ザ・ダイハード・マスターピース   作:EXTERMINATION

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第58話 毒蛇の最期

第四格闘訓練室の扉が、外側から同時に開いた。

 

一枚ではない。

 

正面。

 

左右。

 

さらに観覧通路へ続く上部扉。

 

合計四つの入口が、まるで同じ命令を受けたかのように、寸分の遅れもなく開いた。

 

その向こうにいたのは、黒い装備に身を包んだホワイトルーム精鋭部隊だった。

 

彼らは声を発しない。

 

怒号もない。

 

威嚇もない。

 

ただ銃口を上げ、照準を合わせ、命令を実行するためだけに動いていた。

 

その無言が、何より不気味だった。

 

普通の兵士なら、突入時に呼吸が乱れる。

 

緊張が動きに出る。

 

相手の人数、位置、武装を確認する一瞬が生まれる。

 

だが、彼らにはそれがない。

 

前列は防弾盾を構え、中列は自動小銃を肩へ当て、

後列は膝をついて射線を低く作る。

 

さらに観覧通路側には狙撃用の長銃を持った者が二人。

 

訓練室という限られた空間で、逃げ道を一つずつ塞ぐための配置だった。

 

綾小路清隆は、その布陣を一瞬で見た。

 

真正面から撃ち合えば不利。

 

数も装備も向こうが上。

 

だが完全な包囲ではない。

 

壁際に倒れた訓練用遮蔽物。

 

畳の下にわずかに段差のある床。

 

先ほどまで使っていた投げ込み用のマット。

 

壊れた監視カメラから垂れたケーブル。

 

使えるものはある。

 

使えないものを探すより、使えるものだけを拾う。

 

それが最も早い。

 

海斗も同じことを考えていたのだろう。

 

床に転がっていたライフルを足で引き寄せ、

片手で拾い上げると、弾倉の残量を確認した。

 

「弾、少ねえな」

 

相馬が隣で答える。

 

「奪えばいい」

 

「そういう雑な方針、嫌いじゃねえ」

 

「合理的だ」

 

「おっさんが言うと真面目すぎるんだよ」

 

「おっさんではない」

 

こんな状況でも、相馬はそこだけは訂正した。

 

龍園翔は片手で銃を持ち上げ、もう片方の手で肩を回した。

 

先ほど綾小路とやり合った疲労は残っているはずだった。

 

だが、その顔には笑みがある。

 

「最後にしちゃ悪くねえ景色だな。白い箱の中で黒い連中が並んでやがる」

 

志朗は無言で銃を拾った。

 

扱いは慣れている。

 

だが、彼の目は銃ではなく綾小路を見ていた。

 

柔道での決着はついた。

 

だからもう、迷いはなかった。

 

今は隣に立つ。

 

それだけだった。

 

雅樹は壁際に落ちていたサブマシンガンを拾い上げ、

篤臣の声が響くスピーカーを睨んだ。

 

「篤臣」

 

低い声だった。

 

「最後まで人間を駒扱いか」

 

舞は床に落ちたナイフを拾った。

 

銃は取らない。

 

彼女にとっては、銃撃の間合いよりも、

相手の懐へ入り込む距離の方が性に合っているのだろう。

 

ナイフを逆手に持ち、足の位置を変える。

 

一歩で飛び出せる姿勢だった。

 

その一方で、ツキ、森下藍、坂柳有栖は後方へ下がった。

 

坂柳は杖なしで歩ける。

 

だが戦闘員ではない。

 

森下もツキも同じだ。

 

三人は訓練室奥の観覧区画へ移動し、崩れた遮蔽物の陰へ身を隠す。

 

ただし、完全に目を逸らすことはしなかった。

 

見届けるために。

 

生き残るために。

 

そして、自分たちの前に立つ者たちを信じるために。

 

海斗は綾小路の隣へ並んだ。

 

敵は正面。

 

だが左右からも来る。

 

背中を預けなければ、対応できない。

 

綾小路が一歩前に出る。

 

海斗がその背中へ背を合わせるように立つ。

 

互いの視界は逆方向。

 

だが互いの呼吸は分かる。

 

海斗が笑った。

 

「やっぱりお前の背中は安心できるぜ」

 

銃口を左側の突入部隊へ向けながら、海斗は言った。

 

冗談のようで、冗談ではない声だった。

 

綾小路は正面を見たまま答える。

 

「奇遇だな、オレも負けるのが想像つかない」

 

海斗が吹き出した。

 

「言うようになったな」

 

「お前の影響かもしれない」

 

「それは絶対ある」

 

龍園が横から笑う。

 

「何イチャついてんだ、お前ら」

 

ツキが観覧区画から小さく叫んだ。

 

「ほんとそれ」

 

森下も真顔で頷く。

 

「綾小路清隆と朝霧海斗は、状況が悪いほど会話が妙になりますね」

 

坂柳は口元に手を当てて笑った。

 

「信頼の形は人それぞれですから」

 

海斗が振り返らずに言う。

 

「違うからな」

 

森下が即答する。

 

「否定が早いほど怪しいです」

 

「お前、こういう時だけ元気だな」

 

「危機的状況では観察対象が増えますので」

 

「嫌な趣味だ」

 

その時、天井スピーカーが鳴った。

 

篤臣の声だった。

 

『予想より早かったな、清隆』

 

綾小路は動かない。

 

篤臣の声は冷たい。

 

だが、完全な無感情ではなかった。

 

そこには、確かに父親としてではなく、研究者としての興味がある。

 

完成品を確認しようとする声。

 

『外の世界に出たお前が、何を得たのか。ここで見せてもらう』

 

海斗が低く言う。

 

「相変わらず胸糞悪い親父だな」

 

綾小路は答える。

 

「否定はしない」

 

『排除しろ』

 

篤臣の命令と同時に、銃声が訓練室を埋め尽くした。

 

最初に動いたのは相馬だった。

 

敵が撃つ直前、防弾盾の隙間から覗いた銃口の角度を読んでいた。

 

彼は横へ飛びながら、短く二発撃つ。

 

前列の盾兵ではない。

 

その後ろにいた射手の膝。

 

さらに、観覧通路の狙撃手の肩。

 

命中。

 

狙撃手の照準がずれ、放たれた弾丸は綾小路の横を抜けて壁に刺さった。

 

「上は一つ潰した」

 

相馬の声は冷静だった。

 

海斗は左側へ飛び込む。

 

射線が自分へ集中する前に、倒れていた訓練用マットを蹴り上げた。

 

分厚いマットが一瞬だけ弾幕を遮る。

 

弾丸がマットへめり込み、布地が裂ける。

 

海斗はその陰を利用して前へ出た。

 

走る。

 

撃つ。

 

止まらない。

 

弾丸を避けるのではなく、敵が撃ちにくい位置へ飛び込む。

 

彼の戦い方は、綾小路とは違う。

 

被弾を完全には避けない。

 

かすり傷を許容する。

 

その代わり、相手の懐へ最短で入る。

 

海斗が敵の盾兵へ滑り込むように接近し、銃口で盾の端を弾いた。

 

盾がわずかに開く。

 

その隙間へ膝を入れ、体勢を崩す。

 

敵が倒れる前に、海斗はその背中を蹴って次の敵へぶつけた。

 

「道、空けてもらうぞ!」

 

一方、綾小路は正面を崩していた。

 

銃を撃つ回数は少ない。

 

だが一発ごとの意味が重い。

 

敵の銃を持つ手。

 

膝。

 

照準を合わせようとする肩。

 

致命傷を狙うのではなく、動けなくする場所を正確に撃ち抜く。

 

そして、弾が切れるより早く次の武器を奪う。

 

正面の精鋭が距離を詰めてきた。

 

綾小路は撃たない。

 

敵の銃口を外側へ押し、懐へ入る。

 

相手の肘を制し、首元の装備を掴み、重心を崩す。

 

柔道で志朗を投げた直後とは思えない滑らかさだった。

 

敵を床へ叩きつける。

 

落ちた銃を拾う。

 

すぐに次へ撃つ。

 

無駄がない。

 

その動きに、観覧区画の森下が小さく息を呑んだ。

 

「やはり、綾小路清隆は異常ですね」

 

ツキがすぐに返す。

 

「海斗も負けてない」

 

「それは認めますが、総合的には綾小路清隆でしょう」

 

「断然、海斗」

 

「いやいや、綾小路清隆です」

 

「海斗」

 

「綾小路清隆」

 

「海斗」

 

「綾小路清隆」

 

坂柳がくすりと笑う。

 

「ふふ、仲良い二人もそこだけは対立するのですね」

 

ツキは真剣な顔で言う。

 

「そこは譲れない」

 

森下も同じく真剣だった。

 

「私もです」

 

坂柳は戦場を見る。

 

綾小路と海斗は背中合わせのまま、互いの死角を補い続けている。

 

片方が押されれば、もう片方が撃つ。

 

片方が踏み込めば、もう片方が引き受ける。

 

どちらが強いか。

 

それは確かに興味深い問いだった。

 

だが今の二人は、比べるものではなく、組み合わさるものだった。

 

「答えは、本人たちにも分からないかもしれませんね」

 

坂柳がそう言うと、ツキは少しだけ不満そうに頬を膨らませた。

 

「でも海斗」

 

森下も譲らない。

 

「綾小路清隆です」

 

坂柳はもう一度笑った。

 

「本当に仲が良いですね」

 

その時、天井スピーカーから篤臣の声が落ちてきた。

 

『重装部隊を投入しろ』

 

その一言で、空気が変わった。

 

白い訓練室に満ちていた銃声と怒号が、一瞬だけ別の質感を帯びる。

 

それは単なる増援ではない。

 

これまでのホワイトルーム精鋭部隊とは違う。

 

綾小路清隆は、その変化を音で察知した。

 

奥の隔壁が開く音。

 

複数の足音。

 

だが、その足音は人間のものにしては重すぎた。

 

床材がわずかに軋む。

 

踏み込むたびに、訓練室の白い床が低く震える。

 

次の瞬間。

 

奥の扉から現れたのは、先ほどまでの精鋭とは明らかに異なる兵士たちだった。

 

身長は、おそらく全員が190センチを超えている。

 

最も大柄な個体は200センチ前後。

 

分厚い防弾装備。

 

胸部、肩、腕、脚部まで覆う重装甲。

 

顔は黒いバイザーで隠され、表情は見えない。

 

人間というより、兵器だった。

 

その手には大型盾。

 

別の者はガトリングガン。

 

さらに後方にはグレネードランチャーを構えた部隊。

 

施設内部で使うには、明らかに危険すぎる火力だった。

 

相馬が低く唸る。

 

「……冗談だろ」

 

舞がナイフを握り直した。

 

「でっか。何食べたらああなるのよ」

 

志朗は笑わなかった。

 

ただ、目だけを細める。

 

「旧実験体の変異種だ」

 

綾小路はその言葉に反応した。

 

「変異種?」

 

「ああ。ホワイトルームの初期段階で作られた実験体だ。

完成度では現行世代に劣る。判断力も柔軟性も低い」

 

志朗はそこで一拍置いた。

 

「だが、肉体性能だけなら異常だ」

 

海斗が舌打ちする。

 

「要するに、頭の悪い化け物ってことか」

 

「簡単に言えばな」

 

その瞬間、重装部隊の一人が動いた。

 

遅くない。

 

むしろ速かった。

 

200cm近い巨体が、防弾盾を前に構えたまま一気に間合いを詰めてくる。

 

床を蹴る音が爆発のように響いた。

 

龍園が真正面から迎え撃とうとした瞬間、綾小路が叫ぶ。

 

「避けろ!」

 

龍園は本能的に横へ跳んだ。

 

直後、盾がさっきまで龍園のいた場所を叩き潰す。

 

白い床が割れた。

 

ひびが放射状に走り、畳がめくれ、下の床材が露出する。

 

龍園は着地しながら笑った。

 

「おいおい、盾で殴って床が割れるのかよ」

 

海斗がハンドガンを抜いた。

 

迷わず連射。

 

弾丸が重装兵の胸部に命中する。

 

金属音。

 

火花。

 

だが、兵士は止まらない。

 

一歩。

 

二歩。

 

三歩。

 

弾を受けながら前に出てくる。

 

海斗の眉がわずかに動いた。

 

「効いてねぇな」

 

「装甲が厚い」

 

綾小路は短く答えた。

 

「関節部か首元を狙うしかない」

 

「言うのは簡単だな」

 

海斗が横へ跳ぶ。

 

その瞬間、後方の重装兵がガトリングガンを構えた。

 

銃身が回転する。

 

相馬が叫ぶ。

 

「伏せろ!」

 

次の瞬間、訓練室の空気が裂けた。

 

無数の弾丸が白い空間を横薙ぎにする。

 

壁が削れる。

 

柱が砕ける。

 

訓練用の器具が吹き飛び、破片が雨のように散る。

 

綾小路は森下の腕を掴み、床へ引き倒した。

 

森下は息を呑む。

 

「これは……少し、観察どころではありませんね」

 

「今さらか」

 

「はい。今さらです」

 

ツキは坂柳を庇うように身を低くした。

 

坂柳は杖を握りながら、目だけで戦場を追っている。

 

「正面突破は無理ですね」

 

「でしょうね」

 

ツキが短く答える。

 

舞は柱の陰から飛び出そうとして、すぐに戻った。

 

ガトリングガンの掃射が通路を塞ぐ。

 

「近づけない!」

 

相馬は床を蹴り、別方向から回り込もうとする。

 

だが、そこへ盾兵が割り込んだ。

 

大型盾が壁のように並ぶ。

 

一枚ではない。

 

三枚。

 

前列が盾を構え、後列が銃口を覗かせている。

 

その後ろにグレネードランチャー。

 

相馬の表情が険しくなる。

 

「隊列を組んでやがる」

 

志朗が頷いた。

 

「個人の強さじゃない。これは制圧用の部隊だ」

 

「つまり?」

 

舞が聞く。

 

志朗は短く答えた。

 

「一人ずつ倒す戦い方は通じない」

 

その言葉を証明するように、グレネードランチャーが火を噴いた。

 

榴弾が訓練室中央に着弾する。

 

爆風。

 

熱。

 

衝撃。

 

床材が裂け、白い空間が黒煙に塗り潰される。

 

龍園は爆風を受け、片膝をついた。

 

口元に血が滲む。

 

だが、笑っていた。

 

綾小路が見る。

 

「龍園」

 

「来んな」

 

龍園は立ち上がった。

 

重装部隊は、管制区画へ向かう通路を塞ぐように展開している。

 

このままでは突破できない。

 

誰かが足止めしなければならない。

 

龍園はそれを理解していた。

 

理解した上で、笑った。

 

「綾小路」

 

「何だ」

 

「篤臣はお前が倒せ」

 

その声に、いつもの嘲りはなかった。

 

命令でもない。

 

託す声だった。

 

海斗が一歩動こうとする。

 

その瞬間、重装兵の一人が龍園へ突進した。

 

盾を前面に構え、巨体そのものを弾丸のように押し出してくる。

 

龍園は避けなかった。

 

真正面から受ける。

 

肩と盾がぶつかる。

 

鈍い衝撃音。

 

龍園の足が床を削りながら後退する。

 

普通なら、そのまま吹き飛ばされて終わりだった。

 

だが龍園は歯を食いしばり、盾の端を掴んだ。

 

「重てぇな……!」

 

重装兵がさらに押し込む。

 

龍園の腕が震える。

 

そこへ相馬が飛び込んだ。

 

横合いから拳を叩き込む。

 

狙いは首元。

 

装甲の隙間。

 

だが、重装兵は信じられない反応で首を引き、相馬の拳を肩装甲で受けた。

 

硬い音。

 

相馬の表情が歪む。

 

「ッ……!」

 

次の瞬間、重装兵の裏拳が相馬を襲った。

 

相馬は両腕で受ける。

 

それでも身体が浮いた。

 

数メートル吹き飛ばされ、床を転がる。

 

舞が叫ぶ。

 

「相馬!」

 

「来るな!」

 

相馬は即座に起き上がった。

 

腕は痺れている。

 

だが、まだ動く。

 

「こいつら、ただの重装備じゃねえ。格闘も仕込まれてる!」

 

海斗が低く笑った。

 

「面倒くせぇな。強ぇじゃねえか」

 

綾小路も同意せざるを得なかった。

 

通常の兵士なら、装備が重くなれば動きが鈍る。

 

だが、この旧実験体たちは違う。

 

肉体が装備に負けていない。

 

むしろ、重装備を前提に調整されている。

 

力任せに見えて、動きに無駄がない。

 

盾で押し、銃で制圧し、格闘で追撃する。

 

個としても強い。

 

隊としても厄介。

 

「簡単に抑え込める相手ではないな」

 

綾小路が呟いた。

 

海斗は銃を構え直す。

 

「コイツら強ぇな。久しぶりに笑えねぇ」

 

「笑っているように見えるが」

 

「これは引きつってんだよ」

 

「そうは見えない」

 

「うるせぇ」

 

二人の短いやり取りの直後、志朗が動いた。

 

白い床を滑るように走り、盾兵の側面へ回る。

 

速い。

 

綾小路と同じホワイトルームの出身。

 

だが、志朗の動きは綾小路とは違う。

 

正面から最短で処理する綾小路に対し、志朗は相手の意識の外を取る。

 

影のように入り込み、装甲の継ぎ目へ打撃を入れる。

 

一撃。

 

二撃。

 

三撃。

 

重装兵の膝がわずかに沈む。

 

舞がその隙を逃さなかった。

 

低く踏み込み、ナイフを逆手に持つ。

 

狙うのは装甲ではない。

 

関節。

 

装備の固定ベルト。

 

舞の刃が走り、右膝の補助装具を切断する。

 

重装兵の姿勢が崩れた。

 

「今!」

 

舞の声に、龍園が笑う。

 

「言われなくても分かってんだよ!」

 

龍園の蹴りが、崩れた膝へ叩き込まれる。

 

重装兵の巨体が片膝をつく。

 

その瞬間、相馬が背後から首元を取った。

 

だが、倒れない。

 

重装兵は相馬を背負ったまま立ち上がろうとする。

 

相馬が歯を食いしばる。

 

「化け物かよ……!」

 

「化け物だろ」

 

海斗が横から銃撃する。

 

今度は首元の装甲の隙間。

 

一発目でバイザーが揺れ、二発目で重装兵の姿勢が止まる。

 

そこへ綾小路が踏み込んだ。

 

拳ではない。

 

掌底。

 

狙いは顎下。

 

装甲のわずかな隙間を通し、衝撃を内部へ通す。

 

重装兵の巨体がようやく崩れた。

 

床に倒れる。

 

だが、完全には沈まない。

 

指が動く。

 

まだ起き上がろうとしている。

 

海斗が顔をしかめた。

 

「しぶとすぎんだろ」

 

志朗が短く言う。

 

「旧実験体は停止命令が入るまで止まらない」

 

「最悪だな」

 

「同感だ」

 

その間にも、後方のガトリング兵が再び銃身を回転させていた。

 

森下が叫ぶ。

 

「右です!」

 

綾小路は即座に動いた。

 

ツキを押し、坂柳を下がらせる。

 

相馬が龍園の襟を掴んで引き倒す。

 

直後、弾丸の嵐が空間を削った。

 

壁が蜂の巣になり、照明が割れ、白い訓練室が暗く明滅する。

 

舞は床を転がり、破片を避ける。

 

「ちょっと!あんなの反則でしょ!」

 

海斗が柱の陰から叫ぶ。

 

「反則負けを申告してこい!」

 

「聞いてくれると思う!?」

 

「思わねぇ!」

 

海斗は床に落ちていた破片を蹴り飛ばした。

 

それが盾兵の足元へ転がる。

 

一瞬の視線誘導。

 

その隙に、綾小路と志朗が同時に動いた。

 

左右から挟む。

 

盾兵は反応した。

 

前列の盾を開き、後列の銃口が二人を狙う。

 

だが、それも読んでいた。

 

綾小路は踏み込む直前で身体を沈める。

 

志朗は逆に跳ぶ。

 

銃口の照準が一瞬だけ割れる。

 

その一瞬を、海斗が撃ち抜いた。

 

後列の兵士の手元。

 

銃が弾かれる。

 

綾小路は盾の下へ潜り込むように踏み込み、相手の重心を崩す。

 

志朗は盾の上部へ蹴りを叩き込み、視界を塞ぐ。

 

そこへ舞が飛び込んだ。

 

「邪魔!」

 

ナイフが盾の固定ベルトを切る。

 

盾が片側へ傾く。

 

龍園がそこへ肩から突っ込んだ。

 

「どけや!」

 

盾兵が吹き飛ぶ。

 

だが、その先で待っていた重装兵が龍園の腹部へ拳を叩き込む。

 

龍園の身体が折れる。

 

息が詰まる。

 

それでも龍園は笑った。

 

「効いたぜ……今のはよ」

 

重装兵が追撃しようとする。

 

相馬が割って入った。

 

拳と拳がぶつかる。

 

相馬の方が軽い。

 

だが、技術で流す。

 

力では勝てない。

 

なら、真正面から受けない。

 

重装兵の拳を外へ逸らし、肘を装甲の隙間へ打ち込む。

 

効きは浅い。

 

だが止まる。

 

その一瞬に、龍園が重装兵の足元へ爆薬入りの装備を蹴り込んだ。

 

「来るぞ!」

 

龍園が叫ぶ。

 

爆発。

 

白い空間が赤く染まる。

 

衝撃が全員を揺らした。

 

だが、重装兵は倒れていなかった。

 

装甲の一部が焼け、片腕の動きが鈍っている。

 

それでも立っている。

 

舞が呆れたように言う。

 

「嘘でしょ……」

 

海斗が肩で息をしながら笑った。

 

「映画ならラスボスだな」

 

綾小路は冷静に見る。

 

「だが、無傷ではない」

 

「なら削るしかないか」

 

「そうだ」

 

海斗は銃を捨てた。

 

弾が少ない。

 

ここで無駄撃ちはできない。

 

代わりに、落ちていた敵の短銃を拾う。

 

志朗が横に立った。

 

「綾小路、通路を開ける」

 

「可能か」

 

「全員でなら」

 

相馬が腕を振って感覚を戻す。

 

「俺が前に出る」

 

舞が続く。

 

「私が足を止める」

 

龍園が笑う。

 

「俺がぶっ壊す」

 

海斗が銃を構えた。

 

「じゃあオレはズルする」

 

綾小路は静かに頷いた。

 

「分かった」

 

次の瞬間、六人が同時に動いた。

 

まず相馬が真正面から突っ込む。

 

無謀に見える。

 

だが違う。

 

重装兵の視線を引きつけるための突撃。

 

大型盾が相馬を迎え撃つ。

 

相馬は直前で身体を捻り、盾の縁を蹴った。

 

反動で横へ流れる。

 

そこへ舞が滑り込む。

 

狙いは脚部。

 

ナイフで装甲の留め具を切り、足元へワイヤーを絡める。

 

重装兵が踏み抜こうとする。

 

だが、その瞬間、志朗が背後を取った。

 

首元へ打撃。

 

反応した重装兵が振り返る。

 

その隙に、綾小路が懐へ入った。

 

一撃で倒そうとはしない。

 

綾小路は相手の腕の可動域、足の踏み込み、装甲の重心を読む。

 

そして、倒すのではなく、動きを止める。

 

肘関節。

 

膝裏。

 

脇腹。

 

装甲の隙間へ正確に衝撃を通す。

 

重装兵の動きが鈍る。

 

そこへ海斗の弾丸が飛ぶ。

 

狙いはガトリング兵の銃身。

 

連射ではない。

 

一点。

 

銃身の回転部へ撃ち込む。

 

火花が散る。

 

回転が乱れる。

 

ガトリング兵が照準を修正しようとした瞬間、龍園が爆薬を投げた。

 

「受け取れや!」

 

爆発は銃身そのものではなく、足元で起きた。

 

重装兵の姿勢が崩れる。

 

ガトリングの掃射が天井へ逸れた。

 

照明が一斉に砕ける。

 

白い部屋が暗くなる。

 

非常灯だけが赤く点滅する。

 

その赤の中で、綾小路と海斗が同時に走った。

 

通路までの距離。

 

あと十五メートル。

 

重装部隊が再び隊列を組もうとする。

 

盾が並ぶ。

 

その背後にグレネードランチャー。

 

撃たれれば終わる。

 

その時、龍園が前へ出た。

 

「行け!」

 

綾小路は足を止めかける。

 

龍園は振り返らない。

 

「何度も言わせんな。篤臣はお前が潰せ」

 

海斗が言う。

 

「龍園」

 

「勘違いすんなよ、海斗」

 

龍園は笑った。

 

「俺はお前らのために残るんじゃねえ」

 

重装兵が迫る。

 

龍園は爆薬入りの装備を拾い上げた。

 

「こいつらを潰すのが、俺にとって一番面白そうだから残るんだ」

 

相馬が隣に立つ。

 

「だったら俺も残る」

 

舞もナイフを構えた。

 

「一人で格好つけさせるわけないでしょ」

 

志朗は綾小路を見た。

 

「ここは任せろ」

 

「志朗」

 

「俺はまだ、お前との決着を諦めたわけじゃない」

 

志朗は薄く笑った。

 

「だから、ここで死ぬつもりはない」

 

森下が静かに言う。

 

「綾小路清隆」

 

綾小路は振り返る。

 

森下は恐怖を隠しきれていなかった。

 

だが、目は逸らしていない。

 

「行きましょう」

 

坂柳も頷いた。

 

「ここで止まれば、全員が終わります」

 

ツキは海斗を見る。

 

「海斗」

 

「何だ」

 

「死なないで」

 

海斗は一瞬だけツキを睨んだ。

 

「お前、あとで説教な」

 

「はい」

 

「逃げんなよ」

 

「逃げません」

 

海斗は舌打ちした。

 

それから綾小路を見た。

 

「行くぞ」

 

「ああ」

 

皆は走った。

 

龍園たちが前に出る。

 

重装部隊が盾を構える。

 

赤い非常灯の中、白い訓練室に再び轟音が響いた。

 

龍園が笑う。

 

相馬が拳を構える。

 

舞が低く姿勢を落とす。

 

志朗が静かに息を整える。

 

その前方には、195センチの旧実験体。

 

防弾装備。

 

大型盾。

 

ガトリングガン。

 

グレネードランチャー。

 

そして、ホワイトルームが作り出した、感情のない重装の壁。

 

龍園は血の滲んだ口元を歪めた。

 

「来いよ」

 

重装兵が動く。

 

床が震える。

 

龍園は一歩も退かなかった。

 

「俺は負けて死ぬわけじゃねえ」

 

その声は、爆音の中でもはっきり響いた。

 

「勝って、道を開けるんだよ」

 

龍園は爆風を受け、片膝をついた。

 

だが笑っていた。

 

口元に血が滲んでいる。

 

それでも笑っていた。

 

「やっと俺の人生が面白くなってきたんだがな」

 

龍園は立ち上がった。

 

重装部隊は、管制区画へ向かう通路を塞ぐように展開している。

 

このままでは突破できない。

 

誰かが足止めしなければならない。

 

龍園はそれを理解していた。

 

理解した上で、笑った。

 

龍園は足元に転がっていた爆薬入りの装備を蹴った。

 

敵が持ち込んだものだった。

 

「こいつらも道連れだ」

 

ツキが息を呑む。

 

森下の目が細くなる。

 

坂柳は何も言わなかった。

 

龍園は振り返らない。

 

重装兵が前進する。

 

龍園はその正面へ歩いた。

 

「最期は派手に行くぜ」

 

重装兵の盾が迫る。

 

龍園は真正面から突っ込んだ。

 

「来いよ、白い箱の番犬ども」

 

銃声。

 

爆音。

 

金属がぶつかる音。

 

龍園の笑い声。

 

それらが背後で混ざる。

 

綾小路は振り返らない。

 

海斗も振り返らない。

 

志朗も、相馬も、舞も、雅樹も。

 

龍園翔という男が最後に望んだのは、見送られることではない。

 

道を開けることだった。

 

だから進む。

 

刹那。

 

白い閃光が視界を埋め尽くし、続いて凄まじい爆炎が訓練室全体を飲み込んだ。

 

衝撃波が壁を砕き、床をめくり上げ、鋼鉄製の支柱さえ大きく歪ませる。

 

天井の照明が次々と弾け飛び、赤熱した破片が流星のように降り注ぐ。

 

圧縮された空気が一気に解放され、灼熱の爆風が通路を駆け抜けた。

 

炎は巨大な火柱となって吹き上がり、白一色だった訓練室を真紅へ染め上げる。

 

燃え上がる鉄骨が悲鳴を上げるように軋み、

コンクリートの壁には蜘蛛の巣のような亀裂が広がった。

 

敵兵たちは爆風に呑み込まれ、黒い影となって炎の中へ消えていく。

 

その中心で。

 

龍園翔だけは最後まで笑っていた。

 

「ハッ……ハハハハハッ!!」

 

豪快で、不敵で、どこまでも龍園らしい笑い声。

 

炎に包まれてなお、その笑いは爆発音にも負けず白い施設へ響き渡る。

 

やがて二度目、三度目と誘爆が連鎖し、訓練室そのものが崩落を始める。

 

天井が崩れ、鋼材が降り注ぎ、巨大な瓦礫が爆炎をさらに押し広げた。

 

龍園の笑い声は、その最後の瞬間まで止まることはなかった。

 

それが――龍園翔という男の、生き様そのものだった。




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