新事件スタート!
今回PCU(裏の掃除屋)が挑むのは、数字のプロが遺した謎に挑む「冷たい番号編」です。
前回の巨大フェスでの“伝説の放送事故”が、巡り巡ってとんでもない奇跡を呼び起こしたお祝いパーティから物語は始まります。
ですが、そんな華やかな夜を引き裂くように、国家の暗部から緊急の招集がかかり――。
境界線012-冷たい番号編(前編)
「サルーンソニック」の熱狂と、伝説の放送事故から数日後。
新居のタワーマンションのリビングでは、マリアがソファに深く沈み込み、焦点の合わない死んだ魚のような瞳で天井のLEDライトを見つめていた。
「イェーイ! シルビアお姉ちゃんの曲、すっごくノリノリだね!」
そんな魂の抜けたマリアの横で、すべての元凶である金髪の少女・リルは、テレビの大画面でシルビアのライブ映像を流しながら、ケラケラと笑ってダンスを踊っている。
「ばいや~! シルビアマジ凄かった~! また来日するように総理にお願いしないとっしょ!」
ギャル大生のメイコも、ペンライトを振り回してフェスの余韻を全力で楽しんでいた。
『ピロリンッ』
その時、マリアの個人用暗号化端末に、一通のメッセージが着信した。
「……ん? この高度な暗号化ルート……依頼主から?」
マリアが気怠げにパスワードを打ち込んでメッセージを開くと、そこには予想外の送信者の名前が記されていた。
『送信者:シルビア』
「シルビアじゃないの!」
隣で優雅にコーヒーを飲んでいた凄腕プロファイラーのモニカが声を上げる。
その言葉に、踊っていたリルとメイコがピタッと止まった。
「シルビアお姉ちゃん!? なになにっ、また護衛の依頼?」
「えっ、今度はアタシも最前列で見たいー!」
リルとメイコが興味津々でモニターを覗き込む。
マリアはメッセージの本文を目で追い、パチクリと瞬きをした。
「……違うわ。これは……『招待状』のようね」
「招待状?」
「ええ。明日の夜、都内の超高級ホテルを貸し切って行われる、サルーンソニックの大成功を祝う『シークレット・お祝いパーティ』。PCUメンバーも、どうしてもVIPゲストとして出席してほしいって」
――翌日の夜。
都内の一等地にそびえ立つ、超高級ホテルの最上階メインバンケット。
「わぁぁっ……! すっごいキラキラ! シャンデリアがおっきいよ!!」
リルは目を輝かせながら、磨き上げられた大理石の床をピョンピョンと跳ねた。
「ばいや~! お父さんの付き添いで行くようなお堅い場所と全然違う~!」
物騒な装備を完全に外し、淡いピンク色のフリルが可愛らしいパーティドレスに身を包んでいるリルと、華やかなギャルドレスを着こなすメイコ。リルの右頬の火傷痕も、今日は少し誇らしげに見えた。
「……はしゃぎすぎないの。私たちはあくまでVIPゲスト兼、護衛なんだから」
マリアがため息をつきながらリルを窘める。
しかし、シックなイブニングドレスに身を包んだマリアとモニカの圧倒的な美貌は、会場にいる本物のセレブたちすらも思わず振り返り、息を呑むほどであった。
そして、その美しい女性陣の背後には。
「…………」
特注サイズの黒のタキシードを完璧に着こなした、巨大な死神・スレイが静かに立っていた。
その岩のような巨躯と無表情な顔つきは、まるで王族に仕える伝説のボディガードのようであり、彼から放たれる微かな「死線」の匂いが、周囲の有象無象を自然と遠ざけている。
「いらっしゃい、マリア、モニカ、リルちゃん、メイコちゃん! そして色男さん。今日は来てくれて本当に嬉しいわ!」
三人が案内された最前列のVIPテーブル。そこには、主役であるシルビアが待っていた。
深青のマーメイドドレスに身を包んだ彼女は、35歳という大人の色香と圧倒的なオーラを放ちながら、気さくな笑顔で同じ円卓についた。
「フェスは大成功だったわ。本当にありがとう。あ、そうそう! 実はね、あなたたちに真っ先に報告したい『重大発表』があるの!」
シルビアが、カクテルグラスを置いて嬉しそうに身を乗り出す。
「重大発表……ですか?」
モニカが首を傾げる。
「ええ! 実はね、昨日のあの『JAFと号泣するホッケーマスク』の映像……。あれがSNSで世界中に大拡散されて、ものすごいバズり方をしたのよ!」
その言葉に、マリアの肩がビクッと跳ねた。
「そ、そうなんですか……(胃が痛い)」
「それでね! なんとハリウッドの超有名プロデューサーから直接オファーが来て……私、大作ホラー映画の『主演』に大抜擢されちゃったの!!」
「…………は?」
マリアの思考が、一瞬完全にフリーズした。
「すごい! アホな殺人鬼をJAFと一緒に撃退する役!?」
メイコが身を乗り出して尋ねる。
「ふふっ、内容はまだ秘密だけどね。でも、あの『謎の放送事故』がなければ、絶対にホラー映画の話なんて来なかったわ! 本当に、あの斬新なディスクをセットしてくれたスタッフ(天才)に感謝しなきゃ!」
「えへへー! シルビアお姉ちゃん、よかったね! 実はあのディスク……」
「——リル!!」
得意げに胸を張って『私が闇鍋にしました!』と無邪気に自白しようとしたリルの口を、マリアが音速のスピードで塞いだ。
「ふぐっ!? ま、まりあ……っ!?」
「あんたは黙ってなさい! これ以上、私の精神(ハッカーとしての尊厳)を抉らないで……!」
マリアは完璧な引き攣り笑顔を維持したまま、テーブルの下でリルのほっぺたをギリギリとつねり上げた。
放送事故という名の大惨事が、まさかの世界的歌姫のキャリアをさらに押し上げる奇跡のスパイスになっていたとは。世の中、何が起きるか本当に分からない。
「……あはは、マリアたちって本当に仲がいいのね」
シルビアが、そのドタバタ劇を見てクスッと笑った。天才ハッカーの威厳は完全に地に落ちていたが、パーティの夜は華やかに、そして和やかに更けていくのであった。
『ピリリリリッ』
しかし、そんな華やかなパーティの余韻は、マリアの端末から鳴り響いた無機質なコール音によって唐突に終わりを告げた。
「……ん? この回線は……」
マリアが訝しげに画面を見て通信に出る。
『……すまないが、至急、「首相感貞」の地下へ来てくれないか』
通信の主は、メイコの父親でもある大物議員Aだった。
しかし、その声にはいつものオタクじみたふざけた響きは一切なく、ひどく冷たく、張り詰めた「政治家」としての重い響きがあった。
「……パパ? どうしたの?」
傍らで聞いていたメイコが、父親の異変を察知して表情を引き締める。
ただ事ではない。スレイは無言のまま、手に持っていたグラスをテーブルに置き、タキシードの襟を正した。
「……シルビアさん、申し訳ありません。どうやら『お仕事』のようです」
モニカが優雅に一礼し、裏の掃除屋たちは華やかなパーティ会場から、再びドス黒い陰謀が渦巻く闇の中へと踵を返すのであった。
――数十分後。首相感貞・特別地下室。
円卓を囲むスレイたち裏の掃除屋の前に立っていたのは、日本の最高権力者である環萌美内閣総理大臣、大物議員A、そして表の警察組織のトップである警視庁・『山田相姦(やまだそうかん)』であった。
「……単刀直入に言う。本日、都内の河川敷で打ち捨てられた『死体』が発見された」
鋭い眼光を持つ山田相姦が、円卓の巨大モニターに一枚の凄惨な現場写真を映し出す。ブルーシートの傍らに横たわっているのは、スーツ姿の中年男性だ。
「表の警察の捜査では、状況証拠から『通常の自殺』として処理される見通しだ。遺書めいたメモもあり、争った形跡もない。現場の状況だけを見れば、自殺としか言えないからだ」
「……だが、山田相姦。あなたはそうは思っていないのね?」
天才ハッカーのマリアが、手元のタブレットを開きながら鋭く問い返す。
「ああ。優秀な警視庁相姦としての私の勘が、これは何者かによって『消された(完璧な偽装殺人である)』と告げている」
山田相姦の言葉を引き継ぐように、凄腕プロファイラーのモニカが被害者の経歴データを読み上げた。
「……被害者の職業は『会計士』ね。複数の大企業や団体の監査を受け持っている、極めて優秀なエリートだわ」
「会計士か」
スレイがサングラスの奥で目を細め、煙をくゆらせる。
「ええ。職業柄、企業の不正な帳簿……つまり、政治家への『賄賂』や、裏組織の『マネーロンダリング』などの怪しいカネの流れに、最も気づきやすいポジションにいる人間よ。口封じのために消されたと考えるのが妥当ね」
「その通りだ」
大物議員Aが重々しく頷き、腕を組んだ。
「私が違和感に気づいたのも、そこだ。……この被害者の会計士とは、私も少し面識があってね。彼は非常に正義感が強く、自ら命を絶つような軟弱な人物ではおおよそない。必ず裏があると思い、萌美総理に相談したのだ」
「なるほど」
スレイが静かに状況を整理する。
「マリア、被害者の足取りは追えるか?」
「ええ、スマートフォンのGPS履歴を確認してみるわ。……。死亡推定時刻の直前に、被害者のGPSの電波が『三鷹駅』の周辺でプッツリとストップしているわ。そこから死体発見現場である神田川までの足取りは完全に空白よ」
三鷹駅で消えたGPS。
そして、不正なカネの流れを知りすぎた会計士の不自然な自殺。
円卓のメインコンソールに映し出された東京の地図を見つめながら、マリアがハッキングによって得た被害者の足取りをなぞっていく。
「三鷹駅で途絶えたGPS。そして、最終的に死体が打ち捨てられていた(あるいは自殺に見せかけて入水させられた)神田川……。距離はあるけれど、川の流れや水脈を考えれば、死体の遺棄経路としては決しておかしくはないわね」
その地図を渋い顔で睨みつけながら、大物議員Aが低く重い声で口を開いた。
「……彼はなかなかの切れ者でね。正義感だけでなく、数字を追う能力も極めて高かった。おそらく、その優秀な頭脳を何らかの悪い組織に目をつけられ、利用された(使われた)と思われる」
「なるほど」
スレイが漆黒のコートの懐で腕を組み、低くしゃがれた声で呟く。
「彼がその組織の仕事の中で、一体『何を見てしまったのか』、あるいは『知ってしまったのか』。そこを解明しないことには、事件の全貌は掴めないな」
「被害者が担当した監査先の企業を、片っ端から洗ってみてはどうだ?」
スレイが提案するが、情報屋のモニカが即座に首を振った。
「ダメよ。相手は警察の目を欺いて完璧な偽装自殺を作り上げるようなプロの組織。監査資料や帳簿の表面上は完璧に処理されていて、おそらくそんな分かりやすい尻尾は出さないはずだわ」
「そうね。……でも、一つだけ『おかしい』というか、極めて不自然な点があるの」
マリアがタブレットの画面を切り替え、被害者個人の金融データをモニターに大写しにした。
「死亡した当日の『クレジットカードの使用履歴』は全くないわ。逃亡用の切符を買った形跡も、どこかで食事をした形跡もない。……でも、三鷹駅でGPSの電波が途絶える直前、彼は自分のスマートフォンから、自身の家族宛てに4回も口座振込を行っているのよ」
「家族に振り込み?」
ギャル大生のメイコが、長いネイルでモニターの数字を指差して目を丸くする。
「ばいやー。なんでまたそんな死ぬ直前のタイミングで? しかもこれ、金額がすっごく中途半端っしょ」
モニターに羅列された、四回の振込履歴。
そこには、一般的な送金とは到底思えない、奇妙な端数の数字が並んでいた。
1回目:【 3571円 】
2回目:【 13968円 】
3回目:【 1014円 】
4回目:【 9852円 】
「……なにこれ。生活費とかじゃないよね?」
リルも不思議そうに首を傾げる。
「こんな少額を、わざわざ4回に分けて振り込むなんて……振込手数料の無駄だし、絶対におかしいよ」
その奇妙な数字の羅列を見つめていたスレイの脳裏に、暗殺者としての冷たい直感が走った。
「……手数料など気にする状況ではなかったということだ」
スレイがサングラスの奥で鋭い眼光を放ち、モニターの数字を睨みつける。
「これは、ただの送金じゃない。数字を扱うプロである会計士が、残された家族と……そして、この不自然さに気づくであろう俺たちのような存在に向けて遺した、『ダイイングメッセージ』だ」
「ダイイングメッセージ……!」
マリアとモニカが息を呑む。
「ああ。彼は三鷹駅で追っ手に追い詰められ……自分がここで殺されると、完全に分かっていたのだ」
静まり返る地下室。
モニターの中で青白く光る「四つの少額振込」の数字だけが、死者の最後の叫びのように、無言で何かを訴えかけていた。
冷たい番号が意味するものとは、果たして何なのか。
裏の掃除屋たちは、被害者が命と引き換えに残したその不可解な暗号の解読へと乗り出すのであった。
前編、お読みいただきありがとうございました。
華やかなパーティから一転、不気味な偽装自殺事件のプロファイリングへ。
不正なカネの流れを知りすぎた優秀な会計士。
彼が死の直前、追っ手に追い詰められながら家族の口座へと遺した「四つの奇妙な少額振込」。
明日の中編では、この冷たい数字の羅列に隠された“ダイイングメッセージ”の解読に挑みます。
明日の更新もどうぞお楽しみに!
【お知らせと次回予告】
『境界線PCU~多様性ワールドへようこそ~6月は毎日20時更新』
6月は毎日20時に最新話を公開していきます。明日の20時もぜひお待ちしております!
▼イラスト・設定資料について▼
劇中の挿絵や、キャラクターの詳細な設定資料をPixivにて公開しています。
【Pixiv】https://www.pixiv.net/users/124951524
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