第18話、いよいよ解決編となる後編です!
音のない世界に生きる少女が、決死の思いで繋いでくれた「真実へのバトン」。マスコミの報道と偏見によって作り上げられた残酷な虚像の裏で、お父さんが本当に守りたかったものとは一体何だったのか。
そして、弱者を喰い物にする真の悪党に対し、国家権力と裏の掃除屋が下す容赦なき「制裁」の行方は……。
全ての真実が明かされる解決編、どうか最後まで見届けてください!
――数十分後。事件現場・アパートの一室。
警察の規制線を易々と潜り抜け、合流した裏の掃除屋の面々は、血痕の残る凄惨な部屋の中で、手分けして手がかりの捜索を始めていた。
「契約書のコピー、または財団の正体に繋がるものを探しましょう」
モニカの指示で、全員が引き出しの奥や床板の下まで必死に探っていく。
「……実行犯の殺し屋は、自分たちに繋がる証拠だけを奪って、それ以外の無駄なものは持っていかないはずよ」
マリアが、書類の束を素早くめくりながら言った。
「だね。でも、財団に繋がりそうな名刺やパンフレットなんかは、真っ先に処分してそうだけど……」
メイコが、ゴミ箱の中身までひっくり返して確認する。
そんな、必死の捜索が続く中。
押し入れの奥の、古びた衣装ケースの底を探っていたリルが、パッと顔を上げた。
「……ねぇ! こんなのがあったよ!」
リルが取り出したのは、クリアファイルに大切に保管された、いくつかの書類だった。
そこに財団の名前はなかったが、父親がなぜ、大手銀行を回ってまで多額の借金を必要としていたのか……その本当の理由が、無言のまま雄弁に語られていた。
一つは、耳の聞こえない患者に聴力を取り戻させるための、高額な人工内耳(じんこうないじ)の手術の分厚いパンフレット。
そしてもう一つは、絵を描くのが大好きな娘を美術学校へ進学させるために、父親が身を粉にして少しずつ、少しずつ貯めていたボロボロの貯金通帳だった。
「…………」
スレイは、そのパンフレットと通帳を見て、死んだ魚のような目を細め、静かに息を吐いた。
父親は、ギャンブルに溺れたわけでも、育児を放棄して遊び歩いていたわけでもなかった。
耳の聞こえない娘に「音」をプレゼントするため。
そして、娘の描く「絵(才能)」という未来を応援するため。
ただそれだけのために、昼夜を問わず働き、最後は悪魔の財団に騙され、愛する娘を守るために命を落としたのだ。
世間からは「虐待の末に殺された最低な父親」と罵られ、真実は深い闇の中に葬られようとしている。
しかし、この冷たい密室には、確かに父親の不器用で真っ直ぐな、娘への深い愛が残されていた。
「……絶対に、許さない」
リルが、パンフレットを胸に抱きしめ、ポロポロと涙をこぼしながら力強く宣言した。
裏の掃除屋たちは、この決して報われることのなかった片道だけの愛の仇を討つため、少女から全てを奪った悪魔の財団を、地獄の底まで追い詰める決意を固めるのであった。
――事件現場・アパートの一室。
押し入れから見つかった、人工内耳の手術のパンフレットと、美術学校のための使い込まれた貯金通帳。
「……お父さんがお金を欲しかったのは、これが理由だね」
リルが、通帳の細かな入金記録を指でなぞりながら、優しく微笑んだ。
「だから、自分の身を削ってまで、月300時間以上も仕事(ダブルワーク)をしていた……」
メイコが、痛ましそうに息を吐く。夜な夜な帰ってこない理由。
それは、育児放棄などという身勝手なものではなく、ただひたすらに娘の未来を切り拓くための、血の滲むような労働の証だった。
「……近隣住民が証言していた父親の怒鳴り声の理由も、これで完全に腑に落ちたわ」
モニカが、静かに伏し目がちに語る。
「耳の聞こえない少女に対して、怒声で威圧するのは不自然だと思っていたけれど……逆よ。お父さんは、娘に自分の口の動き(口唇)をはっきりと見せて、言葉を読み取らせようとしていたのよ。人間は、口の動きを大きく、はっきりと強調しようとすると、無意識のうちに声も連動して大きくなってしまうものだから」
「……つまり、虐待なんか最初から存在しなかった」
マリアが、世間の作り上げた残酷な虚像を冷たく斬り捨てる。
しかし、父親の愛の証明は見つかったものの、肝心の「悪徳財団」に繋がる直接的な証拠は、実行犯の殺し屋によって綺麗に持ち去られた後だった。
「……こうなったら、おびき寄せ作戦だね!」
リルが、パチンと両手を打ち合わせて提案する。
「そーそー! 相手の居場所がわからないなら、向こうからウチらに接触してくるように仕向ければいいっしょ〜」
メイコがニシシと悪戯っぽく笑う。
「難病や障害を持つ子供を、甘い言葉で支援するふりをして借金地獄に叩き落とす財団……」
モニカがプロファイラーの思考を巡らせる。
「つまり、私たちが例の『カモリスト』に載ればいいということね」
マリアはすぐさま、移動中の専用防弾車内にいる環萌美総理へと暗号通信を繋ぎ、作戦の内容を手短に説明した。
『……ふふっ。なるほど、自らカモの群れに飛び込むのね。面白いわ』
後部座席でワイングラスを揺らす萌美総理の、優雅でドSな笑い声が通信越しに響く。
『それなら、名簿業者に流すための完璧な偽のIDと経歴を作らないとね。……国家権力を使って、すぐに極上のカモの戸籍を用意してあげるわ』
――同時刻。警視庁・極秘取調室。
スレイによって制圧され、山田相姦の部隊に回収された実行犯の殺し屋は、手当もそこそこに、殺風景な取調室のパイプ椅子に縛り付けられていた。
マジックミラーの向こう側では、大物議員Aと、移動中の車内からモニター越しに参加している萌美総理が、冷徹な視線を注いでいる。
『山田君。……うまくやっておきなさい』
大物議員Aが、葉巻の煙を吐き出しながらインカムで指示を出す。
『ええ。あんなクズに、同情は一切いらないわ』
萌美総理が冷たく言い放つ。
「……ええ、問題ございません。すべて滞りなく」
警視庁トップである山田相姦は、慇懃に一礼すると、ボロボロになった男の目の前に「一枚の書類」とペンをドンッと乱暴に置いた。
「……ここにサインすればいいだけだ。そうすれば、これ以上の拷問は免除してやる」
男は、左腕を逆方向にへし折られ、片耳を引きちぎられた激痛に脂汗を流しながら、書類を睨みつけた。
しかし、スレイの「利き手(右手)は残しておけ」という総理の命令により、文字を書くことだけは可能な状態にされている。
男は、生き延びるために、震える右手で渋々その書類にサインを書き殴った。
マジックミラー越しに、その様子を見ていた大物議員Aが鼻で笑う。
『……どうせ、強盗殺人で無期懲役は免れないだろうがな』
『ええ。一生、塀の中のお勤め(強制労働)で、少しずつ賄えるでしょう』
萌美総理が、極悪な微笑みを浮かべた。
男がサインした書類。
それは、警察の調書などではない。
亡き父親が悪徳医療財団に騙されて背負わされた法外な借金の契約書(の債務引受書)であった。
少女から父親を奪った実行犯は、その罪の代償として、父親の残した莫大な借金を丸ごと背負わされ、一生刑務所の中でタダ働きをして返済し続けるという、無間地獄へと叩き落とされたのである。
――夜。新宿、極秘アジト。
少女の住むアパートでの捜索を終え、アジトに戻ってきた裏の掃除屋(PCU)たち。
ほどなくして、マリアのPCに、首相感貞の環萌美総理から「偽のIDと経歴データが用意できた」との連絡が入った。
マリアは、そのIDの中身(詳細な設定)をろくに確認することも気にすることもなく、ただ機械的にそのカモのプロフィールを使ってSNSや闇の掲示板に悩みを書き込み、悪徳名簿業者の罠(網)へと情報を流した。
今回のカモのベースとなる人物は、当然、現場に赴く漆黒のコートの大男――スレイである。
――そして、翌日。
マリアの放った撒き餌に、悪徳財団法人が見事に食いついた。
「お子様の件やご病気の件、私共の財団がご相談に乗りますよ」と、SNSを通じて善意の財団(悪徳財団の本丸)から接触があったのだ。しかし、マリアが指示通りに個人情報を教えると、彼らは直接支援をするのではなく、「まずは融資の件で、こちらにご相談を」と、まったく関係のないはずの融資会社の窓口を紹介してきたのである。
「……よし。ここから、一番悪い人たちにたどり着けそうだね!」
リルが、PCの画面を見てガッツポーズをする。
「ええ。その融資会社は完全に表向きのダミー会社ね。……しかし、契約を取ってしまえば、そこから必ずお金の流れ(バックマージン)で本丸の財団を追えるはずよ」
モニカが、優雅にコーヒーを飲みながら組織の構造を見抜く。
「決まりね。明日、その融資会社に相談という名目で直接乗り込みましょう」
マリアが、明日のアポイントのメールを送信しながら言った。
そのやり取りを聞いていたメイコが、ふと疑問に思って尋ねた。
「……ところでマリア。ウチら、一体どんな内容(プロフィール)で悪徳財団を釣ったの?」
「ん? 総理が用意してくれた設定だから、詳しくは見てないけど……ええと」
マリアが、送られてきたスレイ(偽名)のカルテ設定を開き、そのまま読み上げる。
「……『子供ができない夫婦の夫。勃起不全(ED)で無精子症なのに、重度のセックス異常症。さらに切れ痔といぼ痔が悪化して出血が止まらず、おまけに淋病とクラミジアも併発して苦しんでいる』……そうよ」
「「…………」」
アジトの空気が、一瞬にして凍りついた。
もちろん、環萌美総理がドS全開の悪意を込めて用意した、最低最悪のプロフィールである。
(……頼む!!! 頼むから……!!)
スレイは、サングラスの奥で、かつてないほどの深い絶望に包まれていた。
(もう少しだけ……もう少しだけでいいから、マシな設定にしてくれ!!!!!)
ソファに座っていたスレイは、安物の百円ライターを握り潰さんばかりの力で握りしめ、心の中で血の涙を流して絶叫した。
歩く性病図鑑にして肛門崩壊の変態。
もはや、借金以前に人間としての尊厳が完全に終わっている。
――翌日。都内、某融資会社・相談ブース。
スレイとマリアは、「子供に恵まれず、夫の凄惨な性病と奇病に苦しむ夫婦」という設定で、ダミーの融資会社へと足を運んでいた。
アジトを出る際、リルが「えー! 私がスレイの奥さん役をやりたいのにー!」と駄々をこねたが、「あんたじゃどう見ても犯罪になるわ」とマリアとモニカに即座に却下されていた。
案内されたブースで、いかにも胡散臭いスーツ姿の担当者が、マニュアル通りの作り笑顔で説明を始める。
「……なるほど、ご主人のご病気で……それは大変でしたね。ですが、ご安心ください。私共の融資は実質無利息でして、必ずやお力になれるかと……」
担当者は息を吐くように嘘ばかりを並べ立てる。
スレイは無言のまま、深く帽子を被って話を聞いていたが、心の中は別の意味で地獄だった。
(……俺は今、目の前のこの男からどんな男だと思われているのだろう……。無精子症のくせに性欲に狂い、下半身から血と膿を流しているバケモノだと、そう思われているのか……)
「……それでは、こちらの契約書にサインをお願いいたします」
担当者が、満面の笑みで法外な違約条項が極小文字で印刷された契約書を、スレイたちの前に差し出した。
「あら」
その瞬間。
妻役のマリアが、「うっかり」といった様子で、テーブルの上にあったお茶の入った紙コップをパシャッと倒した。
「……あっ! いけない、ごめんなさいね!」
「おっと、大丈夫ですか!? 今拭くものを――」
こぼれたお茶は、絶妙なコントロールで契約書には一切かからず、担当者のスーツの袖口へと向かって流れた。担当者が慌ててハンカチを取り出そうと視線を外した、わずかコンマ数秒の隙。
『シュッ……』
スレイの巨大な手が音もなく動き、テーブルの上の「本物の契約書」を懐へと回収し、代わりに用意しておいた「ダミーの契約書」を全く同じ位置へとすり替えた。
凄腕の暗殺者による、瞬きほどの時間すら与えない完璧な早業である。
「……ふぅ。書類が濡れなくてよかったわ。それじゃあ、こちらにサインすればよろしいんですね。」
マリアが、何事もなかったかのように妖艶に微笑む。
「あ、ええ……。それでは、何かお力になれれば幸いです。いつでもご連絡を」
担当者が、すり替えられたことなど微塵も気づかず、愛想笑いで二人を見送った。
――融資会社のビルの外。
「……奪取完了よ」
マリアが、スレイの懐から本物の契約書を受け取り、日差しの下でその書類の裏の裏を透かして見た。
そこには、融資元の親会社として、はっきりと一つの法人の名前が印字されている。
悪徳財団ABCD
「……とりあえず、大元の財団の名前と住所は割れたわね」
マリアが、冷たい笑みを浮かべて契約書を丸めた。
スレイは安物のタバコに火を点け、紫煙を細く吐き出す。自分の尊厳を犠牲にしてまで手に入れた、確たる証拠。
あとは、あの耳の聞こえない少女からすべてを奪った、この腐りきった財団(ABCD)の本丸へと乗り込み、完全に叩き潰すだけである。
――昼下がり。首相感貞・極秘地下作戦室。
「……総理。本丸は悪徳財団ABCDだ」
インカム越しに報告を入れたスレイとマリアが、ダミーの融資会社から奪取した「本物の契約書」を持ち帰り、円卓へと合流した。
「総理が用意してくれた偽の契約書へのすり替えも、完璧に完了しているわ」
マリアが、奪ってきた証拠の書類をテーブルに広げる。
「うわー……! すごい小さい字で、裏面にビッシリなんかいっぱい書いてある!」
リルが、虫眼鏡を使って契約書の裏面の極小文字を読み解こうとする。
「……なるほど。ここで法外な利息と違約金を発生させて、逃げられないように絡め取る仕組みね。こうやって、困っている人たちを騙してきたんだ」
メイコが、その悪辣な手口に心底軽蔑したような声を出す。
「……しかも、マスゴミの扇情的な報道のせいで、世間からは娘を虐待した最低な父親だと勝手に思い込まれている」
モニカが、優雅な顔に確かな怒りを滲ませた。
「ええ。そして、何も知らない少女もまた、父親殺しの濡れ衣を着せられているわ」
マリアが、冷たい瞳でモニターに映るワイドショーの映像を睨みつける。
スレイは、煙を吐き出しながら静かに立ち上がった。
「……次のターゲット(掃除の対象)は、もう決まっているな」
『ええ。今日にでも制圧しなさい』
モニター越しに、環萌美総理の冷酷な声が下る。
『……ただし、あの場所にある書類は、少女の無実と父親の愛を証明するための決定的な証拠よ。扱いには十分に気をつけて』
『うむ。警察の証拠として扱うので、万が一にも燃えたり破損したりしないよう、今回は銃火器は使わないでほしい』
大物議員Aが、葉巻を手に重々しく指示を補足した。
『もちろん、彼らを護衛として雇っている反社の連中も、この際まとめて確保(掃除)よ』
――夕刻。西武線沿い、都内某所。
都心の喧騒から少し離れた、古びたオフィスビル。ここが、弱者を喰い物にしていた悪徳財団ABCDの本拠地であった。
ビルの裏手には、完全武装した山田相姦の部隊がすでに包囲網を敷いて待機している。
偽の契約書は悪徳財団ABCDに既にサインを入れて、山田相姦部下が持ち込んである。
「……ターゲットの院長は、最上階の奥の部屋ね」
サーモグラフィーで内部を透視したモニカが、静かに告げる。
「総理からの強制捜査の令状も、今PDFで届いたわ」
マリアがタブレットを確認して頷く。
「……行くぞ」
スレイの合図と共に、スレイとリルの二人が、正面エントランスから堂々と財団の内部へと足を踏み入れた。
「こんにちはー! 院長先生はいますか〜? 融資会社から、契約書のお届けでーす!」
リルが、元気いっぱいの無邪気な声で受付嬢に話しかける。
ここは表向きはただの(胡散臭い)財団であるため、要塞のような警備システムはない。
しかし、受付の奥や廊下には、明らかに柄の悪いゴロツキが何名か警護として立っていた。
受付からの内線を受け、スレイとリルは最上階の院長室へと通された。
重厚なマホガニーのデスクの奥に、恰幅のいい、いかにも強欲そうな初老の男が座っている。
おそらく、殺された父親は、この部屋で奴らの悪事の帳簿(ノート)を奪取し、命がけで逃げ出したのだろう。
「……融資会社からだと? 先程、契約書は確かに受け取りましたがね。……何か問題でも?」
院長が、スレイの異様な風貌に少しだけ警戒しながら怪訝な顔をする。
「うん! さっきマリアちゃんが渡した契約書なんだけどさ。……アタシたちがすり替えたやつだってこと、ちゃんと裏面まで読みました?」
リルが悪戯っぽく笑いながら尋ねる。
「……は? すり替えた? 何を馬鹿なことを言っているんだお前らは!」
院長は苛立ちながら、デスクの引き出しからダミー会社から送られてきた契約書(マリア達がすり替えた偽物)を取り出し、その極小文字で書かれた裏面の条項を読み始めた。
そこには、環萌美総理がドSの悪意を込めて作成した、こんな一文が明記されていた。
【 第4条:本契約にサインした時点で、悪徳財団ABCDの保持する全財産、および代表者の臓器の所有権は、すべて『もえみん(環萌美)』に無償で譲渡するものとする☆ 】
「…………な、なんだこれはァァァッ!? さ、詐欺じゃないかッ!!」
院長が、顔を真っ赤にして契約書を叩きつけ、盛大に叫んだ。
「あはははっ! それ、そっくりそのまま自分たちがやってきたことだよ〜!」
リルが、とびきりの笑顔で答えるなり、隠し持っていた高圧スタンガンを院長の鳩尾(みぞおち)にフルパワーで押し当てた。
「……アバババババババッ!?」
白目を剥いて痙攣し、デスクに突っ伏す院長。
「……てめェら、何しやがるッ!」
院長の悲鳴を聞きつけ、部屋の外で待機していた警護のゴロツキ数名が、ナイフや特殊警棒を抜いて一斉に襲いかかってきた。
(……銃火器は禁止、だったな)
スレイは安物の百円ライターをポケットにしまうと、無言のまま、先頭の男の顔面に鋼鉄の拳(ストレート)を叩き込んだ。
「ガベッ!?」
鼻骨が粉砕される鈍い音が響き、男が宙を舞う。
続く二人のゴロツキの横薙ぎの刃をスウェイで躱し、スレイはそのまま太い丸太のような脚で、男たちの膝関節を横から蹴り折った。
バキィッ! メキョォッ!
狭い院長室で、ただ純粋な暴力(鉄拳と蹴り)の嵐が吹き荒れる。
ほんの数秒後。部屋の中には、手足をあらぬ方向に曲げて呻くゴロツキたちだけが転がっていた。
スレイは最後に、気絶している院長の顔面をコンバットブーツで情け容赦なく踏み砕き、確かな痛みを刻み込んだ。
「……掃除完了だ」
スレイがインカムで短く告げると同時に、ドアが開き、マリア、モニカ、メイコ、そして山田相姦の武装部隊が一斉に部屋の中へと雪崩れ込んできた。
「オッケー! さて、金庫みたいなものはあるっしょ?」
メイコが部屋の中を素早く見渡す。
「……ないわね。壁にも隠し金庫の反応はない。この強欲な院長の性格なら、一番身近な自分の机の中かしら」
モニカが、院長が突っ伏しているマホガニーのデスクを指差す。
「……一番下の引き出しが、厳重な電子ロックになってるわね。ハッキングするのも面倒だから、物理で破壊しましょう」
マリアが、山田部隊の隊員から小型のバールを受け取り、優雅なドレス姿に似合わない力強さで引き出しの鍵をガコンッ!と破壊してこじ開けた。
その中には、父親から奪い返した『借金の契約書』、そして数え切れないほどの被害者から巻き上げた詐欺の証拠書類が、山のように詰め込まれていた。
無実の少女と、娘を愛した父親の尊厳を取り戻すための最強の武器を、裏の掃除屋たちはついに手に入れたのである。
――後日。
裏の掃除屋(PCU)によって完全に制圧され、決定的な証拠を押さえられた悪徳財団ABCDは、警察の強制捜査により完全に一掃された。
融資の窓口となっていたダミー会社も同時に摘発されて壊滅。アジトから押収された資料と納金記録から、財団に雇われていた殺し屋や反社のゴロツキたちも次々と足がつき、芋づる式に逮捕されていった。
――昼食時。新宿、極秘アジト。
「わーい! ホットケーキ! ホットケーキだー!」
リルが、ふっくらと焼き上がった分厚い生地を見てピョンピョンと飛び跳ねる。
「いやー、牛乳とバターをくれた牛さん、卵をくれた鶏さん! いつも命をありがとう〜!」
メイコが、ナイフとフォークを両手に持って満面の笑みで感謝を捧げた。
「ええ。私たちの声が届くことはない『片道だけ』の愛かもしれないけれど、感謝しかないわね」
モニカが、優雅に紅茶のカップを傾けながら微笑む。
「ちょっとリル! いくらなんでもシロップかけすぎよ! 生地が見えなくなってるじゃない!」
マリアが、ボトルを傾け続けるリルを慌てて制止した。
そんな、平和で賑やかなアジトの昼下がり。
壁掛けの大型モニターには、お昼のニュース番組が映し出されており、環萌美 内閣総理大臣・緊急記者会見のテロップがデカデカと踊っていた。
『――先日発生した、都内アパートでの殺人事件について』
フラッシュの瞬く会見場。環萌美総理は、いつものドSな本性を完璧に隠し、冷徹かつ威厳に満ちたトップの顔でマイクに向かって宣言した。
『本日、事件の黒幕である悪徳医療財団ABCDの代表および関係者一派を、殺人及び詐欺の容疑で逮捕し、同団体に対して解散命令を出しました』
その圧倒的なスピード解決の発表に、記者席がどよめく。
すかさず、最前列にいた中年の記者がマイクを握って食ってかかった。
「……では、世間を騒がせていた父親による日常的な虐待は、なかったということですか!?」
その質問を待っていたと言わんばかりに。
萌美総理は、氷のように冷たい、見下すような視線を記者席全体へと投げ放った。
『……いつ、私たちが「虐待なんてあった」と言いましたか?』
「え……?」
『……最初から、虐待など一切存在していません。それは、事件をセンセーショナルに仕立て上げるために、あなた方マスコミが勝手に盛った設定(嘘)に過ぎません』
総理の容赦のない公開処刑(事実の暴露)に、記者たちが一斉に青ざめ、沈黙する。
マリアのPC画面に流れるSNSのタイムラインは、総理のこの発言を機に大爆発を起こしていた。
『またマスゴミだよ〜』
『オールドメディアいらね』
『勝手に決めつけて叩いてたコメンテーター息してる?』と、痛烈な批判の嵐が吹き荒れる。
『……殺された父親は、耳の聞こえない娘の未来のために、身を粉にして日夜働き続けた、娘想いの立派な日本国民です』
萌美総理の毅然とした言葉が、全国の電波に乗って響き渡る。
世間から「育児放棄のクズ」とまで罵られた父親の名誉は、国家のトップがこの公の場を利用したことで、完璧なまでに回復されたのだ。
「……で、では! 現場にいた少女は、なぜ殺人犯として逮捕されていたのですか!?」
別の記者が、焦ったように声を張り上げる。
『……ですから。私たちは、あの少女を逮捕なんか一度もしていません』
萌美総理が、心底呆れたようにため息をついた。
『……確かに、事件の唯一の目撃者(参考人)として、安全のために「保護」はしていました。彼女が犯人だというのも、あなた方マスコミが勝手に盛った設定です』
再び、SNSが加速する。
『またマスゴミの捏造かよ!』
『オールドメディアなくなれ』
『憶測で適当な記事書くなよ犯罪者扱いして最低だな』
『……父親は死に物狂いで、あの財団の悪事を暴く証拠を手に入れました。そして、その証拠の隠し場所を、耳の聞こえない少女が、音のないサインで私たちに教えてくれたのです。……今回の事件解決の、一番の貢献者は、間違いなくあの少女です』
凛とした総理の言葉に、日本中が息を呑み、そして静かな感動に包まれた。
「……い、今、その少女はどうされているんですか!?」
記者の問いに、萌美総理はふっと、慈愛に満ちた(ように見える)笑みを浮かべた。
『……彼女はつい先ほど、人工内耳の手術を無事に終えて、休んでいます。じきにリハビリへと移り、お父様が聞かせたかった「音」を取り戻すでしょう』
その言葉に、記者席がどよめき、ネットの掲示板が感動の渦でざわつき始めた。
「……そ、それは! お父様が日夜働いて貯めた、あのお給料のおかげで実現したということですか!?」
『――ええ。間違いなく、そうです』
萌美総理は、一切の躊躇なく、はっきりとそう断言した。
――新宿、極秘アジト。
「……えええ〜〜〜ッ!? いつの間に手術してたの!?」
リルが、ホットケーキを口に入れたまま目を丸くして叫んだ。
「事件解決から数日も経ってないのに、人工内耳のオペ手配するなんて、スピード感がばいや〜(ヤバい)っしょ!」
メイコが、モニターの総理のドヤ顔を見て爆笑する。
「しかも、お父さんのお給料でって……絶対嘘だよこれ〜!」
リルがケラケラと笑い転げる。
「だね。アタシたちがダミー会社で極悪な契約書にすり替えたんでしょ〜。それを速攻で現金化したってわけだ」
メイコが、あの悪徳院長の絶望顔を思い出して笑う。
「……全財産と、臓器の所有権を譲渡する……ふふっ、総理ったら、本当に財団から身ぐるみ剥がして(臓器まで奪って)資金を捻出したのね……」
モニカが、美しくも恐ろしい国家の裏の力にクスクスと肩を揺らした。
「まぁ、いいじゃない」
マリアが、自分の分のホットケーキに優雅にナイフを入れる。
「悪党からむしり取った金だもの。それに、お父さんが命を賭けて残した証拠(ノート)があったからこそ、財団を潰してあのお金を回収できたんだから。……あれは間違いなく、お父さんが彼女に遺した愛よ」
「……あぁ」
スレイは、静かに目を細めて新しいタバコに火をつけた。
マスコミの作り上げた醜悪な虚像は打ち砕かれ、不器用な父の愛は、確かに娘へと届いた。
近いうちに、彼女の耳には、かつて自分を守るために必死に声を張り上げてくれていた父親の愛の音が、はっきりと蘇るはずだ。
「……あ、スレイ! アタシのホットケーキも一口食べる!?」
リルが、シロップでヒタヒタになった甘すぎる生地をフォークに刺して、スレイの口元へと背伸びして差し出す。
スレイは死んだ魚のような目でその甘すぎる凶器を見つめたが、やがて無言のまま、それを一口でパクリと平らげた。
「わーい! おいしい?」
「……ああ。甘すぎるがな」
一方通行の感謝と、決して一方通行ではなかった親子の愛。
様々な形を持つ愛の音が響き渡るアジトで、裏の掃除屋たちの温かいお茶会は、いつまでも賑やかに続くのであった。
――後日。
環萌美総理の異例の記者会見により、亡き父親と少女の名誉は完全に回復された。
一方で、ただでさえ世間からの信用を落としていたオールドメディア(マスコミ)は、今回の偏向報道によってさらなる批判の的となり、地の底まで評判を落とすこととなった。
今まで、情報を発信するTVやラジオの電波は、視聴者にとって「片道だけ(一方通行)」のようなものだった。
しかし、昨今ではSNSなどを通じて、一般人からも直接声を上げることができる時代だ。
もちろん、ネットの意見がすべて正しい訳ではない。
しかし、片方だけの声が一方的に押し付けられ、反論すら許されない状態こそが、何よりも歪(いびつ)なのだと、世間は強く思い知らされたのである。
――昼下がり。新宿、極秘アジト。
「……でもさ、お父さんが亡くなっちゃって、あの子これから一人で大変だよね……」
リルが、ソファの上でクッションを抱きしめながら心配そうに呟いた。
「あ、そこはウチのパパ(大物議員A)が、親がいない子のための養護施設を手配したみたいだよ!」
メイコが、スマホのメッセージ画面を見せながら明るく答える。
「……なるほど。おそらく、総理や大物議員Aの息のかかった、国の極秘支援施設ね」
モニカが、優雅に紅茶を飲みながら推測する。
「パトロンマネーが絡む以上、変な多様性の教育を受けさせられないか少し心配ではあるけれど……少なくとも、衣食住の生活と安全に関しては、完璧に保証できそうね」
マリアが、苦笑いを浮かべながらも安堵の息を吐いた。
「ちなみに、将来あの子が美術大学へ進学するまでの学費も、どこからか捻出されるみたいだよ〜!」
メイコが笑って追加情報を投下する。
「ほえ〜! よかったぁ! あの子、すっごく絵を描くのが好きみたいだもんね!」
リルがパッと顔を輝かせた。
「……学費の捻出、ねぇ。……いや、絶対に総理の仕業でしょ!」
モニカが、あの極悪な全財産&臓器譲渡の契約書を思い出してツッコミを入れる。
「はいはい、毎度のことで慣れたわ。悪党から巻き上げた汚いお金は、国庫に入れて中抜きされるより、よっぽど有効利用されてるからいいんじゃない」
マリアが、呆れ半分、感心半分といった様子で肩をすくめた。
「ねぇねぇ! 今日、あの少女のところへお見舞いにいこうよ!」
リルが勢いよく立ち上がる。
「そーだね! 人工内耳の手術も終わったし、そろそろ面会もできるんじゃないかな?」
メイコも賛同して立ち上がった。
「それもそうね。今回の事件の最大の立役者は、音のない暗号を残した彼女だもの」
モニカが優しく微笑む。
「今日は午後の任務も何もないし、そうしましょうか。……帰りに、みんなで美味しい夕飯でも買って帰りましょう」
マリアが立ち上がり、スレイへと視線を送る。
漆黒のコートを着た大男は、煙を吐き出し静かに車のキーを手に取った。
――数時間後。警察病院、保護病棟。
スレイたちPCUの面々が病室を訪れると、ベッドの上で絵を描いていた少女は、パッと顔を輝かせた。
少女は、リルとメイコ――あの絶望の淵で、自分に寄り添ってくれた派手なギャルとおバカな少女のことを、しっかりと覚えていたのだ。
人工内耳の手術は成功したが、長年閉ざされていた「音」の処理に脳が追いつくには時間がかかる。
まだ聞くことには慣れないようで、会話は以前と同じく「スケッチブック」を通した筆談で行われた。
しかし、以前のような怯えや絶望は微塵もない。少女の描く絵は、色鮮やかで、どこまでも温かかった。
「……それじゃあ、アタシたち、そろそろ帰るね!」
リルが、スケッチブックに『またね!』と書いて手を振る。
「美味しいお菓子、また持ってくるからね〜!」
メイコも笑顔で手を振り、病室を出ようと背を向けた。
その時だった。
『……っ』
少女が、ベッドから身を乗り出し、リルとメイコの服の袖を、小さな手でギュッと掴んだ。
二人が振り返ると、少女はスケッチブックを置き、胸に手を当てて、一生懸命に口を動かそうとしていた。
耳から入る自分の声の感覚に戸惑いながら。
まだ喋ることに慣れていない、掠れた、不器用な声で。
それでも、一番伝えたい想いを、精一杯の音にして。
「あ……、いが……、とう」
静かな病室に、少女の紡いだ『初めての言葉』が響き渡った。
リルとメイコは、驚きに目を丸くした後、たまえらず少女の手を強く握り返し、とびきりの笑顔を向けた。
「「――うんッ! ちゃんと、伝わっているよ!!」」
かつて、少女の世界では、あらゆる音が遮断されていた。
父親がどれほど愛を叫んでも、それは届かない「片道だけ」のように見えたかもしれない。
しかし今、少女の口から紡がれたその不器用な音は、間違いなくスレイたちの心へと届き、響き合っていた。
その温かい言葉は、もう決して、一方通行などではなかった。
これにて第18話、お掃除完了です!
次回の事件(新章)は、来週の【水曜日 20時】からスタートします!
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