第9話、いよいよ解決編となる後編です!
スレイが引き起こしたバグにより、大混乱に陥る豪華客船。
上層のモニカとマリア、下層のスレイたちが通信の絆で連携し、ついに主催者への「盤面返し」を敢行します!
――豪華客船、上層階(VIPエリア)。
『スレイの生存オッズ:1.0倍』という、ギャンブルの根本を破壊する異常な数値がモニターに点滅し、VIPルームが困惑のどよめきに包まれていた、まさにその時。
「……おかしいわね。あんなバケモノみたいな人間、現実にいるわけないじゃない」
特等席のソファから、セレブ未亡人に扮した凄腕プロファイラーのモニカが、わざと周囲に響き渡るような大声で扇動を始めた。
「……さては、あの大男、運営側が用意した『サクラ(仕込み)』よ! 絶対に死なない役者を混ぜておいて、私たちから掛け金を一方的に巻き上げる気なんじゃないの!?」
その美しくも棘のある一言は、疑心暗鬼に陥っていた富裕層たちの心に、完璧な引火点として機能した。
「そ、そうだ! 猛毒を10杯飲んで平然としているなんて、どう考えてもおかしい!」
「イカサマだ! 主催者は我々を騙しているぞ!!」
「ふざけるな! 10億賭けて10億しか戻ってこないなら、ただの銀行預金だ!! さっさとまともなギャンブルを成立させろ!!」
怒号が飛び交い、グラスが床に叩きつけられる。
何百億という金が動く鉄火場において、「イカサマ」という疑惑は最も許されざる大罪だ。悪趣味な富裕層やマフィアの幹部たちは完全にブチギレて暴徒と化し、VIPルームは一瞬にして収集のつかない暴動状態(パニック)へと陥った。
その凄まじい混乱の隙を突き、天才ハッカーのマリアは特等席をスッと抜け出し、足早に船の『コントロールルーム(制御室)』へと向かっていた。
「おい、下の連中は一体どうなっている!?」
「VIPの皆様がお怒りです! 早く次のゲームを……ッ!」
制御室の中は、予期せぬ盤面崩壊とクレームの嵐で完全に機能不全に陥っていた。
そこへ、マリアが堂々と踏み込み、萌美総理の権力が詰まった最強の『偽造ID』をスタッフの目の前に突きつけた。
「……どきなさい。システムの不具合でしょう? 特別監査の私に任せなさい」
「は、はいッ! 申し訳ありません!」
IDの絶大な権威にひれ伏したスタッフたちを退かし、マリアはメインコンソールの前に座る。
そして、超高速でキーボードを叩き、船内の全セキュリティシステムを一瞬で掌握(ハッキング)した。
『カチャカチャカチャ……ッ、ターン!!』
「……あら~。間違えちゃった」
マリアがわざとらしく、しかし極めて冷酷に微笑んでエンターキーを叩いた瞬間。
豪華客船のシステム全体に致命的なオーバーライド信号が走り、船内のすべての電子錠(扉)が、一斉に強制解錠された。
――同時刻。豪華客船、最下層。
『ガコンッ……! プシューーーッ』
第4ゲームの部屋の出口だけでなく、元来た通路の扉、さらには警備用の隔壁に至るまで、周囲のあらゆる扉がけたたましい音を立てて全開になった。
「……マリアがやったな」
孕ませ借金男(という設定の)スレイが、開かれた扉を見て低く呟く。
「これは……システムのエラーか?」
聡明なエリートが眼鏡を押し上げ、軍人の大男が周囲を警戒する。
「……混乱に乗じて、一気に上へ抜けるぞ」
スレイが振り返り、待機場所へと続く元の道を逆走し始めた。
「お、おい! どこに行く気だ!?」
「待ってくれ、俺たちも行く!」
訳もわからずパニックになっているチンピラたちや、やっさんも慌ててその後を追う。
元来た通路を戻り、上層階へと続く階段に差し掛かったところで、異変に気づいたヤミ金の警備部隊(黒服たち)がアサルトライフルを構えて殺到してきた。
「てめぇら! 大人しく部屋に……ッ!!」
しかし、黒服たちが銃口を向けるより早く。
「……邪魔だ!」
スレイの背後に続いていた軍人の大男が、野獣のような速度で飛び出し、先頭の警備員の顔面に強烈な膝蹴りを叩き込んだ。
さらに、スレイから密かに通信デバイスを受け取っていた山田部隊のエリート潜入捜査官2名も、これまでの借金まみれの弱者の演技を完全に捨て去り、恐ろしいほどの練度で黒服たちの関節を次々と極め、銃を奪い取っていく。
「うおおっ!? な、なんだあいつら!?」
後ろで縮こまっていたチンピラたちは、突然牙を剥いた軍人とエリートたちの強さに腰を抜かし、ただオロオロと震えているだけだった。やはり、本物の修羅場ではチンピラの威勢など何の役にも立たない。
「……そのまま下を制圧しておけ」
スレイはエリートたちに一瞥をくれると、立ち塞がる残りの警備員たちを、文字通り重機のような突進と拳で紙屑のようになぎ払いながら、階段を一気に駆け上がっていった。
「あははっ! さすがスレイ、道開けが早いっしょ!」
「待ってー! 置いてかないでー!」
メイコとリルも、倒れた黒服たちを軽快に飛び越えながら、スレイの背中を追う。
やがて階段を上り詰めると、そこは暴動の熱気が漏れ聞こえてくるVIPルームの入口だった。
「あれ? マリアとかモニカは?」
リルが、豪奢な扉の前でキョロキョロと首を巡らせる。
「絶対、中で何かえげつないことしたよねー」
メイコが笑ったその時。
重厚な扉が開き、マリアとモニカが、まるで優雅な散歩から帰ってきたかのような涼しい顔で歩み出てきた。その後ろからは、怒号と悲鳴、そして物が壊れる音が絶え間なく響いている。
「……中は完全に混乱状態よ。富裕層同士が殴り合ってるわ」
マリアが、手元のタブレットをしまいながら報告する。
「主催者側も、システムダウンと暴動の対応で完全に手一杯ね。……さぁ、スレイ。ここからが本番よ」
モニカが、船のさらに上層階――最上部を指差した。
「この混乱に乗じて、一気に操縦室(ブリッジ)まで行きなさい」
この絶海の孤島(豪華客船)を乗っ取り、日本の領海へと強制連行する。
萌美総理から下された理不尽極まりない超法規的ミッションを完遂するため。
スレイ、メイコ、リルの三人は、阿鼻叫喚の地獄と化した豪華客船の心臓部(操縦室)へ向けて、最後のカチコミへと駆け出していくのであった。
――豪華客船、上層階(VIPエリア周辺)。
『ビーーッ! ビーーッ! ビーーッ!!』
システムが完全に崩壊し、耳をつんざくような非常アラートが鳴り響き続ける中。暴動とパニックに陥ったVIPたちは、我先にと安全な避難経路を求めて右往左往していた。
「皆様! こっちは安全です!」
「パニックにならないで! 早く安全なこちらへ!!」
その狂乱の群れを誘導していたのは、セレブ未亡人と大富豪の令嬢に扮した、モニカとマリアだった。
二人は親切な案内人を装いながら、恐怖で思考能力を失った大富豪やマフィアの幹部たちを、ある一本の通路へと次々に押し込んでいく。
彼らが「安全なシェルター」だと信じて逃げ込んだその先は――先ほどまでスレイたち多重債務者が命を懸けて這いずり回っていた、最下層のデスゲーム会場へと続く隔離通路だった。
一方、その頃。船のさらに上層――操縦室(ブリッジ)へと続く大階段では。
「す、すげぇ……!!」
スレイの背後を必死についていくゲーム参加者の一人・元軍人の大男が、次々と警備の黒服たちを素手でなぎ倒していくスレイの圧倒的な戦闘力に、感嘆の声を漏らした。
「お前、本当にすげぇな! ただの借金まみれの男じゃねぇだろ!」
「……ああ。彼のこの膂力と危機回避能力は、明らかに常人の枠を超えています。まさにバケモノだ」
それに同調するように、後ろを走っていた聡明なエリートが眼鏡をクイッと押し上げた。
そして、極めて冷静な、ロジカルな声で一つの『純粋な疑問』を口にした。
「……しかし。それほどまでに優秀な身体能力と判断力を持っていながら、あなたは多数の女性を妊娠させ、莫大な借金を背負うまで……なぜ、避妊しなかったんです?」
「…………」
スレイの動きが、一瞬だけピタリと止まった。
「あははははっ!! ばいやー! 確かにっしょ!!」
「スレイ、なんで避妊しなかったのー!? 最低だねーっ!」
緊迫した銃撃戦の最中だというのに、後ろを走っていたメイコとリルが腹を抱えて大爆笑する。
「……うるさい。余計な詮索はいい、仕事(カチコミ)に集中しろ」
無敵の死神が、かつてないほど気まずそうに(情けなく)顔を背け、誤魔化すように目の前の黒服の顔面へ理不尽な怒りの裏拳を叩き込んだ。
そんなギャグのようなやり取りの裏で、マリアとモニカは頃合いを見て、再び制御室(コントロールルーム)へと足を向けていた。
「非常事態よ! 早くあなたたちも逃げなさい!!」
マリアが残っていたシステムスタッフたちを大声で脅し、部屋から完全に追い出す。
そして、制御室を乗っ取った彼女たちは、モニター上でVIPたちが全員、地下のデスゲーム部屋に逃げ込んだことを確認した。
『ガコンッ!!』
マリアがキーボードを叩き、彼らが入っていった分厚い鉄の扉を、外から完全にロックする。
「……さて」
モニカが、コントロールパネルの前に優雅に歩み寄り、冷ややかな笑みを浮かべて『あるボタン』に指を置いた。
他人の命をチップにして熱狂していた、悪趣味な金持ちどもへの、最高の皮肉(プレゼント)。
「……ついでに、ゲーム開始」
モニカの赤い爪がボタンを押し込んだ瞬間。VIPたちが閉じ込められた地下室で、ゆっくりと天井が降下し始めた。絶望の圧殺部屋が、今度は彼ら自身を標的として牙を剥いたのだ。
その頃、スレイたちはついに操縦室(ブリッジ)の直前まで迫っていた。
「撃てェッ! ここを通すな!!」
最後の防衛線として、武装した大量のヤミ金の警備部隊がアサルトライフルを乱射してくる。
「くっ……!」
『ダァンッ!』
銃弾の雨の中、前に出た軍人の大男の『足』を、凶弾が貫いた。
「ぐああっ!」
崩れ落ちそうになる大男の巨体を、間一髪でメイコとリルが両脇から必死に支える。
「大丈夫!? 立てる!?」
「くそっ、ガキどもは下がってろ!!」
「……彼女たちには指一本触れさせん」
軍人と少女たちをカバーするように、今まで借金男のフリをしていた山田部隊のエリート潜入捜査官2名が、完璧なタクティカル・ムーブメントで前に躍り出た。彼らは奪い取ったライフルで正確無比な制圧射撃を行い、警備部隊の足を次々と止めていく。
「……十分だ。あとは俺がやる」
スレイが安物のタバコを口から吐き捨てた。
そして、まるで装甲車のような勢いで弾幕の中を駆け抜け、操縦室を守る分厚い重合金の扉へ向け、その丸太のような右脚を思い切り叩き込んだ。
『――ドッゴォォォォォォンッ!!!』
蝶番ごとひしゃげた扉が、ブリッジの内部へと吹き飛ぶ。
「な、なんだ貴様は!!」
操縦桿を握っていたパナマ国籍の船長と、護衛の幹部たちが腰の銃を抜こうとした。
しかし、スレイは瞬きする間もなく船長の懐へと潜り込み、その顔面を巨大な手で鷲掴みにすると、コンソールの計器盤へと容赦なく叩きつけた。
『ガシャァッ!!』
船長が白目を剥いて崩れ落ち、残りの護衛たちも、スレイの圧倒的な暴力の前にわずか数秒で床に這いつくばらされた。
血と硝煙の匂いが立ち込める、豪華客船の心臓部。
スレイは、気絶した船長を足蹴にして通信用のマイクを握りしめ、船内全域――そして、自分たちを無法地帯へと送り込んだ、東京で待つ最高権力者へ向けて、低くしゃがれた声で宣告した。
「……これより本船は、東京湾へ向けて全速前進する」
デスゲームの舞台は、日本の法律が届く海域へと引きずり出される。
裏の掃除屋たちによる、前代未聞の豪華客船丸ごと拿捕作戦は、いよいよ完璧なクライマックスへと突き進んでいくのであった。
――同時刻。首相感貞・特別地下室。
メインモニターの海図上で、豪華客船を示す光点が、ついに赤いラインを越えた。
「総理! 船が完全に、日本の海域(領海)に辿り着きました!」
大物議員Aが、歓喜の声を上げて報告する。
「……そう。ご苦労様」
環萌美総理は、美しいルージュの唇に最高権力者としての優雅な笑みを浮かべ、手に持ったワイングラスを軽く掲げた。
「……では、山田相姦。部隊を配置しなさい。我が国の海を汚す悪党どもを、一網打尽にするわよ」
その絶対命令を受け、東京湾の埠頭では、警視庁トップ・山田相姦が率いる完全武装の特殊部隊が、暗闇の中で獲物を待ち構えるように布陣を完了させていた。
――豪華客船、操縦室(ブリッジ)。
「……くっ。ああ、大丈夫だ。足を少し貫通しただけだ、骨にはいってない」
制圧されたブリッジの片隅で、軍人の大男が傷口を縛りながら、気丈に立ち上がった。
「無理はしないでください。……ここから先は、私が操縦を代わりましょう。船舶免許は持っていますから」
聡明なエリートが眼鏡を押し上げ、気絶した船長をどかして操縦桿を握る。
彼らと山田部隊のエリート潜入捜査官の活躍もあり、船のコントロールは完全に確保された。
スレイは安物のタバコに火を点け、ふと、二人の男に視線を向けた。
「……しかし、あんたたちほど腕も頭も立つ人間が、なぜこんなイカれたゲームに参加したんだ?」
その問いに、軍人の大男は気まずそうに頭を掻いた。
「……母親が病気でね。莫大な手術費が必要だったんだ。明らかに胡散臭い招待状だとは思っていたが、藁にもすがる思いだった」
「私は……少し、自分の知性を試してみたかったのです」
エリートが自嘲気味に笑う。
「どんなゲームでも、自分の頭脳なら出し抜けるという傲慢さがありました。……しかし、想像とは全く違いましたね。あの天井が落ちてきた時、私は何もできなかった」
純粋な絶望と、生への執着。そして、自分たちを遥かに凌駕する圧倒的な理不尽(スレイたち)を前に、彼らは己の無力さを思い知ったのだ。
「……生き残ったんだ。せいぜい、まともに生き直すことだな」
スレイは短くそう告げると、背を向けて操縦室から歩み出た。
廊下に出ると、VIPルームを混乱のどん底に陥れたマリアとモニカが、優雅な足取りで合流してきた。
「お疲れ様、スレイ。船のシステムは完全に掌握したわ。あとは東京湾に着くのを待つだけね」
マリアがタブレットを片手に微笑む。
「……とりあえず、ご飯!」
金髪の少女・リルが、弾んだ声で両手を挙げる。
「だね! せっかく豪華客船に乗ったんだし、VIP席のほうに行きたいっしょ!」
ギャル大生のメイコも、目を輝かせてモニカの腕を引いた。
つい先ほどまで命のやり取りをしていたというのに、緊張感の欠片もない裏の掃除屋たちは、そのまま上層階の豪華なラウンジへと上がり、富裕層たちが逃げ出して無人となった特大の夕飯バイキングを、思う存分に満喫するのであった。
――数時間後。東京湾、某埠頭。
夜明け前の海に、巨大な豪華客船がゆっくりと接岸した。
『突入ゥゥゥッ!!』
到着と同時に、待機していた山田相姦の部隊が雪崩を打って船内へと突入する。
システムエラーで地下のデスゲーム部屋に閉じ込められ、恐怖で泣き叫んでいたVIP(悪趣味な大富豪やマフィアの幹部)たち、そしてヤミ金の残党どもは、一人残らず合法的に手錠をかけられ、次々と警察車両へと連行されていった。
「おおっ! 無事だったか?! さすが私のメイコ!!」
船から降りてきたメイコの姿を見るなり、大物議員Aがただの「娘を溺愛するパパ」の顔になって駆け寄ってきた。
「いや~、すっごく楽しかったよ! 料理も美味しかったし!」
メイコが満面の笑みでピースサインを作る。
「でも、結局私のオッズ(倍率)って、最後はいくつだったのかな?」
リルが首を傾げて、純粋な疑問を口にする。
その言葉に、漆黒のコートを着たスレイが、朝日を浴びながら安物の百円ライターをカチャリと鳴らした。
「……人間(いのち)を、数字で測るなんて愚かなことだ」
オッズ1.0倍というバグを叩き出した最強の男が、ハードボイルドに紫煙を吐き出して決める。
「ふふっ。本当にお疲れ様、あなたたち」
そこへ、取り囲むSPたちを退け、黒い高級車から環萌美総理が優雅に降り立って出迎えた。
「いやー、疲れましたわ。……しかし、VIPルームのキャビアとワインは、本当にいいモノでしたね」
モニカが上品に口元を押さえて笑う。
「確かにね。……それにしても、総理が用意してくれたあの偽造ID、凄まじい効き目だったわ。どんな名前と権力で登録したの?」
マリアが、船内のすべてをパスしたあの最強のカードを指で挟んで尋ねた。
萌美総理は、美しいルージュの唇を弧に歪め、事もなげに答えた。
「ええ。とりあえず、審査が面倒だったから……ビル・ゲイツ夫人とイーロン・マスク夫人の最強名義にしておいたわ」
「…………は?」
モニカの顔から、スッと笑顔が消えた。
「ちょっ、ちょっと待って総理! 私、船の中でずっと『傷心のセレブ未亡人』って設定で演技してたのよ!? どっちもピンピンして生きてるじゃないッ!!」
「あら、そうだったかしら? 気にしなくても、大富豪どもは完全に騙されていたじゃない」
ドSな総理は、悪びれる様子もなくケラケラと笑う。
そのやり取りを聞いていたスレイは、深く、深く、心の底からの疲労を込めたため息をつき……死んだ魚のような目で総理を見つめた。
「……頼む。俺の『多数の女を孕ませて逃げた借金男』という設定も含めて……次は、もう少しまともな設定にしてくれ……」
バケモノと恐れられた最強の暗殺者の、切実すぎる哀願。
朝日が昇る東京湾に、女性陣の容赦ない笑い声が響き渡る。
かくして、命を弄ぶ狂気の海上デスゲームは、規格外の裏の掃除屋たちによって完全に破壊され、爽やかな海風と共に幕を下ろすのであった。
任務を終え、新宿の極秘アジトへと戻ってきた裏の掃除屋(PCU)メンバーたち。
リビングの大型テレビからは、またしてもあの悪趣味な番組の音声が流れていた。
『さぁ、始まりました! 今夜も白熱、多様性クイズダービー!!』
「……この番組はもういいわ。何か他のにしましょう」
モニカが、うんざりした顔で即座にチャンネルを消す。
すると、リルが元気よく手を挙げた。
「さっきレンタルビデオ屋さんいってきたよ!」
「そうそう、私たちの厳選チョイスっしょ~」
メイコも同調し、二人は意気揚々とビニール袋から数枚のパッケージを取り出した。
「たまには映画鑑賞も悪くないわね。……で、何を借りてきたの?」
天才ハッカーのマリアが、ふかふかのソファに腰を下ろしながら尋ねる。
「スリル満点のホラー映画です! パッケージで選んできた!」
「ポップコーンも準備万端だよ~!」
リルが自信満々にデッキにディスクを放り込む。
今のアジトに引っ越してきた際に揃えた、最新のマルチメディアシステムだ。
照明が落とされ、巨大なモニターに映画のタイトルがデカデカと映し出された。
『14日の土曜日』
「……ギリギリを攻めすぎたタイトルね」
マリアが呆れたように呟く中、映画がスタートした。
物語の舞台は、不気味な森の奥にある山小屋。いかにもな若者たちが車で訪れ、惨劇が始まる……はずだった。
しかし、若者たちの車は途中で完全にエンストし、彼らはそのままJAFを呼んで家に帰ってしまったのだ。
画面に映し出されたのは、山小屋で「獲物」を待ち構えていた、ホッケーマスクを被った大男。
彼は血塗られたマチェーテ(鉈)を片手に、来るはずのない若者たちを待ち続け……やがて日が暮れ、夜になり。
最終的に、山小屋の部屋の隅で体育座りをして、マチェーテを抱えながら静かにシクシクと泣き始めたのである。
「……は?」
マリアの口から、ポップコーンがこぼれ落ちた。
「え、これ何!? 殺人鬼が、出番がなくて泣いてるの!?」
リルとメイコが、腹を抱えて画面を指差し大爆笑する。
一方、部屋の隅で無表情のままモニターを見ていたスレイは、静かに、しかしプロの暗殺者として極めて真面目なトーンで批評した。
「……索敵能力が低すぎる。標的を待つのではなく、自らの足で狩りに出るべきだ。それに、あの泣き声は潜伏において致命的だ」
「スレイ、そういう映画じゃないのよ……。っていうか、これホラーですらないじゃない! B級を通り越して、C級……いや、D級のゴミ映画よ!」
モニカの的確すぎるツッコミも虚しく、映画は「泣き疲れて眠る殺人鬼」を映したまま、ゆったりとしたBGMと共にエンドロールを迎えた。約10分と映画にすらなっていない。。。
「き、気を取り直して次いきましょう……。次は何?」
モニカがこめかみを押さえる中、リルが次のディスクを入れる。
『着信ナシ』
「……嫌な予感しかしないんだけど」
マリアの予感は、見事に的中した。
女子高生が、不気味な着信音に怯える……というパッケージのあらすじとは裏腹に、映画の中で彼女の携帯電話は、マジで一度も鳴らなかったのだ。
ただひたすらに、女子高生が学校に行き、友達とファミレスでポテトを食べ、家に帰って宿題をして寝る。その間、携帯電話は画面が真っ暗なまま、完璧な沈黙を守り続けている。
開始から40分。
「……これ、ただの他人のホームビデオじゃないッ!!」
マリアがついにブチギレて、クッションをモニターに向かって全力で投げつけた。
海上のデスゲームという血生臭い死闘の果てに、彼らが帰り着いた場所。
それは、底抜けにくだらないゴミ映画を囲んで本気で笑い、そして怒れる、最高に平和な日常であった。
これにて海上デスゲーム、跡形もなくお掃除完了です!
スレイの「毒すら効かないバケモノ肉体」からの、マリアたちのえげつない誘導、そして総理の「ピンピンしてる大富豪の妻名義」とい仕様でした。
【お知らせと次回予告】
『境界線PCU~多様性ワールドへようこそ~6月は毎日20時更新』
6月は毎日20時に最新話を公開していきます。明日の20時もぜひお待ちしております!
▼イラスト・設定資料について▼
劇中の挿絵や、キャラクターの詳細な設定資料をPixivにて公開しています。
【Pixiv】https://www.pixiv.net/users/124951524
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