境界線PCU~多様性ワールドへようこそ~   作:トナカイ粉砕

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いつもお読みいただきありがとうございます。
第16話、いよいよ解決編となる後編です!

二つの事件が繋がり、タイムリミットが迫る中。姿なきテロリストからの不可解な要求に対し、環萌美総理がついに「緊急記者会見」の壇上へと上がります。
全国に生中継される緊迫の会見。裏の掃除屋たちと最高権力者が仕掛ける反撃の狼煙を、どうか最後まで見届けてください!


ダークアザーサイド編(後編)

テロリストが要求してきた『青いキャップに白いリュックの男を指名手配しろ』という不可解な声明文を前に、金髪の少女リルが小首を傾げた。

 

「んー? なんでその男の人なの? 青いキャップに白いリュック姿で、犯人にすっごく恨まれてる人がいるのかな?」

リルの無邪気な疑問に対し、モニカがプロファイラーの視点から一つの解答を導き出した。

 

「……なるほど。そういうことね」

「これは、特定の個人を狙ったものじゃないわ。何かの『暗号(サイン)』よ」

「暗号?」メイコはどういうことだろうと眉をひそめる。

「『青いキャップに白いリュックの男』、という部分?」

マリアが即座にコンソールの検索窓にそのキーワードを打ち込みながら尋ねた。

 

「ええ。考えてもみなさい。内閣総理大臣の緊急記者会見なんて、テレビ、ラジオ、インターネット……日本のすべてのメディアがトップニュースで一斉に報じるわ」

環萌美総理が、国家権力を持つ者だからこその視点で語る。

「つまりこれは、絶対に通信遮断されず、全国どこでも、誰もが同時に確認できる『公共の電波』だ。テロリストは、国家のシステムを自分たちの伝達網(ネットワーク)として利用しようとしているのだ」

大物議員Aが、その悪辣な目論見を完璧に看破する。

 

「……なるほど。警察に包囲されて電波妨害(ジャミング)を受けても、スマホが圏外の場所にいても関係ない。絶対に足のつかない『究極の暗号一斉送信ツール』として、政府の公式発表を利用するということね」

マリアが感嘆と怒りの入り混じった息を漏らす。

 

「つまり、総理の口からそのキーワードが読み上げられるのを切っ掛けに、裏で待機している別動隊が何か行動を起こす……または、どこかのグループが一斉に動き出すシステムになっているのね」

モニカがプロファイラーとして、敵の組織的な動きを完全に読み切った。

 

「マフィアか、裏社会の関係者かは不明だが……大規模な『作戦開始の合図』ということで間違いなさそうだ」

スレイが漆黒のサングラスの奥で鋭く目を細め、姿なき巨大な敵の気配を感じ取る。

一見すると不気味な声明文に思えるが、指定された特定のフレーズを読み上げさせること自体が、最大のトラップだったのだ。

 

「なるほどー! じゃあ、総理が『丸いキャップに! でかいリュックの人!』って言い間違えちゃったら、犯人たちの作戦は失敗しちゃうんだね!」

リルがぽんっと手を叩き、アホの子全開の絶妙な言い間違いを披露する。

「……わざと言い間違えるのも手だが、合図が失敗した腹いせでドローンから毒物が散布されては元も子もないわね」

マリアが苦笑しながら、テロリストから新たに送られてきた次の短い犯行声明(脅迫動画)をコンソールに展開した。

 

「さて、新しい犯行声明の音声も、さっきと同じようにボイスリムーバーで声を取り除いてみるわよ」

マリアのタイピングにより、再び犯人の不気味な声が消去され、背後の環境音だけが抽出される。

 

『――とーりゃんせ~、とーりゃんせ~……』

 

(……しかし、何のための暗号だ。無差別テロの実行合図ならば、もっと違うやり方があるはずだ)

スレイは静かに思考を深める。

 

聞こえてきたのは、先ほどと同じく、信号機の横断歩道のメロディだった。

録音環境は変わっていない。絞り込みの条件は依然として生きている。

 

マリアがコーヒーを片手に、コンソールのモニターに表示された複雑な音声波形を指差した。

「……二つの動画の環境音を再解析した結果、建物の反響による残響時間や音量減衰を考えると、和歌山と富山の線はないわね。録音されたのは、おそらくある程度の人口密度や人の動きがある場所よ」

 

「でも、港区と中野区と足勃区(あだちく)だと、い~~~~っぱい人がいるよねぇ」

「リルたそ、何か漢字が違うよー。……まあ、そこから絞るのはさすがに難しいんじゃない?」

メイコがリルの無自覚なシモネタ変換を軽く流しながら言う。

 

(……何かが引っかかる気がする。いや、違う。……何かが繋がっている……?)

スレイの脳裏で、二つの全く異なる事件のピースが微かに引き合った。

 

「そういえば総理! さっきの杉並の老人宅にきた二人(カスAとB)、山田相姦の部隊に引き渡しておいたよ~!」

リルが思い出したように報告する。

「結構ボコボコにして気絶させちゃったから、あっちの幹部(回収役)との連絡の時に気を付けてね」

メイコが言うと、萌美総理は冷たく笑った。

「喋れさえすれば問題ないわ。犯罪の片棒を担ぐようなクズには当然の結果ね」

 

「そういえば……その幹部からの連絡。次の『受け渡し場所』を指定してくると言ってましたね」

モニカが思い出す。

「こっちのテロ予告も急ぎだけど、闇バイトのほうも片付けないとね」

マリアがコンソールから顔を上げる。

「……例のカスABのところへ向かうぞ。まずはあいつらを吐かせる」

スレイの号令で、PCUのメンバーは首相感貞のさらに地下深くにある拘束室へと向かった。

 

――首相感貞・地下拘束室。

 

山田相姦の裏部隊が、手錠をかけられた例のカスABを引き連れてくる。

カスABはスレイたちの顔を見るなり、完全に怯え切っていた。……尋問には好都合だ。

 

「す、すいません! 何でも話します!」

「これ以上殴るのは勘弁してください!」

「そうなの? じゃあまず教えてほしいんだけど……今までの『受け渡し場所』を全部教えて」

リルがニコニコしながら尋ねる。

「適当なこと言って嘘ついたら、ホームラン打っちゃうよー!」

メイコが、傍らで金属バットを「ブンッ!」とフルスイングで素振りして見せた。

 

「ヒィッ! 言う、言います!」

カスABは震え上がりながら、これまでの荷物の受け渡し場所を必死に吐き出した。

「渋谷川の金杉橋、田町駅のコインロッカー、東八ツ山公園、毛利庭園、広尾駅の自動販売機の裏……などなどです!」

 

「……地域はだいたい絞れるわね。地図でいうと、受け渡しエリアの半径がだいたいわかるわ」

モニカが脳内でマッピングを行う。

「都心のこのあたり……つまり『港区』周辺ね。それで次はどこか指定がくるはずよ」

マリアが頷いた、その瞬間。

 

(……港区……さっき聞いたばかりだ!)

 

スレイの脳内で、二つの事件の点と点が完全に繋がった。

「マリア! カスABのスマホの電話の解析をしてくれ! 杉並区の老人宅で、こいつらの指示役と通話して録音したやつだ!」

スレイが声を荒らげる。

「わかったわ、しかしこれは今必要なの?」

マリアが不思議そうに聞く。

「……もしかして! 受け取り場所は港区!」

モニカがハッとして目を見開く。

「テロ予告の録音場所である『港区、中野区、足立区』と関連があるってこと!?」

メイコも声を上げる。

「ほえ~~~。もしかして、繋がりがあるのかな?」

リルが首を傾げる。

 

スレイはカスABからスマホを奪い取り、萌美総理のいるメインルームへと急いで戻った。

 

――首相感貞・特別地下室。

 

マリアが、杉並区の老人宅でスレイが『闇バイトの指示役』と通話した際の内容を解析機にかける。

先ほどのテロ予告の動画とまったく同じ手順で、ボイスリムーバーで声を除去し、背後の環境音だけを抽出する。

 

『――とーりゃんせ~、とーりゃんせ~……』

 

「……横断歩道のメロディ。これはたくさんあるから、偶然もありえるよね」

メイコが言う。

 

【挿絵表示】

 

「えぇ、しかし……環境音の『波形』を完全にダブらせてみて、マリア」

モニカのプロファイリングに従い、マリアがコンソールを高速でセッティングし、ボイスリムーブした『テロ犯の環境音』と『指示役の環境音』を重ねあわせた。

 

『ピタリ』と。

二つの音声波形が、寸分の狂いもなく完全に一致した。

 

「あ~~~っ! ぴったんこだ!」

リルがモニターを見て歓声を上げる。

 

「……なるほどね。つまりテロの脅迫犯と、闇バイトの指示役は同一犯(あるいは同じアジトからの発信)。……そして、総理の緊急会見を利用したあの暗号は、何かの『合図』ということで確定ね」

萌美総理が、艶やかな唇の端を釣り上げる。

「しかし、これは何の合図でしょうか」

大物議員Aが腕を組む。

 

「……A 情報屋、B かけ子、C 指示役、D 闇バイト(実行犯)……メイコが先日言ったでしょう」

モニカが冷たい声で言う。

「次の『E(引き出し役)』だね!」

メイコが答える。

「そっか! 青いキャップの合図で、一斉に集めたキャッシュカードからお金を引き出すんだね!」

リルが、暗号の真の目的を言い当てる。

 

「そして、その莫大な現金をどこかに一箇所に集めるつもりよ」

マリアがタイピングをしながら続ける。

「……そのまま海外逃亡の可能性もあるな。だからこそ、テロの脅迫という馬鹿げた目くらましを使って、確実に、そして一斉に作戦を完了させる気だ」

スレイが、闇バイトグループの全貌を看破した。

 

その時。

スレイが持っていたカスABの電話の通信アプリが鳴った。

スレイが無言のまま通話に出る。

 

『……高輪ゲートウェイ駅のコインロッカーに入れろ』

指示役はそれだけを言い捨て、通信アプリは一方的に切断された。

 

「……やはり、港区だ。これで完全に繋がった」

スレイが低く、重い声で告げる。

 

昨今の老人の命を狙う無慈悲な『闇バイト事件』と、国家に対する『毒物散布の脅迫』。

二つの全く異なる事件は、間違いなく繋がっている。いや、同一グループによる巨大な犯罪計画(マネーロンダリング)の一部だったのだ。

 

――首相感貞・特別地下室。

 

テロリストの脅迫動画の環境音から、場所を「港区の音響用信号機がある交差点」まで絞り込んだPCUの面々。しかし、まだ特定するにはさらなる手掛かりが必要だった。

特別地下室に重い沈黙が落ちかけた、その時だった。

 

「心と体は~♪ いつも一緒にある~♪ 最愛の人~♪」

突然、リルとメイコが、どこかで聞き覚えるのあるような、ひどく重く、壮大なバラードを口ずさみ始めたのだ。

 

「……おい、お前ら。急に何を歌い出している」

スレイが呆れたように尋ねる。

「え? だってスレイ、この動画の通りゃんせの後ろのほうで、かすかにこの曲が流れてるよ?」

リルが無邪気に首を傾げる。

 

そのメロディの節回しと、耳にへばりつくような独特の『吐息混じり』の歌い方。

それを聞いた瞬間、スレイの背筋に、極寒のシベリアの氷海に放り出されたような恐ろしい悪寒が走った。

 

「……その曲は……姉さんの曲だな……ッ!!」

 

スレイの血の繋がった実の姉であり、弟への愛情が完全に狂っている世界的ディーヴァ、シルビア・ギンスバーク。

「……本当だ! ボイスリムーバーのノイズの奥底で、かすかにシルビアの曲が聞こえるわ!」

マリアが慌てて特定の周波数帯を抽出し、スピーカーの音量を極限まで上げる。

確かにそこには、シルビアの歌う情念たっぷりのメロディが微かに、しかし確かに記録されていた。

 

「……これ、最近たまに街頭ビジョンで流れてる、美容クリニックのCMソングね」

モニカが即座にプロファイラーの記憶を引き出す。

「港区内で、音響用信号機のある交差点に面していて、さらにその『美容クリニックの巨大な街頭ビジョン』がある場所……!」

 

マリアの指が、コンソール上で超高速のダンスを踊る。

「……出たわ。大体の位置は完全に特定できた! その条件が重なるのは、港区にある〇〇交差点よ!」

「動画に記録されたシルビアの音楽の『音量減衰(ボリュームの距離)』から見て……録音場所は道路を挟んで向かい側にある、どちらかのビルの『低い階層』ね」

 

モニカの分析により、ついに姿なきテロリストたちの居場所が、ピンポイントで暴き出された。

 

「……ふふっ。素晴らしいわ、あなたたち」

円卓の奥で、日本の最高権力者である環萌美内閣総理大臣が、赤いルージュの唇を妖艶に歪めて立ち上がった。

「場所が特定できたのなら、話は早いわね。今すぐそこに横田基地から米軍を派遣して、ビルごとミサイルでペシャンコにすればいいのね」

 

「やめてください!! 一般のビルに米軍の部隊を突っ込まないでください!!」

モニカが血相を変えて全力で止める。

 

「……総理。奴らがドローンに積んだ毒物が散布されれば、都心で大惨事になる。ここは俺たち裏の掃除屋が、静かに片付ける」

スレイが静かな、しかし有無を言わさぬ圧で総理の暴走を制止する。

 

「マリア、その交差点にあるビルのテナント情報を出せ」

「了解。……美容クリニックのビジョンの向かいには、雑居ビルが二つ並んでいるわ。1階はどちらも携帯ショップと美容室で、ガラス張りで外から丸見えだから、テロリストのアジトとしては除外していいわね」

 

「となると、残るは2階と3階。……つまり、この4つのテナントのどこかということか」

モニカがメインモニターに、4つの企業名(看板)を映し出した。

 

古畑商事

 

木俣公房

 

㈱アザーサイド

 

㈲設楽モーター

 

スレイはサングラスの奥の双眸を鋭く細め、その4つのテナント名を順番に睨みつけた。

青いキャップに白いリュックの男を指名手配させ、国家の電波を暗号に使おうとする姿なきテロリストたち。毒の雨を降らせようとする悪意は、確実にこの4つの扉のどれかの奥に潜んでいるのだ。

 

「安全な場所から、闇バイトの実行犯にターゲットの住所や暗号を送る『指示役』が、そこにいるんだね!」

リルが拳を握り締める。

 

円卓の奥で、環萌美総理が妖艶に微笑みながら頷いた。

「彼らの狙いは、テロでも政治的メッセージでもなく、ただの金よ。おそらく、あの声明が出される明日の18時に合わせて、全国のATMの近くで大勢の『引き出し役』を待機させるはずよ」

 

スレイは漆黒のサングラスの奥で、忌々しそうに目を細めた。

昨日、アジトのテレビで見たニュース。住宅街で一人暮らしの老人が殺害されたという、痛ましい事件。

この国を裏から牛耳るド変態総理の手腕によって、どれだけ日本経済が再生し、株価が上がり、失業率が下がったとしても……社会の底辺にへばりつく『闇バイト』のような卑劣な悪意は、決して消え去らない。

奴らは、理念ある国際マフィアやテロリストの類ではない。ただの強欲で下劣な、社会のゴミたちだ。

 

「……掃除のしがいがあるな」

スレイは、ハンドガンのスライドを引きながら低く呟いた。

 

――翌日。17時30分。

 

港区の交差点。ターゲットの雑居ビルの道路を挟んで向かい側にある、シルビアの曲が延々と流れる美容クリニックの待合室。

スレイたちは、一般客を装って窓際の席で待機していた。

 

「あははっ、スレイ見て見て! この美顔ロ~ラ~、すっごく気持ちいい~!」

リルが無邪気な声を上げながら、高級な美顔ローラーを自分の頬でコロコロと転がしている。緊張感の欠片もない。

「このクリームも凄いね~! お肌がツルツルになるっしょ! ごいす~!」

メイコも、高級なテスターを塗りたくって大喜びしている。

 

「……このクリニックの、馬鹿高い予約金も施術代も、すべてあの総理のポケットマネー(という名の国家予算の裏金)から出ているのよ。好きにさせておけばいいわ」

マリアが呆れたように言う。

「向かいの雑居ビルを監視するには、ここから見るのが一番だし、時間まで仕方なく待つわよ」

モニカも、高級なハーブティーを飲みながら窓の外を睨んだ。

 

同じ頃。

日本の表の警察トップである山田相姦(そうかん)の特命を受けた無数の裏部隊(私服警官たち)が、一般人になりすまし、全国の主要なATM付近や、標的候補の周辺に完全に配置されていた。

あとは、指示役のアジトに突入する『タイミング』だけである。

 

そして。

時計の針が、犯人の指定した18時を回った。

 

『――これより、環萌美内閣総理大臣による緊急記者会見を執り行います』

 

テレビの全局、インターネットの全プラットフォームで、一斉に生中継が開始される。

無数のカメラのフラッシュが焚かれる中、凛としたスーツ姿に身を包んだ、麗しく美しい日本の最高権力者がゆっくりと壇上に立った。

 

【挿絵表示】

 

その圧倒的なカリスマと美貌に、会見場の空気が一瞬にしてピンと張り詰める。

 

「……今日はお忙しいところ、お集まり頂きありがとうございます」

透き通るような美しい声で、萌美総理が語り始めた。

 

「昨今、世間を騒がせている一連の凶悪事件について、政府としての見解をご説明いたします。……罪のないご老人が命を奪われるなどという物騒で卑劣な事件が、この日本で起きています」

総理の双眸が、カメラのレンズ越しに、画面の向こうにいるであろう姿なき指示役たちを真っ直ぐに射抜いた。

 

「政府は、この惨劇を絶対に許さない。いかなる手段を用いても必ず犯人を捕まえ、法と正義の裁きを下すことを、ここに国民の皆様へとお約束します」

 

堂々たる、完璧な宣誓。

そして総理は……指示役たちが待ち焦がれていた『公共の電波を使った究極の暗号』を、最後に放った。

 

「――本日、警視庁は、一連の事件の主犯格として……赤いキャップに黒いリュックの男を、全国に指名手配いたしました」

 

青に白、ではない。わざと真逆の赤に黒。

一切の動揺も見せず、さもそれが事実であるかのように堂々と暗号を日本中に発信し終えると。

 

「……以上です」

萌美総理はそれだけを言い残し、記者たちの質問を一切無視して優雅な足取りで壇上から降り、一方的に記者会見を終わらせたのであった。

 

『――本日、警視庁は、一連の事件の主犯格として……赤いキャップに黒いリュックの男を、全国に指名手配いたしました』

 

「……あ、赤いキャップに、黒いリュック……?」

 

その瞬間。港区の雑居ビルの一室でテレビ中継を見ていた『指示役』たちの顔から、一気に血の気が引いた。

全国のATM付近で待機している末端の引き出し役たちに送るはずだった、大規模な作戦決行の合図。それが、日本の最高権力者の口から、まったく違う形で(真逆の色で)発信されてしまったのだ。

 

「おい、どうなってんだよ! 『青いキャップに白いリュック』で指定したはずだろ!?」

「総理の野郎、わざと言い間違えやがったのか!?」

「マズいぞ! 指示系統は完全に崩壊だ! 暗号を待ちわびていた末端の引き出し役のバカ共が、どう動いていいかわからずにパニックになってるぞ!」

 

テレビ画面の向こう側。無数のフラッシュを浴びながら、環萌美内閣総理大臣は誰にも気づかれないよう、耳に仕込んだ極小のインカム越しにGOサインを出した。

 

メインコンソールでそれを受信したマリアが、冷徹なオペレーターの顔で通信を繋ぐ。

『――総理からのサインが出たわ。スレイ、リル。お荷物をお届けしていいわよ』

『――山田相姦(そうかん)の裏部隊には伝達済みよ。全国のATM付近でパニックになっている不審者たち(引き出し役)を一斉にマーク、現行犯で確保を開始したわ』

モニカの声がそれに続く。

 

「……了解だ」

美容クリニックの待合室で待機していたスレイが、漆黒のコートを翻して立ち上がる。

隣で美顔ローラーを満喫していたリルもすぐに立ち上がり、二人は素早く道路を挟んだ向かいの雑居ビルへと潜入した。

 

ターゲットは2階と3階の4つのテナント。

スレイたちは、一切の足音を立てずに階段を上がり、最初の扉の前に立った。

 

――古畑商事

「どうも~! 性濃(せいのう)運輸で~す!」

リルがアホの子全開の明るい声で(カンガルーのマークの超有名企業のパロディ名で)扉を開け放つ。

スレイがサングラスの奥から素早く室内をスキャンするが、そこはただの事務用品が並ぶ一般的なオフィスだった。パソコンの前に座る社員が「えっ? せい……なに運輸?」と困惑している。

「……失礼した。ここではないようだ」

スレイは無表情のまま扉を閉め、内心で(頼むから普通の名前で入ってくれ)と深く呆れながら次の部屋へ向かう。

 

――木俣公房

「どうも~! 黒チク便で~す!」

勢いよく飛び込むリル。大手運送会社の可愛いクロネコのロゴが完全に台無しになる、酷すぎるネーミングだ。

しかし、ここもただの小さなデザイン事務所のようだった。驚くデザイナーたちを一瞥し、スレイは再び「……ここではない」と静かに扉を閉めた。

 

そして、3つ目のテナント。明らかに怪しい名前の企業。

 

 

㈱アザーサイド

「どうも~! ゆう〇ァックのお届けに参りました~っ!」

ついに国家の郵便事業にまで喧嘩を売る(しかも伏字が必要なレベルのド直球なシモネタの)挨拶と共に、リルが勢いよく扉を蹴り開けた。

 

その瞬間。スレイの目が、死神のそれへと鋭く光った。

 

中は、明らかにまともな会社ではなかった。殺風景でガランとした部屋の中央に、長机とPCが一台だけ置かれている。

そして、その画面に齧り付くようにしてテレビ中継を見ていた、柄の悪い3名のゴロツキ(指示役)たちが弾かれたように振り返った。

 

「あぁ!? なんだテメェら!」

1人のゴロツキが、怒鳴りながらリルに近づいてくる。

「はーい! バチバチでーす!」

『バチバチバチッ!!』

リルが満面の笑みで、ゴロツキの鳩尾にフルパワーのスタンガンを押し当てた。

「ぐぎゃぁぁぁっ!?」

ゴロツキが白目を剥き、口から泡を吹いてわめき散らしながら床に倒れ伏す。

 

「なっ……テメェら!!」

残る二人が慌てて腰の刃物(ナイフ)に手を伸ばそうとした瞬間、漆黒の死神が部屋に滑り込んだ。

 

数多の命のやり取りを日常としてきた本職の暗殺者にとって、焦燥に駆られた素人の動きなど、止まって見えるに等しい。

無駄のない、完璧な殺しの流儀。

 

『メキィッ……!!』

「あッ、がァァァッ!?」

 

スレイは一切の感情を交えずに踏み込むと、刃物を握ろうとした男の右腕を掴み、関節の可動域を完全に無視して背中側へとへし折った。

さらに、絶叫を上げてうずくまるその顔面へ、容赦のない膝蹴りを叩き込む。

硬質な骨が砕ける不快な音が響き、二人目の男は下顎の形を完全に失って吹き飛んだ。

 

「ひっ……! ぁ、あああっ……!!」

 

三人目の男――指示役のリーダー格――が、失禁しながら腰を抜かす。

左右でピクピクと痙攣する血まみれの仲間を見て、男は目の前の存在が自分たちのような「小悪党」とは次元の違う、本物のバケモノだと完全に理解した。

 

男は震える膝を必死に折り曲げ、床に額がめり込むほどの勢いで平伏した。

無様な、泣き叫びながらの『土下座』だった。

 

「ご、ごめんなさい!! 許してください!! 俺が悪かった! 金も全部返す、警察に自首もする! だから、命だけは……命だけは助けてくれえええっ!!」

 

鼻水と涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、必死に許しを乞う男。

窓の外から差し込む極彩色のネオンの光が、土下座をして震える男の背中と、それを見下ろす漆黒のコートの男の影を長く伸ばしている。

 

スレイはピタリと動きを止め、サングラスの奥からその滑稽な姿を静かに見下ろした。

そして、纏っていた殺気をスッと引っ込め……酷く落ち着いた、優しいとすら錯覚するような声で紡ぐ。

 

「……そうか。そこまで言うなら、本当に自分のやったことを反省しているようだな」

 

「は、はいっ! めちゃくちゃ反省してます! 俺は馬鹿でした! もう二度と、絶対にこんなことはしませんっ!!」

男は、わずかに差し込んだ希望の光にすがりつくように、必死に頷き続ける。

 

スレイは静かにため息をついた。

「……そうか。それほどまでに反省しているなら仕方ない。今回は特別に、許してやろう」

 

「ほ、ほんとですか……っ!? あ、ありがとうございます! ありがとうございますっ!!」

男が安堵の涙を浮かべ、歓喜の表情で顔を上げた、まさにその瞬間だった。

 

「――なんて、そんな訳ないだろう」

 

『ドゴォォォォンッ!!』

 

「ぎばァッ……!?」

 

死神の慈悲深い声は、氷点下の殺意へと一瞬で反転した。

スレイの容赦ない重いブーツの底が、歓喜の表情を浮かべた男の顔面を真正面から無慈悲に踏み砕いた。

鼻骨が陥没し、前歯が何本も血と共に宙を舞う。

 

「あ、がっ……あ……っ」

男はなぜ自分が蹴り飛ばされたのかすら理解できず、床をのたうち回る。

一度「助かる」と思い込んでしまった脳は、突如襲いかかった激痛と絶望の落差に耐えきれず、完全にパニックを引き起こしていた。メンタルはすでに完全に崩壊している。

 

「……お前たちが狙った老人や若者たちも、そうやって必死に命乞いをしたはずだ。お前たちは、その希望を踏みにじって金を奪った」

スレイが、氷のように冷たい声で見下ろす。

「……俺は、お前たちがやったことと『同じ手順』を踏んでやっただけだ」

 

スレイはサングラスの奥で絶対零度の視線を向けながら、命乞いをする男の両手首を、重いブーツで踏み抜いた。

 

『グチャッ』

 

「ぎぃぃぃぃやぁぁぁっ!!」

「……二度と、その手で若者を脅すメッセージが打てないようにしてやる。二度と、他人の命をオモチャにできないようにな」

 

スレイの容赦ないブーツの踵が、男の十本の指の骨を、そして手首の神経を、完全にすり潰してペースト状に変えていく。

「安心しろ。お前たちが奪った老人の命や、破滅させた若者たちの人生に比べれば……四肢を失い、一生ベッドの上で後悔し続ける程度の苦痛など、到底割に合わない」

 

『ボキィッ!』

スレイは男の両膝の皿を正確に蹴り砕き、二度と自力で歩けない体へと作り変えた。

 

スレイは、精神も肉体も完全に解体され、もはや人間の形を保っていない痙攣する肉塊たちを一瞥し、机の上のPC画面に目を向けた。そこに映し出されていたのは、複数の銀行の残高画面と、不正な送金ツール。

 

「……確定だ」

 

スレイは、最初にリルのスタンガンで気絶していた一人目の男にも歩み寄り、その両腕と両脚の関節を無表情のまま正確に破壊し、完璧に「再起不能なゴミ」へと処理を完了させた。

 

『――こちらスレイ。指示役の解体が終了した』

インカム越しに、短く冷徹な報告を入れる。

 

『お見事ね、私の可愛い暗殺者』

通信の向こう側で、環萌美総理が艶やかに笑う気配がした。

 

「……ふふっ。ご苦労様」

円卓の奥で、環萌美総理は赤いルージュの唇を艶やかに歪めると、インカム越しに日本の警察トップへと冷徹に命を下した。

 

『山田相姦……今から全国のATMを、すべて「メンテナンス中」にしなさい』

 

指示役からの合図(暗号)が狂い、パニック状態でATM周辺に群がっているであろう末端の引き出し役たちを、完全に袋の鼠にする。国家権力による、絶対的かつ強権的な封鎖指示。

萌美総理は完璧な指示を出し終えると、何事もなかったかのように優雅な足取りで、再び記者会見の壇上へと戻っていくのであった。

 

――全国のATMが、「メンテナンス中」という名の国家権力による完全封鎖に陥った直後。

記者会見場のバックステージに下がっていた環萌美内閣総理大臣は、スレイからの『指示役確保(解体)』の完了報告をインカムで耳にすると、再び優雅な足取りで無数のフラッシュが焚かれる壇上へと姿を現した。

 

「――皆様、失礼いたしました。先ほどの指名手配犯の特徴について、一部誤りがございましたので訂正いたします」

 

ざわめく記者たちを前に、日本の最高権力者は、微塵の動揺も見せずに涼しい顔で言い放った。

 

「正しくは……青いキャップに、白いリュックの男、です。以上です」

 

その、「正しい暗号(GOサイン)」の訂正放送が全国の電波に乗った瞬間。

 

指示役からの連絡が途絶え、パニックに陥りながら各地で身を潜めていた末端の引き出し役たちは、『やっと合図が出た!』と安堵し、必死の形相で最寄りのATMへと向かった。

しかし、彼らが盗んだキャッシュカードを震える手で機械に差し込もうとした瞬間、画面には無情にも『ただいまメンテナンス中につき、お取り扱いできません』の文字が光る。

 

「なっ……なんだよこれ! 動かねぇぞ!」

「くそっ、はやく金下ろして逃げねぇと……!」

 

焦燥感で顔を青ざめさせ、何度もATMの画面をバンバンと叩く引き出し役たち。

その背後から。一般人を装って張り込んでいた山田相姦の裏部隊(私服警官たち)が、音もなく近づき、トントン、と肩を叩いた。

 

「――すいません。ちょっと署までご同行願えますか?」

 

振り向いた時には、完全に退路は断たれていた。

彼らの手の中にある「他人のキャッシュカード」という、逃れようのない完璧な物的証拠。

こうして、港区の雑居ビルではスレイが指示役のゴロツキたちを物理的に解体し、全国各地では山田相姦の部隊が末端の受け子たちを一網打尽にして縛り上げていった。

 

無作為に毒物を散布するという、ドローンを使ったテロの予告動画。

そんなものは、最初から実行する気も、機材を用意する資金や能力すらもない、ただの社会のゴミが吐いたハッタリのブラフに過ぎなかったのだ。

 

あらかたの逮捕が完了し、ATMの計画的なメンテナンスも静かに終了を迎えた。

 

――数時間後。首相感貞・特別地下室。

 

見事な連携で任務を終えたスレイとリルが合流し、円卓には再びPCU(裏の掃除屋)チームの面々が揃っていた。

 

「ねえねえ、総理!」

金髪の少女リルが、真っ先に萌美総理のもとへ駆け寄る。

「リルたその聞きたいこと、わかるっしょ!」

親友のメイコも、興味津々といった顔で後に続いた。

 

「ええ。あの『赤いキャップに黒いリュック』という、偽の暗号の件ね」

マリアが、二人の疑問を代弁する。

「最初の会見で間違えたのは、ただのミスではなく……わざと、ですよね?」

モニカが、確信を持って尋ねた。

 

「もちろんよ。闇バイトの指示役なんて、頭の悪い下劣なゴミに過ぎないわ。最初から、ドローンで毒を散布するような知能も能力もないことはわかっていたもの」

ソファーに深く腰掛けた萌美総理が、艶やかな脚を組み替えながら妖しく微笑む。

その絶対的な自信と覇気に、チームの全員が深く納得した。

 

「やっぱり、引き出し役たちを動揺させるための作戦だったの?」

「いきなり違う色の暗号がテレビで流れたら、向こうもマジびびるっしょ!」

リルとメイコが目を丸くする。

 

「ええ、それもあるわ。でも……ああいう組織的な暗号には、必ず『もう一つの意味』が設定されているはずなのよ」

総理の言葉に、スレイが漆黒のコートのポケットに手を突っ込みながら、鋭く目を細めた。

 

「……なるほど。GOサインの裏に隠された、待機命令や退却の合図だな」

 

「その通りよ、スレイ」

総理が満足げに赤いルージュの唇を綻ばせる。

「テロリストが指定してきた『青』はセーフ、進め。『白』は潔白、安全。……ならば、もし計画が露見した時や、罠だと気づいた時に使う退避の暗号は、その逆の色になるのが人間の心理よ」

 

「……つまり、総理は最初に『赤』と『黒』を放送することで、末端の受け子たちに強制的に『待機(ストップ)』を命じたのね!」

マリアがハッとして声を上げる。

 

「そして、テレビから想定外の『待機命令』が出たことで、末端の受け子も、港区の指示役も大パニックに陥り、身動きが取れなくなった」

モニカが完璧なプロファイリングで総理の盤面を読み解く。

 

「……そこを、俺がアジトに踏み込んで指示役を叩き潰し、山田の部隊が末端をマークした。そして頃合いを見て、総理が『青と白(GOサイン)』を出し直し……蜘蛛の巣にかかった受け子たちを一網打尽にした、というわけか」

 

スレイは低く呟き、深く、深く感嘆の息を吐き出した。

 

相手の心理を完全に掌握し、色という単純な記号一つで、全国に散らばる犯罪ネットワークを根底から支配し、手玉に取ったのだ。

あのド変態の性癖さえなければ、歴史に名を残すレベルの完璧な天才指導者である。

 

(……これが、環萌美という女か)

 

スレイは改めて、目の前で妖艶に微笑む日本の最高権力者の底知れない恐ろしさに、静かに震えるのであった。

先日の『闇バイト』掃討作戦。全国民が注目する生放送の記者会見で、テロリストの暗号を堂々と、一切の動揺もなく「逆の色」にすり替えて発信したあの異常な胆力。

環萌美という人間の真の恐ろしさは、経済を回す頭脳でも、権力を操る狡猾さでもない。いかなる極限状態でも絶対に揺るがない、その底知れない度胸と勇気なのだ。

 

(……闇バイト、か)

 

いくら萌美総理の完璧な経済政策によって日本が豊かになり、株価が上がり、失業率が下がったとしても。

社会から『アザーサイド(あちら側)』へとこぼれ落ちていく、ゴミのような闇の存在は決して消えない。いや、むしろ総理の放つ光が強大でまばゆいからこそ、そこに生まれる闇もまた、色濃く、目立つようになるのだ。

 

「終わったな」

「ええ。今回の任務も完了よ。お疲れ様、みんな」

 

スレイの低い声に、マリアがコンソールの電源を落とし、モニカがワイングラスを傾ける。

リルとメイコが、また次の遊びの相談をしながら笑い合っている。

 

表の光がどれだけ強くなろうとも、裏の掃除屋(PCU)の仕事がなくなることはない。

彼らはこれからも、この極彩色の多様性ユニバースの底で、静かに悪を狩り続けるのだろう。




これにて第16話、お掃除完了です!

どんなに国が豊かになっても消えない影……だからこそ、裏の掃除屋たちの暗躍が必要です。

次回の事件(新章)は、来週の水曜日 20時からスタートします!

週末の間に、評価(☆マーク)やご感想、スレイのダミー設定へのツッコミなどをコメントいただけますと、来週からの執筆の最大の励みになります!
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