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巨大フェス編、いよいよ解決編となる後編です!
ボルテージが最高潮に達するフェス会場。カオスの最前列の監視カメラが捉えた「予想外すぎる人物」とは?
スレイたちが新宿のアジトに帰還し、マリアとモニカに合流する。
すぐさま専用回線を開き、事の顛末とサブリミナルの正体を環萌美総理へと報告した。
『なるほど。偽物のディスクを泳がせておいて、本番直前に本物のディスクで上書きする……すり替えのすり替え作戦ということね』
画面越しの萌美総理が、ワイングラスを片手に優雅に微笑む。
内容がテロや暴動の扇動ではなく、ただの悪質なカルト宗教(HOL)の大規模勧誘であったため、フェス自体の決行は問題ないと判断された。
背後では大物議員Aが「おおおっ! テロじゃないなら多様性坂69の出番は無事だな!!」と感涙しながら何か叫んでいたが、PCUの面々はいつものように完全に無視した。
「……それで。犯人の黒幕が言っていた『特等席で見学させてもらう』という言葉だけど」
モニカがプロファイラーの目を光らせて思考を巡らせる。
「特等席って、最前列のこと?」とリルが首を傾げた。
「うーん、それか関係者のVIPエリアかなぁ」とメイコ。
「関係者エリアなら洗いやすいわね。名簿もあるし、入場ゲートの監視カメラで顔認証をかければ一発よ」マリアがキーボードを叩きながら応える。
「いや……おそらく『PA(音響・照明の制御ブース)』の前ね」モニカが静かに推測した。
「メインステージのアリーナはオールスタンディングよ。落ち着いて見学(成果の確認)をするなら、そこが一番安全で確実な特等席になるはずよ」
「あー、確かに! 最前列とかに行ったら、ライブ始まった瞬間にモッシュやダイブが起きて、まともに立ってられないもんね」メイコもフェスの構造を思い浮かべて同意した。
「ねぇねぇ、無事に悪い人を捕まえたら、シルビアのライブは見ていいのかな?」リルが期待に胸を膨らませる。
「ええ。無事確保が終わったら見てていいわよ。せっかくのいい機会だしね」マリアが微笑むと、モニカが呆れたように二人の手元を指差した。
「……って、許可を出す前から、既にサイリウム(ペンライト)を用意しているじゃないの」
「えへへー! ドン・キホーテでいつの間にか買っちゃった!」
リルとメイコが、色とりどりのサイリウムを振って満面の笑みを見せる。
「……とりあえず、明日に備えて今日はもう寝るわよ。起きたらまた幕張へ向かうわ」
――翌朝。
「ふんふふーん♪ お部屋をピカピカにするぞー!」
朝の光が差し込むアジトのリビングで、早起きしたリルが機嫌よく朝ごはんを作りながら、テーブルの上の片付けをしていた。
「ふぁ~~~……おはよう、リルたそ……」
寝ぼけ眼のメイコがリビングに起きてくる。
「あ、おはよう! ……もう、マリアったら、ディスク出しっぱなしにしてる。ちゃんとケースに入れないと、傷がついちゃうのに」
リルは、テーブルの上に無造作に置かれていたディスクを手に取ると、近くにあった空のケースへとパチンと収め、綺麗に片付けを行った。
やがてマリアとモニカも起きてきて、全員でリルの作った目玉焼きとハムサンドの朝食を平らげる。
「……いくとするか」
漆黒のコートを羽織ったスレイが、安物の百円ライターをポケットに突っ込んで立ち上がった。
「あ、昨日解析した洗脳用のディスクは持っていかないでいいわね」
モニカの言葉に、マリアが頷く。
「そうね、会場では必要ないわ。証拠としてここに置いておきましょう」
マリアは、テーブルの端に綺麗にケースに収められていた、油性ペンでデ14と書かれたディスクをカバンの中にスッと滑り込ませた。
そして裏の掃除屋たちは、決戦の舞台となる幕張・巨大海浜公園へと再び出立するのであった。
千葉県、巨大海浜公園。
『サルーンソニック』の広大なフェス会場は、昨日までの静けさが嘘のように、何十万人という観客の熱気と歓声に包まれていた。
うだるような猛暑を吹き飛ばすほどの、凄まじい大音量と熱狂。
マリアは関係者エリアに入るとすぐ、担当スタッフにカバンから取り出した14のディスクを手渡した。
「……これ、シルビアさんのPVディスクよ。指定のタイミングで確実に流して頂戴」
「はい、承知いたしました!」
タイムテーブルは順調に進行していく。
大物議員Aが推してやまない『多様性坂69』の出番は、オオトリであるシルビアの直前のステージだ。
いよいよ、日が傾き始めた夕刻。本番の時が近づく。
スレイとリルは、事前のプロファイリング通り、アリーナ後方のPA付近の死角に陣取り、黒幕が現れるのを静かに待ち構えていた。
一方、マリア、モニカ、メイコの三人は、会場の監視カメラをすべて統括するマルチメディア室へと入り、顔認証システムと睨み合っている。
地響きのような大歓声と共に、メインステージに『多様性坂69』のメンバーたちが登場し、アリーナのボルテージが一気に最高潮に達した。
「……多様性坂のライブが始まったわ。ここが終われば、次はいよいよシルビアのステージ(転換)よ」
マリアが、マルチメディア室のモニター群に鋭い視線を這わせる。
その時だった。
システムがピロンと警告音を鳴らし、一つの監視カメラの映像を赤くハイライトした。
「……嘘でしょ」
マリアが、信じられないものを見たように声を上げた。
「……最前列に、黒幕の顔認証反応あり!!」
「なっ……!?」
モニカが驚愕に目を見開く。PAブースの前で落ち着いて見学するのではなく、モッシュやダイブが吹き荒れる最も過酷なオタクの戦場――最前列のド真ん中に、黒幕が陣取っているというのだ。
『……聞こえるか、スレイ。ターゲットはPA付近じゃないわ! メインステージの最前列よ!』
インカムから飛んできたマリアの報告に、PA横で待機していたスレイとリルに激しい緊張が走った。
数万人の観客が押し合いへし合いする、カオスの渦巻く最前列。
巨大フェスの狂熱の中で、裏の掃除屋たちとカルトの黒幕による、予測不能なカチコミが今、始まろうとしていた。
「……最前列に、黒幕の顔認証反応あり!!」
マリアの緊迫した声がマルチメディア室に響き渡り、PCUの女性陣に激しい緊張が走った。
数万人が押し合いへし合いする、カオスの渦巻く最前列。
そこにカルトの黒幕が陣取っているとなれば、確保は極めて困難になる。
マリアが急いでそのカメラの映像をメインモニターに拡大した、その瞬間。
「……ん? これ、パパじゃない?」
メイコが、モニターを指差して素っ頓狂な声を上げた。
「……えっ?」
緊張の糸が、間抜けな音を立ててプツンと切れた。
画面の中で、汗だくになりながらペンライトを両手に持ち、周囲のオタクたちを凌駕する凄まじいキレで『ヲタ芸』を打っている恰幅の良い男。間違いなく、大物議員Aであった。
「ズコォッ!」
凄腕プロファイラーのモニカが、文字通り椅子からずっこけた。
インカムの向こうで待機していたスレイから、心底疲れたような低い声が響く。
『……いったい、何のリストに引っ掛かったんだ……』
「……変態リストのほうね、おそらく……。私の顔認証システムが、異常な熱量(変態性)を危険人物と誤検知したみたいだわ」
マリアが頭を抱えながら、深いため息をつく。
「あははっ! メイコちゃんのパパ、動きすごい~! キレッキレだね!」
リルが無邪気に手を叩いて喜ぶ。
「マジうける~! パパ何やってんの~、国会答弁の時より真剣な顔してんじゃん!」
メイコも腹を抱えて大爆笑した。
やがて、ステージでは大物議員Aが推してやまない『多様性坂69』のラストの曲が始まった。
イントロが流れ、電光掲示板に曲名がデカデカと表示される。
『 ヘビーローショ〇 』
「…………」
「なんなの、この曲はいったい」
モニカの顔が完全に引き攣った。
「多様性と謡うだけあるわね……。タイトルだけでコンプライアンスが限界突破してるわ」
マリアが死んだ魚のような目でステージを見下ろす。
「ローションってことは……ヌルヌルなのかなぁ?」
メイコが首を傾げたが、誰もその疑問には答えなかった。
ただ、最前列の大物議員Aだけが、恍惚の表情でヌルヌルと奇妙な動きのヲタ芸を奉納し続けていた。
いよいよ、多様性坂69のステージが終わり、オオトリである世界的歌姫・シルビアの出番が近づいてきた。
千葉の巨大海浜公園は、文字通り『狂乱の坩堝』と化していた。
真夏の刺すような太陽の下。動員数30万人を超える国内最大規模の音楽フェス『サルーンソニック』は、信じられないほどの熱気と人口密度に包まれていた。
アスファルトから立ち上る陽炎と、数万人の群衆が発する熱気で、会場の体感気温は優に40度を超えている。
あちこちで熱中症で倒れる客が続出し、救護テントへと運ばれていく。フェス特有の異常なテンションと過酷な環境が、人々の理性をドロドロに溶かしていた。
「……さて。気を取り直して、関係者席を確認しましょう」
モニカがプロファイラーの目を光らせ、本物のターゲットの捜索を再開する。
「関係者席は、身元調査と顔認証、すべて一致。不審な人間はいないわ」
マリアがキーボードを叩いて弾き出す。
「うん、私の記憶のリストとも完全に一致している。数も合っているね」
メイコがチート級の記憶力を引き出して裏付けた。
「……となると、やはり。PA(音響・照明制御ブース)の方に照準を合わせるわよ」
モニカの指示で、マリアがPAブース周辺のカメラ映像をモニターに並べる。
「PAのスタッフはすり替わっていないわね……。あっ、少し後ろの、あそこの2人組」
モニカが、周囲の熱狂から少し浮いている、腕組みをした怪しい男たちを見つけた。
「今、胸元を拡大するわ」
マリアが映像を極限までズームアップする。
「……ビンゴ。ネックレスに『HOL』って書いてない?」
メイコが、男の首元で鈍く光るシンボルマークを指差した。
「間違いないわね。あいつらが首謀者よ」
モニカは即座に、アリーナのPA付近で待機しているスレイたちへ通信を繋いだ。
「……スレイ、ターゲットを捕捉したわ。PAブースのすぐ後ろ、腕組みをしている2人組よ」
『……わかった。動揺を確認次第、即座に捕獲する』
人混みに紛れたスレイから、低く冷徹な応答が返ってくる。
『はーい! さっさとバチバチッてして、早くシルビアのライブ見る~!』
インカムの奥で、リルがスタンガンを握りしめて楽しそうに意気込んでいた。
マルチメディア室でモニターを見つめるマリアの唇に、不敵な悪女の笑みが浮かんだ。
「……連中は、自分たちの作戦(ディスクのすり替え)が成功したと思い込み、大トリの転換中、悠々とビジョンを見上げるはず。……でも、実際に流れるのは、私たちが再びすり替えておいたシルビアの『美しいプロモーションビデオ』よ。連中が『あれ?』と間抜けな顔を晒した瞬間、捕獲よ」
完璧な作戦である。
誰も傷つかず、テロ(洗脳)を未然に防ぎ、かつ首謀者を確実に炙り出して仕留める。
これこそが、裏の掃除屋(PCU)の真骨頂である。
『——さあ、お待たせいたしました! サルーンソニック、いよいよメインステージのラストを飾る、世界最高の歌姫の登場です!!』
地響きのような大歓声が、会場全体を大きく揺るがした。
数万人が一斉にペンライトやサイリウムを振り上げ、フェスの熱狂はついに最高潮へと達する。
メインステージの両脇にそびえ立つ、巨大なLEDビジョン。
そこに、何十万人という観客の視線が、そしてPA付近でほくそ笑むカルトの黒幕と、彼らを狩ろうとするスレイたちの視線が、一点に集中する。
カチッ。
システムが切り替わり、巨大なビジョンに映像が投影された。
「…………え?」
マルチメディア室のモニターを見上げていたマリアの全身から、スッと血の気が引いた。
頭のてっぺんから爪先まで、一瞬にして氷水をぶっかけられたような、絶望的な悪寒が駆け巡る。
「……ちょっと待って。何よこれ!」
モニカが、優雅な立ち姿を崩してモニターにすがりつく。
「あははははっ! 何これ~っ! ちょ~うける~!」
ギャル大生のメイコが、腹を抱えて大爆笑し始めた。
メインステージの巨大ビジョン。
そこに映し出されたのは、美しい世界的歌姫の姿でも、狂信的な宗教の洗脳映像でもなかった。
うっそうと茂る森の中。不気味なBGMと共に現れたのは、血みどろのナタを持った『ホッケーマスクの大男』。
そして、ガス欠で立ち往生している若者たちの車に、男がゆっくりと忍び寄っていく……という、見事なまでの『B級スプラッター映画』のオープニング映像だったのだ。
「「なんで……なんで『14日の土曜日』が流れてるのよォォォォッ!?」」
マリアとモニカの、鼓膜を破らんばかりの絶叫が響き渡った。
天才の脳細胞がフル回転し、今朝の記憶を逆再生する。
自分が完璧にチェックを終えて、ローテーブルに置いた『14』と書かれたマスターディスク。
そして、「お部屋をピカピカにするぞー!」と鼻歌を歌いながらリビングを掃除していた、金髪の少女リル。
(……あの小動物!!)
マリアはすべてを理解した。
リルがダビングしていた、B級映画のディスク。そのレーベル面にも、確かに油性ペンでデカデカと『14』と書かれていた。そして彼女は、「ディスクを出しっぱなしにしちゃダメ」と、それを空のケースにポイッと無造作に片付けたのだ。
「……闇鍋みたいに、二つの『14』のディスクを一緒に片付けたわね……ッ!!」
マリアは完全な己の確認不足と、リルの無自覚なトラップに気づき、その場で膝から崩れ落ちそうになった。
「早く映像を止め――」
「ダメよ! 今さら映像をブツ切りにしてディスクを入れ替えたりしたら、それこそ『放送事故』になって観客がパニックを起こすわ。……このまま、最後まで流し切るしかない」
モニカが青ざめた顔で首を振り、最悪の判断を下す。
マリアは頭を抱えながら、絶望的な気分でビジョンを見上げた。
(終わった。シルビアのステージも、このフェスも……)
しかし。
彼女の予想(観客の困惑や大ブーイング)に反して、会場の空気は奇妙な方向へと熱を帯び始めていた。
真夏の過酷な太陽の下、40度近い猛暑と疲労で、三十万人の観衆の脳はすでに「フェス特有のトランス状態(バグ)」に陥っていたのだ。
巨大ビジョンの中。
ホッケーマスクの男が「いざ若者たちを血祭りにあげよう!」とナタを振り上げた、まさにその瞬間。
『——プァァァーン! ブゥゥゥーン!』
気の抜けた効果音と共に、さっそうと黄色のランプを回した『JAF(日本自動車連盟)』のレッカー車が森に到着したのである。
『いやー、山道でガス欠は危ないですよ。さあ、安全運転で帰りましょう!』
手際よく若者たちの車にガソリンを給油し、爽やかに若者たちを見送るJAFの隊員。
そして、獲物を完全に横取りされ、森の木陰からその平和な光景を見つめたまま、ホッケーマスクの男がナタを取り落とし……肩を震わせて「ウッ、ウワァァァァン!!」と号泣し始めたのだ。
その瞬間。
フェス会場を埋め尽くす三十万人の群衆から、地鳴りのような大爆笑が巻き起こった。
『ギャハハハハハッ!! なんだこれ!!』
『JAFつえぇぇぇ!!』
『おい、殺人鬼泣いてるぞ! 可哀想だろ!!(爆笑)』
誰もが、これを「大トリのシルビアが仕掛けた、斬新すぎるお笑い演出(前座)」だと勘違いしたのだ。
男が号泣するシーンでは、数十万人が一体となって「あぁ〜あ……(笑)」という、同情と笑いの入り混じった巨大な溜息を会場に響かせた。
(……う、嘘でしょ。……ウケてる……)
マリアは呆然としながら、大爆笑に包まれる会場の光景をモニターで見つめていた。
サブリミナル洗脳でもなく、恐怖のテロ予告でもなく、ただただ平和で間抜けなD級コメディ。
結果として、猛暑でイライラしていた観客たちの緊張は一気に解け、会場のボルテージは「最高の温まり方」をしてしまったのである。
『——THE END』
画面にチープな文字が浮かび上がり、映像が終了する。
と、同時に。
会場の空気を一変させる、重厚で神々しいイントロが鳴り響いた。
ステージの中央から、まばゆいスポットライトと共に、銀色のトランペットドレスの衣装を纏った銀髪の歌姫——シルビアが、堂々たる足取りでせり上がってきたのだ。
『待たせたわね、幕張ィィィッ!! さっきのホッケーマスクの涙、私がしっかり拭いてあげるわよ!!』
「「「ウオォォォォォォォォォッ!!!」」」
シルビアは、自分の美しいプロモーションビデオが「謎のJAF映画?」にすり替わっていたことなど微塵も気にする様子もなく(あるいは世界トップのプロとして瞬時に機転を利かせ)、見事なMCで観客の心を完璧に鷲掴みにした。
そのままライブは本番へと突入し、何事もなかったかのように、いや、普段以上の異常な熱狂の渦へとフェス会場を引きずり込んでいった。
「……はぁっ。……よかった、何とかなったわ……」
マリアは壁に手をつき、極度の緊張から解放されて深く息を吐き出した。
ハッカーとしてのプライドはズタズタだが、少なくとも、テロも洗脳も(そして放送事故による暴動も)防ぐことはできたのだ。
その時、彼女のインカムに、短く低い声が響いた。
『……マリア。こちらスレイ』
「スレイ! そっちはどうなったの!?」
通信の向こうからは、大音量の音楽に混じって、男たちの情けない呻き声が聞こえてくる。
『……ああ。映像が切り替わった瞬間、「HOLの教義が流れない! JAFってなんだ!!」と叫んでパニックになった男たちを、予定通り捕獲した。……任務完了だ』
『あははっ! おじさんたち、JAF見て腰抜かしてたよー!』
スレイの無機質な報告の裏で、リルが無邪気に笑う声がする。
「……ふふっ、ご苦労様」
マリアは、インカム越しに微笑みながら、そしてドス黒いオーラを放って冷酷に付け加えた。
「……帰ったら、あの『着』とか『14』って書いたディスク、全部へし折ってやるんだから……」
巨大フェスの裏側で起きた、天才ハッカーの一世一代のケアレスミス。
しかしそれは結果的に、狂信者たちの陰謀を「JAF」と「ジェイソ〇」と共に打ち砕き、伝説のライブを生み出す最高のスパイスとなったのだった。
熱狂の底が抜けたような、伝説的な盛り上がりを見せた『サルーンソニック』最終日。
すべての日程が終了し、祭りの余韻が漂う関係者エリアの奥深く。
大トリを飾ったシルビアのVIP控室で、マリアは深く、深く頭を下げていた。
(結局、リルとメイコはちゃっかりVIP席で最後までライブを楽しんだようだ)
「……シルビアさん。本当に、何と言ってお詫びすればいいか。プロモーション映像の件、完全に私の管理ミスです。神聖なステージの前に、あんな……あんな下品で間抜けな映像を流してしまって……!」
天才ハッカーとしての完璧なプライドは完全にへし折れ、マリアとモニカは消え入りそうな声で謝罪した。
背後では、スレイが無表情のまま佇み、事の元凶であるリルが「JAFの人、かっこよかったねー!」と無邪気に笑っている。
しかし。
ソファに深く腰掛けていた銀髪の歌姫は、怒るどころか、肩を震わせてプルプルと痙攣していた。
「……ふっ、くくっ……あはははははっ!!」
「え……?」
マリアが恐る恐る顔を上げると、シルビアはお腹を抱え、涙を流しながら大爆笑していたのだ。
「もう、最高だったわ!カルトの洗脳映像をすり替えるだけじゃなく、あんなアホみたいな映画のディスクをフェイクに使うなんて! 敵も『あれっ!?』って絶対パニックになったでしょ!? 私、出番前にステージ裏のモニター見て、笑い死ぬかと思ったわよ!!」
「あ、いや……あれはフェイクというか、その……」
モニカが口ごもる。マリアは『単なる整理整頓のミスと、闇鍋状態の結果です』とは口が裂けても言えず、冷や汗を流して言葉を濁した。
「JAFが来た瞬間の、あのホッケーマスクの涙! あそこで三十万人が謎の一体感で爆笑したおかげで、私のライブの客席の『温まり方』、過去最高だったわよ! ……もしかして、ああいうD級のくだらない映画って、ライブの演出として案外ウケるのかしら? 次のワールドツアーのオープニング、Z級サメ映画にしようかしら……」
世界的なトップアーティストが、真剣な顔でとんでもない演出プランを練り始めてしまった。
「……そ、それはやめておいた方が無難かと」
モニカが諭すように声を絞り出す。
マリアは、引きつった愛想笑いを浮かべるのが精一杯だった。
深夜。フェス会場から新居のタワーマンション(アジト)へと帰る、黒塗りのワンボックスカーの車内。
「あはははっ! シルビアお姉ちゃん、すっごく喜んでくれたね! 大成功じゃん!」
後部座席でリルが上機嫌に足をバタバタさせている。メイコも爆笑している。
運転席では、HOLの狂信者たちを無傷で「捕獲(物理)」してきたスレイが、静かにハンドルを握っていた。
そして、助手席のマリアはといえば。
「………………」
完全に燃え尽き、口を半開きにして天井を見つめていた。
その口からは、魂の抜け殻とも言える半透明のエクトプラズム(霊体)が、スーッと夜の空気中へと漏れ出している。
「あ、マリアの口からなんか白いフワフワしたのが出てるー! 待て待てー!」
リルがエクトプラズムを両手でパチンと捕まえようと遊んでいるが、マリアはピクリとも動かない。
天才のプライド、プレッシャー、猛暑、そして「JAFと号泣する殺人鬼」に救われたという絶対的な屈辱。
すべての疲労が、彼女の精神HPをマイナスまで振り切らせていたのだ。
【敏腕天才ハッカー・マリア(38歳)】
裏社会で名を馳せる冷徹な天才。
――本日の記録:任務史上最大の大失敗(※結果的には大成功?)。
現在、絶賛魂が家出中。
「……マリア。息をしていないぞ。死んだか」
スレイが赤信号で車を停め、無表情のままマリアの生存確認をした。
「……死んでないわよ。ただ、自分の38年の人生の歩み方を、根本から見直しているだけよ……」
エクトプラズムを出しながら、マリアはうわ言のように呟き続けた。
これにて巨大フェスでの警備任務、お掃除完了です!
何十万人が一体となる、まさかの大トリのライブ演出(?)。
すべてが終わった後、エクトプラズムを出して完全に燃え尽きたマリアには、ゆっくり休んでほしいところですね。
皆様も、マリアの最大の不覚をどうか温かい目で見守ってあげてください。
【お知らせと次回予告】
『境界線PCU~多様性ワールドへようこそ~6月は毎日20時更新』
6月は毎日20時に最新話を公開していきます。明日の20時もぜひお待ちしております!
▼イラスト・設定資料について▼
劇中の挿絵や、キャラクターの詳細な設定資料をPixivにて公開しています。
【Pixiv】https://www.pixiv.net/users/124951524
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