今回は、スレイたちに見守られながら挑む、リルの「初陣」です!
そして後半からは、重く苦しかったこれまでの空気が一変し、いよいよ本作の『本当の姿(カオスな日常と悪ふざけ)』が顔を出し始めます。
(※今回もアクションシーンや、キャラクターの挿絵を入れています。ぜひ挿絵表示でお楽しみください!)
境界線004-モニカ&初任務
「気を付けて行ってらっしゃいね!……と言いたいところだけど、今回は私も行くわ」
パン屋のエプロンを優雅に外しながら、モニカが微笑んだ。かくして、スレイ、マリア、モニカ、リルの四人は、夜の帳が下りた巨大な建設現場へと足を運んだ。
しかし、鉄骨が組まれた薄暗い敷地内には、誰の姿もなかった。重機が静かに並んでいるだけで、今日はまだ反社グループによる嫌がらせは行われていないようだ。
「……ふふっ、ちょうどいいわね。お留守の間に準備させてもらうわ」
マリアはバッグから小型の機材を取り出すと、慣れた手つきで現場の死角へと次々にカメラを設置していく。
一方、モニカはヒールを鳴らして敷地の隅へと歩み寄り、地面に無造作に捨てられた大量の『ゴミ』を、プロファイラーの鋭い目で見つめていた。
「よし、OK〜。赤外線センサーも設置完了したわ。どこかで待機しましょう」
マリアがPCの画面で正常な動作を確認し、振り返る。
「ええ。相手の『素性』も大体わかったわ」
モニカが、優雅に立ち上がりながら落ちていたゴミの分析結果を口にした。
「吸い殻は安物のタバコ。転がっている空き缶は安物の酒。それに、むせ返るような安っぽい香水の残り香……極めつけは、散乱したコンビニのパンとおにぎりの包装紙よ。……統率の取れた本職のヤクザ(反社)とは違うわね」
「……ただのチンピラ風情のクズか……」
漆黒のコートを着た大男――スレイが、安物の百円ライターをカチャリと鳴らし、死んだ魚のような目で低くしゃがれた声を漏らす。
(凄いなぁ〜……!)
リルは、三人の流れるようなプロの仕事を目の当たりにして、目をキラキラと輝かせていた。
マリアの機械を操る手際の良さ。モニカの、ただのゴミから犯人像を完璧に暴き出す推理力。そして、立っているだけで圧倒的な威圧感を放つスレイ。
自分が今まで知らなかった、プロフェッショナルたちの『本物の裏の仕事』。
「……車に戻るぞ。網を張って待つ」
スレイの指示で、四人は現場から少し離れた場所に停めてあるワゴン車の中へと一旦退避し、息を潜めて待機することにした。
車内のモニター越しに、静まり返った建設現場を監視し続ける。
待機すること数時間だろうか。深夜の冷え込みが車内にも伝わり始めた頃。
『――ピッ』
マリアのPCから、赤外線センサーが反応したことを知らせる低い電子音が鳴った。
モニターの暗視カメラの映像に、金網を乗り越えて建設現場へと侵入してくる、複数の『人影』がヌルリと現れた。
車内の暗視モニターには、建設現場のフェンスを乗り越えて侵入してきた男たちの姿がはっきりと映し出されていた。
「……大体予想通りね。5人。ボスはいないわ」
モニカが、男たちの足取りや視線の配り方を見て瞬時に分析する。
「大方、金だけで雇われたしょぼい連中よ……」
マリアが、PCのキーボードをカタカタと叩きながら冷たく吐き捨てた。
スレイは、静かに車のドアノブに手をかけながら、背後に座るリルへ顔を向けた。
「……リルは、俺の後ろから来るんだ」
「は、はいっ!」
「気を付けてね?。危なくなったら、迷わず逃げるのよ」
モニカが優しく微笑みかける。
モニターの中のチンピラたちは、鉄パイプやバールを手に、建設資材や重機のガラスを無手勝手に叩き割り始めた。
ガシャン! という破壊音が、静かな夜の空気に響く。
「……あとはスレイが何とかしてくれるわ。さぁ、動き出したわね。証拠を撮ったら突撃よ」
マリアが、現場に仕掛けたカメラの録画ボタンを押す。
スレイは無言で小さく頷いた。
数分後。
「……もういいわね。器物損壊と不法侵入、完璧な証拠映像は撮ったわ」
マリアがPCの画面から顔を上げる。
「彼らの動きを見る限り、おそらく『銃』は持っていないわ」
モニカがプロファイラーの目で確言した。
それを聞いたスレイは、安物の百円ライターをポケットにしまい、低くしゃがれた声で告げた。
「……では、いくぞ」
「はいっ!」
初任務の緊張で、リルの声がわずかに上擦る。
マリアとモニカは情報支援とバックアップのために車内で待機し、リルはスレイの広い背中を追って夜の闇へと飛び出した。
装備は、手元にコントローラーを構えた偵察用ドローン、腰のホルスターにハンドガン、そしてポケットには高圧スタンガンだ。
「……何かあったら、すぐに車に走るんだ」
前を歩くスレイが、振り向かずに念を押す。
建設現場へと近づくにつれ、リルの心臓は早鐘のようにドクン、ドクンと激しく鳴っていた。
(……怖い。でも、逃げない。もう逃げたくない……っ!)
スレイが、物陰にピタリと身を潜めて指示を出した。
「……いいか。あいつら5人が一箇所にかたまったら、上空のドローンで『催涙ガス』を撒け」
「……了解です!」
リルは息を潜め、コントローラーの画面を凝視した。
チンピラたちが、ひとしきり暴れて息を上げ、笑い合いながら資材置き場の中央へと集まっていく。
(……5人が、かたまった……[b:今っ!])
リルの指が、迷いなくコントローラーの散布ボタンを弾いた。
頭上をホバリングしていたドローンから、特殊な『催涙ガス』が音もなく投下され、彼らの頭上で一気に炸裂する。
「ゲホッ!? な、なんだこれッ!?」
「目がッ! 痛ぇッ、目がァァァッ!!」
突如として白いガスに包まれ、チンピラ風情の男たちがボロボロと涙を流して激しくせき込み、その場に蹲る。
「……よし、いくぞ!」
スレイが、漆黒のコートを翻して勢いよく突っ込んでいく。リルも遅れまいと、その後を必死に追いかけた。
スレイの動きは、もはや暴力という名の芸術だった。
催涙ガスの中で視界を奪われ、慌てふためくチンピラの一人の顔面めがけ、容赦ないストレートが突き刺さる。
『――メキョッ!』
嫌な音と共に、チンピラ1人目の顎が完全に砕け散り、白目を剥いて吹き飛んだ。
「ヒィッ! なんだテメェ――」
声のした方へ振り向いたチンピラ2人目には、顔面凶器の無慈悲な裏拳が炸裂する。
『――ゴバァッ!』
鼻っ柱を無惨にへし折られ、血飛沫を上げて2人目が崩れ落ちた。
リルは、その後ろ姿を見つめながら息を呑んだ。
(凄い……圧倒的に、強い……!)
だが、見惚れている暇はなかった。
「……ガキィッ! テメェも仲間かッ!!」
ガスの薄れた横から、涙目でバールを振り上げたチンピラ3人目が、怒り狂ってリルへと襲いかかってきたのだ。
「リル!」
スレイの鋭い叫び声が飛ぶ。
(……慌てない、慌てない!)
リルは心の中で何度も自分に言い聞かせた。
振り下ろされるバール。しかし、大人の男の力任せな大振りなど、リルの「幼児のような小さな体」にとっては、くぐり抜ける隙だらけだった。
リルはひょいっと身を沈めてバールを躱すと、そのままチンピラの懐へと滑り込み、ポケットから取り出した『業務用超高圧スタンガン』を、男の腹めがけて思い切り押し当てた。
もちろん、出力はスレイから渡された時のままのMAXだ。
『――バリバリバリバリバリバリッ!!』
「アバァァァァァァァッ!?」
数十万ボルトの電流を浴び、チンピラ3人目はカエルのように全身を痙攣させてぶっ倒れた。
「……よくやった」
その間髪入れず、スレイがチンピラ4人目のみぞおちに強烈な蹴りを叩き込み、胃液を吐かせて沈黙させる。
これで4人。……あと1人だ。
しかし、その油断を突くように。
「死ねェェェェッ!!」
残る煙の死角から、最後の5人目がナイフを構え、背後からリルめがけて飛びかかってきた。
「あっ……!」
距離が近すぎる。リルの手がスタンガンを構え直すよりも、男のナイフが届く方が圧倒的に早い。
(……間に合わない!)
リルが反射的に目をギュッと瞑った、次の瞬間。
『――ドゴォォォォォォンッ!!』
凄まじい衝撃音と共に、男の悲鳴が遥か頭上へと消えていった。
リルが恐る恐る目を開けると、ナイフを持っていたはずの男が、重力を無視したように数メートルも『宙を舞って』、そのまま資材の山へとゴミのように叩きつけられていた。
スレイが、リルの死角から飛び出してきた男を、横合いから文字通り『蹴り飛ばした』のだ。
静寂が戻った建設現場で。
漆黒のコートを揺らし、スレイがゆっくりとリルの前へと歩み寄ってきた。
「…………大丈夫か」
低く、ぶっきらぼうな、けれど何よりも安心できる不器用な声。
「うんっ!」
リルは、満面の笑顔で力強く頷いた。
初めての任務。初めての暴力の渦中。襲いかかってくる悪意。
親戚の家や学校では、あんなにも他人が怖くて、いつも震えて泣いていたのに。
なぜだろう。今は、少しも怖くなかった。
絶対に自分を守ってくれる、世界で一番強くて、世界で一番温かい『家族』が、すぐ目の前にいてくれるからだ。
静けさを取り戻した建設現場。
気絶したチンピラ風情5人を、漆黒のコートを着たスレイが手慣れた様子でテキパキと縛り上げていく。
その横では、車から降りてきたマリアがタブレットを操作し、警察のトップ(山田相姦の部隊)への匿名通報と、先ほど録画した完璧な証拠映像の送信を終えていた。
「……これで、あのライバル企業が裏で雇った連中の嫌がらせ(工作)も終わりね。ご苦労様」
マリアがふぅと息を吐き出すのを見て、リルはホッと胸を撫で下ろし、自分を助けてくれた大男へと向き直った。
「スレイさん……助けてくれて、ありがとう!」
「……気にするな。はじめてにしては十分だ」
スレイは安物の百円ライターをカチャリと鳴らし、ぶっきらぼうに、けれど確かな労いの言葉を返した。
「ええ、本当にいい動きだったわ。そして何より、度胸がいい」
モニカが、優雅な微笑みを浮かべてリルの頭を撫でる。
「まさか、こんな才能があるとはね?。スレイの圧倒的な力(暴力)とは違うアプローチで立ち回れるのも、チームとしてはすごくいいわ」
マリアも、ハッカーの目を細めてリルのポテンシャルを絶賛した。
「……ありがとう! スレイさん、モニカさん、マリアさん!」
リルが、嬉しさのあまり満面の笑顔で三人の名前を呼ぶ。
スレイは何も言わず、ただ紫煙を細く吐き出した。
すると、モニカが少しだけ困ったように眉を下げて笑った。
「……あら?、他人行儀ね。『さん』はいらないわよ」
「えっ?」
「そうよ。同じアジトで、同じ仕事をする仲間……いや、『家族』でしょ?」
マリアが、夜風に紫のロングヘアーを揺らしながらウインクをする。
家族。
その温かい響きに、リルの胸の奥がじんわりと熱くなった。もう、顔色を窺ってペコペコと頭を下げる必要はないのだ。
「……うんっ! スレイ、マリア、モニカ!」
以後、リルは三人から敬称を外し、本当の家族のように名前で呼ぶようになった。
――数十分後。新宿、極秘アジト。
事後処理を終えた四人は、モニカも交えてアジトへと帰還していた。
帰りの車窓から見えた深夜営業のスーパーで、モニカとリルがたっぷりと具材や飲み物を買い込んできたため、リビングのテーブルには豪勢な夜食が並べられている。
「それじゃ?、リルの見事な初陣に……かんぱーい!」
「はーい、お疲れ様!」
マリアの音頭に合わせ、モニカがグラスを掲げる。リルも元気いっぱいにジュースの入ったグラスを打ち合わせた。スレイはソファに深く腰掛けたまま、黙って安物の缶チューハイを煽る。
(……私、ここにいていいんだな)
賑やかなリビングの空気の中で、リルは唐揚げを頬張りながら、心の底から満たされるのを感じていた。
「大体、いつもこんな感じよ」
マリアが、ほろ酔い気分で笑う。
「表の警察が法に縛られて動けないようなところを、私たちが裏から始末する。それが私たちPCUの仕事」
モニカが、優雅にチーズを齧りながら補足した。
そのかっこいい大人たちの言葉に、リルは目をキラキラと輝かせ、バンッとテーブルを叩いて立ち上がった。
「わぁっ! それじゃ?、私たちは性戯(せいぎ)の味方ですね!」
「…………は?」
モニカの優雅な笑顔が、ピシリと凍りついた。
「いやなんかそれ絶対に漢字違うからァァァァァーーッ!!」
マリアの鼓膜を破らんばかりの特大のツッコミが、深夜のアジトに響き渡る。
「ちょっとリル! 発音の響きからしてアウトよ! そんな変な言葉、一体どこで覚えてきたの!」
顔を真っ赤にして詰め寄る大人二人に対し、リルはエヘンと胸を張って、無邪気すぎる笑顔で答えた。
「えへへっ! 私、学校はずっと不登校だったから、漢字とかよくわかんなくて!」
「……不登校のせいにするんじゃないわよ!! 絶対にアジトのテレビかネットで変な深夜番組を見たんでしょ!」
「もう……この子、変なところで吸収が早すぎるわ……」
モニカが頭を抱え、マリアが疲れたようにテーブルに突っ伏す。
スレイは無言のまま、死んだ魚のような目でそっと耳栓をした。
「……はぁ。でも、正義の味方とは少し違うかな」
ひとしきりツッコミ疲れを果たしたマリアが、気を取り直してジュースをすする。
「そうね。ポジションで言えば……『ダークヒーロー』ってところかしらね」
モニカが、プロファイラーの目を細めて美しく微笑んだ。
(ダークヒーロー……)
リルは、その言葉を胸の中で反芻した。
裏社会の人間といっても、スレイたちがやっつけるのは、弱者をいたぶる『悪い人』ばかりだ。
暴力も、暗殺も、ハッキングも。彼らが使う手段は真っ黒だけれど、その根底にあるのは、間違いなく誰かを救うための強さだ。
リルは、自分の居場所が世界で一番かっこいい場所であることを確信し、満面の笑顔でもう一度、元気いっぱいに宣言した。
「うんっ! 私、立派な『性戯のダークヒーロー』になります!!」
「だからその漢字をやめなさいって言ってるでしょォォォォッ!!」
再び爆発するマリアのツッコミと、賑やかな笑い声。
凄惨な過去を抜け出した少女は、このカオスで温かいアジトで、最強の陽動役(マスコット)としての騒がしい日常を、ついに歩み始めたのであった。
新宿の雑居ビルの一室。裏の掃除屋(PCU)のアジトには、任務のない穏やかな夜の時間が流れていた。
マリアはキーボードを叩き、モニカは優雅にコーヒーを傾け、リルは家事の合間にソファでくつろいでいる。そしてスレイは、いつものように無言で安物のタバコを吹かしていた。
部屋の片隅に置かれたテレビからは、夜のニュース番組の開票速報が淡々と流れている。
『――続いてのニュースです。「多様性の尊重」と「新しい時代のクリーンな社会」を公約に掲げた環萌美(たまき もえみ)氏率いる与党が、本日の選挙で歴史的な圧勝を収めました。これにより、環萌美新内閣の発足が確実となりました』
画面には、勝利のルージュを唇に引いた、麗しく美しい環萌美新総理の姿が映し出されていた。
『――国民の皆様。私を選んでくれて、本当にありがとう。……これからは、あらゆる個性と価値観が尊重される、真の『多様性』の時代が始まりますわ』
テレビの中の総理は、凛として透き通るような声で、日本中へ向けて堂々とした勝利宣言を行っていた。スタジオのコメンテーターたちも、「日本もついに変わりますね」「素晴らしいリーダーだ」と手放しで称賛している。
「……へえ。女性の総理大臣なんて珍しいわね。『多様性』ねぇ」
マリアがPCから視線を外し、少しだけ興味なさそうに画面を一瞥した。
「圧倒的な支持率ね。クリーンで美しいスローガンに、国民もすっかり熱狂しているみたい」
モニカが、優雅にコーヒーカップを置きながら、世間の空気を冷静にプロファイリングする。
「たようせい……? ってことは、色んな人がみんな仲良くできる国になるってことですか? すごいなぁ!」
リルが、テレビの中の美しくて凛々しい女性総理を見て、無邪気に目を輝かせた。
「……どうせ、表の連中にとっての都合のいい言葉遊びだ」
スレイが低くしゃがれた声を漏らす。
政治家の掲げる美辞麗句など、泥水と血の匂いが染み付いた裏社会で生きる彼らには、まったく無縁の別世界の話だった。テレビのニュースは、ただのBGMに過ぎない。
そう。
この時の裏の掃除屋たちは、まだ誰も知る由もなかったのだ。
この画面の中で美しく微笑む新総理こそが、とんでもないドSの変態オタクであり、彼女が掲げる「多様性」というスローガンが、のちに日本全体を最低なシモネタと狂気のパロディで染め上げる免罪符になるということを。
そして――遠くない未来。
自分たちが大物議員と繋がり、この絶対的元凶である環萌美総理と直接対面し、彼女がPCUの「最大のパトロン」として君臨することになるなどとは。
テレビの中の熱狂をよそに、アジトの夜は、まだ何も知らないまま静かに更けていくのであった。
【お知らせと次回予告】
『境界線PCU~多様性ワールドへようこそ~6月は毎日20時更新』
6月は毎日20時に最新話を公開していきます。明日の20時もぜひお待ちしております!
▼イラスト・設定資料について▼
劇中の挿絵や、キャラクターの詳細な設定資料をPixivにて公開しています。
【Pixiv】https://www.pixiv.net/users/124951524
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