本日から新章、第18話「片道だけの言葉編」がスタートします!
賑やかで温かい夕食を囲み、家族としての絆を深めるPCU(裏の掃除屋)の面々。
しかし、テレビから流れる痛ましいニュースの裏側で、彼らの元へ国家の中枢から「ある密室殺人の謎」が持ち込まれます。
現場に取り残された、心を完全に閉ざした耳の聞こえない少女。
偽りの報道の裏に隠された真実を暴くため、死神たちが静かに動き出します。
片道だけの言葉編(前編)
――夜。新宿、極秘アジト。
香ばしい油の匂いが漂うダイニングテーブル。
今夜の裏の掃除屋(PCU)たちの夕食は、山盛りの千切りキャベツが添えられた、見事な黄金色のとんかつだった。
「わーい! とんかつ、とんかつー!」
金髪の少女リルが、ソースの香りに目を輝かせて箸を高く掲げる。
「いやー、豚さんいつもありがとう〜! 命に感謝っしょ!」
ギャル大生のメイコが、サクサクの衣に歯を立てながら幸せそうに頬を緩ませた。
「ええ。私たちの声が直接届くことはないかもしれないけれど、畜産農家の方々と命をくれる豚さんには、感謝しかないわね」
凄腕プロファイラーのモニカが、優雅な手つきでカラシを添えながら微笑む。
「……ちょっとリル! またキャベツを端っこにどけないの。お肉ばっかりじゃなくて、ちゃんと野菜も食べなさい」
天才ハッカーのマリアが、すっかり母親のような手つきでリルの皿にキャベツを盛り直した。
そんな、家族の温かい夕食の最中。
つけっぱなしにしていたTVから、ニュースキャスターの沈痛な声が流れてきた。
画面には、連日報道されている『家庭内暴力』や『子供の虐待』に関する痛ましい特集が映し出されている。
「……ねぇ。家族なのに、なんでこうやって叩いたり、痛いことしちゃうんだろうね……」
リルが、箸を止めて悲しそうにTV画面を見つめた。
幼い頃から親戚をたらい回しにされ、虐げられてきた彼女にとって、それは決して他人事ではない疑問だった。
「……そうだねぇ。アタシのパパ(大物議員A)は、アレで相当な変質者だけどさ……でも、なんだかんだ子供(アタシ)にはすっごく優しいし、愛されてるなって思うからね。一応」
メイコが、父親の最低な性癖を思い出しながらも、少しだけ真面目な顔で答える。
「……最初から家族のいない孤児の私には、永遠にわからない何かね。血が繋がっているからこその、歪んだ愛憎の形なのかしら」
モニカが、自身の生い立ちを淡々と振り返りながらプロファイラーの目で分析する。
「……家族というのは、本来はとてもいいものよ。温かくて、安心できて。……まぁ、私の家族はもう、この世にはいないけれどね」
マリアが、少しだけ寂しそうな、けれど穏やかな顔でビールを呷った。
重くなりかけた空気を払拭するように、リルが最後の一切れを口に放り込み、元気よく両手を合わせた。
「ごちそうさまでした! 豚さん、おいしかった! 豚さんありがとう!」
「だねー! さすが萌美総理の差し入れだけあって、お肉が超柔らかくて美味しかった〜!」
メイコも満足げにお茶をすする。
「あら、今日のこれ、総理からの差し入れだったの?」
マリアが目を丸くする。
「……でも」
モニカが、ため息をつきながらも、ふと優しく微笑んでメンバーの顔を見渡した。
「……血の繋がりや、戸籍の形はどうあれ。本当の家族っていうのは……ここにいる皆のことじゃないの?」
「……そうね。私たちはただの裏の仕事の仲間ではなく、間違いなく家族よね」
マリアが、とんかつの紙袋をゴミ箱に捨てながら、嬉しそうに頷く。
「あはは、そーだね! アタシたちの間にDV(家庭内暴力)なんて絶対にないし! あるとしたら、夜中のお菓子禁止と猥談禁止のルールくらいっしょ!」
メイコがケラケラと笑い飛ばす。
「……DV?」
リルが、首をコテッと傾げて、金髪のツインテールを揺らした。
「DVって……ディルドーとバイブの略だっけ?」
「…………リル、あんたって子は……ッ」
マリアが頭を抱え、メイコがテーブルを叩いて爆笑した。
「…………絶対総理が変なことを教え込んだせいね」
モニカが確信をもって言葉を絞り出す。
純真無垢な少女の口から飛び出した、家庭内暴力の暗さを一瞬で吹き飛ばすほどの最低な勘違い。
このアジトには、悲壮感など欠片も似合わない。
そんな、笑いの絶えない血の繋がらない家族の団欒の最中。
アジトの極秘回線から、首相感貞の重々しい着信音が鳴り響いた。
『……夜分にすまない。急ぎではないが……明日でいいので、全員で首相感貞まで来てほしい』
モニターに映った大物議員Aらの、新たな事件の呼び出し。
豚の命と温かい家族の食卓から一転、裏の掃除屋たちは、静かに動き出した次なる闇の気配へと、鋭い視線を向けるのであった。
――翌日。首相感貞・極秘地下作戦室。
重厚な扉の奥、円卓に集まった裏の掃除屋の5人を前に、大物議員Aが険しい表情でメインモニターに現場写真を映し出した。
「……昨晩、都内の古いアパートで、住人の男性が胸を刃物で刺されて死亡した。現場は、内側からチェーンと鍵がかけられた完全な密室だ」
大物議員Aが葉巻を咥えたまま、重苦しい声で事件の概要を語り始める。
「そして傍らには……亡くなった男の娘である耳の聞こえない12歳の少女が、凶器の包丁を握りしめ、返り血を浴びて座り込んでいた」
写真には、凄惨な血の海の中で、虚ろな目をして膝を抱える幼い少女の姿が映っていた。
「……世間やマスコミは事件の構図を早々に断定しているわ」
環萌美総理が、冷徹な目でモニターを見つめる。
「近隣住民からの『父親の激しい怒鳴り声と、物が割れる音』という証言。そして、少女の体に無数に残された青痣(あざ)。……これらから、日常的な虐待に耐えかねた娘の突発的な殺意による犯行の可能性を見なされている。現在、少女を重要参考人として保護している状態よ」
「……しかし、少女は事件のショックからか完全に心を閉ざし、一切の問いかけに応じず、黙秘(無反応)を貫いている状態だ」
大物議員Aが、痛ましそうに目を伏せた。
「えええ〜〜〜ッ!? 12歳の、そんな小さな女の子がパパを!?」
リルが、現場写真の惨状に目を丸くして叫ぶ。
「……しかも、その子耳が聞こえないんだよね……?」
のメイコが、痛々しい少女の姿に眉をひそめる。
「……ええ。そこが引っかかるわね」
モニカが、優雅な手つきで顎に触れ、鋭い視線を投げかけた。
「耳が聞こえない娘に対して、近隣住民にまで聞こえるほどの怒鳴り声を上げるというのは……虐待だとしても、少し変(不自然)ね。声で威圧しても意味がないもの」
「……なるほど。私たち(裏の掃除屋)にわざわざ話がくるということは」
マリアが、PCのキーボードを軽く叩きながら推測する。
「所轄の警察の判断に対して、警視庁トップの山田相姦(やまだ そうかん)部隊が、強烈な違和感を覚えているのだろうね」
凶器の包丁には、間違いなく少女の指紋が残っている。
近隣住民の証言もあり、少女の体には日常的な虐待の痕跡(青痣)がある。
状況証拠も、殺害の動機も、完璧なまでに成立している密室殺人。
「……その通りだ」
大物議員Aが、重く頷く。
「しかし、状況証拠だけは、あまりにも綺麗に犯人がこの少女であることを示しすぎているのよ」
萌美総理が、ルージュの唇を忌々しそうに歪める。
「虐待の疑いについては、彼らを支援していた福祉ボランティアの証言も取れているわ。父親は少女を部屋に放置して、夜な夜な帰ってこない日が続いていた。父親のいない間は、その福祉ボランティアの人間が、代わりに少女の面倒を見てくれていたそうよ」
漆黒のコートを着た大男――スレイは、安物の百円ライターをカチャリと鳴らし、無言のまま紫煙を吐き出し、こう呟いた。
「それでも、ただの虐待事件なら、警察の裏の顔である山田相姦部隊で対応する範疇だ。俺たちを呼ぶ理由にはならない」
「……スレイの言う通りだ」
スレイの無言の疑問を察した大物議員Aが、別の資料をモニターに展開した。
「実は、この殺された父親だが……裏社会に多額の借金を抱えていたことが判明したんだ」
「なるほどね」
マリアが冷たく目を細める。
「何らかの金銭トラブルに巻き込まれた可能性がある。そして、その借金取りが反社(ヤクザ)の人間である可能性も高いということね」
12歳の、耳の聞こえない小柄な少女が、大人の男の胸に致命傷となるほど深く刃物を突き立てられるのか。
身体的にも状況的にも、犯人とは考えにくい部分が多すぎる。
もちろん、極限の恐怖と虐待の末に、火事場の馬鹿力で刺してしまった……という悲しい可能性も、現段階では100%否定することはできない。
「……調べる必要があるな」
スレイが、低くしゃがれた声で短く断定した。
密室の謎、聞こえないはずの怒鳴り声、そして裏社会の借金。
少女の沈黙に隠された「音なき真実」を暴くため、裏の掃除屋たちは静かに動き始めるのであった。
――昼。新宿、極秘アジト。
テーブルには、コンビニで買い込んできた手軽な昼食が並んでいたが、メンバーの視線は壁に掛けられた大型モニターに釘付けになっていた。
ワイドショーでは、昨晩の事件が「悲劇の少女による父殺し」として、扇情的なテロップと共に繰り返し報じられている。
「……これだよね〜。さっきパパたちが言ってた任務の事件」
リルが、おにぎりを頬張りながら、神妙な顔をして画面を見つめる。
「まだ少女が犯人って決まったわけじゃないのに、もう心の闇とか語り始めちゃって……。決めつけが早すぎて引くっしょ」
メイコが、呆れたようにスマホの手を止めた。
「まさにテレビが大好きそうなネタね。視聴率さえ取れれば、一人の少女の人生がどうなろうと知ったことではないのよ」
モニカが、優雅にカップを置き、冷笑を浮かべる。
「これだから『マスゴミ』と言われるのよ。あの神妙な顔をしたコメンテーターたち……内側では一ミリも何も感じてなんていないわ。ただ台本通りの同情を売っているだけ」
マリアが、不快そうにリモコンで音量を下げた。
確定していない事実を、あたかも真実であるかのように塗り固めていく報道。その虚像を剥ぎ取るのが、掃除屋たちの仕事だ。
「……スレイ、どうする? どこから手をつける?」
マリアが、漆黒のコートを羽織ったままの男に問いかけた。
「……まずは現場だ」
スレイは安物の煙を吐き出して、短く答えた。
「そうね。山田相関が違和感を持つなら、直接見るべきだわ。所轄の刑事が見逃した、あるいは見ようとしなかった部分を洗いましょう」
モニカの言葉に全員が頷き、アジトを後にした。
――数十分後。都内、事件現場のアパート。
規制線の張られた狭い一室。スレイたちは山田相関から送られた詳細な現場資料を手に、静まり返った部屋へ足を踏み入れた。
「……密室のトリックって言っても、そんな大層なもんじゃない。本人が帰宅して、習慣で内側から鍵を閉めた。ただそれだけのことっしょ」
メイコが、玄関のドアノブを見つめて呟く。
「そうしたら……お部屋の中で、お父さんが殺されていたのかぁ……」
リルが、倒れていた父親の血糊の跡を悲しそうに見つめた。
「少女は耳が聞こえない。父親に何があっても、物音ではすぐに気づけないわ。……異変に気づいて視界に入ったとき、彼女は助けようとして倒れた人間に駆け寄った。それが自然な動きよ」
モニカの言葉に、マリアが資料を指差す。
「山田相姦が指摘しているのは、ここね。……少女の服についている血。これは、至近距離で刺した瞬間に飛び散る『飛沫血痕』じゃない。倒れた父親を抱きしめた際、あるいは触れた際につく『接触血痕』である可能性が極めて高いわ」
「……ああ。それに、この致命傷の角度だ」
スレイが、現場写真の死体の傷口を鋭い目で見据えた。
「……小柄な少女の身長や腕力では、この角度で深く突き刺すのは不自然だ。だが……妙に少女が刺したように見える角度へ、強引に合わせようとした痕跡がある」
「それってつまり……誰かが、少女がやったように見せかけようとしているってことじゃん」
リルの声が、静かな部屋に響く。
「プロならば、返り血や角度を計算して『少女の犯行』を偽装して刺し殺すことも可能だね。……でも、誰が? 何のために?」
メイコが眉をひそめた。
モニカが部屋を見渡し、ふと足を止めた。
「……そもそも、近隣住民は父親が怒鳴っていたと証言したわ。でも、耳の聞こえない少女に対して、声を荒らげて怒鳴ることに意味があるかしら?」
「……確かに」
マリアが頷く。
「怒りのあまり……という可能性もあるけれど、相手を威圧したり恐怖させたりするための手段として怒鳴り声を選ぶのは、耳が聞こえない相手には非効率すぎるわね」
「……つまり、父親が怒鳴っていた相手は、少女ではなかった可能性が高い」
スレイの低い声が、現場の空気を一段と冷やす。
父親を激昂させ、怒鳴らせた「別の誰か」。
そして、少女の帰宅に合わせて彼女に罪をなすりつけ、完璧な「悲劇の舞台」を整えた犯人。
「……借金絡みか、あるいはそれ以外の理由か。……いずれにせよ、この少女は『犯人』ではなく、巧妙に仕立て上げられた『身代わり』だ」
スレイたちは、現場に残されたかすかな違和感を拾い集め、偽りの報道の裏に隠された、冷酷な真犯人の影を追い始めた。
――夜。事件現場を後にし、新宿のアジトへと向かうワゴン車の中。
「……あの父親の借金について、もっと詳しく調べる必要がありそうね」
助手席でノートPCを開きながら、マリアが冷徹な声を出す。
「ええ。所轄がギャンブルや遊興費と決めつけているのなら、私たちはその裏側を見るべきだわ」
モニカが、優雅に脚を組み替えて頷いた。
「マリア、総理に連絡して。あの父親の正確な納税記録と銀行口座の履歴を、国家権力で強引に引き出してもらいましょう」
――数十分後。新宿、極秘アジト。
今夜の夕食は、揚げたての香ばしい匂いが漂う『アジフライ』と『カキフライ』だ。
「わーい! アジフライ! カキフライだー!」
リルが、サクサクの衣に箸を伸ばして歓声を上げる。
「魚さん、いつも命をありがとう〜!」
メイコが、ソースをたっぷりかけながら手を合わせた。
「……本当に、畜産や漁業には感謝しかないわね。たとえその感謝が、彼ら(命)に届くことのない一方通行のものだとしても」
モニカが、レモンを絞りながらどこか物悲しく呟く。
「そうね。向こうには伝わらないし、返ってもこない。……リル! トマトも残さず、ちゃんと食べなさい」
マリアが、母親のような鋭い視線でリルの皿の野菜を指差した。
夕食を終える頃、マリアのPCに萌美総理から「納税記録」の機密データが届いた。
マリアとモニカが、年末調整や所得の推移を詳細に洗い出していく。
「……見て。勤務先が2つあるわ」
リルの言葉に、全員の視線がモニターに集中した。
「それより、このタイムカードの記録、明らかにおかしいっしょ……」
メイコが、計算機を弾いて顔をしかめる。
「月の労働時間が、300時間を軽く超えてるよ。これ、寝る時間以外、全部働いてる計算になる……」
「……近隣住民が言っていた夜な夜な帰ってこないっていうのは……」
リルが、小さく震える声で呟いた。
「……遊び歩いていたからじゃなくて、ただひたすら、仕事(ダブルワーク)をしていたからじゃないの?」
「ええ。それも多額の借金があるという事実と辻褄が合うわね」
モニカが、冷酷なまでにロジカルな結論を導き出す。
「この父親は、世間が思っているような育児放棄をしたクズではなく、死ぬ気で働いて、娘との生活を守ろうとしていた可能性がある」
「……けれど、どこから、何のために借金をしたのかが依然として不明だわ」
マリアがキーボードを叩くが、正規の銀行からの借り入れ記録は見当たらない。借金トラブルという線は月並みだが、その「根源」がまだ見えてこない。
「……明日は、その女の子に会いに行こう」
リルが、スレイの大きな袖をギュッと掴んだ。
「……お父さんがどんな人だったか、その子が一番よく知ってるはずだもん」
「それがいいわね」
モニカが同意し、メイコがスレイの顔を覗き込んだ。
「スレイ、今回は車で待機禁止ね。あんたも一緒に来て」
普段、その「顔面凶器」ゆえに子供や一般人を怖がらせないよう待機させられることが多いスレイだが、メイコはニシシと笑った。
「大丈夫。子供っていうのはさ、見かけじゃなくて本当に優しい人が誰なのか、直感でわかるもんだから」
スレイは無言のまま、短くなったタバコの煙を吐き出し頷いた。
――翌朝。警察病院、特別病室。
無機質な白い壁、消毒液の匂い。
その一角にある厳重に保護された個室で、12歳の少女は「世界」を完全に遮断していた。
少女はベッドの上で小さく膝を抱え、ただ下を向いたまま、彫像のように一切の反応を示さない。
警察が手配した手話通訳者が、彼女の視界に入ろうと必死に指を動かしても、少女は頑なに目を閉じ、外部からのコミュニケーションを完全に拒絶(シャットアウト)している。
彼女の耳には、絶叫も、泣き声も、慰めの言葉も届かない。
ただ、現場から唯一持ち出すことが許された一冊の「スケッチブック」だけを、まるで唯一の命綱であるかのように、胸元に強く、強く抱きしめ続けていた。
そのスケッチブックの表紙には、使い込まれた跡と、父親と一緒に描いたのであろう、掠れた花の絵が残されていた。
彼女が守ろうとしているのは、沈黙の中に閉じ込められた、たった一つの真実なのかもしれない。
病室の外から、スレイたちの足音が静かに近づいてくる。
音のない世界で、片道だけの愛を抱えた少女と、掃除屋たちの邂逅が、今始まろうとしていた。
前編、お読みいただきありがとうございました。
明日(木曜20時)の中編では、言葉を失った少女の元へ、リルとメイコが寄り添いに向かいます。明日の更新もどうぞお楽しみに!