――東京都多様性図書館・VIP特別閲覧室。
リルが見つけ出した、三十年前の古びた新聞記事のスクラップ。
そこに記されていたのは、新聞の社会面(裏面)の隅に、ほんの少しだけ掲載されたレベルの小さな事故の記録だった。
『 ゼネコン会計士 アクィラ・ギンスバーク氏 事故死 』
『 ゼネコンの若手ホープ、車内で一酸化炭素中毒死。バブル崩壊のストレスによる自殺の可能性も 』
「……日付としては、三十年前。大体合うわね」
モニカが、記事を指でなぞりながら言う。
「これが、スレイの父親かしら」
マリアがスレイの顔を見る。
「スレイのお父さんが、自殺なんてする訳ないよ!」
リルが、スレイの太い腕にしがみついて抗議する。
「確かに、絶対になさそう。スレイの親なら、何か大切なものを命がけで守っていたんじゃないの?」
メイコも同意する。
「……その事故について、当時の警察の検死記録を見てみましょう」
マリアが、さらに古いマイクロフィルムやフロッピーディスクを漁り始めた。
VIPパスの権限を利用して、一般には非公開の警察の保管データへとアクセスする。
やがて、当時の事件の詳細な記録がモニターに映し出された。画質としては今よりかなり粗く、読み取りづらい。
「……何よ、これ? 毒物検査結果の項目が、一部黒く塗りつぶされて消されているじゃないの」
マリアが、不可解な記録に目を細める。
「もしかしたら、当時は警察の内部に、裏社会と繋がった腐った人間がいた可能性はあるわね」
モニカがプロファイリングから予測を行う。
「萌美総理はド変態だけど、そこらへんの綱紀粛正だけは優秀だから、今の日本じゃ考えられないけどね」
メイコが言う。
「ねえねえ、この遺体の写真……。腕のここにある痕って、注射じゃない?」
リルが、粗い写真の一部を拡大して指差した。
「……間違いないわ。これは注射の痕ね」
モニカが確信を持って頷く。
「この注射によって殺害されたのか。それとも、死ぬ前に拷問か何かを受けた痕なのか……」
「検査結果が意図的に消されているところを見ると、一酸化炭素中毒に偽装された、確実に他殺の線ね」
マリアが断定する。
「でも、これだけじゃ誰が殺したのかまでは辿り着けないっしょ」
メイコが腕を組む。
「……当時の警察で、まだ生きているやつを探して吐かせるしかないな」
スレイが、低い声で解決策(物理)を提示した。
――首相感貞・極秘地下作戦室。
図書館での調査を終え、一行は萌美総理と大物議員Aに報告を入れた。
「……いくら三十年前の古い記録だからといって、検査結果が意図的に黒塗りされてなくなることはあり得ない」
大物議員Aが、葉巻を灰皿に叩きつける。
「当時の、腐敗しきっていた政治のせいね。警察という組織そのものが、完全には信用できなかった時代よ」
萌美総理が、冷たい瞳で過去の暗部を睨む。
「当時の、検死する人とか担当の警察官は、まだ生きているんじゃない?」
リルが尋ねる。
「そうね。当時の若手だったら今50代、中堅が60~70代ね。当時偉かった上の連中は、寿命で死んでそうだけど……」
メイコが計算する。
「当時の警察の責任者と、直接遺体を見た検死官を当たりましょう」
モニカが提案する。
「……それなら、すぐに割り出せそうだ。山田相姦に連絡しよう」
大物議員Aが即座に指示を出す。
「過去の悪事も許さないわ。時効なんていう甘い言葉で、クズどもを逃がしはしないわよ」
萌美総理のドSな正義感が燃え上がる。
少しして、山田相姦から極秘回線に連絡が入った。
『――当時の警察の責任者だが、やはり既に寿命で亡くなっている。……しかし、実際に遺体を担当した検死官についてはわかった。当時まだ若手で、今も現役でやっている。「検死官A」だ』
その人物は、都内某所にある警察署関連施設の検死センターにて、現在は主任技師として勤務しているという。
――都内某所・検死センター。
「よしいこう。……まずはカチコミ(暴力)はなしで、普通に話を聞くぞ」
スレイが、珍しく穏当な手段を口にする。
「そうだね。検死官Aさんが悪い奴かどうか、まだわからないし」
リルが頷く。
「一つ一つ、クリアにしていかないとね!」
メイコも同意する。
検死官Aは現在作業中とのことで、一行は待合室で待つことにした。
しばらくして、「すいません! お待たせ致しました」と、白衣を着た中年の男性がやってきた。彼が検死官Aである。
威圧感のない、どこにでもいるただのくたびれた中年男性といった風情だ。
「単刀直入に聞きます。三十年前の、ゼネコン会計士・アクィラ・ギンスバーク氏の事故死について覚えていますか?」
マリアが、単刀直入に切り出した。
「えっ……!?」
その名前を出された瞬間、検死官Aは明らかに動揺し、驚いた顔をした。
「……もちろん、覚えていますよ。それにしても、随分と古い話ですね」
「……なぜ、そんな古い話を鮮明に覚えているのですか?」
モニカが、冷たく鋭い視線を投げかける。
(普通は、何千体も診ている三十年前の日常業務なんて覚えている訳がない。モニカの心理的な揺さぶりだ)
スレイが背後で見守る。
「……普通は、覚えていないと思います。ですが……実を言うと、あの遺体は、私の初仕事だったんです」
「初仕事??? それまで検死したことなかったの?」
リルが目を丸くする。
「それおかしくない〜? だって、一応新聞には載るレベルの企業事故だったんだよ?」
メイコが怪訝な顔をする。
「そうなんです。右も左もわからない新人の私が、いきなり抜擢された時は、心臓が止まるかと思いましたよ」
検死官Aが、当時のプレッシャーを思い出すように苦笑いした。
「……ちょっと、この当時の検死報告(マイクロフィルムのコピー)を見てくれませんか?」
マリアが、黒塗りされた資料を差し出す。
検死官Aは、「ふむふむ……」と言いながらそれに目を通した。
「……えーっと、そうですね。……あれっ? おかしいですね。この黒塗りの部分……確か、チオペンタールが検出されたはずなんですが」
「チオペンタールって……静脈麻酔薬とか、鎮静剤だよね?」
メイコが医学の知識を引き出す。
「ええ。あるいは……自白剤として使われることもあるわ」
モニカが、冷酷な真実を口にする。
「やっぱり! スレイのお父さん、絶対に悪い事件に巻き込まれたんだね!」
リルが確信する。
「……この検死報告のサインは、間違いなく私が書いたものです。しかし……意図的に消されているところがありますね……」
検死官Aが、苦しそうに呟き、震える手で資料を握りしめた。
「……新人のあなたが、いきなり初仕事に抜擢された理由がわかったな」
スレイが、低い声で真理を突く。
「そう。上層部が、意図的に超当時新人だったあなたを指名したのよ」
マリアが冷徹に言う。
「裏の事情を何も知らない無垢な新人だったからこそ、使いやすかったのよ。データが改ざんされても気づかれないし、万が一気づかれたとしても、新人の立場では上層部に強くは言えないはずだから」
モニカが、警察組織の腐敗の構造を暴く。
「うわー、マジで最低な連中だね」
メイコが顔をしかめる。
「……私たちは、ただそこにあるものを正確に伝えるだけです。色眼鏡をつけて死者を診てはいけません」
検死官Aが、当時の無力だった自分を恥じるように、悔しそうに肩を震わせた。
「しかし……明らかにあれは、他殺でした。……三十年間、ずっと胸に引っかかっていました」
「……でも、彼が自白剤を打たれていたというのはわかったよ! 殺される前に、何か重大な秘密を知っていたか、隠していたかだよね」
メイコが前を向く。
一行は、検死官Aに礼を言い、父の死の新たな手掛かりを手に、急いで首相感貞へと戻ることにした。
――首相感貞・極秘地下作戦室。
「戻ったか。……実はこちらでも、アクィラ・ギンスバークの正体がわかったぞ」
スレイたちが報告を入れるよりも早く、大物議員Aが重苦しい顔で待ち構えていた。
「えっ、ゼネコンの会計士さんなんじゃないの?」
リルが不思議そうに尋ねる。
「いや……それは、世間を欺くための仮の姿(カモフラージュ)だったのだ。あまりにも完璧な経歴の偽装だったため、こちらの調査でもなかなか気づくことが出来なかったのだよ」
大物議員Aが、新たな極秘資料をモニターに映し出す。
「えっ、じゃ〜、裏で悪いことしてたゼネコン側の人間だったの?」
メイコが首を傾げる。
「いいえ。そうじゃないわ」
環萌美総理が、いつになく真剣な表情で、スレイの漆黒の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
「彼は……巨悪を追っていた、警察の潜入捜査官だったのよ」
「「「…………ッ!!」」」
首相感貞の極秘地下作戦室に、ドスンと重い空気が落ちた。
ゼネコンの汚職か、あるいは巨大な裏組織を暴くため、身分を偽り、長年にわたり暗躍していた警察の犬。
それが、最強の暗殺者であるスレイとシルビアの実の父親の、本当の姿だったのだ。
――新宿アジト。
夜、仕事から戻ってきたシルビアが合流し、PCUの面々から今日までの経緯(父親の正体と不審死)を聞かされた。
「……そっか。父親が警察の潜入捜査官だったなんて、私も知らなかったわ」
シルビアが、銀色の髪を撫でながら静かに呟く。
「うん! やっぱりスレイのお父さんは、悪い人じゃなくて、強くて立派な人だったんだよ!」
リルが、スレイの太い腕にしがみついて励ますように言う。
「お母さんのライラの戸籍が三十五年前に突然なくなったのも、それが理由かもね」
メイコが推測する。
「そうね。裏組織に身元がバレて、人質とかになる可能性もあるし……家族の安全の面を考えて、意図的に戸籍を抹消して身を隠したようね」
マリアが同意する。
「アクィラ自身が警察の人間だった。だからこそ、そういった公文書の裏操作といった強硬な手段を容易にとれたのね」
モニカが過去の情景を補完する。
「……しかし、その後の行動は納得できないわ」
シルビアが、ギリッと奥歯を噛む。
「もし身を隠すためなら、なぜ私たちを孤児院に預ける必要があったの? ……それとも、その巨大ゼネコン(巨悪)に居場所が見つかったから?」
「……後者だろうな。俺らを捨てざるをえなかった切迫した状況と考えられる」
スレイが、低い声で淡々と答える。
「とりあえず、次やることはそのゼネコンの調査だね!」
リルが拳を握る。
「そのゼネコンSSSっていう会社、まだあるんでしょ?」
メイコが尋ねる。
「えぇ。そこに乗り込んで直接記録を探すしかないわね。三十年前の古い資料は、確実にデジタルデータでは残っていないはずよ」
すでにゼネコンSSSのサーバーにハッキングをかけ、表のデータを粗方洗っていたマリアが言う。
「……おそらく、探すべきは汚い金の流れを記した裏帳簿よ。証拠がまだ残っているかもわからないけれど」
モニカが冷静に分析する。
そこへ、首相感貞の極秘回線から連絡が入った。
『――ゼネコンSSSへの家宅捜索の令状をとった。容疑は「脱税」だ』
大物議員Aが、葉巻を燻らせながら豪快に笑う。
「えっ! そんな簡単に令状出していいものなの!?」
メイコが驚く。
「強引に捜査して、何もなかったら政治問題になってまずいんじゃない?」
リルも心配そうにする。
『……どうせ、叩けばいくらでもホコリの出るようなクズ会社よ。構わないわ』
モニターの向こうで、環萌美総理がドS全開の冷たい笑みを浮かべた。
(……助かるが。相変わらず、いつも通りの異常な胆力というか……度胸だな)
スレイは、日本のトップの強引すぎる手法に、内心で呆れ半分、感謝半分といった様子で息を吐いた。
――翌日。都内某所・ゼネコンSSS本社。
一行は、山田相姦が率いる武装部隊数名を同行させ、堂々とゼネコンSSSの受付へと向かった。
(なお、シルビアは顔が割れすぎているため、安全を期して首相感貞のVIPルームで待機してもらっている)
「こんにちわー! こちら性務署(せいむしょ)のものです! 御社は脱性(だつせい)してますよね!? 調査でーす!」
リルが、元気いっぱいに受付嬢に身分証(偽造)を見せつける。
「はい? セイムショ……って何ですか? だつせい……?」
受付のおばさんが、困惑して顔をしかめる。
((……まずい!!))
マリアとモニカが、絶望的なリルの言い間違い(シモネタ化)に青ざめる。
確実に総理の影響だ!!
「ぜ、税務署ですっ!! 売り上げの除外、経費の水増し・架空経費に、二重帳簿作成の強い疑いが出ています!」
メイコが瞬時に前に出て、流暢な専門用語でフォローを入れた。
((……あぶなかった! メイコの機転に助けられたわ……))
常識人コンビが胸を撫で下ろす。
「ぜ、税務署の査察!? 少々お待ちください!」
受付のおばさんは驚き慌てて、社長室に内線連絡を入れる。
「……申し訳ございません。生憎、社長は急な外出をしておりまして……」
「……なら、勝手に中を見させてもらう。こちらが捜査令状だ」
スレイが、低い声と圧倒的な威圧感と共に、本物の捜査令状をバンッと叩きつけた。
(……萌美総理が強引に捜査令状出しておいてくれて、本当によかったわ……)
マリアが心の中で総理に感謝した。
「よし、モニカとメイコは経理関連の部署をあたって。私はシステム部門のサーバーとデータを全て洗う。スレイとリルは社長室へ」
「ほいほーい!」
マリアの的確な指示で、PCUの面々は各自手分けをして社内へと散っていった。
――システム部。
「はいはい、ちょっとどいて下さいね。……はいはい、このアクセスログは偽装IPね。甘いわ」
マリアが、システム部のメインサーバーに物理接続し、凄まじいスピードでタイピングしながらデータを根こそぎ吸い上げていく。
「……これで全てかしらね? いや、違うわね。この固定ルート(スタティックルーティング)はダミーね。逆に怪しいのは、オンラインに繋がっていないスタンドアローンのストレージよ。……これも、物理的にまるごとコピーしていきましょう」
システム部の社員たちは、マリアの圧倒的なハッキング技術を前に完全に青ざめ、手出しできずに震えている。
おそらく、不正に深く関わっている人間は一握りの上層部だけで、現場の彼らは何も知らないのだろう。
「き、君! 凄いな! その技術、うちで働かないか!?」
システム部部長が、恐れをなすどころか、マリアの神業に感銘を受けて目を輝かせてスカウトしてきた。
「……はい? 私の所属はPCUよ。こんな薄給でブラックな会社でお断りよ」
マリアが冷たくあしらう。
――経理部・管理部。
「怪しい書類は、一式頂いていくわよ。……メイコ、隠しているものを探しましょう」
モニカが優雅に指示を出す。
「こことか、めっちゃ怪しいな〜」
メイコが、キャビネットの引き出しを完全に引き抜き、その奥の隙間に手を突っ込んだ。
「……やっぱり! 何か発見!」
メイコが、厳重に封をされた茶封筒を見つけ出す。
「そ、それは関係ない! 査察対象外だ、返してくれ!」
経理部部長が慌てて飛びついてくる。
「……そうはいかないわ。……んっ? SMクラブ・チョメチョメのVIP会員証……?」
モニカが封筒の中身を見て顔を引き攣らせる。
「事件には関係なさそうだけど、証拠品として一応没収ね〜!」
メイコがニシシと笑う。
「うううううっ……家にバレたら、妻に殺される……まずいものが……」
経理部部長がその場に泣き崩れる。
「奥さんには絶対にバレませんのでご安心を。……あなたが、私たちの捜査に全面的に協力してくれれば、のお話ですが?」
モニカが、悪魔のような笑みを浮かべて脅迫(交渉)する。
その横で、メイコは部屋中の帳簿や書類をパラパラと捲り、超記憶力で内容を次々と脳裏に焼き付けていく。
――社長室。
「こんにちわ〜! って、誰もいないね!」
リルが社長室のドアを蹴破るように開けるが、もぬけの殻だった。
「外出というのは本当なのだろう。人の影がないし、急いで誰かが逃げたあともない」
スレイが、室内の気配を探って言う。
「とりあえず、引き出しやキャビネットを調べるぞ」
「……スレイ、色々と開かない金庫みたいなものもあるよ!」
リルが、壁に埋め込まれた頑丈な金庫を指差す。
「……そのまんま持っていこう。山田相姦の部隊にも協力させるぞ」
スレイの無茶苦茶な指示(物理)により、山田部隊の屈強な男たちが、金庫ごと壁から引っこ抜いて運び出し始めた。
その後、各部署で大量の証拠品を押収したPCUの面々は、バンに乗り込みゼネコンSSSを後にした。
「よし、いったん首相感貞に戻ろう。総理と議員に報告だ」
スレイがハンドルを握る。
「色々とボッキートしてきたね! 何か良い証拠が出るといいな!」
リルが後部座席でニコニコしている。
「……それを言うならボッシュートでしょ! あの深夜の世界多様性発見とかいう最低なクイズ番組のせいね!」
マリアが頭を抱える。
「『このー木なんの木〜、勃起♪』とかいう、信じられないCMソングが流れるやつだよねー」
メイコがケラケラと笑う。
「確実に、政府(萌美総理)の息がかかっている番組ね。……とりあえず、山田相姦部隊の鑑識にも協力してもらって、アナログ資料を洗わないと」
モニカが呆れ顔で言う。
そんな騒がしい車内。シモネタが飛び交うが、暗い雰囲気は一切ない。
どんなに過去の重い真実に直面していても、皆が支え合い、自然と笑顔が生まれる。
それがPCUという、血の繋がらない最高の家族なのだ。
しかし、そんな和やかな空気の中。
「……ねぇ、スレイ~。後ろの黒い車、さっきからずっとついてきているね~気づいてる?」
メイコが、サイドミラーをチラリと見て呟いた。
「あー、ほんとだ。私ら確実につけられているね。」
リルが後ろを振り返る。
「……気づいたか。わざと路地を周回させたが、ずっと同じ距離でついてきているな」
スレイが、冷静にバックミラーを睨む。
「やっぱり。スレイが不自然に周回ルートをとったから、おかしいと気づいたわ」
モニカが言う。
「さてと、相手の車のナンバーは……」
マリアがノートPCを開き、即座に交通監視カメラをハッキングして照会する。
「……カーシェアの車両ね。しかも、正規の手続きをせず、無理やり駐車場から出してシステムを誤魔化している。完全に足がつかないようにしているわね」
「どうするの、スレイ? どこかで迎え撃つの?」
リルが、ワクワクした顔でスタンガンを握る。
「とりあえず、山田相姦のパトカーと、パパに連絡しておくね!」
メイコがスマホを取り出す。
「……少し、人気のない場所へおびき寄せたところで迎え撃つとしよう」
スレイが、低い声で迎撃の意思を告げ、アクセルを踏み込む。
「わかったわ。山田相姦の覆面パトカーのほうを、先回りして配置させるわ」
モニカがインカムで指示を飛ばす。
父の死の真相に近づいた途端に現れた、怪しい追跡者。
裏の掃除屋たちは、ゼネコンの闇に潜むネズミを狩るため、静かに罠を張り巡らせるのだった。
「……さてと。そろそろいいんじゃない」
ゼネコンSSSから意図的に路地を周回し、人気のない廃倉庫街へと車を誘い込んだマリアが、静かにブレーキを踏んだ。
あらかじめモニカの指示で動いていた山田相姦の覆面パトカーが、路地の出口を塞ぐように配置を完了している。
PCUのメンバーが車を降りると、追跡してきた相手も車を止め、5名ほどの柄の悪い男たちが降りてきた。
「鬼ごっこはおしまいですよ〜!」
リルが、元気よくスタンガンを構える。
「まんまと袋小路に追い詰められてやんの、ウケる〜」
メイコが豪快に笑う。
「へっ、強がっていられるのも今のうちだぜ」
ゴロツキAが、懐の得物をチラつかせる。
「なんでガキがいるんだ? お前ら、税務署か本当に?」
ゴロツキBがいぶかしむ。
「税務署でも警察でもないわよ。……ただのクリーニング屋(掃除屋)よ」
マリアが冷たく言い放つ。
「……まぁいいや。オバさんがリーダーかい? 取引しようじゃないか」
ゴロツキのリーダーらしき男が、一歩前に出た。
「オバ……ッ」
ブチィッ!!
マリアの脳内で、何かが決定的に千切れる音がした。
「……よし。情報は後回しで皆殺しね!!」
マリアが血走った目で、車のトランクからロケットランチャー(対物兵器)を取り出そうとする。
「マリア、ちょっと待て待て!! 情報が優先だ!!」
スレイが慌ててマリアの腕を掴んで制止する。
「……いいわ。取引しましょう」
モニカが、優雅な笑顔(ただし目の奥は全く笑っていない)で前に出た。
「要件を言いなさい? 言ったとおり、私たちは税務署でも警察でもない。ただの雇われの身よ。あなた達と同じね」
「……まぁ、そういうことだ。ブツの回収さえ出来れば、お前たちなんか興味ない」
リーダーが鼻で笑う。
「それで、何が御所望なの? それがわからないと取引はできないわ。少しぐらいなら回収漏れということで言い訳(説明)できるわよ」
「社長室にあった金庫だ。それ以外はいらない」
「……なるほどね。他はシステム部の部長や、管理部・経理部の部長のせいにする訳ね。……スレイ、持ってきてくれる?」
モニカの言葉に、スレイが車の中から、先ほど壁から引っこ抜いてきた金庫を力技でドスンと置いた。
「話が早い女はいい女だ。……おう、それだ。そいつを渡してくれれば引き下がる。無駄な暴力はしたくない」
リーダーが手を伸ばす。
「渡す前に聞くけど、中身は何? それがわからないと、交渉はできないわ」
モニカが金庫の上に手を置き、探りを入れる。
「……それは俺もわからない。どうせ脱税とか賄賂とか、何かだろ。お金持ちさんはそんなものだろ」
(……おそらく、こいつらはただの雇われのゴロツキだ。中身の重要性はわかっていない。……しかし、社長室の金庫が何よりも大事なものだということは、これで確定した。流石はモニカだ)
スレイが、心理戦で相手から情報を引き出したモニカの手腕に内心で感心する。
「中身がわからない場合は……交渉は決裂よ!」
モニカの冷徹な声と共に、PCUが動いた。
ゴロツキが一斉に武器を抜こうとする。
しかし、その前に既にリルが上空でドローンを起動させていた。
「ぐへぇッ! なんだこれ!」
上空からまき散らされた超強力な催涙ガスをまともに食らい、男たちがむせ返る。
「はーいバチバチでーす! 今日はおまけで、MAX電圧プラスモードでーす!」
リルが、催涙ガスで動けない男にスタンガンを押し当て、泡を吹かせて沈める。
その間に、スレイは既に死神の動きを見せていた。
ゴロツキの一人の懐に潜り込み、コンバットブーツで脛を破壊し、崩れ落ちた鳩尾に膝蹴りを入れる。
さらに別のゴロツキの顔面に鋼鉄の拳を叩き込み、鼻骨をへし折り歯を吹き飛ばす。
「はい、ホームラン!」
メイコが、どこからか取り出した金属バットをフルスイングし、別の男の顔面を破壊する。
「なんなんだてめえらッ!!」
残されたゴロツキのリーダーが、ナイフを抜いてスレイに向かってくる。
スレイが前に出て、軽く前蹴りを鳩尾に入れる。
「ぐはッ……!」
うずくまるリーダー。スレイがトドメを刺そうとした、その時。
「……ちょっとスレイ。どきなさい」
そこにいたのはマリアだった。
背後から、般若のようなオーラを放つマリアが歩み寄る。
「へっ……こんな女に、俺がやられる訳ないだろ……」
リーダーが強がるが。
「……やめておいたほうがいいわよ。怒ったマリアは、スレイより怖くて強いわよ」
モニカが哀れみの目を向ける。
「ちょっと貸しなさい!」
マリアが、メイコから金属バットをひったくる。
「おい、ちょっと待てマリア!」
スレイが止めに入るが、もう遅い。
「……誰がオバさんだ、このクソ野郎ッ!!!」
マリアが、親の仇のようなフルスイングで、金属バットをゴロツキリーダーの顔面に振り下ろした。
『ゴキャッ!』
顔面を一撃。そして男が膝をついた瞬間、容赦なく後頭部へ上からもう一撃。
鈍い音がして、ゴロツキリーダーが泡を吹いて完全に白目を剥き、地面に突っ伏した。
「あちゃ〜、死んでなければいいけど」
リルが冷や汗をかく。
「まぁ自業自得だねぇ。女の年齢の地雷を踏むやつが悪いっしょ」
メイコがケラケラ笑う。
「ええ、これ以上有用な情報もなさそうだし、死んでも別にいいでしょ」
モニカが冷たく言い放つ。
その後、モニカの連絡で待機していた山田覆面パトカーが到着し、気絶したゴロツキたちを縛り上げた。
「リーダーらしきものが、かなり激しく抵抗してきたので……強めに制圧したわ」
マリアが、山田相姦の部下に向かって、しれっと嘘をついた。
(いや、オバさんって言われてお前がブチ切れてやったんだろ!!)
最強の死神スレイは、心の中で反論をしていた。
しかし女性の怒りにだけは絶対に気を付けようと固く誓った瞬間であった。
とりあえず、社長室の金庫が何よりも大事なものであることが裏付けられたため、一行は意気揚々と首相感貞へと戻ることにした。
――首相感貞・極秘地下作戦室。
「スレちゃんおかえり〜! 危ないことしちゃダメよー♡」
待機していたシルビアが、スレイに泣きつく。
「……大事なものが何か、相手の行動で自白したようなものだな」
大物議員Aが、持ち帰られた金庫を見て深く頷く。
「ええ。大方、政治家への賄賂に脱税の裏帳簿でしょう。金の亡者ね」
萌美総理が冷笑する。
「スレイのお父さんは、会計士として潜入していたんだよね。こういう悪いお金の動きを調べていたんだよね」
リルが言う。
「でも、お母さん(ライラ)のほうとは、どこで出会ったんだろう?」
メイコが首を傾げる。
「確かに、そこがまだ繋がっていないのよね。アクィラとゼネコンSSSの関係性はわかったけれど」
モニカが思考を巡らせる。
「いったん、押収したものを片っ端から調べていきましょう。何かわかるかもしれないわ」
マリアの指示で、山田相姦の部隊が金庫を開錠する作業に入り、萌美総理は別の用務で一時的に部屋から出ていった。
「なるべく、古そうな記録を調べていこう!」
リルが、古い書類の束を抱える。
「そうだね〜。三十年前だと、当時はアナログか古いフロッピーディスクとかMOでしょ」
メイコが言う。
「そうしましょう。マリアは、デジタルのほうのアクセスログを念のため解析して」
「えぇ、勿論よ。何か、点と点が繋がるかもしれないものね」
「……私も何か手伝うわ。私たちの真実を知るべきよね」
シルビアも、真剣な顔で古い社員名簿や経理の記録をめくり始めた。
数時間が経過した。
「……特に、スレイの両親に直接繋がりそうなものはないわね。脱税ぽいものや、昔の政治家との賄賂のような内容はあるけれど」
マリアが目を擦る。
「よくニュースで聞くのばっかりだね〜。叩けばホコリが出るのは確かだったけど、肝心な人の繋がりが見えないっしょ」
メイコが伸びをする。
「……ねぇ。お父さんは、ゼネコンの不正を暴くために会計士として潜入したんだよね? それが三十五年前。……その時、社内に他に会計士さんはいなかったのかな?」
リルが、ふと純粋な疑問を口にした。
「……そうね。潜入のタイミングで、社内の誰に近づいたのかは、大きなヒントになるかもしれないわ」
モニカがハッとする。
「当時5歳だったし、物心がつくかつかないかだったから、流石に家庭がどういう状況で、両親がどう出会ったかまではわからなかったわ」
シルビアが記憶をたどる。
「……管理部の雇用記録のほうを見てみるわね」
マリアが、キーボードを叩く。
「……三十五年前。前の会計士が定年で退職した後釜として、アクィラ(父)が入ってきているわね。そして……当時の同僚として、もう一人、女性の会計士の名前があるわ」
「えーっと……ライラ・ビースレー?」
マリアが読み上げた名前に、全員の動きが止まった。
「……ライラ!? それって、お母さんじゃない!?」
リルが叫ぶ。
「ビースレー……旧姓ね! ありえるわね。年齢的にも同じくらいよ」
モニカが即座に分析する。
「……ビースレー。ル【ビー】(シルビア)と、【スレイ】の……名前の元なんじゃない!?」
メイコの超記憶力と直感が、見事に点と点を繋ぎ合わせた。
「……ッ!」
スレイとシルビアが、同時に息を呑む。
そうなると、母・ライラは、最初からゼネコンSSSで会計士として働いていたということか。
「……議員! 急いで調べてください!」
大物議員Aが、即座に裏の戸籍データを照会する。
「……間違いない。抹消される前の戸籍データで、三十五年前にアクィラとライラ・ビースレーが婚姻し、ギンスバーク姓となっている」
大物議員Aの報告で、母親のライラであることが完全に確定した。
「時系列として、先にゼネコンの会計士として勤務していたのは母・ライラのほうね」
マリアが情報を整理する。
「そこに、不正を暴くための潜入捜査として父・アクィラが入ってくる……」
モニカが続く。
「……ということは、先にゼネコンの不正に気づいていたのは、お母さんのほうだったんじゃない!?」
リルが目を輝かせる。
「そして、潜入してきたお父さんに相談を持ちかけた、とか? 前後関係のドラマまではわからないけど、そこで恋に落ちたんだね」
メイコが推測する。
「でも……結婚したのに、身の安全のために母は戸籍を消したの?」
シルビアが、まだ腑に落ちない様子で呟く。
そこへ、別の用事を済ませた萌美総理が部屋に戻ってきた。
「社長室の金庫の中身、真っ黒だったわよ。当時の政治家への賄賂、入札での不正、警察の買収、反社組織との繋がり。……当時の若社長が今70手前で会長になり、息子が現社長として引き継いでいるわね」
先程のPCUの推理と、総理の報告をまとめてみる。
「……つまり。先に不正に気づいたのは、母・ライラだったのね。……そうなると、すべてが繋がってきたわ」
萌美総理が、確信に満ちた瞳で告げた。
「マリア。山田相姦が持っている、当時の裁判記録のほうから調べてみて」
「……えっ? 裁判? どういうことですか、総理?」
リルが不思議そうに尋ねる。
「裁判なんて、いつのまにしてたの?」
メイコも首を傾げる。
「アクィラは、無理に戸籍を抹消した訳ではない。……おそらく、母ライラの内部告発のほうがスタートだったのだ」
大物議員Aが、重苦しい過去の真実を語り始める。
「時系列を整理すると……ライラがゼネコンの不正に気付き、警察に内部告発をする。しかし、警察内部にも買収された腐敗の影があった。そこで、密かに彼女を守り、確たる証拠を掴むために派遣されたのが潜入捜査官・アクィラだった」
マリアが、点と点を完璧な線にしていく。
「そして、二人は恋に落ちた。どのタイミングかはわからないけれど……裁判で証言台に立つことになったライラの安全を守るために、戸籍を抹消したのよ」
萌美総理が補足を入れる。
「……わかったわ。文書の裏操作といった、単なる警察権力の強硬な手段ではない」
モニカが、すべての謎が解けた顔で言う。
「……証人保護プログラムか!」
スレイが、漆黒のサングラスの奥で、両親の壮絶な覚悟を知り、低く叫んだ。