第17話、いよいよ解決編となる後編です!
前回のテロ未遂事件から一夜明け、アジトにまさかの人物が「趣味の布教」に訪れる平和(?)な日常パートからスタートします。
そして舞台は横須賀海軍基地へ。各国の首脳が集うG7サミットという超重要任務に挑むPCUですが……日本のトップのみならず、ついに「同盟国の重鎮」までが彼らにとんでもない洗礼を浴びせます!
『——繰り返します。本日午後、横田基地にて環萌美総理を狙った大規模なテロ攻撃が発生しました。しかし、日米の警備隊の驚異的かつ迅速な対応により、武装グループは完全に鎮圧。事実上の殲滅となりました』
その日の夕方。
日本の全テレビ局は、現役の人気女性総理が狙われたという前代未聞の事件を「緊急特番」として一斉に報じていた。
画面越しには、テロを未然に防ぎ、チャイナマフィア紅龍を完膚なきまでに叩きのめした日米の隊員たちの勇姿が、国の英雄として大々的に讃えられている。
……一方、そのテロ騒動が片付いた直後の、横田基地・特設ステージ裏では。
「——これより! 本日の防衛任務において、最も多大な貢献を果たした最優秀隊員の表彰を行う!!」
基地の司令官(彼もまた目が血走っている)の野太い声が響き渡り、整列した日米の精鋭隊員たちが、ゴクリと生唾を飲み込んで直立不動の姿勢をとっていた。
少し離れた日陰からその様子を眺めていたマリアが、怪訝な顔でスレイに尋ねる。
「……何やってるの、アイツら。一番活躍した人に、名誉ある勲章か盾でも授与する気かしら」
「さあな。だが、尋常ではない熱気だ」
スレイが、サングラスの奥の瞳を細める。
「恩賞は!! 美しき我が国のトップ、環萌美総理からの直々の授与となる!! その内容は……」
司令官がドラムロールのように言葉を溜め、そして、拡声器を通して高らかに叫んだ。
「環萌美総理による、特製ハイヒールでの踏みつけ(冷酷な罵倒付き)5分間の権利であるッ!!」
「「「ウオォォォォォォォォォォォォォッッ!!!!」」」
その瞬間、横田基地が揺れるほどの、地鳴りのような絶叫が巻き起こった。
「……ちょっと待ちなさい! 勲章でも何でもない、ただのドMじゃないの!!」
モニカが絶叫する。
「あっちの界隈では、最高のご褒美ってやつだねー!」
メイコが手を叩いて笑う。
「なんでハイヒールで踏まれるのが褒章になるの?」
無邪気に首を傾げるリルに対し、マリアが真顔で両肩を掴んだ。
「リル……知らなくていいことが、世の中には幾つかあるのよ」
「それでは発表する! 今日の最優秀のクソ虫は……第3小隊の、ジョン・スミス軍曹だァァァッ!!」
司令官の発表に、一人の男が進み出る。
「イエェェェェェスッ!! 神よォォォォッ!! 俺が最高のウジ虫だァァァッ!!」
名前を呼ばれた巨漢のアメリカ兵が、感涙にむせび泣きながらその場に崩れ落ち、天を仰いで咆哮した。
そして、選ばれなかった残りの数百人の隊員たちは。
「クソォォォォッ!! 俺じゃないのか!!」
「なんでだ! 俺のほうがマフィアをたくさんミンチにしたのに!!」
「うわぁぁぁん! 総理の靴の裏……舐めたかったぁぁぁッ!!」
さっきまで死線を潜り抜けていた最強の軍人たちが、頭を抱え、地面をバンバンと叩きながら、この世の終わりのような失望の叫びを上げて号泣し始めたのである。
「…………」
「…………」
「…………」
その、あまりにも地獄のような光景を前に。
PCUの常識人メンバーたちは完全に言葉を失い、冷たい風が吹く基地の片隅でただ立ち尽くしていた。
「……なるほど。隊員たちの異常な強さの根源は、ここにあったというわけか」
スレイが、遠い目をしながら静かに呟く。
「表の武力において、この恍惚の狂戦士たちの前では、どこのテロ組織も、いかなる紛争地域のゲリラであろうと絶対に相手にならないだろう。……間違いなく、今の日本は世界最強の軍隊を手に入れた」
「……ええ。それは認めるわ。強さは認めるけど……」
マリアが、絶望に満ちた瞳で両手で顔を覆った。
「……この国、本当に大丈夫なの?」
モニカが、天を仰いで嘆く。
最強の武力と引き換えに、国家の威信とモラルが完全に崩壊している。
泣き叫ぶ屈強な兵士たちと、冷たい目でハイヒールを踏み下ろす準備をする麗しき名宰相を遠目に眺めながら、裏社会の暗殺者たちは、日本の未来に対する拭いようのない不安に胸を締め付けられていた。
かくして。
チャイナマフィアの脅威は去り、日本の平和は(ある意味で)守られた。
だが、最強の暗殺者チームの心に刻まれた国家の闇(ド変態)のトラウマは、この先も決して消えることはないだろう。
横田基地でのテロ未遂騒動から、一夜が明けた。
翌日の朝のニュースは、テロを完璧に鎮圧した日米警備隊の話題で持ちきりだった。
世界中のメディアが、武装したチャイナマフィアを瞬く間に制圧した隊員たちの恐ろしく連携された強さに驚愕し、戦慄している。
『ご覧ください、この日米隊員たちの顔つきを! 恐怖を微塵も感じさせない、何かに取り憑かれたような圧倒的な闘志……!』
ニュースキャスターが興奮気味に語るその映像には、確かに、血走った目で鼻息を荒くする屈強な兵士たちの姿が映っていた。
ただ、世界は知らない。その圧倒的な闘志(顔つき)が、祖国のためでも正義のためでもなく、美しき総理にハイヒールで踏みつけられたいという純度100%の恍惚(マゾヒズム)から来ているという事実を。
そして、環萌美総理の真の恐ろしさは、武力ではなくその『圧倒的な政治手腕(スピード)』にあった。
「……信じられない速さね」
アジトでニュースを見ていたマリアが、コーヒーを吹き出しそうになる。
『——環萌美総理は先ほど緊急会見を開き、今回のテロ事件の背後に中国の裏社会が関与しているとして、同国からの輸入関税を即日倍増すると発表。さらに、代替のサプライチェーンとして他国への切り替えをすでに完了していると——』
チャイナマフィアの襲撃を逆手に取り、一瞬にして超大国・中国の経済を国際社会で孤立(追い込み)へと追いやる、容赦のない政策発表。
この国のトップは、間違いなく歴史に名を残すレベルの天才的な名宰相だった。
横田基地でのテロ騒動と、それに続く爆速の対中政策発表から数日後。
「ただいまー! 今日は新作のメロンパンと、いつもの絶品スイーツ買ってきたわよー!」
新宿のアジトの扉を開け、モニカが上機嫌で帰還した。
しかし、リビングに足を踏み入れたモニカは、ソファの光景を見て完全にフリーズした。
「——見てちょうだい、リルちゃん。こっちが気高きエルフの騎士がオークの群れに蹂躙されるやつで、こっちが知的なダークエルフが下等なゴブリンに堕とされる名作よ」
「へー! エルフさん、おっきいオークさんに囲まれてダメダメになっちゃってるねー!」
日本の最高権力者である環萌美総理大臣が、超高級スーツ姿のままソファに優雅に腰掛け、テーブルの上にR-18指定の業の深い同人誌(薄い本)を大量に広げながら、純真無垢な少女(リル)に熱心な布教活動を行っていたのである。
「ええ、そうなの。特にこの『くっ殺系』ヒロインが、屈辱の中で雌の顔になっていく過程は、やっぱりオタクとしての心の栄養素が満点なのよ……っ!」
「くっころってなーに?」
「『くっ……殺せ!』という、誇り高き女騎士の伝統的な鳴き声のことよ、リルちゃん」
「そっかー! 鳴き声なんだね!」
「…………」
モニカは、提げていたケーキの箱を落とさないように必死に持ち直し、キッチンで頭を抱えているマリアの元へと駆け寄った。
「ねぇ、マリア。……なんで、日本の現役総理大臣が、ウチのリビングでエルフの同人誌を広げてるの?」
「……横田基地で今度、秘蔵のオークの同人誌を貸してあげるってリルと約束したでしょ。まさか、一国のトップが公務の合間を縫って、本当に薄い本を直接届けに来るなんて思わないじゃないの……」
マリアが死んだ魚のような目で答える。
ふと窓の外を見下ろせば、アジトの周囲には黒塗りの公用車がズラリと並び、数十人の屈強なSP(恍惚の防壁)たちが、血走った目で周囲を完璧に警戒していた。
国民は誰も知らない。この物々しい超厳戒態勢の目的が、総理がエルフの同人誌を布教する間の安全確保だということを。
「あら、モニカさん。おかえりなさい」
萌美総理が、薄い本から顔を上げてふわりと微笑んだ。
「そのパンとスイーツ、とても美味しそうね! マリアさんが淹れてくれたこの紅茶も、香りが高くて本当に美味しいわ。……一緒にいただいてもよろしくて?」
「えっ……あ、はい。どうぞ」
モニカが慌てて皿にスイーツを取り分けると、萌美総理は「いただきます」と両手を合わせ、本当に嬉しそうに、そして美味しそうに庶民的なメロンパンを頬張った。
(……あの凛とした名宰相の顔は、どこにいったのよ。っていうか、隊員をウジ虫呼ばわりしてた鬼軍曹と同一人物には到底見えないわね……)
マリアが呆れ半分、感心半分でその姿を見つめる。
政治の場では冷徹で有能、軍隊の前では完璧なカリスマ。
しかし、プライベートではとことん庶民的で、どんな下世話な趣味(性癖)もオープンに語り合い、相手の懐にスッと入り込んでくる。
(……なるほど。この異常なまでの『親しみやすさ』と『ギャップ』が、彼女の支持率99%の秘密なのかもしれない)
スレイもまた、少し離れた場所で銃の手入れをしながら、呆れつつも妙に納得していた。
変態だが、人としては決して憎めない。それが環萌美という人間の恐ろしいほどの魅力なのだ。
「それにしても、あなたたちには本当に感謝しているのよ」
萌美総理が、マリアの紅茶を飲みながら、スレイたちに真っ直ぐな称賛の眼差しを向けた。
「大物議員Aが手放しでお勧めしてくるだけのことはあるわ。表の警備は私がどうにでもできるけれど、あなたたちのような優秀な裏の掃除屋がいなければ、この国家の平和はまわらないわ」
「……お褒めに預かり光栄だ」
スレイが短く答える。
「えへへっ、またいつでも呼んでね、総理大臣さん! 次はオークさんの鳴き声も教えてね!」
「ええ、もちろんよリルちゃん!」
和気あいあいと、絶品のスイーツと紅茶、そして極悪な同人誌を楽しむ日本のトップと暗殺者たち。
スレイは窓の外の平和な新宿の街並みを見下ろしながら、心の中で深く溜め息を吐いた。
(……世の週刊誌は、政治家の裏金だのパーティー券問題だのと騒いでいるが。……そんなみみっちいスクープを追う前に、現役総理が暗殺者と一緒にゴブリンの同人誌を笑顔で熟読しているという、この特大の性癖スキャンダルを報道した方がいいのではないだろうか)
日本の平和は、今日も絶対的な矛盾(多様性)の元に守られているのである。
「……やれやれ。まさかまた、この変態……いや、国家元首の警護に駆り出されることになるとはね」
マリアが、潮風に美しい髪を揺らしながら大きなため息をついた。
PCUメンバーが現在足を踏み入れているのは、神奈川県にある巨大な軍事拠点『横須賀海軍基地』である。
「そういえば、最近大きな会合があるって言ってたもんね」
リルがぽんっと手を叩く。
今回、大物議員Aから持ち込まれたミッションは、これまでとは比べ物にならないほどスケールの大きなものだった。
なんと、この横須賀基地において、各国のトップが集結するG7サミットが極秘裏に開催されるというのだ。
「G7の警護なんて、凄い出世じゃないの!」
メイコが極彩色のネイルを光らせて喜ぶ。
「光栄ではあるわね。……しかし、嫌な予感しかしないのは気のせいかしら」
モニカが、横田基地でのトラウマを思い出しながらこめかみを押さえる。
「テロリストが動いているという具体的な情報はない。だが、G7ともなれば規模が規模だ」
スレイが、海に停泊する巨大なイージス艦を見上げながら低く呟く。
「表の警察や軍の警備網だけでは、万が一の時に対応が遅れる。だからこそ、俺たち裏の掃除屋が『影の防壁』として呼ばれたのだろう」
「わぁーっ! お船おっきいー! 海風が気持ちいいね、スレイ!」
リルが、初めて見る軍港の景色に目を輝かせながら尻尾を振っている。
世界的な大舞台での護衛任務。気を引き締めなければならない。
そう思って、一行が基地内のエリアを歩いていた、その時だった。
「——パパの精液がシーツのシミになり、ママの割れ目に残ったカスがお前だ!!」
「…………ッ!?」
鼓膜を突き破るような、しかしどこまでも透き通った美しい女性の怒声。
マリアがビクッと肩を震わせ、スレイがサングラスの奥の瞳を細める。
声のする方、海軍の巨大な訓練ドックへと視線を向けると。
そこには、純白のタイトスーツをピシッと着こなした麗しき内閣総理大臣・環萌美が、整列した屈強な海兵隊員たちを前に仁王立ちし、完全なる『鬼軍曹(ハートマン)』モードを炸裂させていたのである。
「「「サー・イエッ・サー!!!」」」
海軍のエリート隊員たちが、地鳴りのような声で応じる。
「頭が死ぬほどファックするまでシゴいてやる!! ケツの穴でミルクを飲むようになるまでシゴき倒す!!」
「「「サー・イエッ・サー!!!」」」
「…………」
スレイの視線は、総理の極悪な罵倒を浴びている『海兵隊員たちの顔』に釘付けになっていた。
横田基地の時と全く同じだ。
屈強な海の男たちは、美しい総理大臣から「精液のシミ」「割れ目のカス」という、およそ人間扱いとは思えない下劣な言葉で罵られながら——その全員が、頬を真っ赤に染め、鼻息を荒くして、深い恍惚(マゾヒズム)の表情を浮かべていたのである。
『あぁっ……! 麗しき総理の口から放たれるファックという響き……ッ! たまらない……ッ!!』
『俺はカスだ……ッ! 海の底の泥以下のクソだ……ッ! シゴいてください総理ィィィッ!!』
彼らの全身から、そんな狂気に満ちた歓喜のオーラが立ち昇っている。
横田基地の陸と空の部隊だけでなく、ついにここ横須賀の海軍までもが、環萌美の手によって『恍惚の狂戦士』へと作り変えられてしまったのだ。
「……見事な洗脳(調教)術だ。これで海からのテロリストの侵入は、物理的に不可能になった」
スレイが、ある意味で心底感心したように頷く。
「スレイ、感心してる場合!? G7のサミット会場で、各国の首脳陣にあんなイッちゃってる顔の兵士たちを見せたら、国際問題になるわよ!」
マリアの的確なツッコミも虚しく、訓練ドックからは「もっと罵ってください!」と言わんばかりの狂った雄叫びが響き続けている。
「……放っておけ。表の防衛は連中に任せ、俺たちは裏の仕事に集中する」
スレイは、鬼軍曹モードで海軍をシゴき倒す総理を横目に、深々とため息をついた。
そして一行は、狂乱の訓練ドックを後にし、サミット期間中の滞在拠点となる基地内のキャンプ(特別宿泊施設)へと足を進めるのであった。
その道中だった。
「——オオゥ! 君たちの噂は聞いているよ。最強の裏社会の掃除屋チームだね?」
恰幅の良い、軍服姿の大柄な白人男性が、一行の前に立ち塞がって気さくに声をかけてきた。アメリカ合衆国国防長官、シュミット氏である。
「……何か用か」
スレイが警戒を解かずに低い声で応じると、シュミット長官は豪快に笑い、少し片言の日本語で彼らをベタ褒めし始めた。
「ノーノー、警戒しないでくれ。君たちが横田でチャイナマフィアを壊滅させた見事な手腕、ペンタゴンでも高く評価しているんだ! 君たちの仕事ぶりは、まさに世界の平和を守るスーパーヒーロー……日本のハメンジャーズだよ!!」
「「「…………」」」
マリアは、ピタリと足を止めた。
アベンジャーズ(Avengers)。いや、違う。今、このアメリカの重鎮は、明らかにハメるという最低な単語が混ざった発音をしていなかったか?
(……何かの聞き間違いだろうか)
マリアは、眉間を揉みながら必死に脳内で自己完結を図る。
(そうよ、きっと片言の日本語のせいでアクセントがおかしかっただけだわ。天下の国防長官が、初対面でそんな終わったパロディ映画みたいなシモネタを言うわけないじゃない……)
「サンキュー、シュミットのおじちゃん! わたしたち、ハメンジャーズなんだね!」
「オゥ! キュートなリトルガールだ!」
無邪気に喜ぶリルと、サムズアップする国防長官を背に、スレイとマリアは「この国だけでなく、同盟国もダメかもしれない」という一抹の不安を抱えながらキャンプ地へと急いだ。
そして、夜。
横須賀海軍基地の巨大な迎賓館にて、いよいよ各国の首脳陣が一堂に会するサミットの会食(晩餐会)が幕を開けた。
「……会場内のクリアランス完了。給仕のスタッフにも怪しい動きはないわ」
マリアがインカムで報告する。
「顔認証では登録されているスタッフだけだから大丈夫だよ」
メイコがモニターから目を離さずに答える。
「あぁ。だが油断するな。ネズミ(テロリスト)はどこから入り込むか分からない」
スレイとリルは黒服に身を包んで壁際に立ち、鋭い眼光を光らせていた。
豪華絢爛なシャンデリアの下、円卓にはアメリカ、イギリス、フランスなど、世界を動かす超大国のトップたちが顔を揃えている。
やがてホスト国である日本の最高権力者——環萌美総理大臣が、美しいイブニングドレス姿でグラスを片手に優雅に立ち上がった。
「——皆様。本日は遠路はるばる、極東の島国までお越しいただき、心より歓迎いたします」
凛とした、どこまでも透き通るような名宰相の声。
その場にいる各国の首脳陣が、彼女の圧倒的な美貌とカリスマ性に息を呑む。
スレイたちもまた、昼間の「鬼軍曹」から完璧に切り替わった彼女の姿に、プロとしての舌を巻こうとした……その直後だった。
環萌美は、完璧な笑顔と、この上なく美しい発音で、こう宣ったのである。
「——ようこそ、偉大なる自慰7の皆様」
「…………ッ!!」
マリアは、インカムを押さえたまま、完全に石化した。
モニカは運んでいたシャンパンを落としそうになる。
G7(ジーセブン)。
いや、違う。今のイントネーションと間合いは、どう聞いても『自慰(マスターベーション)』のそれだった。
「……何か、ちょっと発音が違う気がするんだけど?」
メイコが首を傾げる。
「……何かの聞き間違いだろうか」
スレイが、現実逃避するように呟く。
「……今日は、やけに聞き間違いが多い日ね」
マリアが死んだ目で虚空を見つめた。
環萌美総理の、そのあまりにも堂々とした(そして最低な)スピーチが終わった瞬間。
横須賀基地の迎賓館は、割れんばかりの万雷の拍手に包まれた。
「ワンダフル! 素晴らしいスピーチだ、ミセス・タマキ!」
「ブラボー! 日本のオモテナシの心を感じるよ!」
イギリス首相も、フランス大統領も、満面の笑顔でグラスを掲げている。彼らには、日本語の高度なシモネタ(言葉遊び)など一切伝わっていないのだ。
「……マリア、モニカ。もう気にするな。俺たちの仕事は言語学じゃない」
インカム越しに、スレイが完全に心を無にして呟く。
「……ええ。わかってるわ」
晩餐会が和やかに進む中、各国の首脳陣の間では、昼間に見学した『日本海軍の圧倒的な統率力』が話題に上っていた。
「いやぁ、あの海兵隊員たちの気迫(恍惚)には驚かされた! 一体どんな魔法の訓練をしているんだい?」
「ふふっ。愛と鞭、そして言葉の力ですよ」
萌美総理が、ファックだのシーツのシミだのといった極悪な罵倒を『言葉の力』と美しくオブラートに包んで微笑む。
——その、和やかな会談の最中だった。
「! 厨房のゴミ捨て扉から、知らない顔の男が侵入してきているよ!」
メイコの報告と同時、マリアの張り巡らせたセンサーが、一瞬の殺気を検知した。
「各員! 予期せぬ侵入者(ネズミ)よ! 厨房ルートから一匹!」
スレイとリルに緊張が走る。ターゲットが不明のため、下手に動けない。
「顔認証一致……アラブ系よ! リルは総理を守って、スレイはシュミット長官を!」
モニカのプロファイリングが飛ぶ。
「死ねェェェッ、シュミットォォォッ!!」
厨房から侵入したテロリストが、包丁を持ったままアメリカ国防長官に向けて走り出した。
「シュミットのおじちゃん、危ないよーっ!」
リルが叫ぶ。
しかし、その凶刃が届くよりも早く。
スレイが音もなく滑り込み、男の足首に足を引っ掛けて転ばせる。
「なっ……!?」
体勢を崩し、驚愕するテロリスト。その男の視界が、文字通り『一瞬』で真っ暗に反転した。
スレイの手刀が男の頸動脈を正確に打ち据え、瞬時に意識を刈り取った。男が厨房から出てきた瞬間に、すべてが終わっていた。
「……掃除完了だ」
スレイが、気絶したテロリストを無造作に床に転がす。
「ウオォォォォッ!! 我らが美しき総理の晩餐会を汚すウジ虫めェェェッ!!」
「シゴいてやる……ケツの穴が裂けるまでシゴき倒してやるぞォォォッ!!」
直後、扉を蹴破って雪崩れ込んできたのは、鼻息を荒くした恍惚の海兵隊員たちだった。
気絶した哀れなテロリストは、血走った目をした海の男たち(狂戦士)によって、文字通り引きずられるようにして連行されていった。テロリストにとっての本当の地獄は、きっとここからだろう。
「「「おおぉぉぉぉっ……!!」」」
そのあまりにも鮮やかで、瞬きする間もない完璧な制圧劇に、各国の首脳陣からどよめきと、そして再び割れんばかりの拍手が巻き起こった。
「サンキュー!! ジャパンのSPは世界一だ!!」
シュミット長官が興奮気味に立ち上がり、スレイたちに拍手を送る。
円卓の奥からは、萌美総理がスレイに向かって、パチンとウィンクしながらグッジョブサイン(親指を立てる)を送っていた。
数時間後。
G7サミットの会合は、テロを未然に防いだ日本の完璧な警備体制が高く評価され、大成功のうちに幕を閉じた。
「オゥ! 君たち、本当に素晴らしい働きだったよ!」
すべての日程を終え、専用車に乗り込む直前のシュミット国防長官が、スレイたちチームの前に歩み寄り、豪快に笑いながらベタ褒めし始めた。
「いやぁ、君たちの連携と力強さ……やはりハメンジャーズの噂は本物だった! ペンタゴンにスカウトしたいくらいだ!」
「……恐縮だ」
スレイが静かに頷く。
「……アメリカン・ジョーク(多様性)なのかしらね……」
モニカが頭を抱える。
「その圧倒的なパワーを持つ君(スレイ)は、雷神『マイチン・ソー』だ! そして、チームを束ねる君(マリア)は『キャプテン・ハメリカ』! 何でもお見通しの君(モニカ)は『床ジョーズ』、何でも記憶できる君(メイコ)は『オッパイダーマン』! キュートな彼女(リル)は、さしずめ『アーン・イヤーンマン』といったところだな!! ガッハッハッハッ!!」
「「「…………」」」
夜の横須賀海軍基地に、潮風と、絶望的な沈黙が吹き抜けた。
それは、アメコミの歴史とヒーローたちの尊厳を木端微塵に粉砕する、あまりにも終わったネーミングセンスのコンボであった。
しかも、天下のアメリカ合衆国・国防長官が、それをドヤ顔で言い放っているのである。
シュミット長官を乗せた車が、陽気に去っていくのを無言で見送りながら。
スレイとマリアとモニカのトリオは、夜空に浮かぶ月を見上げ、心の中で同時に全く同じことを思った。
(……アメリカも、もうダメだ)
日本の政治家だけでなく、同盟国の中枢までもが、どうしようもない多様性(シモネタ)に深く汚染されている。
世界平和の裏側で、最強の暗殺者チームは地球規模の『モラルの崩壊』を確信し、重い足取りで新宿アジトへと帰還するのであった。
ワールド・イズ・ノット・イナフ(The World Is Not Enough)
経済を豊かにして世界を救うだけじゃ物足りない
(意訳:シモネタで染め上げないと気が済まない)
これにて第17話、お掃除完了です!
アラブ系テロリストを一瞬で制圧したスレイの手腕はさすがの一言でしたが、それ以上にシュミット国防長官の「絶望的なネーミングセンス」のインパクトが強すぎました……。
マリアたちと一緒に天を仰いだ読者の方も多いのではないでしょうか。
日本だけでなく、世界レベルでモラルが崩壊していく多様性ユニバース。
平和な世界の裏側で、PCUの胃痛はまだまだ続きそうです。
次回の事件(新章)は、来週の水曜日 20時からスタートします!
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