第15話、いよいよ解決編となる後編です!
怪盗の正体、そして事件の裏で糸を引いていた「真の黒幕」をあぶり出すため、萌美総理の悪魔的な采配が光ります。
館長室に飛び込むリルの名演技(?)と、武闘派マフィアを相手に一歩も引かないスレイの死闘! 国家の威信を取り戻すための、鮮やかなお掃除劇をお楽しみください!
深夜のダイバーシティ美術館から、一時撤退した裏の掃除屋たち。
山田相姦(そうかん)の裏部隊を美術館の周囲に極秘待機させたスレイたちは、首相感貞の特別地下室へと戻り、直ちにあの「二匹のネズミ」の身辺調査を開始した。
「……身元が割れたわ。スレイの言う通り、ただの泥棒じゃない」
マリアが、メインモニターに二人の男の顔写真と経歴を映し出す。
「偽造パスポートで入国しているけれど、正体はドイツ系の過激派組織のメンバーよ。清掃員に扮していた男は、元・凄腕の『マジシャン』。そして警備員に扮していた男は、過去にいくつもの襲撃事件に関与している過激派の『武闘派(手練れ)』みたいね」
「……なるほど。手品のプロと、戦闘のプロか。役割分担が完璧だな」
スレイが漆黒のサングラスの奥で鋭く目を細める。
「おそらく、あの絵画の引き抜き作業には『2段階』のプロセスが必要なのよね」
モニカが、犯行のロジックを整理し始める。
「ええ。まずは極薄のフィルム(贋作)をキャンバスの表面に『貼り付ける』作業。そして、監視カメラが暗転した数秒で、下から本物を『引き抜く』作業よ」
マリアがハッカーとしての視点から同意する。
「んー、じゃあさ」
リルが、ぽんっと手を叩いた。
「引き抜くのはカメラが消えた数秒間でやるとして、その前に『フィルムを貼り付けるタイミング』も、どこかであったはずだよね?」
「あー、確かに。でもそこは、普通に開館中とか閉館直後に『掃除』とか『セキュリティチェック』のフリをして堂々とできそうっしょ」
メイコが、極彩色のネイルを弄りながら的確な推測を口にする。
「メイコの言う通りね」
円卓の奥で、環萌美内閣総理大臣が深く頷いた。
「警備員が絵画の前に立って周囲を警戒し、その背後で清掃員が額縁のホコリを払うフリをしてフィルムを貼り付ける。……内部スタッフの顔をして堂々と行えば、2~3分立ち止まっていても、他の職員や監視カメラ越しには何の違和感もないわ」
マジシャンならではの鮮やかな手つきと、スタッフという完璧なカモフラージュ。
それが、世界最高峰のセキュリティを誇る国立美術館に、まんまと贋作を仕込めた理由だ。
「……つまり」
スレイが、低く這うような声で結論を導き出す。
「すでに『フィルムの貼り付け』が行われ、キャンバスが二重になっている絵画こそが……奴らの次のターゲットになるということだ」
「ビンゴよ、スレイ。明日の夜は山田の部隊を一旦引き下げさせて、私たちが直接美術館の中で張り込みをするわ」
萌美総理が、冷徹なハンターの瞳で艶やかに微笑む。
「その前に、館内の絵画をすべて調べ上げ、すでに『2重になっているもの(ターゲット)』を探しておくのよ。……仕込みが終わっている以上、犯人は必ずそこに現れるはずだわ」
――そして、翌日。休館日を利用した日中の極秘調査。
『……スレイ。ビンゴよ。いくつか、すでにフィルムが貼られて2重になっている絵画を発見したわ』
インカム越しに、モニカからの報告が入る。
ターゲットは完全に絞られた。
スレイたちは各絵画の死角に身を潜め、完全に気配を殺して夜の訪れを待った。
やがて、美術館が深い闇に包まれた、深夜。
『……来たわ。監視カメラと赤外線のセンサー網に、二つの生体反応。ターゲットの絵画に向かって真っ直ぐ移動しているわよ』
新宿のアジトからバックアップを行うマリアが、緊張感を含んだ声で通信を入れてくる。
(……来たか、泥棒猫ども)
暗がりに潜むスレイは、漆黒のコートの懐で愛用のハンドガンに手をかけた。
しかし、今回の任務における萌美総理からの厳命は一つ。
すり替えのタイミングでの『捕獲』は禁止。
ここで飛び出して取り押さえるのは造作もないことだが、それをしてしまえば、すでに盗み出されてしまった「国家の威信(ただしシモネタのパロディ名画)」の隠し場所が永遠にわからなくなってしまう。
奴らが本物を引き抜き、それを一体どこへ持っていくのか。その隠し場所(ルート)を突き止めなければ、この事件は終わらないのだ。
『ガタッ……』
暗闇の展示フロアに、静かな足音が響く。
スレイは極限まで呼吸を殺し、獲物を狙う鷹のように、暗闇の奥でその『マジックショー』が始まるのをじっと待ち構えるのであった。
深夜のダイバーシティ美術館。
暗闇に身を潜めたスレイたちの視線の先で、いよいよ二匹のネズミによる『マジックショー』の幕が上がろうとしていた。
ターゲットとなった『二重の絵画』の前。
警備員の制服を着た男が、極めて自然な足取りで壁際の監視カメラの真下へと移動する。
同時に、清掃員の男がモップカートを押しならが絵画の真正面へと歩み寄り……背後の警備員に向けて、小さく『親指を立てた(サムズアップ)』。
それが合図だった。
警備員の男が、死角を突いて監視カメラのレンズを数秒間だけ完全に塞ぐ。
その暗転の刹那。清掃員に扮した元マジシャンの男が、絵画の額縁の下部に両手をかけ……テーブルクロスの下段を引くように、本物のキャンバスだけを真下へ向かって『シュッ!』と一気に引き抜いたのだ。
音すらない、完璧な早業。
男は引き抜いた巨大なキャンバスを瞬時に丸め、傍らに用意していた『清掃用具(大型のゴミ回収カート)』の底へと淀みなく滑り込ませた。
監視カメラの視界が元に戻った時、そこには何事もなかったかのように、表面の極薄フィルム(贋作)だけが残された額縁と、床を磨く清掃員の姿があるだけだった。
「……なるほどねー。お見事な手際だわ」
新宿のアジトで監視映像と各種センサーのデータを見ていたマリアが、敵ながら天晴れといった様子で感嘆の息を漏らす。
「ええ。監視の目を完全に欺いた完璧な手品……。しかし、今自分たちがこちらの『裏の目』から完全に見られているとは、夢にも思っていないでしょうね」
モニカが、暗闇の中で冷たく微笑む。
「……そして、あの清掃カートに隠したまま、敷地外へ持ち出すのはリスクが高すぎる。おそらく、本物の絵画は『敷地内のどこか』に一時保管しているはずよ」
萌美総理の鋭い推測通り、男たちはその後も館内を巡回するフリをしながら、同じ手口でターゲットの絵画を次々と清掃カートの中へと飲み込んでいった。
暗闇で待機するスレイとリルは、総理の「泳がせろ」という命令を忠実に守り、息を殺してその一部始終を見届ける。
やがて、男たちの動きが止まった。
『……スレイ。おそらく盗みは終わりよ。カートを押して、館内のどこかへ向かっているわ』
インカム越しのマリアの報告を受け、スレイたちは一定の距離を保ちながら、音もなく男たちの後を尾行する。
そして、二人の男が最終的に立ち止まり、周囲を警戒しながら吸い込まれていったのは……。
「……館長室、だと?」
スレイが漆黒のサングラスの奥で怪訝そうに眉をひそめた。
「まさか……。いくら灯台下暗しとはいえ、このダイバーシティ美術館の『館長室』に、堂々と盗んだ絵画を保管するつもりなの?」
モニカが信じられないといった顔で息を呑む。美術館のトップの部屋に泥棒が押し入れば、明日には大騒ぎになるはずだ。
「……ふふっ。マリア、私のスマホの回線をメインのスピーカーに繋ぎなさい」
特別地下室にいる環萌美総理が、妖艶な笑みを浮かべて指示を出した。
「……ええ。館長室に仕掛けた盗聴器の動作確認ね」
「えっ!? ちょっと待って総理! いつの間にそんなの仕掛けてたの!?」
メイコが、目を丸くして総理の顔を見る。昨夜、絵画の裏を調べた数分の間に、この女傑はちゃっかりと館長室にまで侵入し、盗聴器をセットしていたのだ。
スピーカーから、ノイズ混じりのクリアな音声が流れ始める。
『――ご苦労様。……うまくいったかね?』
聞こえてきたのは、初老の男の落ち着いた声。
ダイバーシティ美術館の責任者である『館長』その人の声だ。深夜に泥棒に押し入られた人間が出す声ではない。
『――この通りです』
清掃員の男が、カートの中から丸めたキャンバスの束を取り出すような衣擦れの音が響く。
『――問題なく。これで、目的にしていた絵画はすべて収集完了です』
警備員の男が、抑揚のない冷酷な声で報告を終えた。
『――そうか。ご苦労だった。……では、そろそろマスコミに向けて、うちの展示品が贋作だということを発表しないとな』
館長が、ひどく邪悪に、そして嬉しそうに低く笑う。
『――ええ。我々の利害は完全に一致している』
『――お互い、助け合いだ』
ドイツの過激派と、国立美術館の館長。両者が固い握手を交わす気配が、盗聴器越しにありありと伝わってきた。
外部からの泥棒ではない。
美術館のトップ自身が手引きした、完全なる『自作自演(内部犯行)』。
国家の威信を揺るがすスキャンダルを自ら引き起こし、裏で本物の名画をマフィアに横流しする(あるいは別の目的がある)という、あまりにも大胆で腐敗した陰謀の全貌が暴かれた瞬間だった。
「……謎はすべて解けたわね。ネズミは二匹じゃなくて、『三匹』だったというわけ」
円卓の奥で、萌美総理が氷のように冷たい瞳で立ち上がった。
そして、インカム越しに、館長室の扉の前で待機する漆黒の死神へと、冷酷な命令を下す。
「――スレイ。突入の指示よ」
総理の赤いルージュの唇が、妖しく歪む。
「ただし……私の言う通りに突入して頂戴。一芝居打つわよ」
深夜のダイバーシティ美術館、館長室。
ドイツの過激派マフィアと館長が、まんまと出し抜いた(つもりの)完全犯罪の成功を祝し、固い握手を交わしていたまさにその時だった。
『――コンコンッ』
静まり返った部屋の扉が、控えめにノックされた。
「「「――――ッ!?」」」
密談をしていた三人の男の肩が、同時にビクッと跳ね上がる。こんな深夜に誰だ? 入口を警備している夜間巡回の守衛か?
館長が咳払いをして、扉の向こうへ声をかけようとした瞬間。
ガチャリとノブが回り、金髪の可憐な少女が満面の笑みで部屋へと飛び込んできた。
「どうも~っ! 深夜にすいませーん、お待たせいたしました! ダイバーシティ保険の者でーす!」
「……!? そ、そうか、保険会社の……そうだったな」
突然現れた謎の美少女の、あまりにも堂々とした営業スマイルに、館長は毒気を抜かれたようにうっかり頷いてしまった。
「はいっ! 本日は、当館の絵画紛失における保険適用のお手続きに参りましたー!」
リルが無邪気にクリップボード(らしきもの)を構えてウインクする。
これこそが、萌美総理がインカム越しに指示した『一芝居』であった。
「ああ、そうか。迅速な対応に感謝す……」
そこまで言いかけて、館長の顔からスッと血の気が引いた。
「……んん? 待て。おかしいぞ。私たちが展示品を『贋作だ(紛失した)』と世間に発表するのは、明日の朝からのはず……ダワッ!?」
状況の致命的な矛盾に気づいた館長が悲鳴を上げた瞬間。
リルの背後の暗がりから、漆黒の死神が音もなく姿を現した。
「……保険は、適用外だ」
スレイの低く冷酷な宣告と共に、容赦のない鉄拳が館長の顔面を無慈悲に打ち抜いた。
『メキィッ!』
「あばばっ!?」
見事なまでに鼻柱をへし折られた館長が、血飛沫を上げてデスクの向こう側へと吹き飛ぶ。
「なっ……テメェら、何者だ!」
清掃員に扮していた元マジシャンの男が、慌てて腰のホルスターから銃を抜こうとした。
しかし、その動きすらも手品のタネあかしのように完全に見切っていたリルが、男の懐へと凄まじいスピードで潜り込む。
「はい、深夜のお届け物でーす! バチバチッ!」
「ぎゃあああああっ!」
スタンガンの強烈な高圧電流を首筋に叩き込まれ、元マジシャンの男はあっけなく白目を剥いて床に崩れ落ちた。
残るは一人。警備員の制服を着た、ドイツ系の過激派・武闘派の男。
「……チッ!」
男は銃火器に頼らず、鍛え抜かれた巨体と分厚い筋肉を躍動させ、弾かれたようにスレイへと襲いかかってきた。
『ドゴォォォンッ!』
「……!」
スレイの重い蹴りと、男の丸太のような腕が激突し、館長室に凄まじい衝撃音が響き渡る。
(……こいつ、強いな)
スレイはサングラスの奥で鋭く目を細めた。闇バイトのゴロツキやカルトの信者などとは次元が違う。長年、戦場や裏社会で死線を潜り抜けてきた本物の格闘技術(CQC)だ。最強の暗殺者であるスレイの一撃をもってしても、この巨体の手練れを相手にワンパンで沈めることはできない。
『バキッ、ドガッ!』
息詰まるような、ハイレベルな徒手空拳の応酬。
スレイの鋭い裏拳が男の顎をかすめ、男の重い膝蹴りがスレイのコートを掠める。
「スレイ、気を付けて!」
壁際まで避難したリルが、緊迫した声を上げる。
「……ふんッ!」
スレイのフェイントからの強烈なボディブローが、ついに男の鳩尾に深く突き刺さった。
「がはっ……!」
巨体がくの字に折れ曲がる。しかし、男は退かなかった。それどころか、圧倒的な実力差を悟った男は、武闘派のプライドを投げ捨て、ついに腰の後ろに隠し持っていた拳銃を引き抜いたのだ。
至近距離。ハンドガンを抜き返すのでは、コンマ数秒、相手の引き金が早い。
仕方ない。
スレイは躊躇うことなく、漆黒のコートの裏に隠し持っていた『あの一品』に手を伸ばした。
『――ヒュッ!』
空気を切り裂く鋭い風切り音。
男が銃口をスレイに向けた瞬間、スレイの手から放たれた銀色の閃光が、一直線に男の右肩へと飛来した。
「ぐああぁぁぁぁッ!!」
男の手から拳銃が滑り落ちる。
男の肩に深々とめり込んでいたのは、先日アジトでスレイが静かに砥いでいた、あの愛用のサバイバルナイフ。
かつて『愛の家』という地獄の底で、臓器を抜かれそうになった幼き日のスレイの命を救った、因縁の刃だった。
「……チェックメイトだ。大人しくしろ」
肩を押さえてうずくまる男を見下ろし、スレイは低く冷たい声で言い放った。
戦闘開始から、わずか数十秒。
館長室にいた三人の男たちは、完全にスレイとリルの手によって制圧され、タクティカルタイ(特殊樹脂の結束バンド)で床に固く縛り上げられた。
『……こちらスレイ。ネズミ三匹の確保を完了した』
スレイがインカム越しに、特別地下室で待機する萌美総理へと静かな報告を入れる。
部屋の隅を見れば、男たちが清掃カートの中に隠していた、世界的に有名な(しかし最低な名前の)本物の絵画たちが、キャンバスを丸められた状態で無造作に転がっていた。
盗まれたものはすべて、この館長室の奥に隠されていたのだ。
深夜のダイバーシティ美術館、館長室。
スレイとリルによって完全に制圧された三人の男たちのもとへ、警視庁トップ・山田相姦(そうかん)が率いる裏の警察部隊が到着し、迅速な逮捕と連行が行われていた。
「……なるほど。自作自演の保険金詐欺ね」
現場に合流した天才ハッカーのマリアが、押収した資料とHDDを解析しながら呆れたように息を吐く。
「ダイバーシティ美術館の館長は、名画を紛失したことによる莫大な保険金と、裏社会からのキックバックを手に入れる。そしてドイツ系マフィアの連中は、本物の絵画を闇ルートで高値で売却する」
モニカが、犯罪の構図をすっきりとプロファイリングした。
「……保険金と絵画。互いの利害が完全に一致したネズミの共謀、というわけか」
スレイが漆黒のコートの袖を正しながら、低く呟いた。
「えへへー! 私、ちゃんと保険のお姉さんのお芝居できたよ~!」
リルが、スタンガンを片手に嬉しそうに胸を張る。
「あははっ! さすがリルたそ! エッチなこと(枕営業)して契約とるんだ~!」
メイコが、またしても最低なシモネタで茶々を入れた。
「……ふふっ。その通りよ。だから館長室にわざわざ『盗聴器』を仕掛けたの」
インカム越しに、首相感貞にいる環萌美総理の妖艶な声が響く。
「そして、トドメの『自供』として……リルちゃんに保険の営業マンのフリをさせて、奴らのボロが出た瞬間をバッチリ録音させたというわけよ」
すべては、日本の最高権力者の手のひらの上だった。
こうして事件は極秘裏に解決し、夜明けまでの間に、清掃カートに隠されていた「本物の絵画」を再びワイヤーへと掛け直す復旧作業が行われた。
世間に露呈することはなかったが、この日本を代表する国立美術館に、ほんの一時期だけ『贋作』が堂々と展示されていたという、前代未聞の夜が明けたのだ。
――そして、翌日。
何事もなかったかのように、通常営業に戻った上野の『ダイバーシティ美術館』。
「……皆様、こちらが、かの有名な彫刻になります」
フロアの奥で、ガイドのお姉さんが外国人ツアー客に向けて、滑らかな英語で解説を行っている。
「ルネサンスの巨匠、ミダランジェロの作品です」
(……ミケランジェロじゃなくて、淫らなジェロ……)
一般客に紛れて美術館を訪れていたスレイは、開幕から放たれた酷すぎるパロディに、さっそく頭痛を覚えてこめかみを押さえた。
今日、スレイたち裏の掃除屋の面々が揃ってこの最低な美術館に足を運んだのには、理由があった。
リルは、子供時代から一度も、こうした『美術館』という場所にまともに行ったことがなかったのだ。
幼い頃の火事で顔と身体に凄惨な傷を負い、その傷のせいで激しくイジめられ、学校の社会科見学はいつも欠席。親戚をたらい回しにされる地獄のような日々の中で、休日に彼女を美術館へ連れて行ってくれる大人など、誰一人としていなかったのである。
だからこそ、スレイは「普通の女の子」としての経験を少しでもさせてやりたくて、事件解決の翌日に、あえてリルをこの場所へ連れてきたのだ。
「わぁ……っ! すごい、すごいよスレイ! これって、世界一有名な絵じゃない!?」
リルが、目をキラキラと輝かせて、一枚の厳重に保護された肖像画の前に駆け寄った。
スレイたちもその後を追い、その絵画のタイトルプレートを見た瞬間……常識人トリオの表情が完全に凍りついた。
レオナルド・ダ・ビンビン作 『モミ・リザ』
「……ちょっと待ちなさい!!」
真っ先に声を荒らげたのはマリアだった。
「モナ・リザが、ただの気色悪いセクハラ親父絵画になってるじゃないの!! レオナルド・ダ・ヴィンチが草葉の陰で泣くわよ! どういうことなのよこの国は!!」
「あーっ! これも凄い有名だよねー! アタシでも知ってるっしょ!」
メイコが、巨大なキャンバスに描かれた美しい神話の絵画を指差してケラケラと笑う。
【 サンドロ・ボッキチェッリ作 『ヴィーナスの誕生』 】
「……ヴィーナスじゃなくて、ただの公然わいせつね」
モニカが、氷のように冷たい声で、しかし微かに頬を引き攣らせながら呟いた。
「というか、作者名にストレートに『勃起』って入れるのは、多様性以前に品性が下劣すぎるわ……っ。プロファイリングするまでもなく、確実にあの変態総理の差し金ね……!」
スレイの背筋に、ドイツの武闘派と殺し合っている時よりも遥かに強烈な「嫌な予感」が走る。
恐る恐る、他の名画のタイトルに目を向けると……そこには、萌美総理と大物議員Aによる『多様性』の毒牙に完全に侵された、地獄のようなラインナップがこれでもかと並んでいた。
【 ヨハネス・フェラメール作 『真珠の耳飾りの娼婦』 】
【 チンブラント作 『夜這い』 】
【 黒田性輝作 『股間』 】
フェルメールの無垢な少女は娼婦に堕ち、レンブラントの夜警は卑劣な夜這い部隊と化し、黒田清輝の涼やかな湖畔は、ただの下半身(股間)のどアップへと改悪されている。
「もう嫌だわこの美術館……! 美術史に対する冒涜よ……!!」
マリアが頭を抱えてその場にしゃがみ込む。
「……今すぐ、すべてのアラームを作動させてここから立ち去りたい気分ね」
モニカも指先でこめかみをグリグリと押し込み、深い絶望の溜め息を吐いた。
「あははっ! 美術館って、すっごく楽しいところなんだね、スレイ!」
過去のトラウマなど微塵も感じさせない、心からの笑顔で振り返るリル。
「……ああ。お前が楽しいなら、それでいい」
スレイは、頭を抱えるマリアとモニカ、そして楽しそうに笑うリルとメイコを見つめながら、漆黒のサングラスの奥で、静かに、そして深々と宇宙の真理へと思いを馳せた。
美術館の絵画は、確かに奪還した。
しかし、あの変態総理が君臨するこの国において……本当に盗まれたものとは、物理的なキャンバスではなく、歴史的芸術に対する『モラル』や『尊厳』そのものだったのかもしれない。
最強の暗殺者は、ダイバーシティ美術館に響き渡る外国人観光客の困惑した声をBGMに、今日も果てしない自問自答を繰り返すのであった。
これにて第15話、お掃除完了です!
リルの「保険のお姉さん」の急襲から始まり、スレイの因縁のナイフが宙を舞う、最高に痛快な奪還劇でした。
そしてラスト、リルを喜ばせるために訪れた昼間の美術館で待っていた、どうしようもない真実。「本当に盗まれたもの」のタイトル回収には、スレイならずとも天を仰ぎたくなりますね。皆様も、マリアたちと一緒に頭を抱えていただけたなら本望です。
次回の事件(新章)は、来週の明日の20時からスタートします!
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