ザ・ダイハード・マスターピース   作:EXTERMINATION

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第80話 再び武器を手に

ホテル正面ロータリーに、武装車両が突入してきた。

 

黒い装甲車が三台。

 

その上部には旋回式の機関銃。

 

左右には黒装備の兵士たち。

 

南国の高級リゾートホテルには、あまりにも似合わない光景だった。

 

白い大理石。

 

ガラス張りのエントランス。

 

椰子の木。

 

夕焼け。

 

そのすべてが、武装車両の排気音と兵士たちの怒号で踏みにじられていく。

 

二階の回廊からそれを見下ろしながら、

朝霧海斗は二丁のベレッタM92FSを握っていた。

 

「派手な客だな」

 

隣で、綾小路清隆がガバメントの弾倉を確認する。

 

「歓迎する必要はない」

 

「追い返すだけか」

 

「ああ」

 

海斗は笑った。

 

「分かりやすい」

 

下のロータリーでは、敵部隊が次々と展開していた。

 

一部はホテル正面玄関へ。

 

別働隊は搬入口へ。

 

さらに数人が外壁沿いに移動し、裏口へ向かっている。

 

統率されている。

 

ただのならず者ではない。

 

傭兵。

 

戦場慣れした動きだった。

 

綾小路は敵の配置を見ただけで、進行ルートを頭の中に描いた。

 

正面突破は陽動。

 

本命は搬入口か裏口。

 

地下シェルターへ続くルートを探っている。

 

「海斗」

 

「なんだ」

 

「正面の敵は引きつける。だが本命は裏だ」

 

「つまり、こっちに目を向けさせながら、麗華たちを探すってことか」

 

「そうだ」

 

「性格悪ぃな」

 

「合理的だ」

 

「褒めてるみたいに言うな」

 

綾小路は無線を入れる。

 

「坂柳、聞こえるか」

 

すぐに坂柳有栖の声が返った。

 

『聞こえています』

 

「敵の一部が裏口へ回っている。地下への侵入経路を潰せるか」

 

『今、ホテルの防火シャッターと管理扉を遠隔で閉鎖しています。

ただし、敵が爆破装備を持っている場合、長くは持ちません』

 

「時間を稼げればいい」

 

『得意分野です』

 

坂柳の声は落ち着いていた。

 

四年前のような命を削る頭脳戦ではない。

 

だが、彼女の頭脳がなければ、状況は一気に崩れる。

 

綾小路は続ける。

 

「堀北」

 

『聞こえているわ』

 

堀北鈴音の声が入る。

 

「避難民の状態は」

 

『地下シェルターに大半は収容できたわ。

ただ、ホテル東棟とプールサイドに取り残された人がいる可能性がある』

 

「人数は」

 

『確認中。軽井沢さんたちが聞き取りをしている』

 

「無理はするな」

 

『あなたもね』

 

短いやり取り。

 

それだけで十分だった。

 

海斗は少しだけ口元を緩める。

 

「安定してんな、お前ら」

 

「そう見えるか」

 

「少なくとも昔よりはな」

 

「お前と麗華もだろ」

 

海斗は一瞬だけ黙った。

 

そして、下の武装車両を見る。

 

「ああ。だから壊させねぇ」

 

その時。

 

ロータリーの敵兵が拡声器を使って叫んだ。

 

『ホテル内の者へ告げる!抵抗をやめ、二階堂麗華を引き渡せ!

こちらの目的は限定的だ!協力すれば民間人の安全は保証する!』

 

海斗の目が冷える。

 

「よく言うぜ」

 

綾小路も同じだった。

 

「保証する側が港を爆破するとはな」

 

拡声器の声が続く。

 

『繰り返す!二階堂麗華を――』

 

言葉は最後まで続かなかった。

 

綾小路が二階回廊から非常灯を撃ち落とした。

 

赤いランプが破裂し、ロビー側の一部が暗くなる。

 

敵兵が一瞬、そちらへ視線を向ける。

 

その隙に、海斗が正面玄関脇の照明制御盤へ向けて撃つ。

 

火花。

 

ホテル正面の照明が断続的に点滅し、敵の視界が乱れる。

 

海斗が呟く。

 

「南国のイルミネーションだ」

 

綾小路が低く言う。

 

「今だ」

 

二人は同時に動いた。

 

綾小路は回廊から下へ続く階段を降りながら、短い連射で敵の銃を弾く。

 

殺すためではない。

 

敵の戦力を削ぐための射撃。

 

海斗は反対側のバルコニーから飛び降り、飾り柱を利用して接近する。

 

二丁のベレッタが、まるで別々の意思を持つように火を噴いた。

 

敵兵の腕。

 

膝。

 

銃器。

 

装備の留め具。

 

次々と狙い撃つ。

 

ホテルのロビーに銃声が反響する。

 

敵も反撃する。

 

弾丸がガラスを砕き、観葉植物を吹き飛ばし、壁に穴を穿つ。

 

だが、綾小路と海斗は止まらなかった。

 

互いの死角を埋める。

 

片方が前に出れば、もう片方が後ろを押さえる。

 

片方が敵を引きつければ、もう片方が側面から崩す。

 

四年前、互いに銃口を向け合った二人。

 

あの時、二人は相手の呼吸を読むために命を削った。

 

今、その経験が味方同士の連携になっていた。

 

敵兵の一人が叫ぶ。

 

「二名だけだ!数で押せ!」

 

海斗が柱の影から顔を出す。

 

「その二名が面倒なんだよ」

 

ショットガンの轟音。

 

敵の前進が止まる。

 

綾小路はその間に倒れた敵へ接近し、武器を蹴って遠ざける。

 

「伏せていろ。動かなければ撃たない」

 

敵兵は歯を食いしばるが、起き上がれない。

 

その時、正面の武装車両の機関銃が旋回した。

 

海斗が気づく。

 

「綾小路!」

 

綾小路は即座に横へ飛ぶ。

 

次の瞬間、機関銃の連射がロビーの入口を引き裂いた。

 

大理石の柱が削られ、破片が飛び散る。

 

海斗は床を転がりながら遮蔽物の裏へ入った。

 

「おいおい、ホテル代いくらだと思ってんだ」

 

綾小路が冷静に言う。

 

「請求先は敵だな」

 

「払う気なさそうだぞ」

 

「なら逮捕後に請求だ」

 

「刑事らしいな」

 

機関銃が再び唸る。

 

このままではロビーを抑えられる。

 

綾小路は敵車両の位置、射線、周囲のオブジェクトを確認する。

 

ロータリー中央には大型の噴水。

 

その横には荷物運搬用の電動カート。

 

さらに奥に燃料補給用の小型設備。

 

爆発させるには危険すぎる。

 

周囲に避難民はいないが、建物への被害が大きくなる。

 

綾小路は判断する。

 

「破壊は避ける。銃座だけ潰す」

 

海斗が笑う。

 

「刑事さんは面倒だな」

 

「護衛なら民間人の施設も守れ」

 

「はいはい」

 

二人は同時に別方向へ走った。

 

機関銃の射線が分散する。

 

綾小路はカウンターの裏を抜け、海斗は割れたガラスの向こう側へ飛び出す。

 

敵銃手は迷った。

 

どちらを狙うか。

 

その迷いが隙になる。

 

綾小路が一発。

 

銃座の照準器を撃ち抜く。

 

海斗が続けて二発。

 

旋回装置の外部ケーブルを断ち切る。

 

機関銃の動きが鈍る。

 

海斗はその隙に階段の手すりを利用して身を乗り出し、

ショットガンで銃座の固定部を撃った。

 

金属が歪む。

 

銃座が斜めに沈み、使用不能になる。

 

「一台目」

 

海斗が言う。

 

綾小路は既に二台目を見ていた。

 

「まだ二台ある」

 

「休ませろよ」

 

「休暇中だろ」

 

「その理屈はおかしい」

 

その頃、地下シェルターでは、避難民の緊張が高まっていた。

 

厚い扉の向こうから、遠く銃声が聞こえる。

 

子供が泣き出す。

 

高齢者が震える。

 

一之瀬帆波はすぐに膝をつき、子供と目線を合わせた。

 

「大丈夫。怖いよね。でも、ここにはたくさんの人がいるから」

 

「お外、こわい……」

 

「うん。だから今はここにいよう。深呼吸できる?」

 

子供は小さく頷く。

 

一之瀬はゆっくり息を吸って、吐いて見せた。

 

子供も真似をする。

 

その横で、椎名ひよりは避難民の名簿を整理していた。

 

「東棟の宿泊客が六名、まだ確認できていません」

 

堀北が端末を覗き込む。

 

「プールサイドの従業員も二名未確認ね」

 

軽井沢は汗を拭いながら戻ってきた。

 

「聞き取りしてきた。東棟の六人、たぶん部屋に戻った人たち。

爆発の時、荷物を取りに行ったって」

 

堀北が険しい顔をする。

 

「危険ね」

 

森下藍がシェルターの地図を広げる。

 

「東棟へ行くには、この連絡通路を通る必要があります」

 

ツキが横から指差す。

 

「そこは封鎖された」

 

「えっ」

 

「防火シャッターが降りている」

 

「いつの間に確認したんですか?」

 

「藍が地図を逆さに持っている間に」

 

森下は慌てて地図を回転させた。

 

「本当だ逆さでした」

 

軽井沢が頭を抱える。

 

「緊急時にボケないで!」

 

「ボケていません。地図が私に反抗したんです!」

 

ツキが真顔で言う。

 

「紙の反乱だね」

 

「そんな反乱ありません」

 

避難民の何人かが、思わず笑った。

 

その笑いは小さかった。

 

けれど、シェルターの空気を少しだけ柔らかくした。

 

堀北はその様子を見て、静かに頷いた。

 

場を明るくする。

 

それも立派な役割だった。

 

坂柳有栖はシェルター奥の管理端末前に座っていた。

 

麗華が隣で認証キーを入力する。

 

「研究棟の中枢ロックを三重にしたわ」

 

坂柳は画面を見つめる。

 

「敵の外部アクセスが入り始めています。かなり高度ですね」

 

「高円寺側のシステムも含まれているから、突破は簡単じゃないはずだけれど」

 

「相手にも専門家がいるのでしょう」

 

坂柳は指を動かしながら言った。

 

「ですが、興味深いです。敵の侵入方法が、あまりにも島の構造を理解しすぎています」

 

麗華の顔が強張る。

 

「内部協力者?」

 

「可能性はあります。ただ、もう一つ」

 

「もう一つ?」

 

坂柳は画面に映る島内システムの権限ログを見る。

 

「この島の構造を最初から把握できる立場の人物が、

意図的に警備の穴を残した可能性」

 

麗華はすぐに理解した。

 

「高円寺さん……?」

 

坂柳は微笑みを消さない。

 

「断定はできません。あの方の場合、善意と悪意と退屈しのぎの境界が曖昧ですから」

 

堀北が近づく。

 

「今は疑うより対処が先ね」

 

「ええ。だからこそ、疑いながら対処します」

 

坂柳らしい言葉だった。

 

一方、ホテル二階の通路では、尊徳と彩が取り残された子供たちを連れて移動していた。

 

綾小路と海斗がロビーで敵を引きつけているため、上階は一時的に静かだ。

 

だが安全ではない。

 

尊徳は先頭で警戒し、彩は子供たちの手を引いていた。

 

一人の女の子が泣きそうな声で言う。

 

「お姉ちゃん、怖い……」

 

彩は足を止めそうになった。

 

自分も怖い。

 

銃声がする。

 

爆発音がする。

 

廊下の向こうから、いつ敵が現れるか分からない。

 

それでも、彩はしゃがんで女の子に微笑んだ。

 

「大丈夫です。私も怖いです」

 

女の子が顔を上げる。

 

「お姉ちゃんも?」

 

「はい。でも、怖くても歩けます。一緒に行きましょう」

 

女の子は小さく頷いた。

 

尊徳はその会話を聞きながら、少しだけ目を細めた。

 

彩は成長している。

 

守られるだけの少女ではなくなっている。

 

だが、だからこそ危うい。

 

尊徳は低く言う。

 

「彩様、急ぎましょう」

 

「はい」

 

その時、廊下の角から足音が聞こえた。

 

敵兵二名。

 

尊徳はすぐに子供たちを彩の後ろへ下げる。

 

敵が銃を構えようとした瞬間、尊徳が前へ出た。

 

一人目の腕を掴み、壁へ叩きつける。

 

二人目が銃口を向けるより早く、

尊徳は相手の膝を蹴り、体勢を崩したところで床へ押さえ込む。

 

彩は息を呑む。

 

「尊徳さん……」

 

「行きましょう」

 

「はい!」

 

だが、倒れた敵の無線から声が漏れた。

 

『二階東通路で接触。子供を連れた女と護衛。追跡しろ』

 

尊徳が舌打ちする。

 

「位置が割れた」

 

彩は子供たちを見る。

 

「走れますか?」

 

三人とも震えながら頷く。

 

彩は手を握った。

 

「私についてきてください」

 

その頃、ホテル正面では、戦況が激しさを増していた。

 

二台目の武装車両が前進し、ホテル入口へ近づいてくる。

 

綾小路は倒れた兵士の装備から閃光弾を回収する。

 

海斗は二階へ上がる階段を塞ぐ敵を制圧しながら言う。

 

「数が多いな」

 

「本隊ではないだろう」

 

「これで前座かよ」

 

「本命は港と研究施設だ」

 

「なら、ここで時間を食わせるしかねぇな」

 

綾小路は頷く。

 

「敵がここへ集中すれば、避難とロック強化の時間が稼げる」

 

海斗が笑う。

 

「囮か」

 

「嫌か?」

 

「慣れてる」

 

二人は別々の柱へ移動する。

 

敵はロビーを包囲しようとしている。

 

正面に六人。

 

左側通路に四人。

 

二階回廊に二人。

 

さらに車両が外から援護。

 

綾小路は一瞬で優先順位をつける。

 

まず二階回廊。

 

高所を取られると厄介だ。

 

次に左側通路。

 

避難ルートに近い。

 

正面は海斗に任せる。

 

「海斗、正面を抑えろ」

 

「言われなくても」

 

海斗はアサルトライフルに持ち替え、短い連射で敵の足元を撃つ。

 

床が砕け、敵が足を止める。

 

そこへショットガン。

 

前進してきた敵の盾を弾き飛ばす。

 

「通行止めだ」

 

綾小路は二階へ向かった。

 

階段を駆け上がりながら、回廊の敵二名へ射撃。

 

一人の武器を弾き、もう一人の足元を撃って姿勢を崩す。

 

接近。

 

肘。

 

膝。

 

手首。

 

最短で制圧する。

 

倒れた敵の無線を奪い、通信チャンネルを確認。

 

複数の声が混線している。

 

『港湾制圧完了』

 

『マリーナ封鎖』

 

『研究棟外周へ移動中』

 

『ホテル内部抵抗強し。二名が異常に強い』

 

コマンダーの声が割り込む。

 

『異常に強い?最高じゃねぇか!

刑事さんと護衛さんには特別メニューを出してやれ!』

 

綾小路は無線を切った。

 

「面倒な男だ」

 

一階では、海斗が敵の弾幕を躱しながら後退していた。

 

「綾小路!」

 

「何だ」

 

「特別メニューだとよ!」

 

「聞いた」

 

「デザートはいらねぇぞ!」

 

「同感だ」

 

その時、外の二台目車両から小型ロケット弾の発射準備音が聞こえた。

 

綾小路の目が鋭くなる。

 

「海斗、下がれ!」

 

「おう!」

 

ロケット弾が発射される。

 

狙いはロビー中央。

 

綾小路は階段上から非常用消火設備の配管を撃ち抜いた。

 

水が噴き出す。

 

同時に、海斗が噴水横の金属オブジェを撃って倒す。

 

ロケット弾は濡れた床でわずかに滑った破片と倒れた金属に弾道を乱され、

ロビー奥の無人カウンターへ突っ込んだ。

 

爆発。

 

衝撃波。

 

ロビーが揺れる。

 

天井から粉塵が落ちる。

 

海斗が咳き込みながら立ち上がる。

 

「ホテル代、さらに上がったな」

 

綾小路が答える。

 

「請求額も上げる」

 

「刑事ってそういう仕事か?」

 

「違う」

 

「だろうな」

 

二人は再び構える。

 

だが、その時。

 

ホテルの外、ロータリー奥の屋上に一瞬だけ光が走った。

 

スコープの反射。

 

綾小路が気づく。

 

「狙撃手」

 

海斗も同時に反応する。

 

「伏せろ!」

 

銃声。

 

敵兵の一人が持っていた無線機が撃ち抜かれた。

 

綾小路でも海斗でもない。

 

敵を撃った。

 

ロビーにいた傭兵たちが混乱する。

 

「味方が撃たれた!?」

 

「どこからだ!」

 

再び銃声。

 

今度は武装車両のタイヤが撃ち抜かれる。

 

車体が傾き、機関銃の射線が逸れる。

 

海斗が眉をひそめる。

 

「誰だ?」

 

綾小路は屋上の方を見る。

 

一瞬だけ、人影が見えた。

 

細身の影。

 

スナイパーライフル。

 

そして、風になびく髪。

 

「七瀬……?」

 

ホテルから離れた商業エリアの屋上。

 

七瀬翼はスナイパーライフルを構えていた。

 

黒い傭兵装備。

 

表向きは敵側。

 

だが、その銃口は味方であるはずの傭兵たちの装備を正確に撃ち抜いていた。

 

七瀬は無線に低く囁く。

 

「こちらスナイパー。ホテル正面、抵抗勢力を確認。交戦中」

 

敵側の通信員が返す。

 

『排除しろ』

 

七瀬は静かに答える。

 

「了解」

 

そして、別の敵兵の足元を撃ち抜いた。

 

排除する。

 

ただし、誰を排除するかは言っていない。

 

七瀬の目は冷静だった。

 

七瀬はスコープ越しに綾小路を見た。

 

「綾小路先輩……」

 

小さく呟く。

 

「今は、まだ気づかないでください」

 

その頃、ロビーでは七瀬の狙撃によって敵の隊列が乱れていた。

 

綾小路はその隙を逃さない。

 

「今だ」

 

海斗が笑う。

 

「誰か知らねぇが、サービスいいな」

 

二人は一気に前へ出る。

 

綾小路が左側通路の敵を制圧し、海斗が正面の兵士を押し返す。

 

傭兵たちは後退する。

 

武装車両の一台がタイヤを撃たれ、動けなくなっていた。

 

残り二台も前進を止める。

 

指揮官らしき男が叫ぶ。

 

「一時後退!体勢を立て直せ!」

 

敵部隊がロータリー外へ下がっていく。

 

完全撃退ではない。

 

だが、ホテルへの即時突入は防いだ。

 

海斗は息を吐く。

 

「第一ラウンド終了か」

 

綾小路は窓の外を見る。

 

「敵は諦めていない」

 

「分かってる」

 

海斗は二丁のベレッタを確認する。

 

「弾も補充しとくか」

 

綾小路は倒れた敵の拘束を確認し、無線を入れた。

 

「坂柳、ホテル正面の敵は一時後退した」

 

『こちらでも確認しました。お見事です』

 

「狙撃支援があった」

 

『狙撃?』

 

「敵装備のスナイパーだ。だが、こちらを助けるように撃っていた」

 

坂柳は一瞬沈黙した。

 

そして言った。

 

『七瀬さんの可能性があります』

 

海斗が反応する。

 

「七瀬?」

 

綾小路が問う。

 

「知っていたのか」

 

『確証はありませんでした。ただ、敵の内部通信に不自然なノイズが混ざっていました。

誰かが意図的に情報を漏らしている可能性があると見ていました』

 

「七瀬が潜入していると?」

 

『可能性は高いです。ただし、今は敵として扱ってください。

彼女の位置をこちらから明かすのは危険です』

 

綾小路は頷く。

 

「了解」

 

海斗が呟く。

 

「相変わらず無茶する女だな」

 

綾小路は答えない。

 

だが、表情は少しだけ変わっていた。

 

仲間は、別の場所でも戦っている。

 

その事実が、重くもあり、心強くもあった。

 

地下シェルターに戻ると、避難民の大半は落ち着きを取り戻しつつあった。

 

一之瀬、軽井沢、ひより、森下、ツキがそれぞれ役割をこなしていた。

 

一之瀬は不安な人に声をかける。

 

軽井沢は明るく場を動かす。

 

ひよりは静かに寄り添う。

 

森下は人数確認で何度も数え直す。

 

ツキはその横で淡々と訂正する。

 

「藍」

 

「何ですか」

 

「二十三の次は二十四です」

 

「知ってます」

 

「先ほど二十六に飛んだ」

 

「緊張してるんです」

 

避難民の一人が笑う。

 

それだけで、シェルターの空気は少し軽くなる。

 

綾小路と海斗が戻ってくると、堀北がすぐに近づいた。

 

「怪我は?」

 

「ない」

 

「本当に?」

 

「軽い擦り傷程度だ」

 

「それを怪我と言うのよ」

 

綾小路は少しだけ黙る。

 

「そうか」

 

堀北はため息をついた。

 

「相変わらずね」

 

海斗の方には麗華が近づく。

 

「海斗」

 

「無事だ」

 

「見れば分かるわ」

 

「なら聞くなよ」

 

「聞きたいの」

 

海斗は少し困ったように笑った。

 

「大丈夫だ」

 

麗華はそれでも、海斗の腕や肩を確認する。

 

「本当に?」

 

「本当に」

 

ツキが横から言う。

 

「海斗」

 

「なんだ」

 

「焦げてはいません」

 

「ようやくか」

 

「少し煤けています」

 

「変わんねぇだろ」

 

森下が真面目な顔で頷く。

 

「確かに黒寄りの海斗です」

 

「何だその判定」

 

ツキも続ける。

 

「中火くらいです」

 

「料理じゃねぇぞ」

 

森下が海斗の肩を見つめる。

 

「裏返した方がいいですか?」

 

「焼き魚扱いするな」

 

ツキが少し考える。

 

「塩を振るか」

 

「振らねぇよ」

 

「レモンはあります」

 

「あるのかよ」

 

森下が感心したように言う。

 

「準備がいいですね」

 

「褒めるところじゃねぇ」

 

麗華が吹き出した。

 

「あなたたち、海斗を何だと思ってるのよ」

 

ツキと森下は顔を見合わせる。

 

数秒考える。

 

そして同時に答えた。

 

「海斗です」

 

「朝霧海斗です」

 

「知ってるよ!」

 

海斗が思わずツッコむ。

 

軽井沢が大笑いした。

 

「ダメだ、もう意味分かんない!」

 

一之瀬も笑いを堪えている。

 

ひよりも口元を隠しながら肩を震わせた。

 

森下が首を傾げる。

 

「でも生きていてよかったです」

 

ツキも頷く。

 

「はい。海斗なので」

 

「説明になってねぇ」

 

海斗は呆れながらも少し笑った。

 

軽井沢が言う。

 

「でも海斗らしいじゃん」

 

「どの辺がだよ」

 

「そのツッコミしてる辺り」

 

海斗は肩をすくめた。

 

「褒められてる気がしねぇ」

 

彩と尊徳も子供たちを連れて戻ってきた。

 

子供たちは母親たちと再会し、泣きながら抱き合う。

 

彩はその光景を見て、涙ぐみそうになった。

 

麗華が彩の隣へ来る。

 

「頑張ったわね」

 

彩は首を振る。

 

「尊徳さんが守ってくれました」

 

尊徳が言う。

 

「彩様が子供たちを落ち着かせてくれました。俺だけじゃ無理でした」

 

彩は驚いたように尊徳を見る。

 

「本当ですか?」

 

「はい」

 

麗華は彩を抱きしめた。

 

「立派だったわ」

 

彩は少しだけ震えながら、姉の腕の中で頷いた。

 

「私も……少しは役に立てましたか」

 

「ええ。とても」

 

その光景を見て、一之瀬が柔らかく微笑む。

 

ひよりも目を細める。

 

軽井沢は小さく呟いた。

 

「よかった……」

 

だが、安心するには早すぎた。

 

坂柳が端末の画面を見ながら言う。

 

「皆さん、次の問題です」

 

全員の視線が集まる。

 

坂柳は島内マップを表示した。

 

赤い点が増えている。

 

敵の制圧エリア。

 

港湾。

 

マリーナ。

 

通信施設。

 

一部商業エリア。

 

そして、ジャングル保護区。

 

「敵は島を四分割して制圧しようとしています。

ホテル周辺を包囲し、研究施設への道を確保するつもりです」

 

堀北が問う。

 

「研究施設に到達されるまでの時間は?」

 

「最短で一時間以内。ただし、こちらが妨害すれば遅らせられます」

 

麗華が言う。

 

「研究施設の中枢ロックは維持できる。でも、物理的に占拠されたら危険よ」

 

綾小路が地図を見る。

 

「こちらから動く必要があるな」

 

海斗も頷く。

 

「待ってるだけじゃジリ貧だ」

 

一之瀬が不安そうに問う。

 

「でも、避難民は?」

 

堀北が答える。

 

「シェルターの防衛と誘導は継続する必要があるわ」

 

坂柳が頷く。

 

「そこで役割分担です」

 

彼女は冷静に言った。

 

「綾小路くんと朝霧さんは、敵の外周部隊を叩き、研究施設へ向かうルートを確保。

堀北さんと麗華さんは、システムと避難計画の中枢。

一之瀬さん、軽井沢さん、椎名さん、

森下さん、ツキさんは避難民の管理と未確認者の確認。

尊徳さんと彩さんはシェルター周辺の警戒と施設案内。

そして私は、敵の全体配置と七瀬さんらしき内部協力者の動きを追います」

 

海斗が腕を組む。

 

「完全に戦争だな」

 

坂柳は微笑む。

 

「戦争ではありません」

 

「そうなのか?」

 

「こちらの勝利条件は敵の殲滅ではなく、全員の生還です」

 

綾小路が静かに頷く。

 

「その通りだ」

 

四年前とは違う。

 

敵を倒すことが目的ではない。

 

誰かを犠牲にして勝つことでもない。

 

全員で帰る。

 

そのために戦う。

 

麗華は全員を見た。

 

「ごめんなさい。私の技術が狙われたせいで……」

 

すぐに海斗が言った。

 

「違う」

 

麗華が顔を上げる。

 

「悪いのは奪いに来た連中だ。お前じゃねぇ」

 

綾小路も言う。

 

「技術は使う人間次第だ。責任を感じるなら、守るために使え」

 

堀北が続ける。

 

「あなた一人が背負う必要はないわ」

 

一之瀬も優しく言う。

 

「みんなでいるんだから」

 

麗華は少しだけ目を伏せた。

 

そして、強く頷く。

 

「ありがとう」

 

その時、シェルターの通信端末が勝手に起動した。

 

ノイズ。

 

そして、コマンダーの声。

 

『楽しんでるか、刑事さん、護衛さん』

 

海斗が露骨に嫌そうな顔をする。

 

「またこいつか」

 

コマンダーは笑っていた。

 

『ホテル正面の歓迎部隊を退けたそうじゃないか。

大したもんだ。おかげでこっちは予定を少し変えることにした』

 

綾小路が端末を見る。

 

発信源は複数に偽装されている。

 

坂柳も解析を試みるが、追跡は困難だった。

 

『二階堂麗華。あんたの技術は素晴らしい。

だから取りに行く。悪く思うなよ。こっちも仕事でね』

 

麗華は端末に向かって言った。

 

「渡すつもりはありません」

 

『いいねぇ。その強気、嫌いじゃないぜ』

 

海斗が低く言う。

 

「麗華に軽口叩いてんじゃねぇ」

 

『お、護衛さん。怒ったか?』

 

「少しな」

 

『そいつは光栄だ』

 

コマンダーの声は、楽しそうだった。

 

『だが気をつけろよ。この島には俺だけじゃない。

森に入ったらジャンボーの領域だ。足音が大きい奴から順番に転がるぜ』

 

次に、別の低い声が割り込む。

 

『……自然は全てを見ている』

 

森下が小声で言う。

 

「怖い人来ました……」

 

ツキが頷く。

 

「森担当」

 

「森の下で会いましょう。森下藍」

 

コマンダーが笑う。

 

『さあ、第二ラウンドだ。研究施設で待ってるぜ。来られるならな』

 

通信が切れた。

 

シェルターに沈黙が落ちる。

 

綾小路は地図を見る。

 

研究施設へ向かうには、三つのルートがある。

 

商業エリアを抜ける中央ルート。

 

マリーナ沿いの海側ルート。

 

そして、ジャングル保護区を迂回する内陸ルート。

 

敵は中央と海側を押さえている。

 

ジャングルはジャンボーの領域。

 

どれも危険だった。

 

だが、選ばなければならない。

 

坂柳が言う。

 

「まずは中央ルートを偵察すべきです。

敵の主力がどこまで展開しているか確認しないと、

研究施設防衛の計画が立てられません」

 

綾小路が頷く。

 

「オレと海斗で行く」

 

七瀬の狙撃支援があるなら、外周で合流できる可能性もある。

 

だが、口には出さない。

 

七瀬の立場を守るためだ。

 

海斗は装備を整えながら言った。

 

「アサルトライフル、ショットガン、ベレッタ二丁。南国観光とは思えねぇ荷物だな」

 

綾小路もガバメントをホルスターに収める。

 

「手榴弾も持っていく」

 

「本当に刑事か?」

 

「今回は非常事態だ」

 

「便利だな、それ」

 

「お前も持っているだろ」

 

「護衛だからな」

 

二人は互いに装備を確認する。

 

予備弾倉。

 

無線。

 

救急キット。

 

閃光弾。

 

手榴弾。

 

かつての戦いを思い出させる重さだった。

 

だが、二人の表情は違っていた。

 

あの時のような追い詰められた顔ではない。

 

今は、守るべき日常がある。

 

堀北が綾小路の前に立つ。

 

「無茶はしないこと」

 

「分かってる」

 

「本当に?」

 

「努力する」

 

「またそれ?」

 

綾小路は少しだけ笑う。

 

「今度は全員で帰る」

 

堀北は目を細めた。

 

「ええ」

 

麗華は海斗に近づく。

 

「海斗」

 

「すぐ戻る」

 

「それ、前にも聞いたわ」

 

「今回は本当にすぐだ」

 

「信用していいの?」

 

「半分くらいは」

 

「低いわね」

 

海斗は困ったように笑った。

 

「じゃあ七割」

 

「九割」

 

「八割」

 

「九割」

 

「……分かった。九割」

 

麗華は少しだけ満足そうに頷いた。

 

「約束よ」

 

「ああ」

 

ひよりが海斗へ一冊の小さな文庫本を差し出した。

 

「朝霧くん」

 

「ん?」

 

「さっき書店で買いました。戻ってきたら、感想を聞かせてください」

 

海斗は本を受け取った。

 

一瞬、表情が柔らかくなる。

 

「死亡フラグみたいな渡し方すんな」

 

「そういうつもりではありません」

 

「分かってる」

 

海斗は本を胸ポケットに入れた。

 

「戻ったら読む」

 

ひよりは微笑む。

 

「はい」

 

軽井沢が綾小路と海斗を見る。

 

「ちょっと、二人ともちゃんと帰ってきなよ。マジで」

 

森下も大きく頷く。

 

「朝霧海斗、綾小路清隆、迷子禁止です」

 

ツキが静かに言う。

 

「重要です」

 

「重要です」

 

森下も即座に頷いた。

 

海斗が眉を上げる。

 

「お前らに言われたくねぇな」

 

森下は首を傾げる。

 

「なぜ」

 

「なぜでしょう」

 

ツキも首を傾げた。

 

「過去の実績か?」

 

「実績しかねぇよ」

 

綾小路が小さく息を吐く。

 

「説得力がないな」

 

森下は少し考える。

 

「では訂正します」

 

「何をだ」

 

「迷子経験者は迷子にならないでください」

 

「範囲が広がっただけだろ」

 

ツキが頷く。

 

「経験は大切です」

 

「活かされてねぇけどな」

 

森下は真面目な顔で言った。

 

「私はもう迷いません」

 

「おお」

 

海斗が感心したように言う。

 

「成長したな」

 

森下は胸を張る。

 

「今日はまだ二回しか迷ってません」

 

「迷ってるじゃねぇか」

 

ツキが補足する。

 

「昨日は三回です」

 

「比較対象がおかしい」

 

森下は少し考える。

 

「つまり成長です」

 

「前向きですね」

 

ツキが頷く。

 

「将来有望です」

 

「何のだよ」

 

軽井沢が吹き出した。

 

「ダメだ、この二人」

 

森下は綾小路たちを見る。

 

「とにかく迷子禁止です」

 

ツキも続ける。

 

「発見するのが面倒です」

 

「そこなのかよ」

 

海斗は呆れながら笑った。

 

空気が少しだけ和らぐ。

 

それでも、戦いは始まっている。

 

シェルターの扉が開く。

 

外の廊下には非常灯が赤く点滅している。

 

綾小路と海斗は並んで歩き出した。

 

背後から、堀北の声がする。

 

「綾小路くん」

 

綾小路が振り返る。

 

堀北は静かに言った。

 

「帰ってきなさい」

 

綾小路は頷く。

 

「ああ」

 

麗華も海斗を見る。

 

「海斗」

 

「分かってる」

 

「本当に?」

 

「九割な」

 

「十割にして」

 

海斗は少し笑った。

 

「善処する」

 

麗華は呆れながらも、笑った。

 

「もう」

 

二人はシェルターを出た。

 

ホテルの廊下は、先ほどまでの高級リゾートの雰囲気を失っていた。

 

壁には銃痕。

 

床にはガラス片。

 

遠くから警報音。

 

外では黒煙が上がり続けている。

 

綾小路は無線を確認する。

 

「坂柳、中央ルートへ向かう」

 

『了解しました。敵の配置を送ります。

七瀬さんらしき狙撃手の位置は不明ですが、

商業エリア屋上に移動した可能性があります』

 

「分かった」

 

海斗が隣を歩きながら言う。

 

「七瀬が本当に味方なら助かるな」

 

「敵として動いている以上、こちらからは接触しない」

 

「分かってる」

 

「だが、必要なら利用する」

 

「言い方が綾小路だな」

 

「事実だ」

 

「まあな」

 

二人はホテルの裏口へ向かう。

 

扉の向こうには、夕闇に染まる商業エリアが広がっていた。

 

かつて観光客の笑い声で満ちていた通りは、今は無人に近い。

 

倒れた看板。

 

割れたガラス。

 

放置された荷物。

 

遠くで燃える車両。

 

そして、その先に敵の影。

 

綾小路はアサルトライフルを構えた。

 

海斗も同じように構える。

 

二人の視線は、同じ方向を向いていた。

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