境界線PCU~多様性ワールドへようこそ~   作:トナカイ粉砕

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いつもお読みいただきありがとうございます。
本日から新章、第17話「ワールドイズイナフ編」がスタートします!

前回の事件を乗り越え、アジトで平和な時間を謳歌するPCUの面々。
しかしそこに「あの世界的歌姫」が乱入し、日常は一瞬でカオスな空間へ……!
そんなドタバタ劇の最中、大物議員Aから告げられた新たな任務は、国家のトップである環萌美総理を狙う「海外の巨大シンジケート」からの防衛でした。
最強の暗殺者たちは、美しき名宰相を守り抜くことができるのでしょうか!?


境界線017
ワールドイズノットイナフ編(前編)


 

【挿絵表示】

 

「ただいまー! 新作のフルーツタルト、買ってきたわよ!」

 

新宿アジトの重厚なドアを開け放ち、モニカが可愛らしいケーキの箱を提げて帰還した。

「わぁい! モニカの買ってくるスイーツ、いっつも絶品なんだよねー!」

ソファでくつろいでいた金髪の少女リルが、尻尾を千切れるほど振る子犬のように飛びついていく。

 

「あーん♡ スレちゃぁぁぁん!! お姉ちゃんも味見(※極めて性的な意味で)させてぇぇぇ!!」

「……姉さん。お前はいつの間に侵入した。離れろ」

 

さらにそこへ、海外から極秘帰国していた世界的歌姫であり、スレイの実の姉であるシルビア・ギンスバークがどこからともなく乱入し、漆黒の死神の巨躯めがけて危険すぎるブラコンダイブをかました。

スレイは微塵も表情を動かさず、顔面に抱きついてくる姉の顔を大きな掌でガシッと鷲掴みにし、物理的に引き剥がしている。

 

「あははっ! やっぱりこのアジト、毎日面白すぎっしょ~!」

極彩色のネイルを光らせたメイコが、そのカオスな光景を見て腹を抱えて笑っている。

 

(……このアジトは、いつからこんなことになったの……)

キッチンでコーヒーを淹れていたマリアは、いつの間にかカオス極まりないドタバタ喜劇へと変貌してしまった裏の掃除屋の日常に、深く、深い頭痛を覚えてこめかみを押さえた。

 

パトロンである環萌美総理や、大物議員Aからの特別報酬。それに加え、PCU本来の裏稼業のギャラもあり、現在のメンバーの経済状況は笑いが止まらないほど潤っていた。

命の危険さえなければ、これ以上ないほど平和で、満たされた日々だ。

 

しかし、彼らが裏の掃除屋として生きる以上、完全な平穏など長くは続かない。

 

『♪〜〜〜』

 

テーブルに置かれたマリアのノートPCが、けたたましい電子音を鳴らした。暗号化された専用回線からの着信。

発信元は、メイコの父でもある大物議員Aだ。

マリアが渋い顔でエンターキーを叩き、通話ボタンを押す。

 

『おお、マリア君! そしてスレイ! 平和な日常を謳歌しているかな! 我が娘も楽しそうで何よりだ!』

モニター越しに、大物議員Aがいつものように暑苦しい笑顔を浮かべていた。

 

「……何の用だ、議員。今は厄介な任務を請け負う気はないぞ」

スレイが、手足をバタバタさせるシルビアをコートの端で物理的に拘束しながら、低い声で応じる。

 

『そう警戒しないでくれたまえ。実は今回ばかりは、表の警察組織(山田相姦の部隊)では太刀打ちできない相手が動いているという情報が入ってね』

大物議員Aの顔つきが、急に「国家の中枢にいる政治家」のそれへと切り替わった。

 

『……相手は、アジア最大の裏社会を牛耳る巨大シンジケート。チャイナマフィア紅龍(ホンロン)だ』

 

「チャイナマフィア?」

タルトを頬張っていたリルが、首を傾げる。

「映画とかに出てくる、ヤバい武器持ったばいやーなやつだよね」

メイコが目を丸くした。

 

「……最近、新宿や横浜の裏ルートで、大陸からヤバい連中が大量の武器と一緒に流れ込んできてるって噂は聞いていたけど」

モニカの目つきも、スイーツを楽しむ女性のものから、鋭いプロファイラーのそれへと変わる。

「まさか、総理の首を直接狙ってくるなんてこともありそうね」

マリアが、最悪の可能性を口にした。

 

スレイは小さくため息をつき、傍らに置いてあった漆黒のコートに手を伸ばした。

ネーミングセンスと性癖は絶望的だが、それでも彼女が日本のトップであることに変わりはない。

そして、チャイナマフィアという強大な「暴力」が海を越えて押し寄せてきているのなら。最強の死神として、それを迎え撃つのが道理というものだ。

 

「スレちゃん、またお仕事!? 私も行くー!」

シルビアが目を輝かせて拘束を抜け出そうとする。

「姉さんはダメだ。マリア、事務所に連絡して引き取るようお願いしてくれ」

「りょうかーい。……ほら、世界的歌姫はおとなしく帰る!」

 

海を越えてやってきた凶悪なチャイナマフィア。

血で血を洗う新たな抗争の幕が、今、静かに切って落とされた。

 

現在、日本経済は空前の発展を遂げていた。

行きすぎた円安と円高を絶妙なバランスでコントロールし、必要な社会保障のための税金は的確に上げ、逆に経済を圧迫していた不必要な税金は大胆にカットする。

さらに、裏社会の隠れ蓑になっていた『悪質なNPO法人』や『反社会的な組織』への資金源を法改正で徹底的に断ち切り、移民や外国人労働者の受け入れも、治安を維持できる完璧なバランスで管理する。

 

就任からわずかな期間で、これらすべてを剛腕で成し遂げたのが、日本初の女性内閣総理大臣・環萌美である。

国民からの支持率は天を衝く勢いであり、まさに歴史に名を残す「名宰相」としての道を歩み始めていた。

 

だが、光が強ければ強いほど、影もまた濃くなる。

 

「……萌美総理の政策が完璧すぎるせいで、日本の裏社会で好き勝手やっていたチャイナマフィアが、完全に干上がってブチギレているのよ」

アジトから移動する車内で、マリアがノートPCのデータを弾きながら、今回の事件のシンプルな構図をメンバーに説明した。

 

「資金洗浄(マネーロンダリング)のダミーにしていたNPOは潰され、違法な外国人労働者の斡旋ルートも完全に絶たれた。……彼らにとって、萌美総理は自分たちのシノギを根こそぎ奪った不倶戴天の敵よ。だから、強引にでも物理的に暗殺して、日本の政治を再び混乱させようとしているわけね」

モニカが、マフィアの動機をプロファイリングする。

 

「……単純だが、だからこそ厄介だな。失うものがない連中は、後先考えずに最大火力をぶつけてくる」

スレイが、ハンドルを握りながら冷たく呟く。

「無敵の人みたいになってきているのね。それはマジでばいやーだわ」

メイコが後部座席で顔をしかめた。

 

「何事もバランスだよね~って思ってたけど、国内を綺麗にしすぎたら、今度はお外から文句がくるんだね。……それで、襲撃のタイミングは予想がついているの?」

リルが前を見据える。

 

「明後日よ。総理が日米同盟の強化をアピールするために訪問するらしいわ。在日米軍の横田基地でのキャンプ視察と演説だってさ」

「その数日後には各国との大き目会合があるわね。米軍基地内なんて警備は世界最高レベルだけど……逆にそれが狙いね」

マリアの言葉に、モニカが頷く。

「ええ。だからこそ、そこを正面から突破して日本の総理の首を取れば、チャイナマフィアの恐ろしさを世界中にアピールできるって腹でしょうね」

 

車は都内を抜け、横田基地周辺の厳重な警戒エリアへと入っていく。

事前の打ち合わせのため、PCUの面々は基地内の特別VIPルームへと案内された。

 

重厚な扉が開く。

そこには、日米の高官たちと流暢な英語で談笑を終え、優雅に紅茶を嗜む一人の女性の姿があった。

 

「——よく来てくれたわね。待っていたわ」

 

環萌美総理。

相変わらず、麗しく、知性と気品に満ち溢れた圧倒的なオーラを放っている。

だが、その細い腕には、彼女が以前ポケットマネーでPCUに贈ってきたスイスの最高級時計……『〇meko』の限定モデルが、いやらしくキラリと光っていた。

 

(((……くっ。顔も政治手腕も完璧なのに、なんでネーミングセンスだけあんな絶望的なのよ……!)))

マリアとモニカの心の声が、またしても完全にハモった。

スレイは半ば諦めているのか一切の表情を変えず、静かにタバコに火をつける。

 

「中国による度重なる領海への侵入は周知だが。レーダーを確認したところ、動きのおかしい不審な侵入者が多数確認された」

大物議員Aが、厳しい顔つきで資料を広げる。

「相手はアジア最大のチャイナマフィア紅龍。警備の死角を突き、なりふり構わず総理の命を狙ってくる可能性がある」

 

しかし、萌美総理はティーカップを置き、ふわりと美しい微笑みを浮かべた。

命を狙われているというのに、その表情には微塵の恐怖も焦りも存在しない。

 

「私は、この愛する日本を普通の国にするために、やるべきことをやっているだけ。……裏社会のドブネズミたちの脅しに屈して、歩みを止めるわけにはいかないの」

(……普通の国って一体何???)

(多様性と言う名の下ネタワールドにしようとしてるのは、どこのどいつだ……)

モニカとマリアが内心で猛烈なツッコミを入れるが、彼女の瞳の奥底にあるのは、国家元首としての揺るぎない覚悟だった。

 

(……ド変態だが、肝は据わっているな)

スレイは、漆黒のサングラスの奥で小さく息を吐いた。

 

「明後日の横田基地での演説。表の警備は日米のSPと軍に任せるわ」

萌美総理が立ち上がり、スレイの大きな身体を真っ直ぐに見つめ上げる。

「でも、法の網の目をすり抜けてくる裏の暗殺者たちの掃除は……あなたたちに任せてもいいかしら?」

 

「やっぱり、正面じゃないところでPCUの力が必要なんだね!」

リルが拳を握る。

「山田相姦の部隊や、軍隊が手出しできないような隙間が一番怖いもんね」

メイコも頷く。

 

「……承知した。死神の契約(オペ)は成立だ」

スレイが、低く、絶対的な自信を込めた声で頷いた。

 

「えへへっ、任せて萌美総理! 悪いヤツらは、私達でぜーんぶミンチにしてあげるから!」

リルも無邪気で物騒な笑顔で答える。

 

麗しき名宰相の命を狙い、海を越えて這い寄る巨大な中華の龍。

日米の軍事力が交差する横田基地を舞台に、最強の暗殺者チームの過酷な防衛戦(殲滅戦)が、静かに幕を開けようとしていた。

 

「ともかく、明後日の演説は予定通り行うわ。……相手がチャイナマフィア『紅龍』だろうと、私は決して引かない」

総理が、自信に満ちた笑みを浮かべる。

「こちらからマン臭事変を起こしてやるくらいの気概で臨むつもりよ」

 

「……んっ?」

張り詰めていたマリアとモニカの顔が、一瞬で引き攣った。

 

「……ん? あれ、総理大臣さん。満州事変のまんしゅうって、なんか教科書と漢字が違うような……?」

メイコが、総理の口から放たれた言葉の絶望的なイントネーションと、取り返しのつかない響きに首を傾げた。

 

「気のせいよ、メイコちゃん。政治には色々な解釈があるの」

萌美総理が、完璧な笑顔で歴史的用語(最低のシモネタダジャレ)を正当化する。

 

そして、彼女はスッと立ち上がり、窓の外に広がる横田基地の滑走路と、その向こうにある日本の空を見つめた。

その横顔は、まぎれもなく一国の運命を背負う、気高く美しい指導者のそれだった。

 

「いいこと。私は、この愛する日本国民を、海外の裏社会の連中なんかに絶対に蹂躙させたりはしないわ。国民の平穏は、私がこの身に代えても守り抜く」

 

「やっぱ総理は麗しくてかっこいいな!」

リルが目をキラキラさせて見上げる。

 

「……総理」

その威風堂々たる国家元首の宣言に、スレイでさえも微かに心を動かされかけた。

しかし。萌美総理は、両頬をほんのりとピンク色に染め、両手を胸の前で組み合わせて、うっとりと宙を見つめながらこう続けたのである。

 

「——でも、気高いエルフの女騎士が、醜いゴブリンの群れに無惨に蹂躙されるシチュエーションは、性癖に激刺さりするから大好きよ♡」

 

「「「…………」」」

 

VIPルームの空気が、再び完全に死滅した。

完璧な政治手腕。圧倒的な美貌。そして、どうしようもなく業の深い、深夜の同人誌レベルの最悪な性癖。

 

 

『教訓:人間の性格や性癖と、その人間の仕事の能力は、決して一致するものではない』

 

最強の暗殺者たちは、この日、世界の真理をまた一つ学んだ。

どんなに立派な政策を掲げ、それを実行しうる圧倒的な能力があろうと。どんなに気高く美しい顔をしていようと……人は心に、底知れない深い闇(ド変態)を飼うことができるのだ。

 

「……戻るぞ。明後日の警備の準備だ」

スレイが、この世のすべてを諦めたような声で踵を返す。

 

「えっ、スレイもう帰るの? わたし、もっとエルフとゴブリンのお話聞きたい!」

「聞かなくていいから!! あんたの情操教育に悪すぎるわ!!」

マリアがリルの首根っこを掴んで引きずっていく。

 

背後から『今度、私の秘蔵の同人誌コレクションを貸してあげるわね!』と上機嫌に手を振る女性総理大臣を置き去りにして、一行は逃げるように横田基地を後にした。

 

明後日は、いよいよチャイナマフィアが侵入してくる決戦の日。

この変態……いや、美しき名宰相の命を守るため、暗殺者たちは重い足取りで準備へと向かうのであった。

 

 

――政府が好待遇で用意してくれたホテルに向かう車内。

 

「——というわけで、横田基地での打ち合わせと下見は完了したわ。現地の警備の配置も、カメラの死角もすべて頭に入れたわ」

ハンドルを握るスレイの横で、マリアはノートPCを開き、大物議員Aと暗号化されたビデオ通話で状況報告を行っていた。

 

『うむ、ご苦労だった! 何事もトラブルがなくて安心したよ!』

モニター越しに、大物議員Aが豪快に笑う。

 

「……ねえねえ、メイコちゃん。総理の言ってた本って、面白いのかなぁ? 気高いエルフが醜いゴブリンにどうのこうのって言ってたやつ!」

「いやいやいや! パパといい総理といい、日本のトップってマジで多様性(シモネタ)の度合いヤバくない? 絶対リルたそが読んじゃダメなやつっしょ!」

 

後部座席では、リルとメイコが日本の未来を憂うような他愛もない女子トークに花を咲かせている。

「……明らかに不適切なものだから、安心して完全に無視しなさい!」

モニカが頭痛を堪えながら、ピシャリと釘を刺した。

 

 

――政府手配の、厳重なセキュリティが敷かれた高級ホテル。

 

「さあ、明後日に備えて作戦会議と準備よ」

広々としたVIPルームのリビングに、重火器や通信機材、ハッキング用のツールが次々と広げられていく。

すべて、萌美総理にお願いして裏のルートで用意してもらった最高品質の品々だ。

マリアは横田基地の見取り図をメインモニターに展開し、チャイナマフィア紅龍が仕掛けてきそうなルートの洗い出しを始めた。

 

「明日は演説の前日だから、基地内の指定宿舎に泊まり込みになるわね」

「ええ。相手はアジア最大規模の凶悪なマフィア。米軍の正規の警備を掻き潜るための、手強い裏のプロを雇っている可能性が高いわね」

マリアとモニカが、敵の戦力をプロファイリングしていく。

 

「ああ。どんな手を使ってこようが、総理の半径十メートル以内に近づく輩は……すべて、俺とリルで物理的に排除(掃除)する」

「はーい! 任せて!」

スレイの冷酷な宣言に、リルが元気よく敬礼をする。

「私は、マリアと一緒にハッキングと指示を出すよ~! 監視カメラの死角はアタシの目でカバーするし!」

メイコもやる気満々だ。

 

スレイは、愛用のアサルトライフルと数本のコンバットナイフを入念に手入れしながら、死神の冷たい眼光を研ぎ澄ませていく。

総理の絶望的な変態性はともかくとして、依頼である以上、そしてこの国を豊かに導く稀代の名宰相である以上、その命はどんな代償を払ってでも必ず死守しなければならないのだ。

 

 

——翌日。

 

春の青空の下、広大な敷地を誇る在日米軍・横田基地。

厳重なセキュリティチェックをパスし、PCUの面々を乗せた黒塗りの車が、日米の軍用機が並ぶ物々しいエリアへと滑り込んだ。

 

「……到着ね。相変わらず、空気がピリピリしてるわ」

マリアが、行き交う完全武装の米兵たちを見ながら息を吐く。

「いくら正規の警備が厳重だろうと、死角は必ずある。……ネズミ一匹、逃がさないぞ」

スレイが漆黒のコートを翻し、車を降りた。

 

本番前日、横田基地での泊まり込み日。

明日の演説本番を控え、一行は基地内の広大な訓練施設へと事前の視察に訪れていた。

 

「……そういえば。何と、萌美総理自らが日米の精鋭隊員たちに『直接指導(檄を飛ばす)』をしているらしいわよ」

マリアが端末の予定表を見て言う。

「……少し嫌な予感がするんだけど、気のせいかしら」

モニカのプロファイラーとしての直感が、最高レベルの危険信号(アラート)を鳴らしている。

 

「えーっ! あのエルフとゴブリンの蹂躙が好きな変態総理大臣さんが!? 屈強な軍人さんにどんな指導してるんだろー!」

リルが無邪気に首を傾げる。

「折角だし、面白そうだから見学させてもらおうよ~!」

メイコの提案で、一行は訓練場の視察エリアへと向かった。

 

 

しかし。

訓練場のフェンス越しに覗き込んだ先には——彼らの想像を絶する、信じられない光景が広がっていた。

 

「——話しかけられたとき以外は口を開くな!! 口でクソたれる前と後に“Sir”と言え! 分かったか、このウジ虫ども!!!」

 

鼓膜をつんざくような、しかしどこまでも凛と通る美しい怒声。

そこにいたのは、麗しい宰相の顔でも、業の深いオタクの顔でもない。

背筋をピンと伸ばし、軍服めいたタイトスーツに身を包み、日米の屈強な軍人たちを前にして仁王立ちする……完全なる『鬼軍曹(ハートマン)』と化した、環萌美総理の姿だった。

 

「「「Sir, Yes Sir!!!」」」

整列した数十人の精鋭隊員たちが、地響きのような声で応じる。

 

「ふざけるな! 大声だせ! タマ落としたか!!」

総理が、隊員たちの顔のすぐ近くまで詰め寄り、容赦のない罵声を浴びせかける。

 

「「「Sir, Yes Sir!!!」」」

 

「貴様らは人間ではない! 両生動物のクソをかき集めた値打ちしかない!! 分かったか、ウジ虫!!」

 

「「「Sir, Yes Sir!!!」」」

「ふざけるな!! 大声だせ!!」

 

「「「Sir, Yes Sirォォォォォッッ!!!!」」」

 

「「「…………」」」

フェンスの外で、マリアとモニカは完全に沈黙(ドン引き)していた。

(……どこで覚えてきたのよ、あの映画みたいな完璧な海兵隊のしごき……!)

常識人コンビが戦慄して後ずさる。

 

しかし、スレイの漆黒の瞳は、総理の見事な豹変ぶりよりも、むしろ罵倒されている隊員達のほうを注視していた。

 

「凄い迫力だね~! 本当にあの変態総理さんなの、あれ!?」

「うへ~~~、まさに映画の軍曹だ! ……んっ? リルたそ、アレ見てみ」

メイコがフェンス越しに指を差す。

 

「……奴らの顔を見てみろ」

スレイが低く呟く。

「……えっ?」

PCUメンバーは、恐る恐る隊員たちの顔を凝視した。

 

【挿絵表示】

 

屈強な日米の精鋭隊員たち。

彼らは、圧倒的に美しく気高い女性総理から「ウジ虫」「クソ」と容赦なく罵倒され、唾を飛ばされながら——その顔を真っ赤に紅潮させ、鼻息を荒くし、全員が揃いも揃って深い恍惚(こうこつ)の表情を浮かべていたのだ。

 

『あぁ……っ! 美しい日本のトップから、俺たちは今、ゴミのように扱われている……ッ!!』

『最高だ……っ! 俺はウジ虫以下のクソだ……ッ! Yes Sir……ッ!!』

 

彼らの心の中から、そんな恐ろしいまでの歓喜の声が幻聴のように聞こえてくるようだった。

 

「……なるほど。これが、環萌美の『国家元首としての手腕』の一つか」

スレイが、心底感心したように腕を組んだ。

「総理自身の圧倒的な美貌とカリスマ性。それによる苛烈な罵倒……。結果として、隊員たちの潜在的なマゾヒズム(忠誠心)を極限まで引き出し、死すら恐れない強靭な『狂戦士(ドMのバーサーカー)』を生み出しているのだな」

 

「……こんなところで冷静に分析してる場合!?」

「ただのド変態の集まりじゃないの!! 日米同盟はどうなってるのよ!!」

マリアとモニカが悲鳴のようなツッコミを入れるが、スレイの眼光は極めて冷静だった。

 

「でも、あのドMの軍人さん達……とーーーっても強そうだよ!」

リルが目を輝かせる。

「うん。多分、マフィアのチンピラなんか正面からじゃ絶対に太刀打ちできないんじゃないかなぁ~~~、あれ……」

メイコが引き攣った笑顔で言う。

 

「……いや。確かに、スレイの言う通り『理』にはかなっているわ」

モニカが、プロファイラーとして即座にその狂気を戦力として算段する。

「表の武力衝突において、今のあの恍惚の狂戦士たちの壁を正面から突破できる組織は、この世に存在しないわ」

「ええ。チャイナマフィア紅龍の武闘派が何百人束になってかかってこようが、あのイキり立った隊員たちの足元にも及ばないでしょうね」

マリアも、ハッカーとして冷静な確率を弾き出す。

 

圧倒的なモチベーション(性癖)で完璧に統率された軍隊ほど、恐ろしいものはない。正面からの武力衝突なら、日米の警備側が100%勝利するだろう。

 

「……問題は、表ではなく『裏』だ」

スレイが、訓練場の影に潜む暗闇(死角)へと視線を移す。

 

「ええ。チャイナマフィアも馬鹿じゃない。正面突破が不可能だと悟れば、必ず『裏の手段』を使うわね」

マリアがコンソールを抱きしめる。

「つまり、銃撃戦ではなく、毒殺、爆殺、あるいは音を持たない純粋な暗殺者をどこかに潜り込ませてくるはずね」

モニカが敵の思考をトレースする。

 

だからこそ、スレイたち裏社会の掃除屋が呼ばれたのだ。

強固な恍惚の防壁をすり抜けてくる、冷酷で静かな影を刈り取るために。

 

「わたし、悪いネズミさん見つけるの得意だよ!」

リルが、暗殺者としての本能を疼かせて笑う。

「私も、変な動きするネズミの顔を見つける監視は得意だよ!」

メイコも視力を自慢する。

「通信網と電子セキュリティの監視は私に任せて。……はぁ、それにしても、この国の未来が色んな意味で心配だわ」

マリアが深い溜め息を吐いた。

 

鬼軍曹と化した変態宰相と、それに熱狂する恍惚の防壁。

鉄壁にしてカオスな横田基地に、チャイナマフィア『紅龍』の静かなる殺意が忍び寄っていた。

 

【挿絵表示】

 

 




前編、お読みいただきありがとうございました。
麗しくも有能な萌美総理ですが……彼女の内に秘められた「とんでもない性癖」と、それによって生み出された日米精鋭隊員たちの「異常な士気」には、スレイならずとも言葉を失いますね。

明日(木曜20時)の中編では、いよいよ横田基地での演説本番を迎えます。
鉄壁(かつ恍惚)の防衛網をすり抜けようとする姿なき暗殺者たちに対し、PCUが仕掛ける痛快なお掃除劇をどうぞお楽しみに!
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