境界線PCU~多様性ワールドへようこそ~   作:トナカイ粉砕

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いつもお読みいただきありがとうございます。
第19話、中編です!

わずかな手がかりから、ついに「おぞましいビジネス」の輪郭を掴み始めたPCUの面々。
死神たちの追跡は、都内の怪しいスポットを巡り、ついに決定的な証拠へと辿り着きます。
そして、怪しい施設へと潜入を試みるリルとマリアを待ち受けていたのは……!?


聞こえなかった産声編(中編)

食後、アジトでお茶を飲みながら待機していると、山田相姦から極秘回線に連絡が入った。

 

『――やはり、スレイ達の予測通りだ。解剖をやり直させた結果、被害者2名ともに妊娠および出産の形跡がはっきりと確認された』

 

「……それならば、ただの快楽殺人のサイコパスではなくて、悪い組織(ビジネス)の線が濃厚かもね」

リルが、神妙な顔つきで言う。

「しかし、何のためにだろう。代理出産だとしても、動機がいまいち不明だね」

メイコが首を傾げる。

「……ええ。わざわざ戸籍のない女性を選び、医療用の無菌室に長期間閉じ込めて代理出産させた後、絶対に口封じ(殺害)しなければいけないケース……」

モニカが、優雅な手つきで顎に触れ、何か恐ろしい仮説に辿り着きそうになる。

 

「山田相姦。被害者の足の裏から検出されたカビ・バクテリアの種類を特定してください」

モニカが指示を出す。

「あと、過去に似たケースの身元不明被害者がいないか、コールドケース(未解決事件)のファイルも洗ってくれ」

スレイの低い要求に、山田相姦が『わかった、すぐに手配する』と応じ、通信を切った。

 

マリアは手元のコンソールで、遺体から検出された滅菌ガス(エチレンオキシド)の出荷や納入ルートについてハッキングを試みる。

「……ダメね。流石に、全国の産婦人科を含め、あらゆる医療機関や研究施設に広く行き渡っているわ。ここから購入者を絞り込むのは難しいわね」

 

しばらくして、再び山田相姦から連絡が入った。

『……過去に、似たケースの身元不明遺体が3件あった。そしてやはり、同様のバクテリアとエチレンオキシドの痕跡が確認されている。……そして、問題のバクテリアだが。イデオネラ・サカイエンシスだ』

 

「イデオネラ・サカイエンシス……」

マリアが即座に検索をかける。

「それって、特定の化学物質を分解して生きる菌だよね! ペットボトルの原料(PET)を分解して栄養源にしてるやつ!」

メイコが、大学の授業で聞いた知識を引っ張り出す。

 

「つまり、リサイクルされずに放置されたプラスチックのゴミ(不法投棄)が大量にある場所ね。……しかし、都内にゴミ処理場や不法投棄スポットはいくつかあるわ」

マリアが地図を展開する。

 

「おそらく、遺体の足の裏やシートにバクテリアがついたのは、運ぶ際に引きずったからよ。そして、滅菌室からそこへ運ぶということは……人目につかない地下水路か何かがある場所ね」

モニカがプロファイリングを重ねる。

 

【挿絵表示】

 

「あと、人があんまいなさそうなところ! 昔、何かいけないことがあって立ち入り禁止になってるとか!」

リルの直感に、スレイが深く頷く。

「あぁ。違法な闇医者が無菌室(アジト)を構える場合、土地勘のない僻地か、いわくつきで人気のない場所を選ぶ。過去に事件があったような、今は廃墟となっている場所だ」

 

マリアが、複数の条件をデータベースで照合していく。

「……候補が3つあるわ」

メインモニターに、都内の3つの特異なスポットが映し出された。

 

 

候補地A:江東区・江戸川区(城東エリア)の「旧六価クロム不法投棄層」

 

 

候補地B:豊洲・晴海周辺(湾岸エリア)の「旧ガス工場跡の汚染土壌ブロック」

 

 

候補地C:大田区・品川区(京浜工業地帯)の「旧軍需・化学工場の未成共同溝」

 

「それじゃ、いつも通りいってみよ~! 足を使うのが探偵だー!」

メイコが元気よく立ち上がる。

「……俺たちは掃除屋であって、探偵ではない……」

スレイが呆れたようにため息をつき、漆黒のコートを羽織った。

 

 

――候補地A:旧六価クロム不法投棄層

 

「うわー……凄い汚いけど、プラスチックのゴミがいっぱいって感じではないね」

リルが、フェンス越しに荒れ果てた土地を覗き込む。

「アタシが不法投棄するんだったら、ここにはしないわー。なんか落ち着かないし」

メイコが腕を組む。

「ここは、1970年代に実際に社会問題となった、大規模な化学工場の鉱さい(六価クロム)の不法投棄事件の現場ね」

モニカが記憶を引き出す。

「ええ、ここは違いそうね。有名な公害スポットだから、監視の目も定期的に入るし、ここに隠れると逆に目立つわ」

マリアがタブレットに×印をつける。

 

「用を足すなら、滝の中!ってやつだよね!」

リルがドヤ顔で言う。

「……リルたそ、それ木を隠すなら森の中でしょ」

メイコが笑ってツッコミを入れた。

「とりあえず、ここには用は無さそうだ。次へ行くぞ」

スレイの合図で、一行は車に乗り込んだ。

 

 

――候補地B:旧ガス工場跡の汚染土壌ブロック

 

「わー! 高いタワーマンションだらけだ!」

窓の外を見上げてリルが歓声を上げる。

「湾岸エリアね。……闇医者の線の場合は、金持ちの客層としては距離感が合いそうね」

モニカが周囲を見渡す。

「以前、埋立地の土壌汚染問題でニュースになった場所ね。しかし……不法投棄や死体遺棄に向いているかしら?」

マリアが眉をひそめる。

「ここは人目につきすぎるよね。監視カメラも多いし。それに、サイコパスの線もまだ完全には消えていない」

メイコが周囲のセレブたちを見て言う。

「あぁ。旧ガス工場跡も、今はきれいに埋め立てられ、地下水路も整備されている。死体を引きずって隠せるような死角はない」

スレイの判断により、ここもないと確定した。

 

 

――候補地C:旧軍需・化学工場の未成共同溝(大田区・品川区)

 

「……ここは海に繋がっているし、海外の悪い人も船で来やすそう。古い地下水路もありそうだね」

リルが、錆びれたフェンスと運河を見て言う。

「そうだ。海沿いは、いざという時に逃げやすいという理由もある。マフィアや裏組織が好む立地だ」

スレイが、潮風の匂いの中に微かな腐臭を嗅ぎ取る。

 

「旧軍需・化学工場跡地……。医療関連の機材や、滅菌室を作るための不法な電気の引き込みにはもってこいな場所だわ」

モニカが、プロファイラーの直感を刺激されて目を細める。

「金属類のゴミが錆びているのは古いものよ。……足元をよく見て。何か新しい証拠が落ちているかもしれない」

マリアの指示で、一行は二手に分かれて探索を開始した。

 

まずは勝島運河沿いを歩いて探す。

かれこれ1時間以上そうしただろうか。しかし、何も目ぼしいものは見つからない。

「……次は、京浜運河のほうを探索しよう」

 

スレイを先頭に、一行はさらに人通りのないエリアへと足を踏み入れた。

「このあたりは、無人の工業地帯や運輸の古い倉庫ばかりだ」

スレイが周囲を警戒する。

「つまり、昼は人がいても、夜は完全に人気がなくなるってことだね」

メイコが言う。

「ええ。違法な闇医者の開業や、死体の処理にはうってつけの場所ね」

モニカがヒールを鳴らしながら歩く。

 

その時だった。

少し離れた運河の茂みのほうから、リルが大声で仲間を呼んだ。

 

「あったよ~! スレイ、みんな! これ見て!」

 

リルが、目をキラキラさせながら両手で大事そうに持っていたのは。

――泥にまみれた、透明のぶよぶよした物体だった。

 

「……何なのそれは! どう見ても医療品(証拠)じゃないじゃない!」

マリアが呆れて叫ぶ。

「ふふーん! マリアは知らないだろうけど! これは、すべての女の子にとって『夢のある医療品』です!」

リルが、ドヤ顔でそのぶよぶよを天高く掲げる。

 

「……それって、もしかして……シリコンバッグ!?」

メイコが目を丸くする。

「……もしかして、美容整形の『豊胸』に使うやつ!?」

モニカも優雅な顔を崩して驚く。

 

「そうだよ! 昨日、夜遅くまで『おっぱい大きくなる方法』をネットでたっくさん調べたんだ~!」

リルが、スマホの検索履歴(美容外科の豊胸ページばかり)を見せてくる。

「……そんなもの調べんでいい!!」

「マリアはおっぱい大きいから、私の気持ちなんてわかんないんだー! ブーブー!」

マリアのツッコミに、リルが頬を膨らませて抗議する。

 

「……しかし。この医療用のシリコンバッグから例のバクテリアが出てくれば、ここが死体遺棄のルートで間違いないわね」

モニカが、冷静さを取り戻してプロファイリングを再開する。

「流れからすると……この運河の上流か。どこかに、人が出入りできる地下水路(排水溝)があるはずだ」

 

スレイが運河沿いを少し上っていくと、古びたコンクリートの壁に、巨大な排水用の地下水路の入り口を発見した。

周囲には、ペットボトルのゴミが不自然に固まり、異臭を放っている。

 

「……見つけたぞ」

スレイは、その地下水路の入り口付近から、いくつかの汚染された土やコケ、そしてリルが見つけたシリコンバッグを採取して密封容器に入れた。

 

「これを首相感貞に持ち帰り、山田相姦の鑑識に回す。……バクテリアが一致すれば、本丸はこの付近だ」

スレイの低い声に、一行は静かに頷き、次なる潜入の準備を整えるのであった。

 

 

――首相感貞・極秘地下作戦室。

 

「……工業地帯という立地、そして医療用シリコンバッグ。……となると、ただの快楽殺人ではなく、組織的なビジネスの可能性が極めて高いな。そして、美容外科となると……顧客が富裕層という点とも見事に一致する」

大物議員Aが、葉巻の煙を吐き出しながら冷徹な推理を口にする。

 

「……身元不明の若い女性たちから、無理やり赤ちゃんを産ませて、金持ちの不妊夫婦に売り飛ばす……代理出産ビジネスということかしら」

マリアが、おぞましい仮説に顔を歪める。

「……そんな最低のクズどもは、国民健康保険料を100倍に引き上げてやるわ」

環萌美総理が、ルージュの唇を忌々しそうに噛む。

 

そこへ、鑑識を終えた山田相姦が足早に戻ってきた。

「鑑識の結果が出た。……採取したサンプルのシリコンバッグと、被害者の足裏から検出されたバクテリア(イデオネラ・サカイエンシス)のDNAが完全に一致した」

 

「……そうなると、遺体はあそこ(地下水路)を通って海へ遺棄したということで間違いないね」

リルが、神妙な顔で言う。

「エリアはあの地下水路の上流付近に絞れたけど……問題は、一体どこでその闇医者が開業(監禁)しているかを突き止めないと」

メイコが地図を睨む。

「明日にでも行ってみましょう。規模からして、大掛かりな医療器具と滅菌室(エチレンオキシド)がある程度必要なはずよ。それなりの電力も引いているはずだわ」

モニカがプロファイリングを行う。

「……ええ。ある程度の広さがないと難しいわね。そして、夜間は完全に人気がなく、無人になるような場所よ」

マリアがキーボードを叩き、翌日の潜入プランを構築していく。

 

 

――翌日。

 

PCUの面々は、京浜運河の地下水路の上流エリアへと向かっていた。

 

「……ここは資源化センターだって! リサイクルするのかな?」

リルが、巨大な施設の看板を見上げて言う。

「さらに進んでいくと、品川清掃場があるね」

メイコが周囲の建物をチェックする。

「……夜になると、このあたりは完全に人気がなさそうね。そして、裏の運河から死体を船で運び出せるような場所が、必ずどこかにあるはずよ」

モニカが、優雅な足取りで周囲を観察する。

 

「もう少し内陸のほうへ進んでみましょう」

マリアの提案で、一行は運河沿いの工業地帯から、少しだけ道を外れた。

しばらく歩くと、大きな公園があったが、特に怪しいものは見つからない。

 

「……少し、運河沿いからさらに離れてみよう。カモフラージュしている可能性がある」

スレイの低い声に従い、内陸部へと少し進んだ、その時だった。

 

「……ここだわ」

モニカが、ある建物の前でピタリと足を止めた。

そこには、周囲の無骨な倉庫や工場には似つかわしくない、真っ白で近代的な小綺麗なビルが建っていた。

 

『AAABBBCCC 美容外科』

 

「……ただの、普通の美容外科じゃないの?」

メイコが首を傾げる。

「いいえ。美容外科だからこそ、医療器具や滅菌用の薬品が大量に揃っているのよ。正規のルートで仕入れをしても、誰にも怪しまれないわ」

モニカのプロファイリングが、建物の本質を暴く。

「……でも、そんなに大きくないよ? ここに無菌室とかあるのかな?」

リルが不思議そうに建物を見上げる。

「これは、氷山の一角よ。……本丸は地下ね」

マリアが、建物の構造を推測する。

 

「……しかし、いきなり武力で乗り込む訳にはいかないだろう。証拠隠滅される可能性が高い」

スレイが、漆黒のサングラスの奥で建物を睨みつける。

「ええ。まずは通常診療の時間帯に潜入して、院内の構造チェックと情報収集よ。特にスタッフ専用エリアと地下への構造(導線)を洗うわ」

マリアが、即座に潜入作戦を立案する。

 

「……診察室に入って、医者の気を引くダミーの患者が必要ね。……誰が行く?」

モニカの問いかけに。

 

「はいはーい! わたしが行く!」

リルが、元気よく手を挙げた。

純真無垢で少し頭の弱そうな少女の顔つきは、警戒心を解かせる「ダミーの患者」として、これ以上ないほど適任である。

 

「よし。リルは患者役で、私が付き添いの保護者役ね。待ち合い室からモニカとメイコで院内の構造とセキュリティを確認して……スレイは、外で待機していて」

「……俺も、護衛として院内に――」

スレイの不満げな低い声が返ってくる。

 

「『199センチの黒コートの巨漢(死神)』が、美容外科の待合室に座ってたら即通報されるに決まってるでしょ!!」

マリアが、声を殺して鋭くツッコミを入れる。

「顔面に『殺し屋です』って書いてあるような大男がウロウロしてたら、ただでさえ警戒心の強い裏社会の連中が警戒レベルMAXになるわよ! 大人しく外の車で待機してなさい!」

 

「…………了解した。不測の事態には、壁をぶち抜いて突入する」

スレイは不服そうに安物のタバコを取り出し、車へと戻っていった。

 

 

――AAABBBCCC美容外科・診察室。

 

ガチャリ。

「失礼しまーす!」

「はい、どうぞ。そこにお掛けになって」

診察室では、白衣を着た中年の男性医師が、カルテのモニターを見ながら穏やかな声でリルを促した。

表向きはごく普通の、優しそうな中年医者である。

リルは丸椅子にちょこんと座り、ニコニコと笑った。

 

「今日は、どういったご用件で?」

中年医師が、ペンを片手にマニュアル通りの質問を投げかける。

 

 

「おっぱいを、おーっきくしてください!!」

リルが、目を輝かせて元気いっぱいに宣言した。

 

「……豊胸がご希望ですね。もちろん承っています。それで、どの程度のサイズがご希望ですか?」

「これぐらい大きくしたいです!」

そう言って、リルが自前のスマホの画面を医師に見せる。

 

「ほうほう……これは、有名な歌手のシルビアさんですね。確かに素晴らしいプロポーションだ」

中年医師が感心したように頷く。

『……なんで姉さんの画像をわざわざ出しているんだ……』

インカム越しに、外で待機しているスレイの深い絶望の声が聞こえる。

「……あ、あはは! この子、シルビアの大ファンでして。ほほほ……」

マリアが、引き攣った笑顔で愛想笑いをする。

(……実は、その世界的な歌姫は重度のブラコンの変態だとは、口が裂けても言えないわ……!)

 

「しかし……さすがにお嬢さんの現在の体形(絶望的なぺったんこ)だと、いきなりここまでというのは難しくて。やはり土台というものがありましてね」

「えぇっ……そうなの……」

リルが、心底悲しそうな顔をする。

 

「じゃあ! これぐらいなら!」

と、リルがまた別のスマホの画像をスワイプして見せる。

それは、胸元がアップになった、モニカのセクシーなドレス姿の写真であった。

 

『……ちょっと!! なんで私の隠し撮りみたいな写真があるのよ!! 消しなさい!!』

インカムの向こうで、待合室にいるモニカが激怒する。

『リルたそ、うける〜! いつのまに隠し撮りしたんだろー!』

メイコが爆笑している。

 

「うむ……先ほどよりは現実的ですが、それでもやはり、君の土台では若干厳しいかと……」

中年医師が、申し訳なさそうに宣告する。

 

その瞬間。

リルの目から、ボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちた。

 

「うぇぇぇぇんッ!! なんでぇぇぇ!? スレイのピー[自主規制]、おっぱいで挟んでみたいのにーッ!!!」

「ちょっ……君、泣かないでくれ! 警察とか呼ばないでね!?」

 

この世の終わりのようにガチ泣きし始めた少女(と、最低の動機)を前に、表向きは真っ当な医師を演じている男は、完全にパニックに陥った。

騒ぎを聞きつけて、奥から看護婦もやってくる。

 

【挿絵表示】

 

(……よし。完全に食いついたわ)

マリアが小声で、インカム越しに作戦開始のGOサインを出す。

 

『はじまったわよ』

『はい了解〜! アタシに任せて!』

待合室のメイコが立ち上がり、受付の職員のところへ向かう。

「すいませーん! あそこの自動販売機、お金入れてもジュースが出てこないんですけど〜!」

と、大きな声でクレームを入れて職員を引き付ける。

『じゃあ、ちょっとトイレにいってくるわね』

その隙に、モニカが音もなく席を立った。

 

 

一方、診察室。

 

「はいはい泣かないで、仕方ないでしょ。……先生、それで、現実的にはどのくらいだったら可能なんでしょうか?」

マリアが、冷静な保護者のフリをして質問を重ねる。

「そうですね……現実的に、2サイズアップできればいい方かと……」

「えーっ!! そんなのじゃ嫌だー!! 巨乳がいいー!!」

リルが、さらに大声で泣き続ける。

「ちょっ……落ち着いて! お願いだから泣き止んでくれ!」

中年医師がオロオロと立ち上がる。

 

「……もう、泣かないで。仕方ないじゃない」

マリアが、泣き叫ぶリルを慰めるフリをしてしゃがみこみ……医師の死角に入った瞬間、診察室のPCの裏に小型端末(ハッキングデバイス)を瞬時に差し込んだ。

 

インカムから流れてくる、カオス極まりない診察室の音声を聞きながら。

 

「あっ! そっちの自動販売機じゃなくて、奥のほうのやつですぅ〜!」

メイコが、巧みに職員を誘導して視線を逸らす。

 

その完璧な連携の隙を突き。

モニカは『STAFF ONLY』と書かれたエリアへと、音もなく侵入した。

 

(……ビンゴね)

しかし、そこには、武装したような美容外科には相応しくない、体格の良い男が2名、立ち塞がるように警備をしていた。

「……お兄さん〜、トイレはどこかしら〜?」

モニカが、色気たっぷりに首を傾げて尋ねる。

「おーっと、こちらは職員限定のエリアです。患者さんのトイレは出て右手です」

男が、冷たい声で制止する。

「あら、間違えちゃった! ごめんなさいね〜♡」

モニカは、愛想よく微笑んで引き返した。

 

しかし、プロファイラーであるモニカの目は、決して見逃していなかった。

男たちの背後の奥に地下へと続く隠し階段があることを。

そして、その入り口に、厳重な監視カメラと電子ロックが設置されていることを。

 

『……マリア。地下へのルートと、カメラの配置の確認完了よ』

モニカが、インカムで冷徹にミッション完了を伝える。

 

それを聞いたリルが、ピタリと泣き止み、ケロッとした顔で言った。

「んじゃー、とりあえず妊娠の検査をお願いしまーす!!」

 

撤退の合図(意味不明な要求)である。

 

「……いや、うちは美容外科でして。産婦人科ではありませんので……」

中年医師が、心底疲れた顔でツッコミを入れる。

「あら、どうもすいません勘違いして。……では、また検討させてください。行くわよ、リル」

 

マリアは、困惑する医師と看護婦を置き去りにして、完璧な情報(ハッキングデバイスと地下の構造)を手に入れ、何事もなかったかのように診察室から撤退するのであった。




中編、お読みいただきありがとうございました。

明日は金曜日! 後編(20時更新)の解決編です。
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