境界線PCU~多様性ワールドへようこそ~   作:トナカイ粉砕

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第19話、いよいよ解決編となる後編です!


聞こえなかった産声編(後編)

――新宿アジト。

 

「STAFF ONLYの扉の奥、武装した男が2人と……建物の構造とは逆向き(屋外の運河方面)へ向かう地下への階段。確実に何かあるわ」

モニカが、頭の中にインプットした院内の間取り図をホワイトボードに書き出しながら言った。

「……明らかに、地下に広いスペース(無菌室)があることを示唆しているわね」

マリアが同意する。

 

「うぅ……豊胸は難しいのかぁ……」

リルが、ソファの隅で膝を抱えて本気でシュンとしている。

「リルたそ、あの涙は演技じゃなくて若干ガチだったでしょ」

メイコが呆れて笑う。

「……あそこまでガチ泣きしないでいいのよ! さて、仕掛けてきたデバイスをチェックするわね」

 

マリアは手元のPCを操作し、昼間の中年医師のPCに仕掛けたハッキングツールからデータを吸い出し始めた。

「……顧客名簿のようなものは見当たらないわね。しかし、美容外科にしては薬品の在庫が過激すぎるわ」

画面には、表向きと思われるダミーのカルテと、裏の薬品在庫管理表が映し出されていた。

 

「あー! あの『エレクチオンシタ』ってのがある!」

リルが画面を指差して叫ぶ。

「リルたそ、それ『エチレンオキシド』ね。エレクチオン(勃起)はしてないっしょ」

メイコが腹を抱えて笑う。

「……完全に、美容外科の範囲を超えているわね。大量の滅菌ガスに、麻酔薬、それに……産科で使うような陣痛促進剤まである」

モニカのプロファイリングが、すべてを黒と断定する。

 

「……完全に黒だな」

スレイが、漆黒のサングラスの奥で殺意を灯した。

 

マリアはすぐさま、首相感貞の萌美総理へと暗号通信で報告を入れた。

 

『……やはり、顧客名簿はデジタルではなくアナログ(紙)で厳重に管理しているようね』

モニター越しに、萌美総理が冷たい目で言う。

『明日にでも家宅捜索の令状を出すように手配したいところだが……表向きはただの美容外科だ。令状を請求するだけの「決定的な理由(証拠)」がないな』

大物議員Aが、葉巻を手に歯痒そうに呟く。

 

『……構わないわ。スレイ、明日にでも力技で制圧してちょうだい』

萌美総理が、法律を無視した超法規的措置(物理的破壊)をあっさりと許可した。

「……承知した」

スレイが、低くしゃがれた声で応じた。

 

 

――翌日。

 

夜の帳が完全に下りた。

表向きの診療時間を終え、静まり返ったAAABBBCCC美容外の裏口に、音もなく黒い影が忍び寄った。

 

『……裏口の電子ロック、ハッキング完了。いつでもいけるわよ』

少し離れた場所に停めたワンボックスカーで待機するマリアの声が、インカム越しに小さく響く。

 

「……了解した。死神の仕事(オペ)を始めるぞ」

「ほーい!」

スレイの合図で、リルが手元のタブレットを操作し、極小のドローンを裏口から内部へと侵入させる。

 

『その廊下をまっすぐよ。そして、左の「STAFF ONLY」の扉よ』

モニカの的確なナビゲートに従い、スレイとリルは足音一つ立てずに侵入を開始した。

 

STAFF ONLYの扉を音もなく開けると、そこには、美容外科にはおよそ相応しくない、裏社会から派遣されたであろう屈強な警備員が2名立っていた。

 

「あぁ? なんだお前ら——」

警備員が腰の銃に手を伸ばそうとしたが、遅すぎた。

199センチの巨躯が、突風のように男の懐に潜り込み、スレイの太い腕が容赦なく男の首筋に手刀を叩き込む。

「がッ……!」

「ひぶッ……!?」

 

『ドサッ』

「どう見ても、カタギじゃなくて反社の人だねー」

リルが、気絶した男の顔を覗き込んで言う。

「……地下へ向かう」

スレイは無表情のまま、男たちの体を隅に蹴り飛ばし、冷たいコンクリートの地下階段を降りていった。

 

地下では、まさに今夜の営業が始まろうとしていた。

 

数名の武装した警備員と、血塗られた手術着を着た闇医者やブローカーたちが、集められた女たちのカルテを片手に下卑た笑い声を上げている。

 

「おい、今日の品玉(女)はどうだ?」

「上玉ですよ。産まれたガキも、金持ちの連中に良い値段で売れるルートが——」

 

『ドゴォォォォンッ!!』

 

男たちのゲスな会話は、地下室の分厚い扉が蝶番ごと吹き飛ぶ轟音によって断ち切られた。

 

「な、なんだ貴様らッ!! 撃て、殺せェッ!!」

警備員たちが一斉にアサルトライフルを構えようとする。

 

しかし。彼らが引き金を引くよりも早く、すでにリルのドローンが天井を飛び回っていた。

『プシューーーッ!!』

ドローンから、目潰し用の超強力な催涙ガスがまき散らされる。

「目がァッ! 見えねぇ!」

涙目になった男たちは、同士討ちを恐れてアサルトライフルが撃てない。

 

「はーい! バチバチしましょうねー!」

リルが、催涙ガスをものともせず(防毒マスク着用)に突っ込み、MAXの電圧のスタンガンを、苦しむ男の股間に正確に押し当てた。

「うぎゃあああああああああッ!!」

男が白目を剥いて、カエルのように床を跳ね回る。

 

そして。

漆黒のコートの男(スレイ)の瞳には、一切の感情が抜け落ちた、純度100%の絶対零度の殺意だけが宿っていた。

 

「……命を金で取引する、卑劣な外道ども」

昨夜からスレイの奥底で燻り続けていた怒りが、圧倒的な暴力となって地下室を支配する。

「……命の値段を、己の命(痛み)で支払え」

 

【挿絵表示】

 

バキィッ! メチャァッ!

 

スレイは無駄な弾丸を使わず、ただ純粋な暴力(コンバットブーツと拳)だけで、武装した男たちの骨を砕き、肉をすり潰していく。

ものの数分で、地下室にいた外道どもは完全に制圧され、床には呻き声を上げる肉塊だけが転がっていた。

 

「はーい! 悪い人達の無力化を完了したよー!」

リルが、血まみれのピースサインでインカムに向かって報告する。

 

『わかった! 私も地下に向かうわ!』

『私はパパ(大物議員A)に連絡して、事後処理を頼むね!』

『ええ、そうして。私は山田相姦部隊と萌美総理に連絡するわ』

車内で待機していた女性陣が、一斉に後処理へと動き出す。

 

ほどなくして、ノートPCを抱えたマリアが地下室へと駆けつけてきた。

「……あの金庫ね、今開けるわ」

マリアが、部屋の奥に鎮座する堅牢な金庫にハッキングツールを接続し、解除プログラムを走らせる。

その間、スレイは生き残っている悪徳医師と警備員たちを、手際よく拘束バンドで縛り上げていた。

 

少しして、ガチャッと重い電子音が鳴り、金庫の扉が開いた。

 

「さすがマリア! さて、御開帳〜!」

リルが目を輝かせて金庫の中を覗き込む。

中には、金塊などではなく、厳重にファイリングされたアナログの顧客リスト(ファイル)と思われるものが入っていた。

スレイが無言でそれを手に取る。

 

「……なんか、思ってたよりリストが少ないね?」

リルが首を傾げる。

「おそらく、一定時間経過した過去の取引リストは、完全に焼却処分していたのね。警戒心の高いことで」

マリアが、被害者の全貌が掴めないことに舌打ちをする。

 

——その時だった。

 

「……待って、ください……ッ!」

地下室の奥、機材の陰から震える声が響いた。

スレイが瞬時に銃口を向け、リルがスタンガンを構えて身構える。

 

そこに立っていたのは、両手を高く上げ、顔面を蒼白にさせた白衣の中年医師だった。

昼間、リルを診察室で担当し、泣き落としにオロオロしていた、あの表向きの院長であった。

 

 

「ひっ……! こ、殺さないでくれ! 私は……あなた方に、これを渡したくて……隠れていたんです……!」

 

地下室の奥、機材の陰から現れた中年医師は、ガタガタと震える手で、抱えていた分厚い書類の束をスレイの前に差し出した。

「……これは?」

スレイが、血濡れたコンバットブーツの歩みを止め、銃口を向けたまま問う。

 

「こ、この地下で……奴らが行ってきた、代理出産や臓器売買、児童売買の、すべての闇の記録(顧客リスト)です……! デジタルデータではなく、万が一の時のために、私が裏で密かに書き写していた物理カルテです!」

 

医師は、痛ましげに顔を歪めた。

「私は……奴らに妻を人質に取られ、逆らえば妻の命はないと脅されて……無理やり、このおぞましい施設での医療行為に加担させられていたんです……!」

 

彼の目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。

逃げることもできず、命を売り捌く外道たちの手先として、良心を削りながらメスを握り続けてきた絶望の日々。

 

「でも……あなた方が、奴らを全て殲滅してくれた。……これで、ようやく……妻と一緒に、怯えて暮らす日々から解放されます……ッ!」

 

医師はその場に泣き崩れ、スレイとリルに向かって深く、何度も頭を下げた。

「本当に……本当に、ありがとう……ッ!!」

 

静まり返った血まみれの地下室に、男のむせび泣く声だけが響き渡る。

スレイは、その分厚い闇の記録を無言で受け取ると、漆黒のコートの懐へと深くしまった。

 

「……マリア。必要なものは手に入れた。後の始末は、お前たちと山田の部隊に任せる」

インカムで短く告げた後、スレイは足元に這いつくばる医師を一瞥した。

「……妻を連れて、どこへでも逃げるがいい。この病院の闇は、今夜完全に終わった」

 

「あ、ああ……っ! ありがとうございます……ッ!」

 

スレイはそれ以上何も言わず、分厚い書類の束だけを回収し、静かに血塗られた地下病院を後にした。

 

 

――翌日。首相感貞・極秘地下作戦室。

 

「……素晴らしい。さすがは君たちだ」

大物議員Aは、スレイから受け取った分厚い書類の束をパラパラと捲りながら、満足げに深く頷いた。

 

「これは、単なる名簿ではないわね。いつ、誰が、どんな違法な処置を依頼したか……その全てが克明に記された、完璧な闇のカルテでもあるわ」

環萌美総理が、ルージュの唇を妖しく歪める。

「これさえあれば、裏社会と繋がる悪徳政治家やヤクザども、富裕層のパトロンたちを根こそぎ洗い出して、一網打尽にできる。……私のほうで、徹底的に精査しよう」

大物議員Aが、重々しく書類をアタッシュケースに収めた。

「ええ、任せるわ。クズどもからは、たっぷり搾り取ってあげないとね」

 

「身寄りのない女性(不法滞在者や家出少女など、戸籍のない者)を、使い捨ての代理母として利用していたのね」

モニカが、優雅な顔に嫌悪感を滲ませる。

「情報漏洩のリスクをなくすため、そして何より自分が産んだ子供を渡したくないという母性の発露を未然に防ぐために、出産後に用済みとして消した訳ね。……本当に、胸糞が悪いわ」

マリアが冷たく言い放つ。

 

「とっても悪い奴らだね! コテンパンにとっちめて大正解だったよ!」

リルが力強く拳を握る。

「それにしても……代理出産だけじゃなくて、犯罪者の秘密裏の出産とか、何らかの理由で母子手帳を持てないような反社の人間が使う、反社御用達の闇産婦人科でもあったみたいだね」

メイコが、現場の状況を振り返りながら言う。

「あぁ。文字通りの、闇の産婦人科といったところだろう」

スレイが低く同意した。

 

「……後の大掃除は、表の権力(そちら)でお願いします。私たちの仕事はここまでよ」

マリアがクールに告げ、裏の掃除屋としての任務完了報告は無事に終わった。

 

 

――後日。新宿、極秘アジト。

 

「……今日は凄い土砂降りね」

モニカが、窓ガラスを叩く激しい雨音を聞きながら、優雅にハーブティーを飲む。

「今日は私、夜ご飯に何か作るね! 久しぶりに、からあげでも揚げるー!」

リルが、エプロンを身に着けながら元気に宣言する。

 

「あら、そういえばメイコはどうしたの? 珍しくアジトにいないじゃない」

マリアが、PCのモニターから顔を上げて尋ねた。

「メイコちゃんね、中間試験が終わったから、今日は大学の懇親会に顔出すって言ってたよ!」

そう言って、リルは鼻歌を歌いながらキッチンへと向かった。

 

 

――そして、その日の夜。大物議員Aの自宅、書斎。

 

「あーあ。パパも最近忙しそうだし、マジ暇なんですけどー」

 

期末試験も終わり、大学の懇親会に顔を出したメイコだったが、ノリが合わずにつまらなくて即帰宅していた。

その後、遊びに出かけようと思ったが、外はひどい土砂降りの雨で外出を諦めたのだ。

自宅でダラダラと過ごしていたメイコは、父親の書斎のデスクの上に、無造作に置かれた分厚い書類の束(闇のカルテ)を見つけた。

 

「なにこれ? あー、この前ウチらが回収した、あの闇産婦人科病院の記録のかー」

 

メイコは、軽い好奇心でそのカルテをパラパラと捲り始めた。

一見、ただの頭の軽いギャルに見える彼女だが、実は日本有数のお嬢様学校(花弁学園)でトップの成績を収めるほどの超記憶力(瞬間記憶能力)の持ち主である。

パラパラと流し見するだけで、書類に書かれた名前や日付が、写真のように彼女の脳裏に焼き付いていく。

 

「ふーん。政治家のオッサンとか、会社の社長とか……海外の富裕層もやっぱりいるね。こりゃパパ、また忙しくなるみたいっしょ」

 

そんな風に、あくびをしながらページを捲っていたメイコの手が。

ふと、ある一行でピタリと止まった。

 

『 患者名:ライラ・ギンスバーク 』

 

「……ん? ギンスバーク?」

 

メイコは小首を傾げた。

「ギンスバーク」といえば、あの世界的歌姫・シルビアと、最強の暗殺者・スレイの苗字である。

 

(……スレイっちたちと、同じ苗字じゃん。まあ、そこまで珍しい苗字でもないのかな?)

 

メイコは気にせず、再びパラパラとページをめくっていく。

(やっぱり、犯罪者とかの出産が裏で使ったりしてたんだなー)

 

しかし、数ページ先で。メイコは再び、その名前を見つけることになる。

 

『 患者名:ライラ・ギンスバーク 』

『 処置内容:■■■■■■ 』

 

「……あれっ? また同じ名前が出てきた。このライラって人、何回もこの病院に来て……」

 

メイコが、その不自然な記録に少しだけ意識を向けようとした、まさにその時だった。

 

『♪〜〜〜』

ポケットの中のスマートフォンが、ポップな着信音を鳴らした。画面には『リルたそ』の文字。

 

「あ、リルたそだ! もしもーし!」

カルテから完全に意識が逸れたメイコは、書類をパタンと閉じ、弾むような声で電話に出た。

 

『あ、メイコちゃん! 今なにしてる?』

「んー? パパの書斎で暇つぶしー。どうしたの?」

『とくに用はないんだけどね、今日マリアに新しいネイル塗ってもらったの! 明日、一緒にタピオカ飲みに行かない!?』

 

「マジで!? 行く行く! 新宿の新しいお店っしょ!」

メイコは、「ライラ・ギンスバーク」という不穏な名前のことなど、一瞬で頭からすっぽりと抜け落ちてしまった。

「ネイルどんな色にしたの!? ウチも明日お揃いにしよーっと!」

 

あまりにも平和で、無邪気な日常の会話。

しかし、大物議員Aのデスクの上に残されたその分厚いカルテの中には、最強の暗殺者のルーツに関わる、決して開けてはならない『パンドラの箱』が、静かに眠り続けていたのである。

 

【挿絵表示】

 

次回:星座が導いた鎖編に続く




これにて第19話、お掃除完了です!

新章「星座が導いた鎖編」は、来週の水曜日 20時からスタートします!

週末の間に、評価(☆マーク)やご感想などをコメントいただけますと、いよいよ核心へと迫る来週からの執筆の最大のエネルギーになります!
どうぞよろしくお願いいたします!
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