ザ・ダイハード・マスターピース   作:EXTERMINATION

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第57話 志朗との決着

坂柳有栖とのチェスが終わった後、休憩室にはしばらく静かな空気が残っていた。

 

盤上には、まだ駒が並んでいる。

 

白のキングは逃げ場を失い、黒の駒に囲まれている。

 

勝敗は決していた。

 

だが、坂柳は敗者の顔をしていなかった。

 

むしろ、長く持ち続けていた荷物をようやく下ろしたような、穏やかな顔をしていた。

 

「未来がありますから」

 

そう言った坂柳の声が、綾小路清隆の耳にまだ残っている。

 

負けても明日がある。

 

次を考えられる。

 

その言葉は、ホワイトルームで育った綾小路にとって、

簡単に聞き流せるものではなかった。

 

ホワイトルームでは、敗北は終わりに近かった。

 

劣る者は切り捨てられる。

 

使えない者は消える。

 

次があるのは、次を許された者だけだった。

 

だが坂柳は、自分の足で立ち、敗北を受け入れ、それでも未来を語った。

 

それは、ホワイトルームが教えなかった自由の形だった。

 

扉の前に立っていた志朗は、チェス盤を一瞥してから綾小路を見た。

 

「終わったか」

 

「ああ」

 

綾小路は立ち上がる。

 

志朗は軽く頷いた。

 

「必要な勝負だったんだな」

 

「そうだと思う」

 

「お前がそう言うなら、そうなんだろう」

 

志朗の声は穏やかだった。

 

敵意はない。

 

殺意もない。

 

けれど、そこに迷いもなかった。

 

彼はここへ、綾小路清隆と決着をつけるために来ている。

 

森下が二人を見比べる。

 

「綾小路清隆」

 

「何だ」

 

「志朗さんとの勝負は、何で決めるんですか?」

 

志朗は森下の問いに、少しだけ笑った。

 

「柔道だ」

 

海斗が眉を上げる。

 

「銃でもナイフでもなく?」

 

「必要ない」

 

志朗は短く言った。

 

「清隆とは、それで十分だ」

 

龍園翔が壁にもたれながら、面白そうに笑う。

 

「柔道ねぇ。ホワイトルームの最高傑作同士が畳の上で投げ合うのか」

 

志朗は龍園を見る。

 

「お前は見ていればいい」

 

「見るさ。退屈しなさそうだからな」

 

ツキは海斗の横で首を傾げた。

 

「ホワイトルームでも柔道とかやるんだ」

 

海斗が答える。

 

「やるだろ。投げる、倒す、制圧する。実戦でも使える」

 

「海斗もできるの?」

 

「少しはな」

 

「少しって言う人ほどできるんだよね」

 

「相手による」

 

森下が静かに言う。

 

「綾小路清隆の場合、少しという言葉は信用できません」

 

綾小路は答えない。

 

志朗は休憩室の外へ視線を向けた。

 

「場所はある。昔と同じような訓練場が、この先に残っている」

 

雅樹が横から低く言った。

 

「第四格闘訓練室だ。旧式だが、まだ使える」

 

海斗は雅樹を見る。

 

「お前、さっきまで敵だった割に案内が自然だな」

 

雅樹は鼻で笑った。

 

「敵だったつもりはない」

 

「洗脳されて暴れてたろ」

 

「洗脳されていただけだ」

 

「便利な言い訳だな」

 

「文句があるなら篤臣に言え。あいつの悪趣味だ」

 

森下が小さく頷く。

 

「それは同感です」

 

坂柳はチェス盤を静かに片づけながら、志朗へ言った。

 

「あなたにとっても、これは未練ですか?」

 

志朗は少しだけ考えた。

 

「未練、というほど湿ったものじゃない」

 

「では?」

 

「確認だ」

 

「何の確認ですか?」

 

志朗は綾小路を見た。

 

「清隆が、今どこにいるのか」

 

その言葉に、部屋の空気が少し変わった。

 

龍園の時と似ている。

 

だが、志朗の言葉には龍園のような執着の熱はない。

 

もっと静かで、もっと深い。

 

かつて同じ場所にいた者同士だからこそ、確かめなければならないものがある。

 

綾小路は志朗へ言った。

 

「行こう」

 

志朗は頷いた。

 

一同は第四格闘訓練室へ向かった。

 

白い廊下を進む。

 

壁には古い傷が残っていた。

 

打撃訓練でできた跡。

 

投げられた身体がぶつかった跡。

 

何度も補修された床材。

 

ホワイトルームの歴史が、無機質な白い壁の下に薄く残っている。

 

綾小路はその廊下を歩きながら、記憶の底に沈んでいた光景を思い出していた。

 

子供の頃。

 

白い道着。

 

無表情の教官。

 

数字で管理された勝敗。

 

技の名前ではなく、効率として教えられた身体の使い方。

 

相手を倒すこと。

 

相手の重心を奪うこと。

 

床に叩きつけること。

 

抵抗の余地を消すこと。

 

そこに礼も、競技としての美しさも、相手への敬意もなかった。

 

あるのは結果だけだった。

 

勝つか。

 

負けるか。

 

使えるか。

 

使えないか。

 

その中で、志朗は最初、綾小路より上にいた。

 

柔道だけで言えば、最初は志朗の方が強かった。

 

身体の使い方が上手かった。

 

重心を読むのが早かった。

 

相手に触れた瞬間、どこへ力を流せば崩れるのかを直感的に掴んでいた。

 

幼い綾小路は、何度も投げられた。

 

床へ背中を叩きつけられた。

 

息が詰まり、視界が白くなる。

 

教官は言った。

 

「立て」

 

志朗は手を差し伸べなかった。

 

ホワイトルームでは、それが普通だった。

 

そして綾小路は立った。

 

何度も。

 

何度も。

 

何度も。

 

やがて、投げられる回数が減った。

 

志朗の足運びを読めるようになった。

 

志朗が触れる前に、志朗の重心の変化を見られるようになった。

 

志朗の手が襟へ伸びる直前に、次の技が分かるようになった。

 

そして、ある日。

 

綾小路は志朗を投げた。

 

最初の一度だった。

 

それから先は、志朗が勝つことはなかった。

 

第四格闘訓練室の扉が開いた。

 

中には、古い畳が敷かれていた。

 

白い照明。

 

壁面の監視カメラ。

 

赤い警告灯。

 

訓練室としては綺麗だが、

よく見れば畳には古い沈み跡があり、壁際には補修の跡がある。

 

志朗は部屋の中央へ進み、靴を脱いだ。

 

綾小路も同じように靴を脱ぐ。

 

海斗たちは壁際へ下がった。

 

ツキは小声で言う。

 

「なんか、急に空気が違うね」

 

海斗は腕を組んだ。

 

「銃撃戦より静かな分、嫌な緊張感がある」

 

森下は二人を見つめていた。

 

「綾小路清隆が、少しだけ昔の顔をしています」

 

坂柳が隣で言う。

 

「ええ。ですが、昔のままではありません」

 

「分かりますか?」

 

「分かります」

 

坂柳は微笑む。

 

「今の綾小路くんには、戻る場所がありますから」

 

志朗は畳の中央で綾小路と向き合った。

 

「覚えているか?」

 

「何を」

 

「最初は、俺の方が勝っていた」

 

「覚えている」

 

志朗は少し笑う。

 

「お前は何度も投げられていた」

 

「ああ」

 

「痛そうな顔はしなかった」

 

「痛くなかったわけではない」

 

「知っている」

 

志朗の声が少しだけ柔らかくなる。

 

「あの頃のお前は、痛みを顔に出す意味を知らなかっただけだ」

 

綾小路は答えない。

 

志朗は続けた。

 

「俺は、柔道だけは得意だった。少なくとも、最初はな。

白い部屋の中で、初めて自分が誰かより上にいると思えた」

 

「そうか」

 

「けれど、お前はすぐに追いついた」

 

志朗の目が細くなる。

 

「追いついて、抜いた。そして、それからずっと勝ち続けた」

 

綾小路は静かに言った。

 

「それがリベンジの理由か」

 

「半分はそうだ」

 

「残り半分は?」

 

志朗は構えた。

 

「今のお前と戦ってみたい」

 

その言葉に、綾小路も構える。

 

二人の間に余計な言葉はなかった。

 

礼。

 

それだけで十分だった。

 

志朗が先に動いた。

 

柔道の試合のようでありながら、競技とは違う踏み込みだった。

 

畳を蹴る音が小さく響く。

 

志朗の右手が綾小路の襟へ伸びる。

 

綾小路はその手を払わない。

 

取らせた。

 

志朗の左手が袖を取る。

 

一瞬で組み手が成立する。

 

普通なら、ここから力の探り合いが始まる。

 

だが志朗は待たない。

 

襟を引く。

 

袖を押す。

 

綾小路の重心を斜め前へ崩そうとする。

 

綾小路は足を半歩引いた。

 

その動きだけで崩れを消す。

 

志朗はすぐに足技へ移った。

 

小内刈り。

 

綾小路の右足を内側から刈る。

 

速い。

 

技の入りが浅く見える。

 

だが、それは誘いだった。

 

綾小路が足を引けば、次の大外刈りへ繋がる。

 

足を残せば、内股へ変化する。

 

志朗は最初から二手先まで作っていた。

 

綾小路は足を引かなかった。

 

わずかに膝を緩め、重心を下げる。

 

小内刈りを受け流しながら、志朗の袖を逆に引く。

 

志朗の肩がわずかに前へ出る。

 

綾小路はそこへ足を入れた。

 

投げに入る動き。

 

志朗は読んでいた。

 

身体を捻り、綾小路の腰を外す。

 

互いに技は決まらない。

 

二人は一度離れた。

 

畳の上で、足音だけが静かに響く。

 

海斗が低く言う。

 

「速えな」

 

龍園が笑う。

 

「殴り合いじゃねえのに、殴り合いより見てて疲れる」

 

森下は視線を外さない。

 

「触れた瞬間に、もう攻防が始まっています」

 

坂柳は頷く。

 

「盤面と似ていますね。駒を動かす前に、すでに数手先が決まっている」

 

ツキは小声で言う。

 

「つまり、全然分からないってこと?」

 

海斗が答えた。

 

「だいたい合ってる」

 

志朗は再び組みに行った。

 

今度は綾小路が先に袖を取る。

 

志朗は取らせた。

 

襟を取られる前に身体を沈める。

 

背負い投げの入り。

 

綾小路の身体がわずかに前へ引き込まれる。

 

志朗の背中が綾小路の胸へ入る。

 

速い。

 

体格差を使わない。

 

力でもない。

 

重心だけで相手を乗せる技。

 

幼い頃、綾小路はこの技で何度も投げられた。

 

背中に乗せられた瞬間、もう遅い。

 

畳が近づき、息が止まる。

 

だが今は違う。

 

綾小路は乗らなかった。

 

背負いに入る瞬間、

志朗の腰が自分の中心線へ入るより先に、片足を外へ逃がした。

 

同時に、志朗の肩を押さえる。

 

投げの軸を潰す。

 

志朗の背負いが空を切る。

 

綾小路はそのまま後ろへ回り込もうとした。

 

志朗は膝をついた状態から身体を回転させ、綾小路の手を切る。

 

速い反応。

 

ただ技を失敗しただけでは終わらせない。

 

失敗した時の逃げ道まで用意している。

 

「やっぱり見えているな」

 

志朗が言った。

 

「昔から見ていた」

 

綾小路は答える。

 

「だが昔より速い」

 

「それは褒め言葉か?」

 

「事実だ」

 

志朗は少しだけ笑った。

 

「お前は変わらないな」

 

「そうか?」

 

「いや」

 

志朗はすぐに言い直す。

 

「変わった。けれど、こういうところは変わらない」

 

三度目の組み合い。

 

今度は激しかった。

 

襟を取る。

 

切る。

 

袖を取る。

 

外す。

 

足を出す。

 

引く。

 

押す。

 

崩す。

 

戻す。

 

畳の上で、二人の身体が何度も近づき、離れる。

 

一見すれば地味な攻防だった。

 

だが、実際には一瞬でも判断を誤れば投げられる。

 

志朗は綾小路の右足へ小外刈りを仕掛けた。

 

綾小路は足を浮かせる。

 

志朗はその瞬間を狙い、内股へ変化する。

 

綾小路の身体がわずかに浮く。

 

海斗の目が鋭くなる。

 

「入ったか?」

 

だが綾小路は空中で体勢を変えた。

 

志朗の肩を押し、腰の乗りを外す。

 

落ちる方向をずらす。

 

畳へ転がるのではなく、足から着地する。

 

志朗はすぐ追撃する。

 

綾小路の体勢が整う前に、大外刈り。

 

綾小路は受ける。

 

足が絡む。

 

一瞬、綾小路の身体が傾いた。

 

ツキが息を呑む。

 

しかし、綾小路は倒れない。

 

倒れそうになったその力を利用し、志朗の襟を引いた。

 

志朗の身体が前へ出る。

 

綾小路の腰が入る。

 

払い腰。

 

今度は志朗が浮いた。

 

だが志朗もまた、完全には投げられない。

 

空中で身体を捻り、肩から落ちるのを避ける。

 

畳へ転がり、すぐに立つ。

 

二人とも呼吸がわずかに乱れていた。

 

志朗は笑った。

 

「懐かしいな」

 

「そうか」

 

「ああ。あの頃も、こうだった」

 

志朗は畳を見た。

 

「最初は俺が投げた。何度も。お前は立った。表情一つ変えずに」

 

綾小路は黙っている。

 

「そしてある時から、お前が投げるようになった。俺は最初、偶然だと思った。

次は勝てると思った。だが、次も負けた。その次も。その次もだ」

 

志朗は顔を上げる。

 

「悔しかったよ」

 

綾小路は志朗を見る。

 

「お前にもそういう感情があったのか」

 

「あるさ」

 

志朗は笑った。

 

「俺はお前ほど空っぽにはなれなかった」

 

その言葉は責めているわけではなかった。

 

ただ事実として言っている。

 

「だから俺は、外へ出たかった。自由が欲しかった。友達が欲しかった。

くだらない理由だと教官には言われたが、俺にはそれが必要だった」

 

綾小路は静かに言った。

 

「くだらなくはない」

 

志朗の目がわずかに揺れた。

 

「そう言うんだな、今のお前は」

 

「ああ」

 

「なら、やっぱり戦う意味がある」

 

志朗は再び構える。

 

「俺は、先に外へ出た」

 

綾小路も構える。

 

「オレは、外へ出た」

 

「似ているようで違う」

 

「そうだな」

 

「だから確かめる」

 

志朗が踏み込んだ。

 

これまでより深い。

 

襟を取る。

 

袖を取る。

 

力が強い。

 

いや、力そのものではない。

 

意志が強い。

 

志朗は勝ちに来ていた。

 

リベンジ。

 

確認。

 

そして、過去との決着。

 

その全てを一つの投げに込めている。

 

志朗は綾小路を引いた。

 

綾小路は耐える。

 

志朗は押す。

 

綾小路は流す。

 

志朗は足を出す。

 

綾小路はかわす。

 

その瞬間、志朗は綾小路の反応を読んでいた。

 

綾小路がかわす先へ、すでに自分の身体を入れている。

 

内股。

 

完璧な入りだった。

 

綾小路の重心が浮く。

 

志朗の腰が綾小路の中心へ入る。

 

今度は先ほどより深い。

 

見ていた全員が、投げが決まると思った。

 

だが、綾小路は最後の瞬間に力を抜いた。

 

抵抗しない。

 

志朗の投げる方向へ、あえて身体を預ける。

 

志朗の目がわずかに開く。

 

投げる感覚が変わる。

 

重いはずの相手が、急に軽くなる。

 

その違和感。

 

一瞬のズレ。

 

綾小路はそこを使った。

 

畳へ落ちる寸前、志朗の袖を引き、身体を反転させる。

 

投げられるはずだった力を、逆に返す。

 

返し技。

 

志朗の身体が崩れた。

 

畳が迫る。

 

志朗は受け身を取ろうとする。

 

だが綾小路の手が、それを許さない角度で制していた。

 

鈍い音。

 

志朗の背中が畳へ落ちた。

 

静寂。

 

警報音だけが遠くに聞こえる。

 

志朗は仰向けのまま天井を見ていた。

 

綾小路は立っている。

 

勝負は決まった。

 

海斗が小さく息を吐いた。

 

「決まったな」

 

龍園は口元を歪める。

 

「やっぱ化け物だな」

 

坂柳は静かに微笑む。

 

「ですが、綺麗な決着でした」

 

森下は志朗を見ていた。

 

「悔しそうですね」

 

ツキが言う。

 

「でも、少し嬉しそうにも見える」

 

志朗はしばらく天井を見ていた。

 

やがて、ゆっくりと身体を起こす。

 

綾小路は手を差し出さなかった。

 

ホワイトルーム時代と同じように。

 

志朗は自分で立った。

 

だが、今度は違った。

 

志朗は笑っていた。

 

「負けた」

 

「ああ」

 

「また負けた」

 

「ああ」

 

「やっぱり強いな、お前は」

 

「お前も強かった」

 

「慰めか?」

 

「事実だ」

 

志朗は少しだけ笑う。

 

「昔と同じ答え方だ」

 

「そうか」

 

「でも、今なら分かる。

昔のお前は、ただ事実を言っていただけだった。今のお前は……少し違う」

 

綾小路は答えない。

 

志朗は続ける。

 

「俺は先に外へ出た。けれど、ずっと振り返っていた。

白い部屋を。お前を。自分が逃げた場所を」

 

志朗は畳の上に立ち、綾小路を見た。

 

「お前は外へ出た後、前を見ていたんだな」

 

綾小路は少しだけ考える。

 

「そうかもしれない」

 

「それが差か」

 

「分からない」

 

志朗は笑った。

 

「分からないと言えるようになったのも、変化だ」

 

綾小路は志朗を見る。

 

「満足したか」

 

「ああ」

 

志朗は深く息を吐く。

 

「リベンジは失敗した。確認はできた」

 

「何を確認した」

 

「お前が、もうホワイトルームだけの人間じゃないこと」

 

その言葉に、部屋の空気が変わった。

 

志朗は静かに言った。

 

「清隆。お前は自由を選べる」

 

綾小路は答えない。

 

志朗は続ける。

 

「篤臣はそれを認めない。ホワイトルームも認めない。

けれど、お前自身が認めればいい」

 

「簡単に言うな」

 

「簡単じゃないから言っている」

 

志朗は扉の方を見る。

 

「行け。篤臣が待っている」

 

その瞬間だった。

 

訓練室の照明が一斉に赤く染まった。

 

警報音が変わる。

 

低いサイレン。

 

今までとは違う。

 

壁面のモニターが起動し、無機質な文字が表示される。

 

【中央管制区画 最終封鎖解除】

 

【精鋭部隊 展開】

 

【対象 綾小路清隆】

 

【対象 朝霧海斗】

 

【排除命令】

 

海斗が舌打ちした。

 

「来たか」

 

相馬が銃を構える。

 

「足音が多い」

 

舞もナイフを拾い、目を細めた。

 

「囲まれてるわね」

 

龍園は笑った。

 

「ようやく雑魚じゃねえのが出てくるか」

 

森下は冷静に周囲を見た。

 

「出口は三つ。ですが、おそらく全て塞がれます」

 

ツキが海斗の横へ下がる。

 

「また逃げる?」

 

海斗は拳を鳴らした。

 

「今回は逃げるだけじゃ済まなそうだ」

 

坂柳は少し離れた位置で立っている。

 

杖はない。

 

だが、彼女は一歩も退かなかった。

 

「随分と物騒な歓迎ですね」

 

雅樹が低く言う。

 

「篤臣が本腰を入れた。ここからは本当に殺しに来る」

 

天井スピーカーが鳴った。

 

篤臣の声が流れる。

 

『清隆』

 

誰も動かなかった。

 

篤臣の声は冷たく、だがどこか満足げだった。

 

『志朗との確認は終わったか』

 

志朗は天井を見上げる。

 

「趣味が悪いな。覗き見か」

 

『観察だ』

 

綾小路は静かに言った。

 

「お前らしい」

 

篤臣は続ける。

 

『なら次だ。外の強者とやらが、

ホワイトルームの完成形にどこまで抗えるか見せてもらう』

 

壁の向こうで、重い足音が揃った。

 

複数。

 

10人ではない。

 

20。

 

30。

 

それ以上。

 

武装したホワイトルーム精鋭部隊が、訓練室を包囲している。

 

相馬が短く言う。

 

「装備音。自動火器あり。防弾装備もある」

 

海斗は笑った。

 

「豪華だな」

 

ツキが顔をしかめる。

 

「笑うところ?」

 

「笑うしかねえだろ」

 

森下が言う。

 

「朝霧海斗が笑う時は、だいたい状況が悪い時です」

 

「正解」

 

「正解したくありませんでした」

 

龍園が綾小路を見る。

 

「どうする、最高傑作」

 

綾小路は扉の向こうを見た。

 

志朗との決着は終わった。

 

坂柳との決着も終わった。

 

龍園とも、相馬とも、舞とも、洗脳という形ではあったが、それぞれの決着を越えた。

 

残るのは一つ。

 

篤臣。

 

そしてホワイトルームそのもの。

 

綾小路は静かに言った。

 

「進む」

 

海斗が笑う。

 

「だろうな」

 

志朗も横へ並ぶ。

 

「俺も行く」

 

綾小路は志朗を見る。

 

「負けたばかりだろ」

 

「まだ歩ける」

 

「そうか」

 

志朗は少し笑った。

 

「昔と違って、今は手を貸されなくても立てる」

 

坂柳が静かに言う。

 

「皆さん、無理をするのがお好きですね」

 

森下が頷く。

 

「この場にいる時点で、全員そうでしょう」

 

ツキは海斗を見る。

 

「海斗もね」

 

「はいはい」

 

篤臣の声が響く。

 

『来い、清隆』

 

訓練室の扉が、外側から同時に開いた。

 

黒い装備に身を包んだホワイトルーム精鋭部隊が、無言で銃口を向ける。

 

赤い警告灯の下、白い施設の中で、黒い影が幾重にも重なった。

 

綾小路清隆は一歩前へ出た。

 

朝霧海斗も並ぶ。

 

志朗がその横に立つ。

 

龍園が笑いながら肩を回す。

 

相馬が銃を構え、舞がナイフを逆手に持つ。

 

森下は坂柳とツキを後方へ誘導しながら、出口と遮蔽物の位置を確認している。

 

戦場が再び動き出す。

 

柔道の畳で終わった静かな決着は、

次の瞬間、銃声と共に塗り替えられることになる。

 

ホワイトルームとの最終戦が、始まろうとしていた。




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