境界線PCU~多様性ワールドへようこそ~   作:トナカイ粉砕

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いつもお読みいただきありがとうございます。
第10話、中編です!

被害者の編集者が遺した、絵本の赤いマーキング。マリアとモニカの連携によってその「座標暗号」が紐解かれた時、そこから響いてきたのは。。。


境界線010-王子様とお姫様編(中編)

――夜。新宿、極秘アジト。

 

若き編集者の偽装自殺現場から持ち帰った一冊の絵本『星降る夜の王子様』。

スレイたちはアジトのテーブルにそれを広げ、赤いボールペンで〇がつけられた不可解なページを睨みつけていた。

 

「……被害者はこの絵本の担当編集者だったわけだし、家に完成した本があっても全くおかしくはないわ。でも」

天才ハッカーのマリアが、絵本のページを指先でなぞる。

「他殺の線が極めて強い以上、死の直前に彼が遺したこの赤いマーキングには、絶対に裏の意味があるはずよ」

 

「……わざわざ赤で書いて、何かを伝えようとしているよね」

金髪の少女・リルが、純粋な目で丸印を見つめる。

「とりあえず、〇がついてる数字の部分の文章を、順番に読んでみようよ」

ギャル大生のメイコが身を乗り出した。

 

まずは、前半のページ。赤い〇がついた数字を含む文章は、こうだ。

 

『……夜空から 4つ の星が降り、1人 の姫が生まれました。 姫は 3人 の賢者と共に、3つ の夜を越えました。 そして 2匹 の竜が棲む、4つ の川を渡り…… 最後に 4本 の剣を、4人 の騎士に与えたのです。』

 

 

【挿絵表示】

 

 

「…………なるほど。そういうことね」

凄腕プロファイラーのモニカが、文章に散りばめられた二つの数字のペアを見て、すぐにその法則性を看破した。

「……これは『五十音の座標暗号』よ。行と段を、二つの数字で表しているのね」

「あー、昔の『ポケベル』の打ち方と同じ仕組みね。よくできてるわ」

マリアが即座にPCの画面に五十音表を展開し、暗号の解読を視覚化する。

 

「ええと……」

モニカが絵本の数字を拾い上げ、五十音表の座標へと当てはめていく。

 

・『4』と『1』 = た行(4)の、あ段(1) = 【 た 】

・『3』と『3』 = さ行(3)の、う段(3) = 【 す 】

・『2』と『4』 = か行(2)の、え段(4) = 【 け 】

・『4』と『4』 = た行(4)の、え段(4) = 【 て 】

 

浮かび上がった四つの文字。

それをつなぎ合わせると、明確な一つの単語になった。

 

 

「……『たすけて(助けて)』」

 

その言葉がアジトに響いた瞬間、部屋の空気がスッと冷たくなった。

美しい絵本の中から響いてきた、血の通った悲痛なSOS。

 

「……助けて? 作家Aが、ヘルプってこと?」

リルが首を傾げる。

「いや、意味わかんなーい。だって、死んだのは編集者でしょ? なんで作者の書いた絵本に『助けて』なんて暗号が仕込まれてるの?」

メイコが、派手なネイルでこめかみをトントンと叩きながら怪訝な顔をした。

 

「……他の赤〇数字も見てみよう。まだ続きのページにマーキングがある」

漆黒のコートを着たスレイが、安物の百円ライターをカチャリと鳴らしタバコに火をつける。

絵本のページをさらに捲った。

 

後半のページ。

美しいイラストの横に添えられた文章にも、同じように赤い〇がつけられている。マリアがキーボードを叩き、モニカが即座に座標を読み上げていった。

 

・夜空には 10の星 が輝き、1つの月 が微笑んでいました。

(ワ行の1段目 = 【 ワ 】)

 

・王子様は 4つの海 を越え、たった 1人の姫 を探しに出かけます。

(タ行の1段目 = 【 タ 】)

 

・姫は暗い塔の中で 3つの夜 を数え、2羽の小鳥 に歌を歌いました。

(サ行の2段目 = 【 シ 】)

 

・やがて 6つの鐘 が鳴り響き、1つの奇跡 が訪れます。

(ハ行の1段目 = 【 ハ 】)

 

・王子様は 4つの季節 を歩き続け、2つの影 はついに重なりました。

(タ行の2段目 = 【 チ 】)

 

・彼らは 2つの道 を選び、1つの真実 へと向かいます。

(カ行の1段目 = 【 カ 】)

 

・悪い魔女が隠した 3つの宝石 を見つけ出し、2人の願い を込めると、

(サ行の2段目 = 【 シ 】)

 

・4人の騎士 が現れ、姫を閉じ込めていた 3つの鍵 を壊してくれたのです。

(タ行の3段目 = 【 ツ 】)

 

『ワ』『タ』『シ』『ハ』『チ』『カ』『シ』『ツ』。

 

 

「……『ワタシハチカシツ(私は地下室)』」

 

マリアが読み上げたその無機質な文字列に、裏の掃除屋たちは完全に沈黙した。

 

「……私は地下室……? いったい、どういうことだ……?」

スレイがサングラスの奥で目を細め、低くしゃがれた声で呟く。

 

死んだのは若き編集者だ。

彼が死の直前に、自分が担当した絵本に隠されたこの暗号を見つけ出し、赤いボールペンでマーキングをして遺したのだとしたら。

 

この絵本の文章(暗号)をそもそも書いた人物は、いったい誰なのか。

『助けて』と叫び、『私は地下室にいる』と訴えかけている、この悲痛なメッセージの送り主(私)とは。

 

優しくてクリーンな聖者を演じる『作家A』の経歴と、この不気味な暗号が、致命的な矛盾を孕んで彼らの前に立ちはだかる。

PCUの面々は、美しい童話の皮を被った底知れぬ狂気と謎を前に、いよいよ事件の核心(地下室)へと迫っていくのであった。

 

 

――夜。新宿、極秘アジト。

 

「ワタシハチカシツ(私は地下室)」。

その背筋の凍るようなメッセージに続き、スレイたちは若き編集者が遺した赤い〇のマーキングを、さらに次のページへと追っていった。

 

「……ここにもあるわ。読んでみるわよ」

マリアが、絵本の美しい挿絵に添えられた文章を読み上げる。

 

『……5人の小人が、1つのランタンを灯しました。 彼らは7つの海と、2つの島を越え、 5つの山に咲く、5色の花を集めました。 やがて1人の王様が、5つの星を見上げ…… 4本の剣を、5人の騎士に授けたのです』

 

「五十音の表に当てはめるわよ」

モニカが、流れるような思考速度で座標を変換していく。

 

・5と1(な行・あ段)=【ナ】

・7と2(ま行・い段)=【ミ】

・5と5(な行・お段)=【ノ】

・1と5(あ行・お段)=【オ】

・4と5(た行・お段)=【ト】

 

「……『ナミノオト(波の音)』」

マリアがその単語をPCの画面に打ち込む。

 

さらに、残りのページに散らばっていた数字のペアも、モニカとマリアの連携によって次々と解読されていった。

3と2【シ】、1と5【オ】、5と5【ノ】、5と2【ニ】、1と5【オ】、1と2【イ】。

そして、2と2【キ】、4と4【テ】、2と2【キ】。

 

「……『シオノニオイ(潮の匂い)』。そして、『キテキ(汽笛)』よ」

すべての暗号が出揃い、マリアが重々しい声で告げた。

 

「なんだか……『海の傍』に監禁されているみたいだね」

リルが、絵本の表紙を撫でながら悲しげに呟く。

 

「うーん……絵本の中にこういう言葉遊びを隠すのって、児童文学のギミックでよくある手法だけど……。殺された若い編集者が、わざわざ赤ペンで印をつけて持っていたんだよね」

メイコが、自分のネイルをトントンと叩きながら怪訝な表情を浮かべる。

 

「ええ。単なる言葉遊び(アナグラム)の偶然として片付けるには、あまりにも不気味すぎるわ」

モニカがプロファイラーの目を細める。

「作家Aは、最近もテレビのインタビューに答えて、あんなに優しそうな顔で外界を飛び回っていた。彼自身が地下室に監禁されて助けを求めている……なんてことは、物理的にあり得ない」

 

「……推測の域は出ていないけれど」

「……私も、同じことを考えたわ」

モニカとマリアが、互いに視線を交わし、ある恐ろしい一つの『仮説』に行き着いた。

 

 

「…………ゴーストライターだ」

スレイが、煙を深く吐き、氷のように冷たい声でその答えを口にした。

 

一昨年前まで、難解な文章ばかり書いて全く売れていなかった中年作家。

それが突然、全く作風の違う「優しくてシンプルな絵本」の路線に転向し、爆発的な大ヒットを飛ばしてベストセラー作家になった。

 

「……じゃあ、あの優しい絵本のお話は、作家Aじゃなくて……『別の誰か』が書いているってこと?」

リルが目を丸くする。

「そういうことっしょ。……そして、その本当のお話を『書いている人』は、今もどこかの海の傍の地下室に監禁されている……」

メイコの言葉に、アジトの空気がさらに一段と重く沈んだ。

 

「……まだ確定ではないわ。しかし」

モニカがコーヒーカップを置き、静かに首を振る。

「ええ。あの若き編集者の死体(偽装自殺)と一緒ね。……99%、そう(黒)だと見て間違いないわ」

マリアが冷酷に同意した。

 

死んだ若き編集者が、個人的に絵本に赤い〇をつけただけでは、当然、警察を動かせるような法的な「証拠」にはならない。

しかし、状況証拠が偶然にしては出来すぎているのだ。

 

おそらく、監禁されている真の作者(ゴーストライター)は、自分の名前を奪い、富と名声を貪る『作家A』に絶対にバレないよう、絵本の原稿の文字数や情景描写を巧みに操り、子供たちに向けた童話の中にSOSの暗号を忍び込ませたのだ。

 

そして、その担当編集者であった若き青年は、ゲラ(校正刷り)を読むうちに、その恐るべき暗号の存在に気づいてしまった。

彼は正義感から、あるいは真の作者を救い出すために、作家Aを追及しようとし……その結果、筋弛緩剤を打たれ、深爪になるまで証拠を隠滅され、首を吊るされた。

 

「……他人の才能を鎖で繋いで搾取し、自分は聖者のような顔でテレビのインタビューで美談を語る」

スレイは、手の中の絵本――囚われたゴーストライターの血の涙で紡がれたであろうその美しい童話を、静かにテーブルへと置いた。

 

「……反吐が出るな」

 

教科書に載るはずだった美しい物語の裏で蠢く、醜悪極まりない人間の欲望。

裏の掃除屋たちは、この絵本に塗りたくられたドス黒い泥を根こそぎ拭き取るため、作家Aの化けの皮を剥がし、囚われた「本当の作者」の居場所――潮の匂いがする地下室を特定するべく、さらなる深淵へと足を踏み入れていくのであった。

 

 

――深夜。新宿、極秘アジト。

 

モニカは、一人PCのモニターを睨みつけ、作家Aが過去に出版していた「売れなかった難解な小説」のWEB版と、手元の絵本『星降る夜の王子様』の文章を、恐ろしい集中力で比較・分析していた。

 

「……やっぱりね。完全に別人と言っていいわ」

モニカが自信に満ちた声で沈黙を破り、他のメンバーをモニターの前に呼んだ。

 

「過去の作家Aの文章を見てちょうだい。『血のような赤』や『ネオンの眩しさ』といった、極端に視覚的(ビジュアル)な形容詞ばかりに頼って情景を描写しているわ。……でも、この絵本はどう?」

 

モニカは、絵本の美しいページをパラパラと捲り、いくつかのフレーズを指差した。

 

『石畳から這い上がるような底冷え』

『空気を震わせる重い鐘の音』

『雨の気配を含んだ風の匂い』

 

「……本当だ。色や光の表現が極端に少なくて、音とか、温度とか、匂いのお話ばっかりだね」

リルが、純粋な気づきを口にする。

「ええ。この絵本の作者は、聴覚と触覚、そして温度の描写に特化しているのよ。文章を構築している人間の『感覚の根源』が、過去の作家Aとは全く違うわ」

モニカがプロファイラーとして、ゴーストライターの存在を完全に立証した。

 

「……マリア。作家Aの『クレジットカードの履歴』を徹底的に洗ってくれ」

漆黒のコートを着たスレイが、安物のタバコを指に挟みながら低くしゃがれた声で指示を出す。

作風が変わった一昨年前から現在に至るまでの、日常的な買い物の記録。そこに必ず「他人を監禁している痕跡」が残るはずだ。

 

「……出たわ。これを見て」

数分後、マリアの超絶ハッキングによって、作家Aのプライベートな決済履歴がモニターにズラリと並んだ。

 

「あーっ! なにこれ、女性用の『生理用品』を定期的に買ってるよ!」

リルが、画面の端の購入リストを指差して声を上げる。

「うわ~~~ほんとだ。作家Aって確か独身のオッサンっしょ? キモっ! ……てか、それだけじゃなくて、大量の『栄養補助食品(ゼリー飲料)』もネットで箱買いしてるね」

メイコが、怪訝な顔で画面をスクロールする。

 

監禁相手の生命をギリギリで維持するための流動食と、女性特有の必需品。

さらに、そのリストの最も不可解な項目に、モニカが鋭く目を留めた。

 

「……マリア。この特殊な文房具店での決済履歴を展開してちょうだい」

「ええ……。嘘でしょ。これって……」

マリアが目を見開く。

作家Aのカードで毎月定期的に購入されていたもの。それは、『点字タイプライターの専用用紙』だった。

 

視覚的な描写がなく、聴覚と触覚に特化した文章。

女性用の必需品。そして、点字の用紙。

すべてのピースが、残酷なまでに一つの真実へとピタリと嵌まった。

 

「……潮の匂いと波の音がする、海の傍の地下室」

スレイが、氷のように冷たく、そして静かな怒りを孕んだ声で告げた。

「……そこに監禁され、絵本を書かされている真の作者(ゴーストライター)は。……盲目の女性だ」

 

アジトの空気が、凍りついたように冷たくなる。

光を奪われ、自由を奪われ。冷たい地下室で、点字タイプライターを打ちながら、ただ一人で物語を紡ぎ続けている女性の孤独。

 

メイコが、震える手でテーブルの上の絵本を手に取り、その『結末(ラストページ)』を開いた。

 

 

『暗い塔に閉じ込められたお姫様。そこへ、白馬に乗った光り輝く王子様が現れ、恐ろしい魔王を聖なる剣で打ち倒し、鉄の扉を優しく開けてくれる――』

 

「……このお姫様って」

リルが、涙ぐんだ瞳で絵本の挿絵を見つめる。

「……ええ。監禁されていると推測される彼女自身が、この絵本のお姫様なのよ」

モニカが、悲痛な声で断言した。

 

彼女は、子供たちに向けて童話を書いているのではない。

ただ冷たい地下室の中で、いつかこの地獄から自分を助け出してくれる「光り輝く王子様」が来てくれることを、絵本という形を借りて必死に祈り、SOSを発し続けていたのだ。

そして、その悲痛な声に唯一気づいてくれた「若き編集者」は、王子様になる前に、何者かの手によって無惨に殺されてしまった。

 

「……一旦、萌美総理に報告の通信を入れよう」

スレイが、感情を押し殺した声でマリアに指示を出す。

一国の総理の権力と、山田相姦の警察網を使えば、作家Aの足取りから「海の傍の地下室」を特定するのは時間の問題だろう。

 

「……残る問題は、若い編集者の『殺害』についてね」

マリアが、総理への暗号通信を立ち上げながら、冷酷な目で呟く。

「ええ。いくら作家Aの正体が最低のクズ男だとしても、あの『手際』で殺しを遂行することは絶対に不可能よ」

モニカが同意する。

筋弛緩剤の扱い、体重移動の計算、そして被害者の爪を深爪ギリギリまで磨き上げ、一切のDNAを残さずに偽装自殺を完成させる技術。あれは、素人の絵本作家ができるような生温かい手口ではない。

 

「……作家Aが、何らかのツテを使って、プロの殺し屋(裏の人間)を雇ったと考えるのが自然だな」

 

スレイが、腰の古いコンバットナイフの柄を撫でながら、サングラスの奥で鋭い殺気を放った。

「同業者(プロ)」の匂い。童話の影で蠢く、醜悪な現実の暴力。

裏の掃除屋たちは、囚われた盲目のお姫様を魔王の塔から救い出し、若き編集者の無念を晴らすため、いよいよ本格的な反撃の狼煙を上げるのであった。

 

 

――深夜。新宿、極秘アジト。

 

若き編集者を深爪になるまで手入れし、綺麗に首を吊らせた「プロの殺し屋」の存在。

しかし、最初の検証でマリアが徹底的に洗った作家Aの銀行口座の履歴には、多額の現金が動いたような形跡は一切なく、不自然なほどクリーンだった。

 

「……じゃあ、現金じゃなくて、金塊とか別のもので払ったんじゃない?」

リルが、純粋な疑問を口にする。

「あー、ありえるっしょ。最近の裏社会の犯罪って言ったら、足がつきにくい『暗号資産(仮想通貨)』とかよく使われるし」

メイコが、スマホをいじりながら現代の裏取引のトレンドを指摘した。

 

「……なるほど。確かにその線が濃厚ね」

モニカが、優雅にコーヒーカップを置き、マリアの背中越しに指示を出した。

「マリア。作家Aのデジタルウォレット、特にビットコインかイーサリアムの送金履歴を洗ってみてちょうだい」

 

「……少し待って。国内の取引所は……使っていないわね。金融庁の監視がうるさいから当然か」

天才ハッカーのマリアが、凄まじい速度でキーボードを叩き、海外の暗号資産ネットワークの深層へとダイブしていく。

 

数分後。メインモニターに、無機質な数字の羅列が弾き出された。

 

「……出たわ。海外の仮想通貨取引所『MEXC』に、作家Aの隠し口座があるわ! ……あった、これよ!」

マリアが特定のトランザクション(取引履歴)をハイライト表示する。

 

「……わっ。この送金の日付って、あの若い編集者のお兄さんが死ぬ、ちょっと前の日だね!」

リルが画面のタイムスタンプを指差して叫ぶ。

「送金額は……『2000ソラナ(SOL)』。今のレートで換算すると、だいたい日本円で3000万くらいっしょ」

メイコが瞬時に暗算して、その莫大な金額を弾き出した。

 

「……3000万。国内のチンピラじゃなく、海外の取引所を使って匿名で送金している……」

漆黒のコートを着たスレイが、しゃがれた声で呟く。

「……おそらく、海外を拠点にする『プロの殺し屋』に頼んだな。……それも、証拠隠滅と偽装工作に長けた、かなり腕の立つ同業者だ」

 

動機は至ってシンプルだ。

若き編集者は、担当した絵本のゲラ(校正刷り)を読むうちに、暗号に隠された『ワタシハチカシツ』というゴーストライターの存在(SOS)を知ってしまった。

正義感の強い彼は作家Aを問い詰めようとし……それ故に、邪魔になった作家Aは、暗号資産で3000万の報酬を払い、プロの殺し屋を雇って口封じとして彼を完全に消し去ったのだ。

 

「……胸糞悪い話ね。他人の才能を搾取し、気づいた人間は金で殺す。……まさに魔王よ」

モニカが、氷のような声で吐き捨てる。

 

「じゃあ、次に突き止めるべきは……その『盲目の女性(お姫様)』と、作家Aがどこで出会って、どうやって連れ去ったのか、だね」

メイコが腕を組んで思案する。

「一昨年、いきなり絵本作家に転向してブレイクしたんだから、おそらく彼がまだ『売れない下っ端の時代』に、二人の間に何か決定的な接点があったはずだ」

スレイが安物の百円ライターをカチャリと鳴らし、紫煙を吐き出した。

 

その時、リルがポンッと手を叩いた。

「……あ! ねぇ、作家Aって、猥TUBEのインタビュー動画で何か言ってなかったっけ?」

「インタビュー?」

「うん。『孤児院に寄付している』とか、『昔から孤児院の訪問をしている』とか……」

 

「……ッ!!」

モニカとマリアの動きが、同時にピタリと止まった。

 

「……うわ~~~っ、マジか……!!」

メイコが、全身に鳥肌を立てて腕をさする。

「そうそう! 凄く嘘くさい偽善みたいな美談を、ニコニコしながらペラペラ喋ってたっしょ! ……あれって、つまり」

 

「……ええ。善意の寄付や訪問なんかじゃないわ」

モニカが、怒りで声を震わせながら立ち上がった。

「彼は、自分の『ゴーストライター』として監禁し、都合よく利用できる身寄りのない子供(弱者)を……孤児院を訪問しながら物色していたのよ」

 

インタビューで語っていた感動的な美談が、最もおぞましい『誘拐の伏線』へと反転した瞬間だった。

身寄りがなく、盲目で、しかし物語を紡ぐ圧倒的な才能を持った少女。

作家Aは孤児院で彼女を見つけ出し、甘い言葉で騙すか、あるいは強制的に誘拐して、海の傍の地下室へと閉じ込めたのだ。

 

「……マリア。関東周辺で、全盲や聾唖の子供たちを受け入れている、特別支援の孤児院(児童養護施設)をリストアップしてちょうだい。数はそう多くはないはずよ」

「任せて」

 

マリアがキーボードを叩くと、すぐに該当する施設のデータがモニターに表示された。

「……作家Aが下っ端時代に足を運べそうな範囲となると、東京と神奈川に絞られるわね。……該当する施設は『3つ』よ」

 

「……よし」

スレイが、テーブルの上の『星降る夜の王子様』を手に取り、漆黒のコートの懐へと静かにしまった。

 

「……明日。そこらを尋ねて、お姫様の足跡(過去)を辿るとしよう」

 

冷たい地下室で、たった一人で王子様を待ち続けている盲目の少女。

裏の掃除屋たちは、彼女を暗闇の塔に突き落とした悪魔の所業を暴き、そして海外のプロの殺し屋を迎え撃つため、いよいよ明日、彼女の原点である孤児院へと足を踏み入れるのであった。

 

 

――翌朝。

 

スレイたち裏の掃除屋は、ワゴン車に乗り込み、リストアップした「全盲や聾唖の子供たちを受け入れている孤児院」の調査へと向かった。

 

まず訪れたのは、東京都内にある一つ目の孤児院だった。

「わぁっ、凄く綺麗な建物! スロープも手すりも、完璧だね!」

リルが、施設の充実ぶりに目を輝かせる。

「ホントだー。バリアフリーがきちんとされてて、目や耳が不自由な子供たち(弱きもの)にも、ちゃんと手が届くような最新の設備が整ってるっしょ。職員さんたちもしっかりしてるし」

メイコが、感心したように頷く。

 

「……当然よ。環萌美総理が、ロシアや中国の裏社会から問答無用で『巻き上げた(カツアゲした)』莫大な裏金が、こういう福祉施設に惜しみなく投入されているんだから。有効に使われているようで何よりだわ」

モニカが、サングラスを外しながら、一国の最高権力者の恐ろしすぎる資金源(善意)にクスリと笑った。

 

しかし。肝心の「作家A」に関する情報を職員に尋ねてみたものの、彼が過去にここを訪れた記録や、寄付を持ってきたような様子は一切なかった。

続いて向かった東京の二つ目の孤児院も、同じく設備は完璧に整備されていたが、やはり作家Aの影はどこにも見当たらなかった。

 

「……となると。残るはあと一つね」

助手席でPCを操作していたマリアが、ナビの目的地をセットし直す。

「神奈川県。……相模湾の、すぐ近くに建つ孤児院よ」

 

ワゴン車が海沿いの国道を走り始めると、開けた窓から微かに潮風が吹き込んできた。

「……『キテキ』『ナミノオト』『シオノニオイ』」

リルが、絵本に隠されたSOSの暗号を呟く。

「だね。環境的にも、正直ここが本命だよねとは、アタシも最初から思ってたっしょ」

メイコが、遠くに見える海面を眺めながら言った。

 

「ねえ、マリア。あの男がインタビューで語っていた『孤児院への寄付』っていうのは、どこに流れているの?」

モニカの問いに、マリアは冷たい声で答えた。

「……作家Aの寄付先は『日本赤十字社』の大きな口座よ。だから、直接『ここの孤児院』に支援しているという訳ではないわ。テレビ向けに足がつきにくい大きな看板(赤十字)を利用して、美談を捏造しているだけね」

 

やがて、ワゴン車は潮騒が聞こえる古びた孤児院に到着した。

身分を偽り、施設の「院長室」へと案内されたスレイたちは、老齢の穏やかな院長と対面した。

 

「……ええ。作家A先生なら、売れる前……一昨年の春頃まで、たまにフラリとここへいらしていましたよ」

 

院長からあっさりと出たその名前に、裏の掃除屋たちの目がスッと細められた。

(やはり、そうか)

 

「あの……その頃、この施設に『絵本とか小説を書いている子』っていませんでしたか?」

リルが、院長の目を見て純粋な声で尋ねる。

「今はもうここにいなくて……一昨年くらいに、ここを出ているはずの女の子なんですけど」

メイコが、行方不明になった時期を絞り込んで追及した。

 

その言葉を聞いた瞬間。院長の顔に、深い悲しみと後悔の色が広がった。

 

「……出た、というか。……当院から、『行方不明』になってしまった子がいるんです」

院長は、震える手で湯呑みを握りしめた。

「……ある嵐の夜。彼女は突然、施設から姿を消しました。……裏の崖から、波打ち際に落ちて流されてしまったのではないかと、警察や消防も懸命に捜索してくれたのですが……結局、遺体は見つからず……」

 

事故か、あるいは絶望しての投身か。表向きにはそう処理されたのだろう。

だが、スレイたちは知っている。それは転落などではない。優しそうな顔をして施設に出入りしていた作家Aによって、巧妙に『誘拐(拉致)』されたのだ。

 

「……その子は、おそらく『点字タイプライター』を使って、お話を書いていたはずですよね」

モニカが、静かに核心を突く。

「……何か、書いた物語を、外部のコンクールなどに投稿したりしていませんでしたか?」

マリアが、冷徹なハッカーの目で院長を見据えた。

 

院長は、ポロポロと涙をこぼしながら、その不遇な少女の過去を語り始めた。

「……ええ。彼女は、たった一人の肉親だったお祖母様を亡くし、この施設に引き取られました。深い孤独と暗闇の中で、彼女の唯一の救いが、古い点字タイプライターで『物語』を紡ぐことだったんです……」

 

ハンカチで目頭を押さえながら、院長は震える声で続ける。

「……彼女は、自分の紡いだ言葉が、いつか誰かの心に届くことを夢見て……地方の小さな『児童文学コンクール』に、何度も何度も、一生懸命に原稿を郵送していたんです……。あんなに、優しい物語を書く子だったのに……」

 

少女の名前は、『ミツキ』。

行方不明になった当時は14歳。生きていれば、現在16歳の少女だ。

 

「……院長。その『コンクール』の主催と、原稿の郵送先を教えてくれ」

漆黒のコートを着たスレイが、安物の百円ライターをカチャリと鳴らし、低くしゃがれた声で尋ねた。

 

院長から告げられたその名称を聞き、PCUの面々は誰も驚かなかった。

……いや、予想通りと言うべきか。

 

それは、あの首を吊って死んだ若き編集者が所属し、そして作家Aが売れる前に『予備審査員』として下読みを担当していた……大手出版社【HHH】が主催する、子供向け文学コンクールだった。

 

点と線が、完全に繋がり、一本の太くどす黒い線となった。

 

下読みの審査員だった作家Aは、コンクールに送られてきた点字の原稿……ミツキという盲目の少女が書いた、圧倒的な才能と優しさに満ちた童話を読み、その価値(金づる)に気づいた。

彼は身元を調べ、この孤児院を訪れてミツキに接触。言葉巧みに騙したか、あるいは無理やり連れ出し、嵐の夜の海難事故に偽装して彼女を『海の傍の地下室』へと監禁したのだ。

 

自分の名前と名声を、永遠に搾取し続けるために。

 

「……最低だ」

リルが、小さな両手をギュッと握りしめる。

「……14歳の女の子を、自分のゴーストライターにするために誘拐して……しかも、それに気づいた編集者は殺す。……マジで、悪魔っしょ」

メイコの瞳に、冷たい怒りの炎が灯った。

 

スレイは無言のまま、安物のタバコを深く吸い込み、紫煙を吐き出した。

「……ミツキは生きている。俺たちが、必ず見つけ出す」

 

院長に静かにそう告げると、スレイたちは孤児院を後にした。

囚われの盲目のお姫様・ミツキ(16歳)を救い出し、血にまみれた絵本作家とプロの殺し屋に引導を渡すため。裏の掃除屋たちは、いよいよ作家Aの身辺と、海の傍にある『地下室(監禁場所)』の特定へと、最後の一手(ハッキング)を仕掛けるのであった。

 

――夕暮れ。神奈川県、相模湾沿いの国道。

 

孤児院での悲痛な聞き込みを終えたスレイたちは、ワゴン車の中から暗号回線を繋ぎ、首相感貞の環萌美総理へとこれまでの調査結果をすべて報告した。

 

『……なるほど。事故に見せかけて孤児の少女を誘拐し、監禁してゴーストライターに仕立て上げていた。……どこまでも反吐が出る男ね』

モニター越しの萌美総理は、ワイングラスを置く手つきに静かな怒りを滲ませていた。

 

「ええ。もう推測ではなく、断定して言い切っていいでしょう。……あの作家Aは、人間の心を持たない超ド級のクズよ」

モニカが、冷酷な声で吐き捨てる。

 

『……急ぎの案件ではないと言ったけれど、状況が変わったわ』

萌美総理が、氷のような視線でスレイたちを見据えた。

『実は、明後日に控えた教育関連のシンポジウムで、来年度の教科書についての発表と、あの「作家A」を壇上で大々的に紹介する段取りになったの。……もし彼が黒なら、絶対に阻止しなければならない。明日までに、すべての真相を物理的に明らかにしなさい』

 

「……承知いたしました。念のため、私の方で教科書採用の『他の候補作品』も見繕っておきます」

横に座っていた大物議員Aが、実務的なフォローを即座に入れる。

明日の夜までにミツキを救出し、作家Aの化けの皮を剥がさなければ、あの悪魔が教育の象徴として壇上に立ってしまうのだ。

 

『……頼んだわよ、スレイ』

 

通信が切れ、車内に重い沈黙が降りた。

「……ミツキちゃん、絶対にこの近くに監禁されてるはずだよ!」

リルが、窓の外の暗くなり始めた海を見つめて叫ぶ。

「……でも、もう外は真っ暗だし、当てずっぽうで探すのは効率が悪いっしょ。本格的な突入は明日にしましょう」

メイコが、逸るリルを冷静に宥める。

 

「ええ。今夜のうちに、作家Aとこの相模湾周辺の『関連(不動産や賃貸履歴)』を、ネットの海から完全に洗い出しておくわ」

マリアが、PCのキーボードに指を置く。

「……近くに、素泊まりできる宿をとったわ。今日はそこで作戦会議よ」

モニカの案内で、裏の掃除屋たちは決戦の朝に備え、海沿いの宿へと車を走らせた。

 

 

 

――同時刻。相模湾を見下ろす、断崖に建つ人気のない別荘。

 

「はぁ~~~……。今日もなんもねぇな」

別荘のリビングで、安酒を煽りながらゴロツキの男Aが退屈そうに欠伸をした。

「別に、なんもないからいいんじゃねぇか。楽な仕事だろ」

向かいのソファでスマホをいじっていたゴロツキBが、鼻で笑う。

 

「そりゃそうだがよ。だいたい、あの地下室の女……目の見えないガキじゃねぇか。あんなの、放っておいても自分一人じゃ逃げることもできねぇだろーに」

「まぁな。だが、雇い主からの報酬も悪くはねぇし、別にいいってことよ。俺たちはただ、見張ってりゃいいんだからな」

 

彼らは、作家Aが雇ったチンピラたちだ。

その時、別荘の玄関のドアが開き、高級なスーツに身を包んだ作家Aが姿を現した。テレビで見せるあの優しい「聖者」の面影は微塵もなく、その顔には傲慢で冷酷な色が張り付いていた。

 

「……変わりはないか?」

「お疲れ様です、大先生。ええ、特に何もありませんよ。あのガキも大人しいもんです」

ゴロツキたちがへらへらと笑いながら報告すると、作家Aは忌々しそうに舌打ちをし、手に持った紙袋を提げて、そのまま別荘の奥――冷たい地下室へと続く重い鉄の扉を開けた。

 

『ギィィィッ……』

 

潮の匂いが染み付いた、冷たく暗いコンクリートの地下室。

そこには、小さな机と古い点字タイプライター、そして古い木の椅子に座り、虚ろな表情で俯いている盲目の少女――ミツキの姿があった。

 

「ほら、飯と新しい用紙だ。これだけあれば、また次の作品が書けるだろう」

作家Aは、持っていた紙袋をミツキの足元へと乱暴に投げ捨てた。

ゼリー飲料と、冷たい固形食。そして束になった点字用紙が床に散らばる。

 

物音にビクッと肩を震わせたミツキは、焦点の合わない瞳から涙をこぼし、枯れ果てた声で懇願した。

 

「……お願いです……。もう、解放してください……。おばあちゃんのお墓に……行きたいんです……」

「……あぁ?」

 

その悲痛な願いを聞いた瞬間。作家Aの顔が、醜悪な怒りに歪んだ。

「お前、自分がどういう立場にいるか分かってんのか? 何が不満なんだよ!」

『ガァンッ!!』

作家Aは、革靴の爪先でミツキの座っている木の椅子を思い切り蹴り飛ばした。

 

「きゃあっ……!」

椅子ごと冷たい床に投げ出され、ミツキが苦痛に顔を歪める。

 

「やめて……! お願い、やめて……っ!」

「黙れよ、このゴミが!!」

 

作家Aは、這いつくばるミツキの長い髪の毛を無造作に鷲掴みにし、無理やり上半身を引っ張り上げた。

「あぁっ……!」

ミツキが、頭皮が引きちぎられるような痛みに悲鳴を上げる。

 

「お前みたいな目も見えない、親もいない欠陥品が書いた妄想の物語なんて、俺が『作家A』って名前をつけて世に出してやらなきゃ、誰の目にも止まらねぇんだよ! 俺のおかげで、お前は日の目を見れているんだ! わかってんのか!?」

 

「ひゅ~~~。大先生は、今日も容赦ないねぇ」

地下室へ続く階段の途中から、ゴロツキたちがその凄惨な虐待劇を見下ろし、下劣な口笛を吹いて笑い声を上げる。

 

「……いいか。お前の『ミツキ』なんて存在は、この世にはもうないんだ。死んだことになってるんだからな。……俺が使ってやってるんだ、泣いて感謝しろ!!」

 

『――バァンッ!!』

作家Aの容赦ない平手打ちが、抵抗できないミツキの頬を強烈に打ち据えた。

 

「ああぁっ……!」

床に崩れ落ち、嗚咽を漏らすミツキ。

彼女の頬は赤く腫れ上がり、見えない恐怖と暴力に全身がガタガタと震え続けている。

 

作家Aは、息を荒らげてミツキを見下ろすと、「ペッ」と汚いツバをその顔に向けて吐きかけた。

 

「……明日の夜までに、新しい童話のプロットを三つ仕上げておけ。できなければ、次は飯を抜くからな」

 

悪魔はそれだけを言い残し、鉄の扉を乱暴に閉めて去っていった。

暗闇に包まれた冷たい地下室。波の音と潮の匂いだけが響く密室で、ミツキは一人、痛む頬を押さえながら、ただ静かに涙を流すことしかできなかった。

 

(……助けて……王子様……)

 

彼女が紡いだ童話の暗号。

 

その小さな、けれど命懸けのSOSが、すでに「最強で最凶の王子様たち」の元へ届いていることを彼女はまだ知らない。

 

 

【挿絵表示】

 

 

――深夜。相模湾沿いの、萌美総理の裏金で手配された豪奢な高級旅館。

 

露天風呂付きの客室で、裏の掃除屋(PCU)の面々は、豪華な夕食のバイキングを囲んでいた。

これから始まる血生臭いカチコミを前に、彼女たちはひと時の休息を楽しんでいる。

 

「わぁ?! この名産の『シラス』、凄くおいしいね!」

リルが、ご飯の上に山盛りのシラスを乗せて頬張る。

「だね! どうせ総理のお金だし、こんな高そうな旅館のバイキングも余裕っしょ! 最高?!」

メイコが、キャビアやフォアグラを無造作に皿に盛りながらケラケラと笑う。

 

「……ええ。『アジ』と『サバ』も、身が引き締まっていておいしいわね」

モニカが、優雅に箸を動かしながら、ふとプロファイラーとしての疑問を口にした。

「……しかし、不思議ね。作家Aが、海の傍の地下室に盲目の女性を監禁しているとして。……定期的に『生理用品』や『点字用紙』といった、かさばるモノをあそこ(地下室)に運ぶとなると、どうしても足がつきそうじゃない?」

 

その疑問に、ノートPCを片手に『カマス』の塩焼きを突ついていたマリアが、冷ややかな声で答えた。

「……そこは、ご丁寧に整頓されているわよ。作家Aの自宅のクレジットカード履歴と配送状況を洗ったけれど……生理用品も、大量の栄養補助食品も、点字用紙も、すべて一度作家Aの自宅に届けられているわ」

 

「……本人が運んでいるのだろう」

スレイが、紫煙を吐き出しながら断定した。

「……他人に監禁場所を知られるのを恐れ、ミツキの『監視』と、書き上げた『点字原稿の回収』も兼ねて……奴が自分の手で、深夜に別荘へと運び込んでいるんだ。……クズなりの、徹底した証拠隠滅だな」

 

「……このあたりは田舎で夜は真っ暗だし、人を監禁するにはうってつけの場所だもんね」

リルが、窓の外の静まり返った海を見つめて呟く。

「だね。監視カメラも少ないというか、アタシが見た感じ、国道沿い以外はほとんどなさそうっしょ」

メイコが、自分のネイルを眺めながら同意した。

 

「……やはり、地道に『不動産登記』から関連の物件を洗うのが、一番確実そうね」

モニカがコーヒーを啜りながら提案する。

「任せて。……本人が運んでいるなら、タクシーを使ったとしても、お届け監視の時は匿名性を保つために現金払いで移動しているはずよ。……とりあえず、データ解析は私がやっておくから。皆は、先に『お風呂』にでも行ってらっしゃい」

マリアが、キーボードを叩きながら仲間を労った。

 

数十分後。

リル、メイコ、モニカがお風呂を済ませて、さっぱりとした浴衣姿で部屋に戻ってきた。

しかし、マリアは苛立たしげにキーボードを叩き、メインモニターには「NOT FOUND」の文字が虚しく点滅していた。

 

「……ダメね。作家Aの本名でも、ペンネームでも……この相模湾周辺の不動産関連の記録は、一切見つからなかったわ」

マリアがため息をつき、コーヒーカップを握りしめる。

 

「え?っ、そんなぁ……。じゃあ、どこにも監禁されてないの?」

リルがしょんぼりと肩を落とす。

「……うーん。じゃあさ、本人の名前じゃなくて……『会社の名前』じゃないの?」

メイコが、ソファに寝転がりながら唐突に提案した。

「会社?」

「そうそう。節税対策とかで、金持ちが別荘を買う時に使う『法人名義』ってやつっしょ」

 

その一言に、モニカがハッとして目を見開いた。

「……法人。……そういえば、マリア。あの『プロの殺し屋』への3000万の送金。暗号資産の取引所は、海外の『MEXC』だったわよね」

 

「……ええ」

マリアの動きが止まる。

 

「……じゃあ、不動産の名義も、作家A個人ではなく……海外にペーパーカンパニーを持たせて、その『海外の幽霊会社』の名義で別荘を購入している可能性が極めて高いわ」

モニカがプロファイラーの目を光らせて推論を口にする。

 

「海外の幽霊会社……。で、この相模湾周辺で、海が近い場所にある別荘……」

マリアが、その条件で海外の不動産データベースへのハッキングを開始した。

 

『カチャカチャカチャ……ッ、ターン!!』

 

数秒後。メインモニターに、一つの検索結果がハイライト表示された。

「……あった! これよ!!」

相模湾を見下ろす断崖に建つ、一軒の別荘。名義はパナマにある幽霊会社。……間違いない。ここだ。

 

「……よし。場所は特定した」

スレイが、安物のタバコを深く吸い込み、紫煙を吐き出した。

「……おそろく、その別荘には、外部からミツキを監視するための『監視カメラ』が設置されているはずだ」

 

「そうだよね! だって、ゴロツキの見張りが必要だもんね!」

リルの言葉に、メイコがニヤリと笑った。

「あははっ! 逆に、そのカメラの映像を手に入れれば、萌美総理が言ってた『物理的な真相(決定的な証拠)』になるっしょ!」

 

「……簡単よ」

マリアが冷酷に微笑み、別荘のセキュリティネットワークへと侵入を開始した。

海外の安物のIPカメラ。天才ハッカーのマリアにとっては、鍵のかかっていないドアを開けるよりも簡単だった。

 

『――ザザッ……、ザァッ』

 

モニターに、地下室の映像が映し出された。

 

そこには。

昨日、アジトで想像した通り……冷たい地下室の鉄格子の奥で、パイプ椅子に座り、虚ろな表情で俯いている16歳の盲目の少女――ミツキの姿があった。

 

そして。

ちょうどカメラが切り替わった瞬間。画面の中に、あの聖者を演じる『作家A』が、ゴロツキを引き連れて現れた。

 

『――バァンッ!!』

 

モニターから響いた、凄まじい平手打ちの音。

作家Aの容赦ない暴行。ミツキの髪の毛を掴んで引っ張り上げ、冷たい床へと蹴り飛ばし、さらにその顔面に唾を吐きかける……。

悪魔そのものの、鬼畜極まりない虐待の証跡が、音付きの鮮明な映像として、メインモニターに映し出された。

 

「……っ!!」

「……なんて、最低な奴……!!」

リルが悲鳴を上げ、メイコとモニカが、怒りで顔を真っ白にする。

それは、萌美総理から求められていた『真相』どころか、今すぐにこの男を地獄へ突き落とさなければならない、絶対的な処刑宣告だった。

 

「…………」

 

アジトに女性陣の怒号と悲鳴が響き渡る中。

漆黒のコートを着た大男――スレイだけは、微動だにせず、サングラスの奥でその映像を静かに見つめていた。

 

彼は無言のまま、ゆっくりとソファから立ち上がった。

そして、安物の百円ライターをポケットにしまい、ハンガーにかけてあった漆黒のコートを、静かに、しかし確実な殺意を込めて羽織った。

 

スレイは振り返ることなく、気配を完全に消して客室のドアを開け、深夜の旅館の廊下へと歩み出た。

光を奪われた盲目のお姫様・ミツキを救い出し、子供の夢を汚した悪魔に、裏の掃除屋としての【血の引劫(制裁)】を渡すため。

 

最強で最凶の死神は、静寂に包まれた宿を後にし、海の傍にある別荘(地獄)へと、一人で駆け出していくのであった。

 




ついに繋がった点と線。絵本に隠されていた、盲目の少女の孤独な祈り。
他人の才能を搾取し、聖者を気取る悪魔の所業を前に、PCUの怒りは最高潮に達します。

そして、データから監禁場所を特定した瞬間、我らが死神(スレイ)が単身で深夜の海へと暴風雨のごとく飛び出していきました。
いよいよ明日は後編(20時更新)の解決編では、スレイによる「物理的なお掃除」が炸裂します。絶対にスカッとする結末を、ぜひ見届けに来てください!

【お知らせと次回予告】

『境界線PCU~多様性ワールドへようこそ~6月は毎日20時更新』
6月は毎日20時に最新話を公開していきます。明日の20時もぜひお待ちしております!

▼イラスト・設定資料について▼
劇中の挿絵や、キャラクターの詳細な設定資料をPixivにて公開しています。
【Pixiv】https://www.pixiv.net/users/124951524

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