境界線PCU~多様性ワールドへようこそ~   作:トナカイ粉砕

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いつもお読みいただきありがとうございます。
第8話(半グレ連続殺人編)、中編です!

今回は容疑者の半グレ組織への潜入からスタートします。
リルとメイコの「スレイ商事」によるトンデモ営業マンっぷりにご期待ください。
そして後半は、事件の違和感が徐々に浮き彫りになっていきます。


境界線008-枯れた木に咲く花編(中編)

――深夜、豊島区。ボロアパート『ほほえみ荘』周辺の路地裏。

 

暗がりの中で発見された3人目の遺体も、やはり半グレチーム『EEE』の構成員だった。

現場を素早く確認したスレイは、遺体の状態を見て低く唸った。

 

「……後頭部から、刃物で正確に一突きにされている。延髄を破壊し、一瞬で即死させる手口だ」

スレイが遺体をうつ伏せにし、その足元を懐中電灯で照らす。

「……そして、足の裏に『何かを踏んだ跡』がある。逃げようとした標的の足を踏みつけて床に縫い留め、動きを完全に封じた瞬間に、背後から急所を貫いたんだ」

「うわぁ……。無駄な動きが一切ない、完全にプロのやり方ね」

凄腕プロファイラーのモニカが、その恐るべき手際に息を呑む。

やはり、ただの半グレ同士の喧嘩ではない。かなりの場数を踏んだベテランの殺し屋の仕業だ。

 

「……表の警察(山田相姦)には、EEEとFFFの構成員の名簿を裏から洗ってもらう。俺たちは、FFFのアジトに直接張り込んでみるぞ」

 

対立するEEEの人間ばかりが、プロの技で次々と狩られている。そうなれば、当然雇い主として疑われるのは、敵対組織である『FFF』だ。

スレイたちは即座に移動し、FFFが事務所を構えている雑居ビルの周辺へと身を潜めた。

 

――翌日の昼下がり。

 

事務所の出入りを監視して確認できたことはいくつかあった。

若いチンピラから中堅のヤクザ崩れまで、構成員がまばらに出入りしており、皆一様に血気盛んで柄が悪い。

そして、彼らを束ねるボスと思われる人間は、なんと『杖をついた老人』であった。

 

とはいえ、まだ決定的な証拠は何一つ確定していない。相手がただの半グレの事務所だとしても、この段階でスレイが正面からカチコミに行って「味噌(物理)」にするわけにはいかないのだ。

 

「……どうやって内部の様子を探るか」

スレイがアジトのワゴン車の中で腕を組んで悩んでいると、金髪の少女・リルとギャル大生のメイコが、元気よく手を挙げた。

 

「はいはーい! アタシたちに任せて!」

「こんばんわ?! どうも、訪問販売の[b:『スレイ商事』]でーす! って感じでいけば余裕っしょ!」

 

「……いいのか、この案で」

スレイが呆れたような目で女性陣を振り返る。

「もちろん、リルとメイコの案よ。……でも、マリアも言ってたでしょ?」

モニカが肩をすくめて笑う。

「まぁ、いいんじゃない。デジタルで強固なセキュリティを組んでいる相手でも、こういう『アナログ』な突撃はある意味最強のハッキングよ」

マリアもPCのモニターから顔を上げ、二人の無謀な作戦にGOサインを出した。

 

かくして。

半グレチームFFFの事務所の重い扉が、文字通り真正面からガチャリと開かれた。

 

「こんばんわ?っ!」

「ちわーっす! 突然すいませ?ん!」

 

タバコの煙と怒声が充満するヤクザの事務所に、可憐な金髪の少女と、派手なギャルの女子大生が、微塵も物怖じすることなく満面の笑みで足を踏み入れた。

流石に、明らかに反社ではない(そして一切の殺気を持たない)少女二人の突然の来訪に、室内にいた構成員たちも毒気を抜かれ、警戒するどころかポカンと口を開けてしまった。

 

「……あー。お嬢ちゃんたち、ごめんね。道に迷ったのか? うちはそういう(訪問販売とかの)のいいから、帰りな」

柄シャツを着た若い構成員が、苦笑いしながら二人を追い返そうとする。

しかし、スレイ商事の敏腕営業マンたちは引き下がらない。

 

「えーっ、そんなこと言わずに! 今日お持ちしたのは[b:『バイアグラ』]なんですけど、いりませんか!?」

リルが、どこから仕入れてきたのかわからない怪しい錠剤の瓶を取り出してニッコリと笑う。

「そーそー! これ飲めば、お兄さんの股間も『ピノキオの鼻』みたいに嘘みたいに伸びて元気になりますよ! どっすか!」

メイコが、最低極まりないキャッチコピーを事務所中に響き渡らせた。

 

(……お前ら、ヤクザの事務所で何を売ろうとしているんだ……ッ!!)

ワゴン車で通信を聞いていたスレイは、頭を抱えて全力でツッコミを入れた。

 

「……ふざけてんのかテメェら。とっとと帰れや」

流石にチンピラたちが青筋を立て始めたため、リルとメイコは「あ、すいませーん」と適当に誤魔化しながら事務所を後にした。

 

当然、商品は全く相手にされなかったが、二人の真の目的は『内部の観察』である。

「スレイ、戻ったよー!」

「いやー、売れなかったわー」

ケロッとした顔でワゴン車に戻ってきた二人に、スレイはため息をつきながら尋ねた。

 

「……中で、ボスの老人は見たか」

「うん! 奥のソファに座ってた。全然喋らなかったけど、威圧感が凄かったよ……」

リルが、あの老人が放っていたただならぬオーラを思い出し、少しだけ肩をすくめる。

 

「……その老人の『杖』に、線が入っていなかったか」

スレイの鋭い質問に、メイコがチート級の記憶力を引き出して指を鳴らした。

「あ! なんだかすごく高そうな木の杖だったけど、確かに真ん中あたりに、不自然な『横線(切れ目)』があったかも!」

「うんうん、あった! ただの模様じゃないみたいな、ピシッとした線!」

リルも同調して頷く。

 

その証言を聞いた瞬間、スレイの眼光がスッと鋭く細められた。

 

「……それは、ただの杖じゃない。[b:『仕込み杖』]だ」

 

中に鋭利な刃を隠し持つ、古き暗殺者の武器。

そして、首の動脈やアキレス腱を一突きで切断できる、最も理にかなった凶器。

 

連続殺人の遺体に残されたプロの手口。FFFの事務所を牛耳る、ただならぬ威圧感を持った老人。そして、怪しげな仕込み杖。

すべての状況証拠が、あのFFFのボスこそが、若い半グレたちを裏で狩り立てている『古い殺し屋(枯れた木)』であることを強く示唆はしている。

 

スレイは安物の百円ライターを取り出し、カチャリと蓋を開けて静かに炎を揺らした。

「……マリア。FFFのボスの経歴を、徹底的に洗い出せ。裏の顔が必ずあるはずだ」

 

裏の掃除屋たちは、池袋の闇に潜む老練な暗殺者の正体を暴くため、いよいよその核心へと迫っていくのであった。

 

――半グレチーム『FFF』の事務所前、監視用ワゴン車内。

 

「……しかし、どうにも違和感が拭えないな」

漆黒のコートを着たスレイが、窓ガラス越しに夜の雑居ビルを見上げながら低く呟いた。

「違和感? あの老人の仕込み杖のこと?」

マリアが問うと、スレイはゆっくりと首を横に振った。

 

「いや。仮にあのボスが仕込み杖を使った『古い人間』だとしてだ。血気盛んな若手も中堅の構成員も大勢いるのに、なぜわざわざ組織のトップであるボス自身が、深夜にこっそり出向いて末端の半グレを殺害する? ……トドメだけはボスが刺すという、ヤクザ特有の儀式的なものか?」

スレイの暗殺者としての経験則が、その非効率な行動に警鐘を鳴らしていた。

 

「あー、言われてみれば確かに」

金髪の少女・リルが腕を組んでうんうんと頷く。

「あの人たち、いつもの悪い人達(マフィアやテロリスト)っぽいけど、なんか少し『違う』んだよねぇ」

「わかる?! なんかオーラが違うっていうか、殺し屋って感じじゃないんだよね」

ギャル大生のメイコも、事務所内で感じた直感を口にする。

 

「ええ。二人が感じた直感は正しいわ」

凄腕プロファイラーのモニカが、PCのデータを指差して二人の意見を裏付けた。

「構成員たちの服装や事務所の雰囲気もそうだけど、あいつらはあくまで『夜のお店(水商売)』でシノギを削っているチンピラの類ね。血と硝煙の匂いじゃなくて、安い酒と香水の匂いしかしないわ」

 

「……一旦、首相感貞に戻りましょう。情報を整理するわよ」

マリアの合図で、スレイたちはワゴン車を発進させ、夜の池袋から離脱した。

 

――首相感貞・特別地下室。

 

「……なるほど。FFFのボスが怪しいとはいえ、動機や行動に不自然な点が多いのね」

報告を受けた環萌美総理が、美しいルージュの唇にティーカップを運びながら静かに頷いた。

 

「ええ。FFFの主な資金源はやっぱり夜のお店ね。キャバクラやら風俗やら、そういう店舗の元締めよ」

マリアが解析結果を円卓のモニターに映し出す。

 

「あっ! スレイはそういうとこ、絶対行っちゃダメだからねっ!」

その単語に過敏に反応したリルが、スレイの太い腕にギュッとしがみついて牽制する。

「あははっ! でもスレイがそういうお店に行ったら、客引きどころか『うちの用心棒(ボーイ)にならないか』って即スカウトされそうっしょ!」

メイコがスレイの顔面凶器っぷりをイジってケラケラと笑う。スレイは無言で深いため息をついた。

 

「話を戻すわよ」

モニカがパンッと手を叩いて空気を引き締める。

 

「最大の問題は、FFFのシノギが『あのボロアパート(ほほえみ荘)に全く繋がらない』ということよ。仮に抗争相手を殺して見せしめにしたいなら、もっと目立つ場所に捨てるはず。それに、あんな老朽化したアパートの住人を脅して立ち退きをさせたところで、風俗の店舗を建てるわけにもいかないし、FFFには何の利益もないわ」

 

「……もしかしたら、標的の属する組織(EEEとFFF)ではなく、『あの場所(ほほえみ荘)』自体に、死体が集まる何らかの深い意味があるのかもしれないな」

スレイが安物の百円ライターをカチャリと鳴らし紫煙を吐き出す。

「3人目の遺体も出たことだ。明日、もう一度あのボロアパートへ向かおう」

 

――翌日。豊島区、『ほほえみ荘』。

 

昼下がりのボロアパートは、連続殺人の現場になったとは思えないほどのどかで、やはりどこか温かい空気に包まれていた。

スレイたちが敷地内を調査していると、アパートの1階に住む『トキばーさん』と呼ばれる白髪の小柄な老婆が、「お若いのにご苦労様ねぇ」と、縁側でお茶と安いお煎餅を出してくれた。

 

「うちの孫もねぇ、こないだ結婚したんだけど、ちーっとも連絡をくれないのよぉ。冷たいもんだわねぇ」

トキばーさんが寂しそうに、けれどどこか嬉しそうに目を細めて語る。

リルとメイコが「えー! おばあちゃんお茶美味しいよ! 今度アタシたちがお孫さんのとこ行って文句言ってきてあげるっしょ!」と愛想よく話し相手になりながら、巧みに昨夜の聞き込みを行う。

しかし、トキばーさんも他の住人も、昨夜は「特に物音などは聞こえなかった」「ぐっすり眠っていた」と口を揃えるだけだった。

 

「おや、またあんたらか。熱心なこったなぁ」

 

そこへ、古びた杖をつきながら、管理人の源五郎じいさんがゆっくりと歩み寄ってきた。

「源爺さん、こんにちは! お茶飲む?」

メイコが手を振ると、源五郎は「おう、いただくとするか」と、よっこらせとトキばーさんの隣に腰を下ろした。

 

深い皺に覆われた顔。不自由な足。しかし、その瞳にはどこか鋭い光が宿っているように見える。

話を聞いてみると、どうやらこの源五郎じいさんは、昔、海外で戦争を経験した帰還兵のようだ。

「昔はワシもジャングルを駆け回ったもんじゃが……今はもう、この足じゃからな。平和な日本で、こうして日向ぼっこをするのが一番じゃよ。はっはっは」

源五郎は、懐かしそうに目を細めて昔話をたくさんしてくれた。

あくまでそれは、孤独な老人が若者を相手に嬉しそうに語る『ただの平和な世間話』レベルのトーンであり、スレイの研ぎ澄まされた直感をもってしても、そこに「殺気」や「狂気」の類は微塵も感じ取れなかった。

 

(……ただの、足の悪い老人だ。警戒するほどの人間ではない)

スレイはそう判断し、源五郎の昔話に相槌を打つリルたちから少し離れ、一人でアパートの裏手へと回った。

 

プロの殺し屋の痕跡を探し、雑草の生い茂る敷地を歩いていたスレイの視線が、ふと、ある一点でピタリと止まった。

 

アパートの裏口。ゴミ捨て場の隅に、無造作に転がっている一つの古い『一斗缶』。

雨ざらしになって錆びついたその四角い缶の側面が、まるで『硬い何かを全力で叩きつけた』かのように、不自然にベコッと大きく凹んでいたのだ。

 

「…………?」

 

スレイはサングラスの奥で目を細め、ゆっくりとその凹んだ一斗缶へと近づいていくのであった。

 

――豊島区、ボロアパート『ほほえみ荘』の裏手。

 

雑草の生い茂るゴミ捨て場の隅で、漆黒のコートを着たスレイは、不自然にベコッと凹んだ古い一斗缶をじっと見下ろしていた。

 

(……1人目の遺体の傷。横からの強い殴打で体勢を崩され、直後にアキレス腱を切断された)

 

スレイの脳内に、プロファイリングされた殺害のプロセスが鮮明にフラッシュバックする。

この一斗缶の大きな凹み。もしこれが、相手の顔面を全力で殴りつけた(あるいは、顔面を缶に叩きつけた)ことで出来た変形だとしたら、どうだろうか。

 

(……もしこれが凶器の一部なら、死体は別の場所からわざわざ『運ばれてきた』んじゃない。あいつらは最初から、ここで殺された可能性が高い)

 

スレイは周囲に誰もいないことを確認すると、その凹んだ一斗缶を誰にも気づかれないようにコートの下へとこっそり持ち出し、現場を後にした。

 

一方、その頃。

金髪の少女・リルとギャル大生のメイコは、トキばーさんや源五郎じいさんと別れた後も、他の住人たちからさりげなく話を聞き出していた。

 

「……元旦那に養育費を踏み倒されてね。昼も夜もパート掛け持ちして、やっとここの家賃を払ってるのよ」

幼い子供の手を引いた、疲れ切った顔のシングルマザーがため息をつく。

「俺は障害があって、まともな仕事がなくてね……。追い出され続けて、最後に行き着いたのがこのボロアパートさ。でも、ここはみんな優しいからね」

車椅子に乗った中年男性が、自嘲気味に、けれどどこかホッとしたような顔で笑う。

 

そこにあったのは、華やかな池袋の街の影に隠された、社会の底辺で必死に生きる弱者たちの切実なリアルだった。

 

――数時間後。首相感貞・特別地下室。

 

「……というわけで、これが現場に落ちていた一斗缶だ」

スレイが円卓の上に凹んだ一斗缶をドンッと置くと、天才ハッカーのマリアがすぐに3Dスキャナーでその形状の解析を始めた。

 

「ご苦労様。……それで、状況の整理はどうなっているのかしら」

環萌美総理が、優雅に紅茶のカップを傾けながら問いかける。

凄腕プロファイラーのモニカが、ホワイトボードに写真を並べながら現状の矛盾点を指摘した。

 

「現在までに発見された遺体3人は、すべて半グレチーム『EEE』の構成員。そして、彼らと対立しているのは半グレチーム『FFF』。……しかし、FFFは夜のお店で稼ぐ悪党です。仮に抗争でEEEを潰して、あのボロアパート周辺のシマをぶんどったとしても、風俗店やキャバクラを建てるわけにもいかず、彼らには何のメリットもありません」

 

「……解析出たわよ」

マリアがメインモニターに、一斗缶の凹みと人間の頭部の3Dモデルを重ね合わせた映像を映し出した。

「スレイの直感通りね。この横からの殴打痕、見事に『人間の顔の形(頬骨のカーブ)』に当てはまるわ。……おそらく、これに顔を強打させて体勢を崩し、その隙にアキレス腱を切ったのね」

 

「ばいやー! じゃあ、やっぱり現場はあのアパートだったってことじゃん!」

メイコが声を上げる。

しかし、モニカはプロファイラーとして慎重に首を振った。

「そうとも限らないわ。別の場所でこの一斗缶を使って殺害し、遺体と一緒に『凶器をあそこに捨てた』という線も捨てきれないもの」

 

「……二人目の遺体を考えてみろ」

スレイが安物のタバコに火を点け、紫煙と共に思考を巡らせる。

「背後から組み付かれ、首を下から上へ向けて正確に突き刺されている。……一斗缶で体勢を崩すような荒業とは違い、完全に無駄のない暗殺者の手口だ」

 

「そうなると……やっぱり、昨日事務所で見た、仕込み杖を持っていた『FFFのボス(老人)』が、プロの殺し屋として動いているってこと?」

リルが眉をひそめてスレイを見上げる。

 

「……ダメだ。わからない」

スレイは深く息を吐き出し、苛立たしげに前髪を掻き上げた。

 

もしFFFのボスが犯人なら、なぜボロアパートに死体を捨てるのか。なぜメリットのないEEEを狩るのか。

もし現場があのアパートなら、なぜ住人たちは誰も物音に気づかなかったのか。

そして何より、あの笑顔の絶えない弱者たちのコミュニティと、冷酷なプロの殺し屋の刃が、どうしても結びつかない。

 

ピースは揃っているはずなのに、すべてが噛み合わず、矛盾ばかりが浮き彫りになる。

最強の武力を誇る裏の掃除屋たちは、姿の見えないベテラン(枯れた木)が作り出した、深く暗い迷宮の底へと完全に迷い込んでいた。

 

――新宿の極秘アジト。

 

凹んだ一斗缶という、凶器になり得る証拠は見つかったものの、FFFのボスが老人自ら手を下すという非効率な行動や、ボロアパートに死体を捨てる動機の不在。矛盾だらけの迷宮の中で、裏の掃除屋たちは膠着状態に陥っていた。

 

「……やはり、FFFのボスを真犯人だと断定するのは、まだ早いわね」

凄腕プロファイラーのモニカが、ホワイトボードの前で腕を組み、冷徹な声で現状を切り裂いた。

「スレイの言う通り、ボス自ら動く動機がない。……迷宮から抜け出すには、まずは『動機』を探るのが近道ね。なぜEEEの人間が殺され、なぜあのアパートに集まるのか。……ヒントは、やはりあのボロアパート『ほほえみ荘』自体にあるはずよ」

 

マリアによるハッキングでのEEEとFFFの資金源調査は続いている。

そして、FFFの事務所やEEEの縄張り周辺には、山田相姦の優秀な部下たちが張り付き、不審な動きがないか見張っている。

首相感貞による周辺の警備も怠っていないはずだ。外部からの脅威に対しては、完璧な防衛網が敷かれている。

 

(……だが、内部はどうだ)

 

スレイは安物の百円ライターの蓋をカチンと鳴らし、紫煙と共に思考を巡らせる。

夜の帳が下り、東京の街を酷い土砂降りの雨が襲い始めた。

 

「……もう一度、あそこに向かうぞ。この雨なら、普段は見えない『何か』が見えるかもしれない」

 

――東京都豊島区、ボロアパート『ほほえみ荘』。

 

バケツをひっくり返したような豪雨が、老朽化した木造アパートを容赦なく叩きつけていた。

錆びついたトタン屋根を打つ雨音が、不気味なドラムのように周囲に響き渡る。

 

スレイたちが再び『ほほえみ荘』へ足を踏み入れた時、住人たちは突然の豪雨に怯えるように、それぞれの部屋に閉じこもっていた。

 

「あら、源爺さん、こんにちはー! 雨すごいっしょー!」

ギャル大生のメイコが、エントランス横の管理室の扉を開け、管理人の『源五郎(げんごろう)じいさん』に声をかけた。

「おう、またあんたらか。……まぁ、中へ入れ」

源五郎は、古びた杖に縋りながら、面倒くさそうに、しかしどこか温かく二人を管理室の中へ招き入れた。

 

狭い管理室の中。

スレイは周囲を警戒し、リルは源五郎の話相手になり、メイコは興味深そうに部屋の中を見渡していた。

古びた棚や、色褪せた本、そして埃を被った日用品。

その雑多な棚の隅に、一枚のセピア色の写真が立てかけられているのを、メイコが見つけた。

 

【挿絵表示】

 

「あ、おじいちゃん。これ、昔の写真?」

メイコが指差したのは、若かりし日の源五郎が、異国のジャングルの中で、ボロボロになった『軍服』を着て、泥だらけの顔で鋭い眼光を放っている写真だった。

 

「……あぁ。昔、海外の戦争に行った時のもんじゃよ。……ワシの、数少ない若き日の思い出じゃ」

源五郎はじっとその写真を見つめ、寂しげに、しかし誇らしげに目を細めた。

「へー! 泥だらけだけど、なんか今よりずっとクールでかっこいいじゃん!」

メイコは、ただの「孤独な老人の若き日の武勇伝」として捉え、ケラケラと笑いながら写真を棚に戻した。

 

(……戦争の、帰還兵か。……だから、あんな鋭い瞳をしていたのか)

スレイは、源五郎の昔話を聞きながら、その「瞳の光」の理由を、単なる戦争のトラウマによるものだと自己完結させ、深く留めることはなかった。

 

一方、リルは2階にある『トキばーさん』の部屋を訪れていた。

「ばあちゃん、お茶ありがとう! 雨、怖いねぇ」

「そうねぇ、この雨じゃ孫も連絡をくれないわねぇ……」

トキばーさんの部屋には、結婚したというお孫さんの、幸せそうなウェディングドレス姿の写真が何枚も飾られていた。リルはその写真をじっと見つめ、悲しい兄の想い出と、このアパートの温かさを重ね合わせていた。

 

雨音だけが響くボロアパート。

しかし、そんな中でも子供たちは、1階の共同廊下で、雨に濡れてボロボロになった古いボードゲームを、キャッキャと笑顔で楽しんでいた。

ここは、どれだけ激しい雨が降ろうとも、弱者たちが助け合って生きる、笑顔の絶えない最後の砦だった。

 

『――ゴゴゴゴゴ……ボコボコボコ……』

 

その時、雨音が途切れた一瞬の静寂に。

アパートの床下、いや、もっと深い地盤の底から、硬い岩盤が削れるような、不気味で大きな振動と音が、スレイの革靴の裏を伝ってきた。

 

「……ん?」

スレイが動きを止める。

 

「スレイ、今の何?」

「このアパート、地盤もよくない場所なんだろうね。雨が降ると、地面が『ボコボコ』鳴ってて、ちょっと怖いね~ばいや~」

リルとメイコが不安そうに声を上げる。

 

「おじいちゃん、このアパートの下って、何があるんですか?」

リルの純粋な疑問に、源五郎は杖を畳にトントンと打ち付け、少しだけ視線を逸らした。

「……さぁな。ワシもここに来て長いが、詳しいことは知らん。……ただの古い、大きな『下水路』でも通っているんじゃないか」

 

そこへ、トキばーさんの部屋から戻ってきたシングルマザーの女性が、会話に割って入った。

「あ、それならあたし、管理会社の人が言ってるの聞いたことあるわ。……このアパートの敷地の真下には、昔使われていた、すごく大きな『配管』が通ってるって。だから地盤が不安定で、家賃が安いんだって」

 

「……大きな配管?」

 

その一言に、スレイのサングラスの奥で目が鋭く細められた。

何か、事件の核心に繋がる『決定的な鍵』が、この深い土の下に眠っている予感がした。

 

――数時間後。首相感貞・特別地下室。

 

「……マリア。豊島区、『ほほえみ荘』の真下の地形と、古いインフラ図を徹底的に洗ってみてくれ」

首相感貞に戻るなり、スレイは安物のタバコに火を点け、マリアへと指示を出した。

 

「ほほえみ荘の下……? 了解、警視庁の土木データベースと、都市整備局の隠しファイルへハッキングを掛けるわ」

マリアが凄まじい速度でタイピングを開始する。

 

「……大きな下水路に、配管。……モニカ、何か気づいたことはないか」

スレイの問いに、凄腕プロファイラーのモニカが、メインモニターに展開された地形図をじっと見つめ、ニヤリと唇を歪めた。

 

「……ええ。私も、同じことを考えていたわ。……マリア、その地形図に、池袋周辺の地下鉄の路線図と、古い防空壕、そして使われなくなった共同溝(地下ピット)のデータを重ねて表示できる?」

 

「……出たわよ。何これ、……ほほえみ荘の真下に、かつて大規模な軍事施設があった時の、使われていない地下トンネルが、網の目のように繋がっているわ!」

マリアがモニターの地下地図を指差し、声を上げた。

 

円卓のモニターに、真っ赤な線で描かれた巨大な地下通路のネットワークが浮かび上がる。

それは、まさに『ほほえみ荘』の真下を基点として、池袋の闇、FFFの縄張り、そしてEEEの活動拠点へと縦横無尽に繋がる、巨大なラビリンス(地下回廊)であった。

 

「……なるほど。そういうことね」

モニカが、パズルの最後のピースがハマった瞬間のような、冷徹な勝利の笑みを浮かべた。

 

「……EEEの主な稼業は、『運び屋』だったわね。……警察の監視が及ばず、誰からも見つかることなく、違法な薬物や現金、武器を大量に『運ぶ』ことができる、完璧なルート。……奴らが欲しがっていたのは、あのボロアパートの土地じゃない。……その真下に眠る、巨大な地下通路のネットワークよ」

 

「ばいやー!! じゃあ、EEEがあのアパートを狙ってたってことっしょ!」

メイコが声を上げる。

しかし、スレイはサングラスの奥で、その推理に横たわる致命的な『矛盾』に、唇を噛み締めた。

 

「……だが、1点。どうしても、つじつまが合わないことがある」

 

スレイの低い声に、マリアとモニカが思考を巡らせる。

「……何が?」

 

「……その巨大な地下通路を欲しがり、確保しようと動いていた、EEE側の人間ばかりが……なぜ、プロの技で次々と、現場である『アパート(ほほえみ荘)』で始末されている?」

 

「……っ!」

モニカが息を呑んだ。

マリアも、モニターに表示されたEEEの構成員(被害者)の写真を、信じられないものを見るような目で見つめた。

 

もし、EEEが外部から地下通路を奪いに来ていたのだとしたら、なぜ彼らは、何の武力も持たない弱者たちのコミュニティであるアパートに侵入した直後、これほどまでに綺麗に、正確に、プロの殺し屋(古い人間)の手によって、その息の根を止められているのか。

 

――そうなると。

 

スレイは、安物の百円ライターの蓋をカチンと鳴らし、紫煙を深く吐き出した。

サングラスの奥で燃える冷たい瞳が、あの笑顔の絶えないボロアパートの中へと、向けられた。

 

「……狙っている側(侵入者)が、現場で返り討ちに遭っている。……そうなると、この3人を正確に始末したのは、……外部の人間じゃない」

 

スレイの冷徹な結論が、首相感貞の地下室を、凍りつくような静寂で包み込んだ。

 

「……この3人を殺したのは。……ほほえみ荘の、あの笑顔の住人たちの、誰かだ」

 

外部からの抗争(EEE対FFF)ではない。

弱者たちが寄り添って生きる平和な砦の中で、何らかの理由で牙を剥いた『内部の処刑人』の存在。

裏の掃除屋たちは、池袋の闇を騒がせる連続殺人の真の舞台が、外部ではなく、あの温かい笑顔の絶えないアパートの内部にあることを、ついに突き止めたのであった。




【お知らせと次回予告】

敵の全貌が見えてきた……と思いきや、まさかの大どんでん返しへの助走回でした。
「なぜ死体があのアパートにあるのか」。
パズルのピースがハマった時、事態は急展開を迎えます。

いよいよ明日は後編(20時更新)では、スレイの圧倒的な暴力による「お掃除」と、事件の切なくも痛快な結末が描かれます。ぜひ明日の夜も見に来てください!


『境界線PCU~多様性ワールドへようこそ~6月は毎日20時更新』
6月は毎日20時に最新話を公開していきます。明日の20時もぜひお待ちしております!

▼イラスト・設定資料について▼
劇中の挿絵や、キャラクターの詳細な設定資料をPixivにて公開しています。
【Pixiv】https://www.pixiv.net/users/124951524

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