ザ・ダイハード・マスターピース   作:EXTERMINATION

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第7話 掃射

校門とは逆方向、特別棟側へ向けて駆け出した

綾小路と堀北の背後では、

校舎内から外へ雪崩れ込んできた複数の勢力が、

それぞれ異なる目的と速度と苛立ちを抱えたまま夜の校庭へ散開した。

ひとつの追跡線を作るのではなく、

むしろ互いにぶつかり合いながら網を広げていくような、

不格好で危うい包囲の輪を形成し始めていた。

 

教室棟と特別棟を隔てる通路沿いには、文化祭で使う予定だった大型看板。

未設置の模擬店用パネル、折りたたみ机、金属製の支柱、飲料のケース。

段ボール、照明器具、暗幕を巻いたロール材が乱雑に並び、

それらは本来なら翌日の賑わいを支えるための準備物であるはずなのに、

いまは逃走経路を細く切り、射線を遮り、足音を乱反射させ、

どこから弾が飛んできてもおかしくない夜の戦場そのものへと姿を変えていた。

 

堀北の呼吸は浅く速い。

 

落下の衝撃と連続した走行で、脚にも確実に負荷が溜まっているはずだった。

 

それでも彼女は一度も弱音を吐かなかった。

 

ただ、綾小路の半歩後ろを保ち、

周囲の影を見失わないように視線を動かし続けている。

 

その姿は痛々しくもあり、

同時に、ここまで生き延びてきた自分への矜持を見せつけるものでもあった。

 

「このまま特別棟へ入るの?」

 

堀北が息を整えきれないまま問う。

 

「入る」

 

綾小路は短く答えた。

 

「外にいる限り、数で囲まれる」

「中も十分危険でしょう」

「危険なのは同じだ。だが中なら通路が絞れる」

 

堀北はそれ以上言わなかった。

 

綾小路の言う通りだった。

屋外では、追う側の人数差がそのまま圧になる。

龍園も宝泉も天沢も坂柳も、それぞれの判断で別方向から回り込める。

 

だが特別棟へ入れば、少なくとも導線は限定される。

限定されるということは、追う側の性格差がより濃く出るということでもあった。

 

その時、背後から宝泉の怒声が響いた。

 

「逃げ切れると思うなよ!」

 

続けて、乾いた連続音が夜気を裂いた。

単発の拳銃とは違う。 短く詰まった、硬い音の連なり。

綾小路の目がわずかに細くなる。 来たか、と内心で判断する。

 

短機関銃。

 

おそらく月城が校内各所に配置した武器ケースの中に含まれていた、

サブマシンガン系の軽火器がこの段階で表に出てきたのだ。

 

放たれた銃撃は、

先ほどまでの牽制めいた短いバーストとは明らかに質が違っていた。

 

乾いた連続音が夜気を引き裂きながら一気に加速する。

複数のマシンガンが同時に火を吹いたことで、

外周路の空気そのものが細かく震えた。

連射の反響が校舎の壁面へ跳ね返って耳の奥を鈍く叩く。

 

弾丸は一直線に飛び込んでくるのではなく、

綾小路たちが隠れた大型看板の左右と

上端を削り取るように広範囲へばら撒かれる。

木製フレームが悲鳴のような軋みを上げながら次々に砕け、

細かな木片と塗装片が爆ぜるように周囲へ散った。

 

金属支柱へ命中した弾は甲高い音とともに火花を激しく噴き上げ、

その白橙色の閃きが暗闇を断続的に照らし出すたび、

煙に濁った通路の輪郭が一瞬だけ浮かび上がっては消える。

 

「伏せろ!」

 

綾小路が堀北を引き、同時に大型看板の陰へ滑り込む。

 

さらに遅れて、背後に積まれていた文化祭用パネルの束が

連射を受けて大きく崩れ、倒れ込んだ板材が地面を叩く轟音とともに跳ね返り、

砕けた破片がまるで散弾のように周囲へ飛び散った。

 

弾着は止まらない。

 

短機関銃特有の高回転の掃射が、

今度は地面を這うような低い角度で走り、

コンクリートを削って火花と粉塵を噴き上げながら、

看板の陰へ身を伏せる綾小路たちの足元を容赦なく舐めていく。

 

堀北は思わず耳を押さえかけるが、

そんな動作すら危険だと理解してすぐに身体を縮め、

頬のすぐ横を掠めて飛んでいく破片と、

連射によって震える看板の振動に耐えながら息を殺した。

 

そして最後に、一際長い掃射が真正面から叩き込まれた瞬間、

大型看板そのものが耐えきれずに中央から大きく裂ける。

裂断面から火花と煙が噴き出しながらゆっくりと傾き始めたことで、

綾小路たちを守っていた即席の遮蔽物は、ついに限界へ達しようとしていた。

 

堀北が息を呑んだ。

 

「……今の」

「マシンガンだ」

「誰が持ってるの」

「龍園側か、坂柳側か、それとも一年生側か」

 

答えながらも、綾小路はすでに音の方向を測っていた。

 

宝泉ではない。

 

あの男は銃を持っていても、本能的には近接格闘で潰しに来る。

 

天沢でもない。

 

彼女は面白がるが、ここで素直に制圧火力を使うタイプではない。

 

七瀬は、少なくとも無駄にばら撒くことはしない。

 

となれば、龍園か坂柳側の誰か。

いや、もっと単純に、龍園が押し切るために解禁した可能性が高い。

 

「動けるか?」

 

綾小路が問う。

 

「ええ」

 

堀北は即答したが、声に少しだけ硬さがあった。

 

無理をしているのは分かる。

だが、今はそれでいい。

止まるほうが危険だった。

 

綾小路は看板の下から地面を覗き、連射の来た角度を改めて読む。

 

遮蔽物の隙間を縫うように撃っている。

牽制というより、前に出るのを止めるための圧だ。

つまりこちらの大まかな位置は掴まれているが、正確な視認まではできていない。

 

ならばまだ動ける。

 

綾小路は看板の脇に転がっていた空の飲料ケースを掴み、少し離れた方向へ投げた。

プラスチックの箱が地面を跳ね、金属フレームへ当たって大きな音を立てる。

 

直後、連射がそちらへ向いた。

読み通りだ。

 

「今だ」

 

綾小路は堀北の手首を引き、看板の陰から一気に飛び出す。

二人は暗幕ロールの陰を抜け、

さらにその先の模擬店パネルの列へと身を滑り込ませた。

 

背後で再びマシンガンの連射音が炸裂した。

今度は先ほどよりも距離が近く、

まるで耳元で鉄板を叩き続けられているような激しい反響が通路全体を震わる。

連続して吐き出された弾丸が大型パネルの縁へ一斉に食らいついたことで、

薄い板材は悲鳴のような軋みを上げながら次々に裂け、

砕けた木片と塗装片が散弾のように周囲へ飛び散る。

 

さらに低い角度からの掃射が足元を薙ぐように走る。

コンクリートを削った弾丸が火花と白い粉塵を噴き上げながら跳ね回り、

その鋭い破片が頬や肩口を掠めるたび、

堀北は反射的に身体を縮めざるを得なかった。

 

連射は止まらない。

 

複数の短機関銃が互いに重なるように火を吹き続けたことで、

夜の空気そのものが振動し、

支柱へ命中した弾が甲高い金属音とともに火花を激しく散らし、

その断続的な閃光が煙に濁った通路を不気味に照らし出していた。

 

そして次の瞬間、パネル中央へまとまって叩き込まれた掃射によって、

綾小路たちを守っていた遮蔽物そのものが耐えきれず大きく内側へ歪む。

裂け目の向こうから赤い銃口炎が断続的に瞬いて見えたことで、

この場がもう隠れ続けられる場所ではなくなりつつあることを、

二人は嫌というほど理解させられた。

 

「近いわね!?」

「龍園が前へ出てる」

「なぜ分かるの」

「圧のかけ方が雑だ」

 

綾小路の返答に、堀北は一瞬だけ呆れたような顔をしたが、

すぐにそれどころではないと切り替えた。

 

龍園はおそらく、マシンガンを持った部下を前へ押し出し、

綾小路を足止めしながら宝泉や自分が詰める形を狙っている。

 

理屈としては間違っていない。

 

だが、そのやり方は坂柳にとっても一年生側にとっても面白いはずがない。

 

特に坂柳は、自分の盤面を力任せに崩す行為を嫌う。

 

そこが狙い目になる。

 

その時、案の定というべきか、別方向から鋭い声が飛んだ。

 

「撃ちすぎです、龍園くん」

 

坂柳だった。

姿はまだ見えない。

だが声はよく通る。

 

「視界を潰すには有効でも、こちらの接近ルートまで封じています」

「知るかよ」

 

龍園が吐き捨てる。

 

「逃がすよりましだろ」

「逃がさない方法がそれしかないとでも?」

「だったらテメェが捕まえてみろ」

 

言葉の応酬。

その間にも、追跡の圧力は少しだけ緩む。

綾小路はその隙を逃さず、堀北を伴ってさらに特別棟側の階段下へ回り込んだ。

 

ここまでくれば、特別棟裏口まであと十数メートル。

 

だが、その短い距離が最も危険だった。

開けた空間を横切らなければならない。

しかも今はすでに、追う側もそれを理解している。

 

「綾小路くん」

 

堀北が低く言う。

 

「わたしを囮にするという選択肢は、まだ捨てていないでしょうね」

 

綾小路は一瞬だけ彼女を見た。

 

「今は捨ててる」

「今は、ね」

「聞き返す時間があるなら走る準備をしろ」

「……相変わらず不親切ね」

 

だが、その言葉の裏にはわずかな安堵も混じっていた。

 

綾小路は見逃さなかったが、指摘もしなかった。

それより重要なのは、次の数秒だった。

背後の連射がまた止む。

今度は弾切れか、あるいは位置の立て直しか。

どちらにせよ動くなら今だ。

 

そう判断した綾小路が一歩踏み出した瞬間、左側の影が滑るように現れた。

 

天沢一夏。

 

こちらの動きを待っていたような、完璧にタイミングを合わせた出現だった。

 

「先輩、やっと正面ですね」

 

笑っている。

 

そのくせ、視線は冷たい。

彼女は銃を持っているが、すぐには撃たない。

撃つより先に、この「鉢合わせ」の空気そのものを楽しんでいる。

 

「どいて」

 

堀北が鋭く言った。

天沢は目を丸くしたふりをする。

 

「わあ、怖い。でも堀北先輩、いまの自分の立場、分かってます?」

「あなたよりは分かっているつもりよ」

「そうかなあ」

 

天沢は首を傾げる。

 

「綾小路先輩って、たぶん堀北先輩を置いていけばもっと逃げやすいんですよ。

でも置いていかない。優しいっていうより、変に律儀なんですよね」

「分析は後にしろ」

 

綾小路が言うと、天沢は嬉しそうに笑った。

 

「やっぱり正面で話すと楽しいなあ」

 

その瞬間、天沢が笑顔で突っ込んでくる。

綾小路は足元の角度を変えた。

 

ただ回避するのではない。

 

天沢一夏の射線と、自分の進路と、

背後で堀北鈴音が逃げ切るための導線、

その三つを同時に成立させるためだけに、

ほんの数センチ単位で立ち位置をずらしながら、一気に間合いを詰める。

 

天沢がその意図を読み切るより早く、

綾小路の右手が制服の内側へ滑り込み、奪った拳銃を引き抜いた。

 

天沢の瞳がわずかに細くなる。

 

「へえ――」

 

感心したような声。

 

だが次の瞬間には、互いの引き金がほぼ同時に引かれていた。

 

乾いた発砲音が至近距離で炸裂する。

 

綾小路の弾は天沢の肩口すれすれを掠めるように通過し、

背後の消火器ケースへ命中して金属音と火花を散らす。

天沢の弾は綾小路の頬を掠めるほどの距離で

外れて特別棟の壁面へ突き刺さり、白い破片を激しく吹き飛ばした。

 

距離が近すぎる。

もう狙い合う間合いではない。

 

綾小路は次弾を撃たせないためにさらに踏み込む。

 

天沢も即座に反応した。

 

彼女は逸らされた腕の勢いをそのまま利用する。

身体を半回転させながら低く滑り込み、

空いた側へ回り込むことで綾小路の進路そのものを塞ごうとする。

 

速い。

 

単なる運動能力ではない。

綾小路と同じ、ホワイトルームで学んだ実戦の速度だった。

 

「やっぱり来ますよね、先輩!」

 

天沢が笑う。

その笑顔のまま、至近距離から再び銃口を跳ね上げる。

だがその瞬間にはもう、綾小路の左手が天沢の手首を外側へ弾き飛ばしていた。

 

発砲。

銃声。

 

弾丸は二人の間を横切り、特別棟の窓ガラスを撃ち抜きながら派手に砕け散る。

 

綾小路はそこで止まらない。

 

弾いた勢いのまま天沢の懐へ潜り込む。

拳銃を持つ腕そのものを身体で押さえ込みながら、一気に体重を前へ預ける。

 

天沢も負けていない。

 

即座に膝を跳ね上げ、綾小路の腹部へ叩き込もうとする。

 

だが綾小路は腰を切ってその軌道を殺し、

逆に天沢の軸足側へ身体を滑らせることで重心を崩しにかかった。

 

「っ……!」

 

天沢の表情から初めて笑みが薄れる。

彼女は強引に腕を引き戻そうとするが、綾小路はその動きを読んでいた。

 

引く力を利用する。

 

手首を押さえたまま逆方向へ引き込み、

さらに肩へ自分の体重を重ねることで、天沢の上体を半歩だけ浮かせる。

 

その半歩の浮きが決定的だった。

 

綾小路は一気に踏み込み、天沢の脚を外側から払う。

 

バランスが崩れる。

 

だが天沢は倒れながらもなお引き金へ指をかけようとする。

 

「ほんと、容赦ないですね……!」

 

笑い混じりの声。

次の瞬間、綾小路はその拳銃を持つ腕を地面へ叩きつけた。

 

鈍い衝撃。

銃が床を滑る。

 

さらに綾小路は間を置かない。

 

天沢の背後へ回り込むように身体を捻り、

そのまま腕を極めながら床へ押し倒した。

 

天沢の呼吸がわずかに乱れる。

 

それでも彼女は笑っていた。

 

「うわ、ほんとに強い……」

 

綾小路は何も返さない。

 

片膝で天沢の動きを完全に封じ込める。

 

逃げられない角度で腕を固定しながら、落ちた拳銃を足先で遠くへ蹴り飛ばす。

 

そして、その視線が床の隅へ向いた。

 

文化祭準備用に散乱していた備品。

その中に、銀色のガムテープが転がっている。

綾小路は片手だけで天沢を押さえ込んだまま、そのガムテープを拾い上げた。

 

天沢が目を細める。

 

「……え?」

 

次の瞬間だった。

綾小路はためらいなく、天沢の長い髪へガムテープを巻き付けた。

 

粘着音。

その瞬間、それまで余裕を崩さなかった天沢の笑みが完全に吹き飛ぶ。

 

「いやぁぁっ!!」

 

悲鳴。

本気だった。

今までの遊ぶような声ではない。

 

天沢は目を見開き、反射的に両手を髪へ伸ばそうとする。

 

「ちょ、待っ、待っ、待っ!」

 

綾小路はさらに無言でガムテープを引く。

 

髪が巻き込まれる。

 

「いったぁぁっ!!」

 

天沢が本気で暴れた。

だが先ほどまでの殺気はない。

 

完全にパニックだった。

 

「銃よりおっかないじゃん!もうっ!!」

 

涙目で叫びながら、今度は必死にガムテープを剥がそうとし始める。

 

戦意どころではない。

完全に意識がそちらへ持っていかれていた。

 

綾小路はようやく天沢への拘束を解く。

 

だが天沢は襲いかかってこない。

床へ座り込んだまま、髪へ絡みついたガムテープを本気で外そうとしている。

 

「うぅぅ……最悪……!」

 

その姿はつい先ほどまで笑っていた危険人物とは思えないほど年相応だった。

 

綾小路は短く息を吐く。

 

そしてその直後、背後から再び銃声が響いた。

 

龍園側だ。

 

つまり時間切れだった。

綾小路の目的は最初から天沢を倒し切ることではない。

 

数秒。

 

その空白を作ること。

 

綾小路は視線だけを横へ向ける。

その先では、堀北がすでに外周通路へ走り出していた。

それを確認した瞬間、綾小路はようやく天沢の拘束を解く。

 

天沢はガムテープと格闘しながら、仏頂面で怒鳴る。

 

「……そっち優先するんですね!」

 

綾小路は答えない。

 

その沈黙こそが答えだった。

 

「走れ」

 

堀北に短く命じ、彼女はすぐに動く。

天沢がまだ髪を弄りながら立ち上がる。

 

綾小路は近くの金属バケツを蹴って天沢の足元へ転がす。

天沢が軽く跳ねて避ける。

 

その一瞬が隙を生んだ。

 

綾小路も堀北の後を追い、特別棟裏口へ向かう。

だがその直後、右後方から重い足音。

 

宝泉だ。

 

「また逃がすかよ!」

 

今度は本当に近い。

綾小路は振り返りざま、地面に落ちていた細い支柱を拾って投げる。

 

宝泉はそれを腕で弾くが、速度はほんの少しだけ落ちる。

そこへ七瀬の声。

 

「宝泉くん、単独で突っ込みすぎです!」

「うるせえ!」

 

怒鳴り返す。

 

だが七瀬はなおも詰める。

 

「今ここで詰めても、左右から挟まれます!」

 

その指摘は正しい。

 

宝泉一人が前へ出過ぎれば、綾小路を仕留める前に

龍園や坂柳側と進路が被り、結果として横取りの危険が増す。

 

それを最も嫌うのは、宝泉自身のはずだった。

 

ほんの一瞬、彼の足が迷う。

綾小路はその迷いを見逃さず、堀北とともに裏口の前へ辿り着く。

 

だが、扉は閉まっていた。

 

電子ロック。

 

綾小路の舌打ちは内心だけで済んだ。

 

「開かないの?」

 

堀北が問う。

 

「鍵が必要だ」

「あるんでしょう」

「試す」

 

鍵束を出す。

型を確認する。

 

後ろでは追跡の足音がまた近づいてくる。

龍園側の部下がマシンガンを再装填した気配もある。

 

時間がない。

 

一本目。

違う。

二本目。

違う。

三本目。

手応え。

 

だが完全には回りきらない。

文化祭用の一時設定か、あるいは非常ロックとの併用か。

 

「まずいわね」

 

堀北が言う。

 

「まだだ」

 

四本目。

 

差し込む。

硬い。

押し込む。

少しだけ回る。

 

その瞬間、背後で連射音が響いた。

綾小路は反射的に堀北を扉の影へ引き込む。

弾が裏口脇の壁を叩き、火花と破片が散る。

 

「遅えんだよ、綾小路!」

 

龍園の声だった。

 

やはり自分で前へ出てきた。

 

「そこまで追い込んだなら、もう終わりだろ」

「そうとも限りませんよ」

 

坂柳の声も近い。

 

「裏口へ追い込むのは分かりやすすぎる。

彼がそこで詰むと考えるのは、あまりにも単純です」

「だったら何だってんだ」

「それを今から確認するんでしょう」

 

追う側の会話は、もはや半分こちらに聞かせるためのものになりつつあった。

 

綾小路は四本目の鍵をさらに押し込んだ。

 

僅かな手応え。

まだ足りない。

 

その時、堀北が小さく言った。

 

「貸して」

 

綾小路が一瞬だけ視線を向ける。

堀北は扉の取っ手と鍵穴周辺の構造を見ていた。

 

「これ、鍵だけじゃなくて引っかかってる。少し持ち上げれば入る」

「分かるのか」

「生徒会で似た構造を何度か見たことがあるわ」

 

綾小路は迷わず鍵束を渡した。

堀北が取っ手を微妙に持ち上げ、綾小路が鍵を回す。

 

今度は明確に回った。

ロック解除の感触。

 

「開く!」

 

堀北が言った瞬間、綾小路は扉を押し開け、彼女を中へ滑り込ませる。

自分も続こうとした、その直前。

 

横から天沢の叫び声。

 

「やっぱり入ると思った!」

 

彼女は見ていたのだ。

最初から。

 

発砲。

 

乾いた銃声が裏口前へ響く。

綾小路は咄嗟に身をひねった。

 

弾は肩口を掠める。

熱い痛み。

制服が裂ける感覚。

 

完全な被弾ではない。

だが浅く裂かれた感触は確かに残った。

綾小路が扉の内側へ飛び込もうとした、その瞬間だった。

 

「待てぇっ!!」

 

今までとは明らかに違う声。

 

怒りだった。

 

天沢が本気で怒っている。

 

「よくもあたしの自慢の髪をめちゃくちゃにしてくれましたね!?」

 

再び発砲。

銃口炎。

 

弾丸が扉脇の壁を抉り、白い破片を派手に吹き飛ばす。

 

「許さないから!!」

 

完全に根に持っていた。

綾小路は半歩だけ後退する。

 

今の天沢は遊んでいない。

発砲の精度も先ほどより高い。

怒りで雑になるどころか、むしろ集中している。

 

三発目。

四発目。

 

弾丸が連続して飛び込んでくる。

綾小路は身体を沈めながら横へ流れる。

弾は背後の金属支柱へ命中し、火花を散らした。

天沢はそのまま距離を詰める。

 

「髪引っ張るとか最低ですよね!?」

「そうか」

「そうかじゃない!」

 

発砲。

 

だが綾小路はその瞬間を待っていた。

 

銃を撃つ瞬間だけ、天沢の動きは僅かに固定される。

 

綾小路は一気に踏み込んだ。

天沢の目が見開かれる。

 

次の瞬間にはもう、綾小路の手が拳銃へ伸びていた。

 

「っ!」

 

天沢も即座に反応する。

銃を奪われる前に手首を引く。

 

綾小路は追う。

天沢は逃がさない。

互いの腕が絡む。

拳銃を挟んだ力比べ。

僅かな距離で完全に拮抗した。

 

天沢は歯を食いしばる。

 

「また取られてたまるかぁっ!」

 

今度は本気だった。

髪の件もある。

二度も同じ失敗をする気はない。

 

身体を捻る。

肩をぶつける。

肘を差し込む。

全力で抵抗する。

だが綾小路も引かない。

 

天沢の力の流れを読み切り、握力そのものではなく角度で制圧する。

 

手首。

肘。

肩。

 

三点を同時に崩す。

天沢の表情が歪んだ。

 

「くっ……!」

 

その瞬間だった。

綾小路の手刀が走る。

狙いは拳銃ではない。

拳銃を握る天沢の手首。

 

鋭い一撃。

 

「いっ!?」

 

衝撃。

痛み。

 

天沢の指が反射的に開く。

 

拳銃が宙を舞った。

金属音を立てながら床を滑る。

同時に天沢自身も片膝をつく。

 

手首を押さえる。

完全な骨折ではない。

だが激痛で力が入らない。

 

「ぅ……っ!」

 

天沢は悔しそうに顔を歪めた。

 

綾小路は追撃しない。

拳銃を足先で遠くへ蹴り飛ばす。

 

そして、そのまま扉の内側へ身体を滑り込ませた。

 

堀北が息を呑む。

 

「今の……!」

「浅い」

 

扉を閉める。

直後、外側から連射が扉へ叩きつけられる。

 

金属が震える。

 

鈍い衝撃が連続で響く。

特別棟裏口の内側は暗かった。

非常灯だけが赤く廊下を染め、外の銃声が厚い壁越しに鈍く反響している。

 

だが、完全に静かにはならない。

 

追う側も入ってくる。

 

時間差はわずかしかない。

 

綾小路は肩の傷を押さえながら立ち上がった。

堀北がその袖を見て顔を強張らせる。

 

「本当に浅いの?」

「動ける」

「質問に答えてないわ」

「今は動けるかどうかだけだ」

 

堀北は苦い顔をしたが、それ以上は言わなかった。

背後では天沢が扉を激しく叩き、外から怒声が重なる。

龍園の苛立ち、宝泉の笑い、天沢の怒りの声、

七瀬の制止、坂柳の冷静な指示。

 

そのすべてが、厚い扉一枚の向こうに集まっていた。

 

綾小路は特別棟の暗い廊下を見渡す。

 

ここから先はまた、狭い通路と部屋の戦場に戻る。

 

だが今度は違う。

マシンガンが出た。

自分は浅い傷を負った。

堀北を連れている。

 

そして追う側も、もう捕まえれば勝ちではなく、

誰が先に奪うかへ意識を明確に変えてきている。

 

つまり戦いは、さらに苛烈になる。

綾小路は静かに呼吸を整え、扉から離れるよう堀北へ指示した。

 

「行くぞ」

「どこへ」

「上へは行かない。地下も避ける。まずはこの棟の中央を横断する」

「また危険そうね」

「安全な案があるなら聞く」

「ないわ」

「なら進むぞ」

 

二人は赤い非常灯の下、特別棟の廊下を走り出した。

 

背後ではついに扉が破られ、追跡の怒号が建物の内側へ雪崩れ込んでくる。

 

夜はさらに深くなり、

学校全体はもはや教育機関でも祭の準備場所でもなく

弾と足音と息遣いと判断の誤差が生死を決める、完全な戦場へと変わりきっていた。




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