本日から新章、第16話「ダークアザーサイド編」がスタートします!
季節は少しずつ秋へ。アジトで平和な夜を過ごすPCU(裏の掃除屋)の面々でしたが……煌びやかな東京の裏側では、新たな事件が静かに、そして残酷に動き出そうとしていました。
彼らの次なる標的とは? 新章の幕開け、どうぞお楽しみください!
ダークアザーサイド編(前編)
雨に濡れたアスファルトが、煌びやかな極彩色のネオンサインを反射して毒々しく光っている。
環萌美内閣の驚異的な経済政策によって、都心の夜はかつてないほどの熱気と豊かさに包まれていた。
だが、どれだけ光が強くなろうとも、路地裏の深い暗がりまで完全に照らし出すことはできない。
深夜の静かな住宅街。
黒いパーカーのフードを目深に被った若い男が、街灯の死角に身を潜めながら、小刻みに震える手でスマートフォンの画面を見つめていた。
『――着いたか?』
耳に押し込んだワイヤレスイヤホンから、不機嫌そうな低い声が響く。
高度に暗号化された通話アプリ。
声の主は、顔も本名も知らない『指示役』の男だ。
「は、はい……。指定された住所の前にいます。表札、確認しました。ターゲットの家で間違いないです」
『よし。事前情報通り、住人は足の悪い独居老人だ。深夜の訪問になるが、マニュアル通り「警察の特別防犯パトロール」を名乗ってドアを開けさせろ』
「……本当に、大丈夫なんですよね? 俺、ただ荷物を受け取るだけだって聞いて……」
『あぁ? びびってんのか?』
指示役の男の声が、急にドス黒い威圧感を帯びる。
『お前、自分が送ってきた「身分証」と「実家の住所」忘れたわけじゃねえよな? ここで逃げたら、家族がどうなるかわかってんだろうな』
「っ……! わ、わかってます! やります、やりますから!」
闇バイト。
軽い気持ちで応募してしまったが最後、個人情報を握られ、脅され、使い捨ての駒として犯罪の最前線に立たされる底辺のシステム。
男は震える息を吐き出し、意を決して老人の家のインターホンを押した。
「……はい、どちら様ですか。こんな夜更けに……」
「よ、夜分遅くにすみません! 警察の者です! この付近で連続空き巣事件が発生しておりまして、緊急の防犯確認に回っております!」
声の震えを必死に隠し、マニュアル通りのセリフを早口で捲し立てる。
しばらくして、ガチャリとチェーンが外れ、不安そうな顔をした白髪の老人が顔を出した。
「警察の方が、こんな時間に……?」
「はい! 被害を未然に防ぐため、キャッシュカードや現金の保管場所を……ああっ、失礼します!」
男は老人の言葉を遮るようにして、強引にドアの隙間に体をねじ込み、土足のまま上がり込んだ。
「なっ、何をするんですか! あんた、本当に警察……」
老人が男の黒いパーカー姿を見て、ようやく異変に気づき後ずさる。しかし、足が悪い老人は逃げることもできず、そのまま床に尻餅をついた。
「だ、出せ! 金とカード、全部出せよ! 暗証番号も教えろ!」
男がポケットから取り出した果物ナイフを突きつける。
「ひっ……!? た、助け……!」
「う、うるさい! 大声出すな!」
パニックになりかけた老人が叫ぼうとした、その時だった。
『――おい。近所に気付かれるだろ』
イヤホン越しに、指示役の男の冷徹な声が響いた。
まるでテレビゲームでも操作しているかのような、一切の感情が欠落した声。
『騒がれる前にやれ。……刺せ』
「えっ……? いや、でも俺、強盗だけで殺しなんて……」
『やれって言ってんだよゴミクズが!! 家族皆殺しにされたいのか!? さっさと刺して金奪ってこい!!』
怒号に急かされ、男の理性が完全に吹き飛んだ。
「あああああっ!!」
男は目を固く閉じ、持っていた刃物を無我夢中で振り下ろした。
鈍い音と、短い悲鳴。
生暖かい液体が手に飛び散り、老人の体がゆっくりと床に崩れ落ちていく。
「はぁっ、はぁっ……! や、やりました、刺しました……!」
『よし、よくやった。そのままタンスの中にある現金と、キャッシュカードを全部バッグに詰めろ。暗号は後で送るから、今は逃げろ。……ああ、血のついた服のまま外歩くんじゃねえぞ』
人の命が奪われたというのに、指示役の声は「作業」が一つ進んだ程度の認識しか持っていなかった。
男は震える手で血まみれの刃物を落とし、言われるがままに家の中を物色し始める。
安全なアジトのモニター越しに、見えない糸で弱者を操り、他人の命を金に変える。
表の眩い光の裏側で蠢く、社会の澱のような下劣な悪意。
そんな最悪の事件が起きたことなど露知らず、煌びやかな東京の夜は、今日も静かに更けていくのであった。
夏が過ぎ去り、ジリジリとした暑さが和らぐと、東京の街にも少しずつ秋の気配が近づいてきていた。
「多様性美術館、すっごく面白かったね~。そろそろ涼しくなってきたし、芸術の秋だね!」
新宿アジトのリビングで、メイコが極彩色のネイルを光らせながら楽しそうに笑う。
「読書の秋!」
リルが、元気よく手を挙げる。
「スポーツの秋っしょ!」
メイコが続く。
「性欲の秋!」
リルが、どこで覚えてきたのかわからない満面の笑みでとんでもないワードを放り込んだ。
「……こらこら。我が国の変態総理大臣が言いそうなことを、無邪気に言わないの」
モニカが、頭痛を堪えるようにこめかみを押さえる。
「スポーツと性欲を繋げないの! ……さぁ、できたわよ」
マリアが、キッチンから湯気を立てる大皿を運んできた。
今日の夕食は、マリア特製のタラとキノコのホイル焼きだ。
「わーい! タラ、おいしそう!」
リルが、ふっくらと蒸し上がった白身の魚を見て目を輝かせる。
「オシャレでおいしそう~! 秋のキノコもたっぷりだし!」
メイコも、具材を見ながら満面の笑みを浮かべた。
「あんたたち、お魚ばっかりじゃなくて、ちゃんと野菜も食べなさい。ほら、おひたしにサラダ」
マリアが、二人の若い子にサラダボウルから野菜を小皿に取り分けて渡す。
「えー、マリアちゃんお母さんみたーい」
口を尖らせるリルを横目に、モニカがワイングラスを傾けてふうっと息を吐いた。
「まあまあ。若いうちにちゃんと栄養つけておくのよ」
(……すっかり、オカンだな)
少し離れた一人用のソファーに深く腰掛け、漆黒のコート姿のまま食前のブラックコーヒーを飲んでいたスレイは、細く息を吐いた。
命のやり取りを日常とする彼ら『裏の掃除屋』にとって、こういう頭を空っぽにしてだらけられる時間は、決して無駄ではないのだ。
そんな平和な食卓のBGM代わりに流れていたテレビから、夜のニュースが聞こえてきた。
『――続いてのニュースです。環政権の最新の経済指標が発表され、失業率と税金は過去最低水準まで下がり、一方で平均賃金、GDP、および日経平均株価は過去最高を記録しました。海外の投資家からも……』
「……あのド変態総理。政治家としての手腕だけは、本当に完璧だから呆れるわね」
マリアが、呆れ半分、感心半分の溜め息を吐く。
「ええ。国を豊かにするという一点においては、歴史上類を見ないほどの超有能な指導者なのよね」
モニカも同意する。スレイも無言のまま、心の中でそれに頷いた。
「ありとあらゆるパロディブランドを、国家権力で私物化しているのにね~」
メイコがケラケラと笑う。
「メイコのお父さん、たぶん共犯だよ~」
リルが核心を突く。
「確かに~! パパもアイドル多様性坂69の推し活とかしてる!」
しかし。
光が強くなれば、当然のように影も濃くなる。
景気が良くなり国全体が経済的に再生したところで、社会の底辺で蠢く人間の『悪意』までは消え去らない。
『――昨夜未明、都内の住宅街で、一人暮らしの老人が刃物で殺害されているのが発見され……』
テレビのキャスターが、一転して沈痛な面持ちで凄惨な事件を読み上げる。
「……また老人が狙われたのね~。最近の流行りね、本当に。これで何件目よ」
マリアがホイル焼きをつつく箸を止めた。
「ただの空き巣や強盗ではなく……例の『闇バイト』かしらね」
モニカが、冷たい声でプロファイリングする。
今日もまた、理不尽な暴力によって奪われた命のニュースが淡々と読み上げられている。
表の警察や、どれほど有能な政治家でも掬い取ることのできない、社会の澱(おり)のような悪。
それこそが、スレイたちPCUが片付けるべき仕事だ。
その時だった。
『ピリリリリリッ!』
リビングのメインコンソールが、けたたましい電子音を鳴らした。最高レベルの暗号化回線。発信元は『首相感貞』だ。
「……お呼び出しよ、スレイ。総理と大物議員Aからね」
先ほどまでオカン全開だったマリアが、一瞬で冷徹なオペレーターの顔つきに切り替わり、流れるような手つきでキーボードを叩く。
リルもメイコもモニカも、箸を止めて部屋の空気を引き締めた。
「任務か。……食べ終えたら向かおう」
スレイはコーヒーカップをテーブルに置き、静かに立ち上がった。
――数時間後。首相感貞・特別地下室。
重厚な防音扉の奥。円卓にはすでに、環萌美内閣総理大臣と、その側近である大物議員Aが厳しい面持ちで待機していた。
「パパ~! きたよー! 今夜はね、マリアがホイル焼き作ってくれたっしょ!」
メイコが、重い空気を吹き飛ばすように無邪気に手を振る。
「おお~、それはよかった! マリア君、娘がいつも世話になるね、本当に」
大物議員Aの顔が、一瞬だけデレデレの父親のものに緩む。
「……やっぱり、最近全国で老人が何人も殺されている件?」
リルが真っ直ぐに尋ねると、二人の顔は再び国家を背負う政治家のそれに戻った。
「ああ。やはり、君たちも予想はついていたか」
大物議員Aが重々しく頷く。
「どうしてもね。私がどれだけ国を豊かにすると言っても、限度があるわ」
萌美総理が、艶やかな息を吐きながら言った。
「ええ。どんなに豊かな国になっても、一部の闇は消えないわね」
マリアが同意する。
「申し訳ないけど、社会のシステムがどんなにキチンとしていても、その中で『ちゃんと生きられない人(ドロップアウトする人)』は必ず一定数いるのよ」
モニカが、犯罪心理の真理を冷酷に突いた。
「もちろん、表の山田相姦(警察組織)も全力で動いているわ。でも、この超高齢化社会だと、ターゲットになる老人の数が多すぎるのよ。被害者側からの接触や防犯には限界があるわ」
萌美総理がモニターに、警察が作成した犯罪組織の構造図を映し出した。
大物議員Aが、レーザーポインターで図を指し示しながら現状を軽く説明する。
A 情報屋: ターゲットになりそうな高齢者の名簿(カモリスト)を裏で売りさばく。
B かけ子(アポ電): 名簿をもとに電話をかけまくり、騙せそうな家、金がありそうな家をリストアップする。ここで資産状況や在宅時間が完全にバレる。
C 指示役: アポ電で得た情報を元に、安全なアジトから襲撃の計画を立てる。SNSで「高額報酬」「即日即金」「簡単な運びの仕事」などと甘い言葉で募集をかけ、違法な犯罪行為の実行犯を集める。
D 闇バイト(実行犯): 指示役から匿名アプリ経由で「〇〇区の〇〇という家に、〇時に押し入って現金を奪え」と命令され、現場で実際に手を下す。
「……つまり、警察がいくらパトロールしても、今はもう『D』の段階にきている家が多いんだね。だから最近、事件が多いんだ」
リルが構造図を見て納得する。
「でも、たぶんだけど次の『E』があるよね? お金の受け渡しか、ATMからの引き出し役」
メイコが、実行犯のその先を指摘した。
「ええ。しかし、現場で『D(闇バイト)』の実行犯や『E(引き出し役)』をいくら逮捕しても、意味がないのよ」
マリアが、根本的な問題を口にする。
「トカゲの尻尾ですらないわね。使い捨ての駒を捕まえたところで、大元の『C(指示役)』にたどり着かないと、またすぐにSNSで新しいバカを集めて犯罪を繰り返すだけだわ」
モニカも吐き捨てるように言った。
「そう。そこで、君たちPCUへの白羽の矢が立ったという訳だ」
大物議員Aが、スレイたちを真っ直ぐに見据える。
その言葉の真意を悟り、スレイが漆黒のサングラスの奥で鋭い光を放った。
「……つまり。俺たちに、闇バイト(実行犯)に応募しろということだな」
「えぇ、その通りよ」
萌美総理が、妖艶な笑みを深めて肯定した。
「バカな若者のフリをしてSNSで闇バイトに応募し……社会の底辺に潜るのよ。そして、見えない糸を引いている指示役と直接繋がりなさい!」
――新宿アジト。
「まずは、その『闇バイト』ってやつに応募しないとだよね!」
リルが腕まくりをして気合を入れる。
「で、何で探すの? seX(エックス)? 淫スタグラム? それともフェイスシャワー? Telegranal(テレグルアナル)とかっしょ?」
「……この国のSNSは、名前からして一体どうなっているのよ……」
極彩色のネイルでスマホをいじるメイコから飛び出す、相変わらず卑猥なパロディSNSのオンパレードに、モニカが深く、深い溜め息を吐いた。
「とにかく、これを見て」
マリアが呆れながらも、メインモニターに数枚のスマートフォン画面のスクリーンショットを映し出した。
「奴らの入り口は、表のSNSよ。タイムラインや検索に『#高額バイト』『#即日即金』『#ホワイト案件』、または『#運び(荷物を運ぶだけ)』といった、甘いハッシュタグをつけて投稿し、獲物を釣るの」
「そして、そこから『秘匿通信アプリ』への誘導が行われるわ」
マリアがキーボードを叩き、通信経路の図解を画面に展開する。
「SNSのダイレクトメッセージ(DM)で連絡を取ってきた応募者に対して、『詳細はこっちで話す』と言って、一定時間でメッセージが自動消去され、警察の追跡が極めて困難な暗号化アプリへ移行させるのよ」
「えーっ。こんな明らかに怪しい募集、普通の人なら絶対引っ掛からないでしょ?」
リルが、不思議そうに首を傾げた。
「……それが、引っ掛かるんだよ。リルたそ」
メイコが、いつもの軽いノリを消し、珍しく真剣な声のトーンで答える。
「パチンコやギャンブルで作った借金で首が回らない若者、ホスト狂いで今すぐ大金が必要な女の子……あとは、世の中の仕組みを知らない、ただ単にお金に困っている情報弱者たちっしょ。奴らは、そういう『考える余裕のない人間』をピンポイントで狙うんだよ」
「……その通りよ」
モニカが、冷たいプロファイラーの瞳でメイコの言葉を肯定する。
「そして、ここからが奴らの最も悪辣な手口ね」
「秘匿アプリに移行した直後。奴らは『仕事の具体的な内容』を教える前に、まずは『身元確認』と称して、応募者に身分証明書を持った自撮り写真 と、実家や家族の連絡先を送信させるのよ」
「えっ……! 仕事の内容を聞く前に、先に自分の個人情報を全部教えちゃうの!?」
リルが青ざめた顔で息を呑む。
「ええ。……そして、ここで情報を送ってしまった時点で、応募者の首には見えない首輪が嵌められることになるわ」
モニカが氷のように冷たい声で、その心理的な罠(トラップ)を解説した。
「『もし逃げたり、警察に行けば、お前の家族を殺すぞ』……そう脅されるための、完璧な人質を自ら差し出してしまうのよ」
「……その後で、初めて奴らは牙を剥く」
スレイが、漆黒のサングラスの奥で静かな怒りを燃やしながら低い声を出した。
「『実は今回の仕事は、強盗(タタキ)だ』と、本当の犯罪内容が明かされる。……当然、応募者はビビって辞めようとするけれど、個人情報と家族の命を握られているため、断ることができず、強制的に実行犯に仕立て上げられる……というわけね」
マリアが、一連の手口を総括した。
逃げ場を塞ぎ、恐怖で支配し、使い捨ての駒として他人の家に押し入らせる。
現代の錬金術とも言える、極めてシステマチックで卑劣な犯罪構造。
「そんで、今回は私たちがその『応募者』としてコンタクトをとるんだね!」
リルが拳を握り締める。
「一体誰でやるの? 強盗(タタキ)の実行犯となると、アタシやリルたそみたいな女性はないか~」
メイコが言うと、スレイが静かに立ち上がった。
「……さすがにここは、俺だろうな」
「ええ。既に、萌美総理から『ダミーの身分証明書』と『ダミーの家族の情報』を受け取っているわ」
モニカが頷く。
「まずは、例のハッシュダグから応募しておきましょう。また明日、動きがあるはずだわ」
マリアは即座にダミーのスマートフォンを立ち上げ、追跡不可能な通信経路(VPN)を確保した上で、表のSNSの海へとダイブした。
『#高額バイト』『#即金』『#運び』。
検索窓に叩き込むと、吐き気を催すほど大量の「怪しい募集アカウント」が滝のように流れてくる。
「……これなんて、明らかね。DMを送ってみるわ」
お金に困っています、即金が欲しいです。どんな仕事でも何でもやります。
切羽詰まった若者を装い、総理が設定した通りのメッセージを送信する。
おそらく、どこかしらから反応はあるだろう。
今日は一旦、網を張った状態で寝ることにした。
――翌日。
「……早速、食いついてきたわ! このまま進めるわね」
メインモニターの前で、マリアが声を上げる。
ダミーのスマホに、一つのアカウントから返信が届いていた。
『ご連絡ありがとうございます。詳細はセキュリティ上の理由で、こちらのアプリでお話しします。以下のリンクからダウンロードし、IDを追加してください』
「……予想通りね。メッセージが自動消去される『別の暗号系秘匿アプリ』への誘導よ」
モニカが、敵の手口通りに事が進んでいることを確認する。
マリアは冷たい笑みを浮かべ、すぐさまその秘匿アプリへと移行し、指定されたアカウントと接触を図った。
相手は、まだ仕事の内容を一切明かさない。
ただ事務的に、そして冷酷に身分証明書を持った自撮り写真と実家や家族の緊急連絡先を要求してきた。
「……送るわよ」
マリアがエンターキーを叩く。
萌美総理が科捜研の技術をフル稼働させて作り上げた完璧な偽造データ――『スレイの合成写真入り身分証』と、『偽の実家の住所』、そして『偽の家族の連絡先』を、躊躇なく闇の向こう側へと送信した。
「これで釣られてくれるかな? 総理が用意したダミーの身分証だし、国のお墨付きだものね!」
リルが身を乗り出す。
「ところでさ、総理の用意したダミーって、どういう設定なの?」
メイコが、ふと気になったように尋ねた。
「そういえば、気にしたことなかったわね。どういう経緯で『お金に困っている』設定なのか、万が一の質疑応答のために把握しておくべきだわ」
モニカがマリアに指示を出す。
「確かにその通りね。スレイ、あなたも自分のダミー設定なんだから、各自覚えておいて」
そう言って、マリアが総理から送られてきた『ダミー設定の資料』をメインモニターに投影した。
そこに映し出されたのは――。
現住所: 新宿区歌舞伎町・ネットカフェ難民
職業: パパ活コンサルタント
借金総額: 約8億5000万円(※闇金、慰謝料、示談金、懸賞金の合算)
負債の理由(※環萌美総理考案):
マッチングアプリとSNSの精子提供ボランティアを悪用し、全国で同時多発的に『合計28人の女性』を妊娠させたため。
しかも、そのうち3人が「広域指定暴力団の組長の娘」、2人が「大物政治家の愛人」、5人が「ヤバい半グレ集団の女」だったことが発覚。
現在は各地の反社から「ケジメ(物理)」をつけられるために追われており、逃亡資金と慰謝料を稼ぐために「どんなに危険なヨゴレ仕事でもいいから、今すぐ即金が欲しい」という、後がない切羽詰まった状況。
「「「…………」」」
「……うわ~~~っ! これは酷い!」
リルがドン引きして後ずさる。
「ヤバッ! つーか、借金8億で各地のヤクザから追われてるとか、これ生きてるだけで奇跡じゃね!?」
メイコが手を叩いて大爆笑している。
「………………」
モニカとマリアは、一切の表情を消して無言でモニターを見つめていた。
(……頼む!!! 頼むから……!!)
スレイは、漆黒のサングラスの奥で、かつてないほどの深い絶望に包まれていた。
(もう少しだけ……もう少しだけでいいから、マシな設定にしてくれ!!!!!)
国家の最高権力者である変態総理が全力で考えた、最低最悪の「ダミー設定」。
最強の暗殺者スレイは、この世の全ての尊厳を失った『クズ中のクズ』として、闇バイトの深淵へと足を踏み入れることになったのである。
前編、お読みいただきありがとうございました。
マリア特製のホイル焼きを囲む平和な食卓から一転、現代の闇とも言える「卑劣な犯罪システム」の全貌が語られましたね。
社会の澱(おり)を根こそぎ掃除するため、萌美総理がスレイに用意した「とんでもない作戦(設定)」とは……。
明日の中編では、PCUの面々がいよいよ底知れない闇のネットワークへと潜入を開始します。明日の更新もどうぞお楽しみに!