巨大フェス編、中編です!
押収したディスクの映像解析から判明したものは?
大トリを務める世界的トップアーティストの元へと直接乗り込むことになります。リルとメイコの無邪気なコミュ力と、冷や汗が止まらない大人たちの対比にもご注目ください。
――千葉県、巨大海浜公園(サルーンソニック会場)。
不審な男を裏の警察部隊へと引き渡した後、スレイ、メイコ、リルの三人は再び関係者エリアへと戻り、屋台の絶品フェスグルメを思う存分に堪能していた。
その後も、マリアのネットワーク監視とモニカのケータリング潜入プロファイリングは続いたが、特にそれ以上のおかしな人物や不審な動きが発見されることはなかった。
夕刻。本日の警備任務を終えた裏の掃除屋(PCU)たちは、会場のすぐ近くにそびえ立つ、海を見下ろす超高級リゾートホテルへとチェックインを果たした。
「わーい! すっごーい! お部屋から海が見えるよ! ベッドもふかふかー!」
金髪の少女・リルが、ふかふかのキングサイズベッドにダイブして歓声を上げる。
「マジで最高っしょ! こういう時のパパの権力は本当に役に立つよね~!」
ギャル大生のメイコも、部屋の豪華なミニバーやアメニティを見てテンションを爆上げしている。
「ふふっ。依頼内容の『アイドルのストーカー対策』の割には、随分といい思いができそうね」
凄腕プロファイラーのモニカが、窓際で優雅に海風を浴びながら微笑んだ。
「でも、今日捕まえたあの男。多様性坂69への嫌がらせの『ディスク(DVD)』を仕込もうとしていたんでしょ? 油断は禁物よ」
天才ハッカーのマリアが、ノートPCをテーブルに置きながら釘を刺す。
漆黒のコートを脱ぎ、安物のタバコに火を点けたスレイは、紫煙を細く吐き出して低く答えた。
「……DVDのすり替え程度だ、気にするな。男はすでに山田の部隊が絞り上げている」
夜。一行はホテルの最上階にある豪華なレストランで、伊勢海老や高級和牛が並ぶプレミアムなディナーバイキングを心ゆくまで楽しんだ。
そして、お腹を満たして部屋に戻り、「さぁ、お待ちかねの館内温泉に行きましょう!」と女性陣が浴衣を取り出していた、まさにその時だった。
『ピリリリリッ!』
「……あれ? マリア、パパから専用回線に着信が来てるみたいだよ」
メイコがモニターを指差す。
マリアが怪訝な顔で通話ボタンを押すと、画面の向こうに、ひどく困惑した顔の大物議員Aが映し出された。
「はい? どうされました、議員」
『おお、夜分にすまない。……実は、本日君たちが捕まえてくれた怪しいスタッフだが。奴がすり替えようとしていた『ディスク』の中身を調べたところ、少しおかしいんだ』
「おかしいとは、どういうこと?」
モニカが浴衣姿のまま、プロファイラーの目を細める。
「エッチなビデオでも流して、アイドルグループの評判を下げるとか、そういう嫌がらせじゃないの?」
リルが純粋な疑問を口にする。
「……嫌がらせの類ではないのか?」
スレイもタバコを指に挟んだまま、低い声で問うた。
『……それが。ディスクの中身は、オオトリを務める世界的歌姫、シルビアのプロモーションビデオだったんだよ』
「……えっ?」
リルが目を丸くする。
「なんで、オオトリのスーパーセレブのPVにすり替えるの? 意味わかんないー」
メイコが首を傾げた。
「確かに。……そもそも、犯人は『どのアーティストのディスク』とすり替えるつもりだったの?」
モニカが核心を突く。
大物議員Aは、ハンカチで額の汗を拭いながら重々しく答えた。
『それが、私が推している多様性坂69とは全く関係なく……オオトリで会場の人が一番多くなる、シルビア本人のディスクとすり替えるつもりだったと自供したのだ』
「……本人の映像を、本人の映像にすり替える? 尚更それは意味不明ね……」
マリアが頭を抱える。
『そこで、データ化した中身をそちらに送るので、一度君たちの目で見てくれないだろうか。今回は私個人の依頼で動いているため、政府の公的機関(警察の科学捜査班など)に正式なチェックに出せないのだよ』
藁にもすがる思いで頼み込んでくる大物議員A。
「……シルビアの映像を流すなら、すり替えの意味がないよね。絶対、何か悪いことを企んでいそう」
リルが真剣な顔で呟く。
「ええ、確認する必要はあるわね。……でも」
モニカが、美しく微笑みながら、絶対に譲れないトーンで言い放った。
「とりあえず、私たちはこれから温泉に行くの。……お仕事は、お風呂に入ってからね。それまでに、マリアの端末にデータを送っておいてちょうだい」
『ええっ!? こ、こんな緊急事態に……わ、わかった! 報酬はさらにプラスしておこう!』
ホテルの温泉を優先したPCUの女性陣(とスレイ)は、広大な露天風呂でフェスの疲れと猛暑の汗をさっぱりと洗い流すのであった。
――数十分後。ホテルのスイートルーム。
「ぷはーっ! お風呂上がりのフルーツ牛乳、最高っしょ!」
「コーヒー牛乳もおいしいよー!」
腰に手を当てて瓶の牛乳を飲み干すリルとメイコ。
浴衣姿ですっかりリラックスしたPCUの面々が、マリアのノートPCの前に集まった。
「さて。議員からデータが届いたようだし、再生してみるわよ」
マリアがエンターキーを叩くと、モニターに大物議員Aから送られてきた『すり替え用ディスク』の映像データが映し出された。
画面に流れたのは、シルビアの過去のライブ映像や、大ヒット曲の美しいプロモーションビデオだった。一見すると、ただの素晴らしい映像作品にしか見えない。
「……うーん。ただ歌ってるだけだね。これに何か仕込んであるのかなぁ」
リルが、画面に顔を近づけてじっと見つめる。
数分ほど再生が続いた、その時だった。
「……あれ? 今、途中で一瞬、チカチカしなかった?」
メイコのチート級の動体視力が、わずかな違和感を捉えた。
「ええ。サビの盛り上がりの部分……光の演出に紛れて、何か別の映像が極めて短いフレームで差し込まれているわ」
マリアがすかさず映像を一時停止し、コマ送りにする。
「……おそらく、『サブリミナル効果』ね」
モニカが、プロファイラーとして即座にその正体を看破した。
「人間の意識には認識できないほどの極めて短い時間で、特定の映像やメッセージを視覚に滑り込ませ、潜在意識に直接刷り込む洗脳の手法よ。……これだけ巧妙に仕込まれているなら、無防備な状態で大音量と熱狂の中にいれば、確実に脳が影響を受けるわ」
「……俺たちのように、極限まで視覚と脳を鍛え上げている人間には効果はないがな」
スレイが、サングラスの奥で点滅するサブリミナル映像を冷ややかに見つめながら言う。
「でも、これは危険よ。何十万人という『一般の観客』が、フェスのオオトリという最も熱狂して無防備になる瞬間に、この映像を巨大スクリーンで見せられたら……」
マリアが背筋に冷たいものを感じて、即座に大物議員Aへの暗号回線を開いた。
「……マリアよ。議員、映像を確認したわ。……おそらくこれ、サブリミナル効果を使った『大規模な洗脳』、あるいは『暴動の扇動』を狙ったテロの兵器よ。今のこのホテルのノートPCの環境では、何が刷り込まれているのか、中身のメッセージまでは完全に解析できないわ」
マリアの報告に、通信越しの議員Aの顔面が蒼白になった。
『な、なんだと……!? 数十万の観客をサブリミナルで操るだと!? それはただのアイドルへの嫌がらせなんて次元じゃない!!』
「ええ。そうなると、これはもう個人の依頼ではなく、国家を揺るがすテロ事件よ。……すぐに政府、環萌美総理に一度報告して、指示を仰がなければいけないわ」
フェスの本番(オオトリのステージ)は、明後日の夜。
それまでに、このサブリミナル映像を用意した『真の黒幕』の目的と、さらなるテロの脅威が潜んでいないか、情報を得ておく必要があった。
真夏の熱狂的な音楽フェスは、見えない洗脳の罠を孕みながら、最悪のカウントダウンを静かに刻み始めていた。
――翌朝。
千葉の高級リゾートホテル。窓の外には、いよいよ明日に本番を控えた巨大海浜公園の熱気が、遠くからでも微かに伝わってくるようだった。
しかし、サブリミナルの脅威が発覚した以上、のんびりとフェス前日を満喫している場合ではない。
「……とりあえず、フェスの本番は明日だけど。面倒でも、一度新宿のアジトに戻る必要がありそうね。あの映像を完全に解析するには、私のメイン機材じゃないとパワーが足りないわ」
マリアが、早々に帰り支度を整えながら言う。
「えーっ、面倒だけどアジトに戻るしかないね~」
リルが、ふかふかのベッドから名残惜しそうに起き上がった。
「まぁ、ここからだと首都高乗れば1時間で戻れるっしょ。パパッと帰って解析して、また戻ってくればいいじゃん」
メイコが、キャリーケースを転がしながら軽く答える。
その時だった。マリアの専用端末に、総理官邸の極秘回線からの着信が入った。
「……総理からよ」
マリアが少し緊張した面持ちで通話ボタンを押す。
「はい。……えぇ。……はい! えっ!?」
マリアが素っ頓狂な声を上げ、目を丸くして電話を切った。
「どうしたの? 何か問題でも起きた?」
モニカが尋ねる。
マリアは、深い深呼吸を一つしてから、信じられないといった表情で振り返った。
「……いや。あのサブリミナル映像の件、当の『シルビア』本人に直接事情を説明しに行かないといけなくなったわ。手配は既に、政府の方でしてくれているみたい。……そして、この件は正式に『政府からの依頼』に変更よ」
「ほ~~~! 私たちが行くの! 他にいないのか~」
リルが目を輝かせる。
「ばいやーのばいやー! 相手は世界的な歌姫様だよ!?」
メイコも、事の重大さに気づいてテンションと焦りを同時に爆発させた。
「……彼女(シルビア)は既に、幕張のVIPホテルに滞在しているわ。アジトに戻る前に、まずはそこへ向かうわよ」
マリアがスケジュールを再構築する。
「そうね……。何十万人を洗脳するサブリミナルなんて、歌姫のキャリアにも甚大な害のある話かもしれないものね」
モニカが真剣な表情で頷く。
PCUのメンバーに、かつてない緊張が走った。相手は裏社会の人間でもマフィアでもない。表の世界の、まさに頂点に君臨する世界レベルのトップアーティストなのだ。
――数十分後。幕張、超高級VIPホテル。
萌美総理が事前に話をつけ、最高レベルの根回しをしてくれていたおかげで、スレイたちは厳重なセキュリティを顔パスですんなりと通された。
最上階のペントハウスへと続く廊下で、モニカとマリアが子供たちに厳しく釘を刺す。
「……いいわね。絶対に失礼のないようにね、リル、メイコ。相手は国賓クラスのVIPよ」
「ええ。ややこしい事態になっているから、状況の説明はすべて私がするわ。あなたたちは黙って安心していなさい」
『ガチャッ』
重厚なドアが開き、一行は世界的歌姫・シルビアが滞在する巨大なスイートルームへと足を踏み入れた。
「あら。噂の『クリーニング屋さん』ね。ようこそ」
そこには。
圧倒的なオーラを放つ、明らかに一般人とは「住む世界が違う」女性が優雅にソファに腰掛けていた。
同じ人類とは思えないほどの、洗練された美しさと威厳。銀髪を美しく編み込んだクラウンヘアに、自信と才能に満ち溢れた瞳。彼女がそこにいるだけで、空間そのものが芸術作品のように錯覚してしまうほどの存在感だ。
「……本日はお時間頂きまして、誠にありがとうございます」
マリアが、緊張で少しだけ声を上ずらせながら、深く一礼した。
その、まさに次の瞬間だった。
「ほわ~~~っ!! 凄い! 綺麗! 美人! 凄いオーラ!!」
「ばいや~~~ッ!! どうしてこんなにクールなの!?」
マリアとモニカの顔面が、一瞬にして青ざめた。
あんなに「失礼のないように」と釘を刺したにも関わらず、リルとメイコがシルビアの圧倒的な美しさに完全に心を奪われ、マリアの静止を振り切って、世界的大スターの目の前まで一目散に駆け寄ってしまったのだ。
「ちょっ……あんたたち!!」
スイートルームの空気が凍りつく。部屋の隅に控えていた筋骨隆々のボディガードたちが、不審者から歌姫を守るために険しい顔でスッと前に出ようとした。
しかし、シルビアは片手を軽く挙げて、ボディガードたちを制止した。
「ふふっ。あら、嬉しいことを言ってくれるわね~」
シルビアは、無作法に駆け寄ってきた少女たちに対して嫌な顔を一つ見せることなく、まるで慈愛に満ちた女神のような微笑みを浮かべ、リルとメイコの頭を優しく撫でた。
「……っ、ど、どうもすいません! うちの若い子が、失礼を……っ!」
モニカが冷や汗を流しながら平謝りする。
「えぇ、いいのよ」
シルビアは、ふんわりと微笑んだまま首を横に振った。
「この世界にいると、計算されたお世辞なら腐るほど聞くけれど……こういう飾らない純粋な感情をぶつけられるのは、とても新鮮でうれしいものよ」
「……そ、そうなんですね……。恐縮です……」
マリアは、背中を冷や汗でぐっしょりと濡らしながら、なんとか気を取り直して本題――すり替えられようとしたディスクと、サブリミナルによるテロの可能性について、詳細な説明を始めた。
「……なるほどね。そういう意味で、緊急性を要する事態ということね」
説明を聞き終えたシルビアの表情から、柔らかな笑みが消え、トップアーティストとしての真剣な眼差しに変わった。
「しかし、もし本当に何十万人を巻き込むテロの可能性があるというのなら……最悪の場合、明日のフェス自体も中止になる危険性があるわね」
「……ええ。ですので、まずは我々が持ち帰って『中身を完全に解析して』からになります。犯人の本当の目的を突き止めなければ、対応のしようがありません」
モニカが、冷静に今後のプランを提示する。
シルビアが小さく頷くと、傍らに控えていたボディガードがケースから一枚のディスクを取り出し、マリアへと差し出してきた。
受け取ったディスクの表面には、黒いペンで無造作に「14」とだけ書かれている。
「この14って数字は……?」
マリアが不思議そうに尋ねると、シルビアが答えた。
「転換中(ステージ準備の間)に、巨大スクリーンに流す予定のPVよ。私がメインステージのオオトリで、14番目の出演アーティストだから、スタッフがわかりやすいようにそう書いているの」
「なるほど! それが本来流すべき、本物のディスクのほうなんだね!」
リルがポンッと手を打つ。
「じゃあさ! 犯人には『ディスクのすり替えが成功した』と思わせておいたほうがいいかもね。本番のギリギリで、この本物のディスクにこっそり戻して流せば、テロも防げるしフェスも中止にならないっしょ!」
メイコが、持ち前の頭脳で悪戯っぽく提案した。
「……そうだな」
背後でずっと無言を貫いていた漆黒のコートの大男――スレイが、サングラスの奥で目を細めて同意した。
「……解析も重要だが、まずは依頼主(テロの黒幕)を泳がせて、尻尾を出したところを本番中に『制圧』だ」
フェスを中止にすることなく、観客の熱狂の裏でテロリストを完全に粉砕する。裏の掃除屋らしい、最もリスキーで完璧なシナリオだ。
「……それじゃあ、頼んだわよ。PCUメンバーさん」
シルビアが、彼らへの絶対的な信頼を込めて、優雅に軽くウインクをした。その美しさに、再びリルとメイコが「ほわぁ~~っ」と顔を赤らめる。
さて、ここからは時間との勝負だ。
サブリミナルの『解析』を行うハッキングチームと、犯人を泳がせて現場で『制圧』するカチコミチーム。
明日の本番に向け、二手に分かれて動くのがよさそうだ。
本物のディスクをしっかりとカバンに収め、裏の掃除屋たちは急ぎ足でVIPホテルを後にした。
そして、照りつける夏の太陽の下、ワゴン車に乗り込んだ一行は、サブリミナル映像の完全解析を急ぐべく、首都高を飛ばして新宿のアジトへと戻っていくのであった。
――首都高を降り、新宿のアジトでマリアとモニカを降ろした後。
スレイ、リル、メイコの三人は、そのまま車を飛ばして警視庁トップ・山田相姦が待つ『首相感貞(しゅしょうかんてい)』の地下室へと向かっていた。
「……フェスは明日だ。前日となれば、黒幕はすり替えの成果の報告を求めてくるだろう」
運転席でハンドルを握りながら、スレイが低い声で言う。
「だね! そこで『すり替え完了済』って嘘の報告しちゃえ~」
「それで、本物のPVが流れている間に、のこのこやってきた犯人を捕縛だね!」
助手席と後部座席で、ギャルと金髪の少女が悪戯っぽく笑い合う。
やがて一行は感貞の地下に到着し、山田相姦の部隊によって拘束されている『すり替え犯(A-0721の男)』の元へと案内された。
「ヒッ……!!」
鉄格子の奥に座らされていた男は、面会に現れた巨大な死神(スレイ)の姿を見るなり、昼間の顔面粉砕の恐怖が蘇り、ガタガタと震え上がって部屋の隅まで後ずさった。
「おじさーん。誰からあんなこと依頼されたの?」
リルが鉄格子越しに、純粋な瞳で首を傾げて尋ねる。
「い、いや……! 相手の顔も名前も、本当にわからないんだ! 本当だ!!」
男は必死に首を振った。
山田相姦の部下の調べによると、この男はただのギャンブルで作った多額の借金に喘いでいた、小さな映像制作会社の冴えないスタッフに過ぎなかった。
「……つまり、借金で首が回らないのをいいことに、使い捨ての駒にされたわけね」
メイコが冷めた声で男を見下ろす。
「ああ。絵に描いたような、トカゲの尻尾だな」
スレイが安物のタバコを吹かしながら吐き捨てる。
「ねえねえ、おじさーん。依頼主さんに報告はしないでいいの?」
リルの言葉に、男はビクッと肩を震わせた。
「し、しないといけないが……」
「じゃあ、予定通り『すり替え済』って連絡してよ。今すぐ」
メイコが有無を言わさぬ口調で命じ、山田の部下が男に没収していたスマートフォンを渡す。
男は震える指で、海外製の見慣れないチャットアプリを立ち上げ、指定されたアカウントへ『すり替え無事完了』と短いメッセージを送信した。
「……そのアプリ、おそらく末端からは通信元を追跡できないように暗号化されているな」
スレイが画面を一瞥して言う。
「マリアなら逆探知できそうだけど、フェスは明日だし、流石に時間的に難しいか。やっぱ現場で捕まえるしかないっしょ」
メイコが腕を組んで頷く。
「ねぇ、おじさん。返信が来たらさ、『明日はどうするんですか?』って聞いてみてよ」
メイコの指示通りに少し待つと、画面に『了解した』とだけ短い返信が届いた。
男はすかさず、言われた通りに明日の動向を尋ねるメッセージを打ち込む。
数分後。
再びチャットアプリが鳴り、黒幕から極めて傲慢な短い返信が返ってきた。
『特等席で拝見させていただく』
その文字を見た瞬間、スレイのサングラスの奥の瞳が、冷酷な狩人のそれへと変わった。
「……わざわざ現場(フェス会場)の特等席まで、成果を見に来るということか」
「あははっ! 自分から尻尾を出しに来てくれるなんて、マジで好都合っしょ!」
メイコがニヤリと笑う。
標的は、明日のサルーンソニックのVIP席(特等席)に現れる。
スレイたちは明確なカチコミのターゲットを定め、アジトで解析を急ぐ大人女性陣の元へと戻る準備を始めた。
――同時刻。新宿、極秘アジト。
車を降りてアジトに戻ったマリアとモニカは、一息つく間もなくマルチモニターの前に陣取っていた。
「……さて。いったい何をサブリミナルで刷り込もうとしているかが大事ね」
凄腕プロファイラーのモニカが、画面に映し出された偽物のディスクのデータを睨みつける。
「ええ。もし観客を暴徒化させるような扇動系だとまずいわ。何十万人規模の暴動が起きれば、死傷者が出る。フェスの開催自体も考え直す必要があるわね」
天才ハッカーのマリアが、深刻な顔でキーボードを叩き、ディスクの映像を解析用ソフトウェアに読み込ませた。
「超スロー再生にしてみるか、それともノイズとして抽出して調べるか……」
「どっちもよ。まずは極限までスローにして、そのままサブリミナルのノイズ成分だけを除去・可視化するわ」
マリアのタイピング速度が跳ね上がる。
映像がコマ送りのようにカクカクと進む中、あるサビの盛り上がりの直前。
「……今、一瞬何か映ったわ。文字ね」
モニカの鋭いプロファイラーの目が、光の明滅の中に隠された異物を捉えた。
「待って。今スローにして……うまくこの1フレームで止められるかしら……!」
マリアがギリギリの攻防をPCの前で行い、凄まじい集中力でエンターキーを叩き込む。
『ピタッ』
「……よし! 何とか止まったわ! 解析をかけて鮮明化する!」
マリアが画像処理のフィルターを何重にもかけ、ノイズにまみれたその1フレームの映像をクリアにしていく。
やがて、メインモニターにハッキリと浮かび上がったのは……暴動を促すような過激なメッセージでも、テロの予告でもなかった。
そこには、奇妙な紋章のようなマークと共に、こんな言葉がデカデカと記されていたのだ。
『 HOLを崇めよ 』
『 HOLを信奉せよ 』
「…………何これ。勧誘?」
モニカが、拍子抜けしたように目を丸くした。
「……HOL? 何かの宗教、かしら……。暴動とかテロとかじゃなくて、ただの怪しいカルト宗教のサブリミナル洗脳ってこと?」
マリアも、予想外の斜め上の内容に顔をしかめる。
フェスのオオトリ、何十万人が熱狂の頂点に達するその無防備な瞬間に、世界的な歌姫の映像とすり替えて流そうとしていたのは……自分たちのカルト教団の信者を増やすための、大規模な「洗脳勧誘」だったのだ。
「……まぁ、サブリミナルで勝手に入信させようとするなんて悪質極まりないけれど。……少なくとも、その場でテロが起きて人が死んだり、暴動でパニックになったりする類のものではなさそうね」
モニカが、少しだけホッとしたように肩の力を抜いて、優雅にコーヒーを啜った。
「ええ……。不快なことに変わりはないけれど、最悪の事態(フェス中止)だけは避けられそうね」
マリアもPCを閉じ、深く息を吐き出した。
黒幕は、HOLなる謎の宗教団体。そして奴らは明日、特等席に現れる。
テロの類ではないとわかり、少しだけ安心したPCUの面々は、明日の巨大フェス本番での「黒幕制圧」と「本物のディスクの放映」という最終ミッションに向け、英気を養うべく穏やかな夜を過ごすのであった。
黒幕を炙り出すため、フェス本番で「すり替えのすり替え」を行うという大胆な罠を仕掛けたPCU。
完璧なハッキングと物理制圧の準備が整い、いよいよ明日は数十万人が熱狂するフェス本番の夜を迎えます。
そしていよいよ明日はの解決編では、数万人の熱狂の渦の中で怒涛の結末を、ぜひ見届けに来てください!
【お知らせと次回予告】
『境界線PCU~多様性ワールドへようこそ~6月は毎日20時更新』
6月は毎日20時に最新話を公開していきます。明日の20時もぜひお待ちしております!
▼イラスト・設定資料について▼
劇中の挿絵や、キャラクターの詳細な設定資料をPixivにて公開しています。
【Pixiv】https://www.pixiv.net/users/124951524
もし「面白かった」「続きが気になる」「温度差で風邪ひいた」と思っていただけましたら、下部の☆マークからの評価や、お気に入り登録、ご感想などをいただけますと、毎日の執筆の最大の励みになります!