本日から、新たなお掃除任務「海上のデスゲーム編」がスタートします!
今回のターゲットは、都会の闇で多重債務者を狙うヤミ金融。
そして、その背後に潜む「国境を越えた狂気のゲーム」です。
前半は、新アジトでの平和な日常から一転、電波も法律も届かない「公海」を舞台にした前代未聞の潜入作戦が幕を開けます。
(※今回も挿絵表示にて、スレイたちの潜入の様子をお楽しみください!)
境界線009-海上のデスゲーム編(前編)
――数日後。新宿、極秘アジト。
引越を終えたPCUメンバー。
夜。平和な日常に戻った裏の掃除屋たちは、リビングの大きなテーブルを囲んで夕飯を食べていた。
漆黒のコートを脱いだスレイが、黙々と肉を口に運んでいる横で、壁掛けの大型テレビには、たまたまチャンネルが合っていたバラエティ番組が流れていた。
『さぁ、始まりました! 今夜も白熱、多様性クイズダービー!!』
派手なセットの中で、司会者がテンション高く叫び、解答席に座ったタレントたちが大げさなリアクションをとる。
しかし、その番組の内容は、ひどく悪趣味なものだった。
「……絶対に、設問が酷いものばかりよ。人間のコンプレックスや、センシティブな属性を笑い物にしているだけじゃない」
凄腕プロファイラーのモニカが、フォークを止めて冷ややかな視線をテレビに向ける。
「ええ。最近のコンプライアンスを逆手にとったような、本当に酷いクイズ番組ね。よくBPO(放送倫理・番組向上機構)に引っかからないわ」
天才ハッカーのマリアも、呆れたようにため息をついた。
そんな大人たちの冷めた反応をよそに、リルがテレビの画面の端に表示されているテロップを指差して首を傾げた。
「ねえねえ、画面の端っこに出てる『3.5』とか『12.0』っていう、この数字は何?」
「あー、あれ? あれは『掛け金に対しての倍率(オッズ)』じゃないかな」
メイコが、唐揚げを頬張りながらさらりと答える。
「オッズ?」
「そうそう。競馬とかボートレースみたいなギャンブルでよくあるやつ。誰が正解するかにお金を賭けて、当たったらその数字の分だけお金が何倍にもなって返ってくる仕組みっしょ。……まぁ、この番組はテレビの演出だろうけどね」
ギャンブル、倍率、そして人間の多様性(人生)を賭けの対象にするという悪趣味なショー。
そのテレビの光景は、これから彼らが巻き込まれる血生臭い事件の、ほんの小さな予兆に過ぎなかった。
夕飯の片付けが終わった直後。
スレイの専用端末に、この国の最高権力者である環萌美総理から、暗号化された極秘回線での着信が入った。
『……夕食のくつろぎの最中に悪かったわね。少し、厄介な話が入ってきたわ』
モニターに映し出された萌美総理は、美しいルージュの唇を引き結び、いつになく冷徹な眼差しを向けていた。
「……厄介な話、だと?」
スレイが安物の百円ライターを取り出し、カチャリと蓋を開ける。
『ええ。……最近、首都圏を中心に発生している多重債務者の連続失踪事件よ』
総理の口から告げられた不穏な単語に、アジトの空気が一瞬にして張り詰める。
「多重債務者の失踪なんて、珍しくもないでしょう。借金取りから逃げるための夜逃げか、あるいは絶望しての自殺じゃないの?」
モニカがプロファイラーとしての一般的な見解を述べる。
しかし、萌美総理は静かに首を横に振った。
『それが違うのよ。山田相姦の部隊が秘密裏に調べた結果……彼らは夜逃げの準備(荷造り)をした形跡もなく、遺体も上がっていない。ある日突然、文字通り煙のようにこの世から消え失せているのよ』
「……煙のように?」
マリアが素早くPCを立ち上げ、警察の行方不明者データベースへアクセスする。
『そして、消えた連中には、たった一つだけ奇妙な共通点があったわ』
萌美総理が、画面越しに一枚の証拠写真を提示した。
それは、黒い封筒に入れられた、不気味なほど豪奢なデザインのカードだった。
『……失踪した全員が、裏社会の特定のヤミ金業者から、この招待状を受け取っていたのよ』
「招待状……? 何の?」
スレイが低くしゃがれた声で問う。
萌美総理は、氷のような冷たい声で、そのカードに書かれた文面を読み上げた。
『――あなたの借金をすべて帳消しにする、一獲千金のゲームにご招待します。……そういう、甘く危険なゲームへの招待状よ』
人生のどん底にいる多重債務者たちを誘い込む、甘い罠。
それは、テレビのクイズ番組などとは比べ物にならない、本物の命と金を賭けた「デスゲーム」の始まりを告げる黒いチケットだった。
スレイは安物のタバコを深く吸い込み、紫煙を細く吐き出した。
「……なるほど。そのイカれたゲームの主催者と、消えた債務者たちの行方を探れってことだな」
裏の掃除屋たちは、華やかな都会の影で蠢くヤミ金のネットワークと、人間の欲望を食い物にする狂気のゲームの正体を暴くため、新たな事件の渦中へと足を踏み入れるのであった。
――首相感貞・特別地下室。
円卓を囲むスレイたち裏の掃除屋の前に、警視庁トップである山田相姦の部隊が集めた極秘の捜査資料が展開されていた。
「……山田の部隊から、腕利きの潜入捜査官を一人、借金まみれの男に偽装させて例のヤミ金に接触させたわ。彼は目論見通りターゲットとして拉致されることに成功し、指定の港から船に乗せられたのだけれど……」
環萌美総理が、冷たい声で事の次第を語る。
天才ハッカーのマリアが、メインモニターに日本近海の海図と、途切れた赤い光の軌跡を映し出した。
「……港から船が出た直後、彼が持っていたすべてのGPSと、皮膚の下に埋め込んだ極小の通信機器の反応すら、完全に途絶えたわ。それ以降、彼からの連絡は一切なしよ」
「徹底的な身体検査と、強力なジャミング(電波妨害)が敷かれている証拠ね」
凄腕プロファイラーのモニカが、優雅に脚を組み替えながら分析する。
「……推測だが。行方不明になった多重債務者たちが集められているのは、金持ちの悪趣味な『デスゲーム』の会場だ」
大物議員Aが、オタクの顔を完全に引っ込め、忌々しそうに腕を組んで凄惨な予測を口にした。
「命を懸けたゲームを見世物に、VIPたちが巨額の金を賭ける。……あのテレビのクイズ番組の『倍率(オッズ)』のように、人間の命をチップにしてな」
「……そして、一番厄介なのが、そのデスゲームが行われている『場所』よ」
萌美総理が、美しい指先で海図の一点を指し示した。日本列島から遠く離れた、広大な太平洋のど真ん中。
「潜入捜査官を乗せた船は、パナマ船籍(便宜置籍船)を掲げた、完全な『外国籍の豪華客船』。しかも現在地は、どこの国の法律も及ばない『公海(国際水域)』に停泊しているわ」
「公海……」
スレイが安物の百円ライターをカチャリと鳴らし、目を細める。
「つまり、国際海洋法条約により、公海上にある外国船に対し、日本の警察が勝手に乗り込んで捜査や拿捕を行うことは明確な『主権侵害(国際問題)』になる」
大物議員Aが、法律の壁という歯痒い現実を代弁した。
「表からは、指一本触れることも、手出しをすることもできない無法地帯というわけだ」
合法的に警察を動かせない。ならば、どうするか。
「……任務よ」
萌美総理が、氷のように冷たく、しかし絶対的な権力者の笑みを浮かべて、漆黒のコートを着た最強の暗殺者を見つめた。
「……そのデスゲームの豪華客船を、丸ごと日本の領海に持ってきてほしいの。……領海内に入りさえすれば、私の権限で、山田の部隊と海上保安庁の特殊部隊を総動員して、合法的に制圧できるわ」
公海上の豪華客船を乗っ取り、日本の領海まで引っ張ってくる。
国家元首が裏の掃除屋に下した、あまりにもスケールが大きく、そして理不尽極まりない超法規的ミッション。ここで白羽の矢が立つのは、当然スレイたちしかいない。
「ばいやー! 豪華客船を丸ごとパクるってことっしょ!? さすが総理、ムチャクチャ言うなぁ!」
ギャル大生のメイコが腹を抱えて笑い出し、金髪の少女・リルも「船の運転、難しそう!」と目を輝かせる。
「具体的な潜入プランはこうよ」
マリアがモニターの表示を切り替え、作戦図を展開した。
「船には二種類の人間が乗っている。命を賭ける『多重債務者(プレイヤー)』と、それに金を賭ける『VIP客(ギャンブラー)』よ。私たちも、二手に分かれて潜り込むわ」
プレイヤーとして底辺の檻に潜り込むのは、スレイ、リル、メイコ、そして山田相姦が選び抜いたエリート潜入捜査官5名の、計8名。
そして、VIP客として上層階の豪華な客室に潜り込むのは、マリアとモニカの二人だ。
「……流石に、萌美総理やパパ(大物議員A)は顔が割れすぎているから、VIP客に偽装するのは無理だものね」
メイコが言う通り、国家元首や大物議員がこんな闇ギャンブルの船に堂々と現れれば、一発で身分がバレて警戒されてしまう。
「……しかし。船に入るのは構わないが、船内でどうやって『通信』をとる」
スレイが、安物のタバコを指に挟みながら、最も致命的な問題点を指摘した。
「マリアの言う通り、あの船のセキュリティは異常だ。乗船前に、おそらく全裸にひん剥かれての徹底的な身体検査を受けることになる。携帯電話や無線機の没収は当然として、眼鏡やアクセサリー類に仕込んだ超小型マイクなども、完璧に金属探知機やX線で調べられて弾かれるはずだ」
もし通信が分断されれば、下層のデスゲーム会場にいるスレイたちと、上層のVIPルームにいるマリアたちが連携をとることは不可能になる。船を乗っ取るどころか、お互いの生死すら確認できなくなってしまうのだ。
「……ふふっ。そこは心配いらないわ、スレイ」
しかし、その絶対的な物理の壁を前にしても、天才ハッカーのマリアは余裕の笑みを崩さなかった。
「……相手がどんな最新鋭のセキュリティを用意しようと、私の『テクノロジー』と、あなたたちの『身体』があれば、必ず壁は越えられるわ」
絶海の孤島と化した豪華客船。電波も法律も届かない死の海域へ向けて、裏の掃除屋たちは、己の命と知略だけを武器に、底知れぬ狂気のデスゲームへと足を踏み入れようとしていた。
――新宿、極秘アジト。
「……で。身体検査をどうやって潜り抜けるって?」
漆黒のコートを着たスレイが、安物の百円ライターをカチャリと鳴らしながら尋ねる。
「これを使うのよ」
天才ハッカーのマリアが、ピンセットで小さな『ラインストーン(デコパーツ)』をつまみ上げた。
「時価総額世界一のアメリカの半導体企業、『エロビディア』と私の裏ルートで共同開発した、非金属ステルス素材の超小型デバイスよ。この数ミリのパーツの中に、骨伝導マイク・スピーカーと指向性アンテナが完全に組み込まれているわ」
金属探知機にもX線にも引っかからない、チート級のオーパーツ。
これを、ギャル大生のメイコやリルの『派手なネイルアートのパーツ』として爪に強力に接着させる。そしてスレイの場合は、過去の死線で刻まれた全身の深い『傷跡の隙間』に、予備も含めて皮膚と同化するように埋め込むのだ。
「これなら、全裸にひん剥かれて調べられようと、絶対に通信機器だとはバレないわ」
凄腕プロファイラーのモニカが、優雅に微笑んで太鼓判を押す。
「……なるほど、通信の壁はクリアだ。で、俺たちの『潜入設定(ペルソナ)』はどうなってる」
スレイが紫煙を吐き出しながら、マリアから渡されたプロフィールの資料に目を通す。そこには、借金まみれの底辺に落ちた三人の、悲惨な人生のシナリオが書かれていた。
・メイコ:悪質なホストクラブ(または怪しい投資詐欺)に騙され、数千万の借金を背負わされた、頭の弱そうな底辺ギャル。
・リル:家出をしてトー横を彷徨い、悪人に騙されて莫大な借金を背負った少女。
「ばいやー! アタシ、ホス狂いの底辺ギャルっしょ! シャンパン入れまくって沈んだ女の演技、完璧にやるし!」
「わーい! 私、家出少女だー! ガラの悪い感じにすればいいのかな!」
メイコとリルは、与えられた設定にノリノリで、すでに治安の悪いポーズの練習を始めている。
「……おい。じゃあ、俺の設定はなんだ」
スレイが、自分の項目の資料を読み、サングラスの奥で完全に目が死んだ。
・スレイ:多数の女性を次々と妊娠させ、その慰謝料と養育費から逃げ回った挙句、反社から数千万の借金を取り立てられている最低のクズ男。
「…………」
(……いったい誰が、こんな最低のシナリオを考えたんだ……)
スレイは無言のまま、PCのモニターの向こうで優雅に紅茶を飲んでいる最高権力者(萌美総理)を睨みつけた。
総理は、美しいルージュの唇を弧に歪め、ドS全開の冷酷な笑みを返してくるだけだった。
「……文句はないわね? じゃあ、ヤミ金に接触するわよ」
マリアが即座にタイピングを開始し、彼らの偽造された身分証と「借金で首が回らない絶望の痕跡」をデジタルタトゥーとしてネット上に構築し、例のヤミ金の窓口へと招待状の返信(エントリー)を飛ばした。
数時間後。
「……返信が来たわ。スレイ、メイコ、リルの三人は、見事に『合格(ターゲット)』として食いついたみたいね」
マリアが冷たく言い放つ。
「でも、山田相姦が用意した5人のエリート潜入捜査官は……2人しか返信が来なかったわ」
やはり、警察の人間はどこか「本物の底辺」になりきれない隙があったのだろう。ヤミ金の審査を通過できたのは、PCUの3人と、エリート2人の、計5名だけだった。
――数日後。東京湾、某指定埠頭。
招待状に指定された乗船日は、深夜の密漁港などではなく、白昼堂々、東京湾の巨大な埠頭だった。
そこに停泊していたのは、パナマ船籍を掲げた、まるで動く高級ホテルのような巨大な豪華客船である。
「……なるほど。逆にこんな堂々と東京湾から出港すれば、ただのVIP向けの豪華クルーズにしか見えない。怪しまれないというわけね」
モニカが、港の潮風に高級なドレスの裾を揺らしながら感心したように言う。
マリアとモニカは、萌美総理の絶大な権力で用意された「大富豪のセレブ婦人」という完璧な身分で、VIP客側としての乗船口に立っていた。
二人が黒服のスタッフに専用のIDカードを見せると、スタッフは恭しく頭を下げ、一切の身体検査を行うことなく、彼女たちを一瞬で船内へとパスさせた。
一方、その頃。
豪華なタラップから遠く離れた、船の底へと続く貨物用の搬入口。
そこでは、スレイ、メイコ、リル、そして2名のエリート捜査官を含む数十人の「多重債務者(プレイヤー)」たちが、家畜のように一列に並ばされ、ヤミ金の屈強な男たちによる執拗な身体検査を受けていた。
「両腕を上げろ! 口の中を見せろ!!」
怒号が飛び交う中、彼らは装飾品など身につけることは許されず、金属探知機のゲートを潜らされ、さらにハンディ型のスキャナーで、皮膚の下に発信機を埋め込んでいないかまで念入りにチェックされる。
『ピーッ!……異常なし』
スレイの屈強な肉体をスキャンした黒服が、舌打ちをして次の標的へと移る。
(……エロビディアのステルス素材。完璧に機能しているな)
スレイは死んだ魚のような目で、無事にゲートを通過した。メイコの派手なネイルも、リルの小さな爪も、ただの安いアクリルの装飾品として完全にスルーされていた。
やがて、船は重々しい汽笛を鳴らし、東京湾をゆっくりと離れていく。
マリアとモニカは、豪華なシャンデリアが輝く上層階のVIP専用スイートルームに通され、ふかふかのソファで冷えたシャンパンを傾けていた。
一方、スレイ、メイコ、リルたちプレイヤー一行は、窓一つない船底の、冷たいコンクリートが剥き出しになったような簡素な大部屋へと放り込まれ、重い鉄の扉を外から施錠された。
「……あーあ。マジで豚箱みたいっしょ。VIPとの格差、えげつなーい」
メイコが冷たい床に座り込みながら、ネイルの施された指先をトントンと膝で叩く。
『……聞こえるかしら、スレイ。メイコ、リル』
メイコが指先を耳の下の骨に当てた瞬間、エロビディアのオーパーツ(ラインストーン)が微細な振動を起こし、脳内に直接、マリアのクリアな声が響き渡った。
「……ああ。感度良好だ」
スレイが、首筋の古傷に埋め込まれた極小のパーツを指で撫でながら、低くしゃがれた声で応答する。
外部との通信が完全に遮断された、公海へと向かう豪華客船。
表と裏、天国と地獄に分かれた裏の掃除屋たちは、互いの見えない絆(通信)だけを頼りに、いよいよ始まる狂気のデスゲームの開演を、静かに待ち受けるのであった。
前編、いかがだったでしょうか。
萌美総理の権力(と、スレイに対する悪意100%のドSな嘘設定)によって、見事に天国と地獄の二手に分かれて客船へと潜り込んだPCUメンバー。
全裸の身体検査すら潜り抜けるマリアのテクノロジーと、いよいよ始まる命懸けのゲーム。
明日(木曜20時)の中編では、いよいよ第1ゲームが開演します! 天才ギャルと家出少女、そして孕ませ借金男(偽)の快進撃をどうぞお楽しみに!
【お知らせと次回予告】
『境界線PCU~多様性ワールドへようこそ~6月は毎日20時更新』
6月は毎日20時に最新話を公開していきます。明日の20時もぜひお待ちしております!
▼イラスト・設定資料について▼
劇中の挿絵や、キャラクターの詳細な設定資料をPixivにて公開しています。
【Pixiv】https://www.pixiv.net/users/124951524
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