本日から、PCU(裏の掃除屋)のルーツに迫る重要エピソード「孤児院愛の家編」がスタートします。
ついに解錠された、カルト教団『HOL』の秘密を握るアナログ金庫。
その中に隠されていたのは、かつてスレイとモニカが地獄を見たあの場所の記録でした。
PCUのメンバーを過去の亡霊が襲う、シリアスかつエモーショナルな物語の幕開けです。
境界線014-孤児院『愛の家』編(前編)
1. 色褪せた生徒名簿と、忌まわしき亡霊
――数日後。
張り詰めた緊張感の中、PCUのメンバーたちは再び首相感貞の特別地下室へと足を踏み入れた。
円卓の奥では、環萌美内閣総理大臣と大物議員Aが、すでに彼らを待っていた。
そのテーブルの中央には、山田相姦の裏部隊に所属するベテラン鍵師によって無事にこじ開けられた、あの『A4サイズのアナログ金庫』が置かれている。
「……ご苦労だったね。予想通り、中に入っていたのはUSBメモリでも、教団の資金ルートを記したハードディスクでもなかったよ」
大物議員Aが、腕を組んで重々しく口を開く。
「やはり『名簿』だったわ。……しかし、少し私の予想とは違ったけれどね」
萌美総理が、艶やかな声に微かな冷ややかさを混ぜて言った。
「やっぱり名簿だったんだ~! 悪い人たちのリストだね!」
リルが目を輝かせる。
「総理の予想とは少し違ったようじゃん? 顧客リストじゃないってこと?」
メイコが鋭く首を傾げた。
「ええ、見ての通りよ」
総理に促され、マリアたちが円卓を覗き込む。
分厚いアナログ金庫の中から取り出されていたのは、ひどく古臭く、カビと埃の匂いが染み付いた一冊の『ノート』だった。
黒い表紙にはただ一言、色褪せたインクでこう書かれている。
『 生徒名簿 』
「……生徒名簿???」
リルとメイコが、予想外すぎる単語に声を揃えた。
「なるほど、総理が『予想とは少し違う』と言った意味がわかったわ」
凄腕プロファイラーのモニカが、その異様なノートを見つめて目を細める。
マリアの表情は険しいままだった。
「……猿島の巨大な最新電子金庫の、さらに内側のアナログ金庫に、わざわざ厳重に保管されていたのが、こんなカビだらけのノート一冊……?」
スレイが無表情のまま進み出ると、革手袋越しにそっとそのページを捲った。
相当年季が入っており、湿気で紙が破れ落ちて、名前のほとんどが読めなくなっている部分も多い。ただ、辛うじて読み取れる箇所には、年齢や性別、そしてかつて京都の地下施設などで見たような『血液型』や、謎の『数値』だけが不気味に羅列されていた。
パラパラと捲り進め、一番最後のページに辿り着いた、その時。
「…………えっ」
覗き込んでいたモニカの顔から、一瞬にして血の気が引いた。
彼女が優雅に持っていたコーヒーカップを持つ手がガタガタと震え、危うくポロリと床に落としそうになる。
「モニカ?」
マリアが怪訝に思い、その視線の先――最終ページの隅に押された、色褪せたスタンプの文字を読み上げた。
『 House Of Love 』
「……ハウス・オブ・ラブ……。直訳すると……」
マリアが眉をひそめて呟いた瞬間。
「……『愛の家』」
モニカが、まるで幽鬼のような、掠れきった声でその名を紡いだ。
「えっ……愛の家って、スレイとモニカが育ったっていう、あの孤児院!?」
リルが驚きで目を丸くする。
「……間違いないわ。HOL……。教団の名前は、この施設の頭文字(H・O・L)だったのよ!」
マリアが弾かれたように顔を上げる。
「港区の株式会社HOLYは、正式なこっち(House Of Love)から取っていたのかな……マジでばいやー……」
メイコが口元を覆い、顔をしかめた。
マリアの脳内で、これまでのすべてのピースが完璧に、そして最悪の形で噛み合った。
表向きは慈愛に満ちた孤児院、しかし裏の顔は児童売買と臓器売買の温床だった『愛の家』。
猿島に存在した、人間をただの容器として解体し、臓器を売り捌く闇の医療施設。
新興宗教団体『HOL』の正体。
それは、かつてスレイとモニカが地獄を見たあの孤児院のシステムを、より高度に、より巨大に『組織化』させただけの、忌まわしき亡霊だったのだ。
重く冷たい沈黙が、首相感貞の地下室を完全に支配する。
「……しかし、中身をよく見てほしい」
大物議員Aが、沈痛な面持ちで静寂を破った。
「ええ。顧客名簿などの悪人リストではなさそうよ」
萌美総理の言葉を受け、スレイは無表情のまま、深くタバコの煙を吐き出した。
マリアがテーブルの上に広げた古びた『生徒名簿』のページを、ピンセットを使って一枚一枚、慎重に捲っていく。
「……ただの孤児院の名簿じゃないわ。備考欄に記された謎の数値とランク付け……。これは、子供たちを商品として管理するための、児童売買と臓器売買の『出荷リスト(カタログ)』だわ」
「その通り。この名簿は加害者ではなく、被害者側のリストよ」
総理が冷徹に告げる。
「そして、よく見てみなさい。……あなたたちの『知っている名前』があるはずよ」
カビと埃の匂いがする、凄惨な血の記録。
マリアの指が、半分ほど破れかけた中盤のページでピタリと止まった。
「……ッ」
横から覗き込んでいたモニカが、小さく息を呑む。
そのページの一角に、色褪せたインクで、確かにこう記されていたのだ。
『 モニカ・ベラトリスク 』
年齢、血液型、そして身体的な特徴のデータ。
そのすべてが、モニカ自身の過去のものと完全に一致していた。
「え~~~!!」
リルが悲鳴のような声を上げる。
「モニカはこんないい女で容姿端麗なのに、児童売買の対象にはならなかったの!?」
メイコが信じられないという顔で尋ねた。
「……私は、高学年(ある程度成長した年齢)になってからあの施設に入ったから。変な話だけれど、運よく『愛玩用の児童売買』の対象にはならなかったの」
モニカが、自身の忌まわしい過去を淡々と、しかし僅かに声を震わせて語る。
「その後は、私の頭の良さに目をつけた大人たちに『事務作業員』として使われたから……すぐに解体される臓器売買の対象にもならなかったのよ」
もし施設に入るのがもう少し早ければ。もし頭の回転が少しでも遅ければ。
自分もまた、このリストの他の子供たちと同じように消費され、この世から消え去っていた。
マリアは奥歯を強く噛み締めながら、さらにページを捲り進めた。
やがて、より古い記録が残る、ひどく掠れたページに。
彼らが最もよく知る名前が、冷たいインクで刻まれていた。
『 スレイ・ギンスバーク 』
カビの匂いがする生徒名簿。
スレイ・ギンスバークと記された項目には、年齢、血液型、そして極めて高い『生存能力(適合率)』を示す、異常な数値が羅列されていた。
間違いなく、最強の暗殺者へと育つ前の、幼き日のスレイの生々しい記録だった。
「やっぱり、スレイの名前もあったよ……!」
リルが名簿を指差す。そして、彼女の視線が、スレイの名前の『すぐ下の行』へと滑り落ちた。
「……ねえ。スレイのすぐ下に、同じ苗字の人がいるよ」
メイコの言葉に、一同の視線もそこへ釘付けになる。
スレイ・ギンスバーク。その真下に記されていた名前は。
『 ルビー・ギンスバーク 』
「……ルビー?」
リルが眉をひそめた、その時。
「……俺の、血の繋がった実の姉だ」
スレイが、静かな、しかしひどく重い声で告げた。
かつての地獄を封じ込めた名簿を、サングラスの奥の瞳で見下ろしている。
「スレイの……お姉ちゃん……?」
リルが目を丸くする。
「あぁ。幼い頃、俺と姉は一緒にあの『愛の家』に捨てられた」
スレイは無表情のまま、漆黒の瞳の奥に遠い過去の記憶を浮かべた。
「姉は……燃えるような赤い髪をした、ひどく美しい人だった。……俺のような臓器売買の部品や、暗殺者としての実験体じゃない。その類い稀な美しさゆえに、高値で取引される『児童売買(愛玩用)』の商品として……俺とは別のルートで、どこかの金持ちの元へ真っ先に売られていった」
「何それ……どいひ~……」
メイコが、あまりの救いのなさに顔をしかめる。
「……それで、生き別れたのね」
マリアが痛ましそうに目を伏せた。
「あぁ。俺が施設で大暴れして逃げ出した時には、もう姉の姿はどこにもなかった。……今、生きているかどうかも分からない」
スレイの低くかすれた言葉が、地下室に重く響き渡る。
「ちなみに、スレイが施設で大暴れしてくれたその隙に逃げ出した子供の中に、私もいるわ」
モニカが、自身の過去を重ね合わせるように補足した。
児童売買と、臓器売買。
かつて彼らからすべてを奪い、人生を引き裂いた悪夢の施設。
それが『HOL』として姿を変え、今もこの日本の裏側で蠢いているという絶望的な事実。
「……許せないわね」
マリアが名簿を閉じ、静かな、しかしマグマのような怒りを燃やして立ち上がった。
「絶対に、HOLの中枢を突き止めないとね!」
「ぶっ潰すしかないっしょ、そんなクソ組織!」
リルとメイコも、拳を握りしめて声を上げる。
「スレイのお姉さんの行方も、連中のデータバンクの最奥底にまだ残っているかもしれないわ」
モニカが、一筋の希望をプロファイリングする。
「……あぁ。頼む」
スレイもまた、静かに闘志を燃やしていた。
彼らは、忌まわしき教団との最終決戦に向けて、再び心を一つにしていた。
しかし、首相感貞の地下室には、息が詰まるような重く暗い空気が依然として沈殿していた。
モニカは過去の恐怖を思い出し、マリアは静かな怒りに唇を噛み、そしてスレイは、生き別れた赤い髪の姉の記憶に漆黒の瞳を深く沈ませている。
社会から見捨てられ、闇の中でしか生きられない彼らに突きつけられた、あまりにも残酷な因縁。
そんな、押し潰されそうな静寂を破ったのは。
「……ガタッ、ズルズルズル……」
パイプ椅子を引きずる、小さな音だった。
重い空気を一切気にしない足取りで、リルがスレイの目の前までその椅子を運び、よいしょっと座面の上に立ち上がったのだ。
「……リル?」
スレイが無表情のまま、少しだけ視線を上げる。
身長199センチを超える巨漢のスレイと、小柄なリル。椅子の上に立って、ようやく彼女の視線がスレイの顔と同じくらいの高さになった。
リルはそのまま、スレイの太い首に小さな両腕を回し、彼の分厚い胸板にギュッと抱きついた。
「……大丈夫だよ、スレイ」
リルの優しく、温かい声が、スレイの耳元に響く。
彼女の顔には、かつて親戚たちから忌み嫌われ、たらい回しにされる原因となった痛々しい傷の痕がある。
社会の『透明人間』としてゴミのように捨てられ、夜の公園で死にかけていたところを、他でもないスレイに拾われた過去。
リルは心の中で、自分を救ってくれた彼への純粋すぎる愛情を思い浮かべながら、今はただ、体温を伝えるように彼を強く抱きしめた。
「私も昔はね、こんな傷もあるし、誰にもいらないって言われて……早く死んじゃいたい、この世界から消えたいって、ずっと思ってた」
リルの小さな手が、スレイの広い背中をトントンと優しく叩く。
「でもね。スレイが見つけてくれて、マリアがいっぱい怒ってくれて、モニカが美味しいパンをくれて。メイコちゃんっていう、かけがえのない親友ができて……」
リルは、スレイの背中に頬をすり寄せた。
「私、スレイがいて、みんながいる今の世界が大好き。そして……とっても幸せだよ」
「……リル」
その言葉に、後ろで見ていたモニカがポロリと涙をこぼし、マリアもまた、ふっと憑き物が落ちたように優しく微笑んで、静かに頷いた。
凄惨な過去を持ち、血に塗れた裏社会を歩く凸凹な彼らだが、今ここにある絆だけは、何よりも本物だった。
「……」
スレイは抱きついてくるリルを剥がそうとはせず、ただ静かに、その温もりを受け止めていた。
鉄仮面でぶっきらぼう。
常に合理的で、感情を殺して任務を遂行する、冷徹な最強の死神。
そんな彼の、一切の光を宿さないはずの漆黒の瞳の奥に。
ほんの少し。
ほんの少しだけ、揺らめくような『涙』の膜が浮かんでいた。
「……あぁ。そうだな」
スレイの岩のような巨大な手が、リルの小さな背中をそっと、壊れ物を扱うように優しく包み込む。
そして、彼の中で、冷たく、しかしこれまでで最も巨大な殺意の炎が静かに燃え上がった。
(……HOL。いや、『愛の家』。俺たちからすべてを奪い、今も暗躍する外道ども)
スレイはリルの温もりを抱きしめながら、かつてないほどの鋭い声で、ただ一言、地獄への死刑宣告を放った。
「……必ず、潰す」
「……因縁とは、本当にあるものだな」
円卓の奥で、大物議員Aが深く重いため息をついた。
「ええ。あなたたちにとってはひどく辛い過去でしょうけど……この『愛の家』の完全な壊滅を、国からの正式な任務としてお願いするわ」
環萌美総理が、いつもの冷ややかなドSの仮面を外し、一人の為政者として真っ直ぐにスレイを見つめる。
「……勿論だ」
スレイは無表情のまま、漆黒の瞳に静かな殺意を湛えて頷いた。
「この名簿、経年劣化や湿気でインクが滲んで読めない箇所がまだ多数あるの。今、科学捜査研究所の連中を叩き起こして、最優先で復旧させているわ。……また明日、ここへ来て頂戴」
総理の言葉に、モニカが顎に手を当てて思考を巡らせる。
「そうね。これだけだと『誰が被害者(ドナー)だったか』はわかっても、彼らがどこへ送られ、誰の手に渡ったかという『次の行き先』が不明のままだわ」
「よく映画とかで見る、古いフィルムのデジタルリマスターね。……そこは表の専門家に任せるわ」
マリアがタブレットを閉じながら言う。
「臓器を買っていた富裕層の『悪人リスト』も、必ずどこかに隠されているはずだもんね!」
「港区のダミー会社、猿島の手術室ときて……次はどこなんだろう」
メイコとリルも、未だ見えぬ教団の真の心臓部へと思いを馳せた。
――数時間後。新宿のアジト。
首相感貞から帰還したPCUメンバーの間には、どうしても重苦しい空気が漂っていた。
無理もない。スレイとモニカの忌まわしい過去の扉が、最悪の形でこじ開けられたのだから。
そんな沈殿する空気を打ち破るように、マリアの端末に連絡が入った。
相手は、世界的歌姫のシルビア。なんと、またしても『護衛の依頼』である。
「……どうする? 復旧を待つ間、数日は暇になるけれど」
マリアが尋ねると、リルが元気よく手を挙げた。
「やろうよ! 待っている間に、みんなでお仕事しよ!」
「そうそう! 辛気臭い顔してるとモテないぞ~! スレイもモニカも、パーッと気分転換っしょ!」
メイコが、重い空気を吹き飛ばすように明るく笑う。
「……そうだな。メイコの言う通りだ」
スレイも、気遣ってくれる若い二人に向けて、ほんの少しだけ口角を上げた。
「でも、ライブのアンコール公演(横浜アリーナ)は終わったんじゃないの?」
モニカが不思議そうに首を傾げると、マリアがやれやれと肩をすくめた。
「今回はライブじゃないわ。例の、JAFと殺人鬼の映像がバズって出演が決まった『ホラー映画』よ。あれのプロモーションと、舞台挨拶の護衛みたい」
――翌日。都内の巨大シネコン。
ホラー映画のプロモーションイベントは、何事もなく滞りなく進んでいった。
舞台挨拶の裏側で、PCUメンバーたちは鋭いプロの目を光らせていたが、ストーカーらしき不審者の姿もなく、イベントは大盛況のうちに幕を閉じた。
――そして、夜。都内のVIPルーム。
「んん~っ! このお肉、ほっぺた落ちそう! ソースもすっごくおいしい!」
リルは高級料理のフルコースに完全に夢中になり、両頬をリスのように膨らませていた。
「……あぁ。美味いな」
スレイもまた、テーブルマナーを完璧にこなしながら、メインディッシュの横に添えられた濃厚なビーフシチューを口に運んだ。
そして、付け合わせのバゲットを千切り、シチューに浸しながら、極めて真剣な顔でポツリと呟いた。
「……俺は、シチューには『パン』派だ。……シチューに白米を合わせるなど、邪道にもほどがある。美学がない」
「そこ!? うどん派・たけのこ派に続いて、どんだけ庶民的な食のこだわり持ってんのよ!!」
マリアがたまらず、ワイングラスを片手に鋭いツッコミを入れる。
「あら、私はシチューにはパンもご飯も、両方いけるわよ?」
シルビアが上品に微笑んで言うと、スレイは感心したように深く頷いた。
「……ほう。両面待ちか。やるな」
「だから麻雀のテンパイみたいな言い方やめなさいよ!」
ひとしきりコントのような食のこだわり戦争が落ち着いた後。
「……まあいいわ。それよりシルビア、報告があるの」
マリアはワイングラスを置き、少しだけ声を潜めた。
「例の教団(HOL)の件だけど。奴らの本拠地と真の目的を、今特定中よ。……中身が分かり次第、また私たちは大きく動くことになるわ」
「ええっ! あのサブリミナル映像の教団って、ただの怪しいカルトじゃなかったの!?」
シルビアが目を丸くする。
「捜査的な詳細なことは言えないのですが……彼らには、もっと恐ろしい『別の目的』があったのよ」
モニカが言葉を濁しながらも、事の重大さを伝える。
「……そう。あなたたちも大変なのね。私も負けていられないわ」
シルビアが気を取り直すように、嬉しそうに両手を合わせた。
「実はね、今回出演した『エロム街の悪夢』の反響が世界中で凄くて、すでに私の主演で、次回作の映画が決定したのよ!」
(((エロム街の悪夢!!!)))
PCUの大人組は、その怒られるギリギリのアウトなタイトルに内心で大ツッコミを入れたが、リルとメイコは純粋に目を輝かせた。
「へえ、すごい! 今度はどんな映画なの?」
口の周りにデミグラスソースをつけたリルが身を乗り出す。
「やっぱり恋愛モノ? それともアクション?」
「ううん、今度は本格的なサイコスリラーよ。……猟奇殺人鬼と、若き女性捜査官の息詰まる心理戦。タイトルはね……『羊たちの沈没』よ」
「某超名作映画のアカデミー賞モノのパロディのくせに、なんでタイタニックとか日本沈没みたいなパニック映画の要素までごちゃ混ぜにしてんのよ!! 情報量が多すぎるわ!」
マリアが頭を抱えて叫ぶ。
「世界の歌姫、本当にそれでいいの……!?」
モニカも、プロファイラーとしての常識が崩壊して天を仰いだ。
「『エロム街の悪夢』に続いて『羊たちの沈没』でしょう? 最近、B級ホラー女優としての私が、本業とは別にカルト的な人気が出始めちゃって」
シルビアがどこか誇らしげに胸を張る。
「へ~~~! ごいごいす~! 完成したら絶対見てみたいっしょ!」
「試写会には絶対呼んで欲しい~!」
若者二人は、パロディの業など知る由もなく大はしゃぎだ。
「それでね、歌手と女優で、いっそ名義を分けようかと思っているのよ。この業界じゃ、仕事によって名前を使い分けるのはよくあることだし。シルビアは、あくまで世界の歌姫としての名前だから」
「なるほど。やっぱり芸名なんですね、シルビアって」
モニカが尋ねる。
「ええ。本名を文字っているだけなんだけどね。でも、PCUのメンバーも裏の掃除屋だし、当然みんな『偽名』なんでしょ?」
シルビアの問いに、マリアはニヤリと笑ってグラスを傾けた。
「……そこは、ご想像にお任せいたします」
スレイは無言のまま、シチューをパンで拭い取っている。
「じゃあ、女優業の時はどんな名前にするつもりなの? 全くの別名?」
リルが首を傾げる。
「シルバー、みたいなテーマ的なものにするのかな~」
メイコの予想に対し、シルビアはふふっと笑った。
「女優業の時は、本名をそのまま使おうかしらって、思っているのよ。……あぁ、そういえば、前に自伝は本名で出したわよ。あとでサイン入りの見本をみんなに渡すわね」
「本当!? やったー!」
血の匂いのしない、他愛もない空間と時間を、シルビアと共に心から楽しんだPCUメンバーたち。
――そして、深夜。
新宿のアジトへと戻り、買ってきたコーヒーで静かに一息ついていた、その時だった。
『ピリリリリッ!』
マリアの暗号化端末が、重々しいコール音を鳴らした。
画面に表示されたのは、日本の最高権力者からの直通回線。
「……首相感貞からよ。どうやら、山田の部隊が徹夜で『生徒名簿』の復旧作業を完了させたみたいね」
マリアがコーヒーカップを置き、鋭いハッカーの目つきへと変わる。
「……さぁ、おとぎ話の時間は終わりだ」
スレイが暗闇の中で、静かにアサルトライフルの安全装置を解除した。
裏の掃除屋たちは、ついに『愛の家』の真の闇へと迫る。
前編、お読みいただきありがとうございました。
明かされた『HOL』の正体と、名簿に刻まれていた残酷な因縁。
絶望的な沈黙に包まれた地下室で、スレイの心を救ったのは、他でもないリルの小さな温もりでした。
明日の中編では、名簿に隠された暗号を解読し、教団の「真の中枢」が存在する意外な港町へと向かいます。
明日の更新もどうぞお楽しみに!