信仰宗教団体HOL編、いよいよ後編です!
無人島の地下深く、悪魔の手術施設へと突入したPCUの面々。
決定的な証拠を手に入れるため最深部の金庫室へと迫りますが、そこでデジタル空間では無敵を誇るマリアを絶望させる「あるモノ」が発見されます。
鉄扉の奥に広がっていたのは、紛れもなく「地獄の解体処理場」だった。
殺風景なコンクリートの部屋の中央には、手術台が無機質に置かれ、周囲には医療薬品やメス、点滴のスタンドなどが散乱している。
「……うわぁ。やっぱり、ここで闇手術は行われていたんだね」
メイコが、その生々しい光景を見て顔をしかめる。
「スレイとリルは、入り口の見張りをお願い。敵の増援が来るかもしれないわ。メイコは、この部屋の配置や薬品のラベル、メモの類など、視界に入るすべてをあなたのチート記憶で頭の中に刻み込んでちょうだい」
マリアが即座に役割を割り振る。
「了解っしょ!」
「私は、デスク周りの書類やカルテをチェックするわ。……ええ、持ち出せるものは全部回収よ」
モニカがプロファイラーの手際で、必要そうな書類を片っ端からカバンに詰め込んでいく。
「……マリア、モニカ。奥に部屋があるな」
入り口を警戒していたスレイが、低い声で奥の扉を顎でしゃくった。
「行くわよ」
奥の部屋に進んでみると、そこは手術室とはうって変わり、デスクやパソコンが置かれた『事務所』のようになっていた。
そして、その部屋の奥に。
壁に埋め込まれるようにして、巨大で堅牢な『最新式の電子金庫』が鎮座していた。
「……こいつね」
マリアの瞳が、ハッカーとしての獲物を前にギラリと輝いた。
「この堅牢なセキュリティ。この中に、HOLの真の顧客リストか、教祖の正体を示す決定的なデータが隠されているはずよ」
マリアはすぐさま愛用のハッキングデバイスを金庫の基盤に接続し、キーボードを猛烈な勢いで叩き始めた。
『解析率:98%……99%……100%!!』
「……開いたわ!!」
マリアが歓喜の声を上げた。
ピーッ、という電子音と共に、分厚い金庫のロックが外れ、重い鋼鉄の扉がゆっくりと手前に開いていく。
「さあ、見せてもらいましょうか。連中の資金ルートか、教祖の正体か……!」
マリアとモニカが期待に胸を膨らませて、巨大な金庫の中を覗き込んだ。
しかし。
金庫の中に鎮座していたのは、札束でも、ハードディスクでも、決定的な証拠のファイルでもなかった。
そこにあったのは。
「…………は?」
マリアの口から、間の抜けた声が漏れた。
巨大な最新式電子金庫の、そのど真ん中。
そこにポツンと置かれていたのは『A4サイズほどの、さらに分厚くて重そうな、超アナログの小型金庫』だったのだ。
「……な、なにこれ。マトリョーシカ……?」
メイコが呆気にとられて呟く。
マリアのタイピングで熱を持っていた指先が、ピタリと止まった。
「マリア! 金庫の中にまた金庫が入ってるよ!」
リルが純粋な驚きの声を上げる。
「しかもこれ、完全にアナログの物理キーとダイヤル錠ね。……マリアのハッキングじゃ、ここではもう無理よ。これは持ち帰りましょう」
モニカが冷静に判断を下し、そのA4金庫を引っ張り出した。
「……チッ。撤収よ。朝のフェリーの始発便まで、森の中で身を潜めるわ」
マリアが忌々しそうに舌打ちをする。
「待て。その前に、一つだけやっておくことがある」
スレイが、手術室の方へとゆっくりと歩き出した。
そして、壁際の棚に並べられていた、不気味な液体に満たされた『ガラス瓶』の前で立ち止まる。
それは、摘出されたばかりの、あるいは移植を待つ誰のものともわからない『臓器』たちだった。
「……死者の無念を、これ以上もてあそばせるわけにはいかない」
ガシャンッ!!
スレイは無表情のまま、サバイバルナイフの柄で、棚に並んでいた臓器の瓶を『すべて』粉々に破壊した。
床に散らばるホルマリンと、醜く転がる臓器。これで、彼らがすぐに闇手術を再開することは物理的に不可能になった。
「行くぞ」
三人は回収した書類の束とA4金庫をリュックに詰め込み、侵入したハッチから音もなく地上へと脱出した。
――深夜の森。
「……ちょっと、なんなのよこの金庫!!」
茂みの中で身を隠しながら、マリアが声を殺してブチ切れていた。
彼女の膝の上には、先ほど持ち出したA4サイズの小型金庫が置かれている。
しかし、その金庫には電子キーパッドも、USBの差し込み口も存在しなかった。あるのは、複雑怪奇な複数のダイヤルと、見たこともないような特殊な形状のアナログ鍵穴だけ。
「私の最新鋭のハッキングツールが、1ミリも役に立たないじゃない!! なんでこんな時代に、完全な『超アナログのからくり箱』みたいな金庫を使ってるのよ!!」
デジタル空間では無敵を誇る天才ハッカーも、物理的なピッキング技術やダイヤル錠の解読となると、勝手が違う。
「マリア、わたしのC4爆弾でドカーンって開けちゃおっか?」
リルがリュックから粘土状の爆薬を取り出して無邪気に提案する。
「バカ言わないで。こんな小さな金庫を爆破したら、中身の書類やデータごと木っ端微塵に吹き飛んで終わりよ。……くそっ、アジトに持ち帰って、物理的に時間をかけて解体(ピッキング)するしかないわね」
マリアは徒労感でいっぱいになりながら、重いアナログ金庫をリュックの底に押し込んだ。
――そして。
長い夜が明け、朝日が静かに東京湾の海面を照らし始める。
観光客の姿を装い、始発のフェリーで無事に無人島を脱出した裏の掃除屋たちは、奪い取った『マトリョーシカ金庫』の解読という新たな難題を抱え、新宿のアジトへと帰還するのであった。
――そして、夜が明け、朝日が東京湾を照らし始める。
午前9時。猿島に、本土からの始発のフェリーが到着した。
ドヤドヤと降りてくる釣り客や、朝からBBQを楽しむ若者たちの集団。
その喧騒に紛れ込むようにして、鬱蒼とした森の奥から『大荷物を抱えた仲良し家族(?)』が、ひどく疲れた顔で港へと姿を現した。
「あーあ、パパが火を起こすの失敗するから、昨日は全然お肉焼けなかったねー」
リルがわざとらしく、周囲の観光客に聞こえるような声で「無邪気な娘」の演技をする。
「……すまん」
巨大なクーラーボックス(中身は重火器と謎のアナログ金庫)を肩に担いだスレイが、無表情のまま完璧な「不器用な父親」の返事をした。
「……もう、早くフェリーに乗るわよ。お母さん、潮風で髪がベタベタして最悪……」
マリア(38歳)は、結局「母親」という設定を受け入れるしかなく、完全に死んだ魚のような目でタラップを登っていった。
「あはは、お隣さんちのパパ、ドンマイっしょ」
メイコとモニカも、その寸劇に便乗してフェリーへと乗り込む。
本土の三笠公園へと戻るフェリーの甲板。
遠ざかる猿島の緑を眺めながら、マリアは海風に吹かれて深いため息をついた。
「……またしても、黒幕の尻尾には追いつけなかったわね」
「あぁ。だが、確実に連中の中枢には近づいている。……焦る必要はない」
スレイが静かに答える。
「……そうね。まあ、手ぶらで帰るわけじゃないし」
マリアは足元のリュック(アナログ金庫と大量の書類入り)を軽く蹴り、そして、隣で海を眺めていたリルに向かって、ふっと笑みを浮かべた。
「……仕方ないわね。徹夜で疲れたし、東京に戻る前に、少し寄り道していくわよ」
「寄り道?」
リルが小首を傾げる。
「ええ。すぐそこの三浦漁港で……最高級の『三崎マグロ』を、お腹いっぱい食べてから帰りましょうか」
その言葉を聞いた瞬間。
リルの瞳に、夜の森で見せた以上のキラキラとした星が輝いた。
「やったぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! マグロ! マグロ! トロと赤身と、ネギトロ丼!! スレイ、マリア、大好きー!!」
リルは甲板の上でバンザイをして跳ね回り、スレイの巨躯に思いきり抱きついた。
「……フッ。食べ過ぎて、帰りの車で吐くんじゃないわよ」
マリアも、ハッキングの徒労感と黒幕を取り逃がした悔しさを、この時ばかりは海風に流して微笑んだ。スレイもまた、無邪気にはしゃぐリルを見下ろし、口元を微かに緩めている。
血塗られた過去と、臓器売買シンジケートの底知れない闇。
しかし、そんな過酷な死線を潜り抜けた翌朝に食べる「三崎マグロ」の味は、間違いなく彼らの日常を繋ぎ止める、極上のスパイスとなるはずだ。
三人の暗殺者たちを乗せたフェリーは、朝の光に包まれた横須賀の港へと、ゆっくりと滑り込んでいった。
――数時間後。
美味しい三崎マグロでお腹を限界まで満たし、三浦半島から新宿のタワーマンション(アジト)へと帰還したPCUメンバーたち。
さっそく、通信回線を開いて環萌美総理へと事後報告を行う。
『……そう。猿島の地下施設は制圧したのね。よくやったわ』
画面越しの総理が優雅に頷く。
「はい! あと、帰りに食べた三崎マグロも、すっごくおいしかったです!」
リルが元気いっぱいに報告すると、総理は毒気を抜かれたように「ふふっ、それは重畳ね」と笑い声を立てた。
しかし、肝心の戦利品を前にして、アジトのリビングには重苦しい空気が漂っていた。
「…………ダメだわ。完全に私の専門外(お手上げ)よ」
マリアは電動ドリルやピッキングツールを床に放り投げ、乱れた金髪を掻き毟った。
テーブルの上に鎮座する『A4サイズの超アナログ金庫』は、彼女の数時間に及ぶ物理的なハッキング(破壊工作)をことごとく跳ね返し、無傷のまま冷たい金属の光沢を放っている。
「電子制御なら数秒で突破できるのに……こんな、歯車とスプリングだけで構成された時代遅れのからくり箱、どうやって開けろっていうのよ!」
マリアがギリギリと歯ぎしりをする。
「これはもう、裏社会で『アナログの鍵開け』を専門にしてる闇業者(スペシャリスト)を探すしかないわね」
モニカがため息をつきながら金庫のダイヤルを撫でる。
「そうね。でも、ただの業者じゃ、この中身(国家レベルの犯罪証拠)を見られたらマズいし、口封じも面倒だわ」
「……となると、表の警察の裏部隊……山田相姦のところで飼っている、昔気質のベテラン(鍵師)を使うしかなさそうね」
マリアが降参のポーズを取りながら、忌々しきアナログ金庫を睨みつけた。
最新鋭のデジタルを嘲笑うかのような、旧時代のからくり箱。
この重い鉄の塊の中に、HOLの真の闇へと至る最後のピースが眠っている。
――数時間後。首相感貞・特別地下室。
猿島から持ち帰った「マトリョーシカ金庫(A4サイズのアナログ金庫)」を円卓の上にドサリと置き、マリアはこれまでの経緯を報告した。
「……というわけで、私のハッキング技術ではどうにもならなかったわ」
マリアが悔しそうに肩をすくめる。
その重厚なからくり箱を興味深そうに撫でながら、大物議員Aが頷いた。
「これは、表の警察の裏部隊……山田相姦のところで飼っている、古い職人(鍵師)に任せるとしよう。彼なら、この手の旧時代の代物はお手の物のはずだ」
「ええ。猿島には既に山田相姦の部隊を派遣して、完全な制圧と証拠の回収を進めさせているわ。……これで、あの気味の悪い連中による新しい手術はもう行えないでしょう」
環萌美内閣総理大臣が、優雅に紅茶を口に運びながら冷徹に告げる。
「金庫の形状から推測するに、中身はハードディスクなどではなく『紙の書類』じゃないでしょうか」
凄腕プロファイラーのモニカが、金庫の厚みと重さを推し量って言う。
「そうね。しかも、わざわざ最新鋭のデジタル金庫の中に、物理鍵のアナログ金庫を隠す徹底ぶりよ。よほどデータ化を嫌ったのね」
「いかにも『絶対に見られたくない大事なものが入っています!』って感じだよね~」
マリアの言葉に、メイコが同意する。
「この前の港区の会社になかった『名簿』かなぁ?」
リルが首を傾げると、萌美総理は艶やかな笑みを浮かべた。
「おそらく、臓器を買っていたVIPの『顧客リスト(名簿)』の類でしょうね。……山田の職人がこじ開けるまで、数日はかかるでしょう。金庫が開いたら連絡するわ。それまで、これで美味しいものでも食べてなさい」
そう言って、総理はスッと一枚のカードを円卓の上に滑らせた。
漆黒の券面に、鈍く光るプラチナの印字。限度額が存在しない、本物の『ブラックカード』である。
「わーい! やった~!」
「流石総理! マジでクールビューティっしょ!!」
リルとメイコが手を取り合って大歓声を上げる。
「あら、気前がいいのね。遠慮なく使わせてもらうわ」
マリアがブラックカードを素早く懐に収め、裏の掃除屋たちは一時的な「休暇」をもらって街へと繰り出した。
――数時間後。都内の繁華街。
『ジュゥゥゥゥッ……!』
鉄板の上で、豚肉とキャベツの焼ける香ばしい匂いと、ソースの焦げる絶品の香りが弾けている。
「……しかし、なんで『お好み焼き』なのよ」
モニカが、目の前で踊る鰹節を見つめながら呆れたように言った。
「そうよ。せっかく総理のブラックカードがあるんだから、ミシュラン三ツ星のフレンチとか、高級な回らないお寿司とかに行けたじゃない」
マリアも、コテを片手に苦笑いする。
「えへへー。高いお料理もいいけど、やっぱりみんなでこうやって鉄板を囲んで食べるのが、一番美味しいんだよ!」
リルが、マヨネーズをたっぷりかけたお好み焼きをハフハフと頬張りながら満面の笑みを浮かべる。
「そうそう! 何を飲むか(食べるか)じゃなくて、『誰と飲むか』で味は決まるって言うじゃん~!」
メイコも、器用にコテを使って豚玉を切り分けながらウインクをした。
その言葉に、マリアとモニカは顔を見合わせ、ふっと表情を和らげた。
「……まぁ、一理あるわね。確かに、かしこまったフレンチよりは私たちに合ってるかも」
「それに、食事を安く済ませた分、そのままブランド街にショッピングにいけるしね」
「そうね。総理の金(どうせ反社会勢力から巻き上げた裏金)だし、好きなものを遠慮なく買いましょう」
マリアとモニカも完全に開き直り、スレイも含めた五人で、鉄板を囲んで賑やかな夕食を堪能した。
その後は、ブラックカードの威力を存分に発揮し、高級ブティックで大量の服やバッグを買い漁るという、最高のリフレッシュタイムを過ごした。
――そして、夜。
両手いっぱいの紙袋を抱えて新宿のタワーマンション(アジト)に戻り、それぞれがシャワーを浴びてくつろいでいた時。
『ピリリリリッ』
マリアの暗号化端末に、一本の電話が鳴り響いた。
「……はい、マリアよ。……えっ? シルビアさん? どうしたのよ、こんな夜に」
電話の主は、先日フェスで共に大立ち回りを演じた世界的歌姫、シルビアであった。
『……ごめんなさいね、夜分遅くに急で。実は、またあなたたちに護衛任務をお願いしたくて』
「護衛? あなたの日本での東名阪ツアーは、この前のフェスで終わったはずじゃない」
マリアが不思議そうに尋ねると、電話の向こうのシルビアは少しだけ声を潜めた。
『ええ。でも実は、スケジュールには載せていないアンコール公演……「横浜アリーナ」でのシークレットライブが残っているのよ。……それでね、最近、私のところにちょっと不気味な「ストーカー」めいた手紙が届いていて。念のため、PCUのメンバーに横にいてほしいのよ』
「……ストーカー、ね。なるほど。今のところ数日間はスケジュールも空いているし、引き受けるわ」
マリアは即座に頷き、手元のメモ帳にペンを走らせて通話を切った。
「シルビアから? 珍しいわね」
ワイングラスを傾けていたモニカが尋ねる。
「ええ。横浜アリーナでのシークレットライブの護衛よ。ストーカーから手紙が来ているらしいわ」
「あら、仕事の合間の任務としてはちょうどいいんじゃない? 相手は世界トップの歌姫だし、報酬も凄そうね」
モニカがプロファイラーの目を休め、ビジネスライクに微笑む。
「すごーい! またシルビアお姉ちゃんのライブ見れるの!?」
「やった~! サルーンソニック以来じゃん! 絶対盛り上がるっしょ!」
話を聞きつけたリルとメイコが、またしても大喜びで飛び跳ねた。
「お前たち、一応『護衛』だからな……」
ソファで銃の手入れをしていたスレイが、低い声で釘を刺す。
「……というわけで、この忌々しいからくり箱は、裏社会のアナログ鍵開け専門の闇業者(ジジイ)に丸投げしているはずだからね」
マリアが、山田相姦に預けたA4金庫を思い出しながら肩をすくめる。
「数日中にはこじ開けてくるだろうから、その『合間のサイドミッション』と思えばいいわ」
カルト教団の底知れない闇(冷たい番号)の解明は、一時的にお預け。
裏の掃除屋たちは、世界的歌姫の命を狙う不気味なストーカーの影を払うべく、次なる舞台である横浜アリーナへと向かうのであった。
東名阪ツアーの大成功からわずか数日。
あまりの反響の大きさに、急遽決定した『横浜アリーナ・アンコール公演』。
数万人を熱狂の渦に巻き込んだ世界的歌姫のステージは、ストーカーからの不気味な手紙という懸念事項があったものの、PCUメンバーの完璧な護衛のもと、一切のトラブルもなく無事に幕を下ろした。
「やっぱ~凄かったね~! ノリノリで踊ってたらもう汗だくだよ~!」
「カリスマもオーラもマジ凄かった~! あれだけ動けば絶対ダイエットになりそうっしょ!」
ライブ終わりの控室で、リルとメイコが興奮冷めやらぬ様子でキャッキャとはしゃいでいた。
――そして、その翌日。
都内の完全会員制の隠れ家レストラン、最奥のVIPルームにて。
シルビアのツアー大成功と、無事に護衛任務を終えたことを祝う、ささやかな祝賀会が開かれていた。
PCUメンバーも特別ゲストとして招待され、豪華な円卓を囲んでいる。そこには、裏社会の血生臭い任務や、カルト教団の吐き気を催すような闇の影を一切感じさせない、ただただ平和で他愛のない歓談の時間が流れていた。
最初は「世界的な歌姫」という肩書きに少しばかり畏まっていたPCUメンバーだったが、シルビアの裏表のない気さくな人柄のおかげで、すぐに自然と打ち解けていた。
「そういえばスレイって、いつも何食べてるの? やっぱりお肉とか、プロテインの塊?」
シルビアが高級なシャンパンを傾けながら、特注サイズのスーツを着こなす巨漢の暗殺者に興味深そうに尋ねた。
すると、最強の死神は真面目な顔で、低くしゃがれた声で答えた。
「……いや。俺は、うどんが好きだ」
「うどん?」
「あぁ。コシのある太麺がいい。……それと、甘いものなら『たけのこ』派だ」
スレイが、あの日本国民を二分する有名なチョコレート菓子の派閥を堂々と宣言した瞬間。
「……えっ?」
シルビアの目の色が、スッと変わった。
「……嘘でしょ、スレイ。あんなにクッキー部分がボロボロこぼれる、たけのこが好きだなんて。……私は絶対に『きのこ』派よ。あのチョコレートとクラッカーの絶妙な分離感こそが至高じゃない」
「……いや、クッキー生地とチョコレートの一体感こそが完成された兵器(フォルム)だ。きのこは分離しやすすぎる。実戦向きではない」
「あら、分離して別々に味わえるのが大人の余裕というものよ?」
最強の暗殺者と世界的歌姫による、絶対に分かり合えない血みどろの『きのこたけのこ戦争』が勃発した。
「ちょっと、……そんな小学生みたいなことで真剣に睨み合わないでよ……」
モニカが頭を痛めたようにこめかみを押さえる。
「あっ、小学生といえばね、シルビアお姉ちゃん!」
リルが元気よく手を挙げ、無邪気に会話にカットインした。
「わたし、教団の秘密を探るためにこの前『大図書館』に潜入したんだけどね! 中が広すぎて迷子になっちゃって……気づいたら『迷子センター』のお姉さんに保護されて、ジュースもらって泣いてたの!」
「……そうよ。こっちはUSBの解析で血尿が出そうなほど画面を睨みつけてたっていうのに、いきなり大図書館の職員から『保護者の方ですか?』って電話がかかってきて……わざわざ新宿から車飛ばして迎えに行ったのよ……」
マリアが当時の絶望を思い出し、ゲッソリとした顔でワインを呷る。
「ふふっ、あははははっ!! なによそれ! 暗殺者チームの天才ハッカーが、迷子の保護者呼び出し!?」
シルビアはお腹を抱え、涙を流して大爆笑した。
「もうっ、笑い事じゃないわよ! そもそも、あんたみたいな目立つ銀髪の世界的スターが、こんな個室で気さくに『きのこ派』とか熱く語ってること自体がおかしいのよ。もっとこう、セレブらしく振る舞いなさいよ」
マリアが呆れ顔でツッコミを入れると、シルビアは目尻の涙を拭いながら、ふと懐かしそうな顔をした。
「銀髪……か。実はこれ、デビューの時に事務所の意向で染めただけで、私の地毛じゃないのよ」
「えっ、そうなの?」
メイコが驚いて身を乗り出す。
「だから、たまに地毛の赤』に戻したくなる時もあるのよね」
シルビアが自分の銀色の髪を指先で弄りながら、微笑みグラスを高々と掲げた。
「……さあ、今日はとことん飲むわよ! スレイ、次はたけのこがいかに邪道か、朝まで語り明かしてあげるわ!」
「……望むところだ。完全に論破してやる」
美味しい食事と、くだらなくて愛おしい会話。
それは、死と隣り合わせの彼らにとって、良い意味で何もない、奇跡のように平和で温かい時間だった。
――数時間後。深夜。
「あー、楽しかった! お肉おいしかったねー!」
新宿のタワーマンションへと帰還したPCUメンバーたち。リルは満面の笑みで靴を脱ぎ捨て、リビングのふかふかなソファへとダイブした。(メイコはタクシーで自分の自宅へと帰っていった)
「……ふぅ。たまにはああいう息抜きも悪くないわね」
モニカがハイヒールを脱ぎ、疲れた足を休めながらふっと微笑む。
だが、その直後だった。
『ピピッ』
マリアの暗号化端末が、短く鋭い電子音を鳴らした。
画面を見た瞬間、マリアの顔から祝賀会の柔らかな空気が一瞬にして消え去り、冷徹なハッカーの顔つきへと切り替わる。
「マリア? どうしたの」
「……山田相姦からのメッセージよ」
マリアがモニターに端末を接続し、送られてきた一文をデカデカと映し出した。
そこには、こう記されていた。
『 DECRYPTION COMPLETE(暗号解析完了) 』
猿島の地下で回収した、マトリョーシカ金庫。
あの忌々しい『A4サイズのアナログからくり箱』が、ついに警察の裏職人の手によってこじ開けられたのだ。
平和な時間は終わった。
裏の掃除屋たちは、生きた臓器を売り捌くカルト教団の『真の闇』へと、再び足を踏み入れる。
これにて第12話、一旦の区切りとなります!
最悪の施設を物理的に叩き潰した後……まさかの「マトリョーシカ(アナログ)金庫」に発狂するマリア
明日からは新章として事件の続きになります!
【お知らせと次回予告】
『境界線PCU~多様性ワールドへようこそ~6月は毎日20時更新』
6月は毎日20時に最新話を公開していきます。明日の20時もぜひお待ちしております!
▼イラスト・設定資料について▼
劇中の挿絵や、キャラクターの詳細な設定資料をPixivにて公開しています。
【Pixiv】https://www.pixiv.net/users/124951524
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