ザ・ダイハード・マスターピース 作:EXTERMINATION
中央制御区画は、すでに人間が立っていられる場所ではない。
赤い非常灯が明滅し、床を這う煙が足元を覆い、
崩れた天井から垂れ下がったケーブルが火花を散らすたびに、
白銀禁止区域そのものが終末へ向かっていることを全員に知らせていた。
だが、その崩壊の中心で、戦いはまだ終わっていなかった。
綾小路清隆は崩れた制御端末の陰に身を沈め、
視線だけでホール全体を把握していた。
右側通路には宝泉和臣。
左側には龍園翔。
中央奥には月城。
その斜め前に司馬。
上層通路には、まだ数名の武装した退学者たちが残っている。
そしてこちら側には、綾小路清隆、朝霧海斗、
堀北鈴音、二階堂麗華、七瀬翼、坂柳有栖。
人数だけなら拮抗しているように見える。
だが実際には違う。
海斗は雅樹との戦いで満身創痍。
坂柳は長時間の移動と緊張で体力を削られている。
堀北と麗華は本格的な銃撃戦に慣れていない。
七瀬は離反したばかりで、心がまだ揺れている。
それでも、ここを越えなければ終わらない。
月城が微笑んでいた。
炎に照らされても、その表情だけは崩れない。
「綾小路清隆くん」
月城は穏やかに言った。
「あなたはやはり面白い」
綾小路は答えない。
「ホワイトルーム最高傑作でありながら、他者を連れてここまで来た。
堀北鈴音さんを守り、坂柳有栖さんを連れ、
二階堂麗華さんを救い、朝霧海斗くんと並んでいる」
月城の声は、銃声の合間を縫うように響いた。
「本来なら、それらは全て足枷になるはずでした」
龍園が鼻で笑う。
「長ぇよ、月城。御託はいい。さっさと始めようぜ」
宝泉もショットガンを構え直し、獰猛に笑った。
「俺は難しい話なんざどうでもいい。
綾小路と朝霧をぶっ潰せりゃそれでいいんだよ」
海斗が低く笑う。
「筋肉ダルマにしては分かりやすくて助かるぜ」
「今のテメェに俺を止められんのか?」
「止めるさ」
海斗は口の端を上げた。
「怪我人だからって優しくしてくれるタイプじゃねぇだろ、お前」
「当たり前だ」
「だよな」
次の瞬間、宝泉のショットガンが火を噴いた。
轟音。
海斗は麗華の肩を押し、彼女を崩れた柱の陰へ押し込んだ。
同時に自分も横へ跳ぶ。
弾丸が背後の壁を削り、白い破片が雨のように降り注ぐ。
麗華が息を呑む。
「海斗!」
「生きてる!」
海斗は叫び返しながら、床を転がって別の遮蔽物へ入った。
その隙を突くように龍園のサブマシンガンが唸った。
綾小路は堀北の腕を掴み、制御端末の裏へ引き込む。
弾丸が端末に当たり、金属音と火花が連続して弾けた。
「綾小路くん!」
「伏せていろ」
「分かってるわ」
堀北は拳銃を握る手に力を込めた。
怖くないわけではない。
銃声が近い。
弾丸が壁を砕く。
一歩間違えれば終わる。
それでも、ここで震えているだけでは綾小路の足手まといになる。
堀北は呼吸を整え、七瀬へ視線を向けた。
七瀬は坂柳を庇うように立ち、上層の敵へ向けて牽制射撃をしていた。
手は震えている。
だが、撃つべき場所を外していない。
「七瀬さん、右上!」
堀北が叫ぶ。
七瀬は即座に銃口を振る。
上層の退学者が身を乗り出した瞬間、七瀬の銃撃がその足元を叩いた。
退学者は慌てて後退する。
「ありがとうございます!」
「礼は後!」
堀北も身を乗り出し、短く撃つ。
命中を狙うというより、相手の頭を下げさせるための射撃だった。
坂柳は柱の陰でその戦況を見ていた。
彼女は銃を握っている。
だが、自分が無理に撃つより、全体を見た方が役に立つと判断していた。
「綾小路くん」
坂柳が声を張る。
「上層左側の支柱が損傷しています。
そこを崩せば、龍園くんの射線を一時的に塞げます」
綾小路は一瞬だけ視線を走らせた。
坂柳の言う通りだった。
上層左の支柱は、先ほどの爆発と銃撃で亀裂が入っている。
そこを崩せば、龍園の移動ルートを制限できる。
「海斗」
「聞こえてる!」
海斗は宝泉のショットガンを避けながら叫ぶ。
「左上だろ!」
「頼む」
「人使い荒ぇな!」
海斗は遮蔽物から身を乗り出し、短く連射した。
弾丸が上層左側の支柱へ集中する。
亀裂が走る。
龍園が気付いて舌打ちした。
「させるかよ!」
龍園の銃口が海斗へ向く。
だが、その前に綾小路がグレネードランチャーを構えた。
龍園の目が細くなる。
「クク……そう来るか」
綾小路は撃った。
低い発射音。
弾頭は龍園を直接狙ったものではない。
上層支柱。
そこへ命中した。
爆発。
支柱が砕け、上層通路の一部が斜めに崩れた。
龍園は素早く後退する。
しかし完全には避けきれず、落下した破片が肩を打った。
龍園の身体が揺れる。
それでも彼は笑っていた。
「いいねぇ……ようやく殺し合いらしくなってきたじゃねぇか」
「龍園」
綾小路は冷静に言った。
「もう下がれ」
「は?」
「今ならまだ生きて出られる」
一瞬。
銃声が途切れたわけではない。
だが、龍園の周囲だけ空気が変わった。
龍園は笑みを深めた。
「てめぇ、本気で言ってんのか」
「本気だ」
「俺がここまで来て、今さら逃げると思うか?」
「思っていない」
「なら言うな」
龍園は銃を構えた。
「俺はてめぇに負けた。何度もな。
策でも、暴力でも、覚悟でも、てめぇは俺の上を行った」
その声は荒れていた。
だが、そこには誤魔化しのない本音があった。
「だから最後くらい、てめぇの顔を歪ませてやりてぇんだよ」
「それで死んでもか」
「戻る場所なんざねぇ」
龍園が引き金を引く。
銃声。
綾小路は横へ跳ぶ。
同時に堀北が龍園の射線を牽制する。
龍園の弾丸が端末を砕き、火花が散る。
その火花が床に漏れていた油分に触れ、小さな炎が生まれた。
施設は、もう何が引火してもおかしくない状態だった。
堀北は一瞬だけ躊躇した。
手の中にあるのはチーフスペシャル。
本来なら扱い慣れている武器ではない。
だが、今は迷っている余裕などなかった。
「っ……!」
堀北は歯を食いしばりながら引き金を引く。
乾いた銃声。
弾丸が龍園の足元へ突き刺さった。
龍園は即座に横へ飛ぶ。
「クク……似合わねぇな、鈴音!」
龍園が笑う。
だが、その直後。
別方向から銃声が響いた。
七瀬だった。
ワルサーPPKを両手で構え、冷静に照準を合わせる。
発砲。
発砲。
小口径ながら正確な弾丸が龍園の進路を切り裂く。
龍園は前進を止めざるを得ない。
崩れた設備の陰へ滑り込む。
「七瀬ぇ!」
龍園が叫ぶ。
七瀬は答えない。
再びワルサーPPKが火を吹く。
弾丸が鉄骨を叩く。
火花が散る。
堀北も負けじとチーフスペシャルを撃つ。
慣れない反動に肩が揺れる。
それでも撃つ。
ただ綾小路を援護するために。
龍園は遮蔽物を移動しながら反撃する。
サブマシンガンの連射。
弾丸が周囲を削る。
堀北と七瀬は咄嗟に身を伏せた。
コンクリート片が飛び散る。
炎が揺れる。
警報音が鳴り響く。
その混沌の中で、二人の少女は必死に銃を握り続けていた。
倒すためではない。
止めるためだった。
龍園という猛蛇の突進を、ほんの数秒でも食い止めるために。
一方、右側では海斗と宝泉がさらに激しく撃ち合っていた。
宝泉は肩に被弾している。
それでも前進してくる。
海斗は歯を食いしばりながら後退し、柱の陰から撃つ。
「お前、痛覚ねぇのかよ!」
「あるに決まってんだろ!」
宝泉は笑う。
「だから楽しいんじゃねぇか!」
「頭おかしいだろ!」
「テメェに言われたくねぇよ!」
宝泉のショットガンが火を噴く。
海斗の隠れていた柱の角が吹き飛んだ。
破片が海斗の頬を掠める。
海斗は顔をしかめながらも、柱の反対側へ回り込んで撃ち返した。
弾丸が宝泉の脇腹付近を掠める。
宝泉の足が一瞬止まる。
そこへ海斗はさらに撃つ。
だが、宝泉は腕をかざして前へ出た。
「効かねぇんだよ!」
「効いてる奴の台詞じゃねぇな!」
海斗は笑う。
しかし呼吸は荒い。
雅樹戦のダメージが確実に残っている。
宝泉はそれを見抜いていた。
「朝霧ぃ、足が止まってるぞ!」
「年寄りとの親子喧嘩の後なんでな!」
「だったら寝てろ!」
「寝るなら麗華の膝枕がいいね!」
麗華が柱の陰から怒鳴る。
「この状況でふざけないで!」
「励ましてんだよ!」
「誰を!」
「オレを!」
堀北は一瞬だけ呆れたが、すぐに表情を引き締めた。
その軽口が、海斗の無理を隠すためのものだと分かっていたからだ。
月城はその全てを見ていた。
「素晴らしい連携です」
月城は微笑む。
「綾小路くん、あなたは本当に変わりましたね」
綾小路は月城へ銃口を向ける。
月城はまだ動かない。
だが、その隣で司馬が静かにアサルトライフルを構えた。
発砲。
乾いた連射音が響く。
綾小路は即座に横へ飛ぶ。
直後、背後の制御盤が弾け飛んだ。
火花が散る。
煙が上がる。
さらに月城もアサルトライフルを構えた。
二方向からの挟み撃ち。
銃弾が交差する。
綾小路は崩れたコンソールの陰へ滑り込む。
弾丸が金属板を激しく叩く。
火花が雨のように降り注いだ。
司馬は無駄なく引き金を引き続ける。
月城もまた正確だった。
派手さはない。
だが、一発一発が綾小路の逃げ道を潰していく。
綾小路は遮蔽物の端からサイドアームのガバメントを突き出した。
発砲。
重い銃声が響く。
月城の肩口を掠める。
月城はすぐに身を沈めた。
同時に司馬が反撃する。
連続射撃。
弾丸が遮蔽物を削る。
綾小路は身を低くしながら位置を変えた。
止まれば包囲される。
動けば撃たれる。
だが綾小路は迷わない。
遮蔽物から飛び出す。
走る。
発砲。
発砲。
二発の銃弾が司馬の足元へ突き刺さった。
司馬は飛び退く。
その瞬間を狙い、綾小路はさらに距離を詰める。
月城のアサルトライフルが火を吹く。
綾小路は崩れた鉄柱の陰へ転がり込んだ。
銃弾が鉄柱を削る。
金属片が頬を掠めた。
だが綾小路は表情を変えない。
呼吸すら乱れない。
ガバメントを構える。
発砲。
月城のライフルのハンドガードが弾けた。
月城は小さく目を細める。
「さすがですね」
綾小路は答えない。
再び発砲。
今度は司馬が身を沈めた。
司馬も反撃する。
アサルトライフルが唸る。
制御卓が粉砕される。
モニターが破裂する。
施設の警報音が鳴り響く。
三人の銃声が絶え間なく交差した。
ガバメントの重い発砲音。
アサルトライフルの鋭い連射音。
それらが崩壊する施設の轟音と混ざり合う。
司馬がマガジンを交換する。
月城も新しいマガジンを装填した。
綾小路はその隙を見逃さない。
遮蔽物を蹴る。
一気に前進する。
発砲。
発砲。
司馬の肩を掠める。
月城の袖が裂ける。
だが二人も撃ち返す。
激しい銃火が綾小路を押し返した。
距離が再び開く。
煙が漂う。
火花が舞う。
誰も引かない。
誰も撃つことをやめない。
そして、司馬のアサルトライフルが空転した。
乾いた金属音。
弾切れ。
司馬は即座に予備マガジンへ手を伸ばす。
だが。
ない。
先ほどの攻撃で撃ち尽くしていた。
司馬は舌打ちした。
その直後。
月城のライフルも連射音を止める。
最後の一発が天井へ消える。
静寂。
月城は空になったライフルを見下ろした。
「どうやら、ここまでのようですね」
司馬は無言でライフルを下ろす。
そして白兵戦に移行するために司馬が前へ出た。
司馬もすでに負傷している。
肩と腕に被弾し、服は破れ、血が滲んでいる。
それでも動きに迷いがない。
痛みを無視しているのではない。
痛みを計算に入れた上で動いている。
司馬が一気に距離を詰めた。
綾小路は銃を撃つ。
司馬は身体を傾けて避ける。
完全ではない。
弾丸が腕を掠める。
それでも止まらない。
司馬の手が綾小路の銃を弾く。
綾小路は即座に銃を手放し、司馬の手首を取った。
格闘へ切り替わる。
銃撃戦の中心で、二人だけが無音に近い攻防を始めた。
司馬の拳が来る。
綾小路は受けない。
流す。
司馬の膝が入る。
綾小路は半身で外す。
司馬は体格も力も上だ。
だが綾小路は、最短の動きでそれを殺していく。
月城がその後ろで銃を構える。
堀北が気付いた。
「綾小路くん!」
堀北の銃が月城へ向く。
だが、月城の方が早い。
銃声。
弾丸は綾小路ではなく、坂柳たちが隠れている柱の近くを撃った。
堀北の表情が強張る。
「まさか……」
月城は微笑む。
「戦場で守るものが多いというのは、大変ですね」
綾小路の目がわずかに細くなる。
月城は最初から狙っていた。
綾小路を倒すためではない。
綾小路に選択を強いるために。
守る者を増やした綾小路が、本当に戦えるのかを試すために。
「坂柳さん、下がって!」
堀北が叫んだ。
坂柳は動こうとした。
だが、その瞬間。
上層からの流れ弾が、崩れた柱の隙間を抜けた。
鈍い衝撃。
坂柳の身体が小さく揺れた。
時間が止まったように感じた。
杖が床に落ちる。
乾いた音。
坂柳はその場に崩れ落ちた。
「坂柳さん!」
堀北が駆け寄る。
七瀬も飛び込む。
麗華が医療キットを抱えて走る。
「大丈夫!?」
坂柳は床に座り込むように倒れ、胸元を押さえていた。
負傷だけではない。
呼吸が浅い。
顔色が急速に白くなっていく。
「発作……」
坂柳はかすれた声で言った。
「少し……困りましたね……」
「喋らないで!」
堀北が叫ぶ。
麗華は震える手で医療キットを開く。
応急処置。
止血。
呼吸の確認。
だが、ここは病院ではない。
周囲ではまだ銃声が響いている。
炎が広がっている。
施設は崩壊している。
七瀬が坂柳の前へ立ち、銃を構える。
「私が守ります!」
堀北も並ぶ。
「私もよ」
麗華は坂柳の手を握る。
「大丈夫。大丈夫だから」
坂柳は薄く笑った。
「麗華さん……あなたは、嘘が下手ですね」
麗華の目に涙が浮かぶ。
「今はそういうこと言わないで」
綾小路はその光景を見た。
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ、動きが止まった。
司馬はそれを見逃さない。
拳が綾小路の腹部へ入る。
綾小路の身体が後退する。
月城が銃を構える。
「終わりです」
その瞬間、海斗の銃撃が月城の足元を叩いた。
月城は一歩下がる。
「おい月城!」
海斗が叫ぶ。
「よそ見してんじゃねぇよ!」
宝泉がその隙に海斗へ突っ込む。
海斗は避けきれず、肩から弾き飛ばされた。
床を滑る。
その一瞬で銃を落としてしまう。
「海斗!」
麗華が叫ぶ。
海斗は片手を上げた。
「生きてるっつってんだろ!」
だが、声には明らかに余裕がなかった。
宝泉も片膝をついている。
彼も無傷ではない。
何発も掠め、何度も衝撃を受け、それでも立っているだけだ。
龍園も同じだった。
龍園は肩を押さえながらも、まだ笑っている。
月城も被弾していた。
司馬も。
全員が削られている。
だが誰も退かない。
この場にいる敵は、全員が何かに取り憑かれていた。
龍園は綾小路への執着。
宝泉は暴力への欲望。
月城はホワイトルームへの執念。
司馬は命令への徹底。
そして綾小路たちは、生きて外へ出るために戦っている。
その差は、決定的だった。
だが、それでも龍園は倒れなかった。
胸を撃ち抜かれている。
肩も裂けている。
血が噴き出している。
それでも龍園は壁へ身体を預けながらサブマシンガンを構えた。
「まだだ……!」
掠れた声。
だが目だけは死んでいない。
「まだ終わらせねぇぞ……綾小路ぃ!!」
龍園が引き金を引いた。
銃口炎。
弾丸が火線となって通路を走る。
その瞬間、宝泉もまた血まみれの身体を無理やり起こした。
腹部を撃ち抜かれ。
腕はまともに上がらない。
それでもショットガンを片手で掴み上げる。
「ははっ……!」
宝泉が笑った。
口から血を吐きながら。
狂ったように。
「面白ぇじゃねえかぁ!!」
轟音。
ショットガンが火を噴く。
散弾が壁を砕く。
天井を削る。
コンクリート片が吹き荒れる。
龍園。
宝泉。
二人とも、もはや勝てるとは思っていない。
生き残れるとも思っていない。
それでも撃つ。
ただ綾小路清隆を。
ただ朝霧海斗を。
最後の最後まで殺そうとしていた。
まるで執念だけで立っている亡霊だった。
「死ねぇぇぇぇッ!!」
龍園が叫ぶ。
「ブチ殺してやるぜぇぇぇッ!!」
龍園がサブマシンガンの引き金を引き絞る。
凄まじい連射音が通路を埋め尽くした。
吐き出された銃弾が火線となって走り、壁も鉄柱も容赦なく削り取っていく。
火花が散る。
コンクリート片が弾け飛ぶ。
龍園は笑いながら撃っていた。
まるで怒りそのものを銃口から叩き付けるように。
その横で宝泉がショットガンを構える。
破裂音。
散弾が扇状に広がり、遮蔽物ごと周囲を吹き飛ばした。
机が砕ける。
鉄製の扉が大きくへこむ。
爆発で揺れる施設の中に、さらに破壊が重なっていく。
龍園の連射が逃げ場を奪い、宝泉の散弾が隠れる場所を破壊する。
二人の攻撃はまるで嵐のように噛み合っていた。
銃声が途切れることはない。
マズルフラッシュが何度も闇を照らし、崩壊する施設全体を激しく明滅させる。
火薬臭と硝煙が充満する。
炎が揺れる。
崩壊する施設の中で、二人はなおも前進していた。
その姿は敵でありながら、どこか鬼神のようだった。
その時だった。
宝泉のショットガンが乾いた金属音を響かせる。
弾切れ。
だが、宝泉は舌打ち一つしなかった。
むしろ口元を大きく歪める。
「ハハッ……!」
宝泉はショットガンを投げ捨てた。
床を滑ったショットガンが火花を散らす。
そして近くの武器ラックへ手を伸ばした。
固定用チェーンを力任せに引き千切る。
鉄が悲鳴を上げる。
次の瞬間。
宝泉の両手に収まったのは、
区画防衛用に配備されていた大型ガトリングガンだった。
その異様な重量の殺戮兵器を、宝泉はまるで玩具のように持ち上げる。
龍園ですら一瞬だけ目を見開いた。
「おいおい……」
宝泉は血走った目で綾小路と海斗を睨みつける。
「死ねやアアアアアアアァァァァァァッ!!」
獣のような咆哮が崩壊する施設に響き渡った。
直後、ガトリングガンの銃身が高速回転を始める。
耳をつんざく駆動音。
そして、凄まじい連射音が炸裂した。
無数の銃弾が暴風のように吐き出される。
壁が砕ける。
鉄柱が削られる。
床が抉れる。
コンクリート片が爆発したように吹き飛び、周囲一帯が粉塵に包まれた。
綾小路と海斗は即座に飛び退く。
だが銃弾の嵐は止まらない。
遮蔽物に隠れても意味がない。
コンテナが蜂の巣になる。
鉄製の隔壁が引き裂かれる。
火花と破片が雨のように降り注ぐ。
宝泉は狂気じみた笑みを浮かべながら引き金を握り続ける。
「逃げろ逃げろ逃げろォォォォォ!!」
ガトリングガンの咆哮が施設全体を震わせた。
吐き出された銃弾が暴風のように通路を蹂躙する。
壁面が次々と砕け散る。
鉄骨が火花を撒き散らしながら引き裂かれる。
コンクリートの柱が耐えきれずに崩れ落ちる。
積み上げられていたコンテナが次々と蜂の巣となり、
内部の資材ごと爆発するように吹き飛んだ。
天井を支えていた配管が破裂し、蒸気と火花が周囲へ噴き出す。
非常灯が次々と破壊され、暗闇とマズルフラッシュだけが激しく明滅する。
床は無数の着弾によって抉られ、破片が散弾のように四方へ飛び散った。
龍園ですら思わず身を低くする。
もはや狙撃でも銃撃でもない。
区画そのものを削り取る破壊だった。
綾小路は横へ飛ぶ。
直後、先ほどまでいた場所を数十発の銃弾が薙ぎ払う。
海斗も遮蔽物を蹴って退避する。
だが隠れた鉄製コンテナが一瞬で穴だらけになった。
避けても避けても追いかけてくる。
止まれば死ぬ。
そんな圧倒的な弾幕だった。
爆炎が揺れる。
硝煙が渦を巻く。
轟音の中、綾小路と海斗は前進どころか顔を上げることすら許されない。
宝泉の怪力とガトリングガンの火力が組み合わさったその瞬間、
この戦場で最も危険な存在は間違いなく宝泉和臣だった。
綾小路ですら前進を断念する。
海斗も舌打ちしながら身を伏せた。
龍園の銃火力と宝泉の怪力。
その二つが重なった瞬間、この場の戦場そのものが宝泉の支配領域へ変わっていた。
だが、綾小路と海斗はそれでも動じない。
龍園の弾道。
宝泉の射線。
その全てが見えていた。
才能。
経験。
反応速度。
戦場で培われた生存能力。
全てにおいて。
二人は一段上にいた。
綾小路は床に落ちたグレネードランチャーへ視線を向けた。
弾は残り少ない。
使い所は一度だけ。
中央ホールの奥。
大型のガスタンクがあった。
元は非常用発電設備に繋がる燃料供給装置。
すでに何度も銃撃を受け、配管から気化したガスが漏れている。
危険すぎる。
だが、ここを終わらせるにはそれしかない。
「全員、伏せろ!」
綾小路が叫んだ。
堀北は即座に坂柳へ覆いかぶさる。
七瀬も身を低くする。
麗華は坂柳を抱えるようにして伏せた。
海斗は綾小路の視線で察した。
「マジかよ……!」
綾小路はグレネードランチャーを構えた。
月城が気付く。
「司馬!」
司馬が走る。
龍園が撃つ。
宝泉も叫ぶ。
だが、綾小路は撃った。
弾頭が煙を裂いて飛ぶ。
一瞬。
全てが止まった。
そして。
ガスタンクに命中した。
爆発。
それはこれまでの爆発とは桁が違った。
轟音が中央制御区画を丸ごと叩き潰す。
炎が一瞬で天井近くまで噴き上がる。
赤橙色の火柱が制御室を飲み込み、
窓ガラスも鋼鉄製の隔壁もまとめて吹き飛ばした。
圧縮された熱風が四方へ解き放たれ、
通路という通路を荒れ狂うように駆け抜ける。
制御卓が宙を舞う。
モニターが次々と破裂する。
配線が引き千切られ、青白い火花が豪雨のように降り注いだ。
爆炎はなおも勢いを増し、天井裏を走る燃料ラインへ到達する。
次の瞬間、第二、第三の爆発が連鎖した。
上層通路が根元から崩れ落ちる。
鉄骨がねじ曲がり、巨大なコンクリート片が雨のように降り注ぐ。
耐えきれなくなった天井が裂け、
亀裂が蜘蛛の巣のように施設全体へ広がっていく。
赤い非常灯が一斉に砕け散る。
警報灯も監視カメラも炎に飲まれ、機械音は悲鳴のようなノイズへ変わった。
そして中央制御区画そのものが崩壊し、
激しく燃え盛る炎だけがホール全体を赤く照らしていた。
堀北は坂柳を抱えたまま床に伏せていた。
耳が鳴る。
視界が揺れる。
麗華が咳き込む。
七瀬が必死に周囲を確認する。
「皆さん、生きていますか!」
「ええ……」
堀北が答える。
「坂柳さんは?」
麗華が坂柳を確認する。
坂柳の呼吸はさらに弱くなっていた。
「まずい……」
麗華の声が震える。
爆炎の向こうで、影が動いた。
龍園だった。
信じがたいことに、まだ立っていた。
衣服は焼け焦げ、身体はふらついている。
それでも銃を構えている。
「まだ……終わってねぇぞ……綾小路……」
さらに別の影。
月城。
月城も壁を支えに立っていた。
司馬も片膝をつきながら銃を構える。
宝泉も荒い息を吐き、笑っていた。
「化け物かよ」
海斗が血混じりの息で吐き捨てた。
綾小路は海斗が落としたマシンガンを拾った。
そして、彼へ投げた。
海斗はそれを受け取る。
「海斗」
「何だ」
「終わらせろ」
海斗の目が鋭くなる。
「了解」
海斗は立ち上がった。
身体は限界だった。
腕も震えている。
足もふらついている。
だが、目だけは死んでいなかった。
「おい、野郎共」
海斗はマシンガンを構えた。
「悪いな」
少しだけ笑う。
「ここから先は通行止めだ」
龍園が笑う。
宝泉が咆哮する。
月城が最後まで微笑む。
司馬は無言で銃を向ける。
海斗は引き金を引いた。
マシンガンが唸った。
激しい銃弾が、彼らの身体を貫いていく。
弾丸が炎の中を走り、敵の陣形を完全に崩していく。
龍園は最後まで綾小路を睨んでいた。
宝泉は倒れる寸前まで前へ出ようとしていた。
月城は何かを言おうとしたが、爆音に飲まれた。
司馬は最後まで月城の前に立とうとした。
だが、終わった。
銃声が止む。
海斗の腕が下がる。
マシンガンから白い煙が上がっていた。
中央制御区画には、もう敵の銃声はなかった。
炎だけが燃えている。
海斗は荒く息を吐いた。
「終わったぞ……綾小路」
綾小路は頷いた。
だが、勝利を噛みしめる時間はなかった。
施設の崩壊がさらに進んでいる。
天井が軋む。
壁が裂ける。
炎が広がる。
「脱出する」
綾小路は言った。
「全員動け」
その言葉に、堀北が顔を上げた。
「坂柳さんが……」
綾小路は坂柳のもとへ近づいた。
坂柳は壁にもたれ、麗華に支えられていた。
呼吸は浅く、目は半分閉じかけている。
それでも、綾小路が近づくと、わずかに目を開けた。
「綾小路くん……」
「喋るな」
「ふふ……命令ですか」
坂柳は小さく笑った。
「あなたに命令されるのは、少し新鮮ですね」
堀北は唇を噛んでいた。
七瀬は俯いている。
麗華は坂柳の手を握りしめている。
坂柳は綾小路だけを見た。
「私は……あなたに勝ちたかった」
「知っている」
「あなたを否定したかった」
「ああ」
「でも……」
坂柳は苦しそうに息を吸った。
「本当は、あなたがどういう人間なのか……ずっと知りたかったのだと思います」
綾小路は黙って聞いていた。
「作られた天才」
坂柳はかすれた声で続ける。
「完成品、最高傑作、そう呼ばれるあなたが……本当にそれだけの存在なのか」
炎が近づいている。
だが誰も動けなかった。
坂柳の言葉を遮れなかった。
「今日、分かりました」
坂柳は微笑んだ。
「あなたは、完成品などではありません」
綾小路の目がわずかに動いた。
「あなたは変わっている。
迷い、選び、守り、失い、それでも進んでいる。それは……とても人間らしい」
堀北の目に涙が浮かんだ。
坂柳は続けた。
「だから、私はあなたに負けたのかもしれません」
「坂柳」
綾小路が名前を呼ぶ。
坂柳は嬉しそうに目を細めた。
「最後に、名前を呼んでくれるのですね」
「ここで終わるとは限らない」
「優しい嘘です」
坂柳は静かに首を振った。
「ですが、嫌いではありません」
彼女はかすかに手を伸ばした。
綾小路はその手を取った。
坂柳の手は冷たかった。
「綾小路くん」
「何だ」
「生きてください」
その言葉は、命令ではなかった。
願いだった。
「あなたは、まだ先へ進める人です。
私が届かなかった場所へ、私が見たかった答えの先へ」
坂柳の瞳から光が薄れていく。
「どうか……あなた自身の意思で……」
最後の言葉は、炎の音に溶けた。
坂柳有栖は意識を失った。
堀北が小さく叫ぶ。
麗華が泣きそうに顔を歪める。
七瀬は目を伏せた。
綾小路は坂柳の手を握ったまま、しばらく動かなかった。
だが、天井が崩れた。
巨大な破片が近くに落ち、衝撃で全員が我に返る。
海斗が叫ぶ。
「綾小路!」
綾小路は目を閉じた。
一秒。
それだけだった。
次に目を開けた時、彼は決断していた。
「行くぞ」
堀北が振り向く。
「でも!」
「連れて行けない」
その言葉は冷たく聞こえた。
だが、誰よりも残酷な現実を見ている声だった。
「ここで時間を使えば、全員死ぬ」
堀北は何も言えなかった。
麗華も。
七瀬も。
分かっている。
分かっているからこそ苦しい。
海斗は綾小路の横に立った。
「走れ」
低い声だった。
「今は走るしかねぇ」
堀北は坂柳を見た。
麗華は震える手で坂柳の髪を整えた。
「ごめん……」
七瀬は深く頭を下げた。
綾小路は最後に坂柳を見た。
言葉はなかった。
言えば、足が止まる。
だから言わなかった。
そして背を向けた。
炎が広がる。
中央制御区画が崩れる。
白銀禁止区域の心臓部が、完全に死に向かっていく。
綾小路たちは走り出した。
堀北。
麗華。
七瀬。
海斗。
全員が煙の中を走る。
背後で爆発が起きる。
熱風が追いかけてくる。
天井が崩れる。
床が割れる。
それでも走る。
坂柳有栖を残して。
龍園翔たちが倒れた戦場を越えて。
月城の最終試験を終わらせて。
ただ生きて外へ出るために。
綾小路清隆は一度も振り返らなかった。
振り返れば、立ち止まってしまう。
立ち止まれば、全てが終わる。
だから走った。
その背中を、海斗が追う。
「綾小路!」
「何だ」
「出口まで持つと思うか!」
「持たせる」
海斗は笑った。
「いい答えだ!」
爆炎が背後で膨れ上がる。
白銀禁止区域は、ついに自らの闇を焼き尽くそうとしていた。
そして綾小路たちは、崩壊する施設から脱出するため、最後の通路へ飛び込んだ。
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