境界線PCU~多様性ワールドへようこそ~   作:トナカイ粉砕

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いつもお読みいただきありがとうございます。
第8話、いよいよ解決編(後編)です!

ボロアパートに隠された真実と、迫り来る半グレ集団の脅威。
スレイの圧倒的なアクションと、ある人物の覚悟が交差する熱い展開をお送りします。

是非、挿絵表示でお楽しみください。


境界線008-枯れた木に咲く花編(後編)

――首相感貞・特別地下室。

 

「……マリア、EEEの組織構造とシノギの全容をもう一度洗ってみてくれ」

スレイの指示を受け、マリアが即座に裏社会のデータベースをハッキングし、情報をメインモニターに展開した。

 

「……出たわ。あいつらがメインで『運んでいる』のは、海外から密輸された麻薬関連と、出どころの怪しい小型の武器関連よ。絶対に表の警察の検問に引っかかってはいけない代物ばかりね」

マリアの報告に、凄腕プロファイラーのモニカが顎に手を当てる。

「なるほど。それなら、警察の監視カメラもパトロールも届かない、あの巨大な地下水路のネットワークを完全に確保したいと考えるのは当然ね。EEEにとって、あのボロアパートは喉から手が出るほど欲しい『玄関口』だったというわけだわ」

 

動機は完全に裏付けられた。

しかし、スレイたちの前に立ち塞がる最大の謎は、「誰がその侵入者たちを返り討ちにしているのか」である。

 

「……あと気になるのは、3人目の遺体ね」

モニカが、ホワイトボードに貼られた現場写真を指差した。

「リルが言っていたわね。遺体の足の裏に、『何かを踏んだ跡』……正確には、深く貫通したような『穴』が空いていたと」

「うん。なんか、鋭い釘か何かを思いっきり踏んづけたみたいな、痛そうな穴だったよ」

金髪の少女・リルが自分の足をさすりながら眉をひそめる。

 

それを聞いたギャル大生のメイコが、ふとゲームの知識を思い出したように声を上げた。

「それって……足を踏みつけて固定したんじゃなくて、罠……なんか『トラップ』を踏んだってことじゃない?」

「トラップ……?」

マリアが怪訝な顔をする。

「急に時代が変わるわね。現代の半グレの抗争で、足元に物理的な罠を仕掛けるなんて……そんな原始的な狩りをする人間がいるの?」

 

その言葉を聞いた瞬間。

漆黒のコートを着たスレイの脳内に、雷のような直感が走った。

古い人間。確実な殺し。そして、原始的だが恐るべき殺傷力を持つトラップ。

 

「……メイコ」

スレイが、鋭い眼光をメイコに向けた。

「今日、管理室で見た『源じいさん』の若き日の写真……その細部を、正確に思い出せるか?」

「えっ? もちろん! アタシの記憶力ナメないでよね!」

メイコが自信満々に胸を張る。

 

「マリア、各国の『軍服』と『植生(植物)』のデータベースを出してくれ」

スレイの指示に、マリアが巨大なモニターに世界中の軍事資料と環境データを並べた。

 

「あの源じいさんが着ていた軍服は……」

「いや、軍服のディテールではない」

メイコが軍服を指差そうとしたのを制し、スレイは低くしゃがれた声で言った。

「……彼が立っていた背後の、『植物』だ。あの密林の葉の形状を思い出せ」

 

メイコは目を閉じ、脳内の完全な記憶の引き出しを開けた。

「……これだ! この、ギザギザしたでっかい葉っぱと、まとわりつくようなツル植物! これが写真の後ろにびっしり生えてたっしょ!」

メイコがモニター上の特定の熱帯雨林の植生データを指差す。

 

それを見たスレイは、安物の百円ライターを取り出し、カチャリと蓋を開けて静かに呟いた。

 

「……ベトナム戦争だ」

 

「ベトナム……」

リルが息を呑む。

「あっ、学校の歴史でやったよ! 落とし穴とか、竹槍のトラップとか……そういう『アナログな罠』を密林に仕掛けまくって、最新兵器を持ったアメリカ軍を追い返したっていう、あの戦争……!」

 

「……まさか」

モニカの顔色が変わった。

「3人目の足の裏の穴……あれは、ベトナム戦争で使われた『パンジ・スティック(糞尿を塗った竹槍の罠)』のような、局地戦のトラップ!?」

「……間違いないわ」

マリアが戦慄したようにモニターを見つめる。

「古いタイプの人間……ただのヤクザのベテラン殺し屋なんかじゃないわ。本物の戦場(地獄)を生き抜き、密林の殺し方を熟知した、正真正銘の『帰還兵』よ」

 

『ほほえみ荘』の入り口で、毎日穏やかに笑い、杖をついて日向ぼっこをしていた足の悪い老人。

彼こそが、アパートの平和を脅かす外部の侵入者(EEE)を、音もなく暗殺空間へと引きずり込み、正確に狩り殺していた『枯れた木』の正体だったのだ。

 

「……マリア。この柴田源五郎という人物の『過去(従軍記録)』を、徹底的に調べておいてくれ」

 

スレイはそう言い残すと、椅子に掛けてあった漆黒のロングコートをバサリと羽織り、地下室の扉へと歩き出した。

「スレイ! アタシも行く!」

リルが慌ててその後を追いかける。

 

長きにわたり隠されてきた、孤独な老人の血塗られた過去。

そして、彼がなぜその身を挺して、あのボロアパートと住人たちを守り抜こうとしているのか。

最強の暗殺者と金髪の少女は、すべての答えが待つ雨の『ほほえみ荘』へと、静かに、そして決意を胸に急行するのであった。

 

――深夜。豊島区、ボロアパート『ほほえみ荘』周辺。

 

雨はすでに上がっていた。漆黒のコートを着たスレイと金髪の少女・リルは、気配を完全に殺し、アパートを見下ろす死角で静かに張り込みを続けていた。

数時間が経過したが、特に何も起きない。夜更けに住人が一人、ひっそりとゴミ出しに出てくるくらいで、ボロアパートは平和な寝息を立てているように見えた。

 

しかし、草木も眠る丑三つ時。

ついに、その静寂は下品な足音と暴力の気配によって破られた。

 

「……来た」

リルがスレイの隣で息を潜める。

暗がりから現れたのは、半グレチーム『EEE』のゴロツキたちだった。手には金属バットや鉄パイプ、そして何人かは、タプタプと不吉な音を立てる『ガソリンの入ったポリタンク』を提げている。

 

「今日こそは、この目障りなボロアパート、丸ごと潰して燃やしてやるよ……ッ」

リーダー格の男が、下劣な笑みを浮かべてアパートの入り口に近づく。地下通路の玄関口を手に入れるため、邪魔な住人ごと焼き払うつもりだ。

 

(……出るべきか)

スレイの筋肉がわずかに収縮し、腰のナイフに手が伸びる。

だが。

(――いや、まだだ。……『主』が動く)

 

スレイの直感通り、アパートの1階の管理室の扉が、ギィッと重い音を立てて開いた。

 

「……何の用じゃ、夜更けに。ここはあんたらのようなチンピラが来る場所じゃない」

 

暗闇から姿を現したのは、古びた杖をついた管理人・柴田源五郎だった。

「あぁ? なんだクソジジイ。まだ生きてたのかよ」

ゴロツキたちが下品に笑い、ガソリンの蓋を開けようとした、その瞬間だった。

 

明らかに揉め合いになるかと思われたその空気の中で、源五郎がゆっくりと杖を握り直した。

そして――。

 

 

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『――チャキッ』

 

それは、スレイの目にも止まらぬ、まさに神速の『一閃』だった。

古びた木の杖から、鈍く光る白刃が音もなく引き抜かれたかと思うと、先頭でガソリンを持っていた男の腹部が、袈裟懸けに深く切り裂かれていた。

 

「……えっ?」

男は自分の腹から噴き出す鮮血に気づくことすらできず、ポリタンクを取り落としてドサリと地面に崩れ落ちた。

 

「なっ……て、てめぇ……ッ!!」

「このジジイ、やりやがった!! 殺せッ!!」

仲間が一瞬で斬り伏せられたのを見て、残りのゴロツキたちが一斉に激昂し、殺意を剥き出しにして源五郎に襲いかかる。

 

その時、スレイのインカムに、マリアからの緊迫した報告が飛び込んできた。

『……スレイ、わかったわ! 柴田源五郎の過去よ!』

マリアのタイピング音が通信越しに響く。

『……彼はただの帰還兵じゃない。ベトナム戦争の激戦区で名誉負傷を負い、退役した後は、この国で貧困層へのセーフティーネット活動に密かに尽力してきた男よ。そして……現役時代は『無双』とも呼ばれた、凄腕の刃物とトラップ使いだわ!』

 

元凄腕の日本兵。歴戦の殺し屋。

その言葉を裏付けるように、源五郎は不自由な足を引きずりながらも、仕込み杖の刃を正確無比に操り、襲いかかってくるゴロツキたちの手首や急所を次々と斬り裂いていく。1人や2人のチンピラでは、到底相手にならない絶対的な戦闘力だ。

 

「ヒッ……、化け物ジジイが……ッ!!」

リーダー格の男が怯んで後ずさりした、その時だった。

 

『……お疲れっすー! 遅れてすいませーん!』

 

路地の奥から、何台ものバイクのエンジン音と共に、EEEのさらなる増援部隊が雪崩れ込んできた。

「……チッ。よくもやってくれたな、クソジジイ! こんなボロアパート、俺たち数人で十分だと思ったけどな……数がいるなら話は別だ!!」

 

リーダー格が吠える。

集まったゴロツキの数は、ざっと10数名。全員が武器を持ち、殺気立っている。

いくら『無双』のトラップ使いとはいえ、すでに老齢で足に障害を抱え、しかもトラップを仕掛ける暇もない平場での乱戦。これだけの多勢に無勢では、流石の源五郎でも限界があるのは明白だった。

 

「……ふぅっ、ふぅっ……」

源五郎の息が上がり、刃を構える手に疲労の色が滲む。

「やれッ! そのジジイをミンチにして、アパートに火を放てェッ!!」

 

ゴロツキたちが一斉に飛びかかろうとした、まさにその絶体絶命の瞬間。

 

「……やめてくだせぇ!!!」

 

暗いアパートの廊下から、悲痛な叫び声が響き渡った。

ドタドタと足音を立てて源五郎の前に飛び出してきたのは、1階に住む小柄な老婆――『トキばーさん』だった。

さらに、その後ろから。

 

「……私たちの家は、ここなんです! 子供たちもいるんです、お願いだから帰って……ッ!」

養育費を踏み倒され、昼夜働き詰めのシングルマザーが、両手で子供を庇いながら叫ぶ。

「おいら……ここがなきゃ……何もできないんだ……ッ。爺ちゃんを、いじめるな……!」

障害を抱えた中年の男が、震える足で必死に立ち塞がる。

「俺たちのおうちから出ていけぇーっ!!」

シングルマザーの幼い子供が、涙目で小石を拾い、EEEの男たちに向かって力いっぱい投げつけた。

 

武器など何一つ持っていない。暴力の前では吹けば飛ぶような、社会の最底辺の弱者たち。

しかし彼らは、これまで自分たちを血塗られた手で守り続けてくれた孤独な老人の前に、自らの命を盾にして立ちはだかったのだ。

 

「……お前ら……」

源五郎が、血に濡れた刃を下ろし、震える声で彼らの背中を見つめる。

 

(……そうか)

暗闇の中でその光景を見下ろしていたスレイは、静かに安物の百円ライターを握りしめた。

 

どんなに自分が手を汚そうとも、彼らの笑顔だけは守りたかった。

だから源五郎は、たった一人で暗殺の罪を被り、このボロアパート(砦)を狙う半グレどもを、誰にも知られぬように狩り続けていたのだ。

そして住人たちもまた、その老人の不器用で深い愛情に気づき、最期の瞬間に命を懸けて恩返しをしようとしている。

 

「……爺さんは、たった一人で、ここを守っていたんだな」

 

スレイの低い呟きが、夜の空気に溶ける。

古く枯れた木は、ただ朽ちていくためではなく、その身を挺して、弱い花たちを守り抜くために、最期まで立派にそびえ立っていた。

 

「……邪魔だ、クソゴミども! まとめて燃やしてやる!!」

ゴロツキが容赦なく金属バットを振り上げ、住人たちに襲いかかろうとした。

 

「……スレイ!!」

リルの悲痛な叫び。

最強の暗殺者は、無言のまま漆黒のコートを翻し、老兵と弱者たちが身を寄せる最前線へと、圧倒的な暴の嵐となって飛び降りるのであった。

 

「……邪魔だ、クソゴミども! まとめて燃やしてやる!!」

 

半グレチーム『EEE』の男が下劣な笑い声を上げ、住人たちに向けてガソリンの入ったポリタンクを振り被った、その瞬間。

 

『――ドンッ!!』

 

凄まじい風圧と共に、夜の闇から巨大な漆黒の塊が落下し、ゴロツキたちと住人たちの間のコンクリートを重く踏み砕いた。

あまりの衝撃と、突如として目の前に現れた2メートル近い巨漢の放つ異常なプレッシャーに、ガソリンを撒こうとしていた男の動きが、まるで時を止められたかのようにピタリと止まる。

 

「……な、なんだおめぇは?」

男がポリタンクを持ったまま、引きつった声で後ずさる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

夜風に漆黒のロングコートを翻し、無言のままゴロツキたちの前に仁王立ちしていたのは、他でもないスレイだった。

背後で庇い合っていた住人たちも、突然の乱入者に息を呑む。

しかし、昼間に彼がアパート周辺を調べていた姿を見ていた管理人の柴田源五郎は、痛む足を引きずりながら、ハッとしたように声を絞り出した。

 

「……あんたは、昼間の……。もしや、警察の人間か……?」

 

源五郎のその言葉に、住人たちは血相を変え、自らの身の危険も顧みずに必死でスレイへと訴えかけた。

 

「違うんです! 源じいさんは悪くないんです!」

トキばーさんが、涙声で皺だらけの顔を歪める。

「ただ、守ろうと……。行き場のない、私たちを守ろうとしてくれただけなんです!」

シングルマザーが、震える両手で子供を抱きしめながら叫ぶ。

「オイラたちのために……! 爺さんが、一人で泥を被って……っ!」

障害のある男が、地面に這いつくばりながらスレイのコートの裾に手を伸ばす。

「悪いのあっちだ!! 爺ちゃんをいじめるな! ここは、みんなのお家なんだぞ!!」

幼い子供が、涙をボロボロとこぼしながら、小さな拳を必死に握りしめて前に出た。

 

法を犯し、手を血で染めた殺人鬼。

しかし彼らにとって源五郎は、この冷たい世界で唯一、自分たちを無償の愛で守り抜いてくれた、優しくて不器用な『家族』だったのだ。

 

彼らの悲痛な叫びを背中に浴びながらも、スレイは微動だにせず、ただ前だけを真っ直ぐに見据えていた。

 

その静寂を嘲笑うかのように、EEEのゴロツキの一人が金属バットを肩に担ぎ直し、口角を吊り上げた。

「ハッ、警察の犬か何だか知らねぇが……なんだお前、正義の味方ごっこして死にたいのか?」

「おいおい、こっちの数が数えられねぇのか? この人数相手に、テメェ一人でどうにかなるとでも思っているのかよ!」

別の男が鉄パイプを鳴らしながら挑発する。

 

その言葉を合図に、10数名の半グレたちは、狂ったような爆笑の渦に巻き込まれた。

老人と弱者、そして素手で立ちはだかる大男が一人。自分たちの圧倒的な暴力(かず)を前にすれば、数秒後には血の海に沈むだけの哀れなゴミにしか見えなかったのだ。

 

「ギャハハハッ! いいぜ、そのジジイと一緒に、テメェも細切れにしてアパートの肥やしにしてやるよォッ!!」

 

殺意と嘲笑が夜のボロアパートを包み込む。

しかし、スレイはサングラスの奥で氷のような瞳を細めたまま、ただの『一つの石像』のように微動だにしない。

 

やがて、彼の耳元のインカムから、静寂を切り裂くように、この国の最高権力者の絶対的な声が響いた。

 

『……スレイ』

 

通信越しに戦況を見つめていた環萌美総理の、美しくも冷酷無比な宣告。

 

『……そこに散らばっている、ゴミを駆除しなさい』

 

その命令が鼓膜を打った瞬間。

スレイは安物の百円ライターをポケットに入れ、地獄の底から響くような、低くしゃがれた声で短く応えた。

 

最強の暗殺者のリミッターが外れ、枯れた木と花たちを蹂躙しようとした無知な悪党どもへ、絶対的な死の暴風雨が吹き荒れようとしていた。

 

「――承った」

 

スレイのその地獄の底から響くような声が、夜のボロアパートに静かに、しかし絶対的な死の宣告として溶けた。

 

 

次の瞬間。スレイのサングラスの奥で燃える瞳が、ガソリンのポリタンクを持ったEEEの男へと向けられた。

「……え?」

男が恐怖に顔を引きつらせるよりも早く。スレイの丸太のような腕から放たれた凄まじい鉄拳が、男の顎を真正面から打ち砕いた。

『――メキッ!! ボカァッ!!』

顎骨が粉々に粉砕され、男は悲鳴を上げる間もなく、血飛沫を散らしてその場に崩れ落ちた。ポリタンクが地面に叩きつけられ、ガソリンがアスファルトに広がる。

 

「なっ……てめぇッ!!」

金属バットを肩に担いでいた別のゴロツキが、激昂してバットを振り下ろそうとする。

しかし、スレイはその動きを最小限の動作で躱し、空いた手で男の顔面を?掴みにした。

『――ゴシャァッ!!』

「ぎゃあああッ!?」

スレイの指先から放たれた圧倒的な握力が、男の鼻骨を粉々にへし折った。顔面を血に染め、バットを落としてのたうち回る男。

 

「……リル!」

スレイの合図と共に、夜空を浮遊していたリルの小型ドローンが急降下し、EEEの男たちのド真ん中へ、強力な催涙ガスを散布した。

『――プシューーッ!!』

「ごほっ……! 目が、目がァッ!!」

「クソッ、何だこれ……ッ!」

予期せぬ化学兵器の投入に、半グレどもがパニックに陥り、視界を奪われて武器を振り回す。

 

だが、スレイの蹂躙は止まらない。

ガスを吸い込んで咳き込む男の鳩尾へ、下からえぐるような強烈な膝蹴りを叩き込む。

『――ドゴォッ!!』

「げふぅッ……!」

男が胃液を吐き出して沈黙すると、スレイは間髪入れず、背後から襲いかかろうとした別の男の股間を、後ろ蹴りで全力で蹴り上げた。

『――ミシッ! バキィッ!』

「あべばぁッ!!?」

男は裏返った悲鳴を上げ、そのまま白目を剥いて完全に意識を刈り取られた肉塊と化して転がった。

 

一方、リルのサポートも完璧だった。

「は~い、銃とか物騒なものは没収で?す!」

催涙ガスの混乱に乗じて拳銃を取り出そうとしたEEEの構成員に向かって、リルが高出力スタンガンの銃口を向け、トリガーを引いた。

『――バチバチバチバチッ!!』

「ぎゃあああああああッ!!?」

青白い稲妻が男の身体を駆け抜け、拳銃を落としてのたうち回る。

さらに、リルはナイフを向けてきた別の男の腕を、慣れた手つきでねじ上げ、そのまま関節を逆方向へと力いっぱいへし折った。

『――メキメキッ! バキィッ!!』

「ぎゃあああああッ!! 手が、腕がァッ!!」

 

「……この、クソジジイ共ッ!!」

仲間の惨状を見て、釘バットを握りしめたリーダー格の男が、血相を変えて源五郎とスレイに襲いかかる。

 

『――メキィッ!!』

「がはァッ!?」

 

スレイの革靴が、男の脛骨を粉々に踏み砕いた。

「ぎゃああああッ!! 俺の足がァァッ!!」

釘バットを落とし、足を押さえて泣き叫ぶ男。その首筋に、リルが容赦なくスタンガンを押し当て、完全に沈黙させた。

 

見る見る間に、10数名いたEEEの精鋭(ゴミ)たちが、ただの血だるまの肉塊へと変わっていく。

 

「……ク、クソッ、てめぇら……ッ!!」

混乱の中でただ一人、運よく銃を隠し持っていた男が、青ざめた顔で懐から拳銃を抜き放った。

 

『――ヒュッ』

 

だが。銃爪が引かれるよりも早く。源五郎が、不自由な足を引きずりながら、神速の一閃を放った。

古びた杖から引き抜かれた仕込み杖の刃が、夜の闇に?く光る。

 

『――ズドスッ!!』

 

「……え?」

男が銃口を向けようとしたその瞬間。彼の右前腕が、拳銃を握ったまま、 肘の少し下から、綺麗に切り落とされていた。

切断された腕と拳銃が、アスファルトの上に無惨に転がる。

「ぎゃああああああああああああああああッ!! 俺の腕が、俺の腕がァァァァァッ!!」

男は、断面から噴き出す血飛沫を浴びながら、絶叫した。

 

「……ふぅッ、ふぅッ……」

源五郎の息が上がり、刃を構える手に疲労の色が滲む。

「……おい。動くんじゃねぇぞ、デカブツ」

 

残ったゴロツキの一人が、腕を切り落とされた仲間の拳銃を拾い上げ、源五郎に向けて銃口を突きつけた。

「……動くと、こいつ(源じい)の命がないぜ」

 

その脅迫に、スレイの動きがピタリと止まる。

 

「……わしの、命なんて、もう長くはない」

銃口を突きつけられながらも、源五郎は、血に濡れた刃を構えたまま、スレイに向けて静かに微笑んだ。

 

「……あんたらのような若い力が、この砦(家)を守ってくれるなら……わしの命なんて、安いもんじゃ。……暴れてくれ。……このクズ共を、根絶やしにしてくれ」

 

老兵の、最期の願い。

その言葉を聞いた瞬間、スレイは片手で安物の百円ライターの蓋をカチンと鳴らし、安物のタバコに火をつける。

サングラスの奥で目を細めた。

そして。

 

「……柴田源五郎二等兵。……感謝する」

 

スレイは低くしゃがれた声で、孤独な老兵の真の名前と階級を呼んだ。

 

『――ヒュッ!!』

 

次の瞬間。スレイの指先から、先日研ぎ澄ましたばかりの、買い替える予定だった古いコンバットナイフが、音もなく空気を切り裂いて一直線に飛来した。

 

『――ズドスッ!!』

 

男が銃爪を引く、まさにそのコンマ数秒前。

スレイの投げたナイフが、銃を握っていた男の手の甲を正確に貫き、そのまま背後の天板へと深々と縫い付けた。

 

「ぎゃあああッ! 手が、手がァッ!!」

銃が発射される前に男が悲鳴を上げ、その瞬間にリルが容赦なく首筋にスタンガンを押し当てた。

『――バチバチバチバチッ!!』

 

こうして。

ボロアパート『ほほえみ荘』を蹂躙しようとしたEEEのゴミたちは、最強の暗殺者と金髪の少女、そして老兵の刃によって、文字通り根絶やしにされた。

 

スレイは、男たちの血とガソリンが混ざった地面に、買い替える予定だったコンバットナイフを引き抜き、安物のタバコをくゆらせる。

 

「……人数なんて、関係ない」

 

スレイの低い呟きが、夜の静寂に溶ける。

古く枯れた木と、その身を挺して守り抜いた花たち。

最強の暴の嵐が去った後、ボロアパートには、再び笑顔と平和な寝息が、戻ってこようとしていた。

 

遠くからけたたましいサイレンの音が鳴り響き、赤色灯の光が夜の闇を切り裂いた。

警視庁トップ・山田相姦の率いる精鋭部隊が現場に到着し、スレイと源五郎によって完全に無力化された半グレチーム『EEE』の連中を、ゴミでも片付けるかのように次々と連行していく。

 

その手際の良さと、目の前で起きた嵐のような惨劇の終息に、ボロアパート『ほほえみ荘』の住人たちは、ただあっけにとられて立ち尽くしていた。

 

「……では、帰ろうか。リル」

スレイは革靴についた血糊を軽く払い落とし、漆黒のコートを翻して背を向けた。

「うんっ! お疲れ様、スレイ!」

金髪の少女・リルが、血生臭い現場に似合わない無邪気な笑顔で隣に並ぶ。

 

「……待ってくれ」

 

その背中を、しゃがれた震える声が呼び止めた。

仕込み杖を杖の鞘に収めた管理人の柴田源五郎が、不自由な足を引きずりながらスレイの前に歩み出る。

 

「……なんとお礼を言っていいか、言葉も見つからん。あんた方がいなければ、この砦は今夜で終わりじゃった」

源五郎は深く頭を下げ、そして、絞り出すように自らの『罪』を口にした。

「……そして、これまでにここで見つかった3人の遺体……あれをやったのも、ワシじゃ。罪は、すべてワシだけにある。このアパートの住人たちは何も知らん、全く関係ないんじゃ」

 

自分を連行してくれ。そう言わんばかりの悲壮な覚悟を湛えた老兵の瞳。

しかし、最強の暗殺者は、サングラスの奥で一切の感情を動かすことなく、低く冷たい声で切り捨てた。

 

「……俺には、何も関係ない話だ」

 

警察でも正義の味方でもない。裏の掃除屋であるスレイにとって、日本の法律で誰が裁かれようが知ったことではないのだ。

 

その時だった。

スレイの懐の専用端末から、特別な暗号回線の着信音が鳴った。

『……スレイ。その老人(源じいさん)を画面に出しなさい』

画面の向こうから、環萌美総理の透き通るような声が響く。スレイは無言で端末を源五郎の目の前へと突き出した。

 

「……えっ!? そ、総理……!?」

画面に映し出されたこの国の最高権力者の顔を見て、源五郎が目を見開く。

 

『ええ、そうよ。紛れもなく本物の内閣総理大臣よ』

萌美総理は、美しいルージュの唇に冷ややかな笑みを浮かべて答えた。

 

「そ、総理……! 先ほども申しました通り、法を犯した罪は私一人でございます! このアパートの住人は誰も何もしておりません!」

相手が国家のトップであろうと、源五郎は必死に住人たちを庇おうと懇願する。

しかし、萌美総理の表情からスッと笑みが消え、酷く冷酷な、氷のような声が画面越しに叩きつけられた。

 

『……何を言っているの、あなたは?』

 

その絶対的な冷たさに、源五郎の肩がビクリと震える。

「お願いします……! 私の命はどうなっても構いません。どうか、ここだけは……この住人たちの居場所だけは……ッ!」

皺だらけの顔を歪め、地面に這いつくばらんばかりに乞う老兵。

 

その悲痛な叫びを遮るように。

萌美総理は、厳しくも麗しく、そしてこの世の誰よりも凛とした、国家元首としての圧倒的な威厳を纏った声で言い放った。

 

『――柴田源五郎二等兵!!』

 

「……ッ! はい!!」

かつて命を懸けた戦場で呼ばれていた己の階級。その名で呼ばれた瞬間、老兵の身体に染み付いた軍人としての魂が反射し、源五郎は背筋を真っ直ぐに伸ばして直立不動の姿勢をとった。

 

画面の向こうで、萌美総理は深く、静かに頷き、最高権力者としての『超法規的恩赦』を与えた。

 

『……この度は、我が国の街の浄化、及び凶悪な犯罪者の確保に向けた多大なる協力について……国家を代表し、深く感謝するわ』

 

「…………えっ」

 

その言葉の意味を理解した瞬間、源五郎の目から大粒の涙が溢れ出した。

連続殺人の罪など、最初から存在しなかった。彼が行ったのは、国の治安を守るための『協力』であると、この国のトップが公式に認めてくれたのだ。

 

背後で聞いていたトキばーさんも、シングルマザーも、住人たち全員が言葉を失い、やがて安堵と感動で泣き崩れた。

「あ、あぁ……ッ」

源五郎は、震える右手をゆっくりと額の横へ掲げ、涙で顔をくしゃくしゃにしながら、画面の向こうの総理へ向けて、美しく完璧な『敬礼』を捧げた。

 

――同時刻。首相感貞・特別地下室。

 

『はぁい、通信終了~』

モニターを切り離した天才ハッカーのマリアが、ふぅと息を吐く。

「……これでいいんじゃない? 連続殺人の犯人は見つからず、迷宮入り。EEEは壊滅。アパートの地下通路は国が完全封鎖して終わりよ」

凄腕プロファイラーのモニカが、優雅に手作りクッキーをかじりながら笑う。

「そうだねー! やっぱ一件落着っしょ!」

ギャル大生のメイコが背伸びをしながら、満足げに頷く。

「……総理、普段はドSでムチャクチャだけど、こういう『かっこいい時』は、本当にかっこいいんだよなぁ……」

最高権力者の粋な計らいに、地下室の女性陣も温かい空気に包まれていた。

 

――豊島区、路地裏。

 

サイレンの音が遠ざかり、ボロアパートに再び静寂が戻ってきた。

 

「……さて。リル、帰ろう」

スレイは安物のタバコに火を点け、夜空に紫煙を細く吐き出した。

「そうだね! いっぱい運動したから、お腹すいちゃった!」

リルがスレイの大きな手に自分の小さな手を絡ませ、嬉しそうに見上げる。

 

「今日の夜ご飯、何がいい?」

「うーんとね、今日はハンバーグがいいな! ケチャップたっぷりのやつ!」

 

血と硝煙の匂いが立ち込めていた夜の街に、少女の無邪気な声が響く。

枯れた木は、立派に花たちを守り抜いた。

その平和な寝息を背中で聞きながら、裏の掃除屋たちは、ネオン瞬く新宿のアジトへと静かに帰っていくのであった。

 

 

数日後。

 

ボロアパート周辺を縄張りにしていた半グレチーム『EEE』のアジトには、警視庁トップ・山田相姦の部隊による大規模な家宅捜索が入った。

地下通路を巡る暗躍や、違法薬物、小型武器の密輸ルートに関する決定的な証拠が次々と押収され、組織は完全に息の根を止められた。残党も一網打尽にされ、池袋を騒がせていた半グレ集団はあっけなく壊滅の道を辿ることになった。

 

また、ボロアパートの真下に広がっていた巨大な地下水路のネットワークも、安全保障上の理由から、国主導による大規模な封鎖および改修工事が行われることとなった。

 

――新宿の極秘アジト。

 

平和な昼下がり。リビングの片隅で、漆黒のコートを脱いだスレイは、一人静かに砥石に向かっていた。

『シャッ……シャッ……』と、使い込まれた鋼の刃を研ぐ音が、リズミカルに響く。

 

手元にあるのは、長年数え切れないほどの悪党の血を吸い、刃こぼれや黒ずみが目立っていた古いコンバットナイフだ。

先日まで、そろそろ新しいものへ買い替えようと思っていた代物である。しかし、あの雨の夜。源五郎に銃口を向けた男の手を正確に貫き、老兵と弱者たちを守り抜いたのは、間違いなくこの使い古された刃だった。

 

(……枯れた木から、咲く花もある)

 

孤独な老兵が命を懸けて守り抜いた、アパートの笑顔。

スレイは、ピカピカに研ぎ上げられ、鈍く鋭い光を取り戻した刃先をじっと見つめた。

最新の武器も悪くない。だが、やはり自分の手に一番しっくりと馴染むのは、死線を共に潜り抜けてきたこの古い相棒だった。

 

「……買い替えるのは、まだ先にしよう」

スレイは安物の百円ライターをカチャリと鳴らし、満足げに紫煙を吐き出して、ナイフを鞘へと収めた。

 

――後日

 

「源じいさーん! トキばーちゃーん! 遊びに来たよーっ!」

金髪の少女・リルとギャル大生のメイコは、両手に紙袋いっぱいのお菓子を提げて、豊島区のボロアパートへと向かっていた。

「ちょっとリル、走らないの。お菓子が崩れるわよ」

「メイコも、あんまりお爺ちゃんたちを疲れさせないようにね」

その後ろを、完全に保護者目線のマリアとモニカが、呆れ半分、微笑ましさ半分で歩いている。

 

あの凄惨な夜を乗り越えた住人たちが、元気にしているか顔を見に行くための慰問である。

しかし、アパートの敷地に到着した4人は、そこで予想外の光景を目にすることになった。

 

「あれ? なんかすごい工事してるっしょ!」

メイコが目を丸くする。

 

老朽化して今にも倒壊しそうだったボロアパートの周囲には、真新しい足場が組まれ、大勢の作業員が忙しなく外壁の補修や耐震補強の工事を行っていた。

さすがに、あのままでは次の災害に耐えうる場所ではなかったのだ。

 

「なるほどね。……どうせこの大規模な工事の資金も、EEEの連中から巻き上げた裏金を、総理が上手くロンダリングして回したんでしょ」

マリアが、国家権力のトップによる優しすぎる(そして真っ黒な)資金洗浄の手口を瞬時に察し、苦笑いする。

 

「……あら? ねえ、マリア。アパートの入り口の看板……」

ふと、モニカが工事現場の入り口に立てられた、真新しい木製の看板を指差した。

 

これまで『ほほえみ荘』と書かれていた古びた看板は撤去され、立派な一枚板の真新しい看板に差し替わっていた。

しかし、そこにはやたらとポップなフォントで刻まれていた文字は。

 

【挿絵表示】

 

『 も え み 荘 』

 

「…………」

「…………」

マリアとモニカは、その看板の前で完全に立ち尽くし、言葉を失った。

 

自分のお金(裏金)で直してあげたのだから、名前くらい私のものにしてもいいでしょう? という、あのドSで自己顕示欲の塊のような総理の高笑いが、幻聴となって聞こえてくるかのようだ。

 

「……た、たしかに、『えみ』の文字は合っているけどね……」

「……ほほえみ、じゃなくて、環萌美(たまきもえみ)の『もえみ荘』ね。……完全に私物化してるじゃない……」

 

凄腕プロファイラーと天才ハッカーは、顔を見合わせて深いため息をついた。

 

「わぁーっ! もえみ荘だって! 総理の名前だー!」

「ばいやー! なんか高級マンションみたいになったっしょ!」

そんな大人の事情などつゆ知らず、リルとメイコは新しい看板の前ではしゃいでいる。

 

そこへ、工事の音に気づいた柴田源五郎が、真新しい杖をつきながら笑顔で出てきた。

「おお、あんたらか。よく来てくれたな」

その後ろからは、トキばーさんや子供たちも嬉しそうに手を振っている。看板の名前が変わろうとも、そこに咲く弱者たちの温かい笑顔(花)は、何一つ変わっていなかった。

 

「……まぁ、いっか。みんな笑ってるし」

モニカが肩をすくめ、マリアもつられて微笑む。

かくして、池袋の闇を騒がせた連続殺人鬼の正体は誰にも暴かれることなく、新装開店した『もえみ荘』の平和な昼下がりは、賑やかな笑い声に包まれていくのであった。

 

そしてマリアが言う

「……引っ越すわよ、私たち」

 

「えっ? 引っ越し?」

リルが目を丸くする。

 

「そうよ。元々アジトは、スレイが単独で任務をこなすための『仮眠所兼・武器庫』だったでしょ? そこに私とリルが転がり込んだんだから、控えめに言って手狭すぎるのよ。」

 

リルの頬の火傷痕が、ぱぁぁっと明るい期待に染まった。

「じゃあね、わたしのお部屋はピンクのベッドにして、それでスレイのお部屋のすぐ隣にして、夜中にこっそり夜這い……じゃなくて、遊びに行けるようにする!!」

 

マリアが苦笑しながら、スレイの方へと視線を向けた。

「……スレイはどう? あんたはこういう環境の変化、嫌うタイプだと思ってたけど」

 

「……引っ越しか。悪くない」

スレイがガタッと立ち上がり、コートを羽織った。




【お知らせと次回予告】

これにて連続殺人事件、お掃除完了です!

老兵の正体と悲壮な覚悟、そしてそれをすべて「最高にカッコいい形」で丸め込んだ環萌美総理の超法規的措置、いかがだったでしょうか。
(※最後に自分の名前の看板を立てて台無しにするのが総理クオリティです)

『境界線PCU~多様性ワールドへようこそ~6月は毎日20時更新』
6月は毎日20時に最新話を公開していきます。明日の20時もぜひお待ちしております!

▼イラスト・設定資料について▼
劇中の挿絵や、キャラクターの詳細な設定資料をPixivにて公開しています。
【Pixiv】https://www.pixiv.net/users/124951524

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