ザ・ダイハード・マスターピース   作:EXTERMINATION

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第74話 決着なき勝敗

夜明け前の空は灰色に沈み、東京の街には救急車のサイレン、

遠くを走る車の音、ビルの谷間を抜ける風といった、

いつもと変わらない都市の気配が漂っていた。

 

しかし、二階堂グループ医療研究棟で起きた大銃撃戦と、

地下保管ホールでの崩壊寸前の決闘を知る者たちにとって、

その夜は決して日常の延長ではなかった。

 

綾小路清隆と朝霧海斗が人工心臓N-HEART 01を巡って再び衝突し、

冷却保管設備にまで異常を発生させた結果、

人工心臓そのものは辛うじて無事だったものの、

緊急点検が必要となり、移植準備は延期されていた。

 

二人の戦いでは誰も勝っていなかったが、

だからといって、どちらも立ち止まったわけではなかった。

 

大学病院の病室では、堀北鈴音がベッドの上で目を開けていた。

 

眠りから目覚めたのではなく、苦しさから目を閉じ続けることができなくなっただけだった。

 

胸の奥には重い圧迫感があり、呼吸をするたびに空気が足りないような感覚が残る。

 

補助循環装置の作動音も以前より近く聞こえ、自分の命が、

自分の身体ではなく機械の力によって半分だけ持ち上げられているように感じられた。

 

病室の扉が開き、堀北学が入ってきた。

 

いつものように背筋を伸ばし、感情を表へ出さない兄ではあったが、

顔色は悪く、目の奥には隠しきれない疲労が滲んでいた。

 

「兄さん、起きていたの?」

 

「お前こそ眠っていなかったのか」

 

「眠れなかっただけよ」

 

学はベッドの横へ椅子を寄せ、静かに腰を下ろした。

 

鈴音は兄の表情を見ただけで、また何かが起きたのだと察した。

 

「綾小路くんが、また海斗さんと戦ったのね」

 

学はすぐには答えなかったが、その沈黙だけで十分だった。

 

「そうだ」

 

鈴音は目を閉じ、胸の奥へ沈んでくる痛みに耐えるように息を吐いた。

 

予想していなかったわけではない。それでも、現実として聞かされれば苦しかった。

 

「人工心臓はどうなったの?」

 

「破損はしていない。ただ、保管設備に負荷が掛かり、移植準備は延期された」

 

「残された時間は減っているのに、準備だけが遅れるのね」

 

「そうだ」

 

学の声は低く、鈴音は皮肉なものだと苦笑した。

 

しばらく沈黙が続いた後、鈴音は天井を見ながら口を開いた。

 

「私は、綾小路くんに生きて戻ってきてほしいと思っている。

でも同時に、私はまだ死にたくない。

その二つの願いが並んでいることが、こんなにも苦しいとは思わなかったわ」

 

学は妹を見つめたが、簡単に返せる言葉はなかった。

 

「私は誰かに戦ってほしいわけじゃない。

でも、誰も動かなければ私は死ぬかもしれないし、麗華さんも同じでしょう。

だから誰かが動いて、誰かが傷ついていく。命って、こんなに重いものだったのね」

 

「最初から重かった」

 

「そうね。でも、失いそうになって初めて分かるなんて、嫌になるわ」

 

鈴音は夜明け前の薄い光が滲む窓へ視線を向けた。

 

同じ頃、二階堂グループ系列病院でも、二階堂麗華が眠れずにいた。

 

病室の照明は落とされていたが、彼女の目は開いたままだった。

 

隣の椅子では彩が眠っている。

 

泣き疲れたのだろう。

 

眠っていても姉の指を離そうとせず、両手で包み込むように握っていた。

 

麗華は妹の寝顔を眺めながら、自分が死ねば彩はどうなるのか、

二階堂家や会社はどうなるのか、

源蔵やツキや海斗はどんな未来を歩むのかと考え続けていた。

 

どれも重い問題だったが、その中でも最も強く胸を締め付けるのは海斗のことだった。

 

扉が静かに開き、ツキが病室へ入ってきた。

 

「起きていたのですか」

 

「あなたも眠っていないのでしょう」

 

「私はメイドですから」

 

「便利な言葉ね」

 

「麗華様ほどではありません」

 

麗華は少しだけ笑い、ツキはベッドの横へ立った。

 

しばらく言葉のない時間が続いた後、麗華が尋ねる。

 

「海斗は?」

 

ツキがわずかに答えに詰まったことで、麗華にはすべてが分かった。

 

「また綾小路くんと戦ったのね」

 

「はい」

 

「人工心臓は無事なの?」

 

「破損はしていません。ただし、緊急点検が必要となりました」

 

麗華は目を閉じ、震える声で呟いた。

 

「本当に馬鹿ね」

 

「はい」

 

「どうして止まらないの」

 

「麗華様を失うことが怖いからです」

 

ツキの答えはあまりにも真っ直ぐだった。

 

「あなたは海斗に甘いのね」

 

「甘くありません。私は海斗を止めたいと思っています。

ただ、海斗が抱えている恐怖も分かります」

 

ツキは声を落として続けた。

 

「海斗は強いですが、強いから壊れないわけではありません。

むしろ強いからこそ、限界を越えても止まらず、自分が壊れるところまで無理をします。

今の海斗は、戻り方そのものが分からなくなっています」

 

麗華の目が揺れた。

 

「なら、どうすればいいの?」

 

「分かりません」

 

ツキは珍しく、自分の無力さを隠さなかった。

 

「止めると言いました。

でも、どうすれば海斗を本当に止められるのか、私にも分かりません」

 

麗華は彩の手を握り返し、当主ではなく、一人の女性として呟いた。

 

「私にも分からないわ」

 

夜明けを迎えた二階堂グループ本社の屋上では、海斗が一人で街を見下ろしていた。

 

黒いロングコートは、教会と医療研究棟での戦いによって裂け、

何度も弾丸や破片を掠めた跡が残っている。

 

それでも海斗は、そのコートを捨てなかった。

 

ロングコートの悪魔。

 

誰が最初に呼び始めたのかは知らなかったが、

今の自分には似合っているようにさえ思えた。

 

指には包帯が巻かれ、頬にも傷があり、身体の至るところに痛みが残っている。

 

それでも眠ることはできなかった。

 

目を閉じれば、教会や地下保管ホールで銃を向け合った綾小路の姿が浮かび、

そのさらに向こうには、白銀禁止区域や雪山で背中を預け合っていた頃の記憶が蘇る。

 

綾小路を憎んでいるわけではない。

 

むしろ、海斗は綾小路の気持ちを理解していた。

 

だからこそ、余計に苦しかった。

 

「理解できる敵ってのは、最悪だな」

 

海斗が呟くと、背後の扉が開き、源蔵が現れた。

 

「朝霧」

 

「源蔵さん」

 

源蔵は海斗の隣へ立ち、夜明けの街へ視線を向けた。

 

「身体は動くのか」

 

「まだ動きます」

 

「休めとは言わん。言っても聞かないだろうからな」

 

「よく分かってますね」

 

源蔵は表情を変えずに言った。

 

「N-HEARTの点検結果は昼には出る」

 

「使えるんですか」

 

「分からん。もし使用不能と判断されれば、麗華も堀北鈴音も助からない」

 

海斗の手に力が入る。

 

「分かってます」

 

「なら、これ以上人工心臓を戦場にするな。

お前も綾小路も、守るために戦っているつもりなのだろう。

しかし、その戦いが守るべきものを壊しかけている」

 

「皮肉ですね」

 

海斗は短く笑ったが、その笑いには力がなかった。

 

「でも、じゃあどうすればいいんですか。

話し合って決められる問題じゃないでしょう。公平に抽選するのか、

医療的な優先順位で決めるのか、二階堂家の責任を理由に麗華を選ぶのか。

そんな方法で麗華が死んだら、オレは一生納得できない」

 

「私もだ」

 

源蔵の声が低く沈む。

 

「私も、麗華を失えば一生納得できん」

 

海斗が横を見ると、そこにいたのは巨大企業グループの元当主ではなく、

娘を失うかもしれない一人の父親だった。

 

「だからこそ、お前を責めきれない。しかし、認めることもできない。それが今の私だ」

 

源蔵は去り際に海斗を振り返った。

 

「朝霧。麗華を守りたいなら、生きて戻れ」

 

海斗はわずかに目を伏せた。

 

その言葉は、麗華が自分へ告げたものと同じだった。

 

一方、大学病院の屋上では、綾小路が昇り始めた朝日を見ていた。

 

肩、脇腹、腕には前日の戦闘による鈍い痛みが残っている。

 

しかし、本当に問題なのは身体ではなかった。

 

海斗を止めることができず、人工心臓も奪えず、

それどころか二人の戦いによって壊しかけた。

 

自分は何をしているのか。

 

今さらのように、その問いが浮かんでいた。

 

それでも、答えは変わらない。

 

堀北を助ける。

 

綾小路にとっては、ただそれだけだった。

 

屋上の扉が開き、坂柳有栖が杖をつきながら現れた。

 

「おはようございます、綾小路くん」

 

「早いな」

 

「あなたもです」

 

坂柳は隣へ立ち、眼下の街を眺めた。

 

「N-HEARTの点検結果は昼に出ます。おそらく使用可能と判断されるでしょう」

 

「おそらく、か」

 

「昨日の衝撃によって、制御系の一部に負荷が掛かっています。

手術に使用できる可能性は高いですが、次に同じことが起きれば、今度こそ破損するでしょう」

 

綾小路は黙っていた。

 

「あなたと朝霧さんが人工心臓の近くで戦えば、

堀北さんも麗華さんも失います。本当に分かっていますか」

 

「ああ」

 

「なら、どうするつもりですか」

 

綾小路は朝日を見たまま答えた。

 

「人工心臓から離れた場所で決着をつける」

 

坂柳は目を細めた。

 

「戦うのですね」

 

「ああ」

 

「勝敗はつくと思いますか」

 

「分からない」

 

「あなたがそう答えるとは珍しいですね」

 

「海斗が相手だからな」

 

坂柳は目を伏せた。

 

「あなたがそこまで認める相手は、そう多くありません。だからこそ、悲しいですね」

 

綾小路は何も答えなかった。

 

昼になり、N-HEART 01の点検結果が出た。

 

使用可能。

 

ただし、保管環境を再調整し、移植手術の準備を再開するには二十四時間を要する。

 

手術予定は二日後。

 

つまり、綾小路と海斗が動ける時間は、あと一日しか残されていなかった。

 

その意味を、関係者全員が理解していた。

 

人工心臓を傷つけず、周囲の人間を巻き込まず、

互いの意思だけを完全にぶつける最後の決闘が近づいている。

 

場所を指定したのは海斗だった。

 

旧港湾地区。

 

再開発前の廃倉庫街。

 

周囲に人影はなく、コンテナや倉庫が遮蔽物となり、

銃撃戦にも格闘戦にも十分な空間がある。

 

何より、第三者に邪魔される可能性が低かった。

 

綾小路は、その指定を受け入れた。

 

夕方、綾小路は鈴音の病室を訪れた。

 

鈴音は、彼の表情を見ただけで何をするつもりなのか察していた。

 

「行くのね」

 

「ああ」

 

「止めても?」

 

「行く」

 

「そう」

 

鈴音は目を閉じ、短い沈黙の後で言った。

 

「私は生きたい。でも、あなたにも生きていてほしいし、

海斗さんにも死んでほしくない。麗華さんにも助かってほしい」

 

綾小路は一つ一つの言葉へ「ああ」と答えた。

 

鈴音は苦笑する。

 

「欲張りね、私は」

 

「普通だ」

 

「そうかもしれないわね」

 

鈴音は窓の外を見た後、綾小路へ視線を戻した。

 

「戻ってきなさい」

 

綾小路は少し黙った。

 

「約束はできない」

 

「知っているわ。それでも言わせて」

 

鈴音の目に涙はなかった。

 

しかし、その声は強くも弱くもなく、ただ真っ直ぐだった。

 

「戻ってきなさい、綾小路清隆」

 

それは命令ではない。

 

願いだった。

 

綾小路は目を伏せた後、静かに答えた。

 

「分かった」

 

同じ頃、海斗は麗華の病室の前に立っていた。

 

入るべきか、それとも何も言わずに行くべきか、珍しく迷っていた。

 

やがて扉を開けると、麗華は起きていた。

 

「来ると思っていたわ」

 

「そうか」

 

「行くのね」

 

「ああ」

 

「止めても行くのでしょう」

 

「ああ」

 

麗華は小さく息を吐いた。

 

「もう怒る気力もないわ」

 

「悪い」

 

「謝るなら行かないで」

 

「それはできない」

 

「知っているわ」

 

麗華は、裂けたロングコートと傷だらけの顔、昔の軽さを失った海斗の目を見つめた。

 

それでも、そこにいるのは海斗だった。

 

不器用で、愚かで、どうしようもなく優しく、自分を守ろうとしている男だった。

 

「海斗。私は、あなたを許さないかもしれない」

 

「そうか」

 

「あなたが綾小路くんを傷つけたら。鈴音が死んだら。

そして、あなたが帰ってこなかったら、絶対に許さない」

 

海斗は少しだけ笑った。

 

「それは困るな」

 

「困りなさい」

 

「分かった」

 

麗華は目を伏せ、震える声で続けた。

 

「でも、帰ってきなさい。どんな顔でも、

どんな結果でもいいから、あなたには生きて戻ってきてほしい」

 

海斗の表情が止まった。

 

しばらく何も言えなかったが、やがてゆっくりと頷く。

 

「努力する」

 

「あなたの努力は信用できないわ」

 

「ひでぇな」

 

「本当のことよ」

 

その瞬間だけ、二人の間に昔の空気が戻った。

 

海斗は扉へ向かって歩き出したが、麗華がもう一度名前を呼ぶ。

 

「海斗」

 

「何だ」

 

「本を読みなさい」

 

海斗は振り返った。

 

「今それを言うのか」

 

「今だからよ。帰ってきたら、庭で本を読みなさい。いつものように、ツキに怒られながら」

 

海斗は目を伏せ、短く答えた。

 

「ああ」

 

夜。

 

旧港湾地区の廃倉庫街には、冷たい海風が吹いていた。

 

錆びたコンテナが並び、崩れかけた倉庫の窓には割れたガラスが残り、

水たまりには遠くの湾岸線の灯りが揺れている。

 

ここなら誰も巻き込まない。

 

人工心臓も傷つけない。

 

二人だけで戦える。

 

海斗は先に到着していた。

 

黒いロングコートを着て、二丁のベレッタ、イングラムM11、

予備弾倉、ナイフを携えている。ただし、表情に怒りはなかった。

 

あるのは覚悟だけだった。

 

やがて、コンテナの間から綾小路が姿を現した。

 

腰にはガバメントを携え、手にはスパス12を持っている。

 

二人は廃倉庫街の中央で向き合った。

 

「来たか」

 

「ああ」

 

「逃げてもよかったんだぞ」

 

「お前こそ」

 

「逃げるわけねぇだろ」

 

「知っている」

 

海斗は小さく笑った。

 

「だよな」

 

海風が二人の間を抜け、コンテナの隙間で金属が軋んだ。

 

「ここなら人工心臓は壊れねぇし、誰も巻き込まない。つまり、言い訳はもうない」

 

海斗がベレッタを抜く。

 

綾小路もガバメントを構えた。

 

「そうだな」

 

二人は同時に引き金を引いた。

 

銃声が廃倉庫街へ響き渡り、海斗は左右へ動きながら二丁拳銃を連射した。

 

綾小路はコンテナの陰へ身体を隠し、海斗の射線を読みながら正確に撃ち返す。

 

弾丸が錆びた鉄板を穿ち、火花を散らす。

 

水たまりへ撃ち込まれた弾丸が泥水を高く跳ね上げ、

暗闇の中で二人の影が何度も現れては消えた。

 

海斗はロングコートを翻しながら走り、

綾小路はコンテナや倉庫の柱、暗がりを利用して姿を消す。

 

「相変わらず消えるのが上手ぇな!」

 

別方向から綾小路の声が返る。

 

「お前は目立ちすぎる」

 

「悪魔だからな」

 

「似合っていない」

 

海斗は笑った。

 

「ツキにも言われたよ」

 

その瞬間、綾小路が横から飛び出し、スパス12を発砲した。

 

轟音とともに散弾がコンテナへ叩き込まれ、無数の穴を開ける。

 

海斗は床を転がって直撃を避け、起き上がると同時にイングラムM11を抜いた。

 

連射された弾丸が綾小路のいた場所を薙ぎ払い、コンテナ全体が火花を噴く。

 

綾小路は低く走って倉庫内部へ入り、海斗も追った。

 

倉庫内では、天井から吊り下げられた古い照明が揺れ、

床には水たまりや壊れたパレット、錆びた機械が散乱している。

 

二人の足音が、広い空間へ何重にも反響した。

 

「綾小路!」

 

「何だ」

 

「最後に聞く。まだ退く気はねぇか!」

 

「ない」

 

綾小路の答えと同時に銃声が響く。

 

海斗は笑いながら撃ち返したが、その笑いには楽しさがなかった。

 

泣く代わりの笑いだった。

 

綾小路がスパス12を撃ち、倉庫の柱が砕けた。

 

天井の一部が軋み、鉄骨が大きく揺れる。

 

海斗が弾丸を避けた先で、散弾の一部が古い燃料缶へ命中した。

 

火花が走った直後、小さな爆発が起こり、炎が床を這うように広がった。

 

海斗は爆風によって身体を押され、綾小路も腕で顔を庇った。

 

燃え移った炎が木製パレットを包み、煙が天井付近へ広がっていく。

 

「また燃やすのかよ!」

 

「お前が避けたからだ」

 

「責任転嫁すんな!」

 

二人は炎の中で撃ち合い続けた。

 

火花、硝煙、赤い炎、連続する銃声が倉庫内を満たし、

熱を受けた鉄骨が悲鳴のような音を上げる。

 

古い照明が天井から落下し、床へ砕けて火花を散らした。

 

海斗は燃え上がる炎を背に、両手のベレッタを構えた。

 

黒いロングコート。

 

赤い炎。

 

硝煙。

 

鋭い視線。

 

その姿は、本当にロングコートの悪魔と呼ぶにふさわしかった。

 

綾小路は海斗を見ながら、ほんの一瞬だけ考えた。

 

海斗をここまで追い込んだのは何なのか。

 

運命か。

 

山内の遺産か。

 

それとも自分なのか。

 

答えは出なかった。

 

海斗が撃つ。

 

綾小路が避け、撃ち返す。

 

弾丸が海斗の肩を掠め、ロングコートの布だけを裂いた。

 

海斗は止まらずに距離を詰め、綾小路も正面から前へ出る。

 

二人は同時に発砲した。

 

ベレッタとガバメントの銃声が重なり、弾丸が互いの肩口を紙一重で掠めていく。

 

二人は同時に左右へ飛び、一瞬前まで立っていた場所へ銃弾が突き刺さった。

 

互いの射線を読んでいるから当たらない。

 

いや。

 

どこかで当てられない。

 

海斗はコンテナの陰へ滑り込み、綾小路は燃えた鉄骨の裏へ身を沈めた。

 

荒い呼吸を繰り返していても、引き金を引く指だけは止まらない。

 

海斗が遮蔽物から身を乗り出し、左右のベレッタを同時に撃った。

 

四発の弾丸が鉄骨を削る。

 

綾小路は地面すれすれまで身体を低くして射線から外れ、ガバメントを三発撃った。

 

狙ったのは海斗ではない。

 

海斗の背後にあるコンテナの固定具だった。

 

金属製の固定部品が砕け、巨大なコンテナが傾き始める。

 

「うおっ!?」

 

海斗は横へ飛び出した。

 

直後、コンテナが轟音とともに地面へ激突し、火花と砂煙を巻き上げた。

 

綾小路はその隙を逃さず前進する。

 

ガバメントを構える。

 

海斗も転がった姿勢から起き上がり、ベレッタを向けた。

 

再び銃声が重なり、互いの弾丸が空中で交差する。

 

背後のドラム缶が撃ち抜かれ、可燃性の液体が飛び散った。

 

炎がそれを追うように地面を走り、二人の間へ赤い壁を作る。

 

それでも海斗は止まらず、炎を飛び越えた。

 

ロングコートが空中で広がり、両手のベレッタが火を吹く。

 

綾小路は身体を捻り、三発の弾丸を避けたが、一発が頬を掠め、細い血の線が飛んだ。

 

それでも止まらない。

 

綾小路も撃ち返し、海斗のロングコートの肩を裂く。

 

黒い布片が炎の中へ舞った。

 

海斗は笑う。

 

「やっと当たったな!」

 

「次は外さない」

 

「言うじゃねぇか!」

 

二人は走った。

 

撃ちながら。

 

避けながら。

 

十メートルあった距離が八メートル、五メートルと縮まり、

ついには互いの表情まで見える距離へ入る。

 

海斗は右。

 

綾小路は左。

 

二人は同時に鉄骨の陰へ飛び込み、

互いの位置を完全に把握したまま、ほとんど同時に飛び出した。

 

ベレッタ。

 

ガバメント。

 

連続する発砲音。

 

薬莢が床へ降り注ぎ、煙と炎が揺れ、海風が吹き込む。

 

その直後、倉庫の一部が崩れ、火柱が二人の背後へ噴き上がった。

 

赤い光に照らされた光景は、まるで地獄そのものだった。

 

それでも、二人の視界には互いしか映っていなかった。

 

海斗が最後の弾倉を撃ち尽くし、綾小路も残っていた弾丸をすべて放つ。

 

どちらも退かない。

 

どちらも譲らない。

 

守るべきもののために、ただ前へ進む。

 

やがて、海斗のベレッタのスライドが後退したまま止まり、

綾小路のガバメントからも弾は出なくなった。

 

二人は空になった銃を同時に収めた。

 

残された武器は、拳だけだった。

 

炎の中で二人は正面からぶつかった。

 

海斗の拳が綾小路の腹部へ入り、綾小路は膝蹴りを返す。

 

海斗が膝で受け、綾小路が肘を振り、海斗が頭突きを叩き込む。

 

互いの身体が錆びた倉庫の壁へ叩きつけられ、薄い鉄板が大きく歪んだ。

 

煙が肺を刺し、熱によって呼吸することさえ苦しくなっている。

 

それでも二人は止まらない。

 

「麗華を助ける!」

 

海斗が叫びながら拳を振るう。

 

「堀北を助ける!」

 

綾小路も拳を返した。

 

互いの拳が相手を打ち、どちらも退かない。

 

倉庫の奥では炎がさらに広がり、熱に耐え切れなくなった天井の鉄骨が落下した。

 

巨大な鉄材が二人のすぐ横へ激突し、床を揺らしながら大量の火花を散らす。

 

それでも戦いは続いた。

 

しかし、限界は確実に近づいていた。

 

海斗の呼吸は激しく乱れ、綾小路の足元もわずかに揺れている。

 

痛みと疲労によって動きは鈍くなっていたが、それでも倒れようとはしなかった。

 

倒れれば負ける。

 

負ければ、守れない。

 

二人はもつれ合うように倉庫の外へ転がり出た。

 

外には雨ではなく、冷たい海風が吹いていた。

 

背後では倉庫全体が燃え上がり、赤い炎が夜空と二人の身体を照らしている。

 

海斗が片膝をつく。

 

綾小路も少し離れた場所で片膝をついた。

 

二人とも、もう限界だった。

 

それでも海斗は笑った。

 

「決着、つかねぇな」

 

綾小路は荒い呼吸を整えながら答えた。

 

「ああ」

 

「何回やっても」

 

「ああ」

 

「ムカつくな」

 

「同感だ」

 

その直後、海斗が地面を蹴った。

 

疲労を感じさせない鋭い踏み込みで綾小路の懐へ飛び込み、右拳を一直線に振るう。

 

綾小路は前腕を上げて受け止めた。

 

鈍い衝撃が骨まで響く。

 

しかし、受けた瞬間には綾小路も左拳を返していた。

 

海斗は首を傾け、頬を掠めるだけで避けたが、そのまま肩から綾小路へぶつかる。

 

綾小路の身体が数歩後退し、背後から燃え上がる倉庫の熱風が吹きつけた。

 

二人の戦いは、もはや技術や優劣を競うものではなかった。

 

互いの執念と執念を、最後までぶつけ合うための戦いになっていた。




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