ザ・ダイハード・マスターピース 作:EXTERMINATION
黒煙が上がっていた。
夕暮れの空を裂くように、港の方角から黒い煙が真っ直ぐ伸びている。
さっきまで聞こえていた笑い声は消えていた。
白い砂浜。
赤く染まる海。
テーブルに並んだ料理。
グラスに残ったジュース。
その穏やかな景色の中心で、誰もが一瞬だけ動きを止めていた。
軽井沢恵が、震えた声で呟く。
「な、なに……?」
一之瀬帆波がすぐに周囲を見る。
「みんな、落ち着いて」
椎名ひよりは胸元に手を当て、黒煙の方角を見つめていた。
森下藍は硬直している。
ツキはジュースを片手に、静かに言った。
「爆発です」
「南国全土がハルマゲドン?」
森下が反射的にボケる。
だが、その声にも余裕はなかった。
二階堂麗華は一瞬で顔を引き締めた。
「港……」
隣の二階堂彩が不安そうに姉を見る。
「お姉様……」
宮川尊徳が彩の前に立つ。
「下がってください」
その声は低かった。
護衛の声だった。
そして。
綾小路清隆は、既に動いていた。
砂浜の端にある案内端末へ向かい、島内マップと警報状況を確認する。
画面には赤い表示がいくつも点滅していた。
港湾エリア。
通信施設。
マリーナ。
外周警備ライン。
複数の異常発生。
綾小路は短く息を吐いた。
「偶発的な事故じゃないな」
堀北鈴音が隣へ来る。
「分かるの?」
「ああ。発生地点が多すぎる。港の爆発だけなら事故の可能性もあるが、
通信施設と外周警備まで同時に異常が出ている」
坂柳有栖も近づいた。
「つまり、最初から島全域を狙った作戦ということですね」
「そうなる」
坂柳は海の方角を見る。
「先ほどの船団と繋がりましたね」
朝霧海斗は、黙って水平線を見ていた。
さっきまで軽口を叩いていた男の顔ではない。
麗華の護衛としての顔だった。
「麗華」
「ええ」
「ここから離れるぞ」
「分かったわ」
麗華はすぐに頷いた。
四年前なら、誰かに守られるだけだったかもしれない。
だが今の麗華は違う。
恐怖はある。
それでも、判断は止めない。
彩が小さく震えている。
尊徳が彩の肩に手を置いた。
「大丈夫だ。俺がいます」
「はい……」
その時、島全域に警報が鳴り響いた。
赤いランプが商業エリアの外壁で点滅する。
続いて、島内放送が流れた。
『緊急警報。港湾エリアにて爆発事故が発生しました。
観光客の皆様は、係員の誘導に従い、
最寄りの避難施設へ移動してください。繰り返します――』
放送はそこで途切れた。
ノイズ。
耳障りな雑音。
そして。
別の声が入った。
低く、楽しげな男の声だった。
『あー、あー、聞こえるか?楽園で休暇中の皆さん』
海斗が目を細める。
「敵さんのご挨拶か」
声は続く。
『こちらはコマンダー。今日からこの島は俺たちのリゾートだ。
招待状は送ってないが、歓迎してくれよ』
軽井沢が青ざめる。
「なにこれ……映画じゃん……」
森下とツキがボケる。
「ピカチュウ『サトシー!』」
「サトシ『ピカー!』」
「映画館で待ってるよ~」
「逆じゃん!?」
軽井沢が即座に突っ込む。
コマンダーの声は、まるで観光案内でもしているかのように明るかった。
『港、通信施設、マリーナ、橋、空港。全部こちらで押さえた。
外へ逃げようなんて考えるなよ。せっかくのバカンスが台無しになる』
綾小路が案内端末を操作する。
通信表示は全て遮断。
外部回線不通。
島内ネットワークも一部しか生きていない。
堀北が問う。
「本当に封鎖されたの?」
「少なくとも外部通信は切られている。橋も危ない」
坂柳が静かに言う。
「島の弱点を把握していますね。内部情報が漏れている可能性があります」
麗華の顔が強張る。
「新技術が目的ね」
綾小路が麗華を見る。
「研究施設にあるのか」
「ええ。正式公開前の共同開発技術が保管されているわ。
医療、エネルギー、通信制御。その中でも特に重要なものがある」
「何だ」
麗華は少しだけ迷い、それでも言った。
「自律分散型エネルギーコア。
小型でも大規模施設を維持できる次世代電源よ。
軍事転用されれば、移動要塞や無人兵器群の運用にも使える」
海斗が舌打ちする。
「面倒なもの作りやがって」
麗華は悔しそうに唇を噛む。
「人を救うための技術よ」
「分かってる」
海斗はすぐに言った。
「責めてるわけじゃねぇ」
その声は柔らかかった。
麗華は小さく頷く。
島内放送から、再びコマンダーの笑い声が響く。
『二階堂グループ、高円寺コンツェルンの関係者は大歓迎だ。
特に麗華お嬢様。あんたの研究施設には、ぜひ案内してもらいたいね』
彩が息を呑む。
「お姉様を……」
尊徳が低く言う。
「狙いは麗華か」
海斗は文庫本を閉じた。
その音が、やけに鋭く響いた。
「分かりやすくて助かる」
軽井沢が海斗を見る。
「海斗……?」
「麗華には指一本触れさせねぇ」
その言葉に、空気が変わった。
朝霧海斗が、完全に護衛の顔になった瞬間だった。
コマンダーの声は、まだ続く。
『それから刑事さん。いるんだろ?休暇中くらい休めよ。
まあ、無理か。そういう顔してる奴は大体働きたがる』
綾小路は無表情で放送を聞いていた。
堀北が横目で見る。
「挑発されているわよ」
「休暇中に仕事を増やされただけだ」
「随分落ち着いているのね」
「慌てても状況は変わらない」
「そういうところは変わらないわね」
綾小路は短く答えた。
「変わったところもある」
「どこが?」
「今は一人で動くつもりはない」
堀北は一瞬、言葉を失った。
そして、静かに頷いた。
「ええ。それでいいわ」
その時、遠くのホテル側から悲鳴が聞こえた。
観光客たちが逃げ始めている。
商業エリアの方からも、人の波が押し寄せてきた。
子供を抱えた母親。
高齢者。
従業員。
関係者。
全員が混乱している。
一之瀬がすぐに動いた。
「避難誘導を手伝うよ」
ひよりが頷く。
「私も行きます」
軽井沢が青ざめたまま、それでも拳を握る。
「わ、私も。こういう時こそ大声出せるし」
森下も一歩前に出る。
「私もやります。迷子を出さないために」
ツキがニヤリと笑い言う。
「藍が迷子になる」
「ここはどこ?私はツキ?」
「私は森下ツキ」
「合体すんな」
海斗が短く笑う。
「その調子で騒いでろ。避難民が少しは落ち着く」
軽井沢が深呼吸する。
「よし……やる」
一之瀬は優しく、だが力強く言った。
「大丈夫。みんなで動けば、きっと何とかなる」
綾小路が全体を見回す。
「まず役割を分ける」
全員の視線が彼に集まった。
刑事として。
そして、何度も修羅場を越えてきた者として。
綾小路の声には、不思議な説得力があった。
「一之瀬、軽井沢、椎名、森下、ツキは避難民の誘導。
ホテル地下のシェルターを確認して、移動ルートを確保する」
一之瀬が頷く。
「分かった」
軽井沢も頷く。
「任せて」
ひよりは静かに言う。
「できる限り落ち着かせます」
森下が胸を張る。
「迷子対策は任せてください」
ツキが付け加える。
「まず藍を管理します」
「やだ……管理されちゃう」
緊張の中で、ほんの少しだけ空気が緩む。
綾小路は続けた。
「坂柳は島内システムと敵の目的分析。
麗華と連携して、研究施設の防衛とデータ保護を考えてくれ」
坂柳が微笑む。
「承知しました。頭脳担当として働きましょう」
麗華も頷く。
「研究施設の中枢には私の認証が必要よ。遠隔でロックを強化するわ」
「堀北は麗華と坂柳の補佐、状況整理、避難側との連絡役」
堀北は即答した。
「分かったわ」
「尊徳は彩の護衛を最優先。状況次第で麗華側にも合流」
尊徳が頷く。
「了解だ」
彩が小さく声を上げる。
「私も何かできます」
麗華が彩を見る。
「彩」
「お姉様。私は逃げるだけでは嫌です」
尊徳は少し困ったように彩を見た。
「無茶はするなと言ったばかりです」
「無茶はしません。でも、案内や施設の認証ならできます。私も二階堂家の人間です」
麗華は少しだけ驚いた。
そして、ゆっくり頷く。
「分かったわ。尊徳から離れないこと。それが条件よ」
「はい!」
綾小路は最後に海斗を見る。
「オレと海斗は敵の初動を確認する。武器を確保できる場所は?」
麗華が答えた。
「ホテル地下に緊急用の警備装備庫があるわ。
ただし、通常の警備用だから重火器は少ない」
海斗が言う。
「ないよりマシだ」
尊徳が付け加える。
「港湾警備用の装備庫なら、もっとあるはずだ。
だが港は既に敵に押さえられている可能性が高い」
綾小路が頷く。
「まずホテル地下だな」
その時、坂柳が端末を見ながら言った。
「敵の侵攻ルートが見えました」
全員が坂柳を見る。
坂柳は冷静に説明する。
「港湾エリアから主力部隊が上陸。マリーナ側にも別働隊。
通信施設は既に制圧済み。橋の制御システムも落とされています」
堀北が問う。
「外へ出る手段は?」
「現状ではほぼありません。船も航空機も敵の監視下。島内に閉じ込められた形です」
軽井沢が小さく呟く。
「ほんとに閉鎖空間じゃん……」
海斗が言う。
「ダイハードの次は南国版かよ」
綾小路が静かに返す。
「今回は島全体だ」
海斗は肩をすくめた。
「スケールアップしすぎだろ」
そこへ、再び放送が入る。
今度はコマンダーではない。
別の声。
低く、ほとんど感情のない声だった。
『……動くな』
短い一言。
それだけで、空気が冷えた。
海斗が眉を動かす。
「別の奴か」
声は続く。
『森は見ている。道は塞がれる。音を立てる者から消える』
森下が顔を青くする。
「怖っ……」
ツキが静かに言う。
「詩的です」
「ポエマーですね」
坂柳が呟く。
「ジャンボー……でしょうか」
麗華が頷く。
「傭兵市場で噂を聞いたことがあるわ。ジャングル戦の専門家。
罠、弓、ナイフ、潜伏。単独で軍隊を壊滅させる怪物」
綾小路は島の地図を見る。
「ジャングル保護区に入られたら厄介だな」
海斗が言う。
「既に入ってる可能性は?」
「高い」
堀北が息を呑む。
「観光客がジャングル側にいたら……」
一之瀬が表情を引き締める。
「避難ルートを確認しないと」
綾小路は頷く。
「ジャングル側へは近づくな。まず人をホテル地下に集める」
その瞬間、ホテルのガラス壁の向こうで、複数の黒いヘリが低空飛行するのが見えた。
風圧で椰子の葉が激しく揺れる。
観光客たちが悲鳴を上げる。
ヘリの側面には識別不能な黒いマーク。
ロープが垂れ、武装した兵士たちが商業エリアの屋上へ降下していく。
軽井沢が叫んだ。
「来てるじゃん!」
海斗が舌打ちする。
「早ぇな」
綾小路は即座に判断する。
「全員、ホテル内へ。避難誘導組は地下シェルターへ向かえ。
海斗、地下装備庫に行くぞ」
「おう」
麗華が海斗を見る。
「気をつけて」
海斗はいつものように軽く笑おうとした。
だが、笑いきれなかった。
「すぐ戻る」
「約束よ」
「ああ」
綾小路も堀北を見る。
堀北は何も言わなかった。
ただ、まっすぐに彼を見ていた。
綾小路は短く言った。
「無理はするな」
「それはこっちの台詞よ」
「分かってる」
「本当に?」
「たぶん」
「そこは断言しなさい」
綾小路は少しだけ表情を緩めた。
「努力する」
堀北もわずかに笑った。
「それなら許すわ」
次の瞬間、銃声が響いた。
遠くではない。
ホテル外の商業エリア。
悲鳴。
ガラスの割れる音。
警備員の怒号。
一之瀬が避難民に声をかける。
「こちらです!落ち着いて移動してください!」
軽井沢も大声を出す。
「押さないで!子供とお年寄りを先に!」
ひよりは泣いている子供の前に膝をついた。
「大丈夫です。私たちと一緒に行きましょう」
森下は案内板を確認しながら叫ぶ。
「地下シェルターはこっちです」
ツキが横から指摘する。
「逆です」
「えっ」
「こっちです」
「最初から言ってください」
「藍が堂々と間違えたので観察した」
「やだ……そんなに見つめられると……」
避難民の何人かが、そのやり取りに少しだけ表情を緩めた。
恐怖で固まっていた空気が、わずかに動く。
一之瀬はそれを見逃さなかった。
「みなさん、大丈夫です!このまま進みます!」
綾小路と海斗は、ホテルの裏側へ向かって走っていた。
廊下には赤い非常灯が点滅している。
四年前の記憶が、ほんの一瞬だけ重なる。
だが、今は違う。
綾小路は横を走る海斗に言った。
「まさか南国でまた走ることになるとはな」
海斗が笑う。
「お前といるとロクなことがねぇ」
「それはこっちの台詞だ」
「言ってろ」
二人は階段を駆け下りる。
地下通路。
警備用扉。
麗華から共有された認証コードを入力すると、扉が開いた。
中には警備装備が並んでいた。
警棒。
拳銃。
ショットガン。
アサルトライフル。
閃光弾。
催涙弾。
手榴弾は本来置かれるはずのない物だが、
港湾警備の特殊対策用として少数保管されていた。
海斗が口笛を吹く。
「観光地にしては物騒だな」
綾小路が装備を確認する。
「この規模なら妥当だ」
「刑事さんらしい冷静な意見だな」
「護衛なら文句を言うな」
海斗はベレッタM92FSを二丁手に取った。
重量を確かめる。
懐かしむような顔はしなかった。
ただ、必要だから持つ。
そんな顔だった。
綾小路はガバメントを手に取る。
続いてベネリM4ショットガン。
HK416アサルトライフル。
弾倉を確認する。
海斗もAK74アサルトライフルを肩にかけ、M1100ショットガンを手に取る。
「まさか、またこんな装備を持つことになるとはな」
綾小路は静かに答える。
「使わずに済むなら、それが一番だった」
「ああ」
海斗は一瞬だけ黙る。
そして、低く言った。
「でも、使わなきゃ守れねぇなら使う」
「同感だ」
二人は装備を整える。
海斗はベレッタのスライドを引き、動作を確認する。
慣れた手つきだった。
綾小路はそれを横目で見た。
「海斗はベレッタが好きなのか」
海斗は少し笑う。
「ああ」
片方のベレッタをホルスターへ戻す。
「昔、80年代のアクション映画を見ててな」
「映画か」
「主人公がベレッタを撃ちまくってるのを見た瞬間、ビビビときた」
「そんな理由か」
「男なんてそんなもんだろ」
海斗は肩をすくめた。
「気付いたら二丁持ちになってた」
「影響されやすいな」
「うるせぇ」
海斗は今度は綾小路の腰を見る。
そこには見慣れたガバメントが収まっていた。
「そういう綾小路も、いつもガバメントだな」
綾小路は弾倉を確認しながら答える。
「100年以上の歴史がある」
「1911年からだな」
「ああ」
ガバメントをホルスターへ戻す。
「それだけ長く使われ続けたということは、それ相応の実力があるということだ」
海斗はニヤリと笑った。
「本当に実力だけか?」
綾小路は数秒黙った。
そして観念したように口を開く。
「モデルガン収集にも凝ってる」
海斗が吹き出した。
「やっぱりな」
「何だ」
「いや、綾小路がそういう趣味を持つのは意外だった」
綾小路は少しだけ視線を逸らす。
「収集だけじゃない。ブルーイングもウェザリングもやる」
「お前、そこまでやってるのかよ」
「金属の質感を再現するのは意外と難しい」
「完全にガンマニアじゃねぇか」
綾小路は否定しなかった。
海斗は堪えきれず笑う。
「男の子だねぇ」
「うるさい」
「今度鑑賞させてくれよ」
綾小路は少し考えた後、頷いた。
「ああ、いいぞ」
海斗は笑う。
「楽しみにしてる」
二人は装備を整え、互いに顔を見た。
シリアスな空気が一瞬だけ緩む。
海斗が低く言った。
「続きは終わってからだな」
「ああ」
四年前、互いに銃を向け合った二人。
今は再び同じ方向を見るために武器を取っていた。
地下装備庫の端末が突然点滅した。
坂柳からの通信だった。
『聞こえますか?』
綾小路が応答する。
「聞こえる」
『敵の主力がホテル方面へ向かっています。
目的は麗華さんの確保と、研究施設へのアクセス権奪取でしょう』
海斗の声が低くなる。
「麗華は?」
『堀北さん、尊徳さん、彩さんと一緒に地下シェルターへ移動中です。
ただし、敵の一部がホテル内部へ侵入しました』
綾小路が問う。
「数は?」
『確認できる範囲で十二。ですが、後続があります』
海斗が二丁のベレッタをホルスターに収める。
「十分だ」
綾小路が坂柳に言う。
「避難ルートを送れ」
『送ります。それと、綾小路くん』
「何だ」
『敵は遊び半分ではありません。しかし、完全な軍隊でもありません。
統率はあるが、個々の癖が強い。崩せます』
綾小路は短く答えた。
「了解」
通信が切れる。
海斗が笑った。
「相変わらず頼もしい姫さんだ」
「頭脳担当だからな」
「お前は?」
「現場担当だ」
「じゃあオレは?」
「前線突破」
海斗は口元を少しだけ歪めた。
「分かりやすくていい」
その頃、地下シェルターへ向かう避難ルートでは、堀北たちが人々を誘導していた。
堀北は混乱する観光客に冷静に指示を出す。
「走らないでください。列を崩さないで。係員の方は右側の扉を開放してください」
麗華は端末を操作し、施設のロックを切り替えている。
「研究棟の外部アクセスを遮断。管理権限を一時的に分散化するわ」
坂柳がその横で画面を見ている。
「敵があなた本人を狙う理由が増えましたね」
「でしょうね」
「怖くありませんか?」
麗華は少しだけ笑った。
「怖いわ」
「そうですか」
「でも、怖いから何もしないわけにはいかないもの」
坂柳は満足そうに微笑む。
「強くなりましたね」
「あなたに言われると少し複雑ね」
その後ろで彩が尊徳と一緒に避難者名簿を確認していた。
「子供が三人足りません」
尊徳が顔を上げる。
「どこですか?」
彩は端末の地図を見る。
「ホテル二階のキッズスペースかもしれません。
避難誘導が混乱して、取り残された可能性があります」
尊徳は一瞬で判断する。
「俺が行きます」
彩が即座に言う。
「私も行きます」
「駄目です」
「場所を知っています。案内できます」
「危険です」
「分かっています。でも、私が行った方が早いです」
尊徳は彩を見る。
彩の手は少し震えていた。
だが、目は逸らしていなかった。
尊徳は短く息を吐く。
「俺から離れないでください」
「はい!」
その頃。
ホテル一階ロビー。
武装兵たちが突入していた。
黒い装備。
アサルトライフル。
統率された動き。
観光客の悲鳴が響く。
その先頭の兵士が叫ぶ。
「二階堂麗華を探せ!女、24歳、白い服だ!」
そこへ。
ガラス張りの通路の奥から、二人の男が現れる。
綾小路清隆。
朝霧海斗。
二人とも防弾ベストを着用し、アサルトライフルを構えていた。
兵士たちが一斉に銃口を向ける。
海斗が低く呟く。
「歓迎が熱烈すぎるぜ、ってか?」
綾小路が淡々と言う。
「相手の台詞を取るな」
「一度言ってみたかった」
「今か」
「今だろ」
次の瞬間、銃声がロビーに響いた。
綾小路は柱の影へ滑り込みながら、短い連射で敵の武器を弾き飛ばす。
海斗は反対側へ飛び込み、ショーケースを盾にして射撃する。
ガラスが砕け、破片が床を滑る。
兵士たちは即座に散開するが、二人の動きは早かった。
殺すためではない。
制圧するための射撃。
肩。
腕。
脚。
武器。
防具の隙間。
綾小路は刑事としての判断を失っていなかった。
海斗もまた、必要以上には撃たない。
ただし、容赦はなかった。
「伏せろ!」
海斗が叫ぶ。
隠れていた観光客たちが床へ伏せる。
その頭上を銃弾が通過し、壁に穴を開けた。
綾小路は敵の配置を一瞬で把握する。
「右に三人。奥に二人」
「左は任せろ」
海斗はショットガンに持ち替え、柱の陰から飛び出した敵の銃を撃ち落とす。
轟音。
敵が吹き飛ばされるように倒れる。
綾小路は前進しながら、倒れた敵の手首を蹴って銃を遠ざける。
「動くな」
冷たい声だった。
敵兵の一人が無線機に叫ぶ。
「ロビーで抵抗!二名、武装!」
その通信に、別の声が入った。
コマンダーだった。
『二名?そいつらが本日のメインイベントか?』
海斗が敵の無線機を拾い上げる。
「悪いな。予約はしてねぇ」
一瞬の沈黙。
そして、コマンダーが笑った。
『いいねぇ!護衛さんか?』
「ただの読書家だ」
『読書家がアサルトライフル持ってんのか。最近の文学は過激だな!』
海斗は無線機を床に投げた。
「うるせぇ奴だ」
綾小路が淡々と言う。
「似た者同士だな」
「どこがだ」
「軽口が多い」
「あそこまでじゃねぇ」
その時、ロビー奥の扉が爆破された。
新たな武装兵が突入してくる。
綾小路は即座に閃光弾を投げた。
白い光。
轟音。
敵の動きが止まる。
「海斗」
「分かってる」
二人は同時に走り出した。
敵の第一波は制圧された。
だが、これは始まりに過ぎない。
島の外周では、敵部隊が次々と上陸していた。
港は黒煙に包まれ、マリーナでは武装艇が桟橋を封鎖している。
通信施設の上には敵の旗が掲げられた。
ジャングル保護区の入口では、警備員たちが次々と拘束されている。
そして森の奥。
ジャンボーが無言で地面に膝をつき、砂を指でなぞっていた。
足跡。
人数。
移動方向。
彼は静かに呟く。
「……足音が大きい」
木々の間に、いくつもの罠が仕掛けられていく。
ワイヤー。
落とし穴。
竹槍。
警報装置。
自然そのものが敵になる準備を始めていた。
一方、港の大型船上では、コマンダーが無線を聞きながら楽しそうに笑っていた。
「刑事さんと護衛さん。最高じゃねぇか」
部下が尋ねる。
「どうしますか」
コマンダーは葉巻をくわえ直す。
「どうするも何も、歓迎してやるだけだ」
「始末しますか?」
「馬鹿言え。すぐに終わらせたらバカンスがつまらねぇ」
コマンダーは島を見た。
「ただし、目的は忘れるな。麗華を押さえろ。研究施設を奪え。邪魔する奴は制圧しろ」
「了解」
コマンダーは笑う。
「さあ、楽園を戦場に変えてやろうぜ」
ホテル地下。
一之瀬たちは避難民をシェルターへ誘導し続けていた。
子供が泣き、高齢者が足を止める。
一之瀬は一人一人に声をかける。
「大丈夫です。ゆっくりでいいです。ここまで来れば安全です」
軽井沢は汗を拭いながら叫ぶ。
「はい、こっち!止まらないで!でも押さない!」
ひよりは体調を崩した女性に水を渡す。
「少し深呼吸しましょう。大丈夫です」
森下は人数を数えようとして混乱していた。
「一、二、三、四、五……あれ、ツキはどこですか?」
ツキは隣にいた。
「ここ」
「心臓に悪いですよ」
「藍が勝手に見失った」
「それじゃ今度は私がツキを観察しましね。じーっ」
「近い近い……キスするほど近い」
そのやり取りを見た子供が、少しだけ笑った。
一之瀬はその笑顔を見て、胸を撫で下ろす。
恐怖は消えない。
でも、恐怖に飲まれないことはできる。
そのために、自分たちがいる。
シェルターの扉が閉まり始める。
しかし、その直前。
警備員が駆け込んできた。
「二階のキッズスペースに子供が残っている可能性があります!」
一之瀬が振り向く。
「何人ですか?」
「三人です!」
軽井沢が青ざめる。
「嘘でしょ……」
その時、別ルートから彩と尊徳が走ってきた。
彩が言う。
「私たちが向かいます!」
一之瀬が驚く。
「彩さん!?」
尊徳が短く言う。
「案内は任せてください。俺が守ります」
彩は震えながらも、力強く頷いた。
「私も、逃げるだけでは嫌です」
一之瀬は彩を見て、優しく言った。
「気をつけて」
「はい!」
尊徳と彩は二階へ向かう階段を駆け上がっていく。
その頃。
ロビーでは、綾小路と海斗が敵の第二波と交戦していた。
敵は数を増やしている。
だが、二人は押されていなかった。
綾小路はロビーの構造を利用し、敵を広い場所へ出させない。
海斗は前線で圧をかけ、敵の進行を止める。
互いに言葉は少ない。
それでも連携は完璧だった。
海斗が敵の注意を引き、綾小路が死角を突く。
綾小路が敵の進路を塞ぎ、海斗が突破口を開く。
四年前、互いに殺し合う寸前まで行った二人だからこそ、相手の癖が分かる。
今はそれが、味方として機能していた。
海斗が笑う。
「やっぱりお前の背中は安心できるぜ」
綾小路が即答する。
「奇遇だな。オレも不思議と負ける気がしない」
「言うようになったな」
「休暇中だからな」
「便利だな、それ」
敵兵の一人が側面から回り込む。
綾小路は視線だけで気づく。
海斗も同時に動いた。
二人の射撃が重なり、敵の武器が弾き飛ばされる。
敵兵が床に倒れる。
「これで何人だ」
海斗が聞く。
「数える意味はない」
「刑事なのに?」
「今は現場が忙しい」
「違いねぇ」
その時、綾小路の無線に坂柳の声が入った。
『綾小路くん。敵の第三波がホテル正面へ向かっています』
「数は?」
『車両三台。重装備の可能性があります』
海斗が無線を聞きながら言う。
「重装備か。南国リゾートに似合わねぇな」
坂柳が続ける。
『それと、悪い知らせです』
綾小路の目が鋭くなる。
「何だ」
『敵の一部が二階へ向かっています。
そこには取り残された子供たちと、彩さん、尊徳さんがいます』
海斗が低く言った。
「行くぞ」
綾小路は頷く。
「ああ」
二人は同時に走り出した。
その頃、二階キッズスペース。
彩は三人の子供を見つけていた。
子供たちは大型遊具の陰で震えていた。
彩は膝をつき、できるだけ優しく声をかける。
「大丈夫です。助けに来ました」
一人の男の子が泣きながら言う。
「ママは……?」
「今、安全な場所にいます。私たちと一緒に行きましょう」
尊徳は入口側を警戒している。
遠くから足音が聞こえた。
複数。
武装兵だ。
尊徳の顔が険しくなる。
「彩、急げ」
「はい」
子供たちを立たせた瞬間、扉の向こうに影が見えた。
尊徳が即座に動く。
敵が入ってくるより早く、扉を蹴り開け、先頭の兵士を殴り倒す。
次の敵が銃を構える。
尊徳はその腕を掴み、壁へ叩きつける。
彩は子供たちを抱えるようにして後ろへ下がる。
「こっちです!」
だが、別の扉から敵が回り込んできた。
彩の顔が青ざめる。
その瞬間。
廊下の奥から銃声が響いた。
敵の銃が弾かれる。
綾小路と海斗だった。
海斗が叫ぶ。
「尊徳、下がれ!」
尊徳は子供たちを守りながら後退する。
綾小路が冷静に敵を制圧し、海斗が前に出て残りの敵を押し返す。
彩は震えながらも、子供たちを離さなかった。
海斗が横目で言う。
「彩、よくやった」
彩は息を切らしながら頷く。
「はい……!」
尊徳も短く言う。
「助かった」
綾小路は廊下の先を見る。
「長居はできない。シェルターへ戻るぞ」
全員が移動を始める。
だが、その時だった。
ホテル外から、重いエンジン音が響いた。
窓の外を見ると、武装車両が三台、正面ロータリーへ突入してくる。
その上部には機関銃。
周囲には重装備の兵士たち。
海斗が顔をしかめる。
「いきなり派手になってきたな」
綾小路は静かに言った。
「ここを突破されたらシェルターまで危ない」
「止めるしかねぇか」
「ああ」
海斗はベレッタを二丁抜いた。
「麗華たちは?」
綾小路が無線で確認する。
坂柳の声が返る。
『シェルターに到着しています。
ただし、敵がホテル地下への侵入経路を探しています』
「時間を稼ぐ」
『お願いします』
通信が切れる。
海斗は窓の外の武装車両を見下ろした。
「刑事さん」
「何だ」
「休暇中くらい休めよ、って言われたな」
「ああ」
「返事してやれ」
綾小路はガバメントを確認する。
そして、静かに言った。
「イピカイエー」
海斗は吹き出した。
「そこで使うのかよ」
「使いどころだろ」
「違いねぇ」
二人は並んで立つ。
ホテルは戦場になった。
島は封鎖された。
敵は研究施設を狙い、麗華を狙い、全員の日常を踏みにじろうとしている。
だが。
四年前とは違う。
今度は誰か一人が背負う戦いではない。
綾小路清隆は刑事として。
朝霧海斗は護衛として。
堀北鈴音は判断役として。
二階堂麗華は責任者として。
坂柳有栖は頭脳担当として。
一之瀬帆波は精神的支柱として。
軽井沢恵は場を明るくする者として。
椎名ひよりは不安を静める者として。
森下藍とツキは混乱の中で人を笑わせる者として。
二階堂彩は成長しようとする者として。
宮川尊徳は守る者として。
全員が、それぞれの場所で動き始めていた。
南国の楽園は、戦場へ変わった。
けれど、彼らはもう知っている。
奪われた日常は、取り戻せる。
壊された平和は、守り直せる。
そして今度こそ。
誰一人失わず、全員で帰る。
そのための戦いが、ここから始まる。