ザ・ダイハード・マスターピース   作:EXTERMINATION

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第85話 怒りのジャンボー

夜の商業エリアは、昼間とは別世界だった。

 

リゾートホテルの爆炎が背後の空を赤く染め、

海上で起きた花火台船の大爆発の名残が、まだ黒い海面に揺れている。

 

白い石畳の通り。

 

ブランドショップ。

 

カフェテラス。

 

人工運河。

 

観光用モノレールの高架。

 

すべてが本来なら華やかな未来都市型リゾートの一部だった。

 

だが今は、銃声と怒号が響く戦場だった。

 

綾小路清隆と朝霧海斗は、小型桟橋から商業エリアへ駆け込んだ。

 

全身は海水で濡れている。

 

服は焦げ、装備も消耗している。

 

それでも、二人の足は止まらなかった。

 

無線から七瀬翼の声が入る。

 

『こちら七瀬です。商業エリア北棟、三階。敵に包囲されつつあります』

 

綾小路は走りながら答える。

 

「敵の数は」

 

『確認できるだけで十二。屋上と階段にもいます』

 

海斗が横から言う。

 

「一人でよく持ってるな」

 

『持たせています』

 

「頼もしい返事だな」

 

七瀬の声は冷静だった。

 

だが、かすかに息が乱れている。

 

潜入が露見した以上、彼女は完全に孤立している。

 

綾小路は商業エリアの地図を確認する。

 

北棟までの直線ルートは敵が抑えている。

 

左の運河沿いを進めば遠回り。

 

右のモノレール高架下は遮蔽物が多いが、待ち伏せに向いている。

 

坂柳有栖の声が無線へ入った。

 

『綾小路くん、朝霧さん。北棟へ最短で向かうなら、

中央広場を抜ける必要があります』

 

海斗が顔をしかめる。

 

「中央広場って、さっき観光客が集まってたところか」

 

『ええ。現在は敵が臨時検問を作っています』

 

「最短ルートはいつも面倒だな」

 

綾小路は答える。

 

「遠回りする時間はない」

 

「だろうな」

 

堀北鈴音の声も入る。

 

『七瀬さんの位置情報が不安定よ。敵が妨害している可能性があるわ』

 

麗華が続く。

 

『海斗、綾小路くん。商業エリア中央部にはまだ燃料設備と

イベント用の電源施設が残っているわ。爆発に巻き込まれないで』

 

海斗は少し笑う。

 

「巻き込まれないように使う」

 

『使わないでと言っているのよ』

 

「状況次第だ」

 

『海斗』

 

「十割で帰る」

 

麗華は一瞬黙った。

 

『……約束よ』

 

「ああ」

 

二人は中央広場へ出た。

 

そこは昼間、軽井沢がジェラートを食べたいと言っていた場所だった。

 

円形の広場。

 

中央には巨大な噴水。

 

周囲にはカフェ、土産物屋、劇場入口、観光案内所。

 

その全てが敵の臨時拠点に変わっていた。

 

倒したテーブルで作ったバリケード。

 

投光器。

 

弾薬箱。

 

黒い装甲バギー。

 

十数人の傭兵。

 

そして、広場の奥には移動式機関銃。

 

海斗が柱の陰から覗く。

 

「歓迎会場かよ」

 

綾小路も敵配置を見る。

 

「正面突破は不利だ」

 

「じゃあどうする」

 

綾小路は噴水、投光器、電源ケーブル、装甲バギーの位置を見る。

 

「暗くする」

 

「またか」

 

「お前は右の投光器。オレは左」

 

「了解」

 

二人は同時に動いた。

 

最初に海斗が右へ走る。

 

敵が気づく。

 

「いたぞ!」

 

銃声が響く。

 

海斗は倒れたカフェテーブルを蹴り上げ、弾丸を受けながら横へ滑り込む。

 

ベレッタ二丁が火を噴く。

 

右側の投光器が砕ける。

 

広場の半分が暗くなる。

 

同時に綾小路が左の電源盤を撃った。

 

火花。

 

左側の投光器も消える。

 

広場に赤い非常灯と燃えるホテルの光だけが残った。

 

敵が混乱する。

 

「ライトを戻せ!」

 

「どこだ!」

 

その瞬間、綾小路が閃光弾を投げ込んだ。

 

白い光が爆ぜる。

 

敵の視界が完全に潰れる。

 

海斗が叫ぶ。

 

「今だ!」

 

二人は左右から広場へ飛び込んだ。

 

綾小路は噴水の縁を利用し、低い姿勢で敵の武器を撃ち抜いていく。

 

海斗はカフェのテラス席を駆け抜け、ショットガンで敵の盾を弾き飛ばす。

 

敵は応戦するが、暗闇と閃光で隊列が崩れていた。

 

弾丸が噴水を砕き、水が勢いよく噴き出す。

 

石畳が濡れ、火花が水面に反射する。

 

海斗が叫ぶ。

 

「綾小路、バギー!」

 

装甲バギーがエンジンを唸らせて突っ込んでくる。

 

前部には簡易装甲。

 

上部には機関銃。

 

綾小路は横へ飛び、噴水の陰へ入る。

 

機関銃が唸り、噴水の彫刻を粉砕する。

 

水柱が上がる。

 

海斗はバギーの側面へ回ろうとするが、敵の弾幕で止められる。

 

「硬ぇな!」

 

綾小路は地面を見た。

 

水で濡れた石畳。

 

切れた電源ケーブル。

 

バギーの進路。

 

「海斗、噴水の水を広げろ」

 

「感電させる気か?」

 

「一瞬だけ動きを止める」

 

「了解!」

 

海斗は噴水の配管へショットガンを撃ち込んだ。

 

水がさらに噴き出し、広場一面へ流れる。

 

綾小路は切れた電源ケーブルの先端を撃ち、バギーの前方へ落とす。

 

バチッ、と青白い火花が走った。

 

バギーのタイヤが水に乗った瞬間、車体が一瞬硬直するように跳ねた。

 

完全停止ではない。

 

だが十分だった。

 

綾小路が前輪の軸を撃つ。

 

海斗が上部機関銃の固定部を撃つ。

 

バギーは制御を失い、横滑りしながら噴水へ突っ込んだ。

 

噴水の石柱が砕け、バギーが半分乗り上げる。

 

その衝撃で積まれていた弾薬箱が落下し、火花が散った。

 

海斗が目を見開く。

 

「下がれ!」

 

綾小路も即座に後退する。

 

次の瞬間。

 

バギーが爆発した。

 

巨大な火球が噴水を飲み込み、水柱と爆炎が同時に空へ噴き上がる。

 

砕けた石片が雨のように降り、広場のガラス壁が連鎖的に砕け散った。

 

敵兵たちは爆風で吹き飛ばされ、バリケードは炎に包まれる。

 

水と火が入り混じり、夜の広場全体が赤と白の光に染まった。

 

海斗は腕で熱風を遮りながら笑う。

 

「派手に暗くなったな!」

 

綾小路は淡々と言う。

 

「明るくなったとも言える」

 

「言葉遊びしてる場合か!」

 

「敵の検問は崩れた」

 

「それはそうだな!」

 

二人は爆煙を抜け、北棟へ走る。

 

その途中、無線に七瀬の声が入る。

 

『銃声と爆発、聞こえました』

 

海斗が答える。

 

「迎えに来た合図だ」

 

『派手ですね』

 

「今回は南国アクション映画だからな」

 

綾小路が言う。

 

「無駄口を減らせ」

 

海斗が笑う。

 

「お前も少し乗ってただろ」

 

「気のせいだ」

 

北棟三階。

 

七瀬翼は割れた窓際に身を伏せていた。

 

スナイパーライフルはまだ使える。

 

だが弾は少ない。

 

拳銃も残弾が限られている。

 

階段側から敵が上がってくる音。

 

屋上からも足音。

 

完全に挟まれていた。

 

七瀬は呼吸を整える。

 

「まだ、終わりません」

 

彼女は廊下に転がっていた消火器を撃った。

 

白い煙が広がる。

 

敵が怯む。

 

その隙に七瀬は廊下を走り、窓から隣の棟へ飛び移ろうとする。

 

だが、外壁には敵のドローンがいた。

 

小型武装ドローン。

 

機銃が七瀬へ向く。

 

七瀬は舌打ちし、拳銃を構える。

 

一発。

 

二発。

 

ドローンのカメラが砕ける。

 

だが、完全には落ちない。

 

ドローンが乱射を始める。

 

七瀬は廊下へ転がり込む。

 

弾丸が壁を削る。

 

その時、下から銃声が響いた。

 

ドローンのローターが撃ち抜かれる。

 

さらにもう一発。

 

ドローンは火花を散らし、外壁から落ちた。

 

七瀬が窓の外を見る。

 

下の広場に、綾小路と海斗がいた。

 

海斗が叫ぶ。

 

「七瀬!飛べるか!」

 

七瀬は一瞬だけ状況を確認する。

 

三階。

 

下には日除け用の布製オーニング。

 

その先にカフェテラスの屋根。

 

普通なら危険。

 

だが、今は敵が迫っている。

 

七瀬は短く答えた。

 

「飛びます」

 

綾小路が周囲を見る。

 

「海斗、下の布を撃つな。支柱だけ残す」

 

「了解!」

 

敵が七瀬の背後へ迫る。

 

七瀬はライフルを背負い、窓枠に足をかけた。

 

背後の敵が叫ぶ。

 

「逃がすな!」

 

七瀬は振り返らずに飛んだ。

 

夜の空中へ身体が投げ出される。

 

一瞬、時間が止まる。

 

そして、オーニングへ落ちた。

 

布が大きく沈み、衝撃を吸収する。

 

海斗が支柱を撃ち、角度を変える。

 

七瀬の身体は滑るようにカフェテラスの屋根へ落ち、そこから綾小路が手を伸ばした。

 

「掴まれ」

 

七瀬はその手を掴む。

 

綾小路が引き寄せ、海斗が背後を撃って敵の追撃を止めた。

 

七瀬は地面に着地する。

 

息は荒い。

 

だが、立っている。

 

「助かりました」

 

海斗が笑う。

 

「派手な登場だったな」

 

七瀬は少しだけ表情を緩める。

 

「そちらの爆発ほどではありません」

 

綾小路が短く言う。

 

「走れるか」

 

「はい」

 

「なら移動する」

 

海斗が周囲を見る。

 

「敵が集まってくるぞ」

 

七瀬は即座に言う。

 

「私が敵通信に偽情報を流しました。ですが、長くは持ちません」

 

坂柳の声が無線に入る。

 

『合流を確認しました。次の退路ですが、

商業エリア西側は敵が塞いでいます。ホテル方面へ戻るルートも危険です』

 

堀北が言う。

 

『北側のジャングル保護区へ抜ける道だけが開いているわ』

 

海斗が顔をしかめる。

 

「開いている、ねぇ」

 

七瀬も表情を引き締める。

 

「誘導されています」

 

綾小路は頷く。

 

「ジャンボーの領域だ」

 

その名が出た瞬間、空気が重くなった。

 

銃声と爆発の商業エリアとは違う。

 

ジャングルは静かだ。

 

敵が見えない。

 

どこから襲ってくるか分からない。

 

しかも相手は、ジャングル戦の怪物。

 

ジャンボー。

 

海斗はベレッタを確認し、低く言う。

 

「行くしかねぇのか」

 

綾小路は答える。

 

「七瀬を連れて戻るには、敵の包囲が厚すぎる」

 

七瀬が言う。

 

「私のせいで……」

 

「違う」

 

綾小路は即座に言った。

 

「お前が内部から崩したから、こちらはここまで情報を得られた」

 

海斗も続ける。

 

「今度はこっちが連れて帰る番だ」

 

七瀬は少しだけ目を伏せ、それから頷いた。

 

「はい」

 

三人は商業エリア北側へ走った。

 

背後から敵部隊が追ってくる。

 

さらに上空からヘリの音。

 

コマンダーの声が響いた。

 

『七瀬ちゃん、裏切りとは悲しいねぇ!』

 

七瀬は走りながら無線を睨む。

 

「最初から味方ではありません」

 

『そういう強気、嫌いじゃないぜ!だが、次の相手は俺じゃない』

 

海斗が空を見上げる。

 

「分かってるよ!」

 

『森だ!』

 

コマンダーの笑い声が遠ざかる。

 

『ジャングルの王様が待ってるぜ!』

 

商業エリアの北端。

 

そこには、巨大なゲートがあった。

 

ジャングル保護区入口。

 

昼間は観光客向けの自然散策ルートとして整備されていた場所。

 

だが今は、ゲートの照明が半分消え、奥の森は黒い壁のように見えた。

 

人工都市の光が届かない。

 

湿った土の匂い。

 

虫の声。

 

木々のざわめき。

 

海上戦やホテル銃撃戦とは全く違う戦場が、目の前に広がっていた。

 

七瀬が息を整えながら言う。

 

「中に入れば、敵の追跡は鈍ります」

 

海斗が苦笑する。

 

「代わりに怪物がいるけどな」

 

綾小路は入口付近の地面を見る。

 

足跡。

 

複数。

 

だが、その中に一つだけ深い足跡がある。

 

大柄な男。

 

重い装備。

 

迷いのない歩き方。

 

ジャンボーだ。

 

「既に中にいる」

 

海斗が言う。

 

「そりゃ待ってるよな」

 

三人はゲートを抜けた。

 

一歩入った瞬間、音が変わった。

 

背後の銃声が遠くなる。

 

代わりに、葉の擦れる音、虫の羽音、どこかで流れる水の音が濃くなる。

 

暗い。

 

湿っている。

 

足元が柔らかい。

 

商業エリアとは別世界だった。

 

綾小路はすぐに手を上げ、二人を止めた。

 

「待て」

 

海斗が周囲を見る。

 

「何だ」

 

綾小路は地面を指差す。

 

細いワイヤー。

 

足首の高さ。

 

ほとんど見えない。

 

七瀬が息を呑む。

 

「罠……」

 

海斗が小さく笑う。

 

「さっそくかよ」

 

綾小路はワイヤーの先を見る。

 

茂みの奥に、木製の仕掛け。

 

踏めば横から丸太が振ってくる構造。

 

観光地のジャングルにあるものではない。

 

ジャンボーが仕掛けたものだ。

 

「解除する」

 

綾小路がしゃがむ。

 

だが、その瞬間。

 

遠くから低い声が聞こえた。

 

「……足音が大きい」

 

三人が一斉に身構える。

 

声は森の奥からだった。

 

姿は見えない。

 

だが、確かにいる。

 

海斗が低く言う。

 

「ジャンボーか」

 

沈黙。

 

そして、また声。

 

「自然は全てを見ている」

 

七瀬がスナイパーライフルを構える。

 

だが、狙う対象が見えない。

 

綾小路はワイヤーを切る。

 

罠は無力化された。

 

その瞬間、別方向から何かが飛んできた。

 

矢。

 

綾小路が七瀬の肩を掴み、引き倒す。

 

矢は七瀬のいた場所を抜け、木に突き刺さった。

 

海斗が即座に銃を向ける。

 

「見えたか!?」

 

「一瞬だけ」

 

綾小路が答える。

 

「十時方向。だがもう移動している」

 

海斗が舌打ちする。

 

「森の中で弓矢かよ」

 

七瀬は木に刺さった矢を見る。

 

先端に小型発信器のようなものが付いている。

 

「位置を知らせる矢です」

 

綾小路はすぐに矢を抜き、遠くへ投げた。

 

数秒後。

 

投げた先に銃撃が集中した。

 

森の奥から敵兵が撃っている。

 

海斗が笑う。

 

「危ねぇな!」

 

「ジャンボーがこちらを敵に知らせている」

 

七瀬が言う。

 

「単独で狩るだけではなく、敵部隊と連携もしている……」

 

海斗が顔をしかめる。

 

「寡黙なわりに嫌らしいな」

 

その時、背後のジャングル入口から敵部隊が入ってきた。

 

商業エリアの追手だ。

 

人数は十数人。

 

森の中へライトを向け、銃を構えて進んでくる。

 

「いたぞ!」

 

銃撃が始まる。

 

綾小路、海斗、七瀬は左右に散った。

 

ジャングルの中での銃撃戦。

 

木の幹が弾を受け、葉が舞う。

 

土が跳ねる。

 

枝が折れる。

 

海斗は倒木の陰へ入り、ベレッタで敵のライトを撃ち抜く。

 

暗闇が広がる。

 

七瀬は低い姿勢で移動し、敵の武器を正確に撃ち落としていく。

 

綾小路は罠の位置を見ながら敵を誘導する。

 

「海斗、右へ走らせろ」

 

「分かった!」

 

海斗がわざと派手に撃つ。

 

敵が追ってくる。

 

その足元に、ジャンボーの仕掛けた落とし穴があった。

 

綾小路はそれを利用する。

 

敵兵数人が足を踏み外し、落とし穴へ落ちる。

 

深くはない。

 

だが、動きは止まる。

 

海斗が笑う。

 

「敵の罠を敵に使うか」

 

「合理的だ」

 

七瀬が息を整えながら言う。

 

「綾小路先輩らしいです」

 

だが、ジャンボーはそれも読んでいた。

 

落とし穴の近くの木が軋む。

 

綾小路が気づく。

 

「離れろ!」

 

三人が飛び退く。

 

次の瞬間、巨大な丸太が横から振り抜かれた。

 

敵兵ごと地面を薙ぎ払うような勢いだった。

 

丸太は木に激突し、重い音を響かせる。

 

海斗が顔を引きつらせる。

 

「あれ、当たったら洒落にならねぇぞ」

 

綾小路は森の奥を見る。

 

「こちらを敵ごと処理する気だ」

 

七瀬が呟く。

 

「敵味方の区別が薄い……」

 

その時、また声がした。

 

「……森に入った者は、全て獲物だ」

 

海斗が肩をすくめる。

 

「ずいぶん分かりやすいルールだな」

 

綾小路は言う。

 

「動くぞ。足を止めるな」

 

三人はジャングルの奥へ進む。

 

背後では敵兵が混乱している。

 

だが、完全には振り切れていない。

 

さらに森のあちこちにジャンボーの罠がある。

 

ワイヤー。

 

落とし穴。

 

鳴子。

 

倒木。

 

偽の足跡。

 

誘導用の矢。

 

海斗は低く呟く。

 

「銃撃戦の方がまだ分かりやすかったな」

 

七瀬が頷く。

 

「見えない敵は厄介です」

 

綾小路は地面を見ながら進む。

 

「パターンはある」

 

海斗が見る。

 

「分かるのか」

 

「観光ルートから外れた場所に罠が多い。だが、完全な自然地形には少ない」

 

七瀬が続ける。

 

「観光客が通らない範囲に仕掛けている……」

 

「つまり、ジャンボーは無差別に島を壊しているわけではない」

 

海斗が小さく笑う。

 

「妙なところで律儀だな」

 

その瞬間、前方で爆発が起きた。

 

三人の進路を塞ぐように、火柱が上がった。

 

敵が持ち込んだ爆薬に、ジャンボーの罠が連動したのだ。

 

爆炎が木々を赤く照らし、黒煙が葉の間へ立ち上る。

 

熱風が三人を叩く。

 

海斗が腕で顔を守る。

 

「今度は爆発かよ!」

 

綾小路は周囲を見る。

 

「敵が近い」

 

爆発の向こうから、追手の部隊が現れる。

 

さらに左右からもライト。

 

挟まれた。

 

七瀬が弾倉を確認する。

 

「残弾が少ないです」

 

海斗もベレッタを見る。

 

「こっちも余裕はねぇ」

 

綾小路は地図を見る。

 

ジャングル保護区内の古い吊り橋。

 

その先は研究施設側へ抜ける管理道路に繋がっている。

 

だが、橋までは敵と罠の間を抜ける必要がある。

 

「吊り橋へ向かう」

 

海斗が言う。

 

「追い込まれてないか?」

 

「追い込まれている」

 

「素直だな」

 

「だから利用する」

 

三人は爆炎の横を抜け、吊り橋方面へ走る。

 

背後から敵の銃撃。

 

木々が弾ける。

 

前方から矢。

 

綾小路が身を低くし、海斗が七瀬を押して避ける。

 

七瀬は走りながら振り返り、一発撃つ。

 

敵のライトが砕ける。

 

暗闇。

 

吊り橋へ飛び込んだ瞬間だった。

 

背後で爆発が起こり、橋全体が激しく揺れた。

 

木製の床板が悲鳴を上げ、太いワイヤーが軋む。

 

「急げ!」

 

綾小路が叫ぶ。

 

三人は全力で走る。

 

しかし次の瞬間。

 

ジャンボーの放った一本の矢が橋を支えるロープを射抜いた。

 

張り詰めていたワイヤーが弾け飛ぶ。

 

吊り橋が大きく傾いた。

 

「しまっ――!」

 

七瀬の足元の板が砕ける。

 

体が宙へ投げ出された。

 

眼下には、霧に包まれた深い渓谷。

 

遥か下では激流が岩へ叩きつけられ、轟音を響かせている。

 

七瀬の体は崖へ吸い込まれるように落下した。

 

「七瀬!」

 

綾小路がとっさに地面へ滑り込み、片腕を伸ばす。

 

指先が七瀬の手首を掴んだ。

 

しかし勢いが強すぎる。

 

綾小路の体まで橋の端へ引きずられていく。

 

床板が次々と砕けた。

 

「綾小路!」

 

海斗が迷わず飛び込み、綾小路の腰へしがみつく。

 

さらに片腕を伸ばし、七瀬のもう片方の腕を力強く掴んだ。

 

七瀬は両腕だけで宙吊りになる。

 

下を見れば数十メートルはある断崖。

 

一瞬でも力を抜けば終わりだった。

 

橋は今も崩れ続けている。

 

支柱が裂け、床板が谷底へ次々と落下していく。

 

敵兵たちも思わず足を止めた。

 

「落ちるぞ!」

 

「橋が保たない!」

 

綾小路は歯を食いしばる。

 

腕が悲鳴を上げる。

 

海斗も全身に力を込めた。

 

「七瀬!」

 

「はい!」

 

「手を離すな!」

 

「絶対に離しません!」

 

三人は同時に力を込める。

 

「せぇぇぇぇっ!!」

 

綾小路と海斗が息を合わせ、一気に七瀬の体を引き上げた。

 

七瀬の体が橋の上へ滑り込む。

 

その直後だった。

 

吊り橋全体が轟音とともに完全崩落。

 

巨大な橋は無数の木片となって谷底へ飲み込まれていく。

 

三人は反対側へ転がり込み、間一髪で助かった。

 

七瀬は肩で大きく息をしながら、二人を見た。

 

「……助かりました」

 

海斗は荒い息のまま笑う。

 

「危ねぇ女だな」

 

綾小路も息を整えながら言う。

 

「三人で帰ると言っただろ」

 

七瀬は小さく笑い、力強く頷いた。

 

「はい。必ず実現してみせます」

 

その中で、ジャンボーの声が響く。

 

「……よく動く」

 

海斗が叫ぶ。

 

「褒めてんのか!?」

 

返事はない。

 

すぐ近くの川の流れが速かった。

 

膝下まである川は激しく泡立ち、一歩踏み出すたびに足をさらっていく。

 

岩には苔が張り付き、水しぶきで視界も悪い。

 

七瀬は川岸の岩陰へ身を寄せ、拳銃を構えた。

 

「気を付けてください!流れが――」

 

最後まで言えなかった。

 

海斗の目前で、水面が爆発した。

 

轟っ、と泥水が吹き上がる。

 

その中から巨大な影が飛び出した。

 

泥に全身を覆われた男。

 

サバイバルナイフを握るジャンボーだった。

 

「っ!」

 

海斗は反射的にベレッタを抜く。

 

しかし、水飛沫をまとったジャンボーは

獣のような速度で懐へ潜り込み、ナイフの背で海斗の腕を強打した。

 

乾いた衝撃。

 

ベレッタの銃口が天を向き、銃声だけが虚しく森へ響く。

 

綾小路がすぐさま横から飛び込む。

 

拳。

 

肘。

 

膝。

 

連続で急所を狙う。

 

だがジャンボーは腕一本で受け止めた。

 

鈍い音だけが返る。

 

まるで巨大な丸太を殴っているようだった。

 

海斗が体勢を立て直し、膝蹴りを叩き込む。

 

腹部へ直撃。

 

それでもジャンボーは半歩しか下がらない。

 

逆に片腕で海斗を押し返した。

 

流れに足を取られた海斗が数歩よろめく。

 

その隙を見逃さず、ジャンボーは再び川へ身を投げた。

 

巨大な体が一瞬で濁流へ消える。

 

「消えた!」

 

七瀬が叫ぶ。

 

水面には泥が渦を巻くだけ。

 

姿がない。

 

綾小路は視線を巡らせる。

 

泡。

 

流木。

 

激流。

 

どこから来る。

 

次の瞬間。

 

「下だ!」

 

海斗が叫ぶ。

 

水中から巨大な腕が伸び、綾小路の足首を掴んだ。

 

そのまま濁流へ引きずり込む。

 

「っ!」

 

綾小路の姿が一瞬、水中へ消えた。

 

七瀬は銃を向ける。

 

だが撃てない。

 

味方ごと撃ち抜いてしまう。

 

「綾小路先輩!」

 

水中では泥が舞い、何も見えない。

 

綾小路は川底へ押さえ付けられる。

 

激流が肺から空気を奪う。

 

視界の奥で、泥まみれのジャンボーの目だけが獣のように光った。

 

その瞬間。

 

海斗が躊躇なく川へ飛び込む。

 

濁流の中へ潜り込み、ジャンボーの腕へ肘を叩き込んだ。

 

一瞬だけ拘束が緩む。

 

綾小路は岩を蹴って水面へ飛び出した。

 

「はぁっ!」

 

大きく息を吸う。

 

だが休む暇はない。

 

ジャンボーも同時に水面を割って現れた。

 

泥水を撒き散らしながら、巨大なナイフを横薙ぎに振るう。

 

海斗が身を屈める。

 

刃が髪を掠めた。

 

綾小路は低い姿勢から足払いを放つ。

 

ジャンボーの足がわずかに浮く。

 

「今だ!」

 

七瀬が照準を合わせる。

 

しかしジャンボーは、その瞬間にはもう川へ沈んでいた。

 

銃弾は水柱だけを撃ち抜く。

 

「また……!」

 

七瀬は歯を食いしばる。

 

泡だけが上流から流れてくる。

 

右か。

 

左か。

 

いや――。

 

「海斗!」

 

綾小路が叫ぶ。

 

海斗は反射的に横へ飛んだ。

 

直後。

 

ジャンボーが水面を突き破って飛び出し、サバイバルナイフを突き上げる。

 

刃は海斗の肩口を浅く裂いた。

 

鮮血が泥水へ溶ける。

 

「くっ!」

 

海斗は痛みに構わず、両足でジャンボーの胸を蹴り飛ばした。

 

巨体が水しぶきを上げて後退する。

 

だが倒れない。

 

ジャンボーは無言のまま、再び濁流へ姿を消した。

 

川そのものが敵だった。

 

どこから現れるか分からない。

 

泥で視界は遮られ、激流で踏ん張りも利かない。

 

巨体でありながら水中では魚のように素早く動くジャンボーに、

綾小路、海斗、七瀬の三人は完全に翻弄されていた。

 

水が激しく綾小路の顔を叩く。

 

泥と泡で視界はほぼゼロ。

 

川底の岩に背中を打ちつけられながら、巨大な手が再び彼の首を掴もうとする。

 

全身を泥で塗り固め、川そのものと同化した怪物。

 

綾小路は肘を振り下ろすが、水の抵抗で威力は半減。

 

逆にジャンボーの拳が腹部にめり込む。

 

肺から空気が一気に押し出され、気泡が大量に上がる。

 

その瞬間、海斗が濁流を割って突っ込んできた。

 

「放せっ!」

 

海斗の膝がジャンボーの側頭部に炸裂。

 

巨体がわずかに傾く。

 

しかしジャンボーは海斗の足を掴み、そのまま川底へ引きずり込んだ。

 

二人が絡み合うように激流の中で揉み合う。

 

七瀬は岸の岩にしがみつきながら狙うが、やはり撃てない。

 

「くっ……!」

 

水面が泡立ち、時折巨大な影が浮かび上がる。

 

拳が水を叩き、ナイフが光り、血が薄く広がる。

 

水圧が耳を圧迫し、息ができない。

 

やがて海斗が水面を突き破って飛び出した。

 

血を流しながら荒い息。

 

「この野郎……水の中でも化け物かよ!」

 

直後、ジャンボーが再び浮上。

 

泥まみれの巨体が月光を浴びて異様な迫力を見せる。

 

彼はナイフを逆手に持ち、低く呟いた。

 

「……森は、静かな獲物を好む」

 

その言葉が終わらないうちに、彼は再び水没。

 

今度は七瀬の足元へ。

 

七瀬が咄嗟に跳び退くが、足首を掴まれる。

 

体が川へ引きずり込まれそうになる。

 

「七瀬!」

 

綾小路が岩を蹴って飛びつき、七瀬の腰を抱える。

 

三人が必死に川岸へ這い上がろうとする中、

ジャンボーはゆっくりと水面から顔だけを出し、ただ見ていた。

 

狩る気はまだない。

 

ただ、追い詰め、疲弊させ、恐怖を与えている。

 

それが彼の狩り方だった。

 

やがて、背後の森から複数の足音が響く。

 

敵兵だった。

 

ジャンボーは接近する味方の気配を確認する。

 

そして三人を見据え、低く一言だけ呟いた。

 

「……狩りは、ここまでだ」

 

近くの木に仕掛けたワイヤーが引かれた。

 

敵兵が踏み込んだ場所で、地面が爆ぜた。

 

土砂と炎が噴き上がる。

 

敵部隊が吹き飛ばされ、森の中に悲鳴と怒号が響く。

 

海斗が目を見開く。

 

「味方も巻き込むのかよ!」

 

ジャンボーは静かに言う。

 

「森を荒らす者に味方はいない」

 

綾小路はその言葉を聞き逃さなかった。

 

ジャンボーは傭兵集団に属している。

 

だが、完全に従っているわけではない。

 

彼には彼のルールがある。

 

自然。

 

森。

 

足音。

 

侵入者。

 

それだけが基準だ。

 

ジャンボーは再びナイフを構える。

 

だが、遠くでコマンダーの声が無線越しに響いた。

 

『ジャンボー、聞こえてるか?』

 

ジャンボーはしばらく黙っていた。

 

『……ったく、また勝手に消えやがった』

 

そして、ナイフを下ろす。

 

「……まだ狩らない」

 

海斗が低く言う。

 

「逃がしてくれるのか?」

 

ジャンボーは森の奥へ下がる。

 

「森は逃がさない」

 

その言葉を残し、巨体は闇に消えた。

 

七瀬が息を吐く。

 

「……消えた」

 

海斗は汗を拭う。

 

「冗談みてぇな奴だな」

 

綾小路は周囲を見る。

 

「止まるな。あの吊り橋へ」

 

三人は再び走り出した。

 

先ほどとは別の吊り橋は、ジャングルの深い谷に架かっていた。

 

観光用に整備された橋だったが、今は照明が半分消え、風に揺れている。

 

下には暗い川。

 

向こう側には管理道路。

 

そこを抜ければ、研究施設側へ戻れる。

 

だが、橋の手前で敵部隊が追いついた。

 

「止まれ!」

 

銃撃。

 

三人は橋へ飛び込む。

 

木製の床板が揺れる。

 

弾丸が橋のワイヤーを叩き、火花が散る。

 

海斗が振り返る。

 

「この橋も、持つのか!?」

 

綾小路が走りながら答える。

 

「持たせる」

 

「どうやって!」

 

「走る」

 

「根性論かよ!」

 

七瀬が後ろへ一発撃つ。

 

敵の先頭が足を止める。

 

だが、さらに敵が迫る。

 

そして、森の奥からまた矢が飛んできた。

 

矢は橋の支柱に刺さった。

 

先端には小型爆薬。

 

綾小路が気づく。

 

「伏せろ!」

 

爆発。

 

橋の片側の支柱が砕けた。

 

橋が大きく傾く。

 

七瀬がバランスを崩す。

 

海斗が腕を掴む。

 

「落ちるな!」

 

「すみません!」

 

綾小路は前方へ走り、残った支柱を見る。

 

もう一発来れば橋は落ちる。

 

敵もそれを理解した。

 

橋の入口から撃ってくる。

 

綾小路は足を止めず、手榴弾を取り出した。

 

海斗が叫ぶ。

 

「橋でそれ使うのか!?」

 

「入口を塞ぐ」

 

「橋ごと落とすなよ!」

 

綾小路は振り返らずに投げた。

 

手榴弾は橋の入口手前、敵の足元ではなく、近くの倒木と岩の間に落ちた。

 

爆発。

 

岩が崩れ、倒木が転がり、橋の入口を塞ぐ。

 

敵部隊の進行が止まる。

 

同時に爆風で橋がさらに揺れた。

 

海斗が叫ぶ。

 

「揺らすな!」

 

綾小路が答える。

 

「塞いだ」

 

「そういう問題じゃねぇ!」

 

三人は橋を渡り切る。

 

その瞬間、背後で橋の支柱が限界を迎えた。

 

ギギギギギ、と嫌な音。

 

そして、また橋が崩れ落ちた。

 

木板とワイヤーが谷底へ落ちていく。

 

敵部隊は追ってこられない。

 

海斗は膝に手をつき、息を吐く。

 

「……落ちる橋ばっかでおっかねえな」

 

七瀬も息を整える。

 

「本当にこりごりです……」

 

綾小路は森の向こうを見る。

 

「まだ助かってはいない」

 

管理道路の先。

 

研究施設側へ続く暗い道。

 

そこに、巨大な影が一瞬だけ見えた。

 

ジャンボーではない。

 

複数の車両。

 

敵の輸送部隊。

 

そして、その奥にコンテナ港へ続く道。

 

坂柳の声が無線に入る。

 

『綾小路くん、朝霧さん、七瀬さん。現在位置を確認しました。

その道は研究施設の裏手へ繋がっていますが、

同時にコンテナ港への搬送路でもあります』

 

堀北が続く。

 

『敵の車列が移動中よ。目的地はおそらく研究施設』

 

麗華の声が緊迫する。

 

『エネルギーコアの保管区画へ向かうつもりだわ』

 

海斗が顔を上げる。

 

「休む暇なしか」

 

綾小路は頷く。

 

「ここからが本命だ」

 

七瀬もライフルを構え直す。

 

「私も行きます」

 

海斗が見る。

 

「大丈夫か」

 

「はい。もう隠れる必要はありませんから」

 

綾小路は短く言う。

 

「なら行くぞ」

 

三人は管理道路へ走り出した。

 

背後の森では、ジャンボーが静かに彼らを見ていた。

 

巨大なナイフを腰に戻し、弓を肩にかける。

 

その表情は読めない。

 

ただ、低く呟く。

 

「……足音が変わった」

 

敵として見るのか。

 

獲物として追うのか。

 

それとも。

 

森の怪物は、まだ答えを出していない。

 

常夏の島は、海からホテルへ、

ホテルから商業エリアへ、そしてジャングルへと戦場を変えた。

 

次に待つのは、巨大コンテナ港。

 

そして、重火器の要塞。

 

コマンダー。

 

戦いは、さらに激しさを増していく。

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