ザ・ダイハード・マスターピース   作:EXTERMINATION

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第17話 戦翼

文化祭準備用に半ば空にされていた教室の中へ綾小路たちが滑り込んだ直後、

窓の外では宝泉の怒声と龍園の低い笑いが重なる。

そのさらに向こうでは校門前から押し寄せてくる警官隊の怒号と、

倒れた照明機材の短いショート音。

未だ消し切れていない火の粉が暗い夜気へ散っていく

不穏な気配が混ざり合っていて、

この学校全体がもう何か一つの理屈や命令だけでは止まらない

最終段階へ踏み込んでしまったことを、教室内にいる全員が等しく理解していた。

 

綾小路は息を整える暇もなく、教室の構造を一瞬で見渡した。

 

入口は廊下側に一つ、窓は外周に面して二つ、

奥には準備物資の入ったロッカーと掲示用パネルの束、

中央には移動された机と椅子、

そして教室の反対側には理科準備棟へ繋がる細い連絡扉がある。

 

その連絡扉は普段ほとんど使われないが、

ここを抜ければ教室棟の裏階段、さらに管理棟脇の搬入通路へ出られる。

 

まさに最後の脱出路だった。

 

「ここに長くはいられない」

 

綾小路が言う。

堀北がすぐに頷く。

 

「ええ、窓も入口も両方見られてる」

 

一之瀬も息を切らしながら周囲を見ていた。

 

「でも外へ戻ったら、また校門側の射線に入るよね」

「校門には戻らない」

 

綾小路は即答する。

 

「裏階段から管理棟脇を抜ける。

警官隊の主視線が校門へ寄っている今なら、あっちのほうが薄い」

 

平田が短く聞く。

 

「追手は?」

「来る」

 

綾小路は一切迷わず答えた。

 

「宝泉は真正面から、龍園は横から、坂柳は先回りで切る。

七瀬は止めるために動く。天沢はどこかで見てる」

 

ひよりは教室の窓際で消火器を握ったまま、小さく息を呑んだ。

軽井沢は机の陰からようやく立ち上がったが、まだ顔色は悪い。

それでも綾小路の声を聞いた瞬間、その目だけは少しだけ強くなった。

 

「……じゃあ、立ち止まったら終わりってことね」

「ああ」

 

綾小路は短く返した。

その時、教室の入口扉が外から一度だけ強く叩かれた。

 

鈍い衝撃音。

続けて二度目。

三度目。

 

完全な破壊ではないが、様子見の叩き方ではない。

 

宝泉ではない。

 

宝泉ならもっと乱暴に一気に来る。

これは龍園側か、あるいは橋本が位置確認を兼ねているのだろう。

だが、その判断をする間にも、窓の外では別の重い足音が近づいていた。

 

宝泉だ。

 

「そこにいんだろ!」

 

怒声と同時に、窓枠へ拳が叩きつけられる。

ガラスはすでに一部割れていたが、残った部分が軋み、白い亀裂が一気に広がる。

 

ひよりが思わず身を引く。

堀北が低く言う。

 

「まずいわね」

「分かってる」

 

綾小路は教室中央へ出ると、机を二つまとめて入口側へ蹴り出した。

平田もすぐにそれを理解し、椅子と机を使って簡易バリケードを組む。

一之瀬は軽井沢を支えながら奥へ下げ、

ひよりは窓側の消火器をもう一度握り直す。

 

全員が止まらない。

指示を待つより先に動き始めている。

 

ここへ来てようやく、本当の意味でチームになっていた。

 

「堀北、一之瀬と軽井沢を連絡扉へ」

「分かったわ」

「平田は後ろを見る」

「了解」

「ひよりは窓側の牽制だけでいい。無理はするな」

 

ひよりは小さく頷いた。

その直後、入口側から銃声が5発、扉そのものではなく扉脇の壁に入った。

 

威嚇だ。

 

だが圧がある。

 

龍園の声が低く響く。

 

「綾小路、籠城は似合わねえな」

 

坂柳の声も少し離れた位置から重なる。

 

「ええ、彼は止まる人ではありません」

「だったら出てこいよ」

「出てくるでしょう。あなたが余計なことをしなければ」

 

龍園が笑う。

 

「余計なことってのは、テメェの存在そのものだろ」

 

その会話の直後、今度は窓の外で宝泉が本気で踏み込んだ。

 

窓枠ごと押し壊すような衝撃。

残っていたガラスが一斉に砕け、夜気と煙が一気に教室へ流れ込む。

 

とにかく圧だけは凄まじい。

ひよりが反射的に消火器のレバーを引いた。

 

白い噴射が窓際を覆う。

 

宝泉の顔面を狙ったわけではない。

 

ただ視界を奪い、教室内へそのまま飛び込ませないための一撃だった。

 

「っ、邪魔だッ!」

 

宝泉が怒鳴る。

だが一瞬止まる。

 

綾小路は窓際へ走り、壊れた窓枠の前へ立つ。

宝泉が白い噴霧の向こうから突っ込んでくる。

 

今度は教室という狭い箱の中だ。

外のように回り込めない。

その代わり、宝泉の大きな踏み込みも制限される。

 

綾小路はここで決めるつもりだった。

 

宝泉の腕が来る。

受ける。

流す。

二撃目は低い。

避ける。

 

三撃目は押し込み。

ここで半歩引くと室内の机へぶつかる。

だから引かない。

真正面ではなく、斜め内側へ入って軸を殺す。

宝泉の体勢がわずかに上ずる。

 

「……やっぱり、ここでやるか」

 

綾小路が低く言う。

宝泉は笑った。

 

「最初からそのつもりだろ!」

 

そして本当に、そこからは逃走ではなく決着のための格闘になった。

宝泉は拳の重さで押し切ろうとする。

綾小路はその力の乗る瞬間だけを削り続ける。

 

一撃ごとに机がずれる。

 

椅子が倒れる。

床が鳴る。

教室全体が二人の衝突で揺れているようだった。

 

窓の外では龍園側のマシンガンが別角度から教室の入口周辺へ掃射を入れ、

坂柳側の単発がそれを牽制し、警官隊の怒号がさらに近づいてくる。

 

教室内と外のすべてが同時進行で崩れていた。

 

その時、入口扉側がついに破られた。

机バリケードが大きく揺れ、木片が飛ぶ。

龍園側の二人が押し込み、平田がすぐに押し返す。

だが完全には止められない。

 

「平田くん、下がって!」

 

一之瀬が叫ぶ。

 

平田はそれでも一歩も引かず、崩れた机を蹴り返して入口を狭める。

 

そこへ龍園自身が現れた。

 

「いい根性してるじゃねえか!」

 

笑っている。

だが目は全く笑っていない。

 

その後ろでは龍園側の武装班が、

教室内へ直接撃ち込んで人質ごと制圧するのではなく、

あくまで動ける場所そのものを削り取るように、

扉枠と床際へ向けて激しいバースト射撃を断続的に浴びせ続けており、

高回転で吐き出されるマシンガンの連射音が狭い教室内へ反響するたび、

空気そのものが細かく震えているかのような圧迫感が全員の鼓膜を叩いた。

 

弾丸は扉の木枠を容赦なく食い破り、

乾いた破裂音とともに木片を散弾のように周囲へ飛び散らせ、

さらに低い角度で撃ち込まれた掃射が床を削りながら一直線に走ったことで、

コンクリート片と白い粉塵が火花を伴って噴き上がり、

教室内の視界が断続的に揺らぐ。

 

支柱へ命中した弾は甲高い金属音を立てながら激しく跳弾し、

その火花が暗い教室をストロボのように断続的に照らし出すたび、

積み上げられていた机やロッカーの影が大きく歪み、

まるで空間全体が銃撃の衝撃で軋んでいるかのような錯覚すら生まれていた。

 

平田は反射的に身を引く。

 

だが、その直後にもさらに長いバーストが叩き込まれ、

今度は教室入口近くへ積み上げられていた机列そのものが

弾丸に削り取られるように破壊され、天板が砕け、金属脚が跳ね、

吹き飛んだ木片が室内奥まで激しく散乱する。

 

複数のマシンガンが互いに重なるように火を吹き続けたことで、

扉周辺はもはや入口ではなく完全な制圧地帯へ変わり果て、

床を薙ぐ弾丸の軌跡が火花の筋となって何本も走るたび、

教室内へ逃げ場のない圧力が波のように押し寄せてきた。

 

さらに遅れて、撃ち抜かれた照明器具の一部がショートを起こし、

青白いスパークが天井近くを不規則に走ったかと思うと、

砕けた蛍光灯の破片が雨のように降り注ぎ、

その直後に再び浴びせられた掃射によって、

教室全体が本格的な戦場へ変貌していく。

 

その圧倒的な火力の前では、

ただ教室の中に立っているだけでも身体が削られていくような錯覚があり、

平田は一瞬呼吸を止めざるを得なかった。

 

その隙に龍園がさらに半歩前へ出る。

 

「そこどけよ!」

「どかない」

 

平田が言う。

 

「へえ」

 

龍園の笑みが少しだけ深くなる。

 

「なら、力づくで退いてもらうしかねえな」

 

だが、その瞬間に坂柳が外から静かに言った。

 

「龍園くん、あなたがそこへ深く入りすぎると、今度は自分が出口を失いますよ」

「テメェに指図される筋合いはねえ」

「指図ではなく忠告です」

「いらねえよ」

 

この二人は最後までこうだった。

利害は一致しても、共闘にはならない。

 

だからこそ綾小路に道が残る。

 

綾小路は宝泉の四度目の踏み込み、その最も重い一撃を読んだ。

 

正面からなら押し切られる。

 

だから半歩もずれず、逆に一歩だけ前へ出た。

 

宝泉が一瞬だけ目を見開く。

 

綾小路はその一瞬に、体幹の急所へ短く、深く圧を入れる。

 

宝泉の上体が浮く。

さらに肩で押す。

 

宝泉の進路が窓側ではなく教室中央の机列へ逸れる。

 

机が連鎖して倒れる。

 

派手な音。

 

宝泉自身も膝をつくまではいかないが、明確に大きく崩れた。

 

初めてだった。

完全ではない。

 

だが、勝負を分けるには十分だ。

 

「――っ」

 

執念で立っていた宝泉が舌打ちして崩折れ、気絶する。

綾小路は勝利してもなお、無駄な追撃はしない。

 

倒しきるためではなく、進路を切るための一撃だったからだ。

 

すぐに振り返る。

 

「今だ、出るぞ!」

 

堀北が即座に反応する。

一之瀬と軽井沢を連絡扉へ押し、平田が後ろにつく。

ひよりも消火器を抱えたまま走る。

 

綾小路が最後尾に入る。

 

だが、その時だった。

 

教室の外、連絡扉の向こう側――

管理棟脇へ繋がる搬入通路のさらに奥で、

突然、耳の奥を刺すような鋭い破裂音が炸裂した。

 

ただのショートではない。

 

配線の一部が完全に焼き切れ、

仮設電源へ集中していた負荷が一気に暴走したのだと、

綾小路は音だけで理解する。

 

次の瞬間、連絡扉の隙間から青白い火花が激しく噴き出し、

その直後、通路脇へ積まれていた暗幕用の黒い布と

段ボール箱の山へ火が走ったかと思うと、

圧縮されていた熱気が一気に解放されるように爆炎が膨れ上がり、

赤橙色の火柱が狭い搬入通路を真正面から呑み込む勢いで吹き抜けた。

 

「っ、そっちも!?」

 

堀北が思わず声を上げる。

 

だが炎は止まらない。

 

爆炎は瞬く間に通路の天井近くまで達し、

燃え上がった暗幕の布が熱風に煽られて巨大な炎の幕のように膨らみ、

その下では溶けかけたプラスチックケースと木製パネルが

次々に火を噴きながら崩れ落ち、

火の粉と焦げた破片を雨のように周囲へ撒き散らしていた。

 

さらに遅れて、焼き切れたケーブル束が連鎖的にショートを起こし、

青白いスパークが蛇のように壁面を走ったかと思うと、

別系統の電源ユニットまで誘爆する形で爆ぜ、

爆発音とともに熱圧が真正面から押し寄せ、

通路全体の空気が一瞬で灼熱へ塗り替わる。

 

熱風が肺を焼く。

煙が視界を潰す。

 

赤黒い炎はただ燃えているのではなく、

まるで生き物のように酸素を貪りながら通路の奥からこちらへ這い寄り、

その揺らめく火勢が壁面を赤く照らすたび、

積み上げられていた資材の影が不気味に歪んで伸びていく。

 

そして次の瞬間には、倒れた照明スタンドの一部が熱で耐えきれず崩落し、

火の粉を撒き散らしながら通路中央へ倒れ込んだことで、

最後の脱出路だったはずの搬入通路は、完全に爆炎の回廊へ変貌していた。

 

「抜けるしかない」

 

綾小路が言う。

 

「今ならまだ通れる」

 

連絡扉を開ける。

熱気。

煙。

 

だが通路は死んでいない。

むしろこの局所的な発火が、追手の視界も狂わせてくれる。

 

一之瀬が軽井沢を支えながら先へ出る。

平田が続く。

ひよりも迷いながらも進む。

堀北が最後から二番目。

綾小路が最後尾へついた、その瞬間――

 

龍園が教室入口から吠えた。

 

「逃がすな!」

 

マシンガンが教室天井近くを裂くように走る。

直接当てるのではなく、出口へ向かう頭を上げさせないための圧だ。

 

石膏が砕ける。

粉塵が舞う。

火花が散る。

 

そこへ坂柳側の単発が重なり、今度は龍園側の連射手の足元を正確に叩く。

 

「味方の出口まで潰してどうするんですか」

 

坂柳の声は、最後まで冷たい。

龍園が怒鳴る。

 

「テメェも邪魔してんだろうが!」

「ええ、していますよ」

 

その返しがあまりにもあっさりしていて、逆に狂気じみていた。

 

一方、教室中央から立ち上がった宝泉は、まだ終わっていなかった。

机の残骸を蹴り飛ばし、最後の最後まで追ってくる。

 

だが今度は七瀬が真正面から立った。

 

「もうやめてください!」

 

宝泉が苛立つ。

 

「どけ!」

「ここで行けば、もう本当に戻れない!」

 

七瀬のその言葉は、宝泉に向けたものでもあり、

同時に自分自身へ言い聞かせるようなものでもあった。

 

宝泉は一瞬だけ止まる。

本当に一瞬だけ。

 

その間に、綾小路たちは連絡通路へ滑り込んだ。

 

通路の外では小さな火がケーブルに沿って走り、

さらに別の電源箱から大きな破裂音が続く。

 

爆発。

轟音。

 

危険で、派手だ。

 

煙が濃い。

熱い。

視界が悪い。

 

それでも進むしかない。

 

一之瀬が咳き込みながら軽井沢を引く。

平田が前方を確かめる。

ひよりが後ろを何度も振り返る。

堀北が中央で全体の速度を揃える。

綾小路は最後尾から追手の気配を測る。

 

龍園はまだ諦めていない。

 

坂柳も先回りの余地を探っている。

だが宝泉の動きは、七瀬の制止と教室内の崩れでわずかに遅れた。

 

そこが最後の差になる。

やがて通路の先に、管理棟脇の非常扉が見えた。

 

その向こうには外灯。

そして警官隊の別働隊の影。

 

赤色灯。

防弾盾。

無線の怒鳴り声。

 

煙に滲んだその光景は、

ようやくこの狂った夜の終わりを現実として見せ始めていた。

 

本当の出口だった。

 

綾小路はそこで初めて、終わりが見えた気がした。

 

肺が熱い。

喉が焼ける。

制服は煤と血と泥で汚れ切っている。

 

ここまで何度も撃たれ、追われ、爆発へ巻き込まれ、

それでもなお動き続けてきた身体は、すでに限界へ近かった。

 

それでも。

あと少し。

本当にあと少しで終わる。

 

綾小路はそう判断した。

 

――だが。

 

その瞬間だった。

遠くの夜空から、低く腹へ響くような重い轟音が近づいてくる。

 

最初は雷鳴にも聞こえた。

 

だが違う。

 

音は一直線にこちらへ向かっている。

しかも異様に低い。

校舎の窓ガラスが細かく震え始める。

 

燃え残った文化祭装飾が風圧で揺れ、

吊るされていた横断幕の切れ端が激しくはためいた。

 

綾小路がゆっくりと空を見上げる。

 

黒い影。

巨大な機影。

 

戦闘機だった。

 

高度は異常なほど低い。

 

校庭上空を掠めるように飛び、

煙と火の粉の中から巨大な鋼鉄の塊が夜を切り裂くように姿を現した。

 

その瞬間、警官隊側にも緊張が走る。

 

「なんだあれは!?」

「伏せろ!」

「全員散開しろ!!」

 

怒号。

サーチライトが空を追う。

だが間に合わない。

戦闘機はすでに校庭上空へ侵入していた。

 

そしてコックピットの中。

赤い計器光に照らされながら、八神拓也が笑っていた。

 

狂気ではない。

むしろ楽しそうだった。

 

『やっと追いつきましたよ、綾小路先輩』

 

無線越しの声が、まだ生きていた校内放送設備へ割り込むように響く。

 

『ここまで来たなら、最後まで付き合ってください』

 

綾小路の目が細くなる。

 

八神拓也。

 

ホワイトルームの5期成功例。

 

やはり来た。

 

しかも、予想より遥かに最悪の形で。

 

機首がゆっくりと下がる。

 

照準。

狙いはただ一人。

 

綾小路清隆。

 

次の瞬間、戦闘機の機関砲が火を吹いた。

 

轟音。

耳を潰すような重低音が校庭全体を貫き、空気そのものが震える。

 

夜空を裂くような閃光と共に、

一直線へ並んだ弾丸の列が地面を抉りながら綾小路へ迫ってきた。

 

弾速が速すぎる。

目で追う暇などない。

 

ただ地面が連続して爆ぜ、その破壊の線だけが一直線に迫ってくる。

 

コンクリート片が噴き上がる。

 

火花。

砂煙。

砕けたアスファルト。

 

文化祭用に並べられていた模擬店の屋台が、

真正面から弾丸を浴びて一瞬で吹き飛んだ。

 

木製の看板が粉砕され、鉄骨フレームが捻じ曲がりながら宙へ舞う。

焼きそば用の鉄板が回転しながら吹き飛び、

熱で歪んだアルミ板が壁へ突き刺さった。

 

提灯が次々と破裂する。

赤い紙片が炎へ巻き込まれながら夜空へ舞い上がり、

燃えた火の粉が雨のように降り注ぐ。

 

綾小路は考えるより先に走っていた。

 

全力だった。

疲労など無視する。

脚が悲鳴を上げる。

肺が焼ける。

 

だが止まれば死ぬ。

 

弾丸の列が、背後から獣みたいな速度で追いかけてくる。

 

地面が連続して弾け飛ぶ。

 

コンクリートが爆発みたいに吹き上がり、

校庭へ描かれていた白線が削り飛ばされて消えていく。

 

爆ぜた砂煙が夜空へ噴き上がり、視界そのものが茶色く濁る。

 

綾小路は校庭中央を一直線には走らない。

 

半歩ずつ軌道を変える。

 

右。

左。

また右。

 

不規則に進路をズラしながら、弾道予測を外していく。

 

だが八神の操縦は異常だった。

 

戦闘機が低空のまま滑るように旋回し、

機銃掃射の軌道そのものを綾小路の逃走ラインへ重ねてくる。

 

『逃げ方まで綺麗ですねぇ!』

 

八神の笑い声が校内放送へ混じる。

 

『でも、空から見ると全部分かるんですよ!』

 

次の掃射。

 

轟音。

今度は綾小路のすぐ横を弾丸が薙いだ。

 

熱風。

衝撃。

地面が跳ねる。

 

破片が頬を掠め、鋭い痛みと共に血が散る。

綾小路は転がるように体勢を低くし、そのまま校庭脇へ滑り込んだ。

直後、背後にあった模擬店が機関砲をまともに受ける。

 

屋根が吹き飛ぶ。

鉄骨が千切れる。

 

大量の飲料缶が破裂し、炭酸の泡が火花と混ざって霧状に噴き上がった。

 

続けて、冷却用ガスボンベへ弾丸が直撃する。

 

破裂。

 

白煙が一気に噴き出し、炎と煙の中へ氷みたいな冷気が混ざる。

 

警官隊が怒鳴る。

 

「全員散開!!」

「上だ!上を見ろ!!」

 

だが誰も追いつけない。

 

戦闘機はすでに校舎脇へ突っ込むような低高度で旋回し、

再び綾小路へ機首を向けていた。

 

その巨体が校庭上空を通過するたび、衝撃波だけで窓ガラスが砕け散る。

 

文化祭ステージの照明が揺れる。

吊るされていた銀色の装飾フィルムが暴風へ巻き上がり、夜空で乱反射する。

 

綾小路は止まらない。

 

ただ走る。

 

崩れた屋台を飛び越え、炎上する看板の横を抜け、

砕けたコンクリートの破片を蹴り散らしながら全力で前へ進む。

 

綾小路は身体を低くしながら校庭脇へ滑り込む。

 

その瞬間、戦闘機が頭上を通過した。

 

凄まじい爆音。

衝撃波だけで近くのガラス窓が一斉に砕け散る。

 

警官隊が完全に混乱する。

 

「撃つな!民間人がいる!」

「避難誘導急げ!」

「なんだあの機体は!!」

 

無線が怒鳴り声で埋まる。

 

だが八神には関係ない。

戦闘機が大きく旋回する。

 

逃がさない。

 

完全に綾小路だけを狙っている。

 

機体下部がゆっくりと開く。

夜空の中で、その黒い影だけが不気味に口を開いたように見えた。

 

綾小路はその瞬間に理解した。

 

ミサイル。

 

次の瞬間、白い煙を尾のように引きながら弾頭が射出される。

夜空を裂くような高速。

 

一直線。

 

綾小路の進行方向へ正確に飛来してくる。

 

綾小路は即座に進路を変えた。

 

右へ跳ぶ。

その直後だった。

爆発。

 

轟音が夜そのものを引き裂いた。

 

地面が跳ね上がる。

爆炎が巨大な壁みたいに膨れ上がり、

校庭脇へ設置されていた仮設テントが骨組みごと空へ吹き飛んだ。

赤橙色の火柱が一瞬で数メートルまで噴き上がり、

熱風が校庭全体を暴力的に薙ぎ払う。

 

燃えていた紙装飾が炎を纏ったまま宙へ舞い、

火の粉の渦が夜空で巨大な円を描く。

 

さらに爆風で模擬店の鉄板が回転しながら吹き飛び、

焼けた油と火花を撒き散らしながら地面へ突き刺さった。

 

文化祭用の立て看板が真正面から衝撃を受け、

真っ二つに裂けながら燃え上がる。

 

周囲へ積まれていたパイプ椅子がドミノみたいに吹き飛び、

コンクリートへ激突して甲高い金属音を響かせた。

 

綾小路は地面を転がる。

 

熱い。

 

背中へ爆風が叩きつけられ、肺の空気が一瞬で押し出されそうになる。

制服の裾が熱風で煽られ、焦げた火の粉が肩へ降り注いだ。

 

だが止まらない。

 

綾小路は地面へ片手をつき、その反動だけで無理やり身体を起こす。

 

立ち上がる。

再び走る。

 

その頭上を、戦闘機が轟音を撒き散らしながら低空で通過した。

 

八神の笑い声が校内放送へ混じる。

 

『避ける避ける……ほんとにしぶといですねぇ!』

 

二発目のミサイルが射出される。

 

白煙。

火炎。

 

一直線に飛来した弾頭が、今度は校庭端へ突き刺さった。

次の瞬間、爆炎が横方向へ膨れ上がる。

 

轟音。

黒煙。

 

爆発の衝撃で巨大な照明支柱が根元から折れ曲がり、

火花を撒き散らしながら横倒しになった。

 

支柱へ繋がっていた電線が千切れ、青白いスパークが夜空を何度も照らす。

 

ショートした電流が雨みたいに飛び散り、

濡れた地面へ落ちた瞬間に白い蒸気が噴き上がった。

 

さらに爆風で、文化祭用の大型スピーカーが吹き飛ばされる。

 

地面へ叩きつけられた瞬間に内部が破裂し、

耳障りなノイズ音が断末魔みたいに響いた。

 

校庭脇へ停められていた発電機まで衝撃で横転する。

 

燃料が漏れる。

 

引火。

爆発。

 

今度は低い火柱が地面を這うように広がり、

炎の舌が逃げ場を塞ぐみたいに校庭を舐めていく。

 

三発目は近かった。

綾小路の数メートル横。

 

着弾した瞬間、地面そのものが爆発的に隆起する。

アスファルトが波みたいにめくれ上がり、

砕けたコンクリート片が散弾みたいに周囲へ飛び散った。

 

衝撃波で綾小路の身体が一瞬浮き上がる。

 

視界が揺れる。

耳鳴り。

呼吸が止まる。

 

だが綾小路は空中で無理やり身体を捻り、着地と同時に膝を深く沈めた。

真正面から衝撃を受けない。

 

爆風の流れへ逆らわず、

その勢いを利用するように横転しながら衝撃を逃がしていく。

 

地面を滑る。

 

校庭を。

 

火花の散るコンクリートを。

 

燃えた横断幕の下を。

 

頭上では、崩れた照明ケーブルが火花を撒き散らしながら揺れていた。

そしてその滑り込んだ先で、綾小路の視線が仮設ステージ脇へ向く。

 

使える。

 

綾小路は落ちていた拳銃を拾い上げた。

 

狙うのは戦闘機ではない。

 

支柱。

固定具。

 

八神の戦闘機が再び低空へ降りてくる。

 

機銃掃射。

 

弾丸が綾小路の足元を裂く。

コンクリート片が頬を掠める。

 

それでも綾小路は止まらない。

 

半歩だけ滑る。

 

呼吸を止める。

 

そして発砲。

 

一発目。

 

固定金具が弾ける。

 

二発目。

 

ワイヤー支柱が歪む。

 

三発目。

 

クレーン全体が大きく軋んだ。

 

直後、張り詰めていたワイヤーが一気に解放される。

 

巨大な横断幕が裂ける。

照明ケーブルが鞭みたいに夜空へ跳ね上がる。

大量のワイヤーが校庭上空へ暴れ始めた。

 

まるで鋼鉄の蜘蛛の巣だった。

 

だが八神は止まらない。

 

低空旋回のまま突っ込んでくる。

 

『その程度で――』

 

避け切れない。

右翼がワイヤーを掠めた。

 

金属音。

 

さらに次の瞬間、別方向から跳ねたワイヤーが翼へ絡みつく。

裂けた横断幕の布が吸い込まれるように尾翼へ巻きつき、

照明ケーブルが機体へ食い込んだ。

 

『――っ!?』

 

初めて八神の声が乱れる。

 

戦闘機の姿勢が崩れる。

機首が上がる。

だが制御しきれない。

 

右翼へ絡みついたワイヤーが悲鳴みたいな金属音を立てながら

引き千切れ、裂けた横断幕が尾翼へ巻き付き続ける。

 

戦闘機は完全にバランスを失っていた。

 

翼が大きく傾く。

火花を撒き散らしながら、校庭上空を斜めに滑空していく。

 

夜空そのものが軋んでいるみたいだった。

綾小路は即座に地面へ伏せる。

次の瞬間、戦闘機が校庭へ胴体着陸した。

 

衝撃音。

地面そのものが揺れる。

機体下部がコンクリートを削りながら激突し、

凄まじい摩擦音が夜の学校全体へ響き渡った。

 

火花の帯が一直線に走る。

まるで地面へ巨大な溶接火花を撒き散らしているようだった。

 

アスファルトが砕ける。

白線が削り飛ぶ。

コンクリート片が爆散し、破片が散弾みたいに周囲へ飛び散った。

 

戦闘機は止まらない。

 

校庭を抉りながら高速で滑走し、そのまま仮設フェンスへ真正面から突っ込む。

金属柵が紙みたいに吹き飛ぶ。

支柱が捻じ曲がり、火花を撒きながら宙へ舞い上がった。

 

さらに機体は減速しない。

真正面にあった文化祭ステージへ激突する。

凄まじい衝撃。

鉄骨が内側から爆発したみたいに四方へ吹き飛ぶ。

 

ステージ床面が砕け、木材と照明機材がまとめて空中へ巻き上げられた。

巨大スピーカーが押し潰され、断末魔みたいなノイズを響かせながら破裂する。

吊るされていた照明群が連鎖的に爆ぜた。

 

赤。

白。

青。

 

色とりどりの火花が夜空へ噴き上がり、

その光が黒煙の中で異様に明滅する。

さらに衝撃で大型発電機が横転した。

漏れ出した燃料へ火花が引火する。

 

爆炎が爆発的に膨れ上がった。

 

赤橙色の火柱が轟音と共に夜空へ噴き上がり、

まるでステージそのものが内側から破裂したかのように

巨大な炎の塊が四方へ広がる。

 

熱で空気が歪む。

 

周囲へ積まれていた木材と暗幕が一瞬で燃え上がり、

炎の舌が生き物みたいな勢いでステージ全体を呑み込んでいった。

 

爆風に押し出された火の粉が無数の流星みたいに校庭へ降り注ぎ、

赤黒い煙が渦を巻きながら夜空高く噴き上がる。

 

燃えていた巨大横断幕が支柱ごと崩れ落ち、

炎を纏った布が夜空から巨大な亡霊みたいに降ってくる。

 

照明ケーブルがショートし、青白いスパークが雨みたいに周囲へ降り注いだ。

 

警官隊が怒鳴る。

 

「全員下がれ!!」

「爆発するぞ!!」

「伏せろォォォ!!」

 

だが誰も近づけない。

戦闘機はなお滑り続けていた。

機体底部が校庭を削るたび、耳障りな金属音と大量の火花が噴き上がる。

まるで巨大な鋼鉄の怪物が、最後の力で地面へ爪痕を刻んでいるようだった。

 

そしてようやく、校庭中央付近で機体が大きく傾く。

左翼が地面へ叩きつけられる。

衝撃で再び火花が爆発みたいに散った。

ワイヤーと横断幕が完全に機体へ絡みつき、その巨体を拘束する。

最後に鈍い衝撃音を響かせながら、戦闘機は完全に停止した。

 

静寂。

 

いや、完全な静寂ではない。

 

燃える音。

ショートした電線の火花。

崩れた鉄骨の軋み。

 

そして、熱せられた機体から立ち上る煙の音だけが、

破壊され尽くした校庭へ重く残っている。

 

翼は歪み、機首は地面へ深く突き刺さり、

絡みついたワイヤーと燃えた横断幕が

まるで拘束具みたいに機体全体へ巻き付いていた。

 

もう飛べない。

 

完全に沈黙していた。

綾小路はゆっくり立ち上がった。

 

殺してはいない。

 

だが、もう飛べない。

 

炎と煙の向こう。

 

壊れたコックピットの中で、八神が小さく笑っているのが見えた。

 

敗北してなお、楽しそうに。




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