ザ・ダイハード・マスターピース   作:EXTERMINATION

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第89話 海上の城へ

燃えるコンテナ港を、黒煙が覆っていた。

 

巨大クレーンは崩れ落ち、港中央に鉄の山を作っている。

 

コンテナは雪崩のように崩れ、

港湾管理棟の上部は爆発で吹き飛び、通信アンテナは折れて炎を上げていた。

 

さっきまで敵の要塞だった場所は、

今や赤い火と黒い煙に包まれた巨大な瓦礫の迷宮になっている。

 

だが、完全に終わったわけではない。

 

遠くの岸壁では、敵の残存部隊が撤退を始めていた。

 

目的地は沖合。

 

白い巨大クルーズ船。

 

本来なら、エデン・アイランドの目玉となる豪華客船だった。

 

今は、傭兵集団の最後の拠点になっている。

 

海斗は岸壁へ向かいながら、燃える港を振り返った。

 

「港一つ潰しても、まだ終わらねぇのかよ」

 

綾小路清隆は前を見たまま答える。

 

「敵は最初から複数の拠点を用意していた」

 

七瀬翼もライフルを背負い直す。

 

「港は補給と指揮の中継地点。クルーズ船はおそらく最終撤収拠点です」

 

海斗が舌打ちする。

 

「撤収拠点ってことは、逃げる準備もあるってことか」

 

「ええ。あそこから島外通信を復旧させるか、

エネルギーコアのデータを持ち出すつもりかもしれません」

 

綾小路は無線を入れた。

 

「坂柳、聞こえるか」

 

坂柳有栖の声がすぐに返る。

 

『聞こえています。港湾通信は沈黙しましたが、

クルーズ船側から断続的な暗号通信が出ています』

 

堀北鈴音が続く。

 

『敵は港から船へ移っているわ。

研究施設への直接攻撃は弱まったけれど、油断はできない』

 

麗華の声も入る。

 

『エネルギーコアの遠隔ロックは維持しているわ。

でも船側から強制解析用の機材を持ち込まれたら、時間の問題になる』

 

海斗は岸壁の向こうに見えるクルーズ船を見た。

 

「つまり、あそこを止めれば一気に終わりに近づく」

 

坂柳が答える。

 

『そうなります。ただし、簡単ではありません』

 

「簡単だったことがあったか?」

 

『ありませんね』

 

海斗は小さく笑った。

 

「だろうな」

 

綾小路は岸壁に停められた複数の小型艇を見る。

 

敵が使っていた高速艇。

 

一部は損傷しているが、まだ動きそうなものもある。

 

七瀬が周囲を確認する。

 

「敵もこちらが船へ向かうことは予測しています。海上で迎撃されるはずです」

 

海斗はベレッタ二丁を確認する。

 

「海上戦の次は船上戦か」

 

綾小路は静かに言った。

 

「その前に、仲間を安全にする」

 

「どういうことだ」

 

「第二シェルターが安全とは限らない。

敵がクルーズ船へ撤退するなら、その前に人質を取ろうとする可能性がある」

 

七瀬が頷く。

 

「あり得ます。コマンダーは派手ですが、作戦目的は見失っていません」

その時、無線の向こうで軽井沢の声が響いた。

 

『ちょっと!今、人質とか聞こえたんだけど!?』

 

森下藍の声も続く。

 

『綾小路清隆!朝霧海斗!そういう不吉な言葉は小声で言ってください』

 

ツキが軽く笑うような声で割り込む。

 

『藍は大声で不吉を拡散してる』

 

少し沈黙。

 

『確かに』

 

『認めるんだ!?』

 

軽井沢が叫ぶ。

 

森下は真面目に続ける。

 

『結果的に島全域へ共有してしまいました』

 

『見事な広報担当』

 

『島内放送レベルですね』

 

『自分で言うな!』

 

海斗が思わず笑った。

 

「お前ら、シェルターでも元気だな」

 

ツキが答える。

 

『藍が慌てると避難民の方々が少し笑うので、私は適度に燃料を投下している』

 

森下は少し考えた。

 

『たしかに』

 

『理解した』

 

『藍は非常時用エンターテインメント』

 

『そういう扱いなんですか』

 

『避難所の空気が和む』

 

『重要です』

 

『重要なんですね』

 

軽井沢が腹を抱える。

 

『何で納得してるの!?』

 

森下は真面目に答えた。

 

『役に立っているなら悪くありません』

 

『前向き』

 

『長所です』

 

『褒められました』

 

『褒めてない』

 

ツキが続ける。

 

『大丈夫』

 

『藍はよく燃える』

 

森下は少し考えた。

 

『確かに今日も何度か燃えました』

 

『比喩です』

 

『情緒的に』

 

『理解しました』

 

『乾燥注意報です』

 

『何の話ですか?』

 

一之瀬帆波の穏やかな声が入る。

 

『でも、本当に助かってるよ。みんな少し落ち着いてるから』

 

椎名ひよりも言う。

 

『笑える空気は大事ですね』

 

軽井沢が元気よく続ける。

 

『そうそう。ツキと森下さんの漫才、もはや避難所名物だし』

 

森下が慌てる。

 

『名物にしないでください』

 

ツキが楽しそうに言う。

 

『藍ちゃんまんじゅうとして売り出しましょう』

 

『美味い!美味すぎる!』

 

海斗は少しだけ肩の力を抜いた。

 

激しい戦いの中で、こういう声が聞こえる。

 

それだけで、自分たちが何を守っているのか分かる。

 

綾小路も、わずかに表情を緩めていた。

 

その時、尊徳の声が入った。

 

『こちら尊徳。第二シェルター周辺の敵は今のところ抑えている。

彩様も落ち着いて誘導を続けている』

 

彩の声も続く。

 

『皆さん、避難民の方々は大丈夫です。私も、ちゃんとやれています』

 

麗華が優しく答える。

 

『彩、無理はしないで。でも、とても頼もしいわ』

 

彩は少し照れたように言った。

 

『はい、お姉様』

 

尊徳が小さく笑う。

 

『彩様、今の調子なら大丈夫です。

ただ、前に出すぎないようにしてくださいね。そこは本当にお願いします』

 

『はい。尊徳さんも、あまり心配しすぎないでください』

 

『それは難しい相談ですね。護衛なので』

 

海斗が無線越しに言う。

 

「尊徳、彩を頼むぞ」

 

尊徳は即答した。

 

『もちろんだ。海斗も無茶するなよ。……と言っても、たぶん無茶するんだろうが』

 

「よく分かってるじゃねぇか」

 

『付き合いがあるからな』

 

そのやり取りに、彩が少し笑った気配があった。

 

港の爆炎の中で、仲間たちの声が確かに繋がっている。

 

綾小路はその全員の声を聞いた上で、岸壁に並ぶ高速艇を見た。

 

「船へ向かう前に、追跡部隊を振り切る」

 

海斗が言う。

 

「また海か」

 

七瀬がスコープを覗く。

 

「待ってください。港北側から熱源反応。大型です」

 

坂柳の声が緊迫する。

 

『こちらでも確認しました。

港北側、ジャングル方面から接近する熱源が一つ。いえ、武器反応が複数』

 

海斗が眉をひそめる。

 

「ジャングル方面?」

 

綾小路は港北側へ視線を向けた。

 

黒煙の向こう。

 

燃えるコンテナの影。

 

そこから、重い足音が近づいてくる。

 

一歩。

 

また一歩。

 

金属を踏む音。

 

瓦礫を砕く音。

 

七瀬がライフルを構える。

 

「まさか……」

 

影が炎の中から現れた。

 

巨大な体。

 

黒い戦闘装備。

 

無言の顔。

 

そして、両手にそれぞれ一丁ずつ握られたM60機関銃。

 

ジャンボーだった。

 

海斗が目を見開く。

 

「おいおい……」

 

綾小路も表情を引き締める。

 

「二丁持ちか」

 

ジャンボーはゆっくりと港へ踏み込んだ。

 

ジャングルの怪物が、森から港へ出てきた。

 

彼の背後には数人の敵兵がいたが、誰も近づこうとしない。

 

ジャンボーは二丁のM60を持ったまま、低く呟いた。

 

「……森が燃えた」

 

海斗が小さく言う。

 

「怒ってるのか?」

 

ジャンボーは答えない。

 

ただ、M60の銃口を三人へ向けた。

 

次の瞬間。

 

二丁のM60が同時に火を噴いた。

 

空気が震えた。

 

機関銃二丁分の弾幕が、コンテナ港を横薙ぎにする。

 

弾丸がコンテナの壁を叩き、金属板が蜂の巣になり、火花が滝のように散る。

 

積み上がった木箱が粉砕され、

港湾車両の窓が一斉に割れ、遠くの照明塔が火を噴いた。

 

綾小路、海斗、七瀬は同時に散った。

 

海斗が叫ぶ。

 

「火力がコマンダー級じゃねぇか!」

 

七瀬がコンテナの陰へ滑り込む。

 

「二丁のM60を手持ちで……普通ではありません!」

 

綾小路は低い姿勢で移動しながら言う。

 

「正面から撃ち合うな」

 

「言われなくても!」

 

ジャンボーは歩きながら撃つ。

 

一歩ずつ。

 

無言に近く。

 

だが、その火力は嵐だった。

 

二丁のM60の銃声が重なり、まるで港全体が巨大な機械に削られているようだった。

 

弾丸が燃料ドラムに当たる。

 

一つが破裂し、炎が走る。

 

別の弾がフォークリフトの燃料部へ命中する。

 

小規模な爆発が起きる。

 

その爆風の中でも、ジャンボーは止まらない。

 

海斗がコンテナの陰から叫ぶ。

 

「おいジャンボー!森が燃えたって、オレらだけのせいじゃねぇぞ!」

 

ジャンボーの銃撃が一瞬止まる。

 

そして、低い声。

 

「……足音が大きい」

 

海斗が顔をしかめる。

 

「会話になってねぇ!」

 

綾小路はジャンボーの動きを観察していた。

 

怒りに任せて撃っているわけではない。

 

銃撃の方向は正確。

 

追い込む射線。

 

逃げ道を潰す弾幕。

 

しかも、弾を撃ち尽くす前に必ず位置を変えている。

 

海斗が言う。

 

「どう崩す?」

 

綾小路は周囲を見る。

 

「弾を撃たせる」

 

「耐えろってことか?」

 

「違う。誘導する」

 

七瀬が理解する。

 

「港中央の残った燃料タンクへ?」

 

「そうだ」

 

海斗が笑う。

 

「あの火力で自分から爆発させるわけか」

 

「狙って当てさせる」

 

「簡単に言うな」

 

ジャンボーが再びM60を構える。

 

七瀬が先に動いた。

 

彼女はコンテナ上へ駆け上がり、あえてジャンボーの視界に入る位置へ出る。

 

ジャンボーの銃口が向く。

 

綾小路が叫ぶ。

 

「七瀬、下がれ!」

 

七瀬は一瞬だけ撃つ。

 

狙いはジャンボーではない。

 

彼の右側に吊られていた古い作業灯。

 

作業灯が砕け、火花が散る。

 

ジャンボーの視界が一瞬乱れる。

 

その隙に海斗が左から走り、ベレッタでジャンボーの足元を撃つ。

 

ジャンボーは動じない。

 

二丁のM60が海斗へ向く。

 

海斗は全力で横へ飛んだ。

 

弾幕が彼の背後を削り、コンテナの壁を破裂させる。

 

綾小路はその射線を確認していた。

 

あと少し。

 

ジャンボーの弾幕が燃料タンクの支柱へ近づく。

 

「海斗、もう少し右だ」

 

「無茶言うな!」

 

「できる」

 

「お前のできるは信用ならねぇ!」

 

それでも海斗は動く。

 

右へ。

 

さらに右へ。

 

ジャンボーの弾幕が追う。

 

弾丸が燃料タンクの支柱を叩いた。

 

金属が歪む。

 

七瀬がすぐに支柱の反対側を撃つ。

 

綾小路もガバメントで固定ボルトを撃ち抜いた。

 

燃料タンクが傾く。

 

ジャンボーが気づく。

 

だが、遅い。

 

傾いた燃料タンクから燃料が漏れ、下の炎へ流れ込む。

 

巨大な爆発が起きた。

 

火柱が港の夜空へ突き刺さり、爆風が周囲のコンテナを押し倒す。

 

黒煙と炎がジャンボーの巨体を包む。

 

七瀬はコンテナの上から飛び降り、海斗は地面を転がって衝撃を逃がす。

 

綾小路も遮蔽物の裏へ飛び込んだ。

 

海斗が咳き込みながら顔を上げる。

 

「やったか?」

 

綾小路が即座に言う。

 

「その言い方はやめろ」

 

黒煙の中から、足音。

 

ジャンボーが出てきた。

 

M60の片方は破損していた。

 

だが、もう片方はまだ手にある。

 

服は焦げ、肩には破片が刺さっている。

 

それでも、歩いている。

 

海斗が呆れる。

 

「このシリーズの怪物枠、しぶとすぎるだろ」

 

ジャンボーは片方のM60を投げ捨て、残った一丁を構えた。

 

だが、撃たなかった。

 

代わりに、低く言った。

 

「……森ではない」

 

綾小路はその言葉を聞いた。

 

「ここはお前の領域じゃない」

 

ジャンボーは沈黙する。

 

海斗が言う。

 

「なら森に帰れよ。こっちも忙しいんだ」

 

ジャンボーは海斗を見る。

 

「……騒がしい」

 

「よく言われる」

 

「足音も大きい」

 

「それは言われねぇな」

 

一瞬、妙な間があった。

 

ジャンボーは残ったM60を下ろした。

 

そして、沖合のクルーズ船を見た。

 

「……あれが森を燃やす」

 

綾小路は静かに問う。

 

「クルーズ船に積まれている何かを知っているのか」

 

ジャンボーは答えない。

 

だが、視線は船から離れない。

 

七瀬が言う。

 

「敵の最終拠点です。おそらく島のエネルギーシステムへ干渉する機材もある」

 

ジャンボーはしばらく黙っていた。

 

そして、港の端へ歩き出す。

 

海斗が警戒する。

 

「どこ行く」

 

ジャンボーは振り返らない。

 

「……獲物を変える」

 

その言葉だけを残し、ジャンボーは炎の向こうへ消えていった。

 

海斗は銃を下ろさずに呟く。

 

「味方になった……わけじゃねぇよな」

 

綾小路は答える。

 

「少なくとも、今の標的は変わった」

 

七瀬も頷く。

 

「クルーズ船で再接触する可能性があります」

 

「面倒な味方未満だな」

 

「敵よりはいい」

 

「まあな」

 

その時、岸壁の方から銃声が響いた。

 

敵の残存部隊が高速艇へ乗り込み、クルーズ船へ向かおうとしている。

 

一隻。

 

二隻。

 

三隻。

 

綾小路は言った。

 

「船を確保する」

 

海斗が走り出す。

 

「どれにする?」

 

七瀬が指差す。

 

「あれです。燃料が残っていて、損傷も少ない」

 

岸壁の端に、黒い高速艇が一隻残っていた。

 

敵の予備艇だ。

 

三人は走る。

 

敵兵が気づき、撃ってくる。

 

七瀬が足を止めずに撃ち返し、敵の武器を弾く。

 

海斗がベレッタで牽制し、綾小路が艇へ飛び乗った。

 

「動くか」

 

海斗が操縦席へ滑り込む。

 

「動かす」

 

「頼む」

 

「任せろ」

 

エンジンが唸る。

 

黒い高速艇が岸壁を離れる。

 

背後で敵が撃ってくる。

 

弾丸が船体を叩く。

 

七瀬は後部から応戦する。

 

海斗はスロットルを押し込んだ。

 

高速艇が夜の海へ飛び出す。

 

目指す先は、巨大クルーズ船。

 

海上の城。

 

最終決戦の舞台。

 

無線から坂柳の声が入る。

 

『三名の海上移動を確認。クルーズ船までは約四分。

ただし、敵艇が複数先行しています』

 

堀北が言う。

 

『無理に先に乗り込まないで。敵が罠を張っている可能性が高いわ』

 

海斗が笑う。

 

「罠じゃなかったことがないだろ」

 

麗華が言う。

 

『海斗、十割で』

 

「分かってる」

 

『本当に?』

 

「十割で戻る。七瀬も連れてな」

 

七瀬は少し驚いたように海斗を見る。

 

綾小路は前を見たまま言った。

 

「全員で帰る」

 

七瀬は小さく頷いた。

 

「はい」

 

背後では、燃える港が遠ざかっていく。

 

黒い高速艇が、夜の海を切り裂いていた。

 

背後には炎上するコンテナ港。

 

崩れた巨大クレーンはまだ赤く燃え、折れた港湾通信塔が黒煙を上げている。

 

海面には火の粉が映り、波が赤く揺れていた。

 

その光景を背に、綾小路、海斗、七瀬の三人は

沖合の大型クルーズ船へ向かう。

 

白い巨大な船体。

 

何層にも重なる客室。

 

ガラス張りの展望ラウンジ。

 

巨大なプールデッキ。

 

本来なら、富裕層向けの優雅な船旅を演出するための豪華客船だった。

 

だが今、その船は敵の最終拠点になっている。

 

船体の各所には投光器が据え付けられ、

甲板には武装兵が立ち、上層デッキには機関銃座らしき影が見えた。

 

船尾側には小型ヘリが停まっている。

 

さらに、船腹には臨時の貨物用ゲートが開いていた。

 

敵の高速艇が次々とそこへ吸い込まれていく。

 

七瀬がスコープを覗きながら言う。

 

「敵は船尾側から人員を回収しています。

船腹の貨物ゲートが侵入口として使えますが、当然見張られています」

 

海斗は操縦席で舌打ちする。

 

「正面玄関みたいなもんか」

 

綾小路は船体を見上げる。

 

「なら正面からは入らない」

 

海斗が笑う。

 

「今さら慎重だな」

 

「慎重に無茶をする」

 

「それは慎重なのか?」

 

「必要な無茶だ」

 

「また便利な言葉が出たな」

 

無線に坂柳有栖の声が入る。

 

『クルーズ船は島内システムとは独立しています。

こちらから内部制御に入るには、

船内ネットワークへ直接アクセスする必要があります』

 

麗華の声が続く。

 

『船内には二階堂グループの設備も一部あるわ。

観光用の端末、客室管理、非常扉。

そのあたりなら私の認証が使えるかもしれない』

 

堀北鈴音が言う。

 

『つまり、船に乗り込んで端末を確保する必要があるわけね』

 

「そうなる」

 

綾小路は答えた。

 

海斗が船体側面を見る。

 

「なら、あの貨物ゲートの少し下。メンテナンス用の梯子がある」

 

七瀬が確認する。

 

「見えます。ただ、波が高いです」

 

「船に近づきすぎると撃たれる」

 

海斗はニヤリと笑った。

 

「だから、撃たれる前に飛びつく」

 

七瀬が一瞬だけ黙る。

 

「……本当にそういう作戦なんですね」

 

綾小路は短く言った。

 

「他に時間がない」

 

「分かりました」

 

高速艇はクルーズ船の側面へ近づく。

 

敵の投光器が海面を走る。

 

まだ見つかっていない。

 

だが、あと少しで光に入る。

 

綾小路はガバメントを確認した。

 

海斗は操縦桿を握り直す。

 

七瀬はライフルを背負い、短銃へ持ち替える。

 

海斗が低く言う。

 

「三秒で寄せる。二秒で飛べ」

 

七瀬が頷く。

 

「はい」

 

綾小路も答える。

 

「了解」

 

高速艇が一気に加速した。

 

波を乗り越え、船腹へ斜めに接近する。

 

投光器がこちらへ向いた。

 

敵の声が響く。

 

「艇だ!」

 

「止めろ!」

 

銃撃が始まる。

 

弾丸が海面を叩き、水柱が上がる。

 

高速艇の船体に火花が散る。

 

海斗は速度を落とさない。

 

「掴まれ!」

 

船体が揺れる。

 

クルーズ船の巨大な壁が目の前に迫る。

 

メンテナンス梯子。

 

海斗はギリギリで横付けした。

 

「今だ!」

 

綾小路が最初に飛んだ。

 

梯子を掴む。

 

七瀬が続く。

 

海斗は最後に操縦席から飛び移り、片手で梯子を掴んだ。

 

無人になった高速艇はそのまま船腹をかすめ、敵の貨物ゲート下へ突っ込む。

 

海斗がベレッタを抜き、艇の燃料部へ一発撃ち込んだ。

 

次の瞬間。

 

高速艇が爆発した。

 

船腹近くで巨大な火球が広がり、水柱と爆炎が同時に吹き上がる。

 

貨物ゲート前の敵兵たちが爆風で吹き飛び、投光器の一つが砕け散った。

 

火の粉が海面へ降り注ぎ、巨大船の白い壁が赤く照らされる。

 

海斗は梯子にぶら下がったまま笑った。

 

「乗船料代わりだ」

 

七瀬が顔をしかめながらも言う。

 

「派手すぎます」

 

綾小路は上を見た。

 

「上がるぞ」

 

三人は梯子を登った。

 

船体の側面を登るたび、下から銃弾が飛んでくる。

 

七瀬が片手で梯子を掴みながら、拳銃で敵の照明を撃つ。

 

海斗はベレッタで貨物ゲート側の兵士の武器を弾く。

 

綾小路は上の点検ハッチを開けようとする。

 

ロックされていた。

 

「麗華」

 

『聞こえているわ。ハッチの型番を見せて』

 

綾小路は小型カメラを向ける。

 

麗華の声が少し早口になる。

 

『旧式の二階堂製ね。非常解除コードを送るわ』

 

坂柳が続く。

 

『敵も気づいています。下からの追撃が増えています』

 

海斗が叫ぶ。

 

「早めに頼む!」

 

麗華が言う。

 

『送ったわ!』

 

綾小路がコードを入力する。

 

ハッチが開いた。

 

三人は内部へ滑り込む。

 

狭いメンテナンス通路。

 

配管。

 

配線。

 

薄暗い照明。

 

外の爆発音が壁越しに響く。

 

海斗がハッチを閉める。

 

その直後、外側に弾丸が当たり、金属音が鳴った。

 

「ギリギリだな」

 

七瀬が息を整える。

 

「内部侵入、成功です」

 

綾小路は通路の先を見る。

 

「ここから船内ネットワーク端末を探す」

 

坂柳の声が返る。

 

『船内図面を復元中です。現在位置は下層メンテナンス区画。

上へ出れば厨房区画、その先に中央アトリウムがあります』

 

海斗が笑う。

 

「豪華客船で厨房から侵入か」

 

綾小路が言う。

 

「観光客としては最悪のルートだな」

 

「今さら観光客じゃねぇだろ」

 

「そうだな」

 

三人は通路を進む。

 

狭いメンテナンス区画を抜けると、厨房へ出た。

 

広い。

 

ステンレスの調理台が並び、巨大な冷蔵庫、

食材保管庫、配膳用エレベーターがある。

 

本来なら料理人たちが忙しく動いていた場所。

 

今は敵兵の臨時詰所になっていた。

 

数人の傭兵が通信機を持ち、弾薬箱を運んでいる。

 

綾小路が手で二人を止める。

 

七瀬が敵の数を数える。

 

「七人」

 

海斗がベレッタを抜く。

 

「厨房なら火も油もあるな」

 

綾小路は低く言う。

 

「爆発は最小限だ」

 

海斗が肩をすくめる。

 

「この船で言うと説得力ねぇな」

 

七瀬が少し小さく笑った。

 

綾小路が先に動いた。

 

調理台の下を移動し、敵の足元へ近づく。

 

海斗は反対側から皿のラックを倒した。

 

大量の皿が床へ砕け散る。

 

敵が一斉に振り向く。

 

「何だ!?」

 

その瞬間、七瀬が冷静に拳銃を撃つ。

 

一発目で照明。

 

二発目で敵の通信機。

 

三発目で壁の警報スイッチ。

 

厨房が赤い非常灯に切り替わる。

 

綾小路は暗がりから飛び出し、一人目の腕を取って調理台へ押さえ込む。

 

海斗はベレッタで敵の銃を弾き、蹴りで床へ倒す。

 

敵が叫ぶ前に、七瀬が別の敵の武器を撃ち落とす。

 

残る二人が冷蔵庫側へ逃げようとする。

 

海斗が笑う。

 

「逃げ場が寒いぞ」

 

彼は冷蔵庫の扉を蹴り開け、敵の進路を塞ぐ。

 

綾小路が背後から接近し、最短で制圧する。

 

一分もかからなかった。

 

海斗は倒れた敵の通信機を拾う。

 

そこからコマンダーの声が聞こえた。

 

『船内へ入ったか?入ったんだろ?歓迎の準備はできてるぜ!』

 

海斗が顔をしかめる。

 

「本当にどこにでもいるな」

 

綾小路が通信機を取る。

 

「現在位置を把握しているのか」

 

コマンダーは笑う。

 

『だいたいな!厨房から入るとは渋いじゃねぇか。腹が減ったか?』

 

海斗が横から言う。

 

「お前と話すと胃もたれする」

 

『ならメインディッシュは後にするか!』

 

通信が切れた。

 

七瀬が言う。

 

「こちらの侵入は把握されています」

 

綾小路は頷く。

 

「なら急ぐ」

 

厨房を抜けると、巨大な中央アトリウムへ出た。

 

そこは、豪華客船の中心だった。

 

何層にも吹き抜けた巨大空間。

 

螺旋階段。

 

ガラス張りのエレベーター。

 

高級レストラン。

 

カジノフロア。

 

劇場入口。

 

中央には巨大なシャンデリア。

 

壁面には海を模した青い装飾。

 

床は大理石。

 

本来なら音楽と笑い声に満ちる場所。

 

今は武装兵が配置された戦場だった。

 

敵が一斉に三人を見る。

 

「侵入者!」

 

銃声。

 

綾小路、海斗、七瀬は三方向へ散る。

 

海斗はカジノテーブルを蹴り倒し、遮蔽物にする。

 

七瀬は二階バルコニーへ向かって走る。

 

綾小路は螺旋階段の陰へ入った。

 

弾丸がスロットマシンを砕き、コインが床へ散らばる。

 

ルーレット台が弾丸で破裂し、赤と黒のチップが宙へ舞う。

 

海斗が叫ぶ。

 

「カジノで銃撃戦かよ!」

 

綾小路が返す。

 

「負け分は敵に請求だ」

 

「賭けてねぇよ!」

 

七瀬はバルコニーへ上がり、敵の高所射手を狙う。

 

一発。

 

銃座の照準器が砕ける。

 

二発目。

 

敵の弾倉が弾ける。

 

三発目。

 

照明が消える。

 

アトリウムの一部が暗くなり、敵の射線が乱れる。

 

海斗はその隙に前へ出る。

 

ベレッタ二丁で左右の敵を抑え、

アサルトライフルへ持ち替えて奥の盾持ちを牽制する。

 

綾小路は螺旋階段を駆け上がり、上から敵の配置を見る。

 

敵は多い。

 

だが、アトリウム中央に集まりすぎている。

 

その上には巨大シャンデリア。

 

海斗もそれに気づく。

 

「綾小路、まさか」

 

「落とさない」

 

「珍しいな」

 

「落とすと船内構造に被害が出すぎる」

 

「まともな判断だな」

 

「ただし揺らす」

 

綾小路はシャンデリアの固定ワイヤーではなく、横の装飾幕を撃った。

 

幕が落ち、敵の視界を遮る。

 

さらに七瀬が照明を撃ち、影を作る。

 

海斗がその影へ入り、敵の盾の足元を撃つ。

 

盾持ちが崩れた瞬間、綾小路が上から飛び降り、

着地と同時に敵の武器を蹴り飛ばす。

 

連携は完璧だった。

 

七瀬が高所を押さえ、海斗が前線を引きつけ、綾小路が隙間を抜く。

 

敵の数は多い。

 

だが、隊列は崩れていく。

 

その時、アトリウム上層から別の音がした。

 

重い銃声。

 

M60機関銃の音。

 

海斗が目を見開く。

 

「まさか……!」

 

上層デッキの奥から、ジャンボーが現れた。

 

片手にはM60。

 

もう片方にも新しいM60。

 

さっき港で片方を壊したはずだったが、船内で補充したのだろう。

 

二丁持ち。

 

巨大な体。

 

無言の威圧感。

 

ジャンボーはアトリウムを見下ろし、低く呟いた。

 

「……船は森ではない」

 

海斗が叫ぶ。

 

「なら撃つなよ!」

 

ジャンボーは答えなかった。

 

二丁のM60を構える。

 

次の瞬間、弾幕がアトリウムを横薙ぎにした。

 

銃弾が手すりを砕き、ガラスエレベーターを粉砕し、スロットマシンを蜂の巣にする。

 

敵兵も味方も関係なく、ジャンボーの弾幕から逃げる。

 

綾小路たちも同じだった。

 

七瀬がバルコニーから転がり落ちるように身を隠す。

 

海斗はカジノテーブルの陰へ飛び込む。

 

綾小路は螺旋階段の支柱の裏へ入る。

 

「また二丁か!」

 

海斗が叫ぶ。

 

ジャンボーは低く言う。

 

「……船が森を焼く」

 

綾小路はその言葉を聞く。

 

「クルーズ船の機材が島を破壊する、と言っているのか」

 

ジャンボーは撃ち続ける。

 

答えない。

 

だが、銃口は徐々に敵の通信設備や機材へ向いていた。

 

七瀬が気づく。

 

「無差別ではありません。船内設備を壊しています」

 

海斗が叫ぶ。

 

「でもついでにこっちも撃ってるぞ!」

 

「巻き込まれています」

 

「冷静に言うな!」

 

ジャンボーの弾丸がアトリウム奥の通信端末を破壊する。

 

火花。

 

爆発。

 

船内放送がノイズを流す。

 

すると、コマンダーの声が割り込んだ。

 

『おいジャンボー!暴れすぎだ!こっちは船を使う予定なんだぞ!』

 

ジャンボーは一瞬だけ銃撃を止めた。

 

「……船はうるさい」

 

海斗が思わず言う。

 

「お前も相当うるさいけどな!」

 

ジャンボーは海斗を見る。

 

「……お前も」

 

「巻き込むな!」

 

その瞬間、敵兵がジャンボーへ向けてロケットランチャーを構えた。

 

七瀬が先に撃つ。

 

ロケットの照準器が砕ける。

 

敵は発射をミスし、弾はアトリウム上部の装飾壁へ命中した。

 

爆発。

 

壁が砕け、巨大な装飾パネルが落下する。

 

綾小路が叫ぶ。

 

「下がれ!」

 

落下したパネルが中央の床へ叩きつけられ、粉塵が舞う。

 

その混乱の中、綾小路たちはアトリウム奥の管理端末へ走った。

 

麗華の声が無線へ入る。

 

『その先に船内ネットワーク端末があるわ!

接続できれば、船の非常扉と内部カメラを一部取れる!』

 

坂柳も続く。

 

『急いでください。コマンダーが船の上層デッキへ移動しています。

おそらく船橋か通信室です』

 

堀北が言う。

 

『そこを押さえられたら、敵が船を完全に掌握するわ』

 

海斗が端末へ向かいながら叫ぶ。

 

「こっちはジャンボーと敵兵で満席だ!」

 

麗華が言う。

 

『文句は後で聞くわ!』

 

「はいはい!」

 

綾小路が端末へ小型接続機を差し込む。

 

麗華と坂柳が遠隔で接続を始める。

 

端末画面が点滅する。

 

船内図が表示された。

 

坂柳の声。

 

『接続成功。船内カメラ、一部復旧しました』

 

麗華が続く。

 

『非常扉のロックも取れる。上層デッキへの最短ルートを開くわ』

 

堀北が言う。

 

『ただし、船内の敵が多い。途中で劇場区画を抜ける必要があるわ』

 

海斗が顔をしかめる。

 

「劇場?」

 

七瀬が言う。

 

「観客席、舞台、照明。遮蔽物は多いですが、待ち伏せ向きです」

 

綾小路は端末を切り離す。

 

「行くぞ」

 

その前に、アトリウム上層からジャンボーが飛び降りた。

 

巨体が床へ着地し、大理石が軋む。

 

M60二丁を肩に担ぎ、彼は綾小路たちを見た。

 

海斗が銃を構える。

 

「またやるか?」

 

ジャンボーはしばらく黙っていた。

 

そして、低く言った。

 

「……船橋へ行け」

 

七瀬が驚く。

 

「あなたは?」

 

「機械を壊す」

 

海斗が眉をひそめる。

 

「味方ってことでいいのか?」

 

ジャンボーは少しだけ海斗を見る。

 

「騒がしい足音だ」

 

「答えになってねぇ」

 

綾小路は言った。

 

「目的が一致している間は、利用できる」

 

海斗が笑う。

 

「お前らしい言い方だな」

 

ジャンボーは再びM60を構えた。

 

敵兵が集まってくる。

 

ジャンボーはそちらへ向いた。

 

「……行け」

 

次の瞬間、二丁のM60が再び火を噴いた。

 

敵部隊が釘付けになる。

 

綾小路、海斗、七瀬はアトリウム奥の扉へ走った。

 

扉が麗華の遠隔操作で開く。

 

三人は劇場区画へ入った。

 

そこは巨大な船内シアターだった。

 

赤い座席が階段状に並び、正面には広い舞台。

 

天井には照明装置。

 

左右には舞台袖。

 

豪華なカーテンが垂れている。

 

だが、すでに敵が待っていた。

 

観客席の上段。

 

舞台袖。

 

照明ブース。

 

複数の銃口が三人を狙っている。

 

海斗が呟く。

 

「次は劇場か」

 

綾小路が言う。

 

「演目は銃撃戦だな」

 

海斗が笑う。

 

「お前も言うようになったな」

 

銃声が響いた。

 

劇場の赤い座席が弾丸で破れ、綿が舞う。

 

三人は座席の間へ滑り込む。

 

七瀬は上段の照明ブースを狙い、敵の銃を撃ち落とす。

 

海斗は座席を飛び越えながらベレッタ二丁で応戦する。

 

綾小路は階段状の客席を利用して敵の死角へ回る。

 

舞台上の敵が機関銃を構えた。

 

弾幕が客席を薙ぐ。

 

綾小路は舞台装置を見る。

 

吊られた照明。

 

可動式の背景パネル。

 

スモーク演出用の装置。

 

「海斗、舞台袖のスモーク」

 

「了解!」

 

海斗がスモーク装置を撃つ。

 

白煙が舞台を覆う。

 

敵の視界が消える。

 

七瀬が照明ブースの操作盤を撃ち、舞台照明が暴走する。

 

赤、青、白の光が激しく点滅し、劇場全体が異様な空間になる。

 

綾小路は煙と光の中を走り、機関銃手へ接近。

 

腕を取り、武器を奪い、舞台床へ押さえ込む。

 

海斗が舞台袖から出てきた敵を蹴り倒す。

 

七瀬が上段から最後の敵の武器を撃ち落とす。

 

劇場の敵部隊は崩れた。

 

だが、その直後。

 

船全体が大きく揺れた。

 

ドォン、という重い衝撃。

 

麗華の声が無線に入る。

 

『船内のエネルギー干渉装置が起動しかけているわ!』

 

坂柳が続く。

 

『船橋ではなく、上層通信室です。

そこから島のエネルギーコアへ強制アクセスしようとしています』

 

堀北の声が鋭くなる。

 

『急いで。止められなければ、研究施設のロックが破られる』

 

綾小路は立ち上がる。

 

「通信室へ向かう」

 

海斗が銃を確認する。

 

「弾が少ねぇ」

 

七瀬も言う。

 

「こちらも残弾は限られています」

 

綾小路は劇場の非常口を見る。

 

「なら、戦闘を減らして進む」

 

海斗が笑う。

 

「できればな」

 

無線に一之瀬の声が入る。

 

『みんな、大丈夫?』

 

軽井沢も続く。

 

『今めちゃくちゃ揺れたけど!?』

 

ひよりが穏やかに言う。

 

『でも、皆さんの声が聞こえて安心しました』

 

尊徳の声も続く。

 

『こっちは第二シェルターを維持している』

 

彩が言う。

 

『皆さん、必ず戻ってきてください』

 

海斗は少しだけ表情を柔らかくした。

 

「戻るさ」

 

綾小路も短く言った。

 

「もちろんだ」

 

その言葉のあと、三人は劇場の非常口を抜け、上層通信室へ続く階段へ向かった。

 

背後のアトリウムでは、ジャンボーのM60二丁がまだ轟いている。

 

船内のどこかでは、コマンダーが笑っている。

 

そして、上層通信室では敵の最終作戦が動き始めている。

 

海上の城は、揺れていた。

 

炎と銃声と爆発の中で。

 

最後の戦いへ向かって。

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