第9話(海上のデスゲーム編)、中編です!
ついに最下層の檻で開演する、悪趣味な富豪たちのためのデスゲーム。
ですが、そこに放り込まれたプレイヤーの「格」が違いすぎました。
主催者側の想定を遥か彼方まで置き去りにする、PCUのチート級の突破劇が始まります!
――豪華客船、上層階(VIPエリア)。
『さぁさぁ、世界中の退屈を持て余した紳士淑女の皆様! 今宵も極上のエンターテインメント、第99回・海上デスゲームの幕開けでございます!!』
巨大なビジョンに映し出されたタキシード姿の司会者が、興奮に満ちた声を張り上げる。すり鉢状の座席に陣取る悪趣味な大富豪や裏社会の重鎮たちは、グラスを掲げて歓声を上げた。
モニカとマリアは、特等席のふかふかのソファに深く腰掛け、手元のベット用タブレット端末を冷ややかな目で眺めていた。萌美総理の用意した最強の偽造IDには、国家予算クラスの無尽蔵のダミー資金がリンクされており、掛け金(ベット)はいくらでもやり放題である。
『まずは、今夜のショウを彩る10名のゴミ(多重債務者)たちをご紹介しましょう! 皆様、手元のオッズ(倍率)をご覧ください!』
ビジョンに、地下の部屋に集められた10名の顔写真とオッズが映し出された。
「……1番人気は、あのやたら強そうな『元軍人』ね。……2番人気は、状況を冷静に分析していそうな『聡明なエリート』」
モニカがプロファイラーの目で人気順位を読み上げる。ここまでは順当なギャンブラーたちの評価だ。しかし。
「……で、3番人気が『多数の女を孕ませて逃げたクズ・スレイ』ね」
マリアが、画面に映る無愛想な顔面凶器の写真を見て、フッと吹き出した。
「ガタイの良さと、あの人殺しのような目つきが評価されたみたいね。……ちなみに、ホス狂いの底辺ギャル(メイコ)と家出少女(リル)は、オッズ数百倍の大穴(問題外)扱いよ。すぐに死ぬと思われてるわ」
『それでは! 最初の生贄を決める、第一ゲームの発表です!!』
司会者の叫びと共に、ビジョンの映像が地下の隔離部屋へと切り替わった。
――同時刻。豪華客船、最下層。
『――第1ゲーム 圧殺部屋』
歪んだ電子音声が響いた瞬間。
『ゴゴゴゴゴゴ……ッ!!』という地鳴りのような重低音と共に、スレイたち10人が閉じ込められたコンクリート部屋の「天井」が、ゆっくりと、しかし確実な殺意を持って降下し始めた。
「な、なんだ!? 天井が落ちてくるぞ!!」
チンピラの男が悲鳴を上げる。
『ルールは簡単です。壁に書かれた超難解な暗号(数式)を制限時間内に解き、キーパッドに入力してください。……正解すれば、天井は止まります』
電子音声が残酷なルールを追加する。
『――あるいは。誰か一人を犠牲(パスワードの代わり)にして、部屋の中央にあるプレス機に押し込めば……残りの全員は助かります』
つまり、謎を解くか、誰か一人を殺すかだ。
スレイが壁に目を向けると、そこには血のような赤いペイントで、おぞましいほど複雑な数式が描かれていた。
「な、なんだこの暗号は! わかるわけねぇだろ!!」
「クソッ、時間がねぇ! 潰される!!」
パニックに陥った多重債務者のチンピラたちは、すぐさま「数式を解く」ことを諦め、最も手っ取り早い生存ルート――誰かを犠牲にすることへと舵を切った。
彼らの血走った目が、部屋の中で最も弱く、抵抗できそうにない気弱な中年の男(やっさん)を捉えた。
「おいジジイ! てめぇ、どうせ生きてても借金返せねぇだろ! てめぇが犠牲になれ!!」
「ひぃぃっ! や、やめてくれぇ!!」
数人のチンピラがやっさんを取り囲み、無理やり中央のプレス機へと引きずり込もうとする。強そうな軍人は腕を組んで静観し、聡明なエリートは冷や汗を流しながら数式と睨み合っているが、解ける気配は全くない。
醜い人間の本性が剥き出しになる、まさにデスゲームの醍醐味。
――しかし。
「……うんうん! なるほどねー」
悲鳴と怒号が響く中。場違いなほど軽薄で、全く緊張感のないギャルの声が響いた。
ホス狂いの底辺ギャル(という設定)のメイコが、ド派手なネイルの指先で顎を撫でながら、壁の数式を見上げていた。
「これ、一見複雑な積分に見せかけてるけど、ただの『偏微分方程式の引っかけ』っしょ。特定の境界条件で相殺されるから、実質的な計算は中学生レベルに落ちるやつだね」
「……は?」
やっさんを取り囲んでいたチンピラたちが、間の抜けた声を出して動きを止める。
メイコは彼らを完全に無視し、コツコツとヒールを鳴らして壁のキーパッドに近づくと、迷うことなく数字を打ち込んだ。
『ピッ、ピッ、ピッ、ピッ……』
「はい、解いたよー。答えは『09345451919』」
『――ピローン♪正解』
無機質な正解音が鳴り響き、彼らを押し潰そうとしていた天井の降下が、ピタリと停止した。
ゲーム開始から、約30秒も経っていない。
犠牲者が出るどころか、誰も恐怖を味わう暇すらなかった。
――豪華客船、上層階(VIPエリア)。
「…………」
数千人の大富豪が集まるVIPルームが、水を打ったように静まり返っていた。
『だ、第一ゲーム……クリア、です……』
司会者が、台本にない異常事態にマイクを震わせる。
「クスッ」
モニカが、静寂のラウンジでシャンパンを飲みながら優雅に微笑んだ。
そう、VIPたちは知らないのだ。彼女がただの底辺ギャルではなく、この国で最も偏差値の高い『花弁大学』首席、チート級の頭脳を持つ天才であることを。
数秒の沈黙の後。
VIPルームは、暴動のような大歓声とどよめきに包まれた。
『な、何だあの女は!? 天才か!?』
『おい、今のうちにあの金髪ギャルに賭けろ!!』
モニカとマリアの手元のタブレットで、大穴(最下位)だったメイコのオッズが、狂ったような勢いで急上昇(倍率が急降下)していく。
――豪華客船、最下層。
一方、命を救われたプレイヤーたちの部屋もまた、全く別の意味で静まり返っていた。
「な、なんだお前……いったい何者だ……?」
やっさんを殺そうとしていたチンピラも、手も足も出なかった聡明なエリートも、口をぽかんと開けて底辺ギャルを見つめている。
「ん? アタシ? アタシはただのホス狂いのギャルっしょ」
メイコは自分のネイルをフッと吹き、スレイに向かって悪戯っぽくウィンクをした。
スレイは無言のまま、安物の百円ライターをカチャリと鳴らした。
かくして、主催者の悪趣味な思惑は、開始わずか30秒で天才ギャルによって無惨に打ち砕かれた。
規格外のプレイヤーたちが混入した狂気のデスゲームは、いよいよ主催者側にも予期せぬ混乱を巻き起こしながら、次のステージへと進んでいくのであった。
――第2ゲーム 絶望の透明ガラス橋と、空中架橋
第一ゲームの圧殺部屋をあっさりと抜け、次に10人が通されたのは、巨大な奈落の上に架けられた不気味な橋の前だった。
『――第2ゲーム、開始です』
歪んだ電子音声がルールを告げる。
足場となっているのは、数十枚のカラフルなガラス板。しかし、その中には「大人が乗っても割れない強化ガラス」と「少しの荷重で砕け散る普通のガラス」がランダムに入り混じっている。ハズレを踏めば、数十メートル下の奈落に敷き詰められた鋭い剣山へと真っ逆さまに転落する、完全な運否天賦の死の橋だ。
「じょ、冗談じゃねぇ! あんなの、どっちが本物かわかるわけねぇだろ!」
「……誰かが先に歩いて、確かめるしかねぇな」
チンピラたちの血走った目が、再び最も弱そうなやっさんへと向けられた。
「おいジジイ! てめぇが先に行って確かめろ! ダメだったら俺たちが別のルートを歩いてやるからよ!!」
チンピラたちが、泣き叫ぶやっさんを無理やり奈落の橋へと突き飛ばそうとする。
しかし、その醜い争いの横から、金髪の家出少女(という設定)のリルが、ひょいっと身軽にガラス橋のスタートラインに立った。
「うーんとね、あそこと、あそこが罠(普通のガラス)だね!」
リルは、純真な目でガラスの表面を指差した。
『……ええ。光の屈折率と、わずかな表面の歪み。リルの言う通りよ』
エロビディア製の骨伝導マイクを通して、上層のVIPルームの特等席から、凄腕プロファイラーであるモニカの冷静な分析と肯定の声が脳内に響く。
「オッケー! じゃあ、行ってきまーす!」
言うが早いか、リルは「けんけんぱ」でも遊ぶかのように、迷いなく透明なガラスの上をポンッ、ポンッとテンポ良く跳ねていった。
「ああっ!? バカ、死ぬぞ!!」
チンピラたちが叫ぶが、ガラスは一切割れない。リルはあっという間に奈落を渡り切り、対岸のゴール地点でクルッと振り返った。
「はーい、みんなこっちだよー! そうそう、そこの右! あーっ、次はその隣はダメだよ、割れちゃうから!」
リルが対岸から、満面の笑みで安全なルートを指示し始める。
「……ま、マジかよ……」
「行くぞ。あの少女の言う通りに歩けば助かる」
聡明なエリートが眼鏡を押し上げて歩き出し、元軍人の大男もそれに続く。スレイとメイコ、そしてエリート捜査官たちも無造作に橋を渡り、結局、チンピラたちもやっさんも、誰一人欠けることなく全員が無事に死の橋を渡り切ってしまった。
――豪華客船、上層階(VIPエリア)。
『な、なんとぉぉぉっ!! 家出少女が、死のガラス橋をスキップで踏破ァァッ!!』
司会者が、マイクを握りしめて絶叫する。
『力だけではありません! このゲームには、生への執着と、鋭い観察眼、そして頭脳も必要なのだ!! 今日の参加者は手強い! これは面白いことになってきましたァァァ!!』
司会者の煽りに、VIPルームの熱狂はさらにヒートアップする。
「ウオォォォッ!! あの金髪のガキに全額張れ!!」
「あのギャルといい、今日の底辺どもは何か持ってるぞ!!」
モニターのオッズ表で、底辺ギャルのメイコに続き、家出少女のリルのオッズも狂ったように爆上がりしていく。モニカとマリアは、熱狂する大富豪たちを虫ケラを見るような冷ややかな目で見下ろしながら、優雅にシャンパンを傾けていた。
――豪華客船、最下層。
続いて10人が通されたのは、鉄格子で囲まれた薄暗い迷宮のようなエリアだった。
『――第3ゲーム 飢えた猛獣の迷宮と、生態系の頂点』
電子音声と共に、奥の暗がりから地鳴りのような咆哮が響き渡る。
そこに放たれていたのは、何週間も餌を与えられず、極限まで飢餓状態に置かれた数頭の「ライオン」と、巨大な「ヒグマ」だった。
『ルールは、猛獣たちを全滅させるか……あるいは、あなたたちのうち【2人が食い殺される(餌になる)】まで、扉は開きません』
殺すか、食われるか。
巨大な牙と爪を持つ本物の猛獣を前に、プレイヤーたちはついに言葉を失った。
「ヒィィィッ!! ば、化け物だ!!」
「……チッ。やるしかねぇか」
元軍人の大男が、ファイティングポーズをとって前に出る。聡明なエリートも、武器になりそうな鉄パイプを探して身構えた。
しかし、チンピラたちは完全に腰を抜かし、またしても自分たちだけが助かるために、やっさんや少女(リル)を「囮(餌)」として猛獣の前に突き出そうと画策する。
「おらっ! てめぇら、さっさと食われろ!!」
だが、その震えるチンピラたちの前に、分厚いコンクリートの壁のような巨体が音もなく立ち塞がった。
「…………」
多数の女を孕ませて借金を背負った最低のクズ男(という設定の)スレイが、安物のタバコを指に挟んだまま、猛獣たちの正面へと進み出たのだ。
「お、おい! お前、何やってるんだ!!」
「バカか! 素手で勝てるわけねぇだろ、食われるぞ!!」
他の参加者たちが、自殺行為だと顔を引きつらせる。
『ガァァァァァッ!!』
飢えたオスライオンが、一番前に出たスレイの喉元を食いちぎろうと、猛然と跳躍した。
『――ドゴォォォォンッ!!』
次の瞬間。
スレイの丸太のような右脚から放たれた無造作な前蹴りが、空中にいたライオンの鳩尾に完璧にめり込んだ。
『キャンッ!?』
百獣の王は、まるで蹴り飛ばされた子犬のような情けない悲鳴を上げ、数メートル後方の壁まで吹き飛ばされた。動物は、野生の勘で「自分より圧倒的に強い存在」に極めて敏感だ。ライオンは腹を押さえてうずくまり、スレイの放つ底知れぬ殺気に震え上がった。
『グォォォォォッ!!』
今度は、立ち上がれば3メートル近くある巨大なヒグマが、丸太のような腕を振り上げてスレイに襲いかかる。
しかし、スレイは微動だにせず、ヒグマの巨体がのしかかってくる一瞬の隙を突き、極限まで身を沈めて下から懐へと潜り込んだ。
そして、巨大なヒグマの唯一の急所である「喉元」へ向け、強烈なアッパーカットを叩き込む。
『ガッ……!?』
ヒグマの巨体が浮き上がり、呼吸を封じられたその瞬間。スレイの冷酷な二本指が、ヒグマの両眼球(目)を容赦なく深く抉り抜いた。
『――グォ、ガァァァァッ……!!』
目玉を潰され、喉を砕かれた森の王(ヒグマ)は、凄まじい断末魔を上げてその場に崩れ落ち、二度と動かなくなった。
その圧倒的すぎる暴力の頂点を目の当たりにした残りのライオンたちは、完全に戦意を喪失し、尻尾を巻いて震えながら自分たちの檻の奥へと逃げ帰っていった。
「……ひっ! 嘘だろ……あいつ、ヒグマを素手で……!?」
「こいつ……人間じゃねぇ……! 化け物だ……ッ!」
先ほどまでスレイを「自殺行為だ」と馬鹿にしていたチンピラたちは、ライオン以上の恐怖に顔を引きつらせ、腰を抜かして後ずさりした。
それまで冷静だった軍人の大男すらも、本能的な恐怖で滝のような冷や汗を流している。
猛獣の檻という処刑場は、ただ一人の規格外の存在によって、完全に蹂躙されたのだった。
……第3ゲーム、終了。
ここでもまだ、プレイヤー側に死者は「ゼロ」だった。
――豪華客船、上層階(VIPエリア)。
「…………」
「…………」
先ほどまで狂乱の渦にあったVIPルームに、今度は恐ろしいほどの静寂が増していた。
猛獣の檻という、必ず犠牲者が出るはずだった残酷な処刑場。
それを、たった一人の借金まみれの男が、文字通り「素手」で、呼吸すら乱さずに制圧してしまったのだ。
『な、ななななっ……!!』
司会者が、震える声で言葉を失う。
沈黙を引き裂くように、誰かが叫んだ。
『おい……! あの男、一体何者だ……!!』
『全額だ!! 俺の全財産を、あのクズ男にベットしろォォォォッ!!』
巨大なビジョンのオッズ表が、バグを起こしたかのような勢いで回転する。
軍人やエリートを完全に置き去りにし、孕ませ借金男・スレイのオッズが、ぶっちぎりの1番人気(トップ)へと躍り出た瞬間だった。
――豪華客船、上層階(VIPエリア)。
『ウ、ウオォォォォォォォォッ!! これは凄い! 今夜のゲームは凄まじいことになっています!!』
巨大なビジョンに映し出された信じられない光景(ヒグマを素手で撲殺する借金男)に、タキシード姿の司会者が狂ったように絶叫した。
静まり返っていたVIPルームは、数秒のタイムラグを経て、割れんばかりの大歓声と怒号が入り混じる熱狂の坩堝と化した。
『誰一人欠けることなく、第3ゲームまで突破!! かつてないイレギュラーな展開です!! さぁ、生き残った10名は、いよいよ次のステージへと歩みを進めます!!』
――同時刻。豪華客船、最下層。
開かれた扉の先へ進んだ10人は、見覚えのある無機質なコンクリートの部屋へと出た。
部屋の中央には、円形のテーブルが置かれている。
『――第4ゲーム 毒殺のロシアンルーレット』
歪んだ電子音声が、無慈悲なルールを告げた。
『テーブルの上には、10個のワイングラスが置かれています。そのうち9個は安全な水。……しかし、1個には即効性の猛毒が入っています。これをすべて飲み干さない限り、次の扉は開きません』
「ロシアンルーレットだと……! ふざけんな、誰か一人は確実に死ぬってことじゃねぇか!!」
チンピラの一人が、テーブルの上の透明なグラスを指差して絶望の声を上げた。
無色透明の液体。見た目も匂いも、完全に同じだ。
その時、スレイ、メイコ、リルの耳の裏に仕込まれたエロビディア製の骨伝導マイクから、上層階にいるマリアとモニカのクリアな通信が入った。
『……スレイ、聞こえる? 今あなたたちが入ったその部屋、第1ゲーム(圧殺部屋)と全く同じ場所よ』
『ええ。見取り図はないけれど、おそらくあなたたちは、船底の3つの部屋をぐるぐるとループして回らされているだけね』
『……了解した。どうすればいい?』
スレイが、安物のタバコを吹かすふりをしながら、口元を隠して小声で応答する。
『うーんと、元来た場所(ヒグマの檻)に戻る?』
リルが無邪気な提案を脳内で飛ばす。
『いやいや、ずっとこの狭いところで主催者のゲームに付き合ってても、拉致があかないっしょ』
メイコが冷めた声で却下した。
『……マリア。おそらく、このデスゲームの会場は、船内のごく一部の区画ね』
特等席からビジョンを観察していたモニカが、プロファイラーの目を光らせた。
『ええ。音の反響と船の揺れ方からして、あなたたちがいるその部屋は、私たちVIPがいるこのラウンジの真下よ』
その情報を聞き、リルとメイコが同時にニヤリと笑った。
『じゃあ、下から天井をぶち抜いて、混乱を起こせそう?』
『なんか、VIPルームで直接騒ぎを起こして、ゲーム自体をぶっ壊しちゃおうよ!』
裏の掃除屋たちが、脳内通信で主催者の想定をはるかに超えた「盤面(ボード)返し」の算段を整えていた、まさにその時。
「……おいジジイ! お前、どうせ生きてても仕方ねぇんだから、最初のグラスを飲め!!」
またしても、チンピラたちが生き残るために、一番弱そうなやっさんを取り囲んで胸ぐらを掴んでいた。
「ひぃぃっ! や、やめてくれ! 飲みたくない!!」
「うるせぇ! 全員で飲むんだよ!!」
醜い責任のなすりつけ合いが最高潮に達しようとした瞬間。
「…………」
孕ませ借金のクズ男(という設定の)スレイが、面倒くさそうに首の骨を鳴らしながら、テーブルの前に歩み出た。
「お、おい! てめぇ、何する気だ!」
軍人の大男と聡明なエリートが目を見張る中。
スレイは、テーブルの上に並べられた10個のグラスのうち、両手で一気に2つのグラスを持ち上げると、迷うことなくそのまま喉の奥へと流し込んだ。
「は……!?」
チンピラたちが間の抜けた声を出す。
しかし、スレイの動きは止まらない。さらに2つ、3つ、4つとグラスを手に取り、まるで喉の渇きを癒すかのように、次々と一気飲みを繰り返していく。
「お、おい……嘘だろ……」
やがて。
スレイは、テーブルに置かれていた10杯すべてのグラスを、たった一人で空にしてしまった。
確実に入っているはずの『1杯の猛毒』もろとも。
「…………」
VIPルームも、地下の参加者たちも、あまりの狂気的な光景に言葉を失い、完全に静まり返った。
数秒待っても、十数秒待っても。スレイは血を吐くことも、泡を吹いて倒れることもなく、ただ退屈そうに立っているだけだ。
『ピローン♪……【クリア】。次の扉を開放します』
テーブルの上のすべての液体が飲み干されたことをセンサーが感知し、部屋の奥の扉がゆっくりと開いた。
「……ッ。なんだこりゃ。……随分と不味い水だ」
スレイは、口の端から垂れた水滴を手の甲で乱暴に拭い去り、忌々しそうに吐き捨てた。
世界中の裏社会で修羅場を潜り抜けてきた、最強の暗殺者。彼の肉体は、常人が数秒で絶命するような神経毒や劇薬に対しても、バケモノじみた耐性(抗体)を備え切っている。主催者が用意した程度の毒など、彼にとっては少し舌が痺れる程度の『不味い水』でしかなかったのだ。
「……あ、あいつ……毒を飲んで、生きてやがる……」
軍人の大男が、信じられないものを見るように後ずさりした。
――豪華客船、上層階(VIPエリア)。
『な、ななななっ……!?』
司会者が、マイクを落としそうになりながらビジョンを見上げている。
大富豪やマフィアの幹部たちも、完全に思考が停止していた。
天井を支え、ヒグマを撲殺し、そして猛毒を10杯飲み干しても平然としている男。あんなものは、もはや借金まみれの多重債務者ではない。ただのバケモノだ。
その時。
VIPルームの壁面に表示されていた、リアルタイムのベッティングシステム(賭け金表示)から、けたたましいエラー音が鳴り響いた。
『ピーーーッ! ピーーーッ!!』
モニターの表示を見た富豪たちが、一斉に悲鳴を上げた。
「お、おい見ろ!! あのクズ男(スレイ)のオッズが……!!」
スレイが常軌を逸した力でトラップを無効化し続けた結果。
AIが弾き出す「彼の死亡確率」は完全にゼロと判定され……ベッティングシステム上のスレイの生存オッズは、ギャンブルとして絶対に成立してはならない【 1.0倍 】(賭けても1円も儲からない、絶対生存の数値)に到達してしまったのだ。
「……クスッ。あははははっ!!」
モニカとマリアが、特等席のソファで声を殺して笑い転げる。
デスゲームという前提そのものを、圧倒的な物理と頑丈さで破壊し尽くす裏の掃除屋。
オッズが崩壊し、パニックに陥るVIPルームの真下で、スレイたちはゲームのルールを無視した『直接的な反撃(混乱)』へと打って出る準備を整えるのであった。
圧殺部屋、死のガラス橋、そして飢えた猛獣の迷宮……。
本来なら無残な悲鳴が響くはずの処刑場を、知略と、観察眼と、圧倒的な「素手の暴力」で蹂躙し尽くすPCUメンバーの爽快感、いかがだったでしょうか。
そして最後にスレイが引き起こした、ギャンブルの前提を揺るがす「前代未聞のバグ」。
いよいよ明日は金曜日! 後編(20時更新)では、オッズが崩壊した船内での「大暴動」と、客船を丸ごと乗っ取るPCUの壮大な大立ち回り(解決編)をお届けします。
明日の夜もぜひ見に来てください!
【お知らせと次回予告】
『境界線PCU~多様性ワールドへようこそ~6月は毎日20時更新』
6月は毎日20時に最新話を公開していきます。明日の20時もぜひお待ちしております!
▼イラスト・設定資料について▼
劇中の挿絵や、キャラクターの詳細な設定資料をPixivにて公開しています。
【Pixiv】https://www.pixiv.net/users/124951524
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