境界線PCU~多様性ワールドへようこそ~   作:トナカイ粉砕

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いつもお読みいただきありがとうございます。
第16話、中編です!

前回のラストで総理から提案された、危険な「潜入作戦」。いよいよ裏社会のネットワークへと接触を図るPCUですが、彼らを待ち受けていたのは色々な意味で予想外の展開でした。
緊迫の罠張りと、暗殺者たちの容赦なきお掃除の始まりを、どうか最後までお楽しみください!


ダークアザーサイド編(中編)

――昼下がり。新宿アジト。

 

「パン買ってきたよ~!」

お昼ご飯の調達に出かけていたリルが、紙袋を抱えて元気よく帰ってきた。

「みんなの分のタピオカもあるよ! スレイはエスプレッソね!」

メイコが極彩色のネイルでドリンクホルダーをテーブルに置く。

「ああ、助かる」

スレイが無骨に受け取り、温かいコーヒーを啜った。

 

「そろそろ、相手から何かしらの返事……『実は今回の仕事はタタキ(強盗)です』っていう脅迫の連絡がきそうだけどね」

モニカがサンドイッチを齧りながら、ダミーのスマホを眺める。

「落ち着いて待っていましょう。借金8億5千万円で反社から追われている極悪パパ活コンサルタント(※スレイのダミー設定)なんて、奴らからすれば『これ以上ないほどの絶好の使い捨ての駒』よ。必ずくるはずだわ」

マリアが絶対の自信を持って言う。

 

そうして、食後のコーヒーとタピオカを楽しんでいる最中だった。

 

『ピロンッ』

「来たわね!」

マリアが急いでダミーのスマホを操作し、その画面をメインモニターに投影する。

 

「えーと、仕事内容は……『指定された住所での、荷物の受け取りからの受け渡し』?」

リルがメッセージを読み上げる。

「あー、『運び』ってやつだね~。……どうせ、現場に着いた瞬間に仕事内容(強盗)に変更されるんでしょ」

メイコが呆れたように言う。

「場所は21時、杉並区の戸建て。……事前情報通り、老人の1人暮らしの家ね。一旦、総理に連絡しましょう」

モニカの指示で、マリアが首相感貞の暗号回線を開いた。

 

『あら。見事に釣り針に引っかかったようね』

モニターの向こうで、萌美総理が妖艶に微笑む。

『やっぱり、私が直々に考えたダミー設定が最高によかったのかしら~』

『流石は総理ですな。人間の心理というものを完全に掌握されておられる』

大物議員Aが、心からの感嘆と共に拍手を送る。

 

 

(((んな訳あるかーーーーーッ!!!!!)))

スレイ、マリア、モニカの心のハーモニーで、怒りのツッコミが大爆発した。

あんな最低な設定に釣られる犯罪組織の知能レベルを疑うレベルである。

 

「……でも、実際どうやって接触をするの?」

リルが不思議そうに尋ねる。

「実際そこのおうちには行くけど、本当に強盗に入って老人を縛る訳じゃないでしょ?」

メイコの疑問に、大物議員Aが答える。

 

『そこのご老人は、今から山田相姦の裏部隊が向かって保護(確保)し、安全な高級温泉旅行でもプレゼントしよう。数日間は留守になる』

『だから、あなたたちはその家に入り込んで、堂々と待っていていいわ』

「わかった」

スレイが頷く。

「なるほど。現場で『怖くて仕事ができません』と言って相手を焦らせて、指示役から現場へと人員を釣る訳ね」

モニカが作戦の全貌を理解する。

「電話の逆探知と、指示役の『音声解析』も必要になるわね。すぐに向かって準備をしましょう!」

マリアの号令で、PCUのメンバーは武器を手に取り、杉並区の老人宅へと急行した。

 

――20時。杉並区の老人宅。

 

すでに山田部隊によって家主の老人は安全に避難させられており、家の中は無人になっていた。

マリアは手際よく各部屋に赤外線センサーと監視カメラ、そして高性能な集音マイクを設置していく。

モニカが家の中の構造を確認して言った。

「……おそらく、以前の『アポ電(事前調査)』か何かで、このリビングにある金庫の存在や、老人の資産状況は完全に突き止められているはずよ」

 

「あー、この奥の古めかしい金庫だよね!」

リルが、部屋の隅にある金庫を指差す。

「そうなると、指示役はスレイをここに案内してきそうだね」

メイコも周囲を見渡す。

「スレイ、指示役から連絡がきたら、まずは『音声が小さくて聞こえない』と言って、相手にボリュームを上げさせてちょうだい。……そうすれば、環境音からアジトの場所を逆探知できるかもしれないわ」

マリアが指示を出す。

「わかった」

「その後に、『やっぱり人がいるから怖くてできない』と言って泣き言を並べて、向こうのケジメ部隊(回収役)をこの家に呼んで」

 

「21時が指定時間だったよね! じゃあ、20時過ぎに到着するように、総理の裏金でお寿司頼んでおくね!」

リルが無邪気にスマホを操作する。

「みんな、リビングで堂々と待機してていいんだよね?」

メイコの問いに、モニカが頷く。

「えぇ。それでいいわ。どうせ来るのは使い捨ての末端じゃない連中よ」

 

そして20時過ぎ。

萌美総理の裏金で頼まれた、最高級の特上寿司の桶がいくつも到着した。

 

「うわ~っ! 凄いたくさん!」

「お腹減ったし、連絡くるまで食べて待っていようよ!」

リルとメイコが、大喜びで醤油の準備を始める。

「そうね。変に警戒するより、普通にしていればいいわ」

マリアも特上ウニを口に運ぶ。

「向こうからの連絡は、おそらくプリペイド電話か、暗号アプリ内の通話でしょうから、逆探知には少し時間がかかるかもしれないわね」

そうして、何やら楽しげにお寿司を平らげてお茶を飲んでいると……ダミーのスマホのアプリコールが鳴り響いた。

 

『――着いたか。準備はいいか?』

くぐもった、機械的に変声された指示役の声。

「……聞こえないんだが? もっとボリュームを上げてくれ」

スレイの要求に、指示役は特に疑う様子もなくボリュームを上げた。

(……よし。音声をキャッチしたわ。解析にかける!)

マリアが手元のコンソールで、瞬時に音声データの裏側にある環境音の抽出を開始する。

 

『その家のリビングの奥に金庫がある。そこにキャッシュカードと現金が入っているはずだ。それを全部バッグに詰めて運んでくるんだ』

「……おい、そんなこと出来る訳ない! 話が違う、しかも、奥の部屋に誰か(老人)いるじゃないか!」

スレイが、怯えたような声を作って抗議する。

『……あぁ? できないというなら、お前を東京湾に沈めるだけじゃないぞ。お前が送ってきた家族の命もどうなるかわかってるんだろうな?』

「そんな……! 話が違うじゃないか!」

『運ぶのは本当だ。偶然、家に邪魔な「障害物」が転がっているだけだ。……排除しろ(殺せ)』

「そんなこと、俺にはできない!」

スレイはそう叫び、アプリの通信を一方的に切断した。

 

「……いいんじゃないの~。おそらく、向こうが焦ってもう1回かかってくるでしょ」

リルがお茶をズズッとすする。

「たぶん今からケジメつけに行く』とか何とか言って脅してくるっしょ!」

メイコの予想通り、すぐにアプリのコールが鳴った。

 

『……おい。お前だけじゃなく、家族が皆殺しになってもいいのか?』

「わ、わかった! 5分後にまた連絡してくれ。……やってみる!」

スレイがそう言って、また通信を切る。

 

「音声のキャッチは問題ないわ。少しずつだけど、指示役のアジトのノイズが絞れてきている」

マリアがモニターの波形を睨む。

「さて、次は相手をこの家におびき出しましょう。……使い捨ての末端(闇バイト)じゃなくて、少しでも上の幹部が来るように注意してね」

モニカがアドバイスする。

 

そして、5分後。三度目のアプリ通信が鳴る。

 

「……はぁっ、はぁっ……! やったぞ! 老人を拷問して、金庫の暗証番号は聞き出した!」

『よし、よくやった! やればできるじゃないか、このクズが。……じゃあ、さっさと指定先に届けろ』

「それが……人を刺したショックで腰が抜けて、一歩も動けないんだ。誰か、誰かよこしてくれ! カードと現金は渡す! 信用ならないから、末端のバイトじゃなくて、お前のところの身内をよこしてくれ!」

スレイが、極限までパニックになった哀れな男を完璧に演じ切る。

 

電話の向こうで、指示役が少し舌打ちをする音が聞こえた。

『……チッ。使えねえな。わかった。うちの事務所から直接「回収役」を向かわせる。そこで大人しく待っていな』

「あ、あぁ……助かる。怖いから、絶対に2人以上できてくれ。……そして、本当にあんたのところの人間か確認するための合言葉は……『人間のクズだ』にしてくれ」

『……わかった。そのまま待機しろ』

アプリ通信が切れた。

 

「……あと何分かでやってくるかな~?」

リルが、楽しそうに高圧電流の流れるスタンガンを「バチッ! バチバチッ!」と鳴らして準備する。

「アタシも素振りしとこーっと!」

メイコも、金属バットをフルスイングして風切り音を立てる。

マリアとモニカも、静かにハンドガンのスライドを引いた。

 

――数十分後。

 

玄関に、複数の車のドアが閉まる音と、荒々しい足音が響いた。

どうやら、要求通り2名の男がやってきたようだ。

 

ガチャリとドアが開き、土足のままリビングへと入ってきたのは、半グレのようなチンピラ風の男(カスA)と、体格の良い男(カスB)だった。

 

「あんたらは……指示役の事務所の者か? 合言葉は?」

スレイが、怯えたフリをして震える声で尋ねる。

「『人間のクズだ』。……これでいいか、パパ活孕ませ野郎。で、キャッシュカードはどこだ?」

カスAが、スレイを鼻で笑いながら尋ねる。

「じょ、情報通り……リビングの奥の金庫のようだ。金庫を見てくれ。まだ開けていない」

スレイの案内に、カスAとカスBは何も疑うことなく、リビングの奥へと足を踏み入れた。

 

しかし、そこに広がっていた光景は。

 

「あ~~~っ! また負けちゃった!!」

「リルたそ、防御が甘いって~! そこはガードっしょ!」

 

【挿絵表示】

 

リビングのど真ん中で、金髪の少女(リル)と極彩色のギャル(メイコ)が、呑気にポテトチップスを食べながら格闘ゲームで白熱のバトルを繰り広げていたのだ。

 

「「…………は?」」

予想外すぎるカオスな状況に、カスAとカスBは一瞬驚いて何がなんだかわからず、完全に思考が停止した。

 

「……すまんな。うちの姪っ子達だ」

スレイが、至極真面目な顔で嘘をつく。

「め、姪っ子同伴でこんなタタキの仕事してんのかよ!?」

「すげぇ根性してんな、お前……」

呆れ果てたカスAとカスBが、無防備な背中を見せて金庫へと近づいた、その時だった。

 

「――動くな」

 

物陰に潜んでいた二人の大人の女性。

マリアがカスAの側頭部に、モニカがカスBの首筋に、音もなく冷たいハンドガンの銃口をピタリと突きつけた。

 

「その金庫の暗証番号は…… 4949(死苦死苦) よ」

マリアが冷酷に囁く。

「そして、ダイヤルを左に4回、右に9回よ。……早く開けなさい」

モニカの容赦ない殺気が、カスたちの全身から一瞬で血の気を引かせる。

 

カスAとカスBも、流石に自分たちが「ただの借金まみれの素人」を相手にしているわけではないことに気づき始めた。

「ど、どういうことだ、これは!? お前ら、警察ではなさそうだが……」

カスAが震え声で尋ねる。

「俺たちに逆らって、ただで済むとでも思っているのか!?」

カスBが強がって凄む。

 

「……何を言っているんだ。早く金庫を開けるんじゃないのか?」

スレイが、漆黒のサングラスの奥で死神の微笑みを浮かべ、カスBの首筋にナイフの刃をチクリと押し当てた。

「ヒッ……!!」

 

カスAとカスBは、滝のような冷や汗を流しながら、言われた通りに金庫のダイヤルを回して扉を開けた。

中には、あらかじめマリアたちが用意しておいたキャッシュカードが入っていた。

 

「ほら、お目当てのカードだ。よかったじゃないか。……指示役に報告しろ」

スレイが、冷酷な声で命じる。

「カードは手に入れたって、アプリで連絡しなさいよ」

マリアが銃口を押し付ける。

「それが、あなたたちの『仕事』なんでしょ?」

モニカが冷笑する。

 

しかし、自分たちの頭に銃口が向けられている状況で、どう報告しろというのか。

スレイがさらにナイフを首に押し当て、マリアが音声を採取するための集音マイクを取り付けると、カスAは泣きそうになりながら指示役へとアプリ通信を入れた。

 

「……ぶ、無事に回収した!」

『よし。ご苦労だった。そのまま指定の場所へ運べ』

指示役からの言葉を聞き、カスBが絶望的な顔をしてスレイたちを睨む。

「お前ら……本当に、何者だ?」

 

そこに、格闘ゲームを終えた『姪っ子』という設定のリルとメイコが、ニコニコと笑顔で歩み寄ってきた。

 

「あ~、お兄さんたち! そのカードなんだけど、強盗しても全然意味ないよ!」

リルが言う。

「それ、ただの期限切れの『レンタルビデオ屋さんの会員カード』だもん」

メイコが極彩色のネイルでカードを指差して笑った。

 

「なんだと……!?」

そう言うか言わないかの瞬間。

 

【挿絵表示】

 

「はい、おやすみーっ!」

リルのスタンガンが、カスAの鳩尾にフルパワーで押し当てられた。

『バチバチバチッ!!』

「グわあああああッ!?」

 

「アタシも、フルスイングっしょー!!」

メイコの金属バットが、カスBの顔面にクリーンヒットした。

『ガァンッ!!』

「ぐへえぇぇぇッ!?」

 

白目を剥いて床に崩れ落ちた二人の回収役。

スレイが、気絶しかけているカスAの胸ぐらを掴んで引きずり起こす。

「さて。お前さん達の元締(指示役)はどこにいるんだ?」

 

「し、知らない! 本当なんだ! アプリで指示されるだけで、顔も居場所も知らない!」

「お、俺らもただの雇われの使いっ走りだ! 本当に知らないんだよ!」

カスBも顔面から血を流しながら必死に命乞いをする。

 

『パンッ!』 『パンッ!』

「「ぎゃああああああああああああッ!!」」

マリアとモニカが、一切の躊躇なく、消音器(サイレンサー)のついたハンドガンでカスAとカスBの足を撃ち抜いた。

 

「少なくとも、お前たちは回収役ではあるはずだ。……回収した荷物は、その後『どこに』持っていく?」

スレイが、冷酷な尋問を続ける。

『ドスッ!』 鳩尾に一発。

「ぐはぁ~っ!!」

『ボゴッ!』 間髪入れず、顔面に一発。

「ほげぇ~っ!!」

『メキッ!』 さらに間髪入れず、もう一発顔面に一発。

 

「……こ、コインロッカーから回収した後は……おそらく、本部の幹部が直接取りにくるはずだ……!」

ボコボコにされたカスAが、泣き叫びながら自白する。

「ま、毎回……橋の下や、自動販売機の裏など、人目につかない場所が受け渡し場所として指定されるんだ……!」

カスBも涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして吐いた。

 

「じゃあ、その幹部からの連絡を待てばいいんだね!」

リルが目を輝かせる。

「その受け渡し場所で、幹部に直接会えそうだね!」

そう言って、メイコはカスAとカスBの鼻面に、情け容赦ない金属バットのフルスイングをお見舞いし、二人を完全に気絶させた。

 

「……いったん、ここはもうよさそうね。まずは萌美総理に状況の連絡を入れましょう」

モニカが息をつく。

マリアがコンソールを操作して首相感貞へ連絡を入れようとした、まさにその時だった。

 

『ピリリリリリッ!』

逆に、首相感貞の最高暗号回線から、マリアの端末へと緊急着信が入ったのだ。

 

「なんだ?」

スレイが眉をひそめる。

「こちらから連絡しようと思った瞬間に……」

マリアが急いで電話に出る。

「はい。……え? ……今すぐですか?」

マリアの顔色が、一瞬で緊迫したものに変わる。

 

「どうしたの、マリア?」

リルが不思議そうに首を傾げる。

「あ、パパ(大物議員A)からも私のスマホにメールがきてる! 『緊急事態だ、首相感貞にすぐ戻ってくれ』だって!」

メイコが画面を見て驚く。

 

「どうしたのマリア? 一体、何が起きたの?」

モニカがただならぬ気配を感じて尋ねる。

 

「……えぇ」

マリアが、信じられないというような顔で、スレイたちを見回した。

 

「都内の複数箇所に……毒物を散布するという、大規模な犯行声明が届いたみたいよ」

 

「……なんだと?」

スレイの漆黒のサングラスの奥で、戦慄の光が走った。

闇バイトの事件の裏で、突如として牙を剥いた「国家に対する大規模テロの予告」。

二つの事件は偶然か、それとも――。

 

杉並区の老人宅で、闇バイトの回収役(カスAとカスB)をボコボコにして山田相姦の裏部隊へと引き渡したPCUの面々は、急ぎ首相感貞・特別地下室へと帰還した。

 

「……よく来てくれたわね。先ほど、警視庁のサーバー宛てに厄介な『犯行声明』が送られてきたのよ」

円卓の奥で、環萌美総理が手元のタブレットを操作し、メインモニターに一つの動画ファイルを映し出した。

 

「映像は一切なし。背景が真っ暗な動画に、音声データだけが乗せられているわ」

大物議員Aが腕を組み、低い声で補足する。

「すでに警視庁の山田相姦が裏のサイバー部隊を使って発信元を解析させたが、IPアドレスは海外のサーバーを幾重にも経由しており、現在のところ追跡不能。音声も、高度なボイスチェンジャーで完全に変えられていることは確認済みだ」

 

モニターから、不自然に低く歪められた機械音声が流れ出す。

 

『――我々は、無作為に選んだ都内の複数箇所に、ドローンを用いて毒物を散布する』

 

犯行内容は、たったそれだけだった。

具体的な標的も、時間も、目的すら語られない不気味な声明。

 

しかし、その動画を見たリルは、少しも怖がる様子を見せず、ぽんっと手を叩いて無邪気な声を上げた。

「んー、でもさ! 本当にたくさんの人を殺したいだけなら、わざわざこんな予告なんかしないよね~!」

 

「……その通りだ。俺がいつも言っているように、そんなことをする意味がない」

スレイが腕を組み、リルの直感的な推理を、プロの暗殺者の冷徹な視点から肯定する。

「ええ。本気で無差別テロを成功させたいなら、警察の警戒レベルを上げるような無駄なことはせず、何も言わずにいきなり散布したほうが圧倒的に効率がいいわ」

マリアも、論理的な見地から同意した。

 

「つまり、ただの無差別殺人じゃない。……自己顕示欲や承認欲求が強いタイプの犯人は、必ずどこかに『自分へと繋がるヒント』を残すものよ」

モニカが、犯人の心理状態を的確に分析していく。

「自分の知能を誇示するため、警察や我々に対して、ゲームや挑戦状のように仕掛けてきているパターンか……あるいは、別の意図ね」

 

「じゃあ、絶対に別の目的があるんだ! たぶん、闇バイトの指示役みたいに、あとで『もっと詳しい要求』がくるよ!」

リルが自信満々に人差し指を立てる。

「……だろうな」

スレイはサングラスの奥で、姿なきテロリストたちの回りくどい手口に内心深く呆れながらも、短く同意した。

 

「とはいえ、ただ要求を待っているわけにもいかないわね。その前に、わかる範囲で敵の居場所を特定していかないと」

マリアが手元のコンソールに自身のハッキングツールを接続する。

「そうね。まずはあの動画の音声から、少しでもヒントを探しましょう」

モニカの提案により、チームは暗闇の動画データそのものの解析へと取り掛かった。

 

「……犯人のダミーの声が邪魔ね。ボイスリムーバー(音声分離ソフト)をかけて、声の帯域だけを取り除いてみるわ」

マリアがキーボードを凄まじい速度で叩く。

 

動画の音声ファイルから、犯人の歪んだボイスチェンジャーの声だけが綺麗に抽出・削除され、純粋な『背景音(バックグラウンドノイズ)』だけがスピーカーから流れ出した。

「犯人の声」をボイスリムーバーで取り除いた後、マリアはさらに高度なノイズキャンセリングと周波数フィルターを幾重にも重ね、背後に隠された『サーッ』という環境音の波形だけを極限まで増幅させた。

 

すると、その単調なノイズの奥底から、極めて微かな、しかし確かに輪郭を持った『日常の音』が浮かび上がってきた。

 

「――とーりゃんせ~、とーりゃんせ~♪」

金髪の少女リルが、スピーカーから漏れ聞こえてきた微かな電子音に合わせて、無邪気に首を揺らして歌い出した。

 

「……横断歩道のメロディね。近くに信号機があるわ」

プロファイラーのモニカが即座に音の正体を特定する。

「ええ。でも『カッコー』と『通りゃんせ』は、全国で一番多く使われている音響用信号機よ。さすがに、これだけじゃ範囲が広すぎるわね」

マリアがキーボードを叩きながら首を振る。

 

「……周囲の足音や車の走行音から、『人の多さ』はわかるか?」

漆黒のコートを着たスレイが、サングラスの奥で鋭く問いかける。

「……少なくはないわ。いや、アスファルトの反響音からして、かなり『多い』。都心の幹線道路沿いか、駅前の可能性が高いわね」

 

マリアがさらに別の周波数帯をクリアにする。

すると、今度は通りゃんせの背後から、まったく別の、ゆったりとした哀愁漂うメロディが微かに聞こえてきた。

 

「と~おき~、や~ま~に、ひはおち~て~♪」

再びリルが、ドヴォルザークの『新世界より(家路)』のメロディを正確な音程で口ずさむ。

 

「帰路を促す、防災行政無線のチャイムね。……今の季節(秋口)でこの曲が流れるということは、『17時の合図』よ」

モニカが時間帯を完璧にプロファイリングした。

「惜しいわね。これも自治体によって曲目や時間が違うから、絞り込みの大きなヒントにはなるけれど、まだ一つに特定できるほどじゃないわ」

マリアが全国の自治体データベースと照合しながら舌打ちをする。

 

「……待て。その後ろのほうに、さらに何か『別のメロディ』が被っているぞ」

暗殺者としての異常な聴覚を持つスレイが、二つの音楽の隙間に隠れた『三つ目の音』を拾い上げた。

 

マリアが、スレイの指摘した帯域を限界までブーストする。

 

「ゆうや~け、こやけ~の、あかとんぼ~♪」

本日三度目。リルの見事な絶対音感が、微かなメロディを正確に言語化する。

 

「赤とんぼ……。夕方のチャイムじゃないわね、音が移動しているわ。……おそらく、『ゴミ収集車』の音楽じゃないかしら」

モニカの推理に、マリアのタイピング速度が跳ね上がった。

 

「それよ、モニカ! ゴミ収集車のメロディも、自治体によって完全にバラバラなのよ! ええと……『17時に遠き山に日は落ちて』が鳴り、かつ『ゴミ収集車が赤とんぼ』を流し、さらに『通りゃんせ』の信号がある人口密集地……!」

 

3つのメロディと、2つの条件。

合計5つの要素が、データベース上で重なり合う。

 

「……出たわ。今、この条件で絞れたのは全国でたったの5箇所。……富山県の一部と、和歌山県の一部、そして……東京都の港区、足立区、中野区よ!」

「動画の録音場所、あるいはテロリストのアジトは、そのどれかということだな」

 

スレイが情報を整理し、深く息を吐く。

「……マリア、よくやった。今はこれ以上動けない。リルが言った通り、次の『犯行声明(要求)』が来るのを待とう」

 

スレイの読み通り、テロリストからの『次の接触』は、驚くほど早くやってきた。

 

『ピロロッ』

マリアのメインコンソールが警告音を鳴らし、再び警視庁のサーバーを経由して、新たな暗号化動画が首相感貞へと着信した。

即座に再生された動画から、あの不気味なボイスチェンジャーの声が響き渡る。

 

『――明日の18時。大規模な記者会見を、内閣総理大臣か、あるいは警視庁相関が行え。……そして、国民に向けてこう宣言するんだ。「青いキャップに白いリュック」の男を、指名手配したと』

 

「……青いキャップに、白いリュックの男?」

モニカが眉をひそめる。

 

やはり、毒物散布の予告は、無差別な殺害目的などではなく、この異常な要求を通すためのただの『脅し(人質)』だったのだ。

テロリストは、自分の手を汚すことなく、国家権力を使ってその「青いキャップの男」を大々的に指名手配させ、日本中から追い詰めようとしている。

 

「……ふふっ。馬鹿なテロリストね」

円卓の奥で、それまで静観していた環萌美内閣総理大臣が、妖艶な笑みを浮かべて立ち上がった。

 

「彼らは、要求の宛先を間違えているわ。『警視庁相関(そうかん)』なんて間違った漢字の役職、この国には存在しないもの。……仕方ないわね、ここは内閣総理大臣である私の出番というわけね」

 

表向きの警察トップである『警視総監(けいしそうかん)』。テロリストは動画の中で、その漢字を間違えて使用(あるいは発音)していたのだ。総理が余裕の笑みでそれを指摘する。

しかし。

 

(((……いや、『警視庁相姦(そうかん) 』なんていう、声に出すのも憚られるド変態がトップに座っている、この国のほうがおかしいでしょ……!!)))

モニカとマリアの常識人コンビが、心の中で完璧なツッコミをハモらせた。

 

(……この国の警察機構、完全に終わってるな)

スレイは漆黒のサングラスの奥で、日本の最高権力者と、テロリストの絶妙な変換ミスに対し、深く、深く呆れ返るのであった。

 




中編、お読みいただきありがとうございました。
萌美総理考案の「絶望的なダミー設定」を背負わされたスレイ、不憫すぎましたね……。そして、現場で格ゲーをしながら敵を待つリルとメイコのカオス空間!

しかし事態は、突如として送られてきた「大規模テロ予告」によって急展開を迎えます。一見無関係に見える二つの事件が、マリアとモニカの分析によってひとつの線で繋がり……!?
いよいよ明日は後編(20時更新)の解決編では、姿なきテロリストたちに対し、日本の最高権力者が表舞台で動き出します。ぜひ見届けに来てください!
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