星座が導いた鎖編(前編)
例の闇産婦人科事件から数日後。
新宿、PCUの極秘アジト。
「……はい、メイコとリルは特製の甘いココアね。大人組はブラックコーヒーよ」
マリアが、トレイに乗せたマグカップをテーブルへと運ぶ。
「わぁい! マリア、ありがとう!」
リルが目を輝かせてカップを両手で包み込む。
「マリアっちサンキュー! 冷えた体にしみるっしょ〜」
メイコも、フーフーと息を吹きかけながらココアを啜る。
「最近は秋口でも暖かい日が続いていたけど、今日は少し冷えるわね」
モニカが、窓の外の曇り空を見上げながらコーヒーの香りを深く吸い込んだ。
マグカップから立ち上る甘い湯気と、コーヒーのほろ苦い香り。
命を削るような任務も、厄介なテロリストの襲撃もない。
ただ他愛もない話をして過ごす、PCUメンバーにとっての貴重で平和な日常の風景だ。
「しばらく大きな事件もなくて落ち着いているけど、明日はシルビアの護衛任務よ」
マリアが、タブレットでスケジューラーを確認しながら言った。
「……ただ単に、あのド変態ブラコンがスレイに会いたい(セクハラしたい)だけでしょう」
モニカが呆れたように言う。
「でも、おかげで日本での公演がめっちゃ増えたよね〜! ウチらとしてはラッキーっしょ」
メイコが嬉しそうに笑う。
「実のお姉さんなのに、油断してるとすぐスレイを狙ってくるからね!正妻の座は絶対に渡さないぞー!」
リルが、ココアのついた口元で一生懸命に虚勢を張った。
明日は、世界的歌姫であるシルビア・ギンスバークの日本武道館での追加公演だ。
現在、PCUには厄介な任務も入っていないため、身内の警護ということで引き受けることにしたのである。
――翌日。日本武道館・控室。
「みんな、よくきてくれたわね〜! スレちゃ〜ん♡ 今日も護衛よろしくお願いね〜!」
シルビアが、煌びやかなステージ衣装のまま、スレイの太い腕に抱きついて胸を押し当てる。
「……ネズミ(暴漢)がいれば、駆除するだけだ。離れろ」
スレイが無表情で物理的に引き剥がす。
「……何もないことを祈るわ」
モニカがため息をつく。
「まぁ、報酬は破格だし、今は特別な任務もないから丁度いいわ」
マリアが割り切った顔で周囲の警戒(カメラのチェック)を始める。
「えへへ、特等席(関係者席)でライブ見れる恩恵、まじでうれぴー!」
メイコがウキウキしている。
「サイリウムもドンキでいっぱい買ってきたよー! スレイも振る!?」
リルが、両手に何本もサイリウムを抱えて準備万端だ。
(……仕事になっていないものが、約2名いるな……)
スレイは、漆黒のサングラスの奥で静かに呆れていた。
そしてライブは、一切のトラブルもなく、大盛況のうちに幕を閉じた。
「みんな、お疲れ様! この後の打ち上げも、是非みんなきてね!」
シルビアの誘いに、料理も最高級のものが出るとあって、全員が二つ返事で乗り気であった。
――夜。高級レストラン貸し切りでの打ち上げ。
「はー、疲れた! ほえー、このお肉もお魚も超美味しい〜! マジでばいやー!」
メイコが、高級なローストビーフを頬張りながらご満悦だ。
「うん! 疲れた体にスープがしみる〜! パンもふかふかだー!」
リルも、両手にパンを持って幸せそうに笑っている。
「……あなた達は、護衛じゃなくて最前列で踊って疲れただけでしょ!」
マリアが的確なツッコミを入れる。
「まぁまぁ、そう言わないで〜マリア。皆でこうして楽しくいられる時間は、とても大事なものよ」
シルビアが優雅にワイングラスを傾ける。
「まぁ、報酬も破格だし、美味しい食事も出るから、悪い話ではないわね。……そういえば、今日は琴座流星群の日じゃなかったかしら?」
モニカが、ふと夜空を見上げて言った。
「えー、流れ星見てみたいねー! リルたそ、テラスにいこー!」
「うん! そうしようメイコちゃん!」
二人が食事の乗った皿を持ってバルコニーへと移動すると、結局、他のメンバーたちもそれについていくことになった。
「星を見ながら食事をするのもロマンチックね。……そして、最愛の人が隣にいるなんて、最高だわ♡」
バルコニーに出るなり、最凶のブラコン姉がスレイの腕にすり寄ってくる。
「……姉さん。くっつくんじゃない」
「はいー! そこ、イチャつかないでください! スレイの妻になる予定なのは私です!」
リルがパンをくわえたまま抗議する。
「ふふふ。リルちゃん申し訳ないわね。私たちには本物の血の繋がりがあるからこそ、最高の愛が育めるのよ♡」
「あっ! 今、見えたわね〜。きれいね」
モニカが夜空を指差す。
「私も、流れ星に願い事でもしておこうかな」
マリアが手を合わせる。
((……多様性(シモネタ)の毒牙から、この国が守られますように……))
マリアとモニカの切実な願いが、星空へと届けられる。
「ねぇねぇ、あれが琴座で最も明るい1等星ベガね。七夕のおりひめ星の」
マリアが星を指差して教える。
「えー? 星の並びを見ても、どこが琴の形なのかわかんないー」
リルが首を傾げる。
「あそことあそこを繋いで、無理やり琴と見立てるんだよ〜。昔の人の想像力って、かなり無理くりだよね〜」
メイコが笑う。
「あれは、古代ギリシャの楽器である竪琴(リラ)の形だから、日本人が想像する琴の形とは少し違うのよ。……ちなみに、竪琴は英語の発音だと『ライラ(Lyra)』ね」
モニカが知識を披露する。
「ライラ、ねー。……私にとっては、あまり聞きたくない名前だわ」
シルビアが、ふとワイングラスを見つめ、どこか冷ややかな声で呟いた。
「えっ、そうなの? なにか仲の悪いライバル歌手でもいるの?」
リルが不思議そうに尋ねる。
「……いいえ、そうじゃないわ。私とスレちゃんを孤児院に捨てた女の名前よ」
「……俺たちの母親か。俺は、名前すら知らなかった」
スレイが、夜空を見上げたまま淡々と返す。
「スレイのおかーさん、ライラっていうんだ〜。でも、もう会えないんだよね」
リルが、少しだけ悲しそうな顔をした。
その時だった。
バルコニーの柵に寄りかかっていたメイコが、「ライラ」という音の響きに、何か既視感――いや、既聴感を覚えた。
先日の雨の日、父親(大物議員A)の書斎でパラパラと流し見した、あの分厚いファイル。
「……ねぇ。ライラ・ギンスバークって、この前の名簿みたいなのに名前があった気がするんだけど。もしかして、何か関係あるのかな?」
メイコの口から出たその名前に、マリアとモニカの表情が一変した。
「……それって、あのAAABBBCCC美容外科の地下で、悪徳院長から預かった書類のこと?」
「ええ。その名簿って、身元不明の女性たちを使い捨てにしていた、闇産婦人科の闇のカルテよね。処置内容とかまで詳細に書いてあった……」
マリアとモニカが、血の気の引いた顔でメイコを見る。
「うん、そうそう! あの美容外科のやつ。お父さんの書斎で暇つぶしに見てて、確かそんな名前の人がいたような記憶があるっしょ」
メイコの超記憶力は、一度見た文字列を写真のように正確に記憶している。
「……ただの、偶然の同姓同名かもしれないわ」
シルビアが、ワイングラスを持つ手を微かに震わせながら、強がって微笑んだ。
「……それでも、一度見て確認する必要があるかもしれない」
スレイが、バルコニーの暗がりで、漆黒のサングラスの奥の瞳を鋭く細めた。
星空が導いた、あまりにも残酷な符号。
最強暗殺者のルーツに関わる過去の扉が、今、静かに開かれようとしていた。
「……パパ! 書斎に入っていい!?」
メイコの爆弾発言から、わずか数十分後。
PCUのメンバーに世界的歌姫であるシルビアを加え、一行は血相を変えて大物議員Aの広大な邸宅へと押しかけていた。
「お邪魔しまーす!」
「どうも、お邪魔しますわね〜」
リルとシルビアが、ずかずかと書斎へと足を踏み入れる。
「おお、メイコ! それに皆も揃ってどうしたのだ!? しかもシルビア姫までいるじゃないか!?」
突然の大所帯の来訪に、大物議員Aが葉巻を落としかけて目を丸くする。
「……はっ! もしかして、多様性に何か重大な問題でも発生したのか!?」
「政府の性癖(多様性)はどうでもいいの! こないだウチらが回収した、あの病院の名簿みたいなやつ! あれ見せて!」
メイコが、焦った様子で父親を物理的に遮り、デスクの上に保管されていた闇のカルテの束を力任せに広げた。
マリアとモニカが即座にその束に群がり、メイコの驚異的な瞬間記憶能力を頼りに、古いページを猛スピードで捲っていく。
「……あったわ。これよ」
マリアの指が、古びた紙のカルテの一行でピタリと止まった。
その背後から、スレイとシルビアが無言で覗き込む。
「いったい、どうしたというのだ。この前の闇産婦人科の名簿だが、今まさに私のほうで反社組織を洗い出している最中であるが……」
不思議そうに覗き込む大物議員Aの前で、開かれたページにはこう記されていた。
『三十五年前:患者名 ライラ・ギンスバーク』
『処置内容:出産(女児)』
「……年数と、産まれた子供の性別はあっているわ。ただの偶然でもおかしくはないけれど……」
モニカが、震える声で呟く。
「仮に……仮にだけど、これがシルビアのことだったとしたら。数ページ先に、スレイの記録もある可能性が高いわ」
そして、メイコの指示でそこから数ページ捲っていった、その時だった。
「あっ! これじゃない!?」
リルが、短い指で古びたインクの文字を指差した。
別の年のカルテにも、全く同じ名前が刻まれていたのだ。
『三十年前:患者名 ライラ・ギンスバーク』
『処置内容:出産(男児)』
「……三十五年前と、三十年前」
モニカが、ゴクリと息を飲んで、シルビアとスレイの顔を交互に見た。
「シルビアとスレイの年齢……そして、二人の5歳差という年齢差に、完全に一致しているわ……!」
「…………」
スレイの漆黒の瞳が、その文字を静かに、だが食い入るように見つめていた。
シルビアもまた、何が起こったのかわからず、美しい顔を強張らせて言葉を失っている。
「……代理出産や臓器売買、闇中絶の記録じゃないわ」
マリアが、カルテの備考欄を素早く解析しながら、戦慄したように告げた。
「このライラという女性の処置内容は、純粋な出産よ。……でも、だからこそ異常だわ」
モニカはカルテから顔を上げ、全員の顔を見回した。
「ただ子供を無事に産むだけなら、普通の表の病院に行けばいいはずよ。……なぜ、わざわざ法外な金がかかり、戸籍のない女たちが集まるような闇産婦人科で産み落とす必要があったの? ……果たして、これが単なる偶然の同姓同名だと、本当に言い切れるのかしら」
「……偶然なわけないわ」
シルビアが、ギリッと奥歯を噛み締めた。
「私の記憶の中の、赤い髪の女(ライラ)は……間違いなく私たちを産み落とし、そして愛の家に捨てたのよ」
「……議員」
スレイが、低い、地を這うような声で大物議員Aを呼んだ。
「このライラ・ギンスバークという人物について……国家権力を使って、徹底的に洗い出してほしい」
その死神の静かな、しかし切実な願いに。
大物議員Aは、いつものふざけた態度を完全に捨て去り、一人の国家を動かす政治家として、大きく力強く頷いた。
「……ああ、わかった。君たちにはいつも世話になっているからな。私の持てる全ての権力とネットワークを駆使して、このライラという女が何者だったのか、なぜ闇に隠れて君たちを産む必要があったのか、必ず突き止めてみせよう。……萌美総理にも、一報入れておこう」
「……あぁ、助かる」
――夜。新宿アジト。
「……俺は、親というものに興味がない」
静まり返ったリビングで。
スレイは、ソファに深く腰掛け、手元の愛銃を布で磨きながら淡々とそう口にした。
「1歳の時に孤児院に捨てられたのなら、親の顔も温もりも知らないのが当然だ。今更、母親が誰であれ、どんな理由で俺を産んだのであれ……俺の生き方(暗殺者としての本質)が変わるわけではない」
それは強がりではなく、最強の死神としての純粋な本音だった。
彼には今、マリアやモニカ、リルやメイコといった血の繋がらない家族がいる。過去の亡霊に執着する必要など、どこにもなかった。
しかし、ソファの向かいに座るシルビアの瞳には、かつてないほど暗く、冷たい憎悪の炎が宿っていた。
「……スレちゃんは、それでいいわ。記憶がないんだもの」
シルビアが、銀色に戻した髪を指で弄りながら低く呟く。
「でも……私は違う。当時5歳だった私には、はっきりと物心がついていたわ」
シルビアの脳裏に、冷たく凍える夜の記憶が蘇る。
孤児院『愛の家』の古びた門前。
まだ赤ん坊だったスレイの小さな手を力強く握りしめながら、足早に遠ざかっていく赤い髪の女(母親)の背中を見つめていた、あの絶望の夜。
「最愛の弟と一緒に、私たちをゴミのように捨てたあの女が……私は、絶対に許せない。……そのあと、私がどんな地獄を見たか、あの女は知りもしないのよ」
孤児院で育った後。その圧倒的な美貌ゆえに、シルビアは裏社会のブローカーによって、遠く異国の地・ポルトガルへと売られた。
言葉も通じないスラム街。泥水をすすり、生きるために誇りを捨てかけ、大人たちに虐げられ……それでも、ただ「弟にもう一度会う」という執念だけで這い上がり、血反吐を吐くような努力の末に、自らの圧倒的な歌声ひとつで現在の世界的歌姫の座まで上り詰めたのだ。
すべては、生き別れた最愛の弟(スレイ)を迎えに行き、二度と誰にも奪われない、圧倒的な力(富と名声)を手に入れるため。
彼女の異常なまでのブラザーコンプレックスは、その果てしない地獄を生き抜くための、唯一の希望の光(代償)だった。
「……私の人生のすべては、スレちゃんのためよ。だからこそ、私たちを捨てたライラという女の真実は、絶対に知らなければならないわ」
最強の暗殺者と世界的歌姫姉弟の、深く封印されていたルーツ。
なぜ彼らは捨てられたのか。
なぜ、母親は光の当たらない闇の病院で彼らを産んだのか。
そして、果たしてこの記録の女は、本当に彼らの母親なのか——。
過去の亡霊を追う、新たな戦いの火蓋が、今静かに切って落とされたのである。
――翌日。
シルビアは、泣き叫びながら仕事のため事務所のスタッフに連行されていった。
「私も行くわー!! 私のルーツなんだからー!!」と抵抗していたが、スレイが「……ここは俺たちに任せろ。お前は歌の仕事に集中しろ」と低い声で制止し、なんとか納得(妥協)させたのだ。
「……さて。私たちも動くわよ」
新宿アジトで、マリアが巨大な端末を起動させた。
「表の調査は、政府や大物議員Aに任せる。私は、裏社会のデータべースとあらゆる情報網を総動員して、三十年前のギンスバーク(ライラ)の足跡を追うわ」
マリアの驚異的なタイピング音がアジトに響き渡る。
しかし、数時間が経過しても、マリアの指はピタリと止まったままだった。
「……ダメね。特別ひっかかる情報が出てこない」
マリアが悔しそうに舌打ちをする。
「やっぱり、その時代(三十年前)の記録はアナログ(紙)が基本だよね〜。ネットに上がってない記録も多いし」
メイコが言う。
「そこはもう仕方ないわね。地道に過去の新聞記事や記録を探すしかないわ」
モニカが優雅にハーブティーを飲む。
「……そうなると、すっごく大きい図書館とかに行くしかないかな? わたし、また迷子になりそう〜」
リルが不安そうに首をすくめる。
そんなやり取りをしていると、首相感貞の極秘回線から連絡が入った。
大物議員Aから「至急伝えたいことがある。すぐに来てくれ」という呼び出しを受け、一行は急いで首相感貞へと向かった。
――首相感貞・極秘地下作戦室。
「話は聞いたわよ。あの闇産婦人科のカルテで、スレイのルーツであるお母様に繋がるかもしれないと。」
萌美総理が、いつものようなふざけた態度はなく、真剣な眼差しで一行を出迎えた。
「……国家権力と、裏ルートを使って、例のライラ・ギンスバークという女について徹底的に調査した」
デスクの向こう側で、議員Aは険しい表情のままスクリーンにデータを投影した。
「……結論から言うと。彼女の現在の足取りは、全く掴めなかったのだ」
「えぇーっ……」
リルとメイコが、がっくしと肩を落とす。
「なぜなら、彼女の戸籍は三十五年前に、意図的に抹消されていたのよ」
萌美総理の言葉に、空気が張り詰めた。
「……三十五年前?」
マリアが眉をひそめる。
「カルテにあった、シルビアの出産のタイミングじゃない。……なぜ、そんな時期に戸籍を?」
「しかも意図的にということは……死亡したわけではない、という意味ね」
モニカが鋭く指摘する。
「……それが問題なのだ」
大物議員Aが、別のファイルのデータを投影する。それは一枚の古い死亡診断書のコピーを示していた。
「戸籍が抹消された約5年後……つまり、スレイが産まれた頃に。ライラ・ギンスバークの配偶者……つまり、スレイやシルビアの父親にあたる人物が、不審な事故で逝去しているのだ」
「…………ッ」
スレイの目が、サングラスの奥でわずかに見開かれた。
「母親は戸籍を消して、裏社会へと潜った。そして戸籍のないままシルビアを産み……その5年後、今度はスレイを闇産婦人科で産み落とし、直後に君たちを孤児院(愛の家)に預けた、と考えるのが自然ね」
萌美総理が、判明した事実を重々しい口調で繋ぎ合わせる。
「なぜ、彼女が戸籍を消さねばならなかったのか。父親の死に、反社会的勢力や何らかの巨大な組織が関わっていたのか……そこまでは、現時点ではわかっていない」
大物議員Aの言葉に、作戦室に重苦しい沈黙が降りた。
ただの身勝手な母親による、非情な育児放棄だと思っていた過去。
しかし、その裏には父親の不審死と戸籍の抹消、そして闇産婦人科という、尋常ではない血生臭い事情が隠されていたのだ。
「……そうなると、まずはお父さんの死の真相から調べたほうがよさそうだね」
リルが真っ直ぐな瞳で言う。
「うん! アタシもそう思う。絶対に何かヤバい事件に巻き込まれたぽいし!」
メイコも頷く。
「そうね。電子化されていない過去の記録なら、まずは足を使って大図書館に行きましょう」
マリアが立ち上がる。
「このあたりだと、過去の新聞や資料が一番揃っているのはどこがいいのかしら?」
モニカが議員Aに尋ねる。
「それなら、新宿の『東京都多様性図書館』に行くといい。昨年完成したばかりの、素晴らしい資料の宝庫だ」
大物議員Aが自信満々に答える。
「……VIPパスを発行しておくわ。何かと便利だから持っていきなさい」
萌美総理が、特殊なチップの入った黒いカードをスレイに手渡した。
「……総理も議員も。何から何まで助かる」
スレイは、カードを受け取り深く頭を下げた。
いつもは政府の裏仕事を請け負っている立場だが、こうして身内のルーツ探しにまで絶大な援助をしてもらえるのは、暗殺者としては異例であり、大変ありがたいことだった。
――数十分後。東京都多様性図書館。
「……わぁ! 図書館って、こんなに派手なんだね~!」
リルが、建物の外観を見上げて口をポカンと開ける。
「……いや。たぶん、絶対あの総理のせいだと思うよ、リルたそ……」
メイコが顔を引き攣らせる。
「なんで図書館が、ラブホみたいなネオンでピンク色に輝いているのよ!!」
マリアが激しい頭痛を覚えてこめかみを押さえた。
「確実に、萌美総理の多様性(性癖)に侵されているわね。。。とりあえず、中に入りましょう」
モニカが呆れ果てた声で促す。
デザインは完全に卑猥なラブホテルだが、中身は日本最大級の図書館であり、本だけではなく過去の新聞記事や事件の記録なども非常に豊富に揃っていた。
「……すみませーん、受付のおねーさん! あっちの、昔の記事とか事件の記録が見たいんですけどー!」
リルが、元気よく受付嬢に話しかける。
「お客様、大変申し訳ございません。あちらの貴重な資料エリアは、特別な許可がないと閲覧できない内容となっておりまして……」
申し訳なさそうに断る受付嬢。
「えー、そうなの! それは困ったなぁ……ん? 許可? もしかして、さっきもらったこのVIPパスのことかな?」
メイコが、総理から貰った黒いカードを受付嬢に見せる。
そこには、◎に縦棒と、どう見ても卑猥なマークが金箔で描かれていた。
「こっ! これは……!!」
受付嬢が、カードを見た瞬間にガタッと立ち上がり、深く敬礼をした。
「パスの中でも、最上位の超特別ランク……エグゼクティブ多様性パスではございませんか!! 今すぐ特別室をご用意しますので、少々お待ちくださいませ!!」
「「「…………」」」
「何だか、凄い効果あるわね……」
マリアが絶句する。
「変態だから忘れてたけど、一応あの人(環萌美)って、絶大な権力を持つ内閣総理大臣なのよね……」
モニカが遠い目をして呟いた。
――多様性図書館・VIP特別閲覧室。
案内されたのは、ふかふかの絨毯が敷かれ、豪華なアンティークのテーブルが置かれた広大な個室だった。
「わぁ、凄い部屋だね〜! ここに、昔の新聞や記録のマイクロフィルムがたくさんあるんだね!」
リルが、壁一面のキャビネットを見てはしゃぐ。
「いやー、これはちょっと大変だねー。量が多すぎるっしょ」
メイコが腕を組む。
「……とりあえず、まず父親の不審死から近づいていきましょう。三十年前の記録よ」
モニカが指示を出す。
「えぇ、急がばまわれ。まずは謎多き母親よりも、亡くなった父親のほうから糸口を掴むわよ」
マリアが、数十年前の資料をいくつか出して机に重ねる。
そこへ、先ほどの受付のお姉さんが、高級な洋菓子と、香りの良い高級紅茶をカートで運んできてくれた。
「わーい! 凄い高そうなお菓子だ!」
リルが早速、マカロンをむしゃむしゃと頬張る。
「流石は総理のVIPパスだね〜。待遇がチート級っしょ!」
メイコもクッキーをむしゃむしゃ。
「……いい紅茶ね、これ。……って、あなた達もちゃんと探しなさい!」
優雅に紅茶を飲んでいたモニカが、ハッとして二人にツッコミを入れる。
「……しかし、完全にアナログ作業となると、私のハッカーとしての専門外ね……。これは骨が折れるわ」
マリアが、大量の紙の資料を前にため息をつく。
スレイも、文句一つ言わずに無言で記録の海を探し込んでいる。自分の父親の死の真相を知るために。
……かれこれ、数時間が経過しただろうか。
「……さすがに疲れたわね。少し休憩しましょうか」
モニカが目を擦る。
「そうね、近道はないわ。もう地道にやっていくしかないわね」
マリアが肩を回す。
「……そういえば。スレイのお父さんの名前、なんて言ったっけ?」
リルが、紅茶を飲みながら首を傾げる。
「えーっと……さっきパパがくれた資料だと、『アクィラ・ギンスバーク』だったかな?」
メイコが記憶を引き出す。
「アクィラ(Aquila)……『わし座』のことね。1等星のアルタイルがある星座よ。……そして、お母さんのライラ(Lyra)は『琴座』」
モニカの言葉に、マリアが反応した。
「ベガとアルタイル。……それって、七夕の織姫と彦星のことよね」
「……あ!」
その時、資料の山をひっくり返していたリルが、ふと声を上げた。
「ねえねえ、みんな! この記録、なんだか関係ありそうじゃない!?」
リルが見つけ出した、三十年前の古びた新聞記事のスクラップ。
そこには、スレイの父親の死に関わる、衝撃的な過去の事件の見出しが、黒々と記されていたのである。