わない」

「珍しいわね」

「止めても来るだろ」

「ええ」

 

その短いやり取りの直後、教室棟側から新たな悲鳴が上がった。

 

今までとは質が違う。

乱戦のざわめきではない。

 

もっと切迫した、誰かが走り出し、誰かがそれを追い、

さらに別の誰かが止めようとして失敗した時の、混乱の尖った音だった。

 

警官隊の一部が反応して校門内側へ向き直る。

その一瞬、主視線が割れる。

 

綾小路はそこを待っていた。

 

「今だ」

 

その声と同時に綾小路は外から内へ向かって駆け出し、

堀北もほぼ同時にその背を追う。

 

警官隊が止めようと声を上げるが、完全に前へ出るより早く、

綾小路たちは校門脇のバリケードの陰を抜け、

再び校内側の戦場へ身を滑り込ませた。

 

背後では龍園が「そうこなくちゃな」と笑い、

宝泉は明確に獰猛な喜色を顔へ浮かべ、坂柳は小さく息を吐く。

七瀬は本気で最悪だという顔をし、天沢だけが本当に楽しそうに目を細めていた。

 

校門前の地面にはさきほどの連射で砕けた破片がまだ散っており、

跳弾で削れたバリケードの端や、弾痕のついた鉄柵が、

つい数十秒前までそこが現実へ続く出口だったことを皮肉な形で示している。

 

綾小路は中へ踏み込んだ瞬間、

左手の仮設資材置き場と右手の花壇広場の位置関係を読み直した。

 

龍園側の連射班は右後方。

坂柳側は左右へ開いている。

宝泉は真っ直ぐ来る。

七瀬は止めるつもりで中央。

天沢はその全部を見られる位置を取りたがる。

 

ならば中央は危険で、左右どちらかへ戦場を偏らせる必要がある。

 

その時、照明機材の積まれた仮設ラックのあたりで、何かが閃いた。

綾小路の視線がそちらへ向く。

文化祭用の大型照明、その予備バッテリー、ケーブルドラム、

まだ接続されたままの一部電源箱。

 

さきほど龍園側が撒いた弾は、その周辺にも何発か入っている。

完全には壊れていないが、かなり不安定なはずだ。

 

綾小路は一瞬で判断する。

 

使える。

 

「堀北、左へ振れ」

「何する気?」

「視界を壊す」

 

堀北は聞き返さず従う。

 

その判断の速さは、この夜の終盤に来てさらに研ぎ澄まされていた。

 

綾小路は走りながら足元の短い金属支柱を拾い、

わずかに回転をつけて照明機材ラックの下部へ投げ込む。

 

支柱はラックの脚へ当たり、重心がずれる。

 

そこへほぼ同時に、龍園側から入った追加の連射がケーブルドラムの脇を叩いた。

 

火花。

短い白光。

 

そして次の瞬間、電源箱が小さく、しかし鋭く破裂した。

 

爆発。

衝撃音。

 

十分すぎる破壊力だった。

 

複数のケーブルが一斉にショートし、青白い火花が束になって散り、

ラック上の照明が横倒しになって地面を叩き、

電源ユニットの内部から鈍い破裂音が連続して響き、

周辺の暗幕の端へ小さな火が走る。

 

煙が上がる。

焦げた匂いが一気に広がる。

ライトの白と非常灯の赤と火花の青白さが混ざって視界を汚す。

 

「っ、またかよ!」

 

龍園の苛立った声。

 

「あなたの撃ち方が雑だからです」

 

坂柳が冷たく返す。

 

「テメェだって利用してるだろうが!」

「否定はしません」

 

そうした言葉の応酬すら、爆ぜる音と弾ける光で不規則に途切れる。

 

警官隊がさらに怒号を飛ばし、消火器を持った何人かが前へ出るが、

校門内側の狭い空間で同時に銃撃も続いている以上、思ったように踏み込めない。

 

まさに現実と狂気が噛み合わない地点だった。

 

その混線の中を宝泉が突っ切る。

 

火花も煙も、この男には本当に意味を持たないのではないかと思うほど、

正面から最短距離で綾小路へ詰めてくる。

 

「今度こそだ!」

 

綾小路は逃げない。

 

ここで逃げ続ければ、

爆発で崩れた視界と龍園の連射と坂柳の挟撃で、かえって動線を削られる。

 

ならば宝泉を壁として使うしかない。

 

綾小路は真正面から一歩踏み込み、

宝泉の最初の一撃を受け流すのではなく、わずかに内側へ入って軌道を短く潰す。

 

鈍い衝撃。

腕が重く痺れる。

 

だが宝泉の踏み込みも同時に少しだけ浅くなる。

 

そこへもう一歩。

 

綾小路は今度は逃げの角度ではなく、押し返す角度で体をぶつける。

 

宝泉が目を見開く。

想定外だったのだろう。

 

綾小路がここで真正面から押し返してくることが。

 

「……面白れぇ!やっぱりテメェはキレ者だ!」

 

宝泉は笑った。

そこからはもう、典型的な逃走戦ではなかった。

 

拳と肩と体重のぶつかり合い。

 

広場の狭い一角で、互いに一歩も引かない圧の交換。

 

綾小路は大きな動きで打ち合わない。

 

宝泉の力が乗る一点を見極めて短くずらし、

体幹の軸にだけ圧を返し、重心が乗った瞬間だけを削る。

 

宝泉はそれを真正面から押し潰そうとする。

単純だが、単純だからこそ重い。

綾小路の肩の傷が鈍く熱を持ち、全身の疲労が遅れて押し寄せるが、

それでもここで下がるわけにはいかない。

 

宝泉が二撃、三撃と重ねる。

 

綾小路は半歩も退かず、受けて、流して、足の位置だけを変え続ける。

 

そして四度目の踏み込みが深くなった瞬間、綾小路は初めて明確に前へ出た。

 

真正面ではなく、宝泉の踏み込み足のさらに内側へ身体を差し込み、

肩で軸を押し上げ、同時に体幹の中心へ最短距離で圧を叩き込む。

 

一撃ではない。

連打でもない。

 

重心を壊すための、一点をずらすだけの、だが十分に正確な圧。

 

宝泉の体が初めて大きく揺れた。

 

「っ……!」

 

宝泉が舌打ちする。

だが倒れない。

むしろその揺れへ怒りを混ぜ込みながら、

床を踏み砕くような勢いで再び前へ出ようとした。

 

だが、その背後へ龍園翔が割り込む。

 

「そこは俺だって言ってんだろ!」

 

龍園は今度こそマシンガンを捨てていた。

 

もう射線も距離も関係ない。

ここから先は、自分の手で叩き潰す。

その意思だけを剥き出しにしながら、龍園は真正面から綾小路へ飛び込んでくる。

 

宝泉が横目で睨む。

 

「邪魔すんな!」

「テメェが遅えんだよ!」

 

二人の進路が激しくぶつかる。

その瞬間、龍園側の武装班は完全に射線を失った。

 

坂柳側も撃てない。

警官隊も不用意には踏み込めない。

 

すべてが狭い花壇広場の中心へ圧縮され、銃撃戦だった空間は、

一瞬にして生身の殺し合いだけが支配する領域へ変わる。

 

そして次の瞬間、二人は同時に綾小路へ襲いかかった。

 

龍園は低い。

鋭い。

 

一直線ではなく、左右へ細かく角度を変えながら間合いを潰し、

拳だけではなく肩と肘と体重そのものを叩き込むように前へ出る。

 

一方の宝泉は真逆だった。

 

重い。

真正面。

 

ただ押し潰すためだけの暴力。

 

二種類の圧が同時に来る。

普通なら捌き切れない。

だが綾小路は下がらない。

 

龍園の拳が顔面へ走る。

 

綾小路は首を僅かに傾けるだけで軌道を外し、

そのまま踏み込みの深さを利用して龍園の肩を半歩だけ押し流す。

 

その瞬間、宝泉の拳が真正面から叩き込まれる。

綾小路は今度は真正面では受けない。

身体を捻り、宝泉の腕を滑らせるように外へ逃がす。

 

空気が爆ぜる。

 

拳圧だけで頬が揺れる。

 

だが当たらない。

 

龍園が舌打ちする。

 

「避けてんじゃねえ!」

 

次の瞬間、今度は龍園の膝が飛ぶ。

 

綾小路はその軌道を腕で受け流しながら半歩踏み込み、

逆に龍園の懐へ身体を潜り込ませた。

 

距離がゼロになる。

龍園は即座に肘を振る。

 

綾小路は肩で潰す。

 

そこへ宝泉が再び突っ込んでくる。

完全な挟撃。

 

だが綾小路は、その同時性こそを利用する。

 

龍園を押し込み、宝泉の進路へ半歩だけ滑らせる。

宝泉の拳が龍園の肩すれすれを掠める。

 

「ッ、テメェ!」

 

龍園の動きが一瞬止まる。

 

その一瞬。

 

綾小路の拳が龍園の鳩尾へ深く突き刺さった。

 

鈍い衝撃。

空気が抜ける。

 

龍園の身体が僅かに浮く。

 

だが綾小路は追撃しない。

 

振り返る。

 

そこには宝泉。

再び一直線。

 

「舐めんなぁ!」

 

咆哮とともに、宝泉の巨体が真正面から突っ込んでくる。

 

綾小路は今度こそ逃げない。

真正面から踏み込む。

 

互いの距離がゼロになる直前――

綾小路の右拳が、最短距離で宝泉の顎下へ突き上がった。

 

鈍く重い衝撃音が花壇広場へ響く。

 

宝泉の頭が大きく跳ね上がる。

 

踏み込みが完全に止まる。

その巨体が、初めて明確に崩れた。

だが、それでも宝泉は倒れ切らない。

 

膝をつきかけながら、なお前へ出ようとする。

 

狂気じみた執念。

 

その姿を見ながら、綾小路はさらに半歩だけ踏み込んだ。

 

今度は短く、鋭く。

体幹の急所へ。

 

宝泉の呼吸が完全に止まる。

 

巨体がぐらりと揺れ、そのまま植え込み側へ崩れ落ちた。

 

同時に、背後では龍園も膝をついていた。

鳩尾へ叩き込まれた一撃が完全に入っている。

 

「ぐ……は……っ」

 

龍園が荒く息を吐く。

 

立とうとする。

だが身体が言うことをきかない。

 

綾小路はそんな二人を見下ろしながら、短く息を吐いた。

 

龍園も。

宝泉も。

 

まだ完全には終わっていない。

 

それでも――

 

今この瞬間だけは、確かに綾小路が二人を制圧していた。

 

そのおかげか、警官隊も前へ出る余地が少しだけできる。

 

すべてが一気に重なり、広場の中心は誰にとっても動きづらい詰まりになった。

 

綾小路はそれを待っていた。

 

「堀北!」

 

声が飛ぶ。

 

堀北はすでに一之瀬たちの最後の位置を確認していたのだろう、

校門脇の外周へ抜けた軽井沢側ではなく、教室棟寄りの陰へ視線を向けている。

 

「平田くんたちは左!」

「分かった!」

 

堀北が走る。

 

その背を天沢が見て、楽しそうに眉を上げる。

 

「堀北せんぱい、まだ行くんだ」

「あなたとは違うわ」

 

堀北は振り返らずに言う。

 

その一言が妙に鋭く響く。

 

天沢は笑うだけだったが、その笑みの奥にはほんの少しだけ棘があった。

 

一方、綾小路は宝泉と龍園のダウンを利用し、

半歩だけ後ろへ退くふりをしてから一気に角度を切る。

 

立ち上がった龍園が読んで追う。

宝泉も追う。

 

だが二人とも互いに体力を激しく消耗しており、最短距離を取れない。

 

そこへ坂柳の声が落ちる。

 

「龍園くん、その追い方ではまた取られますよ」

「黙りやがれ」

「事実です」

 

橋本と神室が横へ回る。

 

七瀬は消火器を確保して煙の広がる照明機材の火を抑えようとしながら、

それでもなお視線の半分を綾小路へ向けている。

 

つまり、今この場で完全に綾小路へ集中できる者がいない。

 

ここしかない。

 

綾小路は校門脇の花壇縁石を蹴って跳び、

崩れた照明ラックの死角へ滑り込み、その陰から教室棟側の外周へ一気に抜けた。

 

宝泉がすぐに追う。

 

だがその瞬間、さきほどのショートで緩んだ照明ポールが傾き、

金属の軋みを上げながら倒れ込む。

 

再び、爆発。

 

だが重い鉄のフレームが地面を叩き、

残っていた電源ユニットが再び短く破裂して、火花と煙を追加で吹き上げる。

 

宝泉の進路が一瞬だけ塞がれる。

 

龍園も舌打ちして止まる。

 

「チッ……!」

「だから撃ちすぎなんですよ」

 

坂柳の声。

 

「今言うことかよ!」

 

龍園が吠える。

 

その怒声と破裂音と煙の向こうで、

警官隊の一部がついに校門内へ本格的に踏み込み始めた。

 

盾が前に出る。

ライトが揺れる。

怒号がさらに近づく。

今度こそ時間切れだった。

 

綾小路は教室棟側の外周で堀北と合流する。

 

堀北の表情は険しいが、まだ折れていない。

 

「一之瀬さんと平田くんは外周の陰へ行かせたわ」

「ひよりは」

「天沢さんが見てる位置にいたから、今は動かせなかった」

「いいぞ」

 

それしかない。

全部は拾えない。

だが拾えるものは拾った。

 

そして警官隊が動き始めた以上、

もうこの夜は誰が綾小路を取るかという形では終われない。

 

終わるなら、もっと大きな崩れ方で終わる。

 

背後で宝泉が倒れた照明ポールを蹴りどかし、

最後の最後まで真正面から来ようとする気配を見せるが、

その肩を今度は七瀬だけでなく警官隊側の制止が明確に遮り始める。

 

龍園も完全には前へ出られない。

坂柳は引き際を測っている。

 

天沢は笑ったまま、しかしそれ以上は深入りしない。

 

流れが変わった。

完全に。

 

綾小路はそれを感じながら、最後にもう一度だけ校門方向を見た。

 

白いライト。

赤色灯。

怒号。

煙。

火花。

 

その全部の向こうに、ようやく本当に外があった。

 

そして今度こそ、この夜は終わりに向かって傾き始めていた。




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