第12話「信仰宗教団体HOL編」がスタートします。
前回のフェスで捕らえた不審な男たちの背後に潜んでいた、カルト教団『HOL』。
浴衣姿で平和な夜を満喫していたPCUの面々でしたが、国家のトップから下された依頼は、これまでで最もおぞましく、吐き気を催すような「漆黒の闇」でした。
境界線013-信仰宗教団体HOL編(前編)
季節は8月下旬。
まだまだ厳しい残暑が続く、夏の夜。
都内の神社で開催されている大規模な夏祭りの境内に、色鮮やかな浴衣に身を包んだ裏の掃除屋(PCU)たちの姿があった。
「わーいっ! みんなでこうやってお祭りに行くの、ずっと夢だったんだ!」
リルが、可愛らしい朝顔柄の浴衣の袖を揺らしながら、提灯の明かりの下をピョンピョンと跳ね回る。
「あははっ! リルたその浴衣、マジかわいい~! ばいや~っしょ!」
メイコも、少し着崩した派手な牡丹柄の浴衣に身を包み、見事に着こなして笑い声を上げた。
「はいはい。二人とも、はしゃぎすぎて転ばないように、ゆっくり歩きなさいね」
マリアが、艶やかな紫色の浴衣姿で母親のように優しく窘める。
「フェスにプライベートビーチ、そして今日のお祭り。……まさに『夏』って感じで、とてもいいわね」
モニカも、涼しげな白地の浴衣を着こなし、大人の色香を漂わせながら微笑んだ。
そして、その美しい女性陣の背後には。
珍しく漆黒のコートを脱ぎ捨て、渋い濃紺の浴衣(着流し)に身を包んだスレイが無言で付き従っていた。
見た目は完璧な「極道の若頭」か「凄腕の用心棒」だが、その分厚い浴衣の下には、当然のようにハンドガン、予備弾倉、そして鋭利なサバイバルナイフといった物騒な武装が完璧に仕込まれている。
「あーっ! やきそば! たこやきもある!」
「リルたそ、あっちに鈴カステラとリンゴ飴も売ってるっしょ! あとチョコバナナと、かき氷も絶対食べたい!」
「うんっ! 全部食べよー!」
屋台が立ち並ぶ参道を歩きながら、リルとメイコは目につく食べ物を次々と買い込み、幸せそうに頬張っていく。
「うふふ。いいわね、こういうのも」
「そうね。平和ならではの景色よ。大きな仕事が入る前に、今のうちにたっぷり英気を養っておきましょう」
マリアとモニカも、リンゴ飴を齧る少女たちを微笑ましく見守った。
そして、お祭りの定番である『射的』の屋台の前。
『――パァンッ!! パァンッ!!』
「おおおぉぉ……っ!!(ドン引き)」
屋台の親父が、口を半開きにして震え上がっていた。
スレイが構えたチープなコルク銃は、まるでプロのスナイパーライフルのような一切のブレのない恐るべき精度(チート)を発揮し、棚に並んだ豪華景品を文字通り『百発百中』で全てかっさらっていたのである。
「わぁーっ! 流石スレイ! かっこいいー!」
「全部命中とか、マジでチートすぎっしょ! 業者泣かせじゃん!」
両手いっぱいに巨大なぬいぐるみや最新ゲーム機を抱え、リルとメイコが大歓声を上げる。
平和で、騒がしくて、心安らぐ夏の夜。
しかし、そんな穏やかなお祭りも終わりかけていた頃、マリアの暗号化端末に唐突に冷たい着信音が鳴り響いた。
「……総理からよ。至急、『首相感貞(しゅしょうかんてい)』に集合とのことだわ」
「あら。どうやら、英気を養う時間はここまでみたいね」
裏の掃除屋たちは、手に入れた射的の景品をアジトの車に放り込むと、浴衣姿のまま、日本の最高権力者が待つ地下室へと向かうのであった。
――数十分後。首相感貞・特別地下室。
「おお、メイコ! お祭りは楽しんだかい?」
円卓の奥で待っていた大物議員Aが、愛娘の浴衣姿を見るなりデレデレの顔になって駆け寄ってきた。
「うん! たくさん色々なもの食べたし、射的もやって、ちょー楽しかったっしょ!」
「そうかそうか、それはよかった!」
そんな平和な親子の会話を、環萌美内閣総理大臣が扇子をピシャリと閉じる音で冷酷に遮った。
「……お祭り気分のところ申し訳ないけれど。さっそく仕事の話に入らせてもらうわ。……例の『HOL』という宗教についてよ」
「えっ? HOL?」
リルが首を傾げる。
「あの、サルーンソニックのフェスで捕まえた悪い人たちだよね? ただの胡散臭い、怪しいカルト宗教じゃないの?」
リルの純粋な疑問に対し、円卓に同席していた表の警察トップ・山田相姦が、ひどく重い声で口を開いた。
「我々も最初はそう思っていた。だが、どうやら事態はもっと深く、吐き気を催すほどに黒い」
山田相姦は、フェス会場で捕らえた二人の男への尋問結果と、そこから得られた『強烈な違和感』について語り始めた。
「男たちは、激しい尋問に対しても『すべてはHOLの教義のため』と狂信者のように繰り返すだけで、本拠地の場所などは一切吐かない。HOL自体も、普段は各地の小さな貸し教会や集会所で細々と活動している形跡があるだけで、組織の巨大な実態が全く掴めない状態だ。……しかし、私は彼らの『メディカルチェック(身体検査)の結果』に、重大な矛盾を見つけた」
山田相姦が、円卓のモニターに二人の男のカルテを映し出す。
「末端の信者である彼らは、ギャンブルなどで多額の借金を抱えた『極度の貧困層』だ。それにも関わらず……2人の腹部には、極めて高度な最新医療による『腎臓摘出』の手術痕があった。さらに血液からは、闇ルートでしか手に入らない『超高価な最新の免疫抑制剤』が検出されたのだ」
その報告を聞いた瞬間、マリアとモニカの表情から一気に血の気が引いた。
「……つまり。HOLの実態は、宗教なんかじゃない」
マリアが、震える声でその答えを口にする。
「ええ。……借金で首が回らない者や、身寄りのない孤独な人間を言葉巧みに洗脳し、生きた臓器のドナー(商品)として管理・飼育している……『臓器売買シンジケート』ね」
モニカが、冷たい怒りを込めてその組織の真の姿を暴き出した。
フェスでのサブリミナル洗脳も、単なる信者獲得などではなく、新鮮な臓器の仕入れを目的とした「大規模な人間狩り」の罠だったのだ。
「……その通りよ」
環萌美総理が、冷酷でドSな本性を剥き出しにし、氷のように冷たい声で告げた。
「表向きは『宗教法人』という厄介な隠れ蓑を被っているため、明確な証拠がない限り、表の警察は迂闊に手出しできない。……だからこそ、あなたたち裏の掃除屋(PCU)の出番よ」
総理の冷ややかな視線が、浴衣姿のスレイたちを捉える。
「表の法で裁けないのなら、裏のルールで消し去るまで。……この吐き気を催すクソ宗教を、根こそぎ潰してちょうだい」
スレイは無表情のまま、「……了解した。ただの掃除だ」と短く依頼を受諾する。
――新宿。極秘アジト。
政府からの重い依頼を受け、アジトに戻ったPCUのメンバーたちは、ただちにHOLの暗部へと切り込むための作戦会議を開始した。
メインモニターの前で、マリアとモニカが、山田相姦から極秘に受け取った信者たちの所持品(スマートフォンや薬の空き瓶など)のデータ解析を進める。
問題は、どこから攻めるかだった。
「……ダメね」
マリアが苛立たしげにキーボードを叩く。
「信者のスマホは、NordVPN(ノーログの強力な仮想プライベートネットワーク)を経由していて、GPSは当然オフ。通話の発信先はすべて使い捨てのプリペイド式携帯だわ。ここから本拠地の位置を逆探知するのは不可能よ」
「……表向きの『HOL』の看板を出している、各地の小さな教会や集会所を一つずつ潰していく?」
モニカがプロファイラーとして盤面を見つめるが、すぐに首を振った。
「いや、それでは末端の信者を捕まえるだけのトカゲの尻尾切りに遭うだけよ。私たちが欲しいのは、信者を管理・洗脳し、臓器を取り出している『中枢』に繋がる決定的な糸口だわ」
難航する解析と推理。
重苦しい空気がアジトに漂う中、タブレットで信者の所持品リストを眺めていたリルが、純粋な疑問符を浮かべて首を傾げた。
「ねぇねぇ。この悪い人たち……お腹から臓器を『取られた』んだよね? でも、持ってたこの『めんえき……抑制剤』って、新しい臓器を『もらった人』が飲むお薬じゃないの? 臓器を取られた人が持ってるのって、なんかおかしくない?」
「…………あっ」
リルのその素朴な一言に、ギャル大生のメイコがポンッと手を打った。
「確かにおかし~ね! そういう拒絶反応を抑える薬って、移植を受けたお金持ち側が持っているはずっしょ。なんで取られた側の人間がそんな薬を飲んでるの?」
「……その通りよ、リル」
モニカの表情が、一気に険しさを増した。
「臓器を提供した側(ドナー)に、免疫抑制剤は不要よ。これは移植を受けた富裕層が、他人の臓器に対する拒絶反応を抑えるために一生飲み続けなければならない薬。……貧困層の末端信者が、こんな超高価な薬を個人的に持っているはずがないわ」
「しかし山田相姦の検査では、彼らの血液検査で明確に『超高価な最新の免疫抑制剤』の成分が検出されているわ」
マリアがカルテのデータを睨みつける。
「臓器を取られちゃった人が飲んでも、意味ないよね……?」
リルが不思議そうに呟く。
その瞬間、チート級の記憶力と知識量を持つメイコの脳裏に、ある最悪のシナリオが閃いた。
「うわ~……。なんとなく私、わかっちゃった。……エグー」
メイコが、腕をさすってゾッとしたように身を縮める。
「……ええ。推測だけど、メイコの考えていることが正解よ」
モニカが冷酷な真実を口にする。
「つまり彼らは、ただ臓器を取られただけの被害者(ドナー)じゃない。新鮮な臓器を富裕層の元へと運ぶ……『生きた運び屋』ってことね」
「えっ? 運び屋?」
リルが目を丸くする。
「そう。臓器移植において、安全な保存可能時間は臓器ごとに違うの」
メイコが、かつて読んだ医療知識を淀みなく引き出す。
「心臓で約4時間、肝臓で約15〜20時間、腎臓で約48〜72時間……。氷や保存液に入れて運んでも、あっという間にタイムリミットが来ちゃうんだよ」
「……つまり、『人間冷蔵庫』みたいなもの?」
「冷蔵庫とはちょっと違うけど……要は、健康な信者の体に、適合する他人の臓器を『一時的に移植(寄生)』させておくのよ」
モニカが、おぞましいHOLの手口をプロファイリングする。
「生きた人間の体内で血流を回していれば、臓器は死なないし、新鮮なまま機能し続ける。……そして、富裕層のクライアントに届けるまでの間、拒絶反応で臓器がダメにならないように、この運び屋の信者に『免疫抑制剤』を飲ませて管理しているのよ」
「だから、末端の信者の血液検査で、あんな高価な薬の陽性反応が出るんだね……!」
リルが信じられないといった顔で息を呑む。
「こんな非人道的なこと、よく思いつくよね……。マジでばいやー」
メイコが顔をしかめて吐き捨てる。
生きた人間を、新鮮な臓器の『保存容器』として扱う。
HOLの狂気は、臓器売買という言葉の範疇をとうに超えた、吐き気を催すほどの悪意に満ちていた。
「……彼らの体内に一時保管されている臓器が『誰のもの』なのか、DNAを調べれば、HOLの臓器の仕入れルートが掴めるかもしれないわ!」
マリアが打開策を見出し、急いで山田相姦へとデータの照会をかける。
「あれ?」
ふと、リルが周囲を見渡した。
「……スレイがいない」
――同時刻。極秘アジトの地下。
分厚い防爆扉に守られた武器庫。
冷暖房が完備され、ガンオイルと微かな研ぎ汁の匂いが混ざり合うその無機質な空間で、スレイは一人、サバイバルナイフの刃を砥石に滑らせていた。
シャッ……シャッ……と。
静寂な部屋に、鋼を削る冷酷な摩擦音だけが等間隔に響く。
その無機質な音の反復は、スレイの意識を、遠く深く、血と絶望に塗れた『過去』へと引きずり込んでいった。
――孤児院『愛の家』。
それは、表向きは身寄りのない子供たちを保護し、神の教えと共に大切に育てるという、慈愛に満ちた善良な施設だった。
しかし、その実態は、裏社会の富裕層に向けた『児童売買』と『臓器売買』の巨大な温床(ファーム)である。
幼い頃に高値で買われていくのは、見目麗しい「商品(子供)」たち。
そして、売れ残り、あるいは買い手がつく前に成長してしまった者たちは、20歳を迎える手前で地下の冷たい手術台に乗せられ、新鮮な『臓器』として解体され、裏ルートで消費されていく。
スレイは、その地獄の底で生まれ育った。
記憶にもない昔。彼は、親に捨てられ、その孤児院へと拾われた。
(……ルビー)
スレイの分厚い手が、無意識にライフルの銃身を強く、ギリッと音が鳴るほど握りしめる。
姉であるルビーの顔を、スレイは思い出すことができない。
彼が物心つくかつかない頃、彼女はその類い稀なる美しい容姿を見込まれ、どこかの富裕層へと『極上の商品』として早々に売られていったからだ。
売られていった先で、彼女がどんな目に遭い、今も生きているのかすら、スレイには知る由もなかった。
スレイの中に残っているのは、ただ一つ。
自分が泣き叫ぶたびに、小さな手で頭を撫でてくれた、微かな温もりと、赤い宝石のような『ルビー』という名前だけだった。
武器庫で一人、過去の亡霊と向き合っていたスレイを呼び戻し、裏の掃除屋たちは再びメインモニターの前に集結した。
「……なるほど。生きた運び屋か。吐き気を催す手口だな」
マリアたちから導き出された推論を聞き、スレイがサングラスの奥で静かに殺意を燃やす。
「でも、その『免疫……抑制剤』? が、一番の糸口になりそうじゃない?」
リルが、薬の空き瓶の画像を指差す。
「うん、高級品だし、一般的な流通じゃ絶対手に入らないよね」
メイコも同意して頷く。
「その通りよ。これは厳格に管理された処方薬。闇ルートで横流しするにしても、これだけの数の信者に継続して薬を供給し続けるなら、必ず『巨大な正規の流通ルート』のどこかに歪みが生じるはずよ」
モニカがプロファイラーとして、敵のアキレス腱を的確に見抜く。
「……任せて。薬の流れ(カネと物の動き)を追うのは、私の得意分野よ」
マリアが不敵に笑い、環萌美総理から与えられた『特権ID』をキーボードに打ち込む。
通常であれば絶対にアクセス不可能な、厚生労働省の極秘データベース。さらには、大手製薬会社の「医薬品卸売ネットワーク」の深部まで、天才ハッカーは音もなく潜り込んでいく。
信者から検出された免疫抑制剤と同じ成分の薬が、国内でどのように流通しているか。マリアは膨大なビッグデータの中から、不自然な流れ(異常値)だけを瞬時に抽出していく。
数分後。
「……見つけたわ」
マリアの唇に、勝利を確信する悪女の笑みが浮かんだ。
「流石マリア! 早いっしょ!」
「どこにあったの?」
身を乗り出すリルとメイコに、マリアはモニターに映し出された流通グラフを指し示して解説を始めた。
「この薬、全体の98%は、大学病院や正規の総合病院に正しく卸されているわ。……でも、残りの2%。一見すると誤差のようなこの数字だけど、錠数に換算すると異常なほどの大量の薬が、毎月定期的に『あるひとつの民間企業』に納入され続けているの。名目は、新薬の臨床試験(治験)データ収集のためよ」
「……なるほど。治験コンサルタント会社を装って合法的に大量の薬を仕入れ、それを信者たちに小分けにして配給しているのね」
モニカが、データから敵のシステムを完璧に読み解く。
「免疫抑制剤の配給を止められれば、運び屋である信者の体内の臓器は拒絶反応を起こして腐り、信者自身も死に至る。薬によって生殺与奪の権を完全に握り、恐怖と教義で支配しているんだわ。……そこが連中の『兵站(ロジスティクス)』であり、ドナーと顧客をマッチングさせるデータ管理拠点よ」
「決まりだな」
スレイが、漆黒のコートの懐で腕を組む。
「その管理拠点には、HOLの信者名簿や、臓器を買い叩いている富裕層の顧客データが必ずあるはずだ」
マリアがエンターキーをターンッ!と叩き、モニターにその企業の詳細な住所と外観写真を映し出す。
「住所は、港区の最新鋭のオフィスビルよ」
モニターに表示されたのは、表向きは宗教の気配など一切ない、ガラス張りの綺麗な外資系医療コンサル企業だった。
とても、地下で臓器売買のネットワークを回しているとは思えないほど、クリーンで洗練された表の顔。
「……さぁ、お仕事の時間よ。この綺麗なビルの化けの皮を、文字通り引き剥がしてやりましょう」
「ええ。ドナーにされている信者たちがこれ以上『消費』される前に、連中の兵站を完全に叩き潰すわよ」
裏の掃除屋たちは、港区にそびえ立つ白亜のビルへと向けて、静かに牙を剥くのであった。
前編、お読みいただきありがとうございました。
ほのぼのとした夏祭りから一転、明らかになったカルト教団『HOL』の非人道的な真の姿……。
敵のアキレス腱である「医療物資の流通ルート」を辿り、マリアたちが突き止めたのは港区にそびえる綺麗なオフィスビルでした。
明日の中編では、萌美総理の非情な号令と共に、PCUがいよいよ敵の拠点へと牙を剥きます。明日の更新もどうぞお楽しみに!
【お知らせと次回予告】
『境界線PCU~多様性ワールドへようこそ~6月は毎日20時更新』
6月は毎日20時に最新話を公開していきます。明日の20時もぜひお待ちしております!
▼イラスト・設定資料について▼
劇中の挿絵や、キャラクターの詳細な設定資料をPixivにて公開しています。
【Pixiv】https://www.pixiv.net/users/124951524
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