境界線PCU~多様性ワールドへようこそ~   作:トナカイ粉砕

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いつもお読みいただきありがとうございます。
第14話、中編です!

名簿に記された「遠足」という不気味な暗号を解き明かし、一行は決戦の地、茨城県大洗町へと向かいます。
緊迫したカチコミ前夜だというのに、「おやつ代」や「バナナの定義」で揉めるPCUらしいドタバタな道中にもご注目ください。
ですが、そこで見つけたのは、あまりにも悪趣味で巨大な悪意のシステムでした。


孤児院『愛の家』編(中編)

首相感貞・特別地下室。

 

冷たいコンクリートに囲まれた円卓には、かつてないほど重く、そして鋭く研ぎ澄まされた緊張感が満ちていた。

PCUチームの心は、もはや単なる依頼の完遂ではなく、『HOL(愛の家)の完全な殲滅』という一つの確固たる目標に向けて、氷の刃のように冷たく結節している。

 

「……解析(復旧)が終わったようだ」

大物議員Aが、メインモニターに接続された端末を操作しながら重々しく口を開いた。

 

「ええ。私たちもまだ見ていない状況よ」

環萌美内閣総理大臣が、扇子を静かに閉じて告げる。

「港区のダミー会社と猿島の手術施設は、山田相姦の部下がうまく清掃(ごまかし)をしてくれているわ。しかし、あの二つの拠点が陥落し、連絡が途絶えたことが敵に気付かれるのも、もはや時間の問題よ」

 

総理の鋭い視線が、テーブルの上に置かれた『生徒名簿』へと落とされた。

 

「残る拠点は……おそらく、あと一つ。そこに教団のすべてが結集していると見るべきだわ」

マリアがハッカーとしての直感で断言する。

「ええ。おそらくそこに、一番肝心な顧客リスト、過去の売買記録……そして、今まさに商品として管理されている児童や臓器が保管されているはずよ」

凄腕プロファイラーのモニカが、冷徹に事態を分析した。

 

「そうなると、やっぱり海沿いになりそうだね!」

リルが目を輝かせて推理を披露する。

「海外向けのユーザー(富裕層)も多そうだしね。大きな船が停まれる港が近くにないと不便っしょ。とりあえず、中身を見てみよ~!」

メイコが促し、マリアがキーボードを叩く。

 

「……必ず、連中の真の拠点へ繋がるヒントが残されているはずだ」

大物議員Aの言葉と共に、デジタルリマスターによって鮮明に復旧された『古びたノートのデータ』が、巨大なスクリーンに映し出された。

 

一行は、モニターに並んだ文字の羅列を、最初から舐め回すように確認し始めた。

その時、沈黙していた萌美総理が、ふと奇妙な質問を投げかけた。

 

「……ねえ、スレイ。それにモニカ。あなたたちは施設にいたころ、『社会科見学』や『遠足』には行ったことがあるかしら?」

 

「…………」

スレイとモニカは、表情を変えることなく、ただ静かに首を横に振った。

 

「あれっ? ねえマリア、この名簿の備考欄。子供たちの年齢や血液型の横だ!」

モニターを食い入るように見ていたリルが、画面の一角を指差す。

「ん? ほんとだ。……なんか、すっごく不自然な項目じゃない、これ~」

メイコも、その奇妙な文字列に気づいて顔をしかめた。

 

そこには確かに、児童売買や臓器売買のカタログにはおよそ似つかわしくない、ひどく牧歌的な言葉が並んでいたのだ。

 

 

『 社会科見学の場所 』

『 遠足の場所 』

 

「……なにこれ。いくら表向きは孤児院の記録だからって、わざわざ行事の行き先までメモしてるの?」

マリアが訝しげに眉をひそめる。

 

しかし、モニカはゆっくりと首を横に振り、血を吐くような冷たい声で真実を語った。

 

「……違うわ。私たち『愛の家』の子供たちに、遠足や社会科見学なんていう楽しい行事は、一度だってなかった。……私たちは、ただの檻の中の家畜だったんだから」

 

モニカの悲痛な言葉に、スレイの漆黒の瞳がスッと細められ、静かな殺意が漏れ出す。

 

「じゃあ、この『遠足の場所』っていうのは……」

リルが息を呑む。

「ええ。間違いなく、暗号(メタファー)よ」

萌美総理が、その悪趣味な隠語の正体を肯定した。

 

その瞬間、メイコのチート級の記憶力を持つ脳内で、恐るべきパズルがカチリと組み上がった。

 

「……そういうことか。つまり、『社会科見学』っていうのは、おそらく臓器を摘出するための医療施設(猿島のような解体所)への移送のことで。『遠足』は……」

メイコが、ゾッとしたように自分の腕を抱いて震える。

「……買い手がついた子供たちの、最終的な『出荷先』ってこと!?」

 

「その通りよ。年齢でわけて見てみなさい」

総理の指示で、マリアが名簿のデータを年齢順にソート(並び替え)する。

 

「……ほんとだ! すっごい小さい子供は『遠足』の項目に場所が書かれてて、成人手前の大きい子は『社会科見学』の方に猿島の住所が書かれてる!」

リルがモニターの規則性を指摘する。

「うわぁ……子供は愛玩用の児童売買で、大人に近い子は猿島で臓器を抜かれてたってことだよね。マジでばいや~……」

メイコが吐き捨てるように呟いた。

 

「……そして、おそらく摘出された臓器も、最終的にはこの『遠足の場所』に送られ、顧客へと引き渡されているはず。そして、やっぱりリルの言う通り、海沿いね」

モニカがプロファイラーとして、名簿の「遠足の場所」の欄に並ぶ一つの地名を特定した。

 

子供たちが、そして切り刻まれた臓器が送られた、共通の『行き先』。

それは、東京でも京都でもなく。太平洋に面した、とある地方の港町の名前だった。

 

「……茨城県、大洗(おおあらい)」

 

マリアが、モニターに映し出されたその地名を低く読み上げた。

 

「大洗……。海運の拠点であり、巨大なフェリーターミナルもある。猿島の時と同じように、海から大量の物資や『人間』を運搬し、隠蔽するにはうってつけの場所ね」

モニカが即座にその土地の特性を分析する。

「ええ。そして、東京湾や横浜、神戸のような国際的な巨大港ほど大きすぎず、警察や税関の目も誤魔化しやすい。……奴らが最終的な『オークション会場』や『出荷拠点』にするには、最適な規模よ」

萌美総理が、日本の地理を知り尽くした為政者の視点で完璧な裏付けを行った。

 

教団の真の中枢。すべての悪意が結集する、最後の港町。

 

「……行くぞ」

 

スレイが、静かに、しかし絶対的な殺意を込めて円卓から立ち上がった。

巨大なその背中から放たれる死神のオーラが、地下室の温度を数度下げたように錯覚させる。

 

「愛の家の亡霊ごと。……すべてを終わらせる」

 

首相感貞から新宿アジトに戻ったPCUメンバーたち。

明日は朝一で茨城県の大洗に向かうことになるため、各自が黙々と武器や機材の準備を進めていた。

そんな中、スレイはリビングのテーブルの端に、先日の祝賀会で世界的歌姫・シルビアから貰ったばかりの『自伝』をコートのポケットから取り出し、静かに置いた。

 

 

――翌朝。

 

一行を乗せた黒のワンボックスカーは、都内を抜け、常磐自動車道をひたすら北上して茨城へと向かっていた。

 

「むーっ! なんでおやつ300円までなの!? スレイのバナナはいくらに入ってるの!?」

後部座席で、大量のポテトチップスとチョコレートを抱え込んだリルが、不満げに頬を膨らませる。

 

「あんたねえ……今回の教団の暗号が『遠足』だったからって、なんで本当に遠足気分になってんのよ!! 私たち、これからカルト教団の総本山にカチ込みに行くのよ!? 遠足のしおりなんて作ってんじゃないわよ!!」

助手席のマリアが、リルの手から『大洗制圧作戦(※おやつは300円まで)』と書かれたフリップをひったくり、盛大なツッコミを入れる。

 

「……バナナはおやつに入らないと、昔から相場が決まっている」

ハンドルを握るスレイが、無表情のまま大真面目な顔で援護射撃をした。

 

「あんたも乗っかるんじゃないわよ!!」

マリアの怒号に、ギャル大生のメイコが手を叩いて笑う。

「あはははっ! マジうける~!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

殺伐とした死地に向かっているとは思えない、ドタバタな車内。

後部座席でその様子を眺めていたモニカも、そのあまりに日常的でバカバカしいやり取りに、思わずクスッと吹き出していた。

(……このメンバーなら、きっと大丈夫ね)

血塗られた過去と因縁に押し潰されそうになっていた心が、不思議と軽くなるのを感じていた。

 

――やがて、車は潮の香りが漂う茨城県・大洗町へと到着した。

 

「……とはいえ、大洗のどこにHOLの『隠れ本部』があるのか……」

モニカが窓の外の平和な港町を眺めながら呟く。

「衛星写真で怪しい施設はいくつかピックアップしたけど、こればかりは現地で調べてみないと分からないわね」

マリアがタブレットを開き、町内の詳細な地図を展開する。

 

裏の掃除屋たちは、まずは一般の観光客を装い、町を下調べしながら怪しい気配を探ることにした。

 

「わぁーっ! サメだ、おっきいサメ!!」

最初に訪れたのは、太平洋に面した『アクアワールド・大洗水族館』。

巨大な水槽の前で、リルが本物のサメの迫力にはしゃぎ回る。

「おー! 最近見たZ級のサメ映画とは全然違う! 本物はけっこうかわいいね」

メイコもスマホで写真を撮りながら楽しそうだ。

 

「……あのサメの顎の力なら、人間の骨格など数秒で粉砕できるな。死体の処理にはうってつけだ」

スレイが暗殺者目線でサメの性能を真剣に分析し、周りの家族連れがドン引きしてサァーッと距離を置いた。

 

続いて訪れたのは、海に突き出た岩礁の上に鳥居がそびえ立つ絶景パワースポット、『大洗磯前神社』。

「……スレイ。神様にお願いごと、した?」

荒波が打ち寄せる神磯の鳥居を見下ろしながら、モニカがそっと尋ねる。

「……いや。俺が祈るのは、銃の精度(トリガー)だけだ」

スレイは静かに潮風に吹かれながら、神聖な景色を楽しむこともなく、冷徹な瞳で大洗の海岸線と港の地形を脳内に叩き込んでいた。

 

水族館、神社、そして港湾施設。

観光地として賑わう表の顔を巡りながら、彼らの目は、常に『裏の顔』を探し求めていた。

 

そして、昼時。

車に戻りかけた時、スレイがふと足を止め、港の一角を指差した。

 

「あそこを見てみろ」

 

スレイが指差した先。そこは、新鮮な海の幸を求める観光客でごった返す、大洗の目玉スポットの一つだった。

活気ある掛け声、海鮮焼きの香ばしい匂い、そしてひっきりなしに出入りする巨大な冷凍トラック。

 

「……大洗海鮮市場?」

マリアが訝しげに首を傾げる。

 

「あぁ。表は観光客で賑わっているが、奥の搬入口を見てみろ。……『水産加工会社』の看板を掲げた巨大な冷凍倉庫群がある。大型の保冷トラックが24時間出入りしても、誰も怪しまない。何より……強烈な『磯と魚の匂い』と、『大量の氷(冷却装置)』だ」

 

その言葉を聞いた瞬間、モニカの顔色が変わった。

「……わかったわ。連中が大洗を選んだ理由が」

 

モニカが凄腕プロファイラーの戦慄と共に、その完璧な隠蔽工作を読み解く。

「臓器の保存には徹底した温度管理(巨大な冷凍設備)が必要だし、人間の血の匂いを誤魔化すには、魚の強烈な生臭さが一番のカムフラージュになる……」

 

「なるほど! 東京湾とか神戸とか横浜は、海産物がドドーン!っていっぱいあるわけじゃないもんね。あんな都会で生臭かったり血の匂いがしたら、すぐにバレそうだし」

リルがぽんと手を打つ。

「そうなると、大洗以外には沼津や気仙沼とかになるけど……関東圏から秘密裏に陸路で運ぶとなると、自然にここってわけか~」

メイコもチート級の頭脳で、物流のロジックに納得する。

 

「それに、あの市場の裏手は、そのまま海外輸出用のコンテナ船が停泊できる『プライベート・ドック』になっていてもおかしくないわ」

マリアがタブレットの衛星写真を拡大し、確信に満ちた声で告げた。

 

観光客の笑い声が響く、平和な海鮮市場。

しかし、その奥深く、魚の血と氷にまみれた巨大な冷凍倉庫こそが。

 

「……あそこだ。奴らの『遠足(出荷)』の終着点は、あそこにある」

 

スレイの漆黒の瞳が、獲物を定めた猛禽類のように鋭く細められた。

 

すべての点と点が繋がった。

大洗海鮮市場の裏手で蠢く、狂信的な教団の巨大な闇の物流網。

最強の暗殺者チームは、潮騒と魚の匂いに紛れて、ついにHOLの心臓部へとその歩みを進めようとしていた。

 

大洗の海沿いにある、古びた和風の老舗旅館。

潮騒が響く畳敷きの部屋で、裏の掃除屋たちは大洗港の図面を広げ、明日の作戦会議を開いていた。

 

「……漁港の朝は早いわ。おそらく夜明け前から、市場の裏手では『出荷』の準備が始まるはずよ」

マリアが座卓の上に広げた図面に、赤ペンで素早く印をつけていく。

「怪しい動きがあれば、即座に押さえて『尋問』にかける。手分けして探るわよ。私とスレイは、海外へ向かう『輸入輸出の大型船』のドックを。モニカとリル、メイコは、近海に出る『漁船などの小型船』のエリアを見張りなさい」

 

「わかったわ」

「はーい!」

モニカと若者二人が力強く頷く。

「よし。明日は早いから、今日はもう寝るわよ」

マリアの号令で、彼らは決戦前の短い休息を取った。

 

――翌朝。

 

大洗港の朝は早い。

まだ太陽が顔を出す前の薄暗い時間から、港は競りに向かう漁師たちの熱気と、忙しなく行き交うフォークリフトのエンジン音に包まれていた。

冷たい潮風が吹き抜ける中、マリアは暗がりからインカム越しに指示を出す。

 

「……予定通り、二手に分かれるわよ」

 

『はーい! モニカ先生、はぐれないように手繋ごうね!』

『ちょ、ちょっとリルちゃんメイコちゃん、走らないで……っ!』

 

インカムの向こうから、社会科見学の『引率の先生と生徒』という設定を完璧に(そしてひどく楽しそうに)演じているモニカとリル、メイコの声が聞こえてくる。

彼女たちの方は微笑ましい限りだが、漁船などの小型船の付近には、白装束の狂信者や、いかにも裏社会の人間といった怪しい人物の姿は今のところ見当たらなかった。

 

一方、輸入輸出の大型船のドックを見張るスレイとマリア。

「……誰もいないわね。荷物は、まだ到着していないのかしら」

マリアが双眼鏡を下ろし、忌々しげに呟く。

 

「いや。……あれを見ろ」

 

隣で静かに海面を睨んでいたスレイが、大型船が停泊するエリアの奥、少し寂れた専用ドックを指差した。

そこにポツンと停泊していたのは、他の漁船とは明らかに毛色が違う、中型の不気味な黒塗りの貨物船だった。

 

船の側面にペンキで書かれたその名前を双眼鏡で確認した瞬間。

マリアの表情が、ピシリと凍りついた。

 

『 愛家丸(あいいえまる) 』

 

「……あいつら、隠す気ゼロじゃないの!!」

マリアが思わず声を荒らげる。

いくらなんでも、教団のルーツである「愛の家」のネーミングが直球すぎる。

 

即座にモニカたちにも連絡を入れ、五人は寂れたドックの影で合流した。

 

「……なるほど。でも、一般の漁師から見れば、ただの愛妻家か、家族思いの船長が名付けた普通の船にしか見えないものね」

モニカが船の側面を見上げながら、プロファイラーとしてその『完璧な擬態』を読み解く。

このネーミングの異常性に気づけるのは、あの「愛の家」という地獄を知る者だけなのだ。

 

「……行くぞ」

スレイは無言で跳躍し、巨体からは想像もつかないほど音もなく『愛家丸』の甲板へと着地した。後続のメンバーもそれに続く。

 

船内は、外見の錆びついて古びた様子とは裏腹に、最新の電子ロックと分厚い鋼鉄の扉で厳重に仕切られていた。

「見掛け倒しのセキュリティね」

マリアが瞬時に手元のデバイスでロックをハッキングし、重い扉を開け放つ。

 

しかし……その奥に広がっていたのは、目を疑うような光景だった。

 

「…………嘘でしょ」

全員が、一斉に息を呑む。

 

「何これ~……。ばいや~、というかマジで悪趣味~……」

メイコが顔をしかめ、腕をさすった。

「全然お魚さんと関係ないじゃん、これじゃ~……」

リルも、その異様な光景に怯えたようにスレイのコートの裾を握りしめる。

 

船の船倉に並んでいたのは、魚を保管するための生簀(いけす)や、漁に使う網などでは決してなかった。

 

壁一面に設置された、人間を閉じ込めるための頑丈な鉄格子の檻。

そして、冷たいコンクリートの壁から伸びる、無数の鉄の首輪と鎖だった。

 

「……これを使って、子供たちや拉致した人間(ドナー)を、海外の臓器ブローカーの元へ『出荷』していたのね……!」

モニカが、震える声でその凄惨な事実を口にする。

 

錆びついた鎖から漂う、微かな血と、汚物と、絶望の匂い。

これこそが、HOLが『遠足』や『社会科見学』と呼んでいた、地獄の最終便の正体だった。

 

大洗の海沿いにある、古びた和風の老舗旅館。

潮騒が静かに響く畳敷きの部屋で、裏の掃除屋たちは夜の港の見取り図を広げ、最終的な作戦会議を開いていた。

 

「船(愛家丸)は特定した。あとは、荷物(人)の積み込みルートと、奴らの『真の拠点』を特定するだけよ」

マリアが気を取り直し、図面に赤いマーカーで線を引く。

「積載作業は、おそらく人目のつかない深夜に行われるはず。今回は襲撃はせず、あくまで『尾行』に徹するわ。大洗のどこかに、商品である子供たちを管理している拠点が必ずあるはずよ」

モニカがプロファイラーとして作戦の絶対条件を念押しした。

 

――深夜二時過ぎ。大洗港・大型船ドック。

 

冷たい海風が吹き抜ける中、暗闇に完全に紛れたPCUメンバーたちは、息を殺して『愛家丸』のタラップを見張っていた。

 

『……来たわ』

マリアのインカム越しの声が、微かな緊張を孕む。

 

一台の黒い大型トレーラーが、ヘッドライトを消したまま、音もなく船の横へと横付けされた。

運転席と助手席から降りてきたのは、ゴム長靴にヤッケという地元の漁師の格好に偽装した男たち。しかし、その無駄のない身のこなしと警戒の視線は、明らかに軍隊並みの戦闘訓練を受けた、教団の狂信的な戦闘員たちのものだ。

 

彼らは手慣れた様子でフォークリフトを操作し、トレーラーの荷台から『巨大なコンテナ』を次々と愛家丸の船倉へと運び入れ始めた。

 

「……あのコンテナの中に……」

少し離れたコンテナの陰で身を潜めていたリルが、ギリッと奥歯を強く噛み締めた。

物音一つしない静かなコンテナだが、あの中には間違いなく、睡眠薬などで眠らされた『商品(子供たち)』が隙間なく詰め込まれているのだ。

 

「……スレイ。今すぐ助けに行こうよ。あの子たち、このままじゃ……!」

リルが、愛用のサブマシンガンのグリップを強く握りしめ、今にも飛び出そうと身を乗り出す。

 

「……待て、リル」

スレイの岩のように分厚い手が、リルの細い肩を力強く、しかし優しく押さえた。

「今ここで奴らを殺して船を制圧しても、拠点を潰さなければ、第二・第三の『遠足』が繰り返されるだけだ。……本丸を叩くまで、我慢しろ」

 

「そうだね。ここは泳がせないとダメだよ、リルたそ」

同じく陰に潜んでいたメイコが、冷静な判断でスレイを支持する。

リルの肩を抱くスレイの漆黒の瞳にも、決して表には出さない、静かで、しかし海よりも深く熱い怒りの炎がゴウゴウと燃え盛っていた。

 

「……うん、わかった」

リルは小さく頷き、震える手で銃を下ろした。

 

『……積み込みが終わったようね。トレーラーが港を出るわ』

少し離れた位置から監視していたマリアの通信が入る。

『スレイ、リル。あんたたちはあのトレーラーを尾行して、拠点を特定しなさい。……私とモニカとメイコは、この愛家丸のエンジン系統と航法システムに「細工」をしておくわ。二度と出航できないようにな』

 

「……了解した」

 

スレイとリルは、闇に溶け込むように港を駆け抜け、走り出したトレーラーの影を音もなく追跡し始めた。

 

一方、見張りのいなくなった愛家丸へと素早く忍び込んだマリア、モニカ、そしてメイコの三人。

 

「そりゃああっ!!」

メイコが、どこから調達したのか金属バットをフルスイングし、操縦室の計器類の一部を豪快に叩き割る。

「あははっ! パパのクルーザーを見たことあるんだ~、大体ここ壊せば動かないっしょ!」

「チートな記憶力の物理的な使い方がエグいわね……。こっちも終わるわよ」

マリアが手元のデバイスで船の電子制御システム(ECU)に致命的なウイルスを流し込み、完全にショートさせる。

「じゃあ、仕上げね」

モニカが優雅な手つきでニッパーを取り出し、操舵と動力に繋がる極太のケーブル内部の配線を、修復不可能なレベルで幾つも切断していく。

 

完膚なきまでの破壊(物理・電子の両面からの切断)が完了した。

これで、愛家丸はただの海に浮かぶ鉄の棺桶だ。

 

――深夜三時過ぎ。

 

「……マリア。ターゲットが目的地に到着した」

トレーラーを尾行していたスレイから、インカムに通信が入る。

『ご苦労様。それで、奴らの本拠地はどこだったの? 人里離れた山奥の廃工場? それとも地下シェルター?』

マリアが尋ねると、通信の向こうからリルの驚いたような声が響いた。

 

『昼間、みんなでご飯を食べた近くだよ~~~!』

『え~~~!! そんな近くに!?』

メイコが思わず声を上げる。

 

スレイとリルが身を潜める、生臭い路地裏。

その先で、黒いトレーラーが巨大なシャッターの中にゆっくりと吸い込まれていくのを、彼らは冷徹な瞳で見届けていた。

 

シャッターの上に掲げられた、古びた看板。

そこには『 大洗海鮮市場・聖家(せいか)卸売センター 』と書かれていた。

 

「卸売業者だと……」

スレイの口から、氷のように冷たい声が漏れた。

 

聖家(せいか)――HOLY HOUSE。

昼間は、観光客や地元の買い物客に新鮮な魚を売りさばき、威勢のいい笑顔を振りまいている海鮮市場の業者。

しかしその裏の顔は、子供たちを氷詰めの魚のように冷たいコンテナに押し込み、血と磯の匂いで真実を隠蔽する、カルト教団の極悪非道な「出荷拠点」だった。

 

「何が聖家卸売業だ……。外道どもが」

スレイの巨躯から、もはや隠しきれない重圧な殺気が漏れ出す。

 

『……場所は完全に割れたわね。こっちの船の破壊工作も完了したわ。愛家丸はもう、ただの巨大な鉄クズよ』

マリアの声にも、深い怒りと絶対的な自信が滲んでいた。

 

「あぁ。……今日はここまでだ」

スレイはトレーラーが完全にシャッターの中に消え、重い金属音が響いて閉ざされるのを見届けると、静かに身を翻した。

 

拠点と、退路(船)は完全に押さえた。

あとは、明日。

この血塗られた卸売業者のビル(愛の家の本拠地)に正面から乗り込み、すべての因縁に決着をつけるだけだ。

暗殺者チームは、潮騒と生臭い風が吹く夜の大洗で、明日の『殲滅』に向けた絶対の殺意を研ぎ澄ませていた。

 

 

 

 

――同時刻。誰もいない新宿のアジト。

 

静寂に包まれたリビング。

間接照明の微かな光だけが照らすテーブルの端。

そこには、先日スレイがコートのポケットから取り出して無造作に置いた一冊の『本』があった。

 

誰にも開かれることなく、ただ静かに置かれたその本の表紙には。

美しく微笑む世界的歌姫(シルビア)のポートレート写真と共に、彼女の著者名が、はっきりと印字されていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

著者:『 ルビー・ギンスバーク 』




中編、お読みいただきありがとうございました。
観光地・大洗の裏側に隠されていた、血塗られた物流網の正体。

「愛家丸」という名の鉄の檻を目の当たりにし、スレイの瞳に宿った殺意はかつてないほどに研ぎ澄まされています。
いよいよ明日の後編の解決編では、スレイによる「道具すら使わない怒りの制裁」と、教団の殲滅をお届けします。
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