境界線PCU~多様性ワールドへようこそ~   作:トナカイ粉砕

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いつもお読みいただきありがとうございます。
第10話、いよいよ解決編となる後編です!

深夜の別荘へ単身カチコミをかけるスレイ。
暗闇の地下室の扉が開かれ、囚われのお姫様との邂逅の瞬間が訪れます。


境界線010-王子様とお姫様編(後編)

――深夜。相模湾沿いの高級旅館。

 

「……おそらく、作家Aは明後日のシンポジウムに向けて、ミツキに何か『新しい原稿(新作)』を作らせている可能性があるわね」

モニカが、優雅にソファーに腰掛けながら推測を口にした。

 

「うーんと、ここは明日まで泳がせ作戦かな?」

リルが首を傾げる。

「いや、とりあえず萌美総理に報告して、どう動くか指示を仰ぐのが先だね?」

メイコが言うと、マリアが即座に専用の暗号回線を開いた。

 

しかし、深夜にも関わらず総理は多忙のようで、中々通信が繋がらない。しばらく待機していると、ようやく折り返しの着信が入った。

 

『……監視カメラのデータを、完全に奪取してこちらへ送付しなさい。それはあの男を社会的に抹殺する、決定的な証拠になるわ』

画面越しの萌美総理が、冷徹な声で指示を下す。

「やはり、シンポジウム用の代替の教科書候補を、あらかじめ用意しておいて正解でしたな」

隣に控えていた大物議員Aが、満足げに頷いた。

 

「了解。今送るわ」

マリアは凄まじい速度で別荘のサーバーから先ほどの暴行映像のデータを抜き取り、総理の端末へと送信を完了させた。これで、作家Aの社会的死は確定した。

 

その時だった。

「……あれ? そういえば、スレイは?」

リルが、ふと部屋の中を見回して不思議そうな声を上げた。

 

「……あーーーっ! 靴がない! いつ・の・間・に・か、いないっしょ!」

メイコが玄関を指差して叫ぶ。

モニカが、呆れたように優雅なため息をついた。

「……たぶん、あの映像を見て怒りに任せて……もう一人で別荘に乗り込んだわね」

 

「あーもう、あのバカは!! 私たちもすぐに行くわよ!!」

マリアが急いでノートPCを閉じて外へ飛び出すが、駐車場を見て絶望した。スレイが移動用のワゴン車を無断で持ち出していたのだ。

「……信じられない。車がないわ。仕方ない、深夜料金のタクシーを呼ぶわよ!!」

裏の掃除屋の女性陣は、深夜の温泉街で慌ててタクシーを手配し、スレイの後を追う羽目になるのであった。

 

――同時刻。相模湾を見下ろす、断崖の別荘。

 

潮風が吹き付ける静まり返った別荘の玄関に、漆黒のコートを着た大男が音もなく立ち、無造作にドアをノックした。

 

「あぁ? こんな夜中に誰だよ……」

不機嫌そうにドアを開けたのは、見張りのゴロツキAだった。

スレイはサングラスの奥の瞳を微塵も揺らさず、低く冷たい声で告げた。

 

「……クリーニング(掃除屋)です」

 

「あ~ん? クリーニング? 本当かよ。雇い主の大先生(作家A)が来るのは、明日の予定だろうが?」

怪訝な顔で首を傾げるゴロツキAに対し、スレイは氷のような声で宣告する。

 

「……予定が変更になりました」

 

次の瞬間。

『――ドゴォォォォンッ!!』

スレイの丸太のような右ストレートが、ゴロツキAの顔面に容赦なく叩き込まれた。

 

「あがっ!?」

顎の骨が完全に粉砕される鈍い音が響き、吹き飛んだゴロツキAが廊下を無様に転がる。

スレイは微塵も容赦せず、すかさず無慈悲な足蹴りを放ち、ゴロツキAの『脛(すね)』をボキリとへし折った。

 

「ぎぃぃぃぃぃにゃぁぁぁっ!!」

奥から慌てて飛び出してきたゴロツキBも、スレイの圧倒的な暴力の前にわずか数秒で沈黙させられた。

 

「……ゴミが」

スレイは気絶した二人のゴロツキを乱暴に縛り上げ、部屋の隅へと転がした。あとは、後から来るであろう山田相姦の部隊に引き渡せば、勝手に処理してくれるだろう。

 

静まり返った別荘の奥。

スレイの目の前には、重い鉄の扉が一つ、下へと向かって口を開けていた。

 

『ワタシハチカシツ』

 

絵本に記された、あの血の滲むような暗号。

あそこの扉の下、波の音が響く冷たい暗闇の底に、光を奪われ、暴力を受けながらも物語を紡ぎ続けた盲目の少女・ミツキが監禁されているのだ。

 

スレイは安物の百円ライターをカチャリと鳴らし、紫煙を細く吐き出すと、迷うことなく地下室への階段を降りていくのであった。

 

 

――相模湾を見下ろす別荘、地下室。

 

『ギィィィッ……』

 

重い鉄の扉が開き、漆黒のコートを着た大男が、冷たいコンクリートの階段をゆっくりと降りていく。

その足音に怯えるように、木の椅子に座っていた盲目の少女・ミツキが、小さな肩をビクッと震わせた。

 

「……ごめんなさい……。まだ、原稿はできていません……」

 

またあの悪魔(作家A)が暴力を振るいに来たのだと思い込み、ミツキは顔を庇うように両腕を交差させて縮こまる。

しかし。男は何も言わず、ただ静かに、ミツキの足元へと近づいてきた。

 

「……えっ?」

ミツキは、その気配の違いにハッとして顔を上げた。

視力はなくても、彼女の研ぎ澄まされた他の感覚が、目の前に立つ巨大な気配が「いつもの男」ではないことを察知していた。

 

「……あなたは、作家A先生ではないですね……? いったい、誰ですか……?」

 

スレイは無言のまま片膝をつき、ミツキの細い足首に食い込んでいた冷たい鉄の拘束具を掴んだ。

そして、顔色一つ変えることなく、常人離れしたバケモノじみた力(膂力)で、分厚い鉄の鎖を『バキィッ!』と力任せに引きちぎってしまった。

 

「あ……っ」

 

足首を縛っていた重みが、嘘のように消え去る。

ミツキは震える指先で、千切れた拘束具に触れた。自分が絵本の中にひっそりと隠した、あの暗号。絶対に誰にも届かないと思っていた、小さな小さなSOS。

 

「……私の書いた暗号を、見て、来てくれたんですね……」

ミツキの焦点の合わない瞳から、大粒の涙がボロボロと溢れ出した。

 

「……本当に……本当に、来てくれるとは……っ」

 

スレイは、泣きじゃくる少女を前にしても、ただサングラスの奥で静かに彼女を見つめ、無言を貫いていた。

 

「……王子様……。本当に来てくれた、私の王子様……っ!」

 

ミツキは、堪えきれずにパイプ椅子から立ち上がり、目の前の巨大な男――スレイの分厚い胸板に、すがりつくように強く抱きついた。

絵本の中で夢見た、暗い塔の扉を開けてくれる白馬の騎士。

 

しかし、ミツキはスレイの胸に顔を埋めたまま、涙声で不思議そうに呟いた。

 

「……匂いが、全然違います。……安っぽいタバコと、なんだか硝煙のような……私の想像していた王子様とは、全然違いました。……でも、嬉しい……っ」

 

メルヘンチックな童話の王子様からは絶対にするはずのない、裏社会の死線と硝煙、そして安物のタバコが染み付いた、無骨すぎるハードボイルドな匂い。

スレイは、泣きじゃくるミツキの肩にそっと手を置くと、彼女を優しく、しかし確実に自分から引き離した。

 

そして、いつもの死んだ魚のような目で、低くしゃがれた声で告げた。

 

「……いえ。クリーニング(掃除屋)の者です」

 

 

――同時刻。別荘の玄関前。

 

『キキーッ!』

深夜料金のメーターを回したタクシーが、荒いブレーキ音を立てて別荘の前に横付けされた。

 

「あーもう、最悪! スレイのバカのせいで、タクシー代すっごいかかったじゃない!」

マリアが文句を言いながらドアを開けて飛び出してくる。

「萌美総理の裏金カードで払ったからいいっしょ~!」

メイコが笑いながらがマリアをいさめる。

 

「……汽笛の音は今はしないけど。潮の匂いと、海の波の音。……間違いないね。絵本の通りだ」

リルが、海風に髪をなびかせながら、暗闇の奥の断崖を見つめた。

 

「……そして、明らかにこの高級別荘にはふさわしくない、アゴとスネを完全に粉砕されたゴロツキが2名。……すでにスレイに拘束済みってわけね」

モニカが、玄関脇に転がっている白目を剥いたチンピラたちをヒールで小突いた。

 

「まぁ、露払いは終わってるみたいだし。とりあえず中に行くわよ」

マリアが先陣を切って、別荘のドアを開け放つ。

「作家Aがミツキちゃんから奪った原稿のデータ……大元のHDD(ハードディスク)は、必ずこの別荘のどこかにあるはずよ」

モニカがプロファイラーの目で、1階の書斎らしき部屋を指差した。

 

4人が書斎になだれ込むと、そこには最新型のデスクトップPCと、外付けのストレージが設置されていた。

マリアが即座にPCのロックを物理的に解除し、内部のディレクトリを漁り始める。

 

「……あった! これね!」

マリアが、隠しフォルダの中から『ミツキ原稿_翻訳データ』と名付けられた大量のテキストファイルを見つけ出し、冷酷な笑みを浮かべた。

 

「……作家Aが、点字の原稿をスキャンして一般の文字に書き起こしたログが、すべて残っているわ。……これは、言い逃れのできない完全な『証拠』ね」

 

マリアは手際よくHDDを取り外し、証拠品としてバッグに収めた。

「よし! これでミツキちゃんのお話は、ミツキちゃんのものに戻るね!」

リルが両手を叩いて喜ぶ。

 

残るは、偽物の王子様(作家A)の社会的・物理的な抹殺のみ。

裏の掃除屋たちは、地下からミツキを抱え上げてくるであろう不器用な死神(スレイ)を待ちながら、完璧な罠を張って明日のシンポジウムへと向かう準備を整えるのであった。

 

 

――相模湾を見下ろす別荘、1階リビング。

 

地下室から続く冷たいコンクリートの階段を、漆黒のコートを着た大男が、盲目の少女・ミツキの手を優しく引きながら上がってきた。

 

「あー! スレイ! いたー! もう、勝手に行っちゃダメだよ~!」

リルが、頬を膨らませてスレイに抗議する。

「おっ、ミツキっち。無事に助かったのか、よかったよかったっしょ!」

メイコが、ホッと胸を撫で下ろして少女を出迎えた。

 

「……あの。この人達は……どなたでしょう?」

見知らぬ明るい女性たちの声に、ミツキが不安そうにスレイのコートの裾を握りしめる。

スレイは安物のタバコに火をつけ、短く答えた。

 

「……掃除仲間だ」

 

「とりあえず、私から山田相姦に連絡しておくわ。現場の保全と、あの表に転がっているゴロツキの回収を急がせないとね」

モニカが、優雅にスマートフォンを取り出す。

「私は、萌美総理に『ミツキの救出』と『HDD(証拠データ)の回収完了』の連絡を入れるわ!」

マリアも、手元のタブレットを素早く操作した。

 

「……明日、作家Aはここに来るそうだ」

スレイが、紫煙を細く吐き出しながら告げる。

「はい……。明後日のシンポジウムで何か発表するそうで……『新作の冒頭を、明日までに仕上げろ』と、言われていました……」

ミツキが、怯えた声でかつての地獄の命令を口にした。

 

「なるほど! じゃあ、これは明日『待ち伏せ』だね!」

リルが目を輝かせて、小さな拳を握りしめる。

「オッケー! じゃあ、アタシとモニカとマリアは、ミツキっちを保護して先にアジトに帰ってるよ。……あとは、よろしくね」

メイコがスレイに向けてニヤリと笑い、裏の掃除屋たちは手際よく役割を分担した。

 

――そして、翌日(シンポジウム前日)。

 

日が暮れかけた頃、別荘の前に一台の高級車が止まり、高級スーツを着た『作家A』が傲慢な足取りで降り立った。

 

「……チッ。なぜゴロツキどもがいないんだ? 飯の買い出しにでも行ったか? 人は必ず残せと言ったのに……まぁいい」

玄関の鍵が開いていることに苛立ちながらも、彼は何も疑うことなく、別荘の奥――暗い地下室へと続く重い鉄の扉を開けた。

 

『ギィィィッ……』

 

相変わらず、潮の匂いと波の音だけが響く冷たいコンクリートの部屋。

部屋の中央では、一人の少女がパイプ椅子に座り、俯いて顔を隠していた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「おい、ゴミクズ。新作の冒頭はできたのか? 明日は教育のシンポジウムなんだ、俺の偉大な才能を見せつけてやらなきゃならないんだよ」

作家Aが傲慢な声で言い放つと、椅子に座っている少女は無言のまま、一枚の『点字ではない普通の紙(原稿)』をスッと差し出した。

 

「……なんだ。できているなら、素直にそう言えばいいのに。お前は本当に可愛げのない欠陥品だな」

作家Aは鼻で笑いながらその紙をひったくり、薄暗い電球の下で、そこに書かれた新作童話の冒頭を読み上げ始めた。

 

「えーっと、何々……。『桃太郎は、鬼を退治した賞金で、風俗通いを始めました』」

 

「…………」

「…………は?」

 

作家Aの動きが、完全にフリーズした。

自分が何を読まされたのか、数秒間、脳が処理を拒否した。

 

「……オイコラ!! ふざけてんのか!! 何とか言えよ、このゴミ野郎!!」

顔を真っ赤にして激昂し、紙を叩きつけようとした瞬間。

 

「えへへー! 『多様性桃太郎』の続きを、私が書いてみたんだよ!」

椅子に座っていた少女が、顔を上げて満面の笑みを作った。

……それは盲目のミツキなどではなく、金髪の愛らしい少女――リルだった。

 

「なっ……! おい! お前、誰だ!! ミツキをどこにやった!!」

パニックに陥り、後ずさりした作家Aの背中に、分厚いコンクリートの壁のような『巨大な絶望』が音もなく立ちはだかった。

 

 

「…………お姫様は、休暇中だ」

 

『――ドゴォォォォォォンッ!!』

 

漆黒のコートを着たスレイの、岩石のような強烈な裏拳が、作家Aの顔面を無慈悲に粉砕した。

「あべばァッ!?」

鼻血を撒き散らし、高級スーツを汚しながら、作家Aが床を無様に転げ回る。

 

「……もう、ミツキちゃんはここには戻ってこないよ?」

リルが、パイプ椅子から立ち上がって冷たく見下ろす。その言葉で、作家Aは自分の「すべて」が奪われ、破滅したことを完全に理解した。

 

「な、な、なんでここがバレたんだ……!! お前らは何者だ!! 警察じゃないだろ!!」

恐怖と混乱で震え上がり、床を這いずりながら叫ぶ作家A。

スレイは無言のまま歩み寄り、死んだ魚のような目で彼を見下ろした。

 

「……クリーニング屋だ」

 

『――ドスゥゥゥンッ!!』

今度は、容赦のない革靴の蹴りが、作家Aの土手っ腹に深くめり込んだ。

「げぼァッ……!!」

胃液を吐き出し、白目を剥きそうになりながら、それでも悪党は命乞いを始める。

 

「ま、待ってくれ……! お前らの欲しいものを、何でもやる! 殺さないでくれ! これでも俺には、地位も、名誉も、有り余るほどの『金』があるんだ!!」

 

「……何でもくれるんだな」

 

スレイは低くしゃがれた声でそう呟くと、床に這いつくばる作家Aの胸ぐらを掴んで軽々と持ち上げた。

そして、その震える『両手』――ミツキを虐待し、他人の才能を貪るためだけに使われてきたその卑しい両手を、万力のような力で掴み取った。

 

 

「じゃあ……指をくれ」

 

『バキィッ! メキメキメキィッ!!』

 

「ぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃにゃぁぁぁぁぁぁっ!!?」

別荘の地下室に、鼓膜を劈くような凄惨な絶叫が響き渡った。

スレイは微塵も表情を変えることなく、作家Aの十本の指を、手首の関節ごと、二度とペンもキーボードも握れないように完全にへし折って粉砕した。ミツキから光と自由を奪った悪魔への、完璧な因果応報(カルマ)の精算。

 

「あぁぁっ……! ゆ、ゆびがぁ……っ!!」

泡を吹いて痙攣する作家Aを床に投げ捨て、スレイは安物のタバコに火を点けた。

 

「さて! そろそろいいかな!」

リルが明るい声で、手の中に隠し持っていた『スタンガン』のスイッチを入れる。

 

『バチバチバチッ!!』

「あがっ……」

致死量ギリギリの高圧電流を首筋に流し込まれ、作家Aはついに完全に意識を刈り取られ、ただの動く肉塊と化した。

 

スレイは紫煙を吐き出しながら、懐の暗号回線を繋いだ。

「……山田相姦。容疑者を確保した。……引き取りに来い」

 

かくして、子供たちの夢を食い物にしていた悪逆非道な魔王は、裏の掃除屋たちの手によって完璧に討ち果たされ、暗い塔の物語は真の終わりを迎えるのであった。

 

 

――翌日。シンポジウム当日。

 

東京の中心にそびえ立つ巨大なホール、東京国際フォーラム。

 

昨夜、暗闇の地下室から無事に救出された盲目のお姫様・ミツキは、そのまま警察病院の特別室へと保護されていた。

長年の監禁と粗末な食事のせいでひどく痩せ細ってはいたものの、幸いにして致命的な外傷や病気はなく、健康状態は良好との報告がスレイたちの元にも届いていた。

 

一方。新宿の極秘アジトでは、裏の掃除屋(PCU)の面々が、メインモニターに映し出されたシンポジウムのネット生配信を静かに見守っていた。

 

「……やっぱり、教科書は他の作品にするのかな?」

リルが、ソファにクッションを抱き抱えながら画面を見つめる。

「だね~。パパ(大物議員A)が、昨日のうちに代替の作者と作品を用意したって言ってたし」

メイコが、ネイルを磨きながら答えた。

 

「……しかし、あの作家Aのことはどうするのかしら」

モニカが、優雅にコーヒーカップを傾ける。

 

「隠すのか、それともこの場できっちり話すのか。……総理の考えることは、私たちにもわからないわね」

マリアが、画面の向こうの熱気を帯びた会場を見据えて呟いた。

 

会場には、全国から集まった教育関係者と、無数のマスコミ(記者)たちが詰めかけていた。

『――本日は、作家A先生は不慮のケガのため、誠に残念ながら欠席となります』

司会者からその情報がアナウンスされると、会場は少しだけざわついたが、「ケガなら仕方ない」「多忙なのだろう」とすぐに納得の空気が流れた。

……彼が負った「ケガ」というのが、十本の指の完全な粉砕骨折であり、現在警察病院の地下にある厳重な留置所のベッドに縛り付けられていることなど、この場にいる一部の人間しか知らない絶対の極秘事項である。

 

 

【挿絵表示】

 

 

やがて。万雷の拍手の中、壇上に日本の最高権力者――環萌美総理が優雅な足取りで登壇した。

 

『本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます。我が国の未来を担う子供たちへ……』

萌美総理は、美しいルージュの唇に穏やかな笑みを浮かべ、簡単な挨拶や、教育への感謝、祝辞などを流れるように述べていく。

そして、いよいよ来年度の小学校の国語の教科書に採用される『作品』の発表の時が来た。

 

『――来年度の教科書に、本当に素晴らしい作品が選ばれました。……それは星降る夜の王子様です』

 

そのタイトルが読み上げられた瞬間。

記者席からは「おおっ!」という歓声が上がり、無数のフラッシュが総理に向けて降り注いだ。

前評判通りの、順当すぎる結果。ネットの生配信のコメント欄も、『当然だろ』『名作だから当たり前』『子供に読ませたい本ナンバーワン!』といった、作家Aを称賛する書き込みのラッシュで埋め尽くされた。

 

しかし。それを見ていた新宿のアジトでは。

 

「……えーーーーーーーッ!?」

リルが、信じられないものを見たように悲鳴を上げた。

「えっ、ちょっと待って! 差し替えるんじゃなかったの!? もしかして、総理への報告が間に合わなかったとか!?」

メイコが慌てて身を乗り出す。

 

「くぅ……! 昨日の深夜だったから、印刷や発表の段取りの変更には、少し遅かったのかしら……」

モニカが悔しそうに唇を噛む。

「……作家Aについては、情報規制を敷いて、あの男の逮捕自体を『隠す』つもりね。……国の教育のメンツを守るために、あのクズの名前で教科書を刷る気なのよ」

マリアが、苦々しい顔で国の隠蔽体質を呪った。

 

だが。

画面の向こうの萌美総理の顔には、隠蔽などという生ぬるい意図は一ミリもなかった。

彼女は、大歓声に包まれる会場を見渡し、最高に冷酷で、サディスティックな笑みを浮かべてこう言い放った。

 

『――それでは、皆様。この素晴らしい童話を生み出した、作者の紹介VTRをご覧ください』

 

会場の巨大なスクリーンが、ゆっくりと暗転する。

そして、そこに映し出されたのは――マリアたちが昨夜、相模湾の別荘からハッキングで奪取した、あの監視カメラの暴行映像だった。

 

『――バァンッ!!』

会場の大スピーカーから、恐ろしいほどの破裂音(平手打ちの音)が響き渡った。

 

『黙れよこのクズが! 俺のおかげで生きているんだ!』

『やめて……! お願いやめて……っ!』

 

画面の中では、子供たちの聖者であるはずの『作家A』が、盲目の少女の髪の毛を鷲掴みにし、床に蹴り倒し、その顔面に唾を吐きかけていた。

『お前の存在はもうない! 俺が使ってやってるんだ感謝しろ!!』

悪魔のような罵声と、少女の悲痛な泣き声。そして、奥で下劣に笑うゴロツキたちの声。

 

「…………」

「…………」

 

数千人が詰めかけていた東京国際フォーラムの記者席が、文字通り『完全に静まり返った』。

誰もが自分の目と耳を疑い、息をすることすら忘れていた。

滝のように流れていたネット上のコメントも、まるで時間が止まったかのようにピタリと停止した。

 

永遠にも思える静寂の中。

萌美総理は、マイクを両手で優雅に握り直し、心底申し訳なさそうな、しかし微かに嘲笑を含んだ声で言った。

 

『――先生の、執筆中の映像がこれしかなくて、申し訳ございません。』

 

「…………ッ!!」

「な、なななっ……!!?」

 

その強烈すぎるブラックジョークが投下された瞬間。

記者席が、爆発したような大騒乱(パニック)に陥った。ネット上のコメント欄も、『は!?』『え!?』『今の何!?』という文字で画面が見えなくなるほどの凄まじい大混乱を引き起こした。

 

『そ、総理!! 今の映像は一体何ですか!!』

『さ、作者とは……どういうことですか!! 映っていた少女は誰なんです!?』

パニックになった記者たちから、怒号のような質問が相次いで飛ぶ。

 

萌美総理は、降り注ぐフラッシュと混乱の嵐の中で、堂々と、そして誇り高く宣言した。

 

『ええ。確かに、星降る夜の王子様の作者をご紹介いたしました。……あそこで暴力を受けていた盲目の少女こそが、この美しい童話をたった一人で紡ぎ出した真の作者。……星野 美月姫(ほしの みつき)先生です』

 

『み、美月姫、先生……っ!?』

『じゃあ、作家Aは……!?』

 

怒涛の質問に対し、萌美総理は最後に、絶対的な国家権力者としてのトドメの宣告を冷酷に下した。

 

『――作家Aは昨日。誘拐、監禁、暴行、そして盗作の容疑で……我が国の警察組織が、完全に逮捕いたしました。彼が教育の場に名を残すことは、金輪際ありません』

 

「……あははははっ!! ばいやー! やっぱ萌美総理、ドSすぎっしょ!!」

新宿のアジトで、メイコが手を叩いて大爆笑した。

「……なるほど。これが総理のやり方ね。隠すどころか、大舞台で完膚なきまでにあの男の『社会的な命』を絶ったわ」

モニカとマリアも、最高に痛快な逆転劇に腹を抱えて笑い転げた。

 

漆黒のコートを着たスレイは、安物のタバコに火を点け、紫煙を細く吐き出した。

地下室での、指の粉砕という【物理的な制裁】。

そして今、大舞台での、名誉と過去の全否定という【社会的な制裁】。

 

身寄りのない盲目のお姫様を虐げた悪魔は、PCUと萌美総理による完璧な連携によって、物理的にも社会的にも、文字通り二度と立ち上がれない完全な地獄へと突き落とされたのであった。

 

――あの狂乱のシンポジウムから数日後。

 

逮捕された『作家A』に対する世間からのバッシングと誹謗中傷は、昼夜を問わず鳴り止まなかった。他人の才能を誘拐して搾取し、あまつさえ盲目の少女に暴力を振るっていたのだから、社会的な死と永遠の非難を浴びるのは当然の報いである。

 

一方、警察病院で健康を取り戻した盲目のお姫様・ミツキは、久しぶりに故郷である神奈川の孤児院へと顔を出していた。

 

「……よかった……っ! 本当に、本当によかった……っ!」

老齢の院長は、涙をボロボロとこぼしながら、痩せたミツキの肩を力強く抱きしめた。

「……ご心配おかけしました。私、もう大丈夫です」

ミツキは、見えない瞳から温かい涙を流し、優しく微笑み返した。

 

その後、ミツキは警察の保護下で、一度だけマスコミに向けた『記者会見』を開いた。

フラッシュが焚かれる中、記者からは当然、あの地下室での凄惨な日々についても厳しい質問が飛んだ。しかし、ミツキは怯えることなく、凛とした声で答えた。

 

「……辛かったです。でも、私が書いた童話のように……いつか必ず、『王子様』が助けに来てくれると信じていましたから」

 

その健気な言葉に、会場の記者たちが涙ぐむ。

『――実際、その「王子様」によって救出されたわけですが……その方は、どんな人だったのですか?』

一人の記者が、素朴な疑問を投げかけた。

 

すると、ミツキは顔を赤らめ、はにかむように微笑んで当時の記憶を語り始めた。

「……安っぽいタバコと、なんだか硝煙のような匂いがして……。触れたコートの革の感触がごつごつしていて、とっても大きい体の人でした」

 

 

【挿絵表示】

 

 

『なるほど。それは、突入部隊の警察の方だったのでしょうか?』

記者の問いに、ミツキは少しだけ首を傾げ、あの無骨な死神の言葉をそのままマイクに乗せた。

 

「……いえ。……『クリーニング屋さん』です」

 

――同時刻。新宿、極秘アジト。

 

テレビの生中継でその会見を見ていた裏の掃除屋の女性陣から、一斉にからかいの歓声が上がった。

 

「ほうほうほう~~~! 『王子様』ね?!」

マリアが、ニヤニヤと笑いながらソファに座る大男を小突く。

「あらあら。硝煙の匂いがする大きな体のクリーニング屋さんって、いったい誰のことかしらね??」

モニカが、優雅にコーヒーを啜りながらクスクスと笑う。

「ばいやー! またスレイは、若い女の子に手を出してタラシこんだの?? 最低っしょ!」

メイコが、派手なネイルでスレイの背中をバシバシと叩いた。

 

スレイは、女性陣からの集中砲火を無視し、死んだ魚のような目で無言のまま安物のタバコを吹かしていた。

 

「……ダメだよ、スレイ! そういうのは!!」

そこへ、リルが頬をプクッと膨らませてスレイの前に立ち塞がった。

「困ってる女の子を助けるのはいいけど……『王子様』になっちゃダメ!!」

ヤキモチを焼いて本気で怒るリルに、アジト中がドッと温かい笑い声に包まれた。

 

平和を取り戻した、裏の掃除屋たちの日常。

しかし、マリアはふと、PCの画面を見つめながらある恐ろしい事実に気づいてしまった。

 

「……ねえ。そういえば、ミツキちゃんの件がもし前日に決着しなかった場合、大物議員Aがシンポジウム用に用意していた『代替の作品(教科書案)』って……一体なんだったの?」

 

「あ、それならパパからデータもらってるよ」

メイコがスマートフォンを操作し、大物議員Aが血税を注ぎ込んで極秘に制作させていた、幻の教科書案のデータをメインモニターに映し出した。

 

タイトルは『金の斧 銀の斧』

誰もが知る、あの有名なイソップ童話だ。

 

『――あるところに、巨根の木こりがおりました。木こりが泉に斧を落としてしまうと、泉の中から、露出の激しい女神があらわれました』

 

「…………は?」

モニカのコーヒーカップを持つ手が震える。

 

『女神は言いました。「あなたの落とした斧は、この金のいやらしい斧ですか?」

木こりが正直に違うと答えると、今度は銀のいやらしい斧を持って現れます。

「違います。ただの古い鉄の斧です」

そう答えた木こりの正直さに感動し、女神さまは……穿いていたブラジャーとパンティを、木こりに与えました――』

 

「…………」

「…………」

 

「なんじゃ~~~この話はァァァッ!!!」

 

マリアとモニカの、鼓膜を破らんばかりの絶叫(ツッコミ)がアジトに響き渡った。

 

文部科学省が「肛門部科学省」になるこの狂った世界において。大物議員Aが国の威信をかけて用意した童話は、やはり最低最悪の下ネタ多様性パロディだったのだ。

 

もし、スレイの突入があと一日遅れていたら。

もし、マリアのデータ奪取があと数時間遅れていたら。

日本のすべての小学生の教科書に、この『巨根の木こりといやらしい斧』の物語が、最高の名作として掲載され、全国の教室で音読されていたのである。

 

「……あぶねぇっしょ……マジで首の皮一枚だったね……」

メイコが、引くほど冷や汗を流しながら呟く。

 

「……ああ」

スレイは安物の百円ライターをカチャリと鳴らし、タバコに火をつける。

そして深く、本当に深い安堵のため息と一緒に煙を吐き出した。

 

囚われたお姫様を救い出し、悪徳作家を破滅させただけでなく。

彼らは知らず知らずのうちに、日本の教育と子供たちの情操を、国家権力の暴走(ド下ネタ)から完全に守り抜いていたのだ。

それは、裏の掃除屋たちにとって、ミツキ救出とはまた別の、とてつもなく大きな『達成感』であった。

 

かくして、お姫様の美しい童話は世に放たれ、狂気に満ちた偽りの王子様と金の斧は、東京の暗闇の奥深くへと永遠に葬り去られるのであった。




これにて出版業界の闇、根こそぎクリーンアップ完了です!

スレイの「指粉砕」という容赦ない物理的お掃除からの、萌美総理による国際フォーラムでの「執筆中の映像」という最悪かつ最高の社会的お掃除、いかがだったでしょうか。これ以上ないほどスカッとする因果応報でございます。

そしてラストに判明した、大物議員Aが用意していた幻の教科書案『巨根の木こりといやらしい斧』。PCUの活躍がなければ、日本の子供たちの情操が1日で終わるところでした。ある意味、今回が一番国を救ったかもしれません。


【お知らせと次回予告】

『境界線PCU~多様性ワールドへようこそ~6月は毎日20時更新』
6月は毎日20時に最新話を公開していきます。明日の20時もぜひお待ちしております!

▼イラスト・設定資料について▼
劇中の挿絵や、キャラクターの詳細な設定資料をPixivにて公開しています。
【Pixiv】https://www.pixiv.net/users/124951524

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