ザ・ダイハード・マスターピース 作:EXTERMINATION
夜明け前だった。
旧港湾地区の空は、薄い灰色に染まり始めていた。
燃え落ちた倉庫から黒煙が立ち上り、焼けた鉄骨が赤く燻っている。
その前に、綾小路清隆と朝霧海斗は立ち尽くしていた。
互いに満身創痍だった。
服は裂け、身体中に打撲があり、銃弾が掠めた跡も残っている。
だが今は、そんな痛みなど遠かった。
二人のスマートフォンから、それぞれ別の声が届いていた。
『鈴音が危篤だ』
堀北学の声。
『麗華様が危篤だ』
ツキの声。
その二つの言葉が、夜明け前の空気を凍らせた。
海斗が先に動いた。
「……嘘だろ」
声が震えていた。
綾小路は何も言わない。
言えなかった。
勝敗。
人工心臓。
決着。
そんな言葉が、一瞬で意味を失っていく。
海斗はスマートフォンを握り締めた。
「麗華……」
その名を呟いた瞬間、張り詰めていたものが崩れた。
「クソが……!」
海斗は近くの鉄骨を蹴った。
鈍い音が響く。
だが怒りのぶつけ先など、どこにもない。
山内はもういない。
ブラックルームもない。
ホワイトルームもない。
倒すべき敵はどこにもいない。
あるのは、ただ進行する病と、間に合わなかった現実だけだった。
綾小路が短く言った。
「行くぞ」
海斗は顔を上げる。
二人の視線がぶつかる。
もう敵意はなかった。
互いを止める理由も、奪う理由も、撃つ理由も、その瞬間だけは消えていた。
あるのは焦燥だけ。
「病院だ」
「ああ」
二人は走り出した。
もう戦っている場合ではなかった。
勝敗などどうでもよかった。
ただ、間に合ってほしかった。
それだけだった。
大学病院。
集中治療室前。
堀北学は壁にもたれていた。
普段の彼なら、どんな状況でも姿勢を崩さない。
だが今は違った。
握り締めた拳。
血の気のない顔。
妹を救えない兄の顔だった。
坂柳有栖が静かに歩いてきた。
杖の音が廊下に響く。
「状況は」
学が聞いた。
坂柳は一瞬だけ言葉を選ぶ。
「良くありません」
「人工心臓は」
「間に合いません」
その言葉は、あまりにも重かった。
「仮に今すぐ移植しても、身体が耐えられる保証がありません」
学は目を閉じた。
「そんな答えを聞きたかったわけじゃない」
「分かっています」
坂柳の声にも、いつもの余裕はなかった。
「ですが、それが現実です」
学は深く息を吐く。
「俺は兄なのにな」
坂柳は何も言わない。
「妹一人、守れない」
その声は静かだった。
静かだからこそ、痛かった。
二階堂グループ系列病院。
集中治療室前。
彩は泣いていた。
椅子に座り、顔を覆い、子供のように泣いていた。
源蔵は黙って立っている。
ツキは壁際にいる。
誰も言葉を出さない。
医師が出てきた。
その顔を見ただけで、全員が察した。
良くない。
「会えますか」
源蔵が聞いた。
医師は沈黙した後、頷いた。
「短時間なら」
その時、廊下の奥から足音が響いた。
海斗だった。
ロングコートは裂け、顔には傷、息は荒い。
彩が立ち上がる。
「海斗さん……!」
海斗は返事をしない。
医師を見る。
「麗華は」
医師は答えられない。
それだけで十分だった。
海斗は低く言った。
「会わせろ」
同じ頃。
大学病院へ綾小路が到着した。
廊下を走る。
人生で、こんなに時間が遅いと感じたことはなかった。
集中治療室前で学が顔を上げる。
綾小路を見た。
何も言わない。
言えない。
坂柳が静かに言った。
「来ましたか」
「ああ」
「遅かったですね」
綾小路は答えない。
坂柳は目を伏せる。
「私もです。もっと早く答えを見つけるべきでした」
「坂柳」
「ですが、見つけられませんでした」
その言葉に、誰も反論できなかった。
扉が開く。
看護師が顔を出した。
「ご家族の方、どうぞ」
学が歩き出す。
途中で立ち止まり、綾小路を見た。
「来い」
それだけだった。
集中治療室。
白い部屋。
薬品の匂い。
機械音。
そしてベッドの上に、堀北鈴音がいた。
綾小路は一瞬、足を止めた。
数日前まで普通に話していた鈴音とは違っていた。
顔色は青白く、呼吸は浅く、身体にはいくつもの管が繋がれている。
それでも、目を開けた彼女は確かに堀北鈴音だった。
鈴音は学を見た。
そして綾小路を見た。
少しだけ笑う。
「来たのね」
綾小路は頷く。
「遅いわ」
「……そうか」
「ええ。本当に遅い」
その声は弱い。
だが、皮肉を言う余裕だけは残っていた。
学が椅子に座り、鈴音の手を握る。
「鈴音」
「兄さん」
「何だ」
「泣いているの?」
「泣いていない」
「嘘ね」
学は何も返せなかった。
鈴音は小さく笑う。
「昔から、そういう嘘は下手だったもの」
その一言で、学の表情が崩れかけた。
一方。
麗華の病室。
海斗はベッドの横に立っていた。
麗華もまた弱っていた。
顔色は白く、呼吸は細い。
だが、海斗を見ると、彼女は微かに笑った。
「ひどい顔」
海斗は答えられなかった。
「鏡、見た?」
「見てねぇ」
「見ない方がいいわね」
「お前な……」
いつものように返そうとした。
だが声が詰まった。
海斗は椅子に座り、麗華の手を握る。
冷たかった。
その冷たさが、海斗の心臓を直接掴んだ。
「麗華」
「何」
「オレ……」
謝りたい。
守れなかったと。
戦ってしまったと。
綾小路と殺し合いかけたと。
街を壊し、教会を壊し、研究棟を壊し、それでも何も守れなかったと。
だが、言葉にならない。
麗華は静かに言った。
「負けたの?」
海斗は顔を歪める。
「分かんねぇ」
「そう」
「決着、つかなかった」
「でしょうね」
麗華は目を閉じる。
「あなたたちらしい」
その言葉が、海斗には何より痛かった。
決着はつかなかった。
だが、守るべきものは失われようとしている。
鈴音は学の手を握ったまま、綾小路を見た。
「綾小路くん」
「何だ」
「私、まだ生きたかったわ」
あまりにも素直な言葉だった。
綾小路の胸が静かに沈む。
「大学も、もう少し通いたかった」
「……」
「兄さんと学食に行って、またカレーが不味いとか言いたかった」
学が顔を伏せる。
鈴音は続ける。
「森下さんのうるさい連絡にも、もう少し呆れていたかった」
「……」
「あなたとも、もう少し話したかった」
綾小路は何も言えなかった。
鈴音は苦笑する。
「こういう時くらい、何か言いなさいよ」
「すまない」
「謝るのは違うわ」
「……」
「でも、そうね」
鈴音は息を整える。
「謝るなら、私じゃなくてあなた自身に謝りなさい」
綾小路が顔を上げる。
「あなた、自分を責めるでしょう」
「……」
「やめなさい」
それは命令に近かった。
「これはあなたのせいじゃない」
「だが」
「聞きなさい」
弱い声なのに、確かな強さがあった。
「私は生きたいと言った。でも、あなたに壊れてほしいとは言っていない」
綾小路は目を伏せる。
鈴音は続ける。
「だから、生きなさい」
「堀北」
「私の分まで、なんて言わないわ。重いもの」
少しだけ笑う。
「あなたはあなたとして生きなさい。綾小路清隆として」
その言葉は、綾小路の奥深くへ沈んでいった。
麗華もまた、海斗に言っていた。
「海斗」
「何だ」
「本を読みなさい」
海斗は顔を上げる。
「またそれかよ」
「ええ」
「今言うことか」
「今だからよ」
麗華は微かに笑う。
「庭で。いつものベンチで。ツキに怒られながら」
海斗は唇を噛む。
「彩に呆れられて」
「……」
「お父様に仕事を押し付けられて」
「……」
「そういう毎日に戻りなさい」
海斗は首を横に振る。
「お前がいなきゃ意味ねぇだろ」
「あるわ」
「ねぇよ」
「ある」
麗華は強く言った。
「私がいなくても、あなたの人生は続く」
「そんなもん」
「続けなさい」
海斗は何も言えなかった。
「私を守れなかったから終わり、なんて許さない」
「麗華」
「あなたは私のボディガードでしょう」
「……ああ」
「なら最後の命令よ」
麗華は海斗を見る。
「生きなさい」
海斗の表情が崩れた。
「無茶言うなよ……」
「いつもあなたが私に言っていたでしょう」
「こんな時に返すな」
「返すわ」
麗華は静かに笑った。
その笑顔が、海斗には眩しすぎた。
集中治療室の外では、森下藍が泣いていた。
坂柳は壁に背を預け、小さな拳を強く握っている。
誰もが無力だった。
森下が震える声で言う。
「嫌です……こんなの……」
坂柳は何も言えない。
森下は続ける。
「綾小路清隆も、朝霧海斗も、あんなに戦ったのに……何で……」
それが答えのない問いだと分かっていても、言わずにはいられなかった。
坂柳は静かに言った。
「戦えば勝てる相手ではなかった、ということです」
「そんなの……」
「ええ」
坂柳は目を閉じる。
「私も嫌いです。この結末は」
二階堂側の廊下では、彩がツキに支えられていた。
源蔵と尊徳は黙ったまま、病室の扉を見ている。
父として、中に入りたかった。
尊徳は初恋の相手として。
だが今、麗華が最後に話したい相手は海斗だと分かっていた。
だから待つ。
源蔵は待つことしかできなかった。
彩が震える声で言った。
「お姉様、死んじゃうんですか……?」
ツキは答えられない。
その沈黙が答えだった。
彩は泣き崩れた。
ツキはその背中を支えながら、自分も泣きそうになるのを必死に堪えていた。
鈴音の呼吸が、少しずつ浅くなっていく。
機械音が変わる。
学が医師を見る。
医師は無言で頷く。
もう長くない。
鈴音は綾小路を見た。
「綾小路くん」
「何だ」
「海斗さんを恨まないで」
「……」
「彼も同じだったのでしょう」
綾小路は静かに答える。
「ああ」
「麗華さんを助けたかった」
「ああ」
「なら、恨まないで」
「分かった」
鈴音は安心したように目を細める。
「兄さん」
「ここにいる」
「ありがとう」
学の手が震える。
「私は、兄さんの妹でよかった」
その言葉で、学の目から涙が落ちた。
鈴音は微かに笑う。
「やっぱり泣いてるじゃない」
学は何も言えなかった。
鈴音は最後に綾小路を見る。
「あなたにも、ありがとう」
綾小路は答えようとした。
だが声が出ない。
鈴音は目を閉じた。
「平和って……悪くなかったわね」
それが、最後の言葉だった。
心電図の音が変わった。
医師が動く。
看護師が動く。
だが、誰もが分かっていた。
堀北鈴音は、静かに息を引き取った。
麗華の病室でも、同じ時が近づいていた。
麗華は海斗の手を握っている。
力はほとんどない。
「海斗」
「ここにいる」
「彩をお願い」
「……ああ」
「ツキも」
「ああ」
「お父様も」
「それは本人に言え」
麗華は微かに笑った。
「あなたらしい」
海斗は涙を堪えきれなかった。
麗華はそれを見て、少しだけ満足そうに言った。
「泣けるのね」
「うるせぇ」
「よかった」
「何がだよ」
「まだ人間で」
その言葉に、海斗は完全に崩れた。
「麗華……」
「大丈夫」
「大丈夫じゃねぇよ」
「大丈夫よ」
麗華はゆっくり目を閉じる。
「私は、あなたに守られていたわ」
「守れてねぇ」
「守ってくれた」
「違う」
「違わない」
麗華の声は弱い。
それでも、確かだった。
「ありがとう、海斗」
海斗は首を振る。
「言うな」
「ありがとう」
「言うなよ……」
麗華は最後に微笑む。
「本、読みなさいね」
その言葉を最後に、二階堂麗華の手から力が抜けた。
海斗はその手を握り続けた。
心電図の音が変わる。
医師が動く。
彩の泣き声が廊下から聞こえる。
源蔵と尊徳が目を閉じる。
ツキが口元を押さえる。
海斗は動かなかった。
麗華の手を握ったまま、ただ俯いていた。
その日。
ほぼ同じ時刻に。
堀北鈴音と二階堂麗華は、この世を去った。
人工心臓は一基だけ残された。
使われることのないまま。
誰も救えないまま。
世界に一つだけの希望は、希望である必要を失った。
数時間後。
坂柳有栖は、二つの死亡報告を前に座っていた。
彼女は長く目を閉じていた。
敗北。
その言葉が浮かぶ。
医療の敗北。
知略の敗北。
人間の敗北。
自分の敗北。
「見つけられませんでしたね」
小さく呟く。
誰もいない部屋。
彼女の声だけが落ちる。
「答えを」
堀北学は病院の廊下で一人立っていた。
妹の最後の言葉が頭から離れない。
私は、兄さんの妹でよかった。
その言葉が、学を救うどころか、深く傷つけていた。
もっとできることがあったのではないか。
もっと早く動けたのではないか。
もっと強ければ。
もっと賢ければ。
答えはない。
ただ、妹はもういない。
二階堂源蔵は、麗華の病室前で立っていた。
彩は泣き疲れて眠っている。
ツキと尊徳は壁際で黙っている。
海斗はまだ病室から出てこない。
源蔵は扉を見つめた。
父としての後悔が、胸を押し潰す。
当主としては何度も決断してきた。
だが娘の命には届かなかった。
それが、これほど重いとは思わなかった。
森下藍は泣き続けていた。
怒鳴る相手もいない。
責める相手もいない。
山内春樹は死んでいる。
病気は喋らない。
運命は答えない。
だから、涙だけが止まらなかった。
夕方。
綾小路清隆は病院を出た。
誰とも話さなかった。
学とも。
坂柳とも。
森下とも。
何を言っても、何も変わらないからだ。
同じ頃。
海斗も病院を出た。
ロングコートは着ていなかった。
手には何も持っていない。
ベレッタもない。
イングラムもない。
ただ、空っぽのように歩いていた。
二人が再び会ったのは、夜だった。
あの教会。
鳩が舞い、ステンドグラスが砕け、二人が初めて本気で銃を向け合った場所。
壊れた扉は応急処置されていた。
砕けたステンドグラスの一部はまだ残っている。
床には掃除しきれなかった小さなガラス片が光っていた。
教会内部は静かだった。
以前のような銃声はない。
鳩が数羽、天井近くで羽を休めているだけだった。
海斗は祭壇前に立っていた。
綾小路が入ってくる。
二人は言葉もなく、向かい合った。
しばらく沈黙が続いた。
やがて海斗が言った。
「終わったな」
綾小路は頷く。
「ああ」
「何も守れなかった」
「……ああ」
海斗は小さく笑った。
笑いになっていなかった。
「散々撃ち合って、車壊して、街燃やして、教会も研究棟も滅茶苦茶にして」
綾小路は黙っている。
「結局、守れなかったな」
その声は、掠れていた。
綾小路は目を伏せる。
「……ああ」
それだけだった。
それ以上の言葉はなかった。
謝罪も。
慰めも。
怒りも。
何も意味を持たない。
海斗は腰からベレッタを一丁取り出した。
弾は入っていない。
彼はそれを祭壇前の床に置いた。
金属音が小さく響く。
綾小路もガバメントを取り出した。
同じように、床へ置く。
二丁の銃が並んだ。
かつて互いへ向けられた銃。
今は誰も撃たない。
撃つ相手も、守る相手も、もういない。
海斗は天井を見上げた。
鳩が一羽、羽ばたいた。
白い羽根が静かに落ちる。
「なあ、綾小路」
「何だ」
「もし、もう一回戻れたら」
そこで言葉が止まる。
海斗は首を横に振った。
「いや、やめた」
綾小路も何も言わない。
戻れない。
その答えは分かりきっている。
過去には戻れない。
白銀禁止区域の決戦にも。
ホワイトルームの雪山にも。
大学の穏やかな昼休みにも。
二階堂邸の庭で海斗が本を読んでいた午後にも。
堀北鈴音が「平和ね」と呟いたあの日にも。
戻れない。
海斗は言った。
「オレはしばらく消える」
「そうか」
「彩とツキには悪いけどな」
「逃げるのか」
「かもな」
海斗は苦笑した。
「でも今のままじゃ、戻れねぇ」
綾小路は静かに言う。
「本を読め」
海斗が少し目を見開く。
「麗華に言われた」
「そうか」
「お前に言われると腹立つな」
「そうか」
ほんの少しだけ、昔の空気が戻った。
だが、それはすぐ消えた。
海斗は祭壇前のベレッタを見る。
「お前はどうする」
「分からない」
「お前が?」
「ああ」
割れたステンドグラスから差し込む月明かりが、静かに床を照らしていた。
綾小路はしばらく天井を見上げていた。
そして、不意に口を開く。
「海斗」
「何だ」
「海斗は麗華と結婚したかったか?」
海斗は少しだけ目を見開いた。
予想していなかった質問だった。
だが、否定する理由もなかった。
海斗はゆっくりと息を吐く。
そして天井を見上げた。
「……ああ」
短い返事だった。
だが、その一言に全てが詰まっていた。
海斗は苦く笑う。
「こんなに人を好きになることは、もう一生ないと思う」
静かな声だった。
ただ一人の男の本音だった。
「できれば」
海斗は少しだけ視線を祭壇へ向ける。
砕けた長椅子。
散乱した薬莢。
白い羽根。
戦場になった教会。
「できれば、この教会でお前らに祝福されたかった」
綾小路は何も言わなかった。
海斗も続けない。
しばらく沈黙だけが流れる。
その沈黙の中で。
二人はそれぞれ違う未来を見ていた。
あり得たかもしれない未来。
失われた未来。
麗華が笑っていて。
鈴音が呆れていて。
森下が騒いでいて。
ツキが無表情で立っていて。
彩が泣きながら祝福していて。
坂柳が皮肉を言っていて。
そんな未来。
どこにでもある普通の幸せ。
だが今となっては、あまりにも遠い未来。
綾小路はゆっくりと目を閉じた。
「そうか……」
小さく呟く。
そして。
「そうだな」
海斗が視線を向ける。
綾小路は天井を見たまま続けた。
「オレも同じことを思う」
それ以上は言わなかった。
だが海斗には分かった。
綾小路もまた。
鈴音との未来を考えていたのだと。
言葉にすることはなくても。
誰にも話すことはなくても。
確かに願っていたのだと。
海斗は小さく笑う。
「らしくねぇな」
「そうかもしれない」
「お前がそんな話するとは思わなかった」
「オレもだ」
二人は顔を見合わせる。
そして。
ほんの少しだけ笑った。
それは勝者の笑みでも。
敗者の笑みでもなかった。
ただ。
親友同士の笑みだった。
教会の鐘が静かに鳴る。
まるで。
二人の叶わなかった未来へ捧げる鎮魂歌のように。
割れたステンドグラスの隙間から、月明かりが差し込む。
その光が、床に置かれたベレッタとガバメントを照らしていた。
海斗が言った。
「綾小路」
「何だ」
「恨むか」
「誰を」
「オレを」
綾小路は少しだけ考えた。
そして答えた。
「恨まない」
「そうか」
「お前は」
「恨まねぇよ」
海斗は目を伏せる。
「恨めたら楽だったかもな」
「ああ」
「でも恨めねぇ」
「そうだな」
敵ではなかった。
最後まで。
二人は敵になりきれなかった。
だから勝てなかった。
だから守れなかった。
海斗は踵を返した。
教会の出口へ向かう。
途中で一度だけ立ち止まる。
「じゃあな」
「ああ」
「またな、とは言わねぇ」
「そうか」
「今は言えねぇ」
「分かった」
海斗は振り返らずに教会を出て行った。
綾小路は一人残された。
祭壇前。
置かれたベレッタ。
置かれたガバメント。
舞い降りる白い羽根。
静寂。
綾小路はしばらくそこに立っていた。
やがて、鈴音の最後の言葉を思い出す。
あなたはあなたとして生きなさい。
綾小路は目を閉じる。
生きる。
それは、おそらく最も難しい命令だった。
だが、彼女はそう言った。
ならば、従うしかない。
教会の鐘が、夜に一度だけ鳴った。
低く。
静かに。
それは勝利の鐘ではなかった。
敗北の鐘でもなかった。
ただ、終わりを告げる鐘だった。
そして。
銃声と爆炎で始まった物語は、最後に静寂へ辿り着いた。
勝者はいなかった。
悪もいなかった。
黒幕もいなかった。
残ったのは、二つの命を救えなかった二人の男と、床に置かれた二丁の銃だけだった。
鳩が飛び立つ。
白い羽根が夜へ舞う。
綾小路清隆は、最後に一度だけ祭壇を見た。
そして、何も言わずに教会を後にした。
背後に残ったのは、静寂だけ。
誰もいない教会。
砕けたステンドグラス。
床に置かれたベレッタとガバメント。
そして、もう二度と戻らない日々の残響。
BAD END
モチベ維持のために感想・評価をもらえると幸いです。