ザ・ダイハード・マスターピース   作:EXTERMINATION

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第48話 管制室

ホワイトルーム本部には、音が多すぎた。

 

警報。

 

足音。

 

扉のロックが切り替わる電子音。

 

遠くの銃声。

 

空調の低い唸り。

 

スピーカーから流れる機械的な指示。

 

それらが白い壁に反響し、施設全体を巨大な生き物のように感じさせていた。

 

オレ――綾小路清隆は、管制区画へ続く通路を進んでいた。

 

隣には森下藍。

 

少し前には志朗。

 

三人の足音が、灰色の床に重なる。

 

上層の白い廊下とは違い、この区画は無機質ではあるが、どこか古い。

 

壁の一部は補修され、天井の配線も剥き出しになっている。

 

ホワイトルームという名の白い施設の内側に、

白く塗り潰せなかった過去が残っているようだった。

 

「綾小路清隆」

 

森下が小声で呼んだ。

 

「何だ」

 

「この施設、外から見た印象よりずっと継ぎ接ぎですね」

 

「そうだな」

 

「完璧に見せようとしているだけで、実際にはかなり無理をしている」

 

「人間と同じだと言いたいのか」

 

森下は少しだけ笑った。

 

「先に言われました」

 

「言いそうだったからな」

 

「観察される側になるのは不思議な気分です」

 

「いつもお前がしていることだ」

 

「綾小路清隆にされると、少し腹が立ちますね」

 

「それは悪かった」

 

「謝る気がない謝罪ですね」

 

「よく分かったな」

 

森下は呆れたように息を吐いた。

 

しかし、会話の軽さとは裏腹に、彼女の視線は周囲を捉え続けている。

 

床の傷。

 

壁の監視カメラ。

 

天井のスピーカー。

 

扉の位置。

 

逃げ道。

 

隠れられる場所。

 

森下は戦闘員ではない。

 

だが、見ている。

 

見落とさない。

 

それはこの場所では十分な武器になる。

 

志朗が前方で足を止めた。

 

「ここから先が管制区画だ」

 

通路の先には、分厚い扉があった。

 

扉の左右には監視カメラ。

 

上部には生体認証装置。

 

さらに壁には武装した警備員が二人。

 

いや、警備員ではない。

 

ホワイトルーム生だ。

 

年齢はオレたちと同じくらい。

 

手には拳銃。

 

腰には警棒。

 

目に感情は薄い。

 

命令を受け、そこに立っているだけの兵器のようだった。

 

「志朗」

 

そのうちの一人が口を開いた。

 

「許可されていない同行者がいる」

 

「知っている」

 

志朗は静かに答えた。

 

「通せ」

 

「命令系統にない」

 

「命令は更新される」

 

「確認する」

 

ホワイトルーム生が端末へ手を伸ばす。

 

その瞬間、志朗が動いた。

 

速い。

 

だが、殺意はない。

 

相手が端末に触れる直前に手首を押さえ、腕を捻る。

 

もう一人が銃を向ける。

 

オレはその銃口を横へ逸らし、引き金が引かれる前に肘を叩いた。

 

銃が床へ落ちる。

 

森下は一歩後ろへ下がり、邪魔にならない位置へ移動していた。

 

判断は早い。

 

一人目は志朗によって壁へ押さえられ、二人目はオレの前で膝をつく。

 

「殺さないんですね」

 

森下が言った。

 

「殺す必要がない」

 

「優しいですね」

 

「合理的なだけだ」

 

「そういうことにしておきます」

 

志朗が一人目の首筋へ短い打撃を入れ、意識を奪う。

 

オレも二人目の武器を遠くへ蹴り、動きを封じた。

 

志朗は認証装置へ手をかざす。

 

扉が開く。

 

その先に広がっていたのは、巨大な管制室だった。

 

円形の空間。

 

壁一面に並ぶモニター。

 

複数の操作卓。

 

施設全域の監視映像。

 

外周ゲート。

 

射撃訓練場。

 

模擬市街地。

 

格闘訓練施設。

 

地下研究棟。

 

雪山の外部カメラ。

 

すべてがそこに映っていた。

 

赤い警報灯が室内を染め、職員たちが端末の前で慌ただしく動いている。

 

中央には、巨大な立体地図が浮かんでいた。

 

ホワイトルーム本部の全体構造。

 

複数の光点が動いている。

 

侵入者A。

 

朝霧海斗。

 

侵入者B。

 

綾小路清隆。

 

侵入者C。

 

森下藍。

 

同行者、志朗。

 

そして地下七階には、ツキと雅樹の表示。

 

「随分と見られていますね」

 

森下が呟いた。

 

「ここを押さえれば、施設の目を潰せる」

 

オレが言うと、志朗は頷いた。

 

「ただし簡単ではない」

 

職員たちが一斉にこちらを見る。

 

警備担当らしき男が叫ぶ。

 

「侵入者!」

 

複数の銃口が向いた。

 

その瞬間、管制室の照明が落ちた。

 

完全な暗闇ではない。

 

非常灯だけが残り、空間が赤黒く染まる。

 

森下が小さく息を呑む。

 

志朗が低く言った。

 

「俺じゃない」

 

「分かっている」

 

オレは管制室の奥を見る。

 

モニターの一つにノイズが走っている。

 

映像が一瞬だけ乱れた。

 

黒いコートの影。

 

笑うような口元。

 

すぐに消える。

 

まただ。

 

死んだはずの影。

 

龍園翔。

 

名前を口にするには、まだ早い。

 

だが、可能性は高まっている。

 

管制室内に混乱が生まれる。

 

その一瞬を逃す理由はない。

 

オレは最も近い操作卓へ走る。

 

警備員の一人が撃つ。

 

弾は壁に当たり、火花を散らす。

 

志朗がその警備員へ接近し、武器を奪う。

 

森下は床に伏せ、近くのデスクの影へ身を隠した。

 

「森下、端末を見ろ」

 

「はい、綾小路清隆」

 

森下はすぐに顔を上げ、操作卓の画面を読む。

 

「ロック制御、監視系統、警備配置、外部通信……全部ここに集約されています」

 

「地下研究棟へのルートは」

 

「今探しています」

 

職員の一人が森下へ向かおうとする。

 

オレはその前に入り、腕を取って床へ倒す。

 

志朗は別方向で二人を相手にしていた。

 

彼の動きは、相変わらず柔らかい。

 

相手を壊さず、しかし確実に無力化する。

 

ホワイトルームの技術に、外の世界の余白が混じっている。

 

昔の志朗ではない。

 

「見つけました」

 

森下が声を上げる。

 

「地下七階へ続く主要エレベーターは封鎖中。

ですが、研究棟メンテナンスルートが一つ生きています」

 

「海斗は」

 

「そこへ向かっています」

 

「開けられるか」

 

「私には無理です」

 

「なら場所だけ教えろ」

 

森下が画面を指す。

 

オレは端末に手を伸ばす。

 

ホワイトルームのシステムは複雑だ。

 

だが、すべてが独自規格というわけではない。

 

運用する以上、どこかに共通構造がある。

 

認証。

 

権限。

 

優先順位。

 

緊急時の手動操作。

 

そこを辿る。

 

「綾小路清隆」

 

森下が言う。

 

「左の警備区画から増援が来ます」

 

「何人だ」

 

「8人。いえ、10人です」

 

「志朗」

 

「聞こえてる」

 

志朗が奪った警棒を使い、近づいてきた警備員の足を払う。

 

「急げ」

 

「分かっている」

 

画面上のロックを解除する。

 

一つ。

 

二つ。

 

三つ。

 

地下研究棟メンテナンスルート。

 

開放。

 

モニターに表示が出る。

 

同時に、地下の映像で一つの扉が開くのが見えた。

 

そこへ走り込む朝霧海斗の姿。

 

森下が少しだけ笑う。

 

「朝霧海斗、相変わらず急いでいますね」

 

「追われているんだろう」

 

「それでも楽しそうです」

 

「否定はできない」

 

その時、管制室の正面モニターがすべて切り替わった。

 

映ったのは、綾小路篤臣だった。

 

オールバックの髪。

 

鋭い目。

 

画面越しでも、圧は変わらない。

 

職員たちが一斉に動きを止める。

 

志朗も表情を硬くした。

 

篤臣は、こちらを見ていた。

 

『清隆』

 

声が響く。

 

久しぶりに聞く声だった。

 

だが、懐かしさはない。

 

「篤臣」

 

森下が横で息を潜める。

 

志朗も黙っている。

 

篤臣は画面の向こうで、わずかに目を細めた。

 

『随分と余計なものを連れているな』

 

「外では人を連れて歩くこともある」

 

『必要のないものだ』

 

「そうでもない」

 

篤臣の視線が森下へ向く。

 

『森下藍。高度育成高等学校二年。戦闘能力は低い。

観察力は高い。清隆の周囲を嗅ぎ回っていた生徒か』

 

森下は少しだけ眉を動かした。

 

だが、怯えは見せなかった。

 

「詳しいですね」

 

『不要な人間ほど、よく喋る』

 

森下は微笑んだ。

 

「では、私は必要な人間ですね。今は黙っていますから」

 

志朗が小さく笑った。

 

オレは篤臣を見る。

 

「用件は何だ」

 

『戻れ』

 

短い言葉。

 

それだけだった。

 

「断る」

 

『お前はまだ理解していない』

 

「何を」

 

『外の世界は、お前を完成させない』

 

「完成に興味はない」

 

篤臣の表情は変わらない。

 

だが、空気が冷たくなる。

 

『清隆。お前はホワイトルームの最高傑作だ』

 

「その言葉は聞き飽きた」

 

『お前の価値は、外で無駄に消費されるものではない』

 

「価値を決めるのはお前じゃない」

 

初めて、篤臣の目にわずかな変化が出た。

 

『外で何を見た』

 

「色々だ」

 

『朝霧海斗か』

 

「その一人だな」

 

篤臣は低く言った。

 

『あれは例外だ』

 

「例外が存在する時点で、お前の理論は揺らいでいる」

 

『外の世界に偶然生まれた強者と、ホワイトルームの体系を同列に語るな』

 

「同列ではない」

 

オレは言った。

 

「海斗はホワイトルームとは違う」

 

『なら比較対象にならない』

 

「違うから意味がある」

 

篤臣は黙った。

 

「ホワイトルームは、ホワイトルームの中で強い人間を作る。

だが外には、お前たちの想定外で強くなる人間がいる」

 

森下が静かにこちらを見ている。

 

志朗も黙って聞いていた。

 

「お前たちが知らない世界がある」

 

篤臣の目が鋭くなる。

 

『外の世界に毒されたか』

 

「外の世界に興味を持っただけだ」

 

『戻れ、清隆』

 

「戻らない」

 

言葉は短かった。

 

だが、それで十分だった。

 

篤臣の表情から、わずかな温度が消える。

 

『なら、証明してみろ』

 

「何を」

 

『外の世界がホワイトルームを超えるという、お前の妄想をだ』

 

画面が切れる。

 

同時に管制室の警報が変わった。

 

より低く、重い音。

 

志朗が端末を見る。

 

「まずいな」

 

「何だ」

 

「施設全域の戦闘権限が上がった」

 

森下が画面を見て言う。

 

「格闘訓練施設、模擬市街地、射撃訓練場、

全部のロックが解除されています。敵の配置も変わっています」

 

「篤臣が本気になったか」

 

志朗は頷いた。

 

「ここからは、殺さない前提が崩れる可能性がある」

 

その時、管制室の奥の扉が開いた。

 

10人以上のホワイトルーム生が入ってくる。

 

全員が武装している。

 

志朗が前へ出た。

 

「ここは抜けるぞ」

 

「管制は」

 

「最低限のロック解除はできた。長居する意味はない」

 

森下が端末からデータを抜き取っていた。

 

「地下研究棟の簡易図面は確保しました」

 

「いつの間に」

 

「綾小路清隆が父親と話している間です」

 

「有能だな」

 

「もっと褒めてもいいですよ」

 

「後にする」

 

「覚えておきます」

 

三人は管制室を離脱する。

 

背後で銃声が響く。

 

オレは森下を守りながら、通路へ出た。

 

志朗が後方を抑える。

 

管制室の扉が閉まり、重い音が響いた。

 

これで施設の目は完全には潰せなかった。

 

だが、一部は奪った。

 

地下へ向かう道は開いた。

 

そして篤臣は、明確にこちらを敵として認識した。

 

ここからが本番だ。

 

 

地下研究棟。

 

海斗は開いたメンテナンスルートを駆け抜けていた。

 

さっきまで閉じていた扉が開いている。

 

誰かが上から操作した。

 

綾小路か。

 

森下か。

 

あるいは志朗か。

 

どちらにせよ、ありがたい。

 

「気が利くじゃねぇか」

 

海斗は走りながら呟いた。

 

ツキと雅樹はさらに奥へ向かっている。

 

映像記録室で見たものが、まだ頭の中に残っていた。

 

壊れる前の故郷。

 

倒れる人々。

 

燃える建物。

 

幼い自分とツキ。

 

それを見ても、足は止まらなかった。

 

怒りはある。

 

だが、怒りだけではない。

 

何かが胸の奥で静かに沈んでいる。

 

重く、冷たく、形のないもの。

 

たぶんそれが過去なのだろう。

 

海斗は今まで、過去を振り返らなかった。

 

振り返ってもどうにもならないと思っていた。

 

だが、どうにもならなくても、見なければならないものはある。

 

ツキはそれを一人で見ようとした。

 

馬鹿だ。

 

本当に馬鹿だ。

 

けれど。

 

自分も同じくらい馬鹿だったのかもしれない。

 

見ないふりをしていただけなのだから。

 

通路の先に広い空間が見えた。

 

地下研究棟中心部。

 

円形のホール。

 

周囲に資料室、検査室、保管庫、古い実験室が並んでいる。

 

天井は高く、中央には大きなガラスケースのようなものがあった。

 

何かを保管していた跡。

 

今は空だ。

 

その前に、雅樹が立っていた。

 

隣にはツキ。

 

ツキは資料を抱えている。

 

顔色は悪い。

 

だが、立っている。

 

海斗は歩み寄った。

 

「待たせたな」

 

ツキは小さく息を吐いた。

 

「遅い」

 

「お前が遠くまで行きすぎなんだよ」

 

「迎えに来るのが仕事でしょ」

 

「誰が決めた」

 

「私」

 

「勝手に決めるな」

 

ツキは少しだけ笑った。

 

その笑みが見えただけで、海斗は少しだけ肩の力を抜いた。

 

だが、すぐに雅樹へ視線を向ける。

 

「で」

 

海斗の声が低くなる。

 

「ここに何がある」

 

雅樹は中央のガラスケースを軽く叩いた。

 

「旧計画の中枢だ」

 

「旧計画?」

 

「ホワイトルームが白ノ峰に建つ前、その候補地はお前たちの禁止区域だった」

 

「聞いた」

 

「だが計画は途中で変わった。理由は複数ある。

地盤、隠蔽性、資金、人員移送。

だが最も大きな理由は、別の計画が優先されたからだ」

 

ツキが眉を寄せる。

 

「別の計画?」

 

雅樹は低く言った。

 

「ブラックルーム」

 

空気が止まった。

 

海斗の目が細くなる。

 

白銀禁止区域。

 

前回で踏み込んだ地獄。

 

失敗者たちが集められ、改造され、利用された場所。

 

「ホワイトルーム候補地だった禁止区域は、

破棄された後、別系統の実験場として使われた」

 

「……ふざけんな」

 

海斗の声は静かだった。

 

「壊した後も使ったってことか」

 

「そうだ」

 

雅樹は否定しない。

 

「証拠隠滅で消された場所は、記録上存在しない。

存在しない場所は、何をしても表に出ない」

 

ツキの手が震える。

 

「私たちの故郷は……」

 

「ホワイトルームに選ばれなかった。だから捨てられた。

そして捨てられた後、ブラックルームに使われた」

 

雅樹の声に同情はない。

 

容赦なく真実を叩きつける。

 

海斗は拳を握った。

 

「誰が決めた」

 

「上だ」

 

「篤臣か」

 

「直接か間接かは資料による」

 

「逃げるな」

 

海斗が一歩踏み出す。

 

「知ってることを言え」

 

雅樹の目が鋭くなる。

 

「その態度で聞けると思ってるのか」

 

「思ってねぇよ」

 

海斗は雅樹の胸倉を掴んだ。

 

ツキが息を呑む。

 

「言わねぇなら殴って聞く」

 

雅樹は動じなかった。

 

「やってみろ」

 

その瞬間、空気が張り詰めた。

 

海斗と雅樹。

 

距離はゼロ。

 

いつ殴り合いになってもおかしくない。

 

だが、ツキが間に入った。

 

「海斗」

 

海斗は動きを止める。

 

ツキは首を横に振った。

 

「今は駄目」

 

「ツキ」

 

「聞かなきゃいけない」

 

ツキの声は震えていた。

 

だが、強かった。

 

「殴るのは後でいい」

 

海斗はしばらく雅樹を睨んだ。

 

そして、手を離した。

 

「後で殴る」

 

雅樹は服を整えながら言った。

 

「覚えておく」

 

「忘れんな」

 

雅樹は端末を操作した。

 

中央のガラスケースの下から、古いホログラムマップが浮かび上がる。

 

禁止区域。

 

白ノ峰。

 

高度育成高等学校。

 

白銀禁止区域。

 

複数の施設が線で繋がれていた。

 

「ホワイトルームは一つの施設ではない」

 

雅樹が言う。

 

「思想だ。計画だ。人間を管理し、作り替え、利用するための巨大な網だ」

 

海斗は地図を見る。

 

ツキも息を呑む。

 

「お前たちの故郷は、その網に引っかかった」

 

「だから壊された」

 

「そうだ」

 

「で、今度は何だ」

 

海斗が言う。

 

「オレたちをここに呼んで、何をさせたい」

 

雅樹は海斗を見る。

 

「選ばせる」

 

「またそれか」

 

「海斗。お前は過去を見ないまま進んできた。ツキは過去を見ようとしてここへ来た」

 

雅樹は二人を見据える。

 

「なら次は、見た上でどうするかを選べ」

 

ツキが静かに聞く。

 

「どうするか……」

 

「壊すのか。許すのか。背負うのか。捨てるのか。復讐するのか。自由になるのか」

 

雅樹は言った。

 

「それを決めろ」

 

その時、地下研究棟の扉が開いた。

 

相馬と舞が入ってきた。

 

相馬は静かに。

 

舞は楽しそうに。

 

「話は終わった?」

 

舞が言った。

 

「そろそろ遊びたいんだけど」

 

海斗は振り返る。

 

「性悪女」

 

「舞でいいわ」

 

「呼ぶ気はない」

 

「照れてる?」

 

「ぶん殴るぞ」

 

舞は嬉しそうに笑う。

 

相馬が前へ出た。

 

「雅樹。上も動いた」

 

「篤臣か」

 

「ああ。戦闘権限が上がった。ここもじきに閉じられる」

 

雅樹は頷いた。

 

「なら予定を早める」

 

海斗が聞く。

 

「何の予定だ」

 

雅樹は答えない。

 

代わりに、地下研究棟の奥にある巨大な扉が開いた。

 

その先は暗い。

 

そして、その暗闇の奥から、低い笑い声が聞こえた。

 

「クク……」

 

海斗の表情が変わる。

 

ツキも身構える。

 

相馬がわずかに目を細める。

 

舞の笑みが消えた。

 

雅樹だけが、苦々しい顔をした。

 

「出てくるなと言ったはずだ」

 

暗闇の奥から声が返る。

 

「知るかよ」

 

その声。

 

荒々しく。

 

不敵で。

 

死んだはずの男の声。

 

「面白そうな祭りじゃねえか」

 

海斗は低く呟いた。

 

「誰だ」

 

雅樹は答えなかった。

 

暗闇の奥で、黒い影が動く。

 

しかし、姿が完全に見える前に、施設全体が大きく揺れた。

 

爆発ではない。

 

上層で何かが破壊された衝撃。

 

警報がさらに激しくなる。

 

照明が一瞬落ち、非常灯だけが残る。

 

暗闇の影は、その一瞬で消えた。

 

舞が舌打ちする。

 

「何なの、今の」

 

相馬が低く言う。

 

「予定外だ」

 

雅樹は扉を睨んでいた。

 

「……まだ出すな」

 

海斗は雅樹を見る。

 

「おい、今の」

 

「後だ」

 

「後ばっかだな」

 

「今聞いても邪魔になるだけだ」

 

「それを決めるのはお前じゃねぇ」

 

雅樹は海斗を睨む。

 

「なら生き残って聞け」

 

緊張が走る。

 

しかし、その時、天井のスピーカーから篤臣の声が流れた。

 

『地下研究棟を封鎖する』

 

重い声だった。

 

『不要な要素が増えすぎた』

 

雅樹の表情が変わる。

 

相馬が銃を抜く。

 

舞が笑う。

 

海斗はツキを背後に下げた。

 

次の瞬間、地下研究棟の複数の扉が一斉に閉じ始めた。

 

重い金属音。

 

ロック。

 

封鎖。

 

そして、天井から白いガスが噴き出した。

 

ツキが口元を押さえる。

 

海斗が叫ぶ。

 

「走れ!」

 

地下研究棟が、罠へ変わった。

 

真実を見せる場所から。

 

生き残るための戦場へ。

 

白いガスが広がる中、海斗はツキの手を掴み、走り出した。

 

相馬と舞も動く。

 

雅樹は端末へ向かう。

 

そして上層では。

 

綾小路清隆、森下藍、志朗が、地下へ向かう連絡通路へ突入していた。

 

ホワイトルームは、全員を一つの深みに落とそうとしていた。




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